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2020/08/21

カフェ「食事・喫茶 ハナタカ」の場合。

「何か口に入れるものを傍に置きながら、誰かの薄い気配を感じつつ、一人で何も考えずにじっとできる、という状況は、意識的に作り出さないと存在しにくいものなのかもしれない」「かつ、もし店にいる時に災害があったら、それなりに助け合えるような客層であること、そういうふうに呼びかけられる店の人間がいること。人は難しい。一人になりたいといつも思っているけど、完全に放っておかれるとかまわれたいと思う」

近鉄奈良駅から連なるアーケード商店街のはずれのほうにある「食事・喫茶 ハタナカ」の店主、ヨシカさんこと畑中芳夏さんは、そんなふうに考えている。

大阪出身で大阪の大学を卒業し、食品メーカーに総合職として就職した。成績のよい営業社員だったが、27歳のとき、偶然のキッカケもあって、辞めた。

大学4年間にカフェでアルバイトをしていたから、やるならカフェだと思っていた。

大学1年のときからの友人である長瀬由紀子さんの住まいが奈良にある。古くてボロの家だが広いので、ヨシカさんは、そこに数か月居候しながら、気に入っている奈良に出店する場所を探し、開店にこぎつけた。

ヨシカは、34歳になった。なんとか続けている。この先どうなるかは常にわからないのだが、これからも続けていくつもりだ。

「ハタナカ」は、どんなカフェだろうか。

たとえば、一人暮らしで会社員の加藤のぞみさんは、週に一度ぐらい「ハタナカ」で食事をする。

妙に頼りがいのある店主だと思っている。

「最初は、大きめのスコーンやパンケーキと、ポットの紅茶を提供してくれるということで店に入ったのだが、このところは、食事目当てで店にやって来ている」

そんなによく食べるわけではないのぞみさんにとって、「一食八〇〇円は安い値段ではないのだが、週に一度ぐらい、自炊をするのも外で何を食べるか考えるのもいやになった時に、ハタナカで夕食を食べている。小鉢はそこそこ凝っているものの、取り立てて健康指向でもおしゃれでもなく、どちらかというと男の人や子供のほうが喜びそうなメニューには、いつも懐かしいニュアンスの単純なおいしさがあったので」通っている。

「店主がこれと思った作り方をきっちりこなしているのだろう」と、のぞみさんは考えている。

「ハタナカ」は、「新しい食堂」なのだ。

昨日書いた、津村記久子の『ポースケ』を読み終えて、これは一つの食堂物語だなと思ったし、東京新聞の連載「大衆食堂ランチ」にも登場してもらったことのある、南浦和のむくむく食堂が思い浮かんだ。

『ポースケ』は、9編の連作からなっている。

1作目の「ポースケ?」は、「ハタナカ」の日常が舞台で、店主のヨシカがいて、とりまく従業員と客が、つぎつぎ登場する。

「ハタナカ」の店内には本棚があって、客や従業員が、好きな本や手作りのものなどを置いている。本は、名前とメールアドレスを知らせれば借りることもできる。ヨシカは、ふとしたことから、「ポースケ」というバザーのような文化祭のようなことを店でやろうと思い立つ。

「ポースケ」とは、店で話題になったノルウェーの復活祭のことらしいのだが、そこからの連想だ。

以下、「ハンガリーの女王」「苺の逃避行」「歩いて二分」「コップと意思力」「亜矢子を助けたい」「我が家の危機管理」というぐあいに、客か従業員が主人公や語り手になって話が展開する。

それぞれ、仕事や家庭や学校で、ややこしいことや面倒や屈託を抱えている。心身にダメージを受けて、2分の徒歩通勤もやっとの竹井さんは、「ハタナカ」のパートさんだ。

ささいなこと、小さなこと、ふとしたことが、つぎつぎに起きるし、そこでの言葉のやりとりが、思わぬことにつながっていく。たいがいの人の生活は、そういうものだろう。そういう中で、なにがあろうと、食べているのだ。

そして、8作目の「ヨシカ」は、ヨシカさんの独白のようなもの。

最後の9作目「ポースケ」は、祭りの当日だ。

最初の「ポースケ?」に登場した人々が、何かを持ち寄り、誰かを連れてきたり、みんなでワショイ、ポースケ。締めくくりの食事会、ヨシカさんは「ただひたすらがつがつ食べられそうなものを選んだのだった。食べて、端的に、明日の活力になりそうなイメージのものがいいと思った」。食事会の参加者は、「みんながつがつ、元気に食べていた」。

そして祭りが終わり、それぞれ帰っていく。

一日休んで次の日の開店まであと5分。

ふとしたことから、電車に乗り勤めることにした竹井さん。

まもなく「ハタナカ」を辞める竹井さんが、「厨房から外に出て、ドアの札をひっくり返す音が聞こえた」

「それまでと似ていて、けれども非なる、かけがえのない一日が始まる音だった」

そんな音が、どんな生活にも、どんな「食べること」にもあるはずだ。

食堂を舞台にした、生きること、働くこと、食べることが、ぎっしり詰まっている。

というか、「食べる」を語るというのは、こういうことじゃないかと思う。

「それまでと似ていて、けれども非なる、かけがえのない一日」と共にある日々の「食べ物」と「食事」を考えたい。

と、『ポースケ』を読み終えて思うのだった。

当ブログ関連
2018/08/31 スペクテイター42号「新しい食堂」。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2018/08/post-8f99.html

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