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2018/09/24

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」71回目、十条・三忠食堂。

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はあ、もう9月も下旬。またまた遅れてしまった。ボケているからねえ。8月17日の朝刊に載ったものを紹介する。いつものように、すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2018081702000209.html

この連載が始まったのは、2012年の10月からで、毎月第三金曜日の掲載。つまり、今月は、先週の21日に掲載になっているのだが、これで6年が過ぎたというわけだ。

連載が始まったとき、おれはまだ60歳代だった。今月の誕生日で75歳で「後期高齢者」入り。「後期高齢者」って、生産性のない「邪魔者マーク」みたいだ。ボケるのも仕方ないが、忘れるのは確かにラクだ、忘れることは「悪」じゃない。ゴメンね。しかし、以前のようには食べられなくなったのは、情けねえ~。

と、いきなり愚痴はやめよう。

2012年の1回目は、十条の天将だった。十条の食堂は、それ以来だ。三忠食堂と天将は、2分も離れていないだろう。天将は中休みがあるが、こちらはない。だから池袋あたりで14時過ぎに時間が空くと、こちらに立ち寄る。先週も1度行ったばかり。

夜は入ったことはないが、その時間、いつも必ず飲んでいる客がいる。グループや一人で。

入口は、間口は広いとはいえないし、入りにくい佇まいといえるだろう。ところが、なかは、明るく広く、ゆったりしている。

メニューのブルー系の文字がめずらしい。連日の猛暑で、ぐったりしていたが、なんとなく爽やか~。冷たい刺身がいいかなと思い、まぐろ刺身定食を選んだ。ここは、あじフライも、なかなかよい。いつもあじフライとマカロニサラダでビールやサワーを飲むから、チョイと目先を変えてみたということもある。

最近、このブログでは、「新しい食堂」のことが多いが、こちらは「旧い食堂」ということになるか。「旧いが新しい」という言い方もある。

「旧い食堂」は、80年代前半あたりをピークに減り続けている。ごく最近の統計はわからないが、しばらくは減っているのは小規模零細経営の店だった。食堂全体の定員数は、ほとんど変わっていない。大規模チェーン店化が進行していたのだ。

とかく、大衆食堂はファミリーレストランやファストフード店の影響で減ったような見方がある。でも、競合ということでは、最も影響が大きかったのは80年代中頃から強大な市場になっていくコンビニの弁当やおにぎり、そしてファストフード店、ファミレスの影響は立地や客層のちがいもあり、あまり大きくなかったというのがおれの実感だ。

別の角度からでは、後継者問題。後継者がいなくて消えていった食堂も多い。これは食堂だけではなく、個人商店など中小零細の生業店に共通することで、産業政策や地域政策の影響が大きい。それにからんで、再開発での、立ち退きや廃業はけっこうあった。

それから、カルチャーの問題がある。とにかく、自分たちの普通の日常を大切にするカルチャー、それぞれの普通の生活を肯定するところからスタートするカルチャーが、ヨワイことがあげられる。それがひいては普通の日常を支える普通の仕事を低くみる傾向に連動している。これは職業の優劣観とも関係しているようだ。

優秀モデルだけを追いかける、普通はイケナイという強迫観念のカルチャーの存在。

なかなか根深い問題なのだが、ところが、このカルチャーは、ここのところ変化が見られる。「新しい食堂」は、その一つのあらわれといえるだろ。

「旧い食堂」と「新しい食堂」の大きなちがいは、店主の「自由」に対する志向だ。「新しい食堂」の店主たちは、自由を大切にする意識が強い。それは料理文化にまで影響を与えている。

だからといって「旧い食堂」の料理が陳腐化して消えていくわけではない、ようするに、「近代日本食のスタンダードとは何か」が、豊かになっていくのだ。

などと、三忠食堂で、生ビールなんぞを飲みながら思考するのだった。

この連載、来月から7年目に突入なのだが、続くのか? 大衆食堂はまだまだたくさんあるが、おれが続くのか?ってこと。

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