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2020/07/01

激動の半年の最終日、病院で血液検査。

昨日で2020年の前半が終わった。世界、日本、おれ、あらゆるレベルで大きな変動があった。

新型コロナ感染拡大で世界中が大ゆれ、為政者どもには大番狂わせだったであろうが、おれにとってはどうでもいい東京オリンピックは延期に追い込まれ、おれはステージ4の癌を告知されるという事態が発生した。

月並みの言い方を並べれば、元旦には想像もつかなかった事態、青天の霹靂、富士山の爆発とゴジラの襲来、泣きっ面に蜂、下痢と反吐を一緒にかぶったような……。

その最後の6月30日は、朝から病院だった。

28日ごとの通院治療日の3回目だった6月16日の血液検査で、肝臓に激しく異常に高い数値が見られた。薬の副作用だ。対処として、注射以外の服用は肝機能用のものだけにして、2週間様子をみることになった。その2週間目が昨日の30日だった。

朝、既定の薬を飲んでから出かけ、病院に9時ごろ着いた。診察の予約は10時だが、その前に血液検査のための採血がある。

その受付に行ったときから激混みだった。これまでは15分待ちぐらいだったが、40分ぐらい待たされて採血。さらに診療まで1時間近く待った。「緊急事態宣言」とやらが解除され「外出自粛要請」とやらがチャラになったおかげだろうか。

検査の結果は上々で、主治医がよろこんでうれしそうにするほどだった(主治医は割と表情が豊かだ)。おれは薬が効く身体らしい。心根も身体も素直にできているからねえ。

主治医は、「(パソコンの数値を見ながら)いい感じですよ。でも、疲労感がひどかったんじゃないですか」という。

おれは、「あとになって考えると、たしかに疲労感があったけど、そのときはちょっと疲れるな~ぐらいで、あまり気にならなかったんですよ。ドンカンですから」

あははは~、てなオシャベリをかわす。

肝臓は、まだ基準値にもどっていないが半分以下になった(もともと高め)。癌のほうはすでに前回で基準値(4)以下の「1」に近い数値になっていたが、服用をやめても変わらず低い数値をキープ。ってわけで、もう2週間、肝臓の薬を飲み、癌対処の薬は服用は必要なしにし、28日ごとの注射だけでいくことになった。

こうして、壊れかけた身体で、気分はよく、今日から今年の後半に入った。

ところが、壊れかけの世の中のほうは、混迷の度を深めている。

新型コロナウィルスの感染拡大について、政府は対策を放棄した状態だ。つまり、政府の「緊急事態宣言」と東京都の「東京アラーム」の「解除」後は、記者会見でアアダコウダ取りつくろってはいるが、「呼びかけ」「お願い」といった責任をとらずにすむ言葉を並べ、対策なしの成り行き任せ、自己責任の押し付けばかり。

もともと長年にわたり、「公共」の課題を「自己責任」に転化することしかしてこなかった政府首脳や都知事には、壊れかけの「公共」に対処する能力はないわけで。また、必要とされている能力は、コトが起きてから急には間に合わない。

政府は良薬になりえず、世間をリードしているような態度をとってきた高い知識や文化を持っているらしい人たちも良薬になりえず、名高いメデイアや大都市には、堂々と人間の尊厳や権利を冒す悪質な連中がはびこっている。

東京都では、感染拡大を把握するのに、「夜の街」というカテゴリーをつくり、それを「市中」から除外する差別をすることで、「市中感染」は拡大していない、というデタラメなリクツまで創造している。そういう悪知恵にだけ頭がまわるのだなあ。どんな「街」でも、市中は市中だろう。

こういう事態を「壊れかけ」とも感じない、感じていても「日和見」か、メディアの周辺などでいくらかの権力や権威にすがりついて生き延びようとする知的な人たちの群れ。日本はうまいぐあいに切り抜けているという、根拠のないリクツにあぐらをかいてもいる。ま、歪んだ「自己愛」とでもいうか。

たいした権力も権利も行使できず「自己責任」を負わされて最前線に放り出されたかっこうのおれたち、人びとは、「攻め」と「守り」の難しい選択を迫られ、まさに生殺しの壊れかけ。かといって怒りを爆発させることもなく(怒りを爆発させることがイケナイことのようにいう人もいる)、壊れかけの社会を徒手空拳で、はて、どう、しぶとく生きていくことになるのだろうか。

これまでのあらゆる「復興」のように、泣きをみている人たちの上にフタをするような、シャンシャン手拍子だけが聞こえてくるようだ。

気取るな、力強くめしを食え!

当ブログ関連
2020/06/19
癌治療三回目。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2020/06/post-1a8761.html

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