2017/03/26

東京新聞「大衆食堂ランチ」52回目、王子・山田屋。

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2月の第3金曜日17日は東京新聞の連載「大衆食堂ランチ」の掲載日だった。すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017021702000188.html

大衆酒場ファンのあいだで人気の山田屋は、朝8時に開店し、13時から16時までの休憩をはさんで夜21時まで営業する、酒場でもあるが食堂でもあるのだ。この早朝営業や店の造りに、「昭和の東京は、いたるところ労働者の街だった」名残りをよく残している。

2014年12月19日の「大衆食堂ランチ」では新丸子の「三ちゃん食堂」を取り上げたが、そこでは「東京の四方に比較的大きな箱と豊富なメニューの人気店があるのは偶然か?」と書いている。「北は大宮の「いづみや」、東は町屋の「ときわ」、南は「丸大ホール」、そして西は、この食堂だ」というわけだ。

北は「いづみや」をあげているが、都内で見れば、この山田屋になる。

これらの食堂は、工場と労働者が多かった地域にあって、働く人びとの生活の物語を豊富なメニューと広い空間や早朝営業に蓄えてきた。

1980年代ぐらいからこちら、働く生活と食生活の関係は、必ずしも良好な関係とはいえない。労働者とその生活は、少しないがしろにされてきたといってよいだろう。

それは、2016/12/15「「大衆」は葬り去られなかった。日本経済新聞の記事を読む。」で指摘されているように「『大衆』は一度、葬りさられた」歴史と関係がある。

でも、「大衆」は葬り去られなかったのであり、山田屋などの存在はその証でもあるだろう。

それでは大衆の未来、これからはどうなるのだろうか。気になるところだが、それはともかく「銀だら」のことだ。

銀だらの煮付けは、かつての大衆食堂では定番といってよいほど、安くてうまい気楽なおかずだったが、いまではめったにお目にかからない高額品になった。

そのへんの事情は、ぼうずコンニャクさんの「市場魚貝類図鑑」にある。日本人の「近年の脂嗜好から、高騰」したとのこと。
http://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%A9

肉に限らず、嗜好が脂に傾斜しているのだ。まぐろのトロ人気も同じことだろう。はたして「脂嗜好」を「洋風化」といえるのか。近代日本食の流れを読まずに、「和風」「洋風」の観念に固執していては実態を見誤るだろう。

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2017/03/01

東京新聞「大衆食堂ランチ」51回目、秋葉原・かんだ食堂。

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3月1日なってしまった。ブログの更新はサボりだすと切りがない。

1月の第3金曜日、21日に掲載のものを、ようやっとここにアップする。ずいぶんほったらかしにしてごめんよ。

もちろん、すでに東京新聞のWEBサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2017012002000161.html

秋葉原の「やっちゃば」が姿を消してから20年以上がすぎた。その跡地に秋葉原UDXが開業したのが2006年だそうだ。かんだ食堂の道一本へだてた隣の、かつて「やっちゃば」があった場所には、それがそびえている。だが、かんだ食堂は負けてはいない、大にぎわいだ。

012秋葉原名物だった「電気街」の面影も、かなり縮小し姿を変えているが、神田の土地の秋葉原は、したたかに呼吸しているようだ。「大」がのさばろうとしても、「中」「小」を駆逐しきることはできない。てなことを強く感じる。

かんだ食堂の昼の営業は、11時から15時半だが、いつも混雑している。ときには、1人分しか席がなかったこともある。その雑駁な熱気は、かつての「やっちゃば」の空気が続いているかのようだ。皿にタップリ盛られたおかずが、カウンターに重なるように置かれた風景は、まさに市場的。それが、次々になくなる。

盛りが半端じゃない。カレーライスなどは、たっぷりのライスの上に、たっぷりのカレーのカタマリが帽子のようにのっている。カレーが汁というよりカタマリで、ライスの山を流れ落ちていないのだ。

生姜焼きだって、山盛りだ。

70歳過ぎたおれは慎重にならざるをえないが、それでも体調万全なら、完食できる。

この日は、正月の酒の飲み過ぎで、無難を選んだ結果、山かけになった。からだによい選択で、うまく食べられた。

とろろは、昔の大衆食堂では定番どころか看板にしていた店も少なくなかった。

それで思い出したが、もしかすると、旧赤線・青線の近くの大衆食堂では、とくに、とろろが看板になっていたような気がするのだが、おれの思い過ごしだろうか。

電気街の残存店、新しいブームの免税店やメイド喫茶、いろいろが混在する市場的な秋葉原は、これからどうなっていくのだろう。かんだ食堂から見て行きたい。

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2017/01/10

東京新聞「大衆食堂ランチ」50回目、早稲田・キッチンオトボケ。

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先月12月の第三金曜日は16日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。今回は、早稲田のキッチンオトボケでミックスフライ定食を食べた。

すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016121602000183.html

大衆食堂というと、かつて1970年代ぐらいまでは「学生街」が話題になったが、近年は「学生街」という特徴そのものが「東京」に埋没してしまい、早稲田に限らず、都内では「学生街」といわれるほどの特徴を持った街並は大きく変貌した。キッチンオトボケのあるあたりは、マンション街といったほうがよい。

もちろん学生の風俗も変わっているのであり、学生相手の大衆食堂も変わった。ある店は姿を消し、ある店はリニューアルで生き残っている。

キッチンオトボケは、リニューアル組で、早稲田の学生にはよく知られている食堂だ。この掲載があってからも直接耳にしたが、おれの周辺にも、学生時代によく利用していましたというひとが何人かいる。

リニューアルで「カフェ風」のスタイルになったが、「カフェ風」であり「カフェ」ではない。やはり「学生食堂風」ではあるのだ。中央部は、大きなテーブルが並び、周辺の壁に向かって一人掛けの長テーブル。なにより、メニューが「カフェめし」なんぞではなく、しっかりめしを食う定食だ。

近代つまり資本主義と上手な付き合い方をしてきたとは言い難い日本人のインテリ層には、「効率」や「マーケティング」や「金儲け」を「悪」と見下すような考えや発言があとをたたないが、都内の駅近くの飲食店で効率やマーケティングを無視した商売は成り立たない。

だいたい、「効率」や「マーケティング」を非難する店主が経営する書店だって、「商売になる場所」で「商売になる棚づくり」をし「売れることをあてこんで作られた本」を並べている。

キッチンオトボケは、効率を追求しながらも、厨房と客席とメニューのバランスが、うまく設計された店舗だ。自分が食堂をやるなら参考になる点が多かった。

学生たちは効率に追い立てられることなく、好きなようにこの空間を利用している。ビール中瓶が600円ぐらいだったと思うが、それを飲んだりしながら。おれは「ほったらかし」というサービスについて考えた。

ジャーナリズム的な言い方で、若者の「コメ離れ」が言われて、たしかに若くなるほど米の消費量は少なくなっているようだが、ここで見ている限り、若者たちは、しっかりたくましくめしを食べていた。そういう若者にとって、肉やフライ類は心強い味方にちがいないし、もし日本に洋食やラーメンなどの中華がなかったら、なんと味気ないツマラナイ食事だろうと思うのだった。「和洋中」の近代日本食は、日々の楽しい食事の必然だったといえる。

それはともかく、キッチンオトボケの前の信号は「馬場下町」なのだ。何度か書いているように、古い生き残りの食堂は坂の上より下にあるという法則性が、やはりあるのだろうか。

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2016/12/16

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」に読者投稿。

007001毎月第三金曜日に東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」は、今年の10月で4年が過ぎた。

よく続いているなあと思うが、4年で48回、48店の掲載だから、数にしたらたいしたことはない。でもまあ、なんでもあまり続かないおれにしては、よく続いている。

先週の金曜日9日の東京新聞の読者投稿欄「発言」に、読者の投稿が載ったからと本紙が送られてきた。読者の反応は、新聞社のほうにファックスをいただいたりしているが、本紙に投稿が載ったのは初めてだ。まさかこのような小さな連載に投稿があって、それが載るなんて思っていなかったから、驚いた。

「大衆食堂紹介今後も続けて」のタイトルで、69歳の方の投稿だ。おれは73歳だから、ま、前期高齢者の「御同輩」という感じだろうか。

ありがちな懐古礼賛、昔はよかった話はなく、「どんなにぜいたくをしても千円をまず超えません」と大衆食堂を楽しんでいる様子に、ほおがゆるむ。

「記事に引かれて入った食堂がもう十三軒にもなりました」

「時には昼酒が過ぎて店主にたしなめられることもありました」と、オイオイそりゃ楽しみ過ぎじゃないか、いいねえ。

でも、おれも大衆食堂でシミジミ思うが、70年とか生きて、こういう平凡なよろこびが得られるのは、いいんじゃないかと思う。まさに一大衆のよき人生の一こま。

この連載は、本文400字と店データ100字ほどで書かなくてはならない。先日の『理解フノー』出版記念会のとき岡崎武志さんとも話したが、この長さは難しい。どうしても盛り込まなくてはならない「情報」が、一定量を占めてしまうからだ。書く前の思考に時間が費やされる。

連載だと、本にするのを前提や願望にして書くことがあるけど、おれはそんなことはまったく考えずに書いている。本にするのを前提にすると、対象のセレクトや書き方に条件がついて、一軒一軒にふさわしい自由な視点や形で書けなくなる。

文章は、前にも書いたように擬音語や擬態語を使ったことはあるが、なるべく表現的な技巧は使わず平易かつ凡庸に書くようにしている。

平易かつ凡庸でありながら、なんだか魅力を感じる。そういう文章を思考錯誤している。毎回。これは「ありふれたものをおいしく食べる」思想や方法に通じる何かがありそうだ。

鋭さや気のきいたところがない文章は、地味な生活みたいで、あまりもてはやされない。だけど、それで点をとれるようでなければ、フリーライターではないだろう。そういうツマラナイことを考えながら4年が過ぎた。

少しでも時代や人に先んじようとガムシャラな人には、刺激にならないツマラナイ文章かもしれない。あるいは、ガムシャラに疲れた人には好ましいかもしれない。

ところで、この読者は、インターネットはやってないようで、店の場所を駅前交番で聞いたりしている。かりにインターネットをやっていても、駅前交番あたりで聞くのは楽しい。おれもときどき、「このへんに古い食堂ないですかねえ」と、ヒマそうな巡査に聞いたりする。

投書の最後に「お店情報には電話番号もぜひ入れてください」とあった。

これが難しいんだなあ。電話番号を入れるのを嫌がる食堂もある。電話番号、お客さんのためにはなるかもしれないが、セールスなど電話番号を利用するのはお客さんじゃないことのほうが多く、それが小人数でやっているお店には負担になる。

住所と地図でたどりつくことを楽しみにしていただいたほうが、連載も続けやすい。

さて、あとどれだけ続くか。

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2016/12/07

東京新聞「大衆食堂ランチ」49回目、中野・キッチンことぶき。

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11月の第三金曜日の18日は、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だったのだが、ブログをさぼりまくっているうちに、12月になってしまった。

すでに東京新聞のWEBでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016111802000160.html

ここは、JR中野駅北口のサンモールの東側2番街にあるのだが、東京オリンピックの1964年に開業した。中野ブロードウェイができたのは、それから2年後だ。

ブロードウェイができて間もなくの頃から、おれは中野へよく行くようになった。というのも、サンモールの東側は、まだあまり商店もなく、薄暗い住宅街が広がり、路地も舗装されてないところが多かったのだが、その中に何店か、スキーと山用品の店があったからだ。

どの店も山好きの主人が、自分の家の玄関のタタキでやっているような小さな店だった。当時、金と休暇のほとんどを山に注ぎこんでいたおれは、それらの店を見て歩き、山好きの主人や客たちと山の話をし買い物をするのが楽しみだった。なかには、のちに登山家として有名になった人の店もあった。

その頃すでに、「キッチンことぶき」の前身である「ことぶき食堂」はあったはずだが、知らなかった。2番街あたりは歩いたことがなかったのだ。

80年代後半、千駄ヶ谷に住んでいた頃、中野でもよく飲むことがあり、ことぶき食堂にも顔を出すようになった。かつての山用品の店のように玄関のタタキを店にしたような、小さな食堂だった。

たしか2000年頃は、まだ先代のお年寄り夫妻がやっていたと思う。

いつだったか、前を通ったら、「キッチンことぶき」に店名が変わっていた。一度入ってみたが、うーん、継承やリニューアルは難しいものだなと思い、それから足が遠のいた。

だけど、中野には関係するゲストハウスもあるので、あいかわらずこの周辺で飲むことがあった。この店の前を通るたびに、大丈夫かなと気になって見ていると、店の前に出しているメニュー書きなど、なんだか少しずついい感じになって見える。

012とにかく続いているかぎり、そこに何か続くワケがあるはずだと思い入ってみた。そしたら、なかなかよい。建物は昔のままの住宅で、店内だけ改装し、小さい店の割りにメニューも豊富だ。この周辺は、飲み屋ばかりできて、しかも入れ替わりが激しい。落ち着いてシッカリめしを食えるところが少ないから、これは有難い。

だけど、サンモールを中心にチェーン店が次々と出店、競争は厳しいだろう。中野駅周辺自体が、大規模再開発が続き、大きな変化の波が押し寄せている、いつまでも続いて欲しいと願わずにいられない。

中野の山とスキーの店は、少しずつ減っていき、数年前、ついに最後の一店も閉店した。

ところで、サバ半身を煮たのとキンピラがたっぷりあって、若かったら、これで丼めしをおかわりして食べるところだが、いまじゃもうダメだ。悔しいなあ。

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2016/11/05

東京新聞「大衆食堂ランチ」48回目、成増・やまだや。

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東京新聞に毎月第三金曜日の連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」、先月は21日が掲載日だった。

今回は、成増のやまだやさん。すでに東京新聞のWEBサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016102102000207.html

017001ここは、余計な説明をするより、写真だけのほうが、そのよさが伝わるのではないだろうか。いつもは、これから初めて行くひとの楽しみを奪ってはいけないので、ここに店内の写真はなるべく載せないようにしているのだが。

おもしろいことに、成増の駅は台地の上にあって、北口に出ても南口に出ても、下り坂がある。やまだやは、南口を出て「スキップ村」商店街のアーチをくぐり、坂を下った先にある。

027やはり、古くて生き残っている食堂は、台地の上より坂下に多いという「法則」が成り立つか。

それから、前から気になっているのだが、店の前の自転車も、なにかを暗示しているように思う。

本文に書いたように、おれは「カツ煮」にヨワイ。これがあると、反射的に頼んでしまう。そういうことで、この連載では、亀有のときわ食堂から二回目の「カツ煮」の登場となった。

お店の方がおっしゃるには、この掲載のあとカツ煮の注文が増えたそうだ。これを見て行った方かどうかはわからないが、掲載のあとは、ここに登場のものを注文するひとが増える傾向はあるようだ。

おれは、べつにオススメの意味で選んでいるわけじゃないし、お店の方にオススメを聞いて注文しているわけでもない。もし、この連載を見て、オススメと思われるのは困るなあと思う。

いつだって、自分の食べたいものを注文すればよいのに。

入り口に「酒酔い及び泥酔者の入店をお断り致します」の貼り紙がある。だけど、酒のつまみがけっこう揃っているし、酒も大衆食堂にしては種類があって、飲みたくなる食堂なのだ。

見出しは、デスクの方がつけるのだが、今回はちょっとアレッな感じがした。

前回は
2016/09/26
東京新聞「大衆食堂ランチ」47回目、新宿・岐阜屋。

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2016/10/05

美術系同人誌『四月と十月』35号、連載「理解フノー」は17回目。

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『四月と十月』35号が届いた。あいかわらず面白い、刺激的だ。何かをしている、何かをしようとしている、何かを見つけている人たちが描いて書く。うっとうしい自信や自負や高等遊民的な「批評精神」とは無縁だ。何かが生まれようとしている創造の鼓動を感じる。

おれの連載「理解フノー」は17回目で「海外移住を考えよう」のタイトル。脱ウチ弁慶、海外移住を考えることで見えてくること。

表紙の作品は、画家の好宮佐知子さん。

四月と十月のサイトは、こちら。
http://4-10.sub.jp/

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2016/09/26

東京新聞「大衆食堂ランチ」47回目、新宿・岐阜屋。

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去る16日は第三金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。

今回は、新宿の思い出横丁の岐阜屋のやきそばだ。すでに東京新聞のWebサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016091602000177.html

岐阜屋は、2015年『dancyu』5月号の中華特集でも取材して書いている。そこでは「エロうまい」という表現を使った。

「エロうまい」は、久松 達央さんが『キレイゴトぬきの農業論』 のなかで「エロうま野菜」といった「エロうま」表現をしていて、おれの周囲ではそこから広まったと思っているひともいるようだが、「エロうまい」は以前から使われていてインターネット上でも時々見られたものだ。出どころははっきりしないが、エロ漫画雑誌か何かの方面でも使われていて、この場合の「エロうまい」は、味覚のほうではなかった、という記憶がある。

とにかく、それで、「エロうま」なら、おれは岐阜屋のやきそばだと思っていたので書いたのだが、今回また同じように使うのはシャクだし、校閲でチェックが入る可能性もありそうだ、もともと「エロうま」はおれにとっては「猥雑味」なのだからと、こちらの言葉を初めて使ってみた。

新聞の場合、とくにわかりにくい表現や読みにくい書き方はチェックが入るから、「猥雑味」でもわかりにくいという指摘があるかなと思ったが、無事にパスした。ま、文脈からすればわかりにくいことはないハズ。

ついでだが、来月で4年目が終わるこの連載では、たしか一度だけ「わかりにくい」ということで別の表現にしたことがある。それから、今年になってからだが、一度だけ、段落ナシで書いたのだが、「読みにくい」ということで、段落を入れられてしまったことがある。

よくあることだが、自由にやっているようでも、人間というのは「様式」にハマりやすい。うまくいく「様式」に知らず知らずにハマり、それがまあ「飼いならされる」ということになり、自分では自由に個性的にクリエイティブにやっているツモリでも、けっこう型にハマってオリジナリティが失われているということがあるものだ。とくに、あるていど基盤が確立されているメディアでは、その可能性が高まる。そうやって、かつては個性的でオリジナリティのあったひとが、メディアに取りこまれてしまった例は、いくらでも見ることができる。

だから、こうするとダメが出るかなどうかなというキンチョー関係を自らたえず維持するようにしなくてはならない。もっとも、売れるようになるためには、そんなことはしないほうがよいのだが、ま、オリジナリティをとるかどうかの問題でもあるのだな。

それはともかく、前回のなみき食堂では「かわいい味」という表現を使った。その前には、岩本町スタンドそばで「下手味」を使いたかったのだが、これは誤解されるおそれがあるからと別の表現を考えたがうまい言葉が見つからず迂遠な言い回しになってしまった。

こういう「味」を考えたり書いたりしているワケは、「普通にうまい」も、けっきょく、ツマラナイ味覚論議の対象になってしまったという感じがあるからだ。

おれが「普通にうまい」を書いたのは2004年のことで、そのころ、主に高い目の店や専門店などが舞台だった「上下」「優劣」をつける味覚論議の波が大衆食堂あたりにまで押し寄せて来ていたので、それに対してのことだった。その関係において、「普通にうまい」は、意味があった。

しかし、どうしても「上下」「優劣」をつけたがる人たちがいるわけで、「普通にうまい」なかで、それをやるのだ。これもまあ、上下・優劣の思考様式にハマったニンゲンの姿ではあろうけど、「普通にうまい」の先には個性があるのであって、もしくはあとはそれと自分の好みの関係であって、上下・優劣のことではない、ということが理解できてないひとがけっこういるらしいのだ。

いったい「普通」って言葉を、わかっているのだろうかと思うのだが。

ま、そんなこともあって、「猥雑味」や「かわいい味」といった個性を考えてみている。

ところで、岐阜屋のやきそばだが、ほんとうは見た目から猥雑感があるのに、素人写真だから、その猥雑感が撮れず、やけに爽やかスッキリな調子になってしまった。

当ブログ関連
2016/08/29
東京新聞「大衆食堂ランチ」46回目、池袋・なみき食堂。

ザ大衆食のサイト関連
大衆食と「普通にうまい」…クリック地獄

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2016/08/29

東京新聞「大衆食堂ランチ」46回目、池袋・なみき食堂。

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東京新聞に毎月第三金曜日に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の今月は19日の掲載だった。すでに東京新聞のWebサイトでもご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016081902000178.html

なみき食堂は、なかなかたのしみが多かった。

この日おれが食べたのは、チキンライスだった。ひさしぶりのチキンライスだ。これが、昔のように楕円のステンレスの皿に盛られて出てきた。しかも、ホークとスプーンが小さなバスケットに入って添えられて。これが、「懐かしい味」は「かわいい味」を連想させるきっかけになったといってもよい。

「懐かしい味」にも、いろいろある。単純には「古い懐かしい味」だろうけど、「懐かしい味」は「古い味」だけではない。そのことが前から気になっていた。

懐かしいの奥底には、「かわいい」がある。昔を知らない若者でも、昔の空間や食べ物を、「なんだか懐かしい」と言うとき、「かわいい」と言い換えられることが少なくない。ということを、ときどき考えていた。

そして今回、このチキンライスを食べて、「懐かしい味」は必ずしも「古い味」でなく、「かわいい味」なのだと思った。

「かわいい」については、いろいろな論があるので、そのうち、「懐かしい味」と「かわいい味」の関係について、もっと深く考えてみたい。

とにかく、そんな味わいのチキンライスはたのしうまかったが、JR池袋駅からなみき食堂へ行く10分ちょとの道中も、なみき食堂があるあたりも、興味深いものがあった。

池袋駅からは西口に出て、池袋郵便局前の信号をトキワ通りに入る。このあたりは、駅近くだから道路の幅もあるし、周囲の建物の様子も池袋昭和風でありながら平成化している。

ところが、トキワ通りをすすむうちに、道路は半分の幅になり、さらにその半分ぐらいの狭い一車線になるのだ。そのたびに、通りの名前は変わり、道は坂を下っていく。道の両側の様子は、新しく建て替わっているところがあるとはいえ、大きなビルはなく、昭和をどんどん遡っていく感じがする。

018そして、坂の下に着いて道が平坦になったところ、その名も「坂下通り」に、なみき食堂はあるのだ。やはり、いい食堂は台地の高台から下ったほうに残っている、という「川の東京学」的仮説が成り立ちそうだと思った。

池袋は広く奥が深い。なみき食堂もそうだが、このあたりは戦災で焼けずに残ったのだ。戦前から地続きの生活を感じさせる路地もあるし、なみき食堂は、戦災で焼け残ったが少し斜めに傾いでいた建物を修復して使っているのだった。

修復と営業開始は昭和20年代なかばのことだそうで、表の看板は、金の塗装がはがれるままになっているけど、文字は彫り物だ。

もちろん、かわいい味のチキンライスを食べさせてくれる老夫妻も、たのしい方だった。

ドライカレーもメニューにあった。

チキンライス、ドライカレー、あるいはポークライスも、ようするに「やきめし」類のものだ。ここで、こんどは、ドライカレーを食べてみたい。

前回はこちら。
2016/07/30
東京新聞「大衆食堂ランチ」45回目、ときわ台・キッチン ときわ。

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2016/07/03

東京新聞「大衆食堂ランチ」44回目、神田・岩本町スタンドそば。

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更新をサボっているうちに、6月が終わり、つまり、今年の半分が終わり、7月になってしまった。

先月の17日は第3金曜日で、東京新聞に連載の「エンテツさんの大衆食堂ランチ」の掲載日だった。すでに東京新聞Webサイトでご覧いただける。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2016061702000193.html

今回は、思わず肩入れしてしまった感じがある。しかも割りと「俗説」に従って。

前から「東京の味」ってのが気になっていて、このブログでも書いているし、『dancyu』2014年11月号で「東京の味って、どんな味」を、何軒かの店を訪ねて書いている。

で、まあ、この岩本町スタンドそばで、ミニ天丼とたぬきそばのセットを食うと、これは、「純」かどうかはわからないが、関西風とは一線を画した東京の味だと思う。

だけど、その表現が難しい。ほんとうは、「下手味」という言葉を使いたかった。だけど、「下手味」の説明をぬきにこの言葉を使うと誤解されかねない。説明するには文字数が少なすぎる。

それでまあ月並みな俗説を使わせてもらった。

003002でも、俗説だから間違っているということではない。アタリマエすぎるかな、というていどのことだ。しかし、そのアタリマエも、たちまち「古い」と捨てられ、忘れられる。

岩本町スタンドそばの、そばと天丼のツユは濃厚だ。濃く塩辛い。しかも、ミニ天丼セットのそばがたぬきということだから、天かすのコクが出て、「下手味」ってのは、こういうものではないかと思った。

とはいえ、おれが「下手味」を正確に知っているかどうかは、疑わしい。イメージとしてのそれだろうと思う。

先年亡くなった勝見洋一さんが、『B級グルメの基礎知識』(文春文庫ビジュアル版、1989年)に「東京いい店安い店を探す基礎知識」というのを書いている。そこで「天麩羅の旨さは下手味にあり」といっている。

勝見さんは、赤羽から荒川を渡り埼玉県の川口で、「江戸の風土の味」である下手味を食べる。「それにしても、川口の味とは一体何なんだろうと考えた。もともと成金の存在しなかった職人町だ。職人の持つ、他の地域に追い抜かれることに動じない保守性が、昔のままのB級を煮詰まらせてしまったのか。それとももしかしたら」と考える。「味つけが塩っぱい辛いの濃さだけではなく、味わいの濃い味覚こそが東京の味なのだ」

そして、薩長と関西味に蹂躙された東京を、勝見さんは新橋生まれ育ちだからして、感傷的に思いながら「B級グルメとは旨味だけでは語れない東京の傷の味だ。旨くて安ければいいだけの、そんな単純な世界に東京人は生きていない。その意味でもB級グルメは世界中に東京しか存在しない」ともいう。

もうこういうことを書ける東京人はいないのではないか。忘れないようになぞっておこう。

俗説をなぞっておくことは、大事なことを忘れないためにも必要だ。

たとえば、同じ文春文庫ビジュアル版『スーパーガイド 東京B級グルメ』(1986年)では、「丼は東京によく似合う。/ドンブリメシは、乙にすましたものではなくて、威勢のよい“職人の町”だった江戸の気っ風を濃厚に受け継いだ、代表的な食べ物なのである。/天丼は、そのなかの代表選手だ」

“職人の町”は近代には“労働者の町”へ変わっても、その味覚は続いていたのだが、ちょうどこの文春文庫ビジュアル版のB級グルメガイドが出始めたころから、労働者の町の記憶は「消費者の町」に塗り替えられていった。

いまでは、この勝見さんのような感覚で、「東京の味」と「東京の町」をつなげて語る人は、B級グルメ界隈でも、ほとんど見かけない。産業と市場に生きる消費者の感覚が支配的になった。

「岩本町スタンドそば」は、その名前にも「神田」を感じるが、周囲はどんどんビル化するなかで、建物も味覚も、勝見さんが語った「東京」を感じさせてくれる。それで「下手味」という言葉が浮かんだのだった。

岩本町と隣の東神田は、それでも「神田」の雰囲気をよく残していた。ここの商店街では、年に二回だったと思うがバザールがある。界隈は、昔からの繊維や雑貨などの卸商の街で、たいがいビルの中におさまっているが、その日は、通りに出店する。いまおれが使っている「牛革ベルト」はこのバザールで500円ぐらいで買ったものだ。何度か行ったが、いつも大にぎわい。なんとなく、これが「神田」かな、という空気も感じる。とはいえ、最近は、テントの中の店員さんも外国人が増えた。外国人でも、労働者は労働者だ。

岩本町スタンドそばは、濃い味だが、しつこくはない。クセになる味で、ときどき思い出して、秋葉原あたりを通ることがあると降りて、チョイと歩いて寄ってしまう。これが食べたくなるうちは、おれは健康ということかもしれない。

前回は
2016/05/26
東京新聞「大衆食堂ランチ」43回目、北浦和 キムラヤ。

当ブログ関連
2016/06/04
労働者!

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より以前の記事一覧