2017/06/03

東京新聞「大衆食堂ランチ」55回目、小岩・ラーメン餃子三平。

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もう6月になってしまった。ブログの更新もせずにでれでれ過ごしているうちに月日はミサイルの速さで去り気がつけば棺桶の中、ってなことになるか。ミサイルの速さってどれぐらいか知らないけど、矢よりは速そう。

先月の第三金曜日19日は、東京新聞に連載の「大衆食堂ランチ」の掲載日だった。今回は、小岩の「ラーメン餃子三平」だ。こちら東京新聞のサイトで本文をご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017051902000166.html

この店は、この一年間ぐらい、最もよく行っている店だ。つい先日28日も行ったばかり。というのも、小岩の野暮酒場で飲んだあと野暮一同で行くからだ。

ここは大ハコだから、野暮が10人ほどまとまって入っても座れるということもあるが、店内の猥雑感がいい。「ラーメン餃子」を謳うが、安い中華のメニューが充実している、それにボールが安い。帰りの電車ギリギリまで過ごす。

小岩は、都内で一番おもしろい街だと思う。最近、タワーマンションが一棟建ったが、そんなことではビクともしない猥雑な生命力がある。

秋葉原から総武線に乗ると、隣の新小岩までは再開発による「新郊外化」が進んでいるのがわかるが、小岩はその流れから独立している。前回、2017/05/20「東京新聞「大衆食堂ランチ」54回目、葛飾区・ときわ食堂金町。」に書いたように、「国境の町」の情緒がある。ま、外国人も多く、エスニック系料理では都内屈指の人気店もある街なのだが。

とにかく、猥雑な生命力たるや、小岩駅北口そばにあるヨーカドーすらワイワイザツザツに飲みこんでしまう街なのだ。

010その小岩の象徴的存在、南口そばの横丁「地蔵通り」に、「ラーメン餃子三平」はある。この通りで最も猥雑な生命感にあわふれている店だと思う。

「植むら」「阿波屋」「くるま」など、いい居酒屋が揃っている。最近は立ち飲みもできたし、業務スーパーもできたし、いい味を出しているおやじが店先に立つ古い店舗型風俗営業店もある。短い狭い通りに、さまざまな業種や業態が密集している。

書くのに力が入ってしまった。小岩へ行って三平で飲み食いしていると、こじゃれた大都市に吸い上げられそうな生命力がよみがえるのだな。

小岩には、古い、いわゆる和食メニューもある大衆食堂が何軒かあったが、みな無くなってしまった。

そういえば、以前、もう10年ぐらいになるかなあ、それらの大衆食堂があった頃、小岩からバスを乗り換え池袋までというのをやった。都バス一日券を買って、小岩から錦糸町、錦糸町から浅草、浅草から池袋というぐあいだ。

とにかく、小岩は、安く飲めるし、たのしくおもしろい街だ。

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2017/05/20

東京新聞「大衆食堂ランチ」54回目、葛飾区・ときわ食堂金町。

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今月の掲載は昨日だったのだが、まだ先月の分もここにアップしてなかったと気づき、とりあえず先月21日の朝刊に掲載の分を。

東京新聞のサイトは、すでに掲載していて本文をご覧いただける。たいがい当日のうちにアップされているようだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017042102000180.html

ときわ食堂は今回で6店目。

葛飾区には、ときわ食堂が多いような気がする。金町は常磐線沿線であり、この沿線からは以前、亀有のときわ食堂を取り上げている。亀有には、ときわ食堂とは関係ない常磐仙食堂もあり、「常磐仙」は「じょうばんせん」と読むが、ここも以前取り上げている。

葛飾区の北域を走る常磐線には、綾瀬、亀有、金町と大きな町が続いている。それぞれ個性があっておもしろい。綾瀬の駅北側は足立区であり、亀有の北側はいくらか葛飾があって足立と隣接している、金町はそっくり葛飾だが常磐線の次の駅は江戸川を渡り千葉県松戸になる、という地理も関係しているようだ。

金町に野暮な女がいて、小岩に野暮な男がいて、彼らは、小岩も総武線の次の駅は江戸川を渡り千葉県市川になるから、金町も小岩も「国境の町」だと言った。なるほど独特の情緒がある。

ふりかえって見ると、成増の食堂を取り上げたときも、ちょっと独特な空気を感じ、「成増は池袋から東武東上線準急で10分ほどだが、都心とも郊外とも違う独自のカラーを感じる町だ」と書いている。

成増の次は埼玉県和光になる。川は渡らないが、「国境の町」だ。成増も小岩も金町も、独立の「地方都市」という感じがするのだ。

ほかの「国境の町」も気になるのだが、それはともかく、ときわ食堂金町は、おそらく東京の最東北に位置するときわ食堂になるのではないかと思う。

ま、本文を読んでください。

008001ときわ食堂の前には自転車が一台とまっていた。前にちょろっと書いたと思うが、大衆食堂の前の自転車は、なんだか意味がありそうだ。地元に愛されている「安心」のしるしとして見ることができるかもしれない。

しかし、大衆食堂と自転車の関係には、もっとナニカありそうだと思ったのは、最近、昭和の初めの頃の、大衆食堂の原型ともいえる東京都の公衆食堂に関する資料を調べていたときだ。

それは当時の新聞記者が公衆食堂で食べて書いたものだが、「「自転車に気をつけて下さい」の掲示が自転車に乗ってくる階級の多い事を如実に示している」と書いているのだ。いうまもでなく、当時は、いまよりはっきりした階級社会だった。ゆとりある知識階級の記者が、このような階級的現象に眼をとめるぐらい、階級社会だった。いまはどうだろう。

大衆食堂と自転車の関係は、大衆食堂の勃興の頃からだった。

この連載の食堂の外観写真にも、けっこう自転車が写っている。

気になっている。

それはそうと、野暮な人たちが言っていた「国境の町」という表現は、この金町では使わず、昨日掲載の小岩の「ラーメン餃子三平」で、小岩を「国境の町」として書かせてもらった。

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2017/04/10

『画家のノート 四月と十月』36号と「理解フノー」。

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美術同人誌『画家のノート 四月と十月』36号(つまり今年の4月号)が届いた。

表紙の作品は同人の加藤歩さん。加藤歩さんは、作家紹介を見ても、とくに「肩書」はない。「1976年熊本生まれ。旅人と詩人の雑誌『八月の水』に詩を寄稿。宮城県仙台市在住」とあるだけだ。

001詩人なのかと思ったが、「表紙の作品について」を読むと、表紙のお手玉の写真は、ご自分でお手玉を作って撮影したらしい。ま、「肩書」による属性なんて、どうでもよいのだ。

「…について」には、「てんやのおもち」というわらべうたの話がある。お手玉遊びの一種らしいのだが、「これをやるとこどもたちはいつも笑いころげ、「もう一回!」と目をきらきらさせていう」と、その情景が浮かぶような文だ。

おれが高校を卒業して上京する前の新潟の田舎では、周囲で女の子たちがお手玉をする風景が普通にあったが、「てんやのおもち」のことは知らない。

いつもの同人のみなさまの「アトリエから」を見ながら、近況などを知る。あいかわらず大いに活躍しておられる。

しかし、今号で見る同人のみなさまは、なんだかミョーに落ち着いた感じで、「優雅」とはちがうが、「好きなことをやって充足している私の生活」的な趣きがただよい、アグレッシブにしてパンキッシュな何かを感じさせる趣きがあまり感じられない。なんとなく、そこはかとなく、おだやかな平和な水の中で暮らしているような、落ち着きがただよう。

ま、そうそういつも、もだえたり切実なことに向かい合っていては、若くてもくたびれはてちゃうからなあ。でも。あるいは、おれが「切実」を求めてすぎているのかも知れない。

従来の連載に加え、ふたつ、新しい連載が始まった。小坂章子さんの「珈琲」と、本誌の中頁デザインを担当している青木隼人さんの「ギター」だ。

おれの連載「理解フノー」は、18回目で「「バブル」の頃① 錯覚」だ。「①」とある通り、続くのだ。全3回の予定だが、はたしてどうなるか。半年に1回で3回連続なんて、その間にいろいろあって気が変わりそう。だいたい生きている保証もない。

生きている保障もないといえば。

最後の見開きは、同人のみなさまによる「雑報」なのだが、扉野良人さんが「扉野良人と砂金一平さん」の題で書いていることに驚いた。胸のへんが痛んだ。

2月12日、市川市で「古書スクラム」という古書店やっていた砂金一平さんが亡くなられたというのだ。41歳の若さ。

扉野さんは、こう書いている。

「一度も会ったことなく、この夏、下鴨古本祭りで会う約束をしていた。一平さんのFBを遡ると十月三十日に、「なんの関係(「関係」に傍点)もない二冊を読了!」と、プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』とエンテツさんの『理解フノー』を挙げていた。一平さんは「人間という生物とそれらがつくり出した世界については理解フノー」だと自分の内と外を見渡している。関係(「関係」に傍点)はある。ここにいるわけを、レーヴィもエンテツさんも一平さんも追い求めている。未来の友人に会いたかった。」

砂金一平さんは、ツイッターでも同様の内容をインスタグラムの書影と共にツイートしていて、おれはRTしていたのだった。

古書肆スクラム。(砂金)‏ @move_on_bench
なんの関係もない二冊を読了。関係はないけれど、人間という生物とそれらがつくり出した世界については理解フノーである。「アウシュビッツは終わらない」は人類必読の書。 https://www.instagram.com/p/BMKl2rkgpa-/
8:36 - 2016年10月30日
https://twitter.com/move_on_bench/status/792510367754809344

砂金さんのツイッターは、12月4日で終わっている。その日のツイート。

古書肆スクラム。(砂金)‏ @move_on_bench
体調がイマイチ。というか、こんなものなのかもしれないけれど、あゝ辛い。すべてがやっとの生活だけど、やっと暮らせているだけ、まだましか。弱音は吐くけど、負けてはいない。そういうメッセージ。
11:50 - 2016年12月4日
https://twitter.com/move_on_bench/status/805242836874498048

おれも砂金さんに会いたかった。合掌。

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2017/03/31

東京新聞「大衆食堂ランチ」53回目、石神井公園・ほかり食堂。

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毎月第三金曜日の新聞掲載後こちらのブログにアップするのが遅れている東京新聞の「大衆食堂ランチ」、今日3月31日までに3月分をアップすれば、遅れを取り戻すことができる。と思いながら今日になった。

だけど、出かけなくてはならないので余裕がない。写真をアップしておいて、明日以後書き足すとしよう。カタチだけの当月処理、今日は年度末でもあるな。

本文は、すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017031702000194.html

とにかく、この商店街には、数十メートルのあいだに2軒、昭和の風情の食堂が並んでいるのだから、いまや、珍しい風景といえるだろう。

しかも客に、地元の高校生らしい制服姿の男女が2人がいるのに遭遇した。ああ、いい青春。この景色もめったにないことで、当連載では初めてだ。

ってことで、あとは明日以降、ここに追記します。

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2017/03/26

東京新聞「大衆食堂ランチ」52回目、王子・山田屋。

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2月の第3金曜日17日は東京新聞の連載「大衆食堂ランチ」の掲載日だった。すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017021702000188.html

大衆酒場ファンのあいだで人気の山田屋は、朝8時に開店し、13時から16時までの休憩をはさんで夜21時まで営業する、酒場でもあるが食堂でもあるのだ。この早朝営業や店の造りに、「昭和の東京は、いたるところ労働者の街だった」名残りをよく残している。

2014年12月19日の「大衆食堂ランチ」では新丸子の「三ちゃん食堂」を取り上げたが、そこでは「東京の四方に比較的大きな箱と豊富なメニューの人気店があるのは偶然か?」と書いている。「北は大宮の「いづみや」、東は町屋の「ときわ」、南は「丸大ホール」、そして西は、この食堂だ」というわけだ。

北は「いづみや」をあげているが、都内で見れば、この山田屋になる。

これらの食堂は、工場と労働者が多かった地域にあって、働く人びとの生活の物語を豊富なメニューと広い空間や早朝営業に蓄えてきた。

1980年代ぐらいからこちら、働く生活と食生活の関係は、必ずしも良好な関係とはいえない。労働者とその生活は、少しないがしろにされてきたといってよいだろう。

それは、2016/12/15「「大衆」は葬り去られなかった。日本経済新聞の記事を読む。」で指摘されているように「『大衆』は一度、葬りさられた」歴史と関係がある。

でも、「大衆」は葬り去られなかったのであり、山田屋などの存在はその証でもあるだろう。

それでは大衆の未来、これからはどうなるのだろうか。気になるところだが、それはともかく「銀だら」のことだ。

銀だらの煮付けは、かつての大衆食堂では定番といってよいほど、安くてうまい気楽なおかずだったが、いまではめったにお目にかからない高額品になった。

そのへんの事情は、ぼうずコンニャクさんの「市場魚貝類図鑑」にある。日本人の「近年の脂嗜好から、高騰」したとのこと。
http://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%A9

肉に限らず、嗜好が脂に傾斜しているのだ。まぐろのトロ人気も同じことだろう。はたして「脂嗜好」を「洋風化」といえるのか。近代日本食の流れを読まずに、「和風」「洋風」の観念に固執していては実態を見誤るだろう。

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2017/03/01

東京新聞「大衆食堂ランチ」51回目、秋葉原・かんだ食堂。

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3月1日なってしまった。ブログの更新はサボりだすと切りがない。

1月の第3金曜日、21日に掲載のものを、ようやっとここにアップする。ずいぶんほったらかしにしてごめんよ。

もちろん、すでに東京新聞のWEBサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017012002000161.html

秋葉原の「やっちゃば」が姿を消してから20年以上がすぎた。その跡地に秋葉原UDXが開業したのが2006年だそうだ。かんだ食堂の道一本へだてた隣の、かつて「やっちゃば」があった場所には、それがそびえている。だが、かんだ食堂は負けてはいない、大にぎわいだ。

012秋葉原名物だった「電気街」の面影も、かなり縮小し姿を変えているが、神田の土地の秋葉原は、したたかに呼吸しているようだ。「大」がのさばろうとしても、「中」「小」を駆逐しきることはできない。てなことを強く感じる。

かんだ食堂の昼の営業は、11時から15時半だが、いつも混雑している。ときには、1人分しか席がなかったこともある。その雑駁な熱気は、かつての「やっちゃば」の空気が続いているかのようだ。皿にタップリ盛られたおかずが、カウンターに重なるように置かれた風景は、まさに市場的。それが、次々になくなる。

盛りが半端じゃない。カレーライスなどは、たっぷりのライスの上に、たっぷりのカレーのカタマリが帽子のようにのっている。カレーが汁というよりカタマリで、ライスの山を流れ落ちていないのだ。

生姜焼きだって、山盛りだ。

70歳過ぎたおれは慎重にならざるをえないが、それでも体調万全なら、完食できる。

この日は、正月の酒の飲み過ぎで、無難を選んだ結果、山かけになった。からだによい選択で、うまく食べられた。

とろろは、昔の大衆食堂では定番どころか看板にしていた店も少なくなかった。

それで思い出したが、もしかすると、旧赤線・青線の近くの大衆食堂では、とくに、とろろが看板になっていたような気がするのだが、おれの思い過ごしだろうか。

電気街の残存店、新しいブームの免税店やメイド喫茶、いろいろが混在する市場的な秋葉原は、これからどうなっていくのだろう。かんだ食堂から見て行きたい。

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2017/01/10

東京新聞「大衆食堂ランチ」50回目、早稲田・キッチンオトボケ。

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先月12月の第三金曜日は16日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。今回は、早稲田のキッチンオトボケでミックスフライ定食を食べた。

すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016121602000183.html

大衆食堂というと、かつて1970年代ぐらいまでは「学生街」が話題になったが、近年は「学生街」という特徴そのものが「東京」に埋没してしまい、早稲田に限らず、都内では「学生街」といわれるほどの特徴を持った街並は大きく変貌した。キッチンオトボケのあるあたりは、マンション街といったほうがよい。

もちろん学生の風俗も変わっているのであり、学生相手の大衆食堂も変わった。ある店は姿を消し、ある店はリニューアルで生き残っている。

キッチンオトボケは、リニューアル組で、早稲田の学生にはよく知られている食堂だ。この掲載があってからも直接耳にしたが、おれの周辺にも、学生時代によく利用していましたというひとが何人かいる。

リニューアルで「カフェ風」のスタイルになったが、「カフェ風」であり「カフェ」ではない。やはり「学生食堂風」ではあるのだ。中央部は、大きなテーブルが並び、周辺の壁に向かって一人掛けの長テーブル。なにより、メニューが「カフェめし」なんぞではなく、しっかりめしを食う定食だ。

近代つまり資本主義と上手な付き合い方をしてきたとは言い難い日本人のインテリ層には、「効率」や「マーケティング」や「金儲け」を「悪」と見下すような考えや発言があとをたたないが、都内の駅近くの飲食店で効率やマーケティングを無視した商売は成り立たない。

だいたい、「効率」や「マーケティング」を非難する店主が経営する書店だって、「商売になる場所」で「商売になる棚づくり」をし「売れることをあてこんで作られた本」を並べている。

キッチンオトボケは、効率を追求しながらも、厨房と客席とメニューのバランスが、うまく設計された店舗だ。自分が食堂をやるなら参考になる点が多かった。

学生たちは効率に追い立てられることなく、好きなようにこの空間を利用している。ビール中瓶が600円ぐらいだったと思うが、それを飲んだりしながら。おれは「ほったらかし」というサービスについて考えた。

ジャーナリズム的な言い方で、若者の「コメ離れ」が言われて、たしかに若くなるほど米の消費量は少なくなっているようだが、ここで見ている限り、若者たちは、しっかりたくましくめしを食べていた。そういう若者にとって、肉やフライ類は心強い味方にちがいないし、もし日本に洋食やラーメンなどの中華がなかったら、なんと味気ないツマラナイ食事だろうと思うのだった。「和洋中」の近代日本食は、日々の楽しい食事の必然だったといえる。

それはともかく、キッチンオトボケの前の信号は「馬場下町」なのだ。何度か書いているように、古い生き残りの食堂は坂の上より下にあるという法則性が、やはりあるのだろうか。

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2016/12/16

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」に読者投稿。

007001毎月第三金曜日に東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」は、今年の10月で4年が過ぎた。

よく続いているなあと思うが、4年で48回、48店の掲載だから、数にしたらたいしたことはない。でもまあ、なんでもあまり続かないおれにしては、よく続いている。

先週の金曜日9日の東京新聞の読者投稿欄「発言」に、読者の投稿が載ったからと本紙が送られてきた。読者の反応は、新聞社のほうにファックスをいただいたりしているが、本紙に投稿が載ったのは初めてだ。まさかこのような小さな連載に投稿があって、それが載るなんて思っていなかったから、驚いた。

「大衆食堂紹介今後も続けて」のタイトルで、69歳の方の投稿だ。おれは73歳だから、ま、前期高齢者の「御同輩」という感じだろうか。

ありがちな懐古礼賛、昔はよかった話はなく、「どんなにぜいたくをしても千円をまず超えません」と大衆食堂を楽しんでいる様子に、ほおがゆるむ。

「記事に引かれて入った食堂がもう十三軒にもなりました」

「時には昼酒が過ぎて店主にたしなめられることもありました」と、オイオイそりゃ楽しみ過ぎじゃないか、いいねえ。

でも、おれも大衆食堂でシミジミ思うが、70年とか生きて、こういう平凡なよろこびが得られるのは、いいんじゃないかと思う。まさに一大衆のよき人生の一こま。

この連載は、本文400字と店データ100字ほどで書かなくてはならない。先日の『理解フノー』出版記念会のとき岡崎武志さんとも話したが、この長さは難しい。どうしても盛り込まなくてはならない「情報」が、一定量を占めてしまうからだ。書く前の思考に時間が費やされる。

連載だと、本にするのを前提や願望にして書くことがあるけど、おれはそんなことはまったく考えずに書いている。本にするのを前提にすると、対象のセレクトや書き方に条件がついて、一軒一軒にふさわしい自由な視点や形で書けなくなる。

文章は、前にも書いたように擬音語や擬態語を使ったことはあるが、なるべく表現的な技巧は使わず平易かつ凡庸に書くようにしている。

平易かつ凡庸でありながら、なんだか魅力を感じる。そういう文章を思考錯誤している。毎回。これは「ありふれたものをおいしく食べる」思想や方法に通じる何かがありそうだ。

鋭さや気のきいたところがない文章は、地味な生活みたいで、あまりもてはやされない。だけど、それで点をとれるようでなければ、フリーライターではないだろう。そういうツマラナイことを考えながら4年が過ぎた。

少しでも時代や人に先んじようとガムシャラな人には、刺激にならないツマラナイ文章かもしれない。あるいは、ガムシャラに疲れた人には好ましいかもしれない。

ところで、この読者は、インターネットはやってないようで、店の場所を駅前交番で聞いたりしている。かりにインターネットをやっていても、駅前交番あたりで聞くのは楽しい。おれもときどき、「このへんに古い食堂ないですかねえ」と、ヒマそうな巡査に聞いたりする。

投書の最後に「お店情報には電話番号もぜひ入れてください」とあった。

これが難しいんだなあ。電話番号を入れるのを嫌がる食堂もある。電話番号、お客さんのためにはなるかもしれないが、セールスなど電話番号を利用するのはお客さんじゃないことのほうが多く、それが小人数でやっているお店には負担になる。

住所と地図でたどりつくことを楽しみにしていただいたほうが、連載も続けやすい。

さて、あとどれだけ続くか。

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2016/12/07

東京新聞「大衆食堂ランチ」49回目、中野・キッチンことぶき。

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11月の第三金曜日の18日は、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だったのだが、ブログをさぼりまくっているうちに、12月になってしまった。

すでに東京新聞のWEBでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016111802000160.html

ここは、JR中野駅北口のサンモールの東側2番街にあるのだが、東京オリンピックの1964年に開業した。中野ブロードウェイができたのは、それから2年後だ。

ブロードウェイができて間もなくの頃から、おれは中野へよく行くようになった。というのも、サンモールの東側は、まだあまり商店もなく、薄暗い住宅街が広がり、路地も舗装されてないところが多かったのだが、その中に何店か、スキーと山用品の店があったからだ。

どの店も山好きの主人が、自分の家の玄関のタタキでやっているような小さな店だった。当時、金と休暇のほとんどを山に注ぎこんでいたおれは、それらの店を見て歩き、山好きの主人や客たちと山の話をし買い物をするのが楽しみだった。なかには、のちに登山家として有名になった人の店もあった。

その頃すでに、「キッチンことぶき」の前身である「ことぶき食堂」はあったはずだが、知らなかった。2番街あたりは歩いたことがなかったのだ。

80年代後半、千駄ヶ谷に住んでいた頃、中野でもよく飲むことがあり、ことぶき食堂にも顔を出すようになった。かつての山用品の店のように玄関のタタキを店にしたような、小さな食堂だった。

たしか2000年頃は、まだ先代のお年寄り夫妻がやっていたと思う。

いつだったか、前を通ったら、「キッチンことぶき」に店名が変わっていた。一度入ってみたが、うーん、継承やリニューアルは難しいものだなと思い、それから足が遠のいた。

だけど、中野には関係するゲストハウスもあるので、あいかわらずこの周辺で飲むことがあった。この店の前を通るたびに、大丈夫かなと気になって見ていると、店の前に出しているメニュー書きなど、なんだか少しずついい感じになって見える。

012とにかく続いているかぎり、そこに何か続くワケがあるはずだと思い入ってみた。そしたら、なかなかよい。建物は昔のままの住宅で、店内だけ改装し、小さい店の割りにメニューも豊富だ。この周辺は、飲み屋ばかりできて、しかも入れ替わりが激しい。落ち着いてシッカリめしを食えるところが少ないから、これは有難い。

だけど、サンモールを中心にチェーン店が次々と出店、競争は厳しいだろう。中野駅周辺自体が、大規模再開発が続き、大きな変化の波が押し寄せている、いつまでも続いて欲しいと願わずにいられない。

中野の山とスキーの店は、少しずつ減っていき、数年前、ついに最後の一店も閉店した。

ところで、サバ半身を煮たのとキンピラがたっぷりあって、若かったら、これで丼めしをおかわりして食べるところだが、いまじゃもうダメだ。悔しいなあ。

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2016/11/05

東京新聞「大衆食堂ランチ」48回目、成増・やまだや。

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東京新聞に毎月第三金曜日の連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」、先月は21日が掲載日だった。

今回は、成増のやまだやさん。すでに東京新聞のWEBサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016102102000207.html

017001ここは、余計な説明をするより、写真だけのほうが、そのよさが伝わるのではないだろうか。いつもは、これから初めて行くひとの楽しみを奪ってはいけないので、ここに店内の写真はなるべく載せないようにしているのだが。

おもしろいことに、成増の駅は台地の上にあって、北口に出ても南口に出ても、下り坂がある。やまだやは、南口を出て「スキップ村」商店街のアーチをくぐり、坂を下った先にある。

027やはり、古くて生き残っている食堂は、台地の上より坂下に多いという「法則」が成り立つか。

それから、前から気になっているのだが、店の前の自転車も、なにかを暗示しているように思う。

本文に書いたように、おれは「カツ煮」にヨワイ。これがあると、反射的に頼んでしまう。そういうことで、この連載では、亀有のときわ食堂から二回目の「カツ煮」の登場となった。

お店の方がおっしゃるには、この掲載のあとカツ煮の注文が増えたそうだ。これを見て行った方かどうかはわからないが、掲載のあとは、ここに登場のものを注文するひとが増える傾向はあるようだ。

おれは、べつにオススメの意味で選んでいるわけじゃないし、お店の方にオススメを聞いて注文しているわけでもない。もし、この連載を見て、オススメと思われるのは困るなあと思う。

いつだって、自分の食べたいものを注文すればよいのに。

入り口に「酒酔い及び泥酔者の入店をお断り致します」の貼り紙がある。だけど、酒のつまみがけっこう揃っているし、酒も大衆食堂にしては種類があって、飲みたくなる食堂なのだ。

見出しは、デスクの方がつけるのだが、今回はちょっとアレッな感じがした。

前回は
2016/09/26
東京新聞「大衆食堂ランチ」47回目、新宿・岐阜屋。

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より以前の記事一覧