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2019/05/14

仕事と家族と食の70年。

『スペクテイター』42号「新しい食堂」では、冒頭で、編集部の青野利光さんが「食事をする側とそれを提供する側の食に対する意識が、今まさに変容のときを迎えているのではないか」と述べている。これは、この文の前に、「皆さんの話を聞いて感じたのは」とある通り、この特集に登場する店主さんたちの話を聞いて、ということなのだが、飲食店のステージだけに限らず、食事と料理をめぐっては「意識」の変容が、その傾向も含め、よく見えるようになってきた。

『大衆めし 激動の戦後史』は、60年代後半からの、全国自動車道路交通網やコールドチェーンなどのインフラに属する基盤の拡充と食品工業の成長が食文化の変動に与えた影響を見ている。食をめぐる戦後の「下部構造」の激変が、このころにあった。

そのころはまだ、「上部構造」のほうは、家族中心の食事観と「和洋中」の概念が堅固のなかで、「コメ」か「パン」かの闘争があったり、従来の食事観や料理観が問われる「激動」が起きていた。

そのうえに、80年代以後から少しずつ目に見えて広がってきたのが、食をめぐる「意識」の変化だ。

その「意識」の変化には、「新しい食堂」でも少しふれられているが、「幸福観」の変化が関係していそうだとおれは思っていたのだが、さらにその「幸福観」には「仕事や家族の形」の変化が深く関係しているのではないかと気付いたのは最近だ。

『TASCマンスリー』5月号に載っている「仕事を家族の70年」を読んでのことだ。

立命館大学産業社会学部教授の筒井淳也さんが書いておられるのだが、「戦後の仕事と家族ということで言いますと、2015年の時点で戦後70年ですから、当然、その間に仕事や家族の形も大きく変わりました。戦後の歴史を見る場合、私は主に三つの段階で捉えています」と、その三つの段階について述べている。

幸福観や食事観のことについてはふれていないし、仕事や家族に関する「意識」の変化より、産業社会学的に見た「形」の変化や「仕組み」のことが中心であり、最後は「少子化」「未婚化」「介護」「子育て」などの政策の話になっている。

なかなか説得力のある内容なのだが、おれはそれに「食」をからませて考えてみた。

「仕事と家族の形」が、食事や幸福に関する「意識」と密接な関係にあることは、まちがいないだろう。

ってことで、この「仕事と家族と食の70年」というタイトルを思いついたわけなのだ。

おれが「新しい食堂」に寄稿した文章のなかで、「八〇年代、日常の大きな変化」と「“もう一つの場所”のために」の見出しのところは、まさに「仕事と家族の形」が関係している。

「八〇年代、日常の大きな変化」のところでは、「食堂が根をはった日常が大きく動いたのは、一九八〇年代だ。それまでは、たいがい収入差はあっても、成長する工業社会のもとで工場のサイレンに合わせるかのように同じリズム同じ方向を維持し、終身雇用年功序列の同じ出世双六ゲームを競っていた。日常もわりとわかりやすかった。「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」の世界だ。」と書いている。

とくに「サザエさん」の家族は、国民的幸福モデルだったのであり、価値観レベルでは依然として「主流」といえるだろう。それだけに、現実とのギャップは激しくなっている。

筒井淳也さんは、第三段階を一九九〇年代以降としている。

とにかく、仕事と家族の形は、経済と政策に押され変わってきた、それが幸福と食をめぐる意識の変化に及んでいる。

現在の食にまつわる「活況」は、このあたりのことが底流にあると見ておかないといけないだろう。いま「食」に関する意識は、かつてなかった「個」と「仕事」と「家族」のもみあいのなかにある。

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