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2019/09/17

発売中『dancyu』10月号で、辰巳のアジフライ。

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去る6日に発売になった『dancyu』10月号は「揚げもの」特集で、おれは茅場町の老舗割烹「辰巳」の、昼のアジフライ定食を取材して書いている。

このブログを見ている人は記憶があるかもしれないが、おれはかつて、「アジフライは正三角形に近いほど旨い」という冗談仮説を検証すべく、「アジフライ無限的研究」と称するアソビをやっていた。

今回の『dancyu』からの依頼は、そういうことにまったく関係なく、締め切り切羽詰まってからのもので、お盆休みの最中でいつもの一軍クラスのライターさんの都合がつかなかったから大部屋ライターのおれがピンチヒッターに立った、という感じであった。

そもそもおれが「大衆食堂」とはクラスが違う「割烹」の取材だなんて、「邪道だろ」ということがあるかもしれないが、そういうことなら、白身魚に価値を置く割烹が、大衆魚の青魚のアジを、しかもフライで出すなんて、アリか?ということにもなるだろう。そういうギャップを越境するのは、なかなかおもしろいことだし、実際に、この取材はおもしろかった。

とにかく、かつて「アジフライ無限的研究」と称して、あちこちのアジフライを食べたが、「割烹に足が向いたことはない」と書き出し、次のように続けた。

「昼の定食とはいえ、割烹といえば和食、揚げものは天ぷらだろう。おそるおそる店主に尋ねた。店主は笑い、「邪道だろ、ですよね」。実際に30年ほど前、お客さんの要望で始めた頃は、そん感じだった。評判がよく今ではアジと帆立のフライだけ夜も出している」

そのアジフライは、やはり割烹なりの考え方でつくられているのだが、それは本誌を読んでもらいたい。

本誌には掲載されてない、店舗の全景の写真をここに載せておこう。中休み中なので、のれんは下がっていない。

昭和24年築の建物を、昭和26年に辰巳の初代が買い、手を入れながら使い続けている。本文の文字数が400字弱しかないので書けなかったが、初代は、明治生まれの女性が素人で始めたのだ。そういうこともあってだろう、いまの三代目は外で6年ほど修業したとはいえ「和食=日本料理」の伝統や格式、そのハッタリにしばられている感じがない。

素人から始まった都内の有名割烹は、開高健や池波正太郎などグルメな文士が褒め上げていた店などがあるように、有名料亭で修業したかどうかで料理が決まるわけではない。それはまあ、どの雑誌に書いているかでその書き手の文章が決まるわけではないのと同じなのだ。ただ、選択に自信のない人たちが、「有名かどうか」を気にするだけだし、そういう人はけっこういるし、そういう人を相手に仕事をしている人たちもいる。

辰巳は、そういうのとはチョイと違う割烹なのだが、それは「兜町」という立地が無関係ではない。辰巳の住所は茅場町だが、道路一本へだてて兜町だし、周囲のビルには証券会社の看板が並ぶ。

この地域は、おれも70年代には最低月イチは飲んでいたが、「株屋さんが多い」ことで、かなり特殊な地域なのだ。

「舌が肥えている人が多い」とか「口がおごっている人が多い」とかいわれることもあったが、それより、今回の取材でわかったことは、飲食に対する金の使い方が違うってことになるようだ。

「うなぎ」と「天ぷら」と「やきとり」がないと飲食商売は成り立たない地域。うなぎは「のぼる」、天ぷらは「あげる」、とりは「とぶ」…株にからんだゲンかつぎだ。金融という現代的なビジネスだが、根っこは賭博だから、どんなに計算しつくしても、食べ物にまでゲンかつぎがおよぶ。

客が金を使ってくれれば、店もそれなりにいいものを仕入れられる。老舗の割烹ともなれば市場の仲買いとの付き合いも長く、同じ仕入れ金でもいいものが手に入る。

それやこれやひっくるめて、この地域の食文化が成り立っている。ってことになるか。

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夜のおまかせセット4200円の献立は、「お通し」「造り」「煮もの」「天ぷら」「酢のもの」とある。これが、いわゆる「和食=日本料理」の標準献立ってことになるだろう。

もちろんアラカルトもあって、ポテトサラダもあるし、居酒屋使いもできる。大衆食堂で飲むようなわけにはいかないが、株屋さんたちに囲まれて、割烹料理を食べて飲んでみるのもいいかもね。

こういう飲食店は、「中クラス」ということになり、なかなか商売が難しいのだけど、食文化とくに料理文化の、けっこう大事なところを担っている。店主はたいがい料理長であり、裁量権の幅が、割と自由になるからだ。本人しだいで、料理法やメニューの工夫の可能性がある。

大衆食堂の場合、自由であっても、経済的に幅が限定されざるを得ない。格式ある料亭になると、格式や序列などにしばられて自由が制限される。

最後の写真は、入り口に何気なく飾られた祭り提灯。店内の壁には、押絵羽子板。店主は、地元っ子だ。

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