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2018/08/08

円盤企画「URCレコード全部聴く会」。

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今月になって初めてだし、ひさしぶりの更新だ。

ここのところ、何に惹かれているかというと、「URC」と「ムードコーラス」と「タンゴ」なのだ。

これ、高円寺の円盤の田口史人さんのせいなのだ。

4月から毎月第4木曜日に、北浦和の居酒屋ちどりで、田口さんが「円盤企画「URCレコード全部聴く会」」というのをやっている。

おれは初回の4月は逃してしまい、2回目の5月から行っている。これが面白い。

そのうえ、5月のとき、そこで販売されていた、「円盤レコブックスシリーズ」の、「ネオンの海にコーラスは流れる ムードコーラス血風録」と「日本のタンゴ」ってのを買ったのだが、これが、めっぽう面白い。

5月の「URCレコード全部聴く会」の翌日から、おれはyoutubeで、田口さんが資料として配布した「URC周辺年譜」というのを見ながらURCのミュージシャンの歌を拾ったり、「ムードコーラス血風録」「日本のタンゴ」を読みながら曲を聴いたりし、また田口さんの話を思い出し、そしてインターネットで調べたりするのが、日課になってしまった。

もう面白くてたまらん状態。

そんなこともあって、ブログもツイッターもほったらかしだ。

「ムードコーラス血風録」も「日本のタンゴ」も、戦後日本の復興期つまり1950年代からが主な舞台で、URC=アングラ・レコード・クラブは69年のスタートだ。

ようするに大衆文化や大衆食堂がガンガン勢いをつけていた頃だ、おれにとっては10代から20代。

あの頃、何があったかをふりかえり、そしてふりかえることはイマを知ることでもある。

記憶はアイマイだから記憶に頼るのはキケンだ。そこへいくと、記録された音楽は、いろいろなことを語ってくれる。

さらに、田口さんのトークも文も名調子で、わかりやすい。

音楽そのものだけではなく、その歌手や曲やレコードなどが生まれ流行しあるいは衰退していく変化、その社会の状況や構造などが、根掘り葉掘りじつに明快だし、ああ、人にも歌にも、すごいドラマがあるのだなあと思いながら、田口さんの文を読みyoutubeで聴いていると、そんなことがあったのか、なるほどそう見るのかと気づくことも多く、あまり語られることのない、ニンゲンの戦後史がどんどん浮かびあがってくるのだった。

面白くて、ほかのことをする気がおきない。どっぷりハマっている。

「ネオンの海にコーラスは流れる ムードコーラス血風録」も「日本のタンゴ」も、パソコン制作でA4袋とじに印刷し、50数ページから60ページぐらいに平とじしたものにパソコン加工の表紙をつけたもの。

見た目は粗末だが、中身の濃さは、すごいものがある。ハッタリをかまさない、カッコつけない、エラそうにしないを地でいっているのは、田口さんそのものでもあるようだ。

「ネオンの海にコーラスは流れる ムードコーラス血風録」の表4にある文は、こうだ。

「日本が世界に誇るべき真にオリジナルな音楽、ムードコーラスの大きな潮流を追うレコード・ドキュメント。高度成長、中流安定社会、バブルを潜り抜けた夜の巷に生きる者たちの知恵と業。そこに息づく人々の悲喜交々に涙と怒りとため息が・・・・・・嗚呼!」

「日本のタンゴ」の表4にある文は、こうだ。

「世界的なレベルに達しながら現場を失ってしまった悲劇の日本タンゴ。その人々と音楽の栄枯盛衰、情熱と誇り、意地と事情の悲喜交々。そしてアルゼンチン、ヨーロッパのタンゴ者たちと日本の濃密な交流をレコードで追う。可能性の宝庫、日本タンゴのレコード曼荼羅。」

どちらも、「夜の営業」が深く関係した。グランドキャバレーやクラブが華やかなりし頃が「現場」だった。やがてテレビの登場で、生活だけではなく音楽も変わる。変わり目だからこそ上昇するものもあれば下降するものもあり、しぶとく生き抜くものもある。おれたちの「生存力」の歴史でもある。おれたちはいま、どこに立っているのか。

これらは田口さんの名著『レコードと暮らし』(夏葉社)のテーマ別展開という感じですね。

今月の居酒屋ちどりでの「URCレコード全部聴く会」は、23日ですからね。そこに来れば、「ネオンの海にコーラスは流れる ムードコーラス血風録」も「日本のタンゴ」も買えるでしょう。

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出張「円盤」レコード寄席@北浦和クークーバード。

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