2014/06/18

「とんちゃん日記」の『大衆食堂パラダイス!』『大衆食堂の研究』の紹介に、おどろきうれし緊張した。

おどろいた。いや、おどろいていては、いけないのかも知れない。うれしかった。こんなに詳細に読んで紹介していただいて、やはり、おどろいた。そして、緊張した。

検索で見つけたのだが、ブログ「とんちゃん日記」というのがありまして、2月に『大衆食堂パラダイス!』を3回にわたって、3月に『大衆食堂の研究』を、やはり3回にわたって、詳細に紹介してくださっているのだ。しかも、深く読み込み、論理的な検討を加えながら。

とくに『大衆食堂の研究』の最終回で、おれは「あっ」と、おどろきの声をあげた。これまで、いろいろな紹介や感想や批評、中傷罵倒のたぐいまでいただいたが、この本のカンジンなこの部分に言及したひとはいなかった、そこを取り上げていただいている。

『大衆食堂の研究』は1995年の発行、来年は20年になる。ふた昔も前の本を読んでいただいただけでもうれしいが、そこまでシッカリ言及いただいているのを見ると、まだおれの本は生きているというのを実感する。後世に残る本や、自分の名前を後世に残したいなど考えたことはないが、歳月がたっても評価してくれる方がいるのは、それがどなたであろうと、うれしい。そして、身がしまる思いがするのだった。

「とんちゃん日記」は「食べ物と文化のつれづれ記録。美味しく食べたところ、美味しく食べたもの。心地よく泊まったところ、気持ちよく入った温泉。しかも高くない値段で。そしてそれぞれの薀蓄を記録しています。」というもので、食べ歩きの記事を中心に、「食文化」などのカテゴリーがあり、そこに、この紹介があった。

「とんちゃん日記」から、ごく簡単に引用をつなぎながら要約しておく。(カッコ)でくくった文章は、ここにおれが添えたもの。

「とんちゃん」、ありがとうございました。


2014年2月24日
大衆食堂パラダイス!(1):テーマ
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2014-02-22

弊ブログには食堂がときどき登場します。最近は食堂を探して食べに行っています。
食堂の料理は大衆食で、地元密着型の食ってところが好きなんです。
そしてその両方、大衆食と地元食は庶民、地方の文化だと思っています。

でもそんな食堂はどんどん無くなっています。これでいいんだろうか・・・
食堂で、ただ食べているだけじゃ能がないので、大衆食に関する書籍をボチボチと読んでいるんです。
カッコつけると文化を理解するために。
そんな本を弊ブログでもときどき紹介しようかと思います。

ということで今回はその第1回。

(というぐあいに始まる。緻密に読み、緻密に検討が加えられ、大事な点は逃さず、本文からの引用は掲載ページが明記されている。おれのようなヘタなライターよりきちんとしている)

2011年出版の『大衆食堂パラダイス!』は「5年ほど前に企画が決まった」(p.353)とあります。
だから企画が決まったのは1996年頃のことで、1995年に『大衆食堂の研究』が出版されたすぐ後です。

(ここには、とんちゃんの計算違いがある。2011年の5年前は、2006年頃だ。ま、どのみちこの2冊は「姉妹本」であるから、文脈的に問題のあることではない。)

そして著者は前著『大衆食堂の研究』と『大衆食堂パラダイス!』との関係について、こう言います。

『大衆食堂の研究』は「上京者ならではの大衆食堂のある東京暮らしを、思い入れたっぷりに書いたもの」(p.11)であり、「本書『大衆食堂パラダイス!』は、そんな『大衆食堂の研究』のその後であり、おれの大衆食堂物語である。」
「大衆食堂のある生活を楽しむためのガイドになるように書いているツモリです。」(p.12)

前著の「その後」だ、というのですから2つの著書は「大衆食堂」に関する姉妹本、ということです。

ただし面白いことに、2つの著書では「大衆食堂」へのアプローチの仕方が違っているんです。

(このあと、アプローチのちがいを、その「理由」まで見つけ出して紹介している。すごい!)

というわけで本書では、「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」の片鱗を留めている食堂が「おれの大衆食堂物語」=「おれの大衆食堂パラダイス」として語られます。


2014年2月25日
大衆食堂パラダイス!(2):前半
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2014-02-22-3

とはいえここでは、この本を少し論理的に読んでみようと思うのです。

「おれのふるさとの味覚は、地理的な意味でのふるさとの味覚という面と、時間的に過ぎゆく近代の味覚という面の2つを備えているように思う。大衆食堂の味覚も、またそうだった。」(p.15)

大衆食堂は「近代日本食のスタンダード」だと著者はいいます。「近代の味覚」のスタンダードが大衆食堂なのだと。
そしてその近代の味覚はまた「ゆっくりと変化する」ものでもある。
変化して現在に至り、そしてまたさらに変化していく「近代の味覚」を大衆食堂を通じて描こうとしています。

(この回は、とくに第1章と第2章の、大衆食堂とは何かについて語っている部分を、引用で要約しながら、まとめている)

第1章は「地理的な意味でのふるさとの味覚」である著者の「望郷食」が語られます。

第2章は著者が通いづめた「気になる大衆食堂」(p.97)、著者にとってのこれぞ大衆食堂という食堂を通じて、「近代日本食のスタンダード」たる大衆食堂の現在を描き出しています。


2014年2月26日
大衆食堂パラダイス!(3):後半
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2014-02-22-1

本書は著者遠藤氏の「おれの大衆食堂物語」であり、「昭和30年代にして1960年代の大衆食堂」の片鱗を留めている食堂が著者の「大衆食堂パラダイス」です。
一人称で語られる大衆食堂への熱い思いは、この本を読むとズンズンと感じます。

全編がこれ「おれの大衆食堂物語」のエッセーなのですが、その中から大衆食堂と大衆食に関する著者の考えを読み取ってみようと思います。

第3章には、「大衆食堂の歴史」が書かれています。
ここで変わっているのはその方法です。
大衆食堂の歴史そのものを書くのではなく、現在ある大衆食堂を取り上げて、その姿の中に「大衆食堂の履歴や系譜」(p.191)を見いだそうとしています。

著者は「いろいろな大衆食堂のエピソードから、アレコレ考えてみる」(p.191)と書いていますけれども、実は単にアレコレではなく、大衆食堂の系譜についての考察がベースにあるのです。

大衆食堂のイメージというと「和」になってしまう。しかしその「和」は昔と同じではない、と著者は言います。

いま大衆食堂が体現している「近代の味覚」、庶民・大衆の生活に息づく「普通にうまい」大衆食、生活料理。
それは形を変えつつも引き継がれていく、それが「近代の味覚」の未来であり展望ということでしょう。
でも大衆食堂は無くなるかもしれない。

そうならば、未来に引き継がれるのは「大衆食堂」ではなく「大衆食」なのでしょう。

2013年に出版された著者の新著は、『大衆めし 激動の戦後史』という題名です。
テーマは大衆食堂ではなく大衆めし=大衆食になっているのですが、この変化は当然の成り行きなのだと思います。


2014年3月13日
大衆食堂の研究(1):めしを食うとは
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2014-02-09-1

ただしこの本は、とっくに絶版。
わたしは図書館で借りましたけど、著者がネットで全文公開していますので、そこで読むことができます。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm

(『大衆食堂の研究』は、自分でスキャンして、ネット上に全文公開してある。次は、ぜひ多くの方に読んで欲しい『ぶっかけめしの悦楽』を公開しようと思っているが、酒ばかり飲んでいて、作業があまりすすんでいない。おれの「生活料理」に関する著述からすると、汁かけめしの話しは、どうしてもはずせないから、早く公開したいのだが。ともあれ、とんちゃんは、つぎのように、いきなり『大衆食堂の研究』の核心をつく。)

この本、グルメブームの風潮を批判して、「めしを食う」ことの意義を問うているんです。
「あとがき」でこう書いてあります。

「注文してから何分でできあがり盛りつけがどうで、味がどうで、雰囲気がどうでなどと外食を評価することは悪くはないが、めしくうということは、はたしてそれだけかということを、おれたちはもっと考えてみる必要があるのだ。」(p.219)
これに同感です。

弊ブログでは、遠藤氏が批判するそんな内容ばかりを書き連ねている感じですけど、しかしとても「同感」します。

またこうも書いてあります。

「この本でくそまじめに食生活を考えてほしい、といったら笑われるだろうか。
でもおれはくそまじめにくうことを考えていた。
どんなめしのくいかたをすべきかということについて、おれたちは何も考えなくなっているように思う。そして、こんな基準で食生活を判断することになれきっている。
  一、貧しいか、豊であるか、あるいは贅沢か。
  二、便利かどうか。
  三、新しいかどうか。
だいたいコンビニていどの豊かさと便利さと新しさが、都会的生活の象徴であり、相場になっているようだ。
そのことに異議申し立てをしようというわけではないが、食生活へはもっといろいろなアプローチがあっていいはずだ。」(p.219)
「豊富」、「便利」、「新い」が食生活の基準ではないのだ、と。
しっかり異議申し立てています。

著者が大衆食堂を取り上げたのは、そのアンチテーゼとしてなのです。

なぁーんて、書いたけど、この本自体はとっても軽いタッチで書かれています。
そうなんですけど、ちょいとマジメに内容を検討しようかなって思います。

筆者は、大衆食堂を通して実は食生活あり方を問おうとしているのです。

著者には、食生活とは何のためにあるのか、という哲学があります。

「そもそも人間がめしをくうということは、あの立ちションベンのときの、充実感とか解放感という言葉であらわされる感覚の延長線上にある、「元気」のためじゃなかったのか。」(p.220)

立ちションとは余りにも卑近な例ですけど、人間がめしを食うのは「元気」のためだという、素朴かつ根本的な哲学があります。
食事とは料理とは何のためにあるのか、それは元気に生きるため、日々の生活のためにあるのだ、という理解があるのです。「豊富さ」、「便利さ」、「新しさ」ではない、生きるための庶民の食生活。

それを「大衆食堂」を通した語ろうとしているのです。


2014年3月14日
大衆食堂の研究(2):大衆食堂の歴史
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2014-02-09-2

「研究」なんて大それた題名だけど、実は編集者が題名に「研究」をつけたまでで、と著者は言っています。でもなかなかに研究的なアプローチがあります。

今回は「大衆食堂」の歴史の部分を紹介しましょう。

(この回は、歴史を、引用で要約しながら紹介をしている。うまくまとまっていて、大衆食堂の歴史が頭に入りやすい。)


2014年3月15日
大衆食堂の研究(3):大衆食堂と食生活
http://onhome.blog.so-net.ne.jp/2014-02-09-3

今回は大衆食堂が示す食生活について紹介してみます。

本書は大衆食堂で食べることを推奨し、実際の大衆食堂が何店も紹介しています。
これぞ大衆食堂という3つの食堂が熱く語られています。

(最後に、このカンジンなところに着目し、『大衆食堂の研究』と『大衆食堂パラダイス!』両方から指摘する。)

編外編*これこそ食堂

食堂のメニューがこれまた「あいうえお順」にズラズラと並べています。
著者はその理由をこう書いてあります。

「それでは、食堂メニュー一覧をやってみよう。
ほんとうは、食堂については、おおくを語る必要はないんだ。これだけあればね。メニューが食堂のすべてだし、そこから、それぞれのひとが、何かを、読み取るんだと思う。何かを、語るんだと思う。
だけどメニューだけでは、これだけじゃ、本にならないから、ぐたぐた書いたような気がしないでもない。すいません。」

メニュー一覧が食堂のすべて、メニュー一覧が本書の目的だって?
筆者は『大衆食堂パラダイス!』の中で、「『大衆食堂の研究』の本音」という項でこう書いています。

「拙著『大衆食堂の研究』では、食堂メニュー一覧をやっている。そこでおれは、自分が入って写しとっておいた大衆食堂のメニューを、その文字のままにズラズラ並べた。」(p.325)
「大衆食堂のメニューをかき集めてみると、実際に普通の家庭で作られていたかどうかわからない料理書のメニューや、そういうものを年代順に整理し勝手なリクツを付加しただけの食べ物の歴史より役に立つことがあるだろうと思った。そして、やってみた。
大衆食堂のメニューは実際に普通の家庭で作られていた料理である。すべての家庭料理の反映ではないが、むしろ全国的にも地域的にも季節的にも、もっとも普通の料理であり、つまり時代のスタンダードを鳥瞰するにはよい。」(p.327)

大衆食堂のメニューは普通の家庭で作られている料理の反映である、という理解があるのです。
だから大衆食堂のメニュー一覧は家庭で作られる料理のスタンダードを表す。
このことを著者はやりたかったのです。

大衆食堂のメニューは家庭料理のスタンダードだという理解は大衆食堂の歴史を記述した中でも確認されています。

こうして著者は、大衆食堂を語る中で、家庭で普通に食べられている料理、近代日本めしの変化とあり方を語ろうとしている。

大衆食堂の料理は家庭料理の反映だと著者は言います。
他方で著者は、大衆が「新しい暮らし」を求め生活スタイルを変えていき、「コンビニていどの豊かさと便利さと新しさが、都会的生活の象徴」になっていったと、現在の食生活、食文化を批判します。
しかし大衆食堂の料理はそれを追わず、変化していった大衆の食生活から取り残された存在になっている。
この対比の中から著者は、変化する新しい食生活に批判的姿勢をとりながら、変化しないでいる大衆食堂を通じて食生活のあり方を語ろうとしている。

ところが変化する食生活に対して、先日紹介した、この後の書である『大衆食堂パラダイス!』ではかなり違っていました。
同書の中で著者は、大衆食としての近代日本食が新しい要素を取り入れながら変化し続けている、という中に肯定的なものを見ています。
そして「大衆食堂」の看板や暖簾は消えていくかもしれないが、大衆食堂の「うまさ」は、さまざまな新しいスタイルの飲食店に息づいている、と言っています。
ここでは、変化する大衆食=近代日本食に足場を置いて、そこから食堂や飲食店の変化を見ている、と言ってもいいでしょう。

「近代日本食」、日本の庶民の食生活の変化を肯定的に見つつ、ではその行方をどう見通すのかという重要な課題を提起しているわけです。
昨年出版された『大衆めし 激動の戦後史:「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』は、まさにそこをテーマにしているのだと思います。
ということで、後日、その本を紹介したいと思います。

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2013/04/29

『大衆食堂パラダイス!』の幸せ。アマゾンにレビューとコメント。

『大衆食堂パラダイス!』は11年9月発売だった。もう1年以上が過ぎ、売り上げは低迷で、重版はありえないだろう。かといって失望もなく、もちろん胸躍ることもなく、淡々と日は過ぎていく。

それでも、ときどき、アマゾンをのぞく。のぞいても、何も変わったことはない。いや、少しずつ「いいね」が増えて「8」になったのは、いつのことだったか。ありがたいことだ。

ありがたいといえば、港町奉行さんのレビュー。自分でもこうは書けないと思う、熱いレビューが、燦然と輝いているのみだった。もう新たなレヴューの投稿もないだろうと思っていた。

ところが、なんと、いましがた見たら、去る26日に、レビューを投稿された方がいたのだ。「一市民」さん。すごく、うれしい内容。

おれの本のレビューは、書きにくいと思う。それは、港町奉行さんのレビューに寄せた一市民さんのコメントが物語っている。

「とりとめのない本書の魅力を簡潔に捉えられた名レビューだと思いました。
こちらのレビューを参考に本書を知り楽しみました。有難うございました。」

これ、本来は、おれが港町奉行さんと一市民さんにするべき、感謝のコメントのようだ。そう、「とりとめのない本」であり、レビューは書きにくいと思う。 ほんとうに、書いて投稿してくださった方には、感謝しかない。

よくおれと一緒に飲む野暮連のやつらなどは、飲んで騒いで楽しんでいるだけで、レビューなど書く気もない。だいたい、レビューが書けるほど、ちゃんと読んでいるかどうかもアヤシイ。と、あいつらに恨み言を述べている場合じゃないな。

おれの本のレビューは、書きにくい。以前にも、何人かの方に言われたことがある。「とりとめのない本」なのである。

それは、半分意図的に、半分は結果的に、おれがイメージしている話しの構造に、「ラーメン構造」のようなものを志向していることによる。もっとわかりやすい構造にまとめればよいのに、そうはならない。それなりの「事情」があるのだが。

その話しはともかく、そういう「とりとめのない本」に、ありがたいレビューをよせていただき、これだけでも、この本を出した甲斐があったと、しみじみ幸せな気分になったのだった。本を出して、こんなにうれしいことはない。

とくにおれの本などは、ケチをつけるつもりになって見れば、いくらでも瑕疵はある。だいたい、とりとめのなさだって、そうだ。これだけしっかりしたレビューを書く方は、そこを、こえてのことであり、広い世間には、すごい人たちがいるなあと思うのだった。

おれも見習って、もっとよくレビューを書けるぐらいの読書力を身につけよう。ま、まずは、もっと本を読まなくてはいかんのだが。どうも、酒の方が優先になってしまい…。と言いながら、いまから、存じ上げないお2人に感謝を捧げる酒を飲もうと思っているのであります。

港町奉行さんと一市民さんには、ただただ感謝だ。ありがとうございました。

アマゾンのレビューを、ご覧ください、こちら

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2012/05/25

発売中のビッグイシュー191号に岡崎武志さんが『大衆食堂パラダイス!』の書評。

Dscn07392012/05/17「NHKラジオ第一「VIVA!大衆食堂」2回目のち森美術館「イ・ブル展」で大興奮。」にちょっとだけ書いたように、15日に発売になったビッグイシュー191号には、岡崎武志さんが連載の「ひぐらし本暮らし」に『大衆食堂パラダイス!』の書評をいただいている。

当ブログで詳しく紹介しようと思いながら、ウロウロバタバタしているうちに、発売から10日がすぎ、来月1日には次号が発売になってしまう。とり急ぎ、紹介。

手に取って、ご覧いただきたいけど、この雑誌は立ち読みというわけにはいかないんですよね。こちらに「ホームレスが売る雑誌ビッグイシュー日本版」とあるように、公式サイトがあって、販売場所の案内があります。一冊300円。
http://www.bigissue.jp/

岡崎さんには、『汁かけめし快食學』のときも、サンデー毎日で当時連載中の「文庫王の一冊」に書評をいただいている。こちらザ大衆食のサイトでご覧いただけますが、「下品を装いながらの哲学」のタイトル。…クリック地獄

岡崎さんの書評は、いつも書評の方がおもしろいと思うほど、楽しい。それは、たぶん、本を読む楽しさといったものを、岡崎さんがよくご存知だからなのだろう。今回は、「読むうちに腹が減り、生きる力が湧いてくる」のタイトルで、イラストの見出しには、「生きてりゃ減る腹」と。そして、『大衆食堂パラダイス!』の本文から何か所もどんどん引用しながら、岡崎節を一言二言三言書き添えて構成する、これがまさに「芸」という感じ。まさに「文芸」ですね。ほんと、上手な文章だなあ、おれもこんな風に書けるようになりたいと思うのだった。それにしても、岡崎さんに書評をいただけるとは、光栄でうれしい。

岡崎さん、ありがとうございました。

岡崎さんのブログ「okatakeの日記」はこちら。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/

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2012/05/15

新潟日報「聞く」で聞かれた。

Dscn0732a一昨日のエントリー「故郷の南魚沼市六日町で温泉、山菜、酒、級友、ふるさと三昧。」に書いた六日町へ行った、先週土曜日の12日。偶然にも、新潟日報の「聞く」という大きなコーナーに、おれが載った。『大衆食堂パラダイス!』についてのインタビュー記事だが、7段3分の1。電話取材を受けているときは、こんなに大きく載るとは思っていなかったので、ビックリ。

インタビュアーは、編集委員の森沢真理さん。電話で話している時から、この本をよく理解いただいている感じがあった。発売後、半年以上がすぎ、そもそもにぎやかな話題になるような本ではないし、例によって初版で終わりそうな、しかも本紙では発売当初に文庫本の紹介欄で一度紹介されているのに、あらたにじっくり取り上げていただいた。

リードの書き出しは「食のありようは、時代を映す」。「大衆食堂は、地方出身者にとっては故郷につながる場所であり、「近代日本食のスタンダード」が集約されているという。上京してから今年で50年という遠藤さんに、大衆食堂文化論を語ってもらった」。

「■東京の大衆食堂と地方出身者の「熱い関係」について、書かれていますね。」「■若者たちが、集団就職などで次々に首都圏に出ていった時代でした。」という森沢さんにこたえて、おれの話は、おれが上京した62年ごろの東京の様子から大衆食堂が興隆をきわめた70年代を中心に始まる。見出しにもなっているが、「地方出身者集う望郷の場」だったということだ。

次は「■大衆食堂の味の特徴を「普通においしい」と表現されていますね。」ということで、江戸期の一膳飯屋から続く歴史にふれ、「■東京だけでなく、日本各地の大衆食堂を訪ねられたとか。」では、大衆食堂がそれぞれの街や人と深く結びついていることや、その空間の特徴について述べている。

最後は、「■東日本大震災による原発事故の影響で、食に対する関心が高まっています。」ってことで、きわめてコンニチ的話題になり、ま、このへんが、いま「大衆食堂パラダイス!」のポイントになるわけで、普通であることの大切さ、「気どるな、力強くめしをくえ!」ということで、おれの話は終わる。

散漫なおれの話を、上手にまとめていただき感謝です。

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2012/03/04

岡崎武志さんがブログで『大衆食堂パラダイス!』のことを。うれし恐縮。

きのう、岡崎武志さんが、「okatakeの日記」に、『大衆食堂パラダイス!』のことを書いてくださった。すごくうれしい内容。
http://d.hatena.ne.jp/okatake/20120303
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「ビッグイシュー」に紹介するつもりで、メモを取りながら遠藤哲夫さんの『大衆食堂パラダイス!』ちくま文庫をガシガシと読んでいる。おもしろいなあ、いいなあ、文章うまいなあ、泣かせるなあ、詩人ですよエンテツさん、などと頭のなかでひとりごとを言いながら読む。無性に大衆食堂で、「とりあえずビール、それからポテトサラダとアジフライ」と注文したくなる。うちは家族で外食することが多いので、しかたなくファミレス系に行くが、まあ、うまいと思ったことありませんね、あの手のメニューで。なにか「ウソ」を喰ってる、という気持ちにいつもなるのだ。

たとえば、北九州「黒崎」の「エビス屋昼夜食堂」が二十四時間営業になったのは、客の都合から。「客に押され玉突きのような展開だが、客の期待に応える働きがあったから今日があるのだろう。食堂は、あるじと客の呼吸だ」なんて文章。過不足なくリズミカルで、表現の工夫がある。みごとな文章だ。
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いやあ、岡崎さんのような尊敬する書評家の方に、このように読んでいただけるなんて、うれしさ通りこして、ひたすら恐縮です。

岡崎さんと恐縮ということでは、数日前に、フェイスブックで激しく恐縮するメッセージをいただいた。この方は、本好きのみなさんの間では有名な書店の店員さんなのだが、このようにおれが岡崎さんと並べられていたのだ。畏れ多くて、誰に恐縮してよいのやら状態。
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雲のうえの食堂の号と、岡崎武志さんの女子の古本屋が
ぼくのなかで二大神本というか、ほれぼれ本です!
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50をすぎてから成り行きで「フリーライター」になって、中途半端なフリーライターのまま、もう70歳がスグそこなのだけど、大いなる励ましをいただいたと思い、精進します。ありがとうございました。

ところで、「ビッグイシュー」、前はよく大宮駅東口の階段下で買っていたのだが、最近は買ってない。まだあそこで売っているのだろうか。これからは大宮へ行くたびに忘れないでチェックしよう。

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2012/01/16

きのうの東京新聞、この本この人に登場。

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はあ、呑み疲れが貯まっている感じ。きのうは小岩の野暮酒場で新年会というかなんというか、ようするに呑みすぎた。夕方になっても本調子じゃないから、とりあえず、きのうの東京新聞の画像を載せて、お茶をにごしておこう。

ひさしぶりにジャケットを着て写っているので、周辺では、もっぱら写真の話題が多く、単なる呑兵衛がインテリっぽく見えるとか、目玉が写っている写真は初めて見たとか。

「普通にうまい、という文化」のタイトルで、「若者がよく使う「普通にうまい」という言葉が気にかかって仕方なかった。しかし、この本を読んで、妙に納得できた。大衆食堂とは「普通にうまい」食事を出すところだ。と」と書き出す記者は、文化部長の松川貴さんだ。

最後におれの言葉で、「さらに続編が書きたいのですが、編集者から本書が売れない限りダメと釘を刺されてます。日本の大衆食堂文化を残すためにも、みなさんに読んでいただきたい」と。

本紙をお買い上げになった方は、これを大量にコピーし、ビルの屋上から、あるいは電車のなか、道行く人びと、ところかまわずまいてくださるようお願い申し上げます。

取材は、2012/01/07「中野でやどやゲストハウス、十条で東京新聞。」に書いたように、十条銀座にある大衆食堂『天将』で行われた。

おれが大酒くらって二日酔いで、グズグズしているあいだに、『ちゃぶだい』のタイショーが、丁寧ですばらしい感想をブログにアップされていた。どうも、ありがとうございます。
http://chabudai2009.jugem.jp/?eid=1565

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2011/12/24

『大衆食堂パラダイス!』礼讃。

『大衆食堂パラダイス!』は、9月10日の発売から3ヶ月が過ぎた。版元の情報では、意外に好調の出だしだったし、最近も「売れ行きは引き続き順調」ということなのだが、まだ重版とまではいかない。

毎月新刊本がドサドサ出るなかでは、連載などで紙誌に登場する機会もなく知名度の低いライターの本は、簡単に忘れられる。しかもおれの周りは、おれの偏屈で人徳のなさもあって、呑むときの付き合いはあっても、本の応援にはいたらない野暮な連中ばかりだ。いや、そりゃ、本に魅力がなくて、人にはすすめられないということなのだろうけど。

ところが、このあいだ、ツイッターで「名著です!」とツイートしている方がいた。しかも、まったく存じ上げないひと。アカウントがnanseido(南西堂)さん

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2011年12月14日(水)

遠藤哲夫『大衆食堂パラダイス!』(ちくま文庫)読了。面白かった! 大衆食堂についての考察なのだが、それに関わるさまざまな人の人生までも感じさせ、都市と食にまで考察は広がる。著者は「大衆食堂の詩人」と自らを称すが、読み終わったあとには良質なエッセイを読んだ気分になる。名著です!
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http://twitan.jp/nanseido/status/146630265752662018

いやあ、このようにキッパリおっしゃってくれる方もいらっしゃるのだ。親しいひとでも、こう言ってくれるやつは、いない。なんにせよ、売れない孤独なライターにとっては、このうえない励まし。ありがたいことだ。

しかし、やはり、もっと売れて重版にならないと、次はない。
はたして、おれの来年の運命は?

あるひとにとっては名著でも、あるひとにとってはゴミにすぎないのが、本の運命。そして、ライターの運命。

先日、校正を終えたのだが、1月10日頃発売の『本の雑誌』2月号に、「めしと本の悩ましい世迷言」というタイトルで書いた。たぶん、何を言いたいかよくわからないというひとが少なくないだろう書き方をして、しかも「本好き」や「読書家」や彼らが好む、本を愛する書店のみなさまなどに嫌われそうなことを書いてしまった。これだから、ますます売れないライターになるのだ。がははは・・・。でも、愉快だね。勝負は、これからだ。

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2011/12/10

『dancyu』1月号の新刊案内に『大衆食堂パラダイス!』が。

Dancyu_book一昨日だったかな? 12月6日発売の『dancyu』1月号をいただいた。はて今回は寄稿してないはずだがと思いながら開いてみると、編集さんの手紙があって、新刊案内に『大衆食堂パラダイス!』が載っていた。ありがとうがざいます。

今号の特集は、「鍋」。昨日の午前は、関東でも雪がちらついたところがあるようだけど、このへんも雪が降りそうだった。やっぱり鍋ですねえ。料理研究家の瀬尾幸子さんも登場している。
http://www.president.co.jp/dan/

チョイとたてこんでいるので、とりあえず、これまで。
年末ですなあ。

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2011/10/17

きのうから『大衆食堂パラダイス!』デー? ラジオ出演、読売新聞など。

きのうから『大衆食堂パラダイス!』をめぐって、なんだかんだうれしいことがあった。

2011/10/14「泥酔一直線、第三夜。文化放送収録のち新橋取材4軒はしごのち中野。」に告知したように、JFN「サンデーフリッカーズ」の7時15分からのコーナー「一之輔のそこが知りたい」の電話出演があった。パーソナリティは、真打昇進が決まった春風亭一之輔さん。

ラジオの電話生出演は、3度目ぐらいだが、慣れてないので、相手の顔が見えないのと、生だから「放送禁止用語」を口にしないようにと思って、キンチョーしちゃう。でも7分ぐらい、簡単だ。とにかく、始まるころには頭がスッキリしているよう、6時半ごろ起きた。

台本があるわけで、パーソナリティは、本を読んでいなくても話せるし、そういう人もいて話しているとわかるのだが、一之輔さんは、ちゃんと読んでいて、読んでいなくてはできない話をした。

『大衆食堂パラダイス!』を紹介するのに、「この本はガイドブックじゃないけど、店の雰囲気や店主や客など、人物描写というか、それほど立ち入るわけじゃなくて、とてもいいんですね」というようなことをおっしゃった。

台本では、東京は鶯谷の信濃路、大阪は千日前のしみず、北九州のエビス屋昼夜食堂の話をして、時間があったら、一之輔さんも利用したことがある野田のやよい食堂(一之輔さんは野田の出身なのだ)の話の予定だったが、話しているうちに、信濃路までが長くなり、大阪のしみずは飛ばしてすすんだ。最後、野田のやよい食堂の大盛ぐあいや串カツの話で大いに盛り上がった。これは食べてないとできない話。ま、なんとか、無事に終了。

午後、『大衆食堂パラダイス!』が週刊文春で紹介されていると教えてくださった酔仙亭さんが、今度は2011/10/07「週刊文春の新刊推薦文に『大衆食堂パラダイス!』が。」のコメント欄で、「本日の読売新聞11面書評欄に、やはり書評が。すごいすごい。」と。

ほぼ同時ぐらいに、ツイッターで。朝は「出張中の大阪でKissFMという局で聴けました。とてもよかったです。一之助さんの紹介の仕方もよく短い時間でエンテツさんの著書の魅力が伝わってきました」とつぶやいてくださった@NEGITETさんから、「本日の読売新聞読書欄の文庫新書コーナーで『 大衆食堂パラダイス』が紹介されていました。曰く、いわゆる大衆食堂ガイドではない。食から生まれる物語。その郷愁にしみじみと浸ることができる一冊」とツイートいただいた。

早速、近くのコンビニへ。午後3時をすぎていたが、日曜日だったので、まだ朝刊があった。「文庫新書」のコーナーのトップに載っていた。

A

その内容は、今日、読売のオンラインにも掲載になった。こちらで見られます。
http://www.yomiuri.co.jp/book/bunko/20111017-OYT8T00856.htm?from=tw

んで、今日、その読売に載った効果は、どれぐらいかとアマゾンをチェックしてみた。すると、なんと、なんてこったアマゾンは、在庫切れで「通常5~6日以内に発送します。」の表示。効果ありすぎて、在庫切れになったのだろうか?その前を見てなかったのでわからない。でもまあ、ランキングは、いい位置につけている。そのうち凋落するかも知れないが・・・。

それより、10月15日に新しいレビューがあって、これが、港町奉行 (東京都町田市)という方のもので、すごく熱い内容で、おれは驚き感動してしまった。自分の本のことなのに、「いい本だなあ」なんて思ってしまった。

まず、タイトルが「男性的視点からの食堂讃歌」だ。要約、といっても、全文に近いが、このように書かれている。

男性的視点、田舎者的視点、ブルーカラー的視点からの大衆食堂讃歌です。
資料的価値を求める方にはあまり役立ちませんが、
煮えたぎるパッションを隠さない、熱い咆哮には耳を傾ける価値があります。

(略)
その筆致には東京者の心臓をも掴んで離さない、不思議な魅力があります。
筆者自ら「売れない本」と認めるように、ちくま文庫版の初代作、
「汁かけめし快食学」はとうに絶版となっているけれども、
その時代逆行的な(?)論調こそ、現代に求められる
荒々しくも優しい人間の哲学とも映るのです。

それは「都会においての人間性の復権」に違いありますまい。
http://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E8%A1%86%E9%A3%9F%E5%A0%82%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%B9%EF%BC%81-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-12-2-%E9%81%A0%E8%97%A4-%E5%93%B2%E5%A4%AB/dp/4480428593/ref=pd_rhf_p_img_1

本は、著者の手を離れると、いろいろな読み方をされる。最初のレビュー、「鯖の味噌煮、オムライス、まぐろぶつ、コロッケ/三軒茶屋では「芝多」である。」は、じつに簡潔だが、その人の体験と本の内容が重なっているようで、うれしい。

しかし、なんだね、おれは、「時代遅れの男」というより「時代逆行の男」かも知れない。「昔はよかった」ということではなくて。未来へ向かいながら時代に逆行する男だな。

さらに、さきほど、ご当地、「ちゃぶだい」の大将のブログを見たら、きのう16日のエントリーが、全面的徹底的に2011/10/14「泥酔一直線、第三夜。文化放送収録のち新橋取材4軒はしごのち中野。」をネタにしているのだった。
しかも、その写真が、このあいだ呑んだ、おれ好きな「秋鹿」だ。泣けるぜ。

大将は、最後を、このように締める。・・・・・

と、まぁ…お客様がメディアに露出するっていうネタで申しわけないんだけど、食い物の本質というか、飾らず、気取らずに旨いモノを喰う。
こういうエンテツさんのスタンスは、アタシも大いに共感できる。
エンテツさんの【大衆食堂パラダイス】是非ともご一読いただきたい。
働き、そして…生きるための「メシ」とは、どういうものなのか?
女を口説くための「メシ」ではない。
商談成立を目論んだ「メシ」でもない…
酒を呑む相棒にもなれば、「白いメシ」をかっ込む力強い味方にもなり得る。
そんな料理を提供する店。
街に根付き、人々を見守る。
お客様とともに年を重ねる…
そういう店が、街には必要…ってこと。
そういう店がアタシの目標。
そして、今日もいろいろと考えちゃうんだなぁ…?
http://chabudai2009.jugem.jp/?day=20111016

『大衆食堂パラダイス!』を読んで、お店の方にこう言っていただけたら、著者冥利につきる。

こんなふうに、きのうから『大衆食パラダイス!』デーな感じなのだ。
今日は、dancyuの校正が出た。

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2011/10/07

週刊文春の新刊推薦文に『大衆食堂パラダイス!』が。

『大衆食堂パラダイス!』の発売からひと月が過ぎた。「意外や意外」と言われた好調の出だしだったが、はて、これからどうなるか、って頃なのだ。これで失速ということがなきにしもあらず。

おととい、2011/09/11「意外や意外、出だし好調『大衆食堂パラダイス!』。」にいただいたコメントで、「週刊文春」(10月13日号)の117ページ「新刊推薦文」に載っていると知ったので、早速入手した。

簡単な「推薦文」だが、うれしい内容だった。・・・「究極の味」より、「普通のうまさ」こそ偉大だーー庶民の快食を追い求めてきたライターが、日本津々浦々の大衆食堂を辿り歩き、その魅力、愉しみを語り尽くす。・・・と。

先日、前のエントリーにあるように新潟の故郷へ行って来たが、あちらで2日の新潟日報朝刊を見たら、読書欄の新書・文庫を紹介するコーナーに、やはり簡単な紹介があった。

ま、このテの本は、新聞や雑誌の書評で取り上げられることは、あまり期待できないし、発売からひと月すぎて、もう「新刊」でもなくなるから、あとは読んだ方の口コミ評判しだいになるだろう。

口コミ評判といえば、メディアとしては、ブログやツイッターがある。ツイッター上では、とくに文字数制限140字の関係もあるから、「買った」「読んだ」に簡単な感想がつくぐらいで終わる。しかし、うれしいことに、これがけっこうあって、にぎわいになっている。ありがとうございます。

2011.10.04 10:48に、散歩の達人編集長の山口昌彦(@nosukepin)さんが、「 遠藤哲夫 大衆食堂パラダイス、大竹聡 下町酒場ぶらりぶらり。合わせて読むと、グルメとは違う飲食店の味わい方がよくわかる。たまらなく、東京という街がいとおしく思えてくる」とツイートしておられて、うれしかった。
https://twitter.com/#!/nosukepin/status/121038966089715713

週刊文春の推薦文も山口さんのツイートも短いものだが、力づけられた。

そのうち、ブログやツイッターでの感想をまとめてみようと思うが、今日は、これまで。
すでに「あとがき」を読んだ方はご存知と思うが、続編が出るかどうかは、この売れ行きしだいなんですね。
さらに、これから、よろしくお願い申す。

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