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2019/05/07

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」78回目、入谷・ときわ食堂。

20190315

10連休が終わったのでブログを再開する。

ってことではなく、このブログは、ニフティのココログってやつだが、これが記事作成などの管理ページを「リニューアル」したのが、いけなかった。

もう一か月以上も前のことだったと思う。以前にも何かの「リニューアル」があったとき、かえって悪くなって、また前にもどすということがあり、嫌な予感がしていた。やっぱり酷いことになった。そして、ユーザーからは前にもどせとか、罵詈雑言がとんだ。

しかし、「不具合」を直しながら強行された。記事作成の仕方が変わったうえに、不具合はなかなか無くならない。という状況下で、新たな投稿は、ストレスになった。ストレスは嫌だ、ブログに命をかけているわけでないし。それでもポツポツ新規作成をしていた。

不具合は、かなり改善されたようだ。だけど、明らかに、以前より手数がかかるようになった。ココログ側は、そうは思っていないらしい。あるいは手数がかかっても、こちらのほうが「優れている」とするワケでもあるのだろうか。でも以前のようにサクサクいかないのだし、なれたとしても、とくに画像をアップする場合の作業ステップは増えているから、それを考えると更新の意欲が低下する。

とにかく、10日という大連休が明けた、ということを記念して、まずは、すでに先々月になってしまった、3月15日掲載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」をアップすることに。

すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019031502000209.html

ときわ食堂は現在何店舗あるのだろう。数えたことはないが、これで7店目だ。暖簾分けで増えた食堂の場合、いわゆる「フォーマット」がないから、それぞれ違う。それでも、どこの店でも「ときわなら安心」という感じではある。それが同じ暖簾のメリットか。

この入谷のときわ食堂は、何度か行っている。2011年3月11日の大地震のあと、年中無休の鶯谷駅前の信濃路も休まざるをえなかったときも、ここはやっていた。大混雑だった。

Dscn0120 行くたびにメニューが増えている感じだ。確か空白が多かった壁を、手書きの大きな短冊が埋めていく。見た感じ、夜の飲み客が好みそうなものが多い。夜は来たことがないが、飲兵衛で賑わっているのかもしれない。

何を食べても安定のうまさなのだが、おれはフライ類が気に入っているので、A定食にした。コロッケと魚フライで、魚はアジだった。フライ類のメニューも多いから、人気なのだろう。

食べ終わるごろ、店の人が書いていた「初かつお入荷」の短冊が出来あがった。それを見たとき、入谷は「初かつお」という言葉が、自然で似合う街だなと思った。それは、まあ、入谷に対する観念的な思い込みがあるからだろうけど、歴史のある土地ほど、そういう観念的なイメージがつきまとうようだ。

入谷といえば、このときわ食堂は入谷1丁目の言問い通りにあり、この通りを浅草方面へ500メートルもいかないうちの同じ並びに「入谷食堂」がある。すでに、この連載でも載せている。

入谷食堂は入谷2丁目になるが、その裏のほう、金美館通りの大正小学校の隣あたりには、「大衆食堂」の看板の「清月」がある。清月は、マクロビ系というか、自然・健康・安全を意識する食事を用意し、値段のほうは少し高めにしても、量がけっこうあるあたりが大衆食堂らしい。

入谷のあたりは、この3軒の大衆食堂のほかに、いわゆるレトロな洋食屋や洋食が食べられる喫茶店などがあって、個人経営の食堂の密集地なのだ。今は昔と比べると、かなり減っていると土地の人はいうが。

とにかく、狭い地域に、「ときわ」「入谷」「清月」という大衆食堂が3軒あるだけでも、珍しい。そういうわけで、どんな人たちが大衆食堂の利用客なのかも含めて入谷が気になっているのだが、通うのが大変だから、なかなかその正体がつかめない。

そういえば、入谷食堂から近いライブハウス「入谷なってるハウス」も、すっかりご無沙汰しているなあ。

ときわ食堂の夜も行ってみたいなあ。

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