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2019/01/10

「クレヨン画家」の話をききに。

毎日を丁寧に暮らし丁寧に酔っていたら、なかなかブログを書けなかった。いや、丁寧に怠けていただけ。

何年か前、美術同人誌『四月と十月』で、初めて加藤休ミさんの「クレヨン画家」という「肩書」を知ったときは、なんで?と思った。

ライターが原稿を書くときに紙と鉛筆を使っているからと、「鉛筆文章家」と名のるようなものじゃないか、でも、かりに「鉛筆画家」は成り立っても「鉛筆文章家」は成り立たない。墨と筆で文字を書けば「書」になるが、原稿を墨と筆で書いても「書」にならない。

そんなことをあれこれ考えたりしたが、なぜ加藤さんが「クレヨン画家」を名のるようになったのか、想像がつかなかった。

おれの体験では、クレヨンで描くのはガキのころから小学生ぐらいまでだったと思うし、小学校でも高学年では水彩絵の具を使うようになって、しだいにクレヨンから離れていったのではないかと思う。中学生のときは、だいたい「美術」だか「図工」だかの授業時間はどれぐらいあったか覚えてないが、クレヨンは使ったことがなかったと思う。高校では、美術か音楽か、もう一つなんだか忘れたが選ぶようになっていて、おれは音楽を選んだから、完全に美術からも絵からも絵の具からも遠ざかった。

つまり、いつのまにか、おれのなかではクレヨンから水彩そして油絵というぐあいに成長していくものだというイメージができあがっていた。クレヨンなどは、はるか遠くのかなた。だからといって、クレヨン画が能力的にレベルの低いものであることにならないが、わざわざ「クレヨン画家」を名のることもないだろう、そのあたりに「理解フノー」があった。

ってえことで、加藤休ミさんの話をきく機会にめぐまれたので、都内の加藤さんの仕事場へ出かけて行った。画家の仕事場は「アトリエ」と呼ばれることが多い。原稿を書く人の仕事場は「書斎」といわれることが多いのかな。そのあたりも、「絵」と「文章」ではちがうようだ。

とうぜん飲みながら話をきくために缶ビールを買って行った。だけど、それ以上に、加藤さんは缶ビールを用意していた。どんどん飲みながら話した。

なぜ「クレヨン画家」になったかの話は、とてもおもしろかった。すごく納得できたし、世間の価値観なんかにとらわれない、いい生き方だなあと思った。そのことについては、4月発行予定の『四月と十月』に書くことになっている。

それから、加藤さんのクレヨン画では、よく「食べ物」や「食べる」がテーマになっている。2012年に偕成社 から発行の『きょうのごはん』は、クレヨン画家・加藤休ミの名を高め広げた。最近の『クレヨンで描いた おいしい魚図鑑』(晶文社)も、なかなかよい。

だからクレヨン画と「食べ物」と「食べる」の話にもなった。そこで、すごくおもしろい話になった。

「生物」と「食品」のあいだは、自然と文化のあいだでもある。その境界に、「うまさ」や「うまそう」が関係すると思われるが、そこを加藤さんは絵でとらえる。

魚は、海で泳いでいるときは「生物」だ。そこは自然の世界であって、「文化」でも「食文化」でもない。ふつう、魚類図鑑といったら、生物としての魚の絵なのだ。あるいは「図」か。

それが、いつから、「食べ物」として扱われ、人間の「食文化圏」に位置するようになるかというと、人間の手に掛かったときからだろう(手に掛けるための様々な準備も含め)。しかし、人間の手に掛かるといっても、人間の「食べる」意思の働き、つまり主観が関係する。生け簀の養殖魚は生物だが、人間の「食べる」意思の働きのうちのことだ、水族館の魚やキャッチ&リリースの釣りスポーツは食文化のことではない。

ところが、仕事場の壁に、クレヨン画にしては大きめの、生のマグロの頭の絵があった。これは、生きているマグロの頭のようにも見えたし、うまそうにも見えた。

で、おれは、「生物」としての絵でも、「うまそう」なのは、画家のせいなのか、自分のせいのか、それとも魚そのものがうまそうなのか、しばし考えた。どれもありそうなことだ。だが、「うまそう」は、人間の主観のことだろう。

それに、「食べ物」でも、食べればうまいのに、うまそうには見えないものがある。たとえば、イナゴの佃煮など。

それに、焼海苔などは、どんなに上手に描いても、うまそうとは思わない外国人がいるだろう。

そういうことを考えながら、加藤さんのクレヨン画を見ていると、いろいろ世界が広がるのだった。

あと、加藤さんのクレヨン画は、具象のようで抽象であり、その境もなかなかおもしろい。具象といっても「点」という抽象の集合や連続なのだ。具象と抽象の境は、アイマイだ。

加藤さんとは1時半ごろから飲みながら話を始めた。しばらくして靴職人のオサムさんがあらわれ、それから、初めての人が、一人、二人、三人と増え、最後はオサムさんのパートナーも加わって、靴づくりの話はもちろんいろいろな話になった。『ぶっかけめしの悦楽』をご覧になってくれたひともいて、酒も話もどんどん盛り上がり、酔っぱらったのだった。

加藤さん手作りのチャーシューもうまかった。

みんなおれより30歳以上は若いわけで、70年代のことはもはや「歴史」であり、オサムさんに「記憶にある首相は中曽根ぐらいから」といわれ、うーむ、そうかあ、知識の共有はなかなか難しいことなのだなあとあらためて思った。日本人同士でも、十分に「多文化」を生きているのだ。

高円寺の円盤の田口史人さんの著書『レコードと暮らし』(夏葉社、2015年)は、内容もよいが表紙カバーの絵もよい。すごく気に入っているのだが、加藤さんのクレヨン画だ。

「洗練」とか「丁寧」とかいって、庶民文化の生活臭さやバイタリティを骨抜きにしてしまうような表現があるけど、加藤さんのクレヨン画は、そこのところをうまく盛り込んでこなしている。食べ物でいえば、「雑味」がうまくきいている、というか。こういうの、もっと広がってほしいなあ。気取るんじゃない、っての。

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