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2020/08/16

「食べることを食のマウンティングから切り離したい」

津村記久子の新刊『サキの忘れ物』(新潮社)を買ったのは7月3日だった。

この本が出ていることを知り合いから教えてもらって、早速買いに行ったのだが、おれが新刊の文学作品を急いで買うのは津村記久子のものだけだ。

好きなだけ本を買う経済的余裕がないこともあるが、とにかく津村記久子のファンである、といえるぐらいにはお気に入りなのだ。

といっても、新刊をこまめにチェックしているわけではないし、一冊も漏らさず揃えようという根性もない。

『サキの忘れ物』については、そのうち書くかもしれないが、『サキの忘れ物』を読んだら、第何次かの津村記久子マーイブームが勃発し、手持ちのものを再度再再度読んだあげく、昨日は図書館へ行ったついでに、『ポースケ』(中央公論新社、2013年12月)『とにかくうちに帰ります』(新潮社、2012年2月)『やりたいことは二度寝だけ』(講談社、2012年6月)を借りてきた。

『ポースケ』から読み始めているところだ。

今日は、そのことではない。

津村記久子でWEBを見ていたら、重要かつ面白い発言があった。

京都大学新聞のサイトに、「食べることを見つめなおす 藤原辰史さんと津村記久子さんがトーク(2015.11.16)」という記事があって、「人文科学研究所准教授の藤原辰史さんと芥川賞作家の津村記久子さんが「働くことと食べること」というテーマのもとで語り合った」というものだ。

そこで、津村記久子は、このようなことを言っているのだ。

「2人は、食べることに人間が余計な物語を付与することへの違和感を共有するという。津村さんは、「優位性を誇示する馬乗り」を意味する霊長類学用語「マウンティング」をもじって、料理に別の物語を持ち込むことが「食のマウンティングにつながっている」と表現。「食べることを食のマウンティングから切り離したい」と話した。藤原さんは「食育において、お母さんが和食を作り継承していくといったように食が家族の物語と結び付けられていることは気持ちが悪い」と語った。」

もう、ほんと、よく見かけるし、近頃ますますひどくなっている感じだ。書店の店頭をにぎわす「飲食本」と「嫌韓嫌中ヘイト本は、見た目は違うけど、「売れる」から出発した企画の本質は同じで、表裏ではないかという気がしている。

そういう「飲食本」には、私語りも含め、「料理に別の物語」を持ち込んだものが多い。売りやすい「飲食の衣」を着たエッセイという体裁で。

そうでなくても、メディアに関わっていると、上位や優位からモノゴトを語りやすく、それがマウンティングとなってあわられることも少なくない。なにしろ「食」は「格差」を含んでいることであるし。

「食べることを食のマウンティングから切り離したい」

ほんと、ほんと。

2人は「「食べることは楽しければいい。こうあるべきだという論から食べることを解放したい」と締めくくった」そうだ。

ほんと、ほんと。

今日は、このことだけを、忘れないうちに、急いで書いておきたかったのだ。

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