« スリリングな読書と分解脳。 | トップページ | 『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場。 »

2019/08/04

このままでは終わらない。

このままでは終わらない。何が?って、いろいろあるが、とりあえず、このブログは、こうやって書いているし、このままでは終わらないってことさ。

だけど、終わりになりそうだった。とにかく、書く気がおきない、その気にならない。やはり性欲がなくなってしまったからだろう。イロケがなくなったら、書く気なんかおきないものだ。

そうそう、とにかく、長い梅雨でバテバテだった肉体に、一気に暑い暑いが襲いかかり、もうのたうちまわる力もない。隣の年老いた猫が、うちのウッドデッキの木陰でデレ~っとしているのだが、そんなかんじなのだ。

それでも、仕事があるから、一昨日は都内へ行ってきた。帰りの電車で今夜は何を食べようかなあ~、ソーメンにしよう。駅近くのスーパーで、ソーメンとストレートのつゆと、しょうがと、みょうがとおおばは家にあるからよいが、ごまが欲しいな、そうだ、豚肉の冷しゃぶサラダもつくろう、などと食欲をふるいたたせ、東大宮に着いた。

暑い、暑い。遠雷もきこえる。暑い、暑い。頭はボーとしている。

駅近くのスーパーへ行って、まず何を買ったのか、忘れたが、カンジンなソーメンとつゆを買い忘れた。スーパーを出てから気がついた。何をボーっとしているのだ。ま、途中の安売りドラッグストアかコンビニにあるだろう思って、まずドラッグストアに寄ったら、いつも使っているソーメンとつゆが置いてないのだ。うちは、そんなに高級なものを食べているわけじゃないが、置いてない。ストレートのつゆがないのだ。濃縮だけ。しょうがねえなあと、その近くのコンビニに寄ったが、やはり濃縮のつゆしか置いてない。こうなると、ボーとした頭は、それでもいいじゃないかという柔軟性を欠き、惰性的思考停止的にいつものやつにしか考えがまわらない。

で、家に一度寄って、買ったものを置き、よく利用している駅と反対方面にある近くのスーパーへ、ボーっと歩いて行った。そこへ行けば、必ずあるのだ。

よーし、これで万全だ。と思っていたのだが、いよいよつくるだんになると、しょうがを買い忘れているのに気がついた。うわ~、しょうがのないソーメンなんか、しょうがねえなあ、と、帰宅途中のツマに電話をするとうちに一番近いコンビニのそばだという。それなら、チューブ入りのしょうがでいいや、買ってきて。

ということで、なんとか、ソーメンをうまく食べた。

とにかく、ただでさえやる気が出ないでいるのに、暑くて暑くて、もう衰弱気味だ。

そうして、ブログもこのまま終わるのかなあ、終わってもいいかなあ、こんなふうにおれの人生も終わるのかなあ、と、ボーっとしていると、なにもかもどうでもよくなる。どうだっていいじゃないかの気分が肉体になる。

そんなふうに日々すぎているのだが、けっこういろいろなことがあって、じつは面白いことがあるのだ。

それを書くと長くなるから、めんどうだし、今日はこれぐらいでやめておこう。

しかし、なんだか、構成を考えなくてはならない本の企画が二つあって、その前にもう一つあって、だけどそちらはあまり気が進まないからほってあるのだが、新しい話の二つは、けっこう面白そうでやる気になっている。だけど、この暑さを蹴散らす性欲が足りなくて、どうにも構成が考えられない。

おれより6歳も若い中原さんは死んじゃうし、おれもいつまでも生きていられるわけじゃないから、さっさと企画をまとめて書き出さなくてはならないのだが、どうもイロケが足らんのだなあ。文章はイロケで書くのだからなあ。このままで終わらないといったって、性欲は、とっくの昔に終わってらあ。食欲は細くなるし、残るはネムケだけだ。永遠の眠りにつくには、イロケもクイケも邪魔、ネムケさえあればよいというわけだ。

|

« スリリングな読書と分解脳。 | トップページ | 『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場。 »