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2019/02/28

時間がないから「深川宿」あたりの写真を。

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というわけで、きのう投稿の七福の交差点を南へ、一本目だったかな、下ると、昔ながらの商店が残っている通りがある。上の写真は、商店街の入り口のところから、七福がある交差点のほうを撮ったもの。

通りには、深川江戸資料館があって、その隣には深川めしで有名になった「深川宿」がある。

いやあ、どっちも立派になっていて、おどろいた。深川宿は、1999年発行の拙著『ぶっかけめしの悦楽』を書いたころ行ったことがあって、そのころは、「深川めし」なんかも忘れられそうだったし、「深川宿」も大丈夫だろうかとシンパイな感じだったのだが、すごい変わりようだ。

おれの『ぶっかけめしの悦楽』のほうは没落したが、ぶっかけめしの深川めしは「日本五大名飯」というぐあいに上昇し、「深川宿」は富岡八幡宮に支店まで出している。

この日も、若い女たちのぶらぶら散歩観光客が何組もぶらぶらしていたが、このあたりは、たぶん地下鉄清澄白河駅ができたこともあってだろう、コーヒーのサード・ウエーブなんちゃらで注目されたりで、新旧が混ざり合いながら変化している感じだね。

でも、昔の店はずいぶんなくなった。残っている商店、どうなるのだろうか。

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2019/02/27

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」76回目、深川・七福。

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またもやここでの掲載が遅れに遅れてしまった、これは先月の第三金曜日18日朝刊のぶんだ。

すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019011802000184.html

たまには正月らしい店名の食堂にしようと、「七福」にした。住所は白河だが、昔から深川と呼ばれている地域で、周囲には深川七福神がある。

七福は、1995年の『大衆食堂の研究』にも載っている。「『七福食堂』――江東区高橋のたもとにある。いかがわし度2。暖簾に「実用」の文字がいい」というぐあいだ。

「高橋のたもと」というのは、「たもと」に近いぐらいで、すぐそばではない。ところが、おれ自身も「たもと」にだまされてしまい、以前に再訪したときには、高橋のたもとすぐのあたりをうろうろし、住所は控えてなかったし、探したが見つからなかったことがある。

とにかく、このあたりは大変貌した。とくに七福がある清洲橋通りの大きな交差点の周辺は30階ぐらいはある高層マンションがニョニョキ建って、空が広かった下町の面影はない。

七福も、二階建ての木造から建て替わった。外見は変わったし、中も壁は板張りで「デザインされた」内装になったが、そこまで。

暖簾と看板の「実用洋食」は、そのままだし、実用のイスとテーブルで、実用の洋食を食べる。

かつて、というのは半世紀以上は前になるか、「実用洋食」が流行ったらしい。まだ詳細に調べてないが、そういう記述は見かけた。

「実用」という言葉の意味は、なかなか深長で、このばあいの判断は難しいが、おそらく、当時ごちそうで高級なイメージだった洋食に対してのことだろう。

1960年前後ぐらいまでは、東京の洋食は「ハイカラ」などといわれ、けっこう上位概念だったのだ。

七福の「実用洋食」は、大いに納得する。日替わり定食の盛り合わせを始めとする各種盛り合わせメニューの充実に、なんだかお店の洋食への「熱」を感じる。

オムライスを食べたことがないのだが、一人で入ってくる近所の会社員らしい女性たちは、ほとんどこれを食べている。

そのオムライスからして、たいしたボリュームだ。定食のごはんの量も多く、おかずのボリュームもある。フライ類は、ボリュームがあっても、油が気になることはなく、サクサク食べられるが、おれはめしの量にまいってしまう。なのに、まわりでは、大盛りを注文する客もいる。くそ~っ、大食いできないジジイになってツマラナイな~と思うのだ。

このあたりは、かつては、中小零細の事業所が多かった。いまでもビルの一階が工場だったりするところもある。

七福の客には大盛り確率が高い作業服姿の労働者が多くみられる。大盛を食べるスーツ姿の労働者もいる。

ガッチリめしを食いたい人はいるのである。それは「実用」という「文化」を支える人たちでもある。

そして、「実用」の「文化」によって、さまざまな「産業」や「文化」が支えられている。

実用万歳。

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2019/02/25

景気のよさの実感はないが、TPP11発効後に目に見えて変わったこと。

TPP11は、大騒ぎしたのかしないのか、とにかく昨年末のどんずまりの30日に発効になった。まもなく2か月になるのだが、よく利用するスーパーの肉売り場の安売り攻勢がすごい。こんなに目に見えて変わるとは思っていなかったから、おどろいている。日本の農業や食糧生産は、ほんとうに大変なことになるな、と、スーパーの店頭で実感する日々だ。

肉については、当面直接的にはオーストリア産とカナダ産だけの影響だと思っていたら、その輸入増が輸入肉相場全体を押し下げているのだろうか、アメリカ産やスペイン産まで安くなっている。

おれがよく利用するスーパーは、おれが「C」クラスと「Cマイナス」に分類する、ようするに価格帯から見て中以下になる。そのどちらも、肉売り場を拡充した。

うちも今年になってから、肉をよく買っている。鶏肉以外の豚や牛は、輸入物だ。きのうもきょうも買った。安いから、つい手が出てしまう。国産を買わなくなるだけでなく、魚まで買う回数が少なくなっている気がする。

「民主主義の破壊者」といわれそうだが、そもそも「C」クラスや「Cマイナス」で買い物しているのは、金銭的にあまり余裕がなく、選択肢が絞られているからだ。買い物を選ぶことで、よい文化や政治が選べるなんて、そういう人たちはどれぐらいいるのだろうか。ま、中央のメディアあたりに登場するような、「A」「B」クラスのスーパーで買い物ができる人たち中心の見方や考え方じゃないだろうか。

と、いつもは外食をめぐる「コスパ思想」を批判するおれは、このザマだ。

先月末、吉祥寺のトークへ行って、2019/01/27「川原真由美「山と地図となにか」展×若菜晃子トーク。」に「吉祥寺、とおーい。距離的にも文化的にも。」と書いたが、その文化は経済が大いに関係しているのであり、経済のギャップが文化のギャップにおよぼす影響は、かなり大きくなっている。

おそらく、東京や中央からは、見えにくいことだろう。東京や、そこでつくられるメディアでは、「C」クラスや「Cマイナス」は、とてもいい話ばかりの「A」「B」クラスのイメージのなかに埋没してしまう。

きのうちょっとだけふれた「書物が×物になる」は、「可処分所得と可処分時間をめぐる熾烈な、しかし見えないところで、争奪戦がくりひろげられている」ことが関係する。

大澤聡は、1933年春秋社から刊行の「経済学者ながら歌人でもあり文芸状況に通暁していた大熊信行」が著した『文学のための経済学』と、それに加筆され1974年に潮出版社から刊行の『芸術経済学』から引用しながら、論をすすめる。

『芸術経済学』は、発行直後ぐらいにおれも読んだ。おれの周囲のマーケティング屋のあいだでは、チョイと話題になっていた。

大澤は大熊にならって「あらゆるジャンルが無慈悲なまでに横並びの選択肢と化す市場において、文学が特権性を帯びる理由はなんら存在しない。上位概念である読書もおなじこと」と指摘する。

食品は、もともと「物」だし、それが国産であるかどうかで「特権性」や「上位概念」を獲得していたことはあったとしても、昨今は状況がちがってきている。それは、「書物が×物になる」 のと同じ状況なのだ。

その状況を認識しないで、正しそうなことをいわれたり、特権性や上位概念に寄り掛かったようなことをいわれても、その言葉はむなしいだけなのだな。その言葉や様式が、美しければ美しいほど、むなしさが増す。クソクラエなのだ。

「いいモノ」食ってりゃ幸せか? ってことだね。

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2019/02/24

「荒野」の先。

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いまさらながら月日がたつのは早い。1月27日の投稿を最後に、このブログをサボっていたら、一か月がすぎようとしている。もう今週で2月も終わる。ちょっと、それはないだろうといいたい気分だ。

いろいろあって、いざ書くとなると、ドバーッとあふれだす言葉の海におぼれそうだ。このひと月、本の企画のことで、あれこれ調べ考え悩んでいたら、いろいろ発見があって、どんどん脇道へ。ま、脇道だと思っていたら本筋だったということもあるのだが。

なにしろ、資料をひっくり返していると、思わぬものが出てくる。何十年かぶりでサルトルを読んでしまった。捨てたと思っていたサルトル全集29巻『言葉』があったのだ。そこで、それなら『嘔吐』もあるはずだ、ついでに読んじゃえと思って探すが見つからない。見つからないとさらに見つけたくなる。そんなことで時間をつぶしたのち、うっすら、捨てたような気もする。

『言葉』の内容なんかすっかり忘れていたが、読みだすと少しは思い出すもんだな。しかも、これ「Ⅰ 読むこと」「Ⅱ 書くこと」が収録されていて、79年8月重版のもので、おれが将来落ちぶれてライターの端くれのような仕事をするなんて、考えてもみなかったころ読んだものだ。いまライターの端くれをしたり、誇りある仕事をしていると思っているらしい「文筆業」や「出版業」の人たちと少しばかり付き合うようになって、あらためて読んでみると、サルトルのヘン加減を楽しみながら、なかなかオベンキョウになった。

いつだったか、この2月の最初のころだったかな、毎月頂いている『TASC MONTHLY』2月号が届いた。これに、「書物が書物になる」のタイトルだが、あとのほうの「書物」の「書」に「×」印がのっかっている、つまり「書物が物になる」あるいは「書物が×物になる」という寄稿があって、書いているのは大澤聡だ。

これが、めっぽうおもしろい。おれがときどき考えては、このブログに書いていた「荒野」に関わることだし、「書物が物になる」事態は、いま絶好調で、日々目の前に見えている。しかも、当の著者や出版の関係者は、売れる書物が荒野を生んでいるとは、考えてもいないことが多いようだ。もちろん、「ユーザー」になりながら、そのことを自覚せずに「読者」だと思っている「ユーザー」も、だ。

サルトルの『言葉』を読んでから、またこれを読んだら、おもしろさが増して何度も読んでしまった。オソロシイ事態だ。

きょうは、「書物が×物になる」について、ここに書く時間がなくなった。めしの仕度をしなくてはならない。

とにかく、このテキストの最後を、大澤聡は、こう結んでいる。

「そして、すっかり物と化した書物の死骸が散乱するふきっさらしの荒野がひろがる。さて。そのとき、友人を待つ「1時間」が文庫本に配分される世界は回復するのだろうか?」

おれが「荒野」という言葉を使って「荒野」を言い出したのは、いつごろかなと検索してみたら、2005/07/24「最終荒野へ向かう東京の光明?」のあたりからのようだ。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/07/post_4811.html

おれは「書物」についてはふれてないが、別の日に「グルメ本」がらみで、同じようなことを書いている。飲食の分野の「書物」は、荒野化の先端をいっているのだ。

とにかく、広がる荒野は、「書物」もほってはおかない。では、どうすればよいのだろうか。

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