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2018/10/30

ロックな日々。

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25日は第4木曜日で、居酒屋ちどり@北浦和での円盤企画「URCレコード全部聴く会」の7回目だった。今回も収穫がたくさんあったが、『日本ロック史』を入手できたことが大大収穫だった。

28日の日曜日は、埼玉朝鮮初中級学校の祭りへ行った。この夏、初めて知人に誘われてそこで開催のイベントへ、北朝鮮本国へでも旅するようにキンチョーして行った。そこでの体験が刺激的だったので、もっと在日の人と話してみたいなあと思っていたら、また知人から誘いがあったのだ。夏のことは、『四月と十月』に連載の「理解フノー」の最新にちょっとだけ書いたが、今回も酒を飲んだり食べたりしながら、いろいろ知ることができたし、あれこれ話しあった。こんどは、イベントではなく、もっとゆくっり話しあえるといいなあ。

29日の月曜日は、某女子大で食文化学科を専攻している4年生の学生が、卒業論文・制作に食堂の本をつくるので話を聞きたいというから、赤羽で会った。いまどきの大学の食文化学科とはどういうものか、いまどきの女子大生はどういうものか、こちらの方が興味津々だった。かなり年齢のちがう女子大生とうまく話せるかなあとキンチョーしていたが、けっこう楽しく突っ込んだ話ができた。初めて知ることも少なくなく、参考になることも多かった。

ってことで、とてもロックンロールな日々だったのだが、今日は、まず、この『日本ロック史』だ。

こんなに面白い本は、ひさしぶりだ。めったにない。そうだなあ、おれの『ぶっかけめしの悦楽』以来の面白さだな。

高円寺の円盤の田口さんが発掘したデッドストックの『日本ロック史』の著者は田沼正史。無名の人物だ。田口さんのフルネームが「田口史人」で、二文字ちがうだけだから、その田口さんに発見されたのも、何かの縁かもしれない。奥付によると、加美出版、昭和60年2月2日の発行。

文庫本の横を短くしたコンパクトなつくりだが、内容が濃く熱い。

前文にあたるところに、こういう文章がある。

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 日本にロックが登場してもうすぐ二十年がたとうとしている。しかし現在、そのロックの歴史は、商材の再編集をきっかけにして大きくゆがめられ、実際に現在のロック状況につながる古層について、その社会的な事実を検証することは後回しにされるようになってしまった。ロック史観は、現在活動している音楽家の個人史に収斂され、その人脈に関わったものだけが、あたかも当時から社会的に重要な位置にあったかのように曲解、誤解されるようになってしまった。

 ロックという音楽が当初よりメディアとの共犯関係を持ちながら発展してきたことを考えれば、このことは至極当然の状況と言うこともできるわけだが、そのことにより、当時たしかに時代に大きな足跡を残したにも関わらず、墓も建てられず、成仏できぬ亡霊として霧散させられようとしている状況にはなんとも忍びがたいものがある。

 現場に生きていれば当前に感じられた不可逆な時間の積み重ねが歴史を型造ってきたというのに、現在の情報社会の仕組みの上では、いとも簡単に歴史が再構築されてしまうのは、いったいどうしたことであろう。その社会学的考察も成されるべきであろうが、ここではまず、その歴史観を修正することから始めたいと思う。いわば時間という縦軸の再検証である。

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と、まあ、ほんに、ロックな内容なんですよ。

しかも、これ、ロックにかぎらないんだよね。食の分野なんか、もう、めちゃくちゃ。いまでも、とくに権威ある在来メディアと共犯関係の者たちによって、どんどんスピーディに塗り替えられ、かなりゆがんでいる。

てか、もう全体像なんか誰も気にしてないのね。パブリックな立場として、どうであるかとかより、自分の立場や私縁や私怨、実力ある?有名な?誰かさんと誰かさんと、その人脈に引っかかったものだけが(反対者には憎しみをこめて)、書き残されていく。

情報は、その人脈に沿って、偏ってふくらんでいるだけなんですよ。そんなものが「いい作品」「いい仕事」なーんてもてはやされたり。「いい」の基準すら、彼らによって勝手に決められていく。

いいかげんにしろ。そういう「縦軸」を少しでも正そうというのが、この本で(おれの『ぶっかめしの悦楽』もそういうものだったけど)、とにかく面白い。

近ごろは、何かというと、冷静に淡々と静かで品がよいばかりで(じつは冷淡なだけ)、さっぱり「熱」がないものが多いけど、この本は、前文にあたる文章から「熱」がある。

はあ、しかし、この本から30年以上がすぎたのに、どうなんだろう。

それにしても、ロックは、いいねえ。

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2018/10/27

2001年9月11日、戦争と平和と食。

安倍首相は、来年10月から消費税を10%に上げると宣言した。その消費税がスタートしたのは、平成元年の4月1日からだった。

世間はすっかり消費税に飼い馴らされたかんじだが、どうなのだろう。いまでは1万円の食費に800円の税が1000円になる。かりにそれだけ収入が増えるとしても、かりに消費税が全額福祉に還元されるとしても、「食べる」ということに税が課せられる異常を、異常とする人の声はあまり聞かれない。

平成13年、2001年9月11日、いわゆる「アメリカ同時多発テロ事件」が発生。その前日の10日、農水省が千葉県内で飼育されていた牛にBSE発症疑いがあることを発表した。後にBSE発症が確定。

どちらも、テレビで繰り返される映像から、多くの人たちが大きな衝撃を受けた。マスコミや言論は、例によって騒ぎたてるだけ。

いいもの食ってりゃ、しあわせか。

その年の暮、菅啓次郎さんの一文がある。これは、あまり一般の人の目にはふれない企業PR誌に載った短文だ。

「9月11日、世界が変わった。こうなると、食についての幸福なおしゃべりは、いかにも些細なことと思える。それよりも無用な殺戮を生み出す「世界」の構図を本質的に見抜き、行動に移したらどうなの? そんな声には、ぼくも賛成だ。だが、かといって食についての考察を放棄する必要はないだろう。爆弾とともにピーナッツバターを投下する巨大国家の姿に、狂気が潜んでいる。家庭の食卓には、そのまま、世界のすべてが響いている」

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2018/10/25

おれの平成食文化誌。

「食物誌」じゃなくて「食文化誌」ね。

「平成」は、来年30年でおわる。

ってことで、平成30年を、おれの平成食文化誌風に、ぼんやりふりかえったりしている。

平成元年は1989年だから、そこから30年さかのぼると、1959年で昭和34年だ。昭和34年の春、おれは高校に入学した。高度経済成長の真っ最中。

高度経済成長は1970年代中頃には「安定成長」っていわれるやつになるのだけど、まだ労働者や大衆は健在で、「大衆文化」ってやつを担っていた。「大衆文学」なんていう言葉もあったなあ。

食文化は、この大衆を抜きには語れなかったねえ。「大衆食」という言葉は、たしか1960年代後半ぐらいからだったと思うけど、大衆も大衆食も大衆食堂もイケイケだったね。大衆の中心は、東京だって、労働者だった。

「食文化」という言葉は、1970年前半頃から広がり始めたけど、あまり一般的ではなかった。それに、大勢としては、大衆の食なんか「文化」とみなされていなかったね。

「食は文化だ」とか「食を文化としてみる」なーんていう言い方が、インテリさんのあいだで広まっていったけど、それがどういうことかなんて、たいがいわかっていなかった。ただ、そういう言い方が、いかにも、当時ハヤリだった「学際的」で、かっこよかった、という感じの「食文化」だった。

吉田健一の『私の食物誌』を読むことで、「食文化」になったような。

そう、「文化」という語は、西江雅之さんが数年前に書いているけど、「これは現在の日本のほとんどすべての人びとの頭にこびりついている意味での文化です」「そこでは、特定の時代(すなわち現在)、地球上の特定に地域(すなわち日本)、特定の人びと(すなわち日本の人びと)にとって「憧れの対象」になるものが文化であるとされるのです」

「文化というのは素晴らしいもの、高級なもの、そしてある程度は高価なもので、多くの人びとが憧れているものでなけれならないという先入観に、人びとがすっかり囚われているからです。さらに、現在では、その素晴らしさというものは、先進国、ほとんどの場合は欧米の国々の人びとの評価に合わせてみて恥ずかしくないものでなければならないという、一種の劣等感に支えられたものでもあるのです」

民芸品や工芸品のような食、ミシュランの星がもらえるような料理、平凡社の『太陽』という雑誌(いまは『別冊 太陽』だけだけど)に載るような「文士」や「文化人」の食事や料理、そういうものに対する憧憬、そういうものが「文化」だとする状態が、いまでも続いているのだが。

「生活」や「必要」から遠ざかるほど「よい」とされる文化があるのだ。いま「生活」や「必要」を主に支えているのは、コモディティであり量産品だが、そういうものをつくったり売ったりするのも、そういうものがある生活も、文化とはみなさない文化がある。おしゃれなセレクトショップみたいなの、そこに並べられるようなものが「文化」であるらしいのだ。

そういう流れに対して、主に文化人類学者が主張し始めた「食文化」は、ちがった。

おれがその流れと、江原恵が唱えた「生活料理(生活の中の料理)」と出会ったのは、本に書いたり、あちこちで書いてきたが、1970年代中頃だった。

それから、おれは、「生活料理」の食文化の立場で、憧憬の文化なんかクソクラエでやってきた。

憧憬の文化と、それからは文化とみなされない労働者の食生活を支えていた日本の工業社会は、1970年代後半に行き詰まった。これは先進国の資本主義の行き詰まりとも関係するが、それはメンドウだからおいておこう。

1980年代は、ポスト・インダストリー、ポスト・モダン、「情報社会」と内需拡大であけた。

東京の工場は姿を消していき、大衆は、作業服を着た労働者から、ビジネススーツを着た労働者が中心になった。

1984年『さらば、大衆』1985年『「分衆」の誕生』。大衆は葬り去られ、「消費市民」と化し、消費市場に迎えられた。内需拡大策の結果であり、日本の生産力や技術力の成長と共に大衆も成長したわけじゃない。少し金回りよくなって(ローンも手軽になったし)、着ているものが替った、というていどのこと。

大衆食堂の軒数は頂点に達した。そして「大衆」と「大衆食堂」のたそがれ。「大衆」も「大衆食堂」も「いかがわしい」存在にされた。

内需拡大策に加え金融政策のおかげで超景気「バブル」到来。始まりは1986年ってことになっているね。

この年の11月、「B級グルメ」を先導する文春文庫ヴィジュアル版『スーパーガイド 東京B級グルメ』が発売になった。

こうして、平成が始まった。

平成が始まるまでの30年間、食文化に対する大きなインパクトは「技術革新」、つまり工業と技術の発達による生産・流通・販売・サービスの変容だった。「中流意識」と「豊かさ」は、それに依拠していた。

平成の食文化の変容は、もっと複雑に、いろいろな大きなインパクトが関わっている。

ま、平成が始まるところで、今日はおわり。

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2018/10/16

もっと食堂を知るための本。

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スペクテイター42号「新しい食堂」には、「もっと食堂を知るための本」というページがあって、5ページにわたって13冊ほどの本が紹介されている。

いわゆる「食堂本」というくくりがあるのかどうかはしらないが、もしあるとしても、ここに紹介されている本は、『日常学のすすめ』(アンディー・ルーニー・著、井上一馬・訳、晶文社1984年)など、一見すると一般的には含まれないだろうと思われるものもあって、かなり広い視野と視点からと同時に細かいところまで「食堂」を見ているのがわかる。その紹介の仕方も含め、興味深い。

『大衆食堂の研究』も最初に大きなスペースで紹介されている。こんなぐあいだ。

まず、こう書き出している「本邦初、"食堂考現学"の書」。

発行になった1995年頃は、世間の大衆食堂への関心は、「どん底」というかんじだった。12チャンネルが大衆食堂をちょっとだけ取り上げたことがあるていどだったと思う。

「本邦初、"食堂考現学"の書」のあとは、このように続く。

「食べ歩きのフィールドワークを元に、店の成り立ち、常連客のやりとり、多種多様なメニューなど、九〇年代半ばまでの東京の大衆食堂について考察しているが、堅苦しかったりグルメ趣味的な内容ではない。著者の見かたの基準は「いかがわしさ」で、「いかがわしさとは奥の深さ、味わいの素」と断じ、貧乏人を応援しながら大衆食堂とは何かについてディープに切り込む。本書がなければ、現在のように食堂への熱いまなざしは起こりえなかったのではないか。絶版なのが惜しい。」

このあと、本文の219ページからの引用がある。

「いかがわしさ」は、この本のヘソといっていいほどのキーワードなのだが、そこにスポットをあててもらったのは、発売から20年以上がすぎたが、これが初めてだ。

発売当初は、たぶん「本邦初」の大衆食堂の本だということもあってだろう、けっこうメディアに紹介されたし、なかには著名な方の書評もあったが、この「いかがわしさ」にはふれることなく、まあ、その~、そういういかがわしい話はぬきにして、あたたかい「いいね」なものだった。

それはそれでありがたかったが、やはり、「一般受け」はしなかったようで、話題になったほどは売れなかった。担当の編集さんは、こんなに話題になってこんなに売れない本は初めてだと嘆いた。

一般読者が求めていたのは、もっと入門的な知識や情報であり、当時としては、文春ヴィジュアル文庫の「B級シリーズ」の延長線上に位置するものだったであろう。ということは判断ができていて、担当の編集さんも、そのイメージだったが、おれはそんなことはおかまいなしに書き上げたのだった。

あのころは、おれはライター稼業をやることなんか考えにもなかったから、そのことも関係していたであろう。四月と十月文庫『理解フノー』にも書いたが、もとはといえば、江原恵の『カレーライスの話』の改訂をやる相談を編集さんとしているうちに、姿が消えていっている大衆食堂のことが話題になり、そこからこの本の企画になったのだった。

だからまあ、おれが大衆食堂の本を書くチャンスなどは、これが最初で最後だろうというつもりで、どうせ書くなら……という思いがあった。

先の本文の219ページからの引用というのは、その「思い」のあたりのことなのだ。その引用の全文は長いので、一部をチョイスしよう。

「この本でくそまじめに食生活を考えてほしい。といったら笑われるだろうか。/でもおれはくそまじめにくうことを考えていた」「だいたいコンビニていどの豊かさと便利さと新しさが、都会的生活の象徴であり、相場になっているようだ。/そのことに異議申し立てをしようというわけではないが、食生活へはもっといろいろなアプローチがあっていいはずだ」

ってわけで、文春ヴィジュアル文庫のような大衆食堂本を期待した向きには、完全な「裏切り」になったのだが、本書から「いかがわしさ」とこの部分をピックアップしたスペクテイター編集部は、なんといったらいいんだろう、すごい眼力というのか、おそれいりました。

「もっと食堂を知るための本」には、2002年に創森社から発行の野沢一馬さんによる『大衆食堂』のちくま文庫版(2005年」の紹介もある。こちらは、入門的な知識や情報も備え、文春ヴィジュアル文庫の「B級シリーズ」の延長線上にも位置する内容になっているし、やはり売れているようだ。

それはともかく、『大衆食堂の研究』のあと、江原恵の『カレーライスの話』(三一新書)の改訂版として始まった企画を、改訂どころじゃないすっかり書き替え「汁かけめしとカレーライス」の仮題で仕上げたのだが、三一書房は労使紛争から経営内紛とゴタゴタが続き、最終的に四谷ラウンドから『ぶっかけめしの悦楽』のタイトルで発売になったのが1999年だった。

この本は、日本のめしと料理の美味追求には二つの型があるとして、「複合融合型」と「単品単一型」をあげ、カレーライスは「複合融合型」になる日本の汁かけめしだということを主張した。基本的な食文化論としては江原恵が言及しているので「本邦初」とはいかないが、「汁かけめし論」としては「本邦初」だろう。

だけど、売れなかったし、ほとんど無視されているかんじだ。日常には複合融合型があふれているのに。飲食に関するオシャベリはにぎやかなわりに、自分たちの食文化を自覚できないのはカナシイ。

もし『ぶっかけめしの悦楽」が『大衆食堂の研究』より先に出ていたら、おれはフリーライターなんぞになっていなかったかもしれないな。


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2018/10/15

画家のノート『四月と十月』39号、「理解フノー」連載21回目。

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今月は10月だから、美術同人誌『四月と十月』39号が発行になった。同人ではないおれの連載「理解フノー」は21回目で、「言葉を使う」のタイトル。

呼吸をするように言葉を使っているけど、それだけに、馴れきってしまい、使う言葉については考えることがあっても、言葉を使うってどういうことかについては考えない。けっこう惰性なのだな。ってことにブチあたることがあって、「本当に言葉を使って考えているのか」と考えてしまった。ってことを書いた。

今号から連載陣に中原蒼二さんが加わった。「料理」というテーマで、今回は「包丁論 一」だ。中原さんは料理人ではないが、包丁を使って魚をおろしたりするのは得意だ。見たこともある。立ち飲みの「ヒグラシ文庫」の店主であり、最近、『わが日常茶飯 立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」店主の馳走帳』(星羊社)を著している。

連載は、全部で15本になった。蝦名則さんの「美術の本」は見開きだが、ほかは一人1ページだから、本文60ぺーじのうち、16ページを占める。同人のみなさんの作品(必ずしも完成品ということではなく)と文が、一人一見開きずつ載る「アトリエから」というページは、今回は20人だから40ページ。

毎回のことだが、同人のみなさんの文章が、よいのだなあ。うまいっ。感心しちゃうのだ。

それにひきかえ、ライター稼業のおれは…とは考えないのだが、自分の文章にはライター稼業の悪癖が出てきたなと気づくことはある。

前号から連載陣に、ライター稼業の、岡崎武志さんが「彫刻」のテーマで、木村衣有子さんが「玩具」のテーマで加わった。

それでチョイと気が付いたことがあったのだが、今回で、少し見えてきた気がする。

同人のみなさんの文章には、既視感のようなものや類型がない。ライター稼業をしていると、どうも既視感のようなものや類型が出やすくなるのではないか。という仮説。

でも、中原さんの文章にも類型が見られるし、「東京風景」を連載の鈴木伸子さんはライター稼業の人だけど既視感のようなものも類型も見られない。

これはオモシロイな、と思った。

おれなんか出版業界と業界的な付き合いはしてないほうだが、知らず知らずに、クセのようなものがつく。いや、知らず知らずだから、「クセ」というのか。それを「悪癖」と見るかどうかは、文化的な価値観も関わるから、それぞれのことであり、なんともいえない。

とにかく、これまでおれは「私」で書いてきたが、今回から「おれ」にした。今回は一か所でしか使ってない。ほかのひとにとってはどうでもよいことだろうし、たぶんほとんどのひとは気づかないにちがいない。

最近、同人も連載陣も新しい方が加わり、『四月と十月』、どこへ行くのだろう。ひょっこりひょうたん島か。

そうそう、今回の同人の方の文の中に、おれにとっては貴重なオコトバがあった。

瓜生美雪さんの文は、「気持ちをうすく閉じ込める」のタイトルで、これにも気持がひっかかったが、後半「コラージュは楽しい」という話をして、最後にこう書いている。

「大事なことは、仕上げる時に、自分が普段出せない奥のほうの感情が入っていればそれでいい」

下の写真は、瓜生さんのページ。

表紙作品は、同人の扉野良人さん。

四月と十月のサイトはこちら。
http://4-10.sub.jp/

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2018/10/09

ワシらにも愛をくだせぇ~っ!!

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ブッ。クラエ!

東陽片岡さんの新刊。青林堂工藝舎2018年9月。

あの、山下則夫が!

ごめんね。これから読むの。

でも、表紙と目次だけでも、あの、あの、あの、山下則夫が、ががががが。

昨夜は、ほぼ泥酔状態で、ここまで書いて寝てしまった。本日(10日)、以下に追記というか、修正版というか。

『ワシらにも愛をくだせぇ~っ!!』

東陽片岡さんの新刊。青林堂工藝舎2018年9月。
お東陽片岡先生6年ぶりの新刊、とのこと。

ただただ
社会の片隅で
ひたすら愛を求めながら
生き抜いてきた
意識低い系の
おファンタジーライフ!!

と帯に謳う。

前半は山下則夫ワールドだが、いつもの哀愁にみちた人たちが繰り広げるダメ人間ぶり哀愁哀愁また哀愁の笑いが、気取った世間の上っ面をひっぺがし、「生」の根っこに肉薄する。「愛」だああああ。

今回は、一発画が数点入ったり、東陽さんのおスナック・マスター生活の話も登場など、バラエティに富んでいる。東陽さんがモデルの写真も多い(脱いでいないのが残念だが)。

数年前だったかな、ワシら野暮たちが朝まで過ごした四谷3丁目のおスナックも出てくる。あの朝まで営業のおスナックのソファで眠りこけるサラリーマンたちの実写写真まで載っている。

「畳画職人」の異名をとる東陽さん、濃密な線はあいかわらずだ。もうトシだから、けっこう疲れるんじゃないのかねえ。なんて、思ったりして。

オレにも愛をくだせえ~っ!! ツーの。

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2018/10/08

これが間違えられた「普通」の実態か。

昨日のエントリーの続きになるが。

今日たまたま、ネットでこんな見出しが目にとまった。
「自閉症児と母の17年を追って学んだこと 「普通」を捨てて、我が子のために人生の目標を設定する  心と体の性が一致しない次女、ヒカリと私に与えてくれた希望」
https://www.buzzfeed.com/jp/tadashimatsunaga/yuta-hikari?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter&utm_term=.ng3v7B46X

性同一性障害の子を持つ母親で医師をしているひとが書いている。「普通」という言葉がどう使われているか、つまんでみると、こんなぐあいだ。

自閉症の子(勇太)の「母は自分の親から英才教育を受けて育ったため、勇太君にも英才教育を施していました。勉強ができて、いい学校に行って、いい会社に入って、いい家庭を築くことは、母にとっての夢だったのです」「しかしこの夢はよく考えてみれば、私たちの誰もが頭の中に描く夢です。そういう意味では「普通」の夢です」「親は子どもに「普通」の夢を抱きがちだ」

「私は聞き書きを進めるうちに、知的障害のある自閉症児を受容し育てるということには、健常児の子育てにつながる課題があることが見えてきました」

「個人的な話になりますが、私の子どもも「普通」の道を歩んでいません」

これがまあ、実態ということなのだろう。

しかし、この著者や「母」が受けた「普通」からの抑圧は、酷いし根が深いと思う。

「末は大臣か博士か…」という言葉がある。近代が始まった明治からの立身出世思想を象徴するものだ。政治家か学者がだめなら軍人、それがだめなら新聞記者…というぐあい。森鴎外は軍人だったし、夏目漱石などは新聞社の社員として新聞に小説を発表していた。彼らの引き立てで、出世(世に出た)作家も少なくなく、現代の「文芸」はその上に成り立ってきたといっても過言ではないだろう。おれは新聞記者に「作家」も含めてよいのではないかと思っている。

こういう職業序列の価値観や優劣観があり、その構造のもとで「上」をめざすのが「普通」で、そこからはずれたら普通以下、というかんじの社会が続いていた。

戦後「民主主義」とやらの社会になって、大衆社会が出現し、戦前のこういう「序列の価値観」が根本にありながら、職業の序列に新たなものが加わったりしたが、「いい学校に行って、いい会社に入って、いい家庭を築く」が「「普通」の夢」となった。

高度経済成長から70年代ぐらいまで、その「普通」は「人並み」といわれたりした。

そういう見えない抑圧は強く働いていて、それに慣らされてしまった「普通」が蔓延する一方で、さまざまな「障害」を抱えることは「普通」をあきらめなくてはならないかのような苦しみを与え続けている。

間違っているのだ、その「普通」は。抑圧で歪んでしまっている。

今日ツイッターで知ったのだが、このあいだからの『新潮45』の差別発言と休刊をめぐり、同じ新潮社の『新潮』編集長・矢野優というひとが編集後記でコメントを出したとのことだ。

「言論の自由や意見の多様性に鑑みても、人間にとって変えられない属性に対する蔑視に満ち、認識不足としか言いようのない差別的表現だと小誌は考えます」

その最後は、「「新潮45」は休刊となりました。しかし、文芸と差別の問題について、小誌は考えていきたいと思います」とある。

なんだか、アマイなあ、あいかわらず「文芸」ってのはエラそうだなあ、と思った。

差別的表現を生む根底にあること、そこに「文芸」とやらの、あの漱石や鴎外の時代からの、権威主義にまみれた文芸優越思想は関係ないと言えないだろう。そのことについて、どれぐらい考えているのだろうか。

何が「文芸と差別の問題について、小誌は考えていきたいと思います」だ。ケッ、ヘッ、ブッ。

差別にいたる、いわれのない抑圧に加担してないか。メディアに関わっているものは、とくに考え続けなくてはならないと思う。当たり前の普通のために。

ま、「普通」以下のフリーライターのたわごとですが。

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2018/10/07

なぜだ~、「普通」と「均一化」。

昨日のエントリーに書いた「とくに、近ごろの外食店はうまくなっているんだけど、どこも同じようなうまさで、想像がつくようなうまさで驚きがない、個人店までがそうなっている。これはヘンだ、なぜこんなに均一化しちゃったんだろうということをめぐる話で盛り上がったが、このことについてはもっと考えたいし、もっと話しあいたい」といったことをツイッターでつぶやいたら、小田さんから、このような返信があった。

「俺たちはどんな要素も、結局「音楽」で考えてしまうんですが、これと同じことが15年くらい前からどんどん進んでいると感じています。あと、やっぱ「当たり前の普通さ」と「均一化」とは全然違うものだな、と」
https://twitter.com/mapupnews/status/1048550121246404608

「俺たちはどんな要素も、結局「音楽」で考えてしまうんですが」という小田さんは、食堂一筋ではなく、多彩な活躍をしている。スペクテイター42号「新しい食堂」によると、「元音楽雑誌編集者。自ら音楽誌『map』を創刊(現在3号まで)、同時に、トクマルシューゴ、二階堂和美、かえる目、popoなどの個性の強いミュージシャンたちのCDをリリースするレーベルcomparenotesを運営中。学生時代からパンク/テクノ系バンドで活動し、その後、インディペンデントな音楽/出版業界に身を置いていた」

おれは近ごろ、60年代後半、フォークやロックが盛んになったころからの音楽と食文化の関連が気になっていて、トークのときもその話になったが、時間が足りなくてちょっとだけで終わった。

とにかく「やっぱ「当たり前の普通さ」と「均一化」とは全然違うものだな」という点は、大事なことで、おれは、ツイッターでつぎのように返信した。

「そうですね、「普通」や「スタンダード」は間違って理解されていることが多いようです。普通/特別、均一化/多様化で、違う軸のことのはずなのに、なぜだ~。音楽のこと疎いんですが、食文化とも関係ありそうで気になっています。などなど、またトークをやれる機会があったらなと思っています」

おれは前から「普通にうまい」や「近代日本食のスタンダードとは何か」といったぐあいに、けっこう「普通」や「スタンダード」という言葉を使っているのだが、この言葉が間違って認識されたり理解されていることを何度も痛感している。そのたびに、なぜだ~、なのだ。

だいたい、「普通」は「均一」どころか、人間は多様が普通なのだ。十人十色というじゃないか。同じ方向を向いて均一化するなんて「異常」だよ。

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2018/10/06

ぼやきトーク、どうしてこんなに均一化しちゃったの。

昨日の円盤田口となぎ食堂小田+ゲストおれの「ぼやき万才」、ご参加のみなさん、ありがとうございました。

おれはとても楽しかったし面白かった。いろいろな話が交差しながらも、店や料理の味や飲食を考える視点があれこれ出て、刺激的だった。

とくに、近ごろの外食店はうまくなっているんだけど、どこも同じようなうまさで、想像がつくようなうまさで驚きがない、個人店までがそうなっている。これはヘンだ、なぜこんなに均一化しちゃったんだろうということをめぐる話で盛り上がったが、このことについてはもっと考えたいし、もっと話しあいたい。

これ、いま、飲食をめぐるいちばん大きなモンダイかもしれない。

作る側、食べる側、飲食についてアーダコーダ書いたりエラそういしている側、それぞれよく考えなくては。

食事や味覚をめぐることは、なんだか惰性的に同じ方向に流れているのではないか、作るほうも食べるほうも、もっと自由な楽しみ方を見つけていいのではないか、ということは近年気になっていたことだ。

飲食の分野だけじゃなく、ハヤリ音楽の分野も山下達郎的に均一化しているようなことを田口さんはいっていた。そういえば本や雑誌も、均一化しているようなことを誰かがいっていたな。

みな同じ方向へ同じ方向へ草木もなびく。台風に煽られているのか。自由が委縮しているようでもある。エラそうな人たちのほうは気にせずに、もっと自由闊達にやりましょうよ。

のぎ食堂のおださんは、スペクテイター42号「新しい食堂」のロングインタビューで、「料理自体にその人が作ってる理由があるものがあったらいいなと思います」といっている。食べる方も、そういう料理を評価できるようになれるか。これは他者の個性を認められるかどうかのことでもあるだろう。

円盤へ行く前、ひさしぶりに中野で一杯やり、それから高円寺の「ロカ・キッチン(LOCA☆KITCHEN)」に寄った。ロカ・キッチンは、円盤の真ん前、JR高架下にある。「新しい食堂」に「食堂開業心得帖」のタイトルで「D.I.Yと"はったり"の店づくりハウツー」を寄稿している、いとうやすよさんの「ヴィーガンカフェバー」だ。

およそ世間の「カフェバー」のイメージとは違う個性。ベーグルバーガーとレーベンブロイを頼んだ。ヴィーガンだから、バーガーのパテは肉ではない。日本のどこにもない農村風テイストの味わいとでもいうか、それがいい。ま、行ってみてください。

備忘……「妄想1985年の大衆食堂」

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2018/10/05

ぼやきトーク前座?

「世間には、シロクロ決着をつけないほうがよいことがたくさんあるにも関わらず、シロクロ優劣をハッキリさせ優のほうに立つことがかっこうよく思われがちだし、チヤホヤされる。他者を評価し優劣をつけたがる人たちも少なくない。結果、いろいろなヒトやモノやコトにダメ出しがされ、廃棄される。そこにまたダンゴムシの活躍の場が生まれる。最近、そんな面白そうなことが、私の周囲に増殖している」

と、四月と十月文庫『理解フノー』の「ダンゴムシ論」に書いた。これは前のエントリーの「中腰で堪える」とも関係あるね。

「理解フノー」は、テキトウに書いているのだが、イチオウ80年代以後の多様な価値観を意識している。つまりそれまでとは大きく異なる環境で生きていることを意識している。

ところが、ま、そういうものだろうが、メインストリームは、あいかわらず70年代までの価値観にしばられている。出版業界のそれは、「これまで付き合ったなかでも、最も理解フノーな前近代的な体質の世界ということだった」とも書いている。

そうそう、このあいだの角田光代さんがゲストの「談話室たまりあ」では、「文壇バーで怒鳴るひと」のことが話題になり、笑いが湧いた。

文筆家なんて自由業のはずなのに、けっこう業界内の序列の価値観に縛られていて、ココロは自由じゃないのだな。ナニナニ(「有名」な新聞とか雑誌とか)にコレコレを書いている俺様、と威張りたがるし、チヤホヤされたがる。「ナニナニ」や「コレコレ」が会社員の肩書や業界役員の肩書と変わらない世界なのだ。

で、金を払えば我慢してくれるサービス業のバーなどで、怒鳴って威張る。どこかの会社の社長や課長みたいだが、そういう話は、おれみたいに出版業界の周縁のそのまた外側にいるようなものまで、聞こえてくる。(東海林さだおが「ドーダの人々」に書いて笑いをとっているけどね、あれからずいぶんたっているのに業界体質は変わらないのだなあ)文壇バーに限らず、居酒屋あたりで威張ったり怒ったりの文筆業の人もいると聞く。これはもう、職業の差別意識や優劣観丸出しというかんじだ。

いまどき、陳腐なことだ。紙媒体に書いているぐらいで、多くの人たちが感心したり奉ったりしていたのは70年代ぐらいまでのことなのに。

そういう時代錯誤の人たちが、言論だ評論だ文芸だノンフィクションだなど、ありがたくも賢そうな消化不良の生半可をふりまく。でもたいがい「業界身内的」のつながりだから、お互い生半可を許しあったり、盛り上げあったり。そういう「サロン文化」みたいなのが、けっこう幅をきかせている。そこに加わりたい人たちも、メディア周辺にはけっこういるようだ。そこから生み出される文化って……。そういえば、最近「休刊」を出した出版社や「盗作」を出した出版社や、その前から、いろいろあったな。

権力や権威の私物化は、政治業界と出版業界のお家芸なのか。上層の暗雲は晴れることがあるのか。

あ~、話の行方がわからなくなった。

とにかく、右か左か、右でもない左でもない、とかではなく、前のめりに性急にならず、「うふふふ、それ、理解フノーだね~」とかボヤキながら、中腰で堪えよう。

今夜の高円寺の円盤のボヤキストトークの前座みたいだな。いや、今夜は、そういう話にはならない、もっと楽しいボヤキだと思うが。

そうそう、周縁といえば、姫乃たまの『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』は、タイトルから気になるから必ず買おう。

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2018/10/03

「中腰で堪える」。

2018/09/29
「東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」72回目、小岩・サンゴ亭。」では、春日武彦さんの「さまざまな幸福 宮崎市の大衆食堂」にある文を引用している。

春日武彦さんといえば、「中腰で堪える」というオコトバがある。

近ごろは、とくにツイッターなどもあり、このオコトバを噛みしめることが多い。ツイッター世間だけにかぎらない、世間は何かとセカセカあわただしく、 何かと急いでシロクロつけたがる傾向に走っているようだ。そして、その害の悪循環にはまっているかんじがある。

ツイッターの「炎上」などは、ツイッターだけじゃなくインターネットのニュースからオールドメディアまで巻き込んで、たちまちどこが問題の出発点かわからなくなるほど、コロコロと事態が変化し、憎しみや敵愾心などが残骸として山積になる。さらに、それをもとにつぎのネタへ移動し、憎しみや敵愾心を、さらに燃やす。もうそのあわただしいこと。

75歳になったジジイのおれは、ついていく気もないが、ついていくこともできず、ボーゼンと中腰で堪えている。

「中腰で堪える」について、春日武彦さんは、このように述べている。

「「中腰で堪える」ってぼくは言い続けているんですが、まさに、それは「待つ」ということと同じ意味ですよ。/即対応しないで、とりあえず待ってみること。あえて中腰で堪えてみれば、/その決意をもたらした心の強さが事態をいい方へ展開させる可能性を掴み取ってくるかもしれない。/もちろん、実際のところは、わからない。でも、「中腰で堪える」方が精神にとっては健全だと思うんです。」

そうだよなあと思うね。

こういう健全が失われ、批判はもちろん、ちょっと疑問を投げかけられたぐらいや、感想ていどのおかしくない?ということでも、まるで自分が否定されたかのようにキッとなって即反応し、相手を言い負かすことに血道をあげる。

中腰で堪えるどころか、完全に腰が伸びきっている。

それは精神的な余裕のなさもあるかもしれないし、思い上がりもあるのかもしれんないし、ま、とにかく、こういう状態はニューメディアやオールドメディアの支配的な「空気」みたいになっているようで、ほんとうに不健全だ。

そうそう、この春日武彦さんのオコトバは、『「談」100号記念特集』に「無意味なことに魅せられて……ささやかだけど役立つこと」にあるのだ。

ここでも春日武彦さんは幸福について語っている。

幸福の多様性は、いうは易しいが、「寛容」にしても、実際はなかなか難しい。「生産性」といった価値観の一元化も浸透しているなかでは、ますますだ。

「なんでもかんでもすぐに解答を出そうとすることがよくない。もっと「待つ」ということを考えた方がいい。「待つ」ことの意味を問うべきだ」

精神を健全に保つ要素として、「中腰で堪える」のほかに、二つあげている。

「最初に言った「別解」ですね。こういう考え方もあるけれども、それとは違う考えもある。いろいろな答えがあるんだということ、あり得るんだということ、それが重要だと思う」

「さらに、もう一つ、付け加えるとすれば、自分を客観視する能力」

自分を客観視する能力なんて、なかなか難しいが、中腰で堪えることができれば、なんとかなるのじゃないかな。これについてはワタシが絶対正しい、なんていう腰が伸びきったことでは、とても無理だね。

うふふふ、そういう腰が伸びきった人たちが争って自滅するのを、おれは中腰で堪えているようだ。これは、大衆食堂的、といえるかな。

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2018/10/02

食の科学と文化のあいだ。

発酵と腐敗。どれくらいの周期かわからないが、ときどきこの話題が盛り上がるね。

そのたびに、発酵と腐敗は科学では区別がつかない、区別をつけるのは文化なのだ、テナことがいわれ、そうかそうかソウダソウダと話題は沈静化しては、またぶり返す。

何かしらの食中毒や、そうそう生レバ食禁止問題があった、自殺者まで出した鳥インフルエンザや、牛BSEやカイワレなど大騒動になった事件、喫煙や飲酒や放射能など、科学と文化のあいだが問われるようなことが食をめぐって、けっこうあった。

それぞれ異なる性質のものだが、コトは、不安や健康をめぐる文化の問題と密接な関係がある。

ところが、何かあると、科学様が厳正な水戸黄門様のように登場し、印籠のように科学をかざし、片づける。

ということが、平成になってからも繰り返されてきた。

不安や健康をめぐる文化について、理解が深まったのかというと、どうもそういうかんじはない。

放射能をめぐっては、社会的分断が深まったままだ。その状態そのものが、「科学的」だけでは解決しないことを証明しているかのようだ。そして、その分断状態が政治的に利用されたりする。ますます泥沼化する。いやはや。

「不安や健康をめぐる文化」というと、「食」や「食生活」や「食文化」に関わる人たち、というと、人間全部がそういうことになるが、何か研究したり書いたりといったことでという意味で関わる人たちのあいだでも、あまり議論にならない。

このあたりに取り組んでいるのは、昔から、宗教関係、それに占い関係あたりになるか。この関係は「不安や健康をめぐる文化」の「専門家」のようなものでもある。近年は「スピリチュアル」系といわれる存在も、無視できないだろう。

しかし、これらの関係は、すべて、「科学的でない」ということで片づける。という文化も存在しているようだ。

いまここに書いてきた「文化」という言葉の核心部分は「価値観」になる。

価値観は、基本的に、個に属する。だけど、自分の価値観を大切にしないで、「科学的判断」に頼る人が少なくない。疑似科学的というかんじのものもあって、消費期限や賞味期限などは、そういう「根拠」にもとづいている。

自分の価値観をメディアなどの権力や権威を利用して支配的なものにしようとする野心家も少なくない。科学的判断だろうと文化的判断だろうと、どんなに正しかろうと、自分の保持している権力や権威を利用して押し付けるのは、混乱を増長させるだけだ。

食の科学と文化をめぐる、めくるめく(って、こんなときいうのか)混迷。

科学とは何か、文化とは何か。食をめぐって問われている。もうずーっと長いあいだ。

当ブログ関連
2018/04/02
「食」をめぐる「不安」や「不信」の構図。
2005/12/06
「不安」という文化

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2018/10/01

食堂とカフェ…日常、生活、普通、自分なり。

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「食」「食生活」「食文化」という言葉は、よく使われるが、その概念や境界などは、イマイチはっきりしない。どういうジャンルなのか、あるいは何かカテゴリーみたいなものなのか、これらの言葉を使っている本人もアイマイなままであることが珍しくない。たいがい、ときどきの文脈にあわせて自分に都合よく使っているのが実情だろう。

ま、言葉を操って商売するものというのは、そういうペテン師みたいなことをせざるを得ないし、そうして自分がその分野の専門家であるようなフリをする。人々は専門家にヨワイからだ。

しかし、ジャンルやカテゴリーなどは、アイマイでもいいのではないか。アイマイだからこその魅力があるのではないか。って、平成の食堂とカフェを調べていて、そう思った。

スペクテイター42号「新しい食堂」で、いまさらながら平成の「カフェ・ブーム」が気になっているのだ。

「新しい食堂」特集リードを、編集部の赤田祐一さんが「"割り切れなさ"の魅力」のタイトルで書いている。

赤田さんは、チェーン系は「やはりビジネスが勝ちすぎて、効率や利潤を追い求めすぎる。食べることのなかにある「きちんと割り切れない要素」を消しにかかっていると感じさせることが多い。/しかし、その「割り切れなさ」こそ、愛される店の本質であり、じつは食堂の存在理由ではないのだろうか――そのあたりの考えを以前から明らかにしてみたいという思いがあって、「ウナカメ」に出会ったのをきっかけに、食堂の特集を企画しました」と書いている。

おれは「結局、食堂って何?」に、食堂は定義されてないし定義できない、そのように食堂は「ゆるい」存在であると、「食堂めしの雑多雑種雑食性」を強調している。ほんと、「割り切れない」ままなのだ。

割り切れないといえば、この文章を書いてから、「カフェ」の割り切れなさも気になりだした。

ってことで、近年の「カフェ・ブーム」を調べていたが、なかなかよい資料が見つからない。でも、あった。

これは商業出版物ではない。かつての雪印乳業が発行していた『SNOW』という月刊誌だ。どの号も資料価値の高い特集を組んでいるが、2001年1月号で特集「カフェでごはん、する?」をやっているのだ。これが充実している。

リード文には、こうある。

「カフェのごはんが、話題だ。メニューは和・洋・中・エスニック、軽食からメイン、デザートまで、何でもあり。しかもおいしくて、ボリュームがあって、リーズナブル。ごはんのうまいカフェ。それが今のカフェの必須条件。もちろん飲み物だけでもいいし、アルコールも、よりどりみどり。昼間っからほろ酔い気分で、心地よい音楽にまどろむもよし。ああ、こんな店が、なんで今までなかったんだろう!!」

「ここ数年、東京ではカフェ人気が続いている。ターニングポイントとなったのはシアトルから上陸したスターバックスの成功だ」

で、この特集が注目しているのは、そういうブームにのった企業的な取り組みのカフェではなく、「個人オーナー(もしくはそれに近いかたち)によるカフェ」なのだ。

「それらは「自分にとって心地よい空間をつくりたかった」という点で共通している」

そして、当時そういうことで注目され人気もあった3つの店の店長の鼎談が、ページをたくさん使ってシッカリ載っている。

池尻大橋〈太陽〉の畑順子さん、高円寺〈HERE WE ARE marble〉(よするに「マーブル」ですね)の三浦武明さん、吉祥寺〈FLOOR!〉の森田大剛さん。順番に、68年生まれ、74年生まれ、73年生まれで、いまでも活躍されているが、当時すでに注目をあびていた。

この鼎談には、「ブームといったって、普通のことを当たり前にやっているだけなんだけど。」のタイトルがついている。

彼らの店は、「カフェ」は名のっていないし、「カフェ」を意識しているわけじゃない。「今カフェといわれるものは、大企業や大資本がつくり出したものじゃなくて、個人がほんとうに好きなことをやっているだけですよ」(森田)と言っている。

ジャンルやカテゴリーにこだわっているのではなく、自分なりの価値観にこだわっているのだ。このあたりは、「新しい食堂」に登場している店主たちにも共通するし、ほかにも、「生活」や「日常」「いろいろな人が集まる場所」といったあたりが共通したキーワードになっている。

これは、チョイとおもしろい。

ジャンルやカテゴリーにこだわらず、「生活」「普通」「日常」「自分なり」に近づくほど、割り切れなさが増すのではないだろうか。

そして平成というのは、消費主義とビジネスがもたらす均一化や高級化が進む一方で、「生活」「普通」「日常」「自分なり」が見直されてきた、といえそうだ。

阿古真理『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(筑摩書房、2013年)に、「角田光代作品の食卓」という文章がある。阿古さんは角田光代『庭の桜、隣の犬』(講談社、2004年)の食事に関わるところを検討し、「私たちが見失ってしまったのは、日常生活なのかもしれない。この小説で、そのことを象徴的に表しているのが、食卓に関わる場面である」という。

なかなか興味深い指摘だ。

失われた日常や生活への関心の高まりがありそうだ。

もともと大衆食堂は、「生活」「普通」「日常」「自分なり」の世界だったが、平成になってその多様化が進んでいるともみることができる。

一つのジャンルやカテゴリーにおさまりきらないおもしろさ。

当ブログ関連
2018/06/10
日常食と食堂の楽しみ。

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