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2018/10/16

もっと食堂を知るための本。

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スペクテイター42号「新しい食堂」には、「もっと食堂を知るための本」というページがあって、5ページにわたって13冊ほどの本が紹介されている。

いわゆる「食堂本」というくくりがあるのかどうかはしらないが、もしあるとしても、ここに紹介されている本は、『日常学のすすめ』(アンディー・ルーニー・著、井上一馬・訳、晶文社1984年)など、一見すると一般的には含まれないだろうと思われるものもあって、かなり広い視野と視点からと同時に細かいところまで「食堂」を見ているのがわかる。その紹介の仕方も含め、興味深い。

『大衆食堂の研究』も最初に大きなスペースで紹介されている。こんなぐあいだ。

まず、こう書き出している「本邦初、"食堂考現学"の書」。

発行になった1995年頃は、世間の大衆食堂への関心は、「どん底」というかんじだった。12チャンネルが大衆食堂をちょっとだけ取り上げたことがあるていどだったと思う。

「本邦初、"食堂考現学"の書」のあとは、このように続く。

「食べ歩きのフィールドワークを元に、店の成り立ち、常連客のやりとり、多種多様なメニューなど、九〇年代半ばまでの東京の大衆食堂について考察しているが、堅苦しかったりグルメ趣味的な内容ではない。著者の見かたの基準は「いかがわしさ」で、「いかがわしさとは奥の深さ、味わいの素」と断じ、貧乏人を応援しながら大衆食堂とは何かについてディープに切り込む。本書がなければ、現在のように食堂への熱いまなざしは起こりえなかったのではないか。絶版なのが惜しい。」

このあと、本文の219ページからの引用がある。

「いかがわしさ」は、この本のヘソといっていいほどのキーワードなのだが、そこにスポットをあててもらったのは、発売から20年以上がすぎたが、これが初めてだ。

発売当初は、たぶん「本邦初」の大衆食堂の本だということもあってだろう、けっこうメディアに紹介されたし、なかには著名な方の書評もあったが、この「いかがわしさ」にはふれることなく、まあ、その~、そういういかがわしい話はぬきにして、あたたかい「いいね」なものだった。

それはそれでありがたかったが、やはり、「一般受け」はしなかったようで、話題になったほどは売れなかった。担当の編集さんは、こんなに話題になってこんなに売れない本は初めてだと嘆いた。

一般読者が求めていたのは、もっと入門的な知識や情報であり、当時としては、文春ヴィジュアル文庫の「B級シリーズ」の延長線上に位置するものだったであろう。ということは判断ができていて、担当の編集さんも、そのイメージだったが、おれはそんなことはおかまいなしに書き上げたのだった。

あのころは、おれはライター稼業をやることなんか考えにもなかったから、そのことも関係していたであろう。四月と十月文庫『理解フノー』にも書いたが、もとはといえば、江原恵の『カレーライスの話』の改訂をやる相談を編集さんとしているうちに、姿が消えていっている大衆食堂のことが話題になり、そこからこの本の企画になったのだった。

だからまあ、おれが大衆食堂の本を書くチャンスなどは、これが最初で最後だろうというつもりで、どうせ書くなら……という思いがあった。

先の本文の219ページからの引用というのは、その「思い」のあたりのことなのだ。その引用の全文は長いので、一部をチョイスしよう。

「この本でくそまじめに食生活を考えてほしい。といったら笑われるだろうか。/でもおれはくそまじめにくうことを考えていた」「だいたいコンビニていどの豊かさと便利さと新しさが、都会的生活の象徴であり、相場になっているようだ。/そのことに異議申し立てをしようというわけではないが、食生活へはもっといろいろなアプローチがあっていいはずだ」

ってわけで、文春ヴィジュアル文庫のような大衆食堂本を期待した向きには、完全な「裏切り」になったのだが、本書から「いかがわしさ」とこの部分をピックアップしたスペクテイター編集部は、なんといったらいいんだろう、すごい眼力というのか、おそれいりました。

「もっと食堂を知るための本」には、2002年に創森社から発行の野沢一馬さんによる『大衆食堂』のちくま文庫版(2005年」の紹介もある。こちらは、入門的な知識や情報も備え、文春ヴィジュアル文庫の「B級シリーズ」の延長線上にも位置する内容になっているし、やはり売れているようだ。

それはともかく、『大衆食堂の研究』のあと、江原恵の『カレーライスの話』(三一新書)の改訂版として始まった企画を、改訂どころじゃないすっかり書き替え「汁かけめしとカレーライス」の仮題で仕上げたのだが、三一書房は労使紛争から経営内紛とゴタゴタが続き、最終的に四谷ラウンドから『ぶっかけめしの悦楽』のタイトルで発売になったのが1999年だった。

この本は、日本のめしと料理の美味追求には二つの型があるとして、「複合融合型」と「単品単一型」をあげ、カレーライスは「複合融合型」になる日本の汁かけめしだということを主張した。基本的な食文化論としては江原恵が言及しているので「本邦初」とはいかないが、「汁かけめし論」としては「本邦初」だろう。

だけど、売れなかったし、ほとんど無視されているかんじだ。日常には複合融合型があふれているのに。飲食に関するオシャベリはにぎやかなわりに、自分たちの食文化を自覚できないのはカナシイ。

もし『ぶっかけめしの悦楽」が『大衆食堂の研究』より先に出ていたら、おれはフリーライターなんぞになっていなかったかもしれないな。


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