2018/04/13

『dancyu』5月号「美味下町」ではやふね食堂を取材した。

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去る6日発売の『dancyu』5月号は「美味下町」という特集で、おれは森下の「はやふね食堂」を取材して書いている。森下は、もとは深川区だから深川と言ったほうが通りがよいかも。

1991年ごろ初めて行った食堂で、おれの最初の著書95年発行の『大衆食堂の研究』には、はやふね食堂について「昭和の初めのころには、 当時の東京市内の飯屋の一五パーセントは深川にあったのだそうな 。だけど戦争をさかいに、 田舎の世田谷区や杉並区の方に移住するひとも多く、激減。で、 伝統あるこの地で、食堂といえば、ここだね。」と書いてある。

森下3丁目といえば「ドヤ」というイメージは80年代ごろから次第に薄れていったけど、戦前から屈指のドヤ街だった。はやふね食堂の裏はドヤが並び、この界隈には、ほかに3軒ほど食堂があったらしい。いまはその面影もない。住宅と小さな町工場が入り混じってひしめきあっている。

すぐ前に深川小学校があり、はやふねのご主人は昭和19年早生まれで、昭和18年遅生まれのおれとは同学年になるのだけど、ここで生まれた。深川一帯が空襲で焼け野原になったときは、長野へ疎開していて難は逃れた。

その焼け野原にもどってきた一家の母が、焼き芋やかき氷を売る店を始めた。それが食堂へ「進化」した。

築地が近いので魚は築地へ買い出しに行く。「野菜は?」と聞いたら、「引き売りと、近所のスーパー」と。「え、このへんまだ引き売りが来るんですか」と聞くと、「トラックでね」。昔の「引き売り」という言葉をそのまま使っているが、そのトラックは、朝のうちに葛西方面の農家で直接仕入れ、売ってまわるのだそうだ。いかにも東京の東の下町らしい話だ。

深川で生きた母の手料理が引きつがれている食堂。「特別の食材は使っていないし特別のことはしてないと言う」だけど「ありふれたものをおいしくつくる熟練の味」がある。

この前の見開きページを、山本益博さんが書いている。門前仲町の「ふく庵」の天ぷらだ。山本さんは「私は特価品には興味はなく、いつも心がけていることは特上品の批評である」と、いかにも彼らしいことを述べている。

で、そのページをめくると、「特価品」ではないが「特上品」でもない普通の食事のはやふね食堂になるというわけで、下町の懐の深さを感じますね。

写真は、「料理写真界のキムタク」こと木村拓さん。

また今号の写真には、久しぶりに、久家靖秀さんが登場。浅草の「鮨一新」を撮影している。

ま、手にとって見て下さい。

最後の写真は、はやふね食堂の40年の糠床。

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2018/04/05

「高円寺定食物語」の伊久乃食堂。

2018/03/30「座・高円寺の広報紙、フリーマガジン「座・高円寺」19号の特集は「高円寺定食物語」。」に載っている食堂を、ボチボチ紹介していきたい。

といっても、ただいま絶賛配布中なので、詳しくはそちらを見ていただくとして、ここでは写真を中心にチラ見ていどだが。

まずは、伊久乃食堂。

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この場所で始めたのが62年前というから、1956年のこと。おれは13歳だから、中学生。あのころの日本は、どんなだったか、どのていど知っています?といっても、ひとの記憶はアヤフヤ。しかし、そのままの姿で続いていることもある。

「一日の始まりに、大きなガスコンロの上に昔の厚くて重い木のふたの羽根釜をのせ、めしを炊く。」

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伊久乃のメニューは、すごくシンプルで合理的だ。開業当初のものから、フライ類を減らしたものらしい。揚げ物を使う定食は、かつ定食600円とかつ丼700円のみ。

「定食15品、丼2品、単品7品、それにビールだけ。豚肉、野菜、魚、豆腐を主材に、過不足ない限界までしぼったような定食中心のメニューだ。/一番高額の定食が鮭焼680円、安いのは450円のもやし炒め。」

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「ニラ玉子とじは、タマネギとニラを煮て玉子でとじるのだ。」「見た目は頼りないニラ玉子とじ、だしもきいてよいおかずだった。」480円。

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伊久乃食堂があるあづま通りには、ほかにも伊久乃と同じぐらい古い「福助」、それから「やなぎや」などの食堂もある。この通りには、古い鮮魚店もある。おれは、昔の鮮魚店が続いている町は暮らしやすいところ、という偏見を持っている。

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2018/03/30

座・高円寺の広報紙、フリーマガジン「座・高円寺」19号の特集は「高円寺定食物語」。

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2018/03/08「座・高円寺の「座」。」に書いた、「座・高円寺」19号が出来上がって届いた。

「高円寺定食物語」という特集、文はおれが担当した。

戦後民生食堂が誕生した当時のままの看板と建物の「天平」は、道路拡張のため年内に取り壊しになる。取材が出来てよかった。大衆中華、大衆洋食のほかに、酵素玄米と麹料理の食堂、今風の惣菜店の定食、鮮魚店の定食など個性それぞれ、定食と食堂や人から高円寺の面白さや特徴を探った。

タブロイド判(1ページのサイズが新聞1ページの半分)だから、見開きだと新聞1ページ分の迫力。有山達也さんのアートディレクション、齋藤圭吾さんの写真で、思いっきりグラフィックだ。どうか手にとって見て下さい。

発行=NPO法人劇場創造ネットワーク/座・高円寺
編集委員=有山達也、岩淵恵子(アリヤマデザインストア)、齋藤圭吾、NPO法人劇場創造ネットワーク/座・高円寺

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2018/01/05

『ユリイカ』1月臨時増刊号、遠藤賢司と大衆めし――「カレーライス」から

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去る12月26日に発売になった、『ユリイカ』1月臨時増刊号「総特集=遠藤賢司」に、「遠藤賢司と大衆めし――「カレーライス」から」を寄稿した。

年末のある忘年会で、「エンテツがユリイカなんてイメージじゃないなあ」といわれた。ほんと、そうだよな。

エンケンこと遠藤賢司は、去る10月25日に亡くなった。享年70は、おれより若い。

そこで、追悼特集。

エンケンを追悼するにふさわしいみなさんがズラリ並んでいるなかに、おれだけお門違い場違いでスミマセンという感じで、加わっている。

「詩と批評」を謳う『ユリイカ』は、まったく縁のない存在だった。どこの世界のハイカルチャー。

編集者からトツゼン、「遠藤賢司と大衆めし」ということで論考をお願いしたいと依頼があり、エッセイならともかく音楽についても遠藤賢司についても論考を書けるほどの知識がないと返事をしたら、いや「堅めのエッセイ」であればといわれ、引き受けた。

だいたい、近ごろの出版の傾向としては、この分野はこの人に頼んでおけばアンシンという実績のあるライターに発注する「安全パイ主義」や「テリトリー主義」が普通だ。編集者もライターも、あるいは読者も、そういうある種の権威主義のサークルのなかで、ご安泰あんど閉塞。自由に羽ばたいてアブナイことに会うかもしれない危険はおかさない。

そういうなかで、大胆にも、まるで畑違いのおれに声をかけてくる編集さんにも興味があった。

けっきょく、20枚以上といわれ、書いたのは25枚。今年一番のボリュームで、一番難しかった原稿。論考風エッセイかエッセイ風論考か。

エンケンの代表曲「カレーライス」がらみだが、音楽的な話はナシ。

やってみると、視点が変わる効果か、これまで考えたこともなかった、いろいろなことが見えてくるもので、もう少し時間があったら、国会図書館まで行って調べたい資料があったのだが、残念ながら余裕がなかった。

「大衆食の射程のひろさ、深さに感嘆した」というような感想をいただいている。エンケンのうたが、その広さと深さをとらえていたということでもあるだろう。

■アルバム
不滅の遠藤賢司

■再録エッセイ
「ほんとだよ/猫が眠ってる」復刻によせて / 遠藤賢司

■インタビュー
土から這い出す純音楽 / 鈴木慶一(聞き手=湯浅学)
ふたりのエンケン / 浦沢直樹(聞き手=細馬宏通)

■歌の生まれるとき
遠藤賢司のライク ア ロォリング ストーン! / あがた森魚
マーチンD-35 / 岡林信康
昨日よりも育ち、昨日よりも若く、これぞ不滅の若さ / 中川五郎
歌と出会う / 友部正人
純音楽に全身全霊をささげた不滅の男 / 山本恭司

■純音楽の道
エンケンと話したかったこと / 田中泯
エンケンのこと / 夢枕獏
サイナラ、エンケン。 / 篠原勝之
純音楽家の美しさ / 山崎哲
ほんとだよ──言音一致の純音楽家 遠藤賢司 / 佐野史郎
エンケンの思い出 / 原マスミ

■対談
森羅万象変幻自在のエンケン / 湯浅学×岸野雄一

■遠藤賢司の旅
銀河鉄道の夜汽車のブルース / 遠藤ミチロウ
エンケンさんとあまちゃんと / 大友良英
ギター1本勝負! / 奈良美智
いきてるよ / 山崎春美
遠藤賢司さんとの思い出 / 戸川純
エンケンさんからもらったもの / 曽我部恵一

■歴史のはじまり、そして……
早すぎた芸術家、遠藤賢司 / 東谷護
「ほんとだよ」からはじまった純音楽の旅 / 北中正和
「日本(ニュー)ロック史」の形成とエンケン / 輪島裕介
一九八八年の遠藤賢司 / 南田勝也

■彼はいつでも最高なのさ
エンケンさんちょっとイイ話(第1回) / 根本敬
浅草キッドと東京ワッショイ / 水道橋博士
透きとおって、音になる / いしいしんじ
僕とエンケンさん / 森信行
裸の王様 / 湯川潮音

■君も猫もみんな好きだよ
んの彼方に / 細馬宏通
遠藤賢司は最初から遠藤賢司であった──茨城県県北地域で育まれたものと、彼のなかに流れ続けたもの / 大石始
遠藤賢司と大衆めし――「カレーライス」から / 遠藤哲夫
遺されたブックリスト / 本山謙二

■資料
遠藤賢司略年譜 / 柿谷浩一

青土社のサイトは、こちら。
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3114

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2017/10/09

スペクテイター40号「カレー・カルチャー」。

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最近発売の『スペクテイターspectator』40号「カレー・カルチャー」(発行=エディトリアル・デパートメント、発売=幻冬社)は、充実した内容で、息をつめて読んだのちためいきが出るほどよかった。

飲食や食べ物をテーマにした雑誌や本がハンランするなかで、ひさしぶりに、いい本と出合った気分だ。

おれも「カレーショップは現代の大衆食堂である」という一文を寄稿しているわけだけど、そのことを抜きに、絶賛したい。だけど、全体の構成のなかで、おれの文章もじつにおさまりがよい働きをしている。

やはり編集力というものが、ちがうのだ。

おれのテーマを担当した編集者は、赤田祐一さんだ。以前、赤田さんが編集長の「dankaiパンチ」に何度か寄稿したことがあるが、直接赤田さんと仕事をやるのは初めてだった。

なにしろ有名な編集者だから、どんな方かと興味津々だったが、確かに、最初の打ち合わせのときから、これまで会ったことのある編集者とちがった。

という話はともかく、おれがこの本を「いい本」というワケは、俯瞰的視野と多角的視点で構成され、「私語り」の語りの形式や言葉でなく、つまり編集者や著者の嗜好や価値観や世界観ではなく、いま「カレー・カルチャー」はこんなアンバイなんだよと対象に肉薄していることだ。しかも、表現が、漫画も盛りこみ、多様。

まさにスペクテイターの見方。スペクテイターならではの、これこそサブカルチャー、というオリジナリティがある。

そうなのだ、ちかごろの飲食や食べ物をテーマにした本や雑誌がツマラナイのは、編集や著者のオリジナリティがなく(オリジナリティは編集手法と表現手法ぐらい)、いつも既視感が漂っていて、ああまたね、だからなのだ。お互いに「ああまたね」のアンシン感で成り立っている。おれが書いたものも、そんな風に読まれているのだろうなあとおもうと、あまり気持のよいものではない。

この本は、食べ物と人、食べ物と人と人の関わりを掘り下げていて、カレー好きでなくても、現代と現代の生き方を知るおもしろさがある。とくに、「分断」がいわれる社会で、それを深めたり固定化するのではなく(たいがいの飲食や食べ物の本は、たこつぼの視野とたこつぼの視点で、こちらに巻き込まれている)、多文化が混ざりあいおもしろいことを生み出していく力を感じる(カレーがまさにそう)。

閉塞から抜け出し、解放的で可能性豊かな人生を考えるのによい。なんだか、カレーは食べたくなるし、カレーを作りたくなるし、カレーを食べたときのように得体のしれないエナジーが身体の芯からわいてくるのだ。

もくじを見よう。

なぜカレーについてこれほど熱くなるのか? ←コラム
カレーの歴史をたどる ←年表
インド&カレーのAtoZ

大阪スパイスカレー誕生秘話 南インド料理こそ「真」のインド料理? ←文・森好宏(宮城県仙台「あちゃーる」店主)漫画:UJT

カレーの国のエクソダス ←取材・撮影・文:三田正明

   タバ・クニタチ(東京都国立市)
   店主・須田竜
   食堂のおっちゃんになりたいんです

   虎子食堂・カレー屋まーくん(東京都渋谷)
   店主・まーくん
   混ぜるな危険!
   当店のカレーはまぜないでください

   妄想カレー ネグラ(東京都杉並区)
   店主・大澤思郎&近藤麻衣子
   カレーは作るのが楽しい人が
   作ればいいと思うんで

潜入「カレー事情聴取」 ←漫画:清本一毅
漂流社、カレー屋はじめました ←漫画:川崎昌平

個性派カレー店主たちは、どんなことを考えているのか? ←取材・撮影・文:編集部(赤田)

   beet eat(東京都世田谷区)
   店主・竹林久仁子
   「ジビエカレーを提案するということ」

   JAY(山形市)
   店主・由利三
   「私はインド料理に生かされているだけ」

   愛のカレー研究所(秋田市)
   店主・村上祐子
   「結局カレーは人に喜んでもらうための手段の一つに過ぎないんです」

博士のカレー ←漫画:関根美有

デリー発、イミズスタン行き 富山カレートリップ ←取材・文:ワダヨシ+和田侑子

カレーショップは現代の大衆食堂である ←文:遠藤哲夫

レトルトカレーは何を食べたらいいか? ←語り手:カレーの島田 聞き手:パリッコ 構成:編集部

いじょう。

赤田さんからの最初の依頼は「カレーショップは現代の大衆食堂である」ではなく、「カレーショップは現代の大衆食堂か?」で、「か?」がついていた。そのまま原稿を書いて送り、見出しはこのようになった。

「論考」にしてくれといわれ、このテーマで論考とは、ずいぶんややこしい難しい注文だなあとおもった。

だけど、このライターにこういう企画やテーマをぶつけてみたら、どんなことを書いてくれるのだろうか、とか、なにか出てくるんではないかという、スリリングな期待での原稿依頼というのは、ほとんどないなかで、これはなかなかおもしろい編集者だし、おもしろい仕事だとおもった。

たいがい、食べ物や店や人や場所などの素材があって、書いている。しかも、このライターならアンシンという、無難でラクな選択ばかりが多いなかだ。取材や書く緊張はあっても、素材あってのことだねで、最初から頼りになる素材が選ばれている。

そういうことにならされた脳ミソは、しばらく悩んだ。しかも、論考で、エッセイに逃げることができない。とはいえ、最後はエッセイ風で締めたのだけどね。

とにかく、テーマがテーマだから、料理論や味覚論から離れ、ぶっかけめし論をやりたくなるのもガマンし、さまざまな資料を用いて、大衆と大衆食といわれるカレーの成立期を食堂史のなかに位置づけることをした。

8000字の原稿。

赤田さんと何度かメールのやりとりがあって、その内容も濃く、ひさしぶりに充実した仕事だった。

しかし、考えてみると、中堅クラスから上の出版社では、こういう仕事はできないし、だいいち赤田さんのような編集者がいる場所もないのだからねえ。

この本、1000円は安い。気取らない着飾らない表現で、ぐいぐい対象に迫る、その力強さとカレーカルチャーの真実にふれてほしい。

登場する方が、求道家のような方から、音楽論のようなカレーと人生、あるいは「食堂のおっちゃんになりたいんです」の須田竜さんなど、みなさんスリリングなカレー人生で、人間宇宙はおもしろいなあ、もっと自由に解放的やろうという気になるのだった。

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2017/09/19

毎日新聞「昨日読んだ文庫」。

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9月17日(日曜日)、毎日新聞書評欄の「昨日読んだ文庫」に寄稿したものが掲載になった。絵は、舟橋全二さんです。

「私に料理の構造と機能を気づかせ、忘れられない衝撃と展望をもたらした2冊は中公文庫の現役で、鮮度も衰えていない」と登場するのは、玉村豊男『料理の四面体』と梅棹忠夫『文明の生態史観』だ。

どちらも、1980年代初頭に読んだのだが、『料理の四面体』は鎌倉書房の単行本、『文明の生態史観』は中公叢書だった。それから何度も読んでいる。

『料理の四面体』については、拙著でも『大衆めし 激動の戦後史』など、機会があるたびにプッシュしているが、『文明の生態史観』についてふれるのは、今回が初めてだ。

『ぶっかけめしの悦楽』『汁かけめし快食學』は、『文明の生態史観』に書かれている系譜論と機能論の影響を強く受けていて、その両方の見方をからみあわせながら書いている。

『文明の生態史観』が中公叢書から出たのは1967年で、『料理の四面体』が鎌倉書房から出たのは1980年10月、どちらを先に読んだか覚えていないが、ほとんど同時期に読んだはずだ。

生態史観は1974年9月に中公文庫入りして、いまでも現役だ。すごいなあ、もう古典ですね。四面体のほうは、一時はどうなるかとおもうほど変転があってのち、2010年2月に中公文庫入りした。

料理からみれば、この2冊は、これからのほうが鮮度がよくなるとおもう。

というのも、日本の料理は、もう「和・洋・中」の観念では把握しきれないほどになっていることがある。それから、目的、要素、方法、手段などの組み合わせ(デザイン)で、生活や料理を考える流れが広がっているからだ。

料理や食べ物に関しては、系譜論にもとづく「うまいもの話」「いいもの話」や「職人論」あるいは「属人論」などが、あいかわらず惰性的に続くだろしにぎやかではあるけれど、もっと根本的なところで、系譜論をのりこえる流れも育ってきている。

しかし一方では、系譜論は、いまの日本で、いちばんやっかいな問題を生んでもいる。

『料理の四面体』と『文明の生態史観』が続いている背景には、そういうことがあるだろう。

『文明の生態史観』に収録されている「生態史観からみた日本」には、このようなことが書いている。

(日本の知識人諸氏は)「ほかの国のことが話題になっていても、それ自身としてはあまり興味をおぼえない。自分との比較、あるいは自分自身が直接の話題になったときだけ、心がうごく。あるいはまた、なにごとをいうにも自分を話題の中心にすえないではいられない、ということでしょうか。なんというナルシシズムかと、おどろくのであります」

昨日の「たこつぼ」問題とも関係することだ。系譜論にとりこまれると「たこつぼ」に落ちやすい。

当ブログ関連
2017/09/08
「書評のメルマガ」の『料理の四面体』。

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2017/09/11

おしゃれが野暮か、野暮がおしゃれか。

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おれのような野暮なジジイにはあまり縁がないんだけど、「ユナイテッドアローズ グリーンレーベルリクラッシン」というショップがありますね。東日本JRの駅ビルあたりで店舗展開をしているようです。

そこが発行する「THINK LOCAL」というガイドマップは、店舗がある地域ごとに編集されています。

ユナイテッドアローズのサイトを見ると、「THINK LOCAL」には岡本仁さんが関係しているようですね。見本誌としていただいた静岡版にも、岡本仁さんがコラムを寄稿しています。

ルミネ大宮店にも、グリーンレーベルクラッシンがありまして、大宮版が出来たのですが、なんと、このおしゃれな店のおしゃれなガイドマップに野暮なおれが寄稿しています。

おれは「酒がうまくなる歩き方」というタイトルで、登場する酒場は20年間偏愛し続けている大宮東口駅前の「いづみや」なんですが、酒場の紹介より飲む前のオススメ散歩コースを中心に書いています。

氷川神社周辺の地形を散歩しながら、古代から現代までをめぐり、「人の一生は短いが、多くの人たちの摩訶不思議な長い歴史の一部を生きていると実感する」スポットを紹介しています。

氷川神社周辺のことについては、スソアキコさんの古墳部歩きで得たことが、大いに役に立ちました。

それから、大宮公園の北側にある、街が盆栽公園みたいな盆栽町と、そこにある「さいたま市立漫画会館」と隣接する「さいたま市盆栽美術館」ですが、おれは行かずに馬鹿にしていたのだけど、行ってみたら、すごーく面白いのです。一見の価値があります。

初めて「さいたま市立漫画会館」へ行ったときは、「ここがあの!」とビックリしました。施設名に「北沢楽天記念」とかなんとか入れておいたほうがよかったのに。

明治後期から昭和戦前の庶民の歴史資料を調べるとき、必ず見ることになる漫画雑誌があります。『時事漫画』や『東京パック』ですが、ここに描きまくっているのが北沢楽天で、漫画も面白いけど、内容の資料価値が高く、おれは国会図書館や埼玉県の図書館で何枚もコピーして持っていました。

北沢楽天は「日本の近代漫画の先駆者」といわれていますが、とにかく、昭和の初めの日本が戦争に突っ走りだしたころの、財閥の専横や庶民の苦しみといったものまで、あの時代よくこんな漫画を描けたなあとおもうぐらい、すごい風刺の漫画を描いたりしています。モボモガ風俗の漫画も面白いし、関東大震災前後の世相などじつにわかりやすい。とにかく、明治後期から昭和戦前の世相や風俗を知る上で欠かせない資料なんですよ。

その北沢楽天が大宮出身で、そのアトリエが漫画会館だとは知らなかった。初めて行ったとき驚きました。原画の展示はもちろん、楽天が描いていた漫画雑誌の現物が自由に閲覧できるんですよ。たぶん入館者が少ないからだろうけど、写真も自由に撮影できる。国会図書館まで行っていたおれはトウダイモトクラシの大馬鹿者だったとおもいながら、写真を撮りました。

北沢楽天を映画化、主役予定の俳優がこのあいだヤク問題で暗礁にぶつかり、どうなるかとおもっていたら、イッセー尾形に交替して撮影も終わっているようですね。こちら埼玉新聞のニュースにあります。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2017/05/14/09.html

北沢楽天に力が入ってしまった。

「THINK LOCAL」大宮には、いづみやのほかに、石田エリさんのコラムでは、72時間ドキュメントに登場してメチャクチャ混むようになってしまった「伯爵邸」や、南銀のアヤシイ横丁にある「三悟晶」や、浦和の浦和レッズのたまり場である「力」がアルディージャの大宮へ殴りこみをかけるように出店した「力」など、ちっともおしゃれじゃないけど人気で、いつも混雑している店が登場している。

「おしゃれが野暮か、野暮がおしゃれか」というかんじで、近頃は面白い。もう「おしゃれか野暮か」じゃない。ナニゴトも「二項対立軸」で見ていてはダメですね。ガラガラ変わっている価値観の多様化の流れがみえなくなりますね。まあ、まだ、どっちが「上か下か」「善か悪か」「右か左か真ん中か」みたいな見方が多いのだけど。

と、紹介しても、これ、ルミネ大宮の店でしか配布してません。東京人は東京にいれば何でも手に入るとおもったら大まちがいです。ああ、こんなにいいもの、こんなにいいおれのコラムを読めないなんてかわいそう。

楽天の漫画の写真も載せておきます。ぜひ、漫画会館で現物をご覧ください。楽天のことは、もっとたくさんの方に知ってほしいです。

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2017/08/29

「ホンとの出会い」

少し前のことだが、学校教育関係者の「機関誌」のようなものにエッセイを寄稿した。以前にも寄稿したことがあって、そのときは「食」がらみのテーマをいただいて書いた。

メールで依頼があって書いたのだが、担当の方とはお会いしたことはないし、とくに知り合いがいるわけでなし、学校教育の役所のようにカタクルシイ雑誌だから、おれのような下世話なものに書かせるなんて二度とないだろうとおもっていたのだが、また依頼があった。

今度は「ホンとの出会い」というテーマだ。前回のように、とくに学校や教育を意識する必要はない、ようするにカタクルシイ誌面のなかの息抜きのようなエッセイということなのだ。ただし、「ですます」で書かなくてはならない。

普通には目にすることがない雑誌なので、ここに全文転載しておく。「ですます」で書くと、なんだか小学生の作文みたいで、笑える。


 おかしな言い方かもしれませんが、私が「本を読む」という目的で本を読み始めたのは、新潟県の田舎町の中学1年のときでした。

 中学生になって、部活はしていなかったし、趣味らしい趣味はなく、毎日ヒマを持てあましていました。学校の帰り道に町の公民館があったのですが、小さな普通の民家のような木造二階建ての一階の通りに面したところはガラス窓で中が見えました。そこは「図書室」で本棚に本が並んでいました。通りがかりに見ているうちに、本棚の本が、なんだか「すごそう」に思えました。

 ある日、フラッと入って見ました。外から見えた本棚は、私の背丈以上あり、大きな厚い重そうな本がギッシリ並んでいました。そこで「すごい」と思ったのが始まりでした。
 
 こういう景色は初めてでした。町の本屋さんだって、こんなに大きな厚い本は並んでいません。たぶん小学校にも中学校にも図書室があったと思うけど覚えがありません。いま考えると、ほかにはたいして本がない貧弱な図書室だったから、この本棚に迫力をかんじたのかもしれません。

 そこは「全集」が並んだ棚で、いちばん上に全何巻かの『富士に立つ影』や『大菩薩峠』などがズラリ並び、それから、吉川英治全集があり、世界文学全集や日本文学全集がありました。

 少し興奮していたにちがいない私は、「よーし、これを全部読んでやる!」と決意しました。

 まず、『富士に立つ影』を取り出しました。重い、こんなに重い本は持ったことがない。借りる気になりました。まるで重いから読んでみようと思ったようですが、たしかにそうだったかもしれません。内容なんか気にしませんでした。

 読み始めたらおもしろい。『富士に立つ影』を読んで、次に隣の『大菩薩峠』に手を出しました。これが、みごとに挫折。最初はおもしろかったのですが、しだいに先を読もうという気がしなくなり、新たに借りる気もおきない。そこで世界文学全集を征服することにしました。

 この全集で『モンテクリスト伯』を読んだときは、高校生になっていたかもしれません。高校では山岳部の部活で忙しい毎日でしたが、本を読むのは習慣というか惰性になっていました。

 とにかく、この本で初めて、作者を選んで読むようになったといえます。それまでは、なんとなく棚に並んだ順番に読んでいたわけです。あるいは、読んだことのない作者のものから読むというかんじでした。

 『モンテクリスト伯』のあと、この作者が気になり『三銃士』を読みました。すると、全集にはなかった『二十年後』が読みたくなり、『二十年後』を読み終ると『鉄仮面』が読みたくなり、これらは文庫本を買って読みました。さらに後年この三部作が『ダルタニャン物語』としてまとまって出版されるとこれも読みました。アレクサンドル・デュマ・ペールのおかげで、大作の物語を読むおもしろさにハマったといってよいぐらいです。

 『大菩薩峠』は20代後半に再挑戦し読み切り、吉川英治全集もたくさん読んでいました。30代になっても、厚さで選ぶ、文庫本なら何冊かになるものを読む、「重厚長大主義」は相変わらずでした。厚さが基準なのでジャンルは問いません。マルクスの『資本論』にも挑んだことがあるのですが、3分の1ぐらいで挫折しました。『富豪と大富豪』(早川書房)が厚くて重いうえに、読みこなすのが難儀だったので記憶に残っています。

 「長い」から読む、「厚い」から読む。バカですね。とはいえ、大作・長編・全集を読んでいると関連する小説や歴史や風俗や思想など、その周辺も気になり、テキトウに読んでいました。

 物量作戦のような話しで、あまりスジの通った読書とはいえないでしょうが、老眼が進行し体力も低下したいまでは、若いうちにそういう読書をしておいてよかったと思っています。本を読むにも体力が必要ですし、大作・長編ならではの醍醐味を味わうとなるとなおさらですからね。

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2017/07/03

『Meets Regional ミーツ・リージョナル』をふりかえる。

前のエントリーで「『dancyu』をふりかえる。」をやったら、これをやりたくなった。

またもや、「ふりかえる」ほど大げさなものではなく、仕事のリストだ。

1960年代中頃、大阪に一年間住んで仕事をしたが、それ以外は、遊びやあわただしい出張業務以外は、とくに関西方面とは縁がなかった。

京阪神エルマガジン社ともミーツとも、まったく縁がなかったのだが、編集の藤本和剛さんから突然メールをいただいて、初めて仕事をした。

それから、離れているわりには、別冊(いわゆるムック)も含め、何かと仕事をさせてもらった。

一昨年、「ザ大衆食」のサイトに、「京阪神エルマガジン社『Meets Regional ミーツ・リージョナル』の仕事、まとめ。」のページをつくったのだが、写真を載せ、途中で放置状態になっている。…クリック地獄

以下。クリック地獄は、当ブログ関連です。

初登場、2008年10月号「ザ・めし」特集。特集巻頭エッセイで「茶碗や丼の「街メシ」に、「俺メシ」を獲得する。」と題して書いた。…クリック地獄
訪問した食堂は、大阪市西区の[成金屋食堂]

2009年4月10日発行、ミーツ・リージョナル別冊東京版『東京ひとりめし』…「遠藤哲夫の[信濃路]偏愛話。」…クリック地獄

2009年7月1日発行、ミーツ・リージョナル別冊『酒場の本』…「エンテツのめし屋酒のススメ」。…クリック地獄
訪問した店は、大阪・千日前[お食事処しみず]、大阪・心斎橋筋[心斎橋 明治軒]、神戸・元町[金時食堂]、神戸・相生町[お食事処たからや]、京都・四条寺町[山の家]

2010年7月号「酒」特集…「特別企画<珠玉の酒エッセイ集>」に寄稿。タイトルは、「もっと飲ませろ!」…クリック地獄

2010年12月号「居酒屋」特集…「居酒屋に人が集まる本当の理由シリーズ」に寄稿。タイトルは「新説・居酒屋は“駄菓子屋”だった。」…クリック地獄

2011年3月号「天満」特集…「エンテツ・衣有子の天満のぞき」。…クリック地獄
本誌で「大阪のぞき」を連載(のち2010年4月に単行本になった)の木村さんと一緒に天満を飲み歩き、木村さんは「『わざわざ」の似合わない街に/わざわざ飲みに来た私」を、おれは「市場のなかの街、/街のなかの市場」を書いた。訪問した店は、[お好み焼 千草][肴や][まるしん]。

2011年9月29日発行、ミーツ・リージョナル別冊『関西ご当地めし!』…「私的、B級グルメ 普段のめし、ありふれたものを、おいしく。」を寄稿。…クリック地獄

2012年1月号「ザ・汁」特集…「エンテツの汁かけ論」を寄稿。…クリック地獄

2012年9月号「天王寺」特集…「エンテツの名酒場はしご道。」…クリック地獄
訪問した店は、[種よし][母や][お食事処 でごいち][肴家]。

2015年6月号「大正区」特集…「駅前めし酒場と、エンテツさん。」…クリック地獄
訪問した店は、[海鮮屋台 ゆうだん丸][畑分店][お食事処 三ちゃん][焼とり居酒屋 遊]。

2017年6月5日発行、ミーツ・リージョナル別冊東京版「宮澤賢治の「東京」ノートと神田の食堂。」で「宮澤賢治の「東京」ノートと神田の食堂。」を書いた。…クリック地獄
訪問した店は、神田神保町[ランチョン]、神田多町[栄屋ミルクホール]、外神田[かんだ食堂]

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2017/06/30

『dancyu』をふりかえる。

「ふりかえる」というのは大げさだ。

前にも書いたように、『dancyu』の編集長は、この6月6日発売の7月号を最後に交替する。7月号までは、江部拓弥さんが編集長だった。

編集長の交替を期に、チョイと『dancyu』でした仕事のリストをつくってみようと思ったにすぎない。ついでに、当ブログの関連するエントリーにリンクもはろうかと思っている。

おれが初めて『dancyu』の仕事をしたのは、江部編集長の前の町田成一編集長の時代だ。

おれは、いわゆる「グルメ」とは一線を画している、まさか『dancyu』から依頼があるとは思っていなかった。

編集部にも、発行会社であるプレジデント社にも、なんのコネも知り合いもない。トツゼン、杉渕水津さんという編集さんにメールをいただいた。

2011年2月号は味噌汁特集で、味噌汁ぶっかけめしの話を入れたいという趣旨だった。おれの汁かけめしの本を読んでのことだったが、おれが『dancyu』でいいのかなあと思った。でも、頼まれたらホイホイやるのがフリーライターというものだ。

その単発で終わると思っていたら、たまーに声がかかった。おれは大部屋俳優みたいなものだから、自分からネタ出しやアプローチをするようなこともなく、声がかかったら出動する。とくに親しくなるわけでもなく、仕事はキチンとこなし、淡々とした関係できた。

2008年にリーマンショックがあって、日本経済全体が落ち込んだ。出版もだが、飲食業は、大きな打撃を受けた。そういう背景もあってだろう、『dancyu』で取り上げる店が、平均客単価の低い方も含めるようになった。というわけで、おれにも声がかかることがあったのだろうと思う。

しかし、細々とした関係であり、これからは、わからない。おれもトシだしね。これまでのリストをつくっておくには、いい機会だ。

以下。読者のみなさんに少しでもたのしんでいただけたのなら幸いだ。

2011年2月号 「味噌汁」特集……みんなの「味噌汁ぶっかけめし」…クリック地獄

2011年12月号 「ポテサラ」特集……新橋立ち呑み…クリック地獄

2012年5月号 「肉」特集……サラリーマンのための肉食案内…クリック地獄

2012年6月号 「1000円グルメ」特集……メンチか海老フライか…クリック地獄

2012年8月号 「カレー」特集……栄屋ミルクホールのカレーライス…クリック地獄

ここまでは、町田編集長の時代。
以下は、江部編集長の時代。

2013年4月号 「うどん」特集……うどん食堂本日開店!…クリック地獄

2013年7月号 「居酒屋」特集……千住・大はし…クリック地獄

2014年11月号 「東京」特集……東京の味ってどんな味…クリック地獄

2015年2月号 「日本酒」特集……あの人、この盃 呑みたくなる酒器…クリック地獄

2015年5月号 「中華」特集……新宿・岐阜屋…クリック地獄

2016年1月号 いい店って、なんだ?……歌舞伎町・つるかめ食堂…クリック地獄

2016年2月号 「ラーメン」特集……笹塚・福寿…クリック地獄

2016年10月号 ウマい町No.46……栃木 佐野いもフライ…クリック地獄

2016年11月号 第二特集「焼売」……駒場東大前・菱田屋…クリック地獄

2017年5月号 第二特集「春巻」……表参道・青山蓬莱、新小岩・東京はるまき…クリック地獄

2017年7月号 「酒場」特集……北浦和・居酒屋ちどり…クリック地獄

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