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2020/08/23

2009年5月 「小規模なパンデミック」と「カナリア」。

「パンデミック」という言葉、おれは今回の新型コロナ禍で初めて知った。

もう2009年5月の「新型インフルエンザ」のことは、すっかり忘れていたし、思い出したとしても「パンデミック」という言葉を、あのとき目にも耳にもした記憶がない。

ところが、2012年2月新潮社から発行の、津村記久子『とにかくうちに帰ります』に収録の作品には、新型インフルエンザ流行化の職場を描いた「小規模なパンデミック」というタイトルの掌編があるのだ。

初出は「日本経済新聞」電子版2010年10月4日から23日に掲載の、「職場の作法」の中の一篇だ。

「帰りにドラッグストアに寄ると、マスクが売り切れていた」

布のマスクをつくっている同僚。マスクを高く売りつけようとする同僚。「ほんのりと自分はできるという雰囲気を漂わせ、忙しぶるのは大好きな」同僚は、咳がとまらないのに休もうとしない。感染は広がり、「休みかと見間違うほど、社員がいなくなっていた」。ついに会社は臨時休業。

おれはそんなに大騒ぎだった記憶もない。マスクはしてなかったし、買い求めようともしなかった。思い出せるのは、ちょうどその頃、「四月と十月」の古墳部活動で奈良へ行ったとき、近鉄奈良駅に連なるアーケード商店街の薬局がどこも、「マスクは売り切れ」の大きな貼り紙を出していたことだ。

このブログでも、2009/05/27「インフルのおかげ?行列なし見物。仏教と殺戮の飛鳥で何があったのか。」http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2009/05/post-468c.htmlに書いたが、古墳部活動の目玉は、明日香村の万葉記念館で公開中のキトラ古墳壁画の「青龍」と「白虎」だった。

23日の土曜日、しかも翌24日の日曜日が最終日とあって、大混雑大行列は覚悟だったし、主催者のほうも大混雑大行列に備え、テントや看板などを用意していた。

しかし、看板の待ち時間の表示は、「0」。

おれのうちにはテレビも新聞もないので、「大騒ぎ」の実態は、あまりピンときてなかったこともあるだろう、この奈良の旅で実感し、すぐ忘れてしまったのだ。

それに、印象では、関西のほうが騒ぎが大きかったように思う。

先日から、津村記久子の作品の話題が続いている。すでに書いてあるように、図書館から『ポースケ』『とにかくうちに帰ります』『やりたいことは二度寝だけ』を借りて読んでいるところなのだ。

そうそう、『ポースケ』と前作の『ポストライムの舟』の主要な舞台である「食事・喫茶 ハタナカ」は、いま述べた、近鉄奈良駅に連なるアーケード商店街のはずれにある設定だ。

それはともかく、新聞などの連載をまとめたエッセイ集『やりたいことは二度寝だけ』に収録の「会社員はカナリアか?」は、2009年5月の「新型インフルエンザ」の騒ぎだ。初出は、朝日新聞夕刊(大阪版)の同年6月5日だから、当時はシュンでリアルな話題。

「二〇〇九年の五月、四週目の月曜の地下鉄は、ほとんど近未来SFの風景のようなのだった。通勤中の駅では、尋常じゃない数の人を見かけるのだが、その人々のほとんど、九割といってもいいぐらいの人数が、マスクをしていた。わたしもしていた」という書き出し。まさに、いま、その「近未来SFの風景」の中だ。

だが、「テレビでは、マスク調達に狂奔する人々の様子が毎日のように報道され、母親が、マスクを買いに行ったドラッグストアでも売り切れが相次いでいるといちいち報告してくるさなかに」、通勤電車の中では日に日に「マスクの人は減っていった」。

レジで真後ろに並んでいるおばあちゃんが、店員にマスクはないのか、いつ入るのか「ごねている」という報告を毎日のように母親から聞いていた。「しかし、通勤電車では着実にマスクの人は減り続けていた」

津村記久子は、ふと考える。

「日中働いて、朝に通勤している人は、マスク市場に対するカナリアのようなものではないか」

普通に昼間働いている人は、早い時間に売り切れてしまうマスクを手に入れることが難しい。新型インフルエンザの患者は増えているのに。

「仕方なく、彼/彼女は、手洗いうがいを心がけつつも、マスクを装着せずに、恐る恐る電車に乗る。病気になったらなったでもう仕方がない、と暗澹たる心持ちで。そういうことが多々あったのではないのだろうか」

「マスクが飛ぶように売れている、という流行に、最初にやられてしまうのは、普通に昼間働いている会社員なのではないか、と私は思った。だから彼らはカナリアなのである。マスクをしたくてもできない人が少しずつ増えてゆき、やむをえずという態で、電車の中のマスク人口は減っていったのではないか」

というぐあいに「カナリア」を語っている。

「炭鉱のカナリア」のことだ。

今回は、違う意味で「カナリア」なのではないかと、おれは思った。

マスクはあっても、不安は、「新型インフルエンザ」と比べものにならないほど大きい。でも、リスクや不安を抱えながら働かなくてはならない。多くの労働者は、まさに「かごの鳥」の「カナリア」だ。

一方に、自分たちは比較的安全の位置から、感染の広がりを「数」ではかっている連中がいる。日本の「感染者は少ない」「重症者は少ない」「死者は少ない」、そんな言葉で、辛い目にあっている感染者や、重症者や死者を語る。人々の不安や苦痛など眼中にないか、小さな「カナリア」の「数」でしかないと思っている。

「カナリア」がバタバタ倒れて「大きな数」になってから初めて、自分たちの地位や権力の確保や安全のために動く。それまでは「カナリア」が、どうなろうが知ったことではない。まるで他人事のような記者会見を毎日やり、何かしら「やっている」演出で切り抜ける。コストパフォ―マンスの悪い、透明性に欠ける、多額の予算を使いながら、「カナリア」を「注視」しているだけなのだ。

「カナリア」は「カナリア」であることから抜け出せないでいる。

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