2020/02/17

「惣菜料理」×「宴会料理」

チョイと日にちがあいたが、前のエントリー「浅草・まえ田食堂」のところで、「料理と味覚の世界は、「おふくろの味」や「家庭料理」という言い方を使うのは、とても難しい事態になっていると思った。それは、いわゆる「多様化」以前の、きわめて大雑把なくくりが通用した頃の観念なのだ」「実際のところ、いまでは、多様化と同時に多層化・多重化もすすんでいて、人間の思考も味覚も、ずいぶん複雑になっているのだな」と書いた件。

その後調べるともなく読んでいた獅子文六の『私の食べ歩き』(中公文庫)に、「惣菜料理」と「宴会料理」を対義の関係で述べているところがあって、これはつかえそうだと思った。

たとえば、「日本の洋食は、野菜を肉料理の添え物、または飾り物と考える傾向が、あまりにも強い。料理を装飾するのは、宴会料理であって、日常の惣菜料理には、まったく不必要である」「日本の洋食は、宴会料理が輸入され、その形がいろいろに崩れて、普及されているのである」といったぐあいだ。

「日常の惣菜料理」というと「生活料理」と重なり、おれも「生活料理」という言い方を使うが、これは「生活」という概念が抽象的であるという難点がある。「生活」の中には、日常と非日常が混在するし、いわゆる「時と場所と場合」がからむ。

「生活料理」を造語した江原恵のばあい、「料理屋料理」である「日本料理」に対して、その支配から「料理」を解放する意図を持っていた。この場合の「料理屋料理」は、獅子文六が指摘した「宴会料理」と同じだ。江原恵は、日常一般の料理を「料理」とよべばよいのであって、それに対して「料理屋料理」があるのが本来だという趣旨を述べている。

これは一理あるが、文化の実態からすると適応が難しい。そこで「生活料理」という言葉が浮上した、という関係がある。

近年は、とくに「中食」といわれる「惣菜市場」が拡大し、それと「家庭料理」の区別がつきにくい。「惣菜市場」の拡大は、「家事労働」の外部化の一環として「家庭料理」が外部化した歴史がある。

大衆食堂は市場規模からすると大きなものではなくなっているが、空間的には「家庭」ではない「家庭料理」が広く存在した。これは料理論的な市場から見れば「惣菜市場」に近い。歴史的にも家庭の食事の「代替」と考えられていた。それは、食事は「家庭団欒」「家庭に属するもの」という思想が強固であった事情によるだろう。

これは、主に「食事文化」のことだ。つまり「家庭料理」という言い方は、「料理」の思想というより「家庭」という思想が背景にあって成り立っていた。

料理文化から見れば、料理がつくられる場所やつくる人によって分類されていては不都合が多い。家庭にも家庭の「外」にも存在する「惣菜料理」は、そのことを浮き彫りにする。

それから、もう一つ、とくに1980年代以後の「惣菜料理」の多様化と重層化だ。一般的には、あまり使われていた言葉ではないが、70年代ぐらいまで「中級レストラン」「中級料理店」「中級料理」といった言い方にくくられていた料理がある。これは高度経済成長と、それを背景にした「中流意識」によって成長したもので、当時の、まだ非日常だったファミレスが象徴的存在だった。それとは別に、洋食や中華、その他の専門店などが含まれた。

この分野については業態変化と料理文化が入り組んでいて、動向の把握が難しいのだが、80年代以後の成長がめざましく、料理文化をリードしてきた、といえるだろう。

たとえば80年代の「イタリアン」や「エスニック」などから、拡張し細分化しながら、国境を溶かし込み、「外食店」「惣菜店」「家庭」などの境界を溶かし込み、広がった。いたるところで「惣菜文化」が成長(多様化・重層化)した、と見ることができそうだ。もともと料理は、さまざまな「境界」を溶かす文化力があるのであり、それがいまや「家庭」まで溶かしている。と見るとおもしろい。

こうして「家庭」が溶かされて、「食べること」における「個」の存在があきらかになっているとき、その「個」が関わる料理は、「惣菜料理」か「宴会料理」か、ではないかと考えることができそうだ。この場合の「宴会料理」とは、宴会の形態で提供されなくても、元来が宴会の目的と様式にしたがった料理ということになるだろう。

すると、ますます「惣菜料理」の幅の広さや楽しみが見えてくる。レンジでチンしただけのものから、いまや類別すら難しそうな「スパイスカレー」や「スパイスカレー風」だの「ミールス」や「ミールス風」だの、絶えず変化しながら、そしてあまり変わらない大衆食堂の料理まで、なかなかおもしろいことになっている。

それを「日本料理」だの「家庭料理」だのという観念で見ていては、ツマラナイ。

あるのは、自分「個」と料理の関係だけであり、それは自分「個」と「世界」の関係であるということだ。

おれは習性からして、自分で「つくる」ほうだが、「つくる」「つくらない」は根本のことではないと思っているから、どうでもよい。カンジンなことは、「食べる」ということで、そこに「個」と「世界」が存在している。「つくる」にしても「つくらない」にしても、「食べる」過程のことであり、楽しむことが大事なのだ。

ついでだが、いわゆる「自炊」については、社会や歴史の実態を無視した、思い込みの話が多すぎる。現在の日本の「自炊」は、現在の日本のインフラに対応しているだけで、これが普遍のわけではない。どの国でも、インフラしだいのことであり、インフラの維持が困難になる事態だってありうるし、お粗末なインフラの中での「自炊」を強いられる事態だってあるのだから。そういう意味では、日本の現状は、これを使わないのは社会的損失ではないかと思われるほど「自炊」環境が整っているといえるだろう。

楽しむことについての議論が、いちばん欠けているんじゃないかな。惣菜料理は「生きること」に深い関係のある料理だから、これを楽しめるかどうか、どう楽しむかは、楽しい人生の少なくない部分を占めているだろう。惣菜料理の目的といったらソコだろう。宴会料理とは目的から違う。

そうそう、話はズレるが、『私の食べ歩き』に収録の「わが食いしん坊」には、「料理は、極めて日常的な、落ちついたキモチで食うべきであって、旅先の慌ただしさや、過度の好奇心なぞは、いずれも、味到を妨げる。」にというオコトバがあった。飲食店の食事での過度なコーフンについても同じことがいえると思う。

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2020/01/26

理解フノー二十二回「二十年」に関連して。

昨年10月発行の美術同人誌『四月と十月』で、連載中の「理解フノー」に「20年」と題して、このようなことを書いた。以下、そっくり転載する。

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 最近、青土社の『現代思想』七月号、特集「考現学とはなにか」に、「おれの「食の考現学」」を寄稿した。過去三冊ぐらいしか読んだことがない雑誌で、学知ゼロの下世話なおれとは縁がないと思っていた。なのに、突然「食の考現学」というテーマで書いてみないかといわれたのだ。
 書くうちに、一九七〇年代中頃から自分が大いに関心を持ってやってきたこと、その理論や論理や方法などを振り返るいい機会になった。ま、脳内オーバーホールといった感じだ。やはり、九五年のおれの初めての著作『大衆食堂の研究 東京ジャンクライフ』(三一書房)と九九年の『ぶっかけめしの悦楽』(四谷ラウンド)のあたりで、一度脳内オーバーホールがあったのだが、それ以来、約二十年ぶりだ。
 偶然が重なった。考現学の原稿に着手した頃、ある編集さんから、新刊の『フードスタディーズ・ガイドブック』(安井大輔編著、ナカニシヤ出版)に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあった。今頃?と思いながら買ってみたら、「食研究」を志す人たちのための本邦初のブックガイドで、先行する研究者たちによって四十九冊が選ばれ評が載っている。WEBの「CⅰNⅰⅰ」などの検索でも、二十年前には考えられなかったぐらい「食研究」が充実している。そういう背景もあって編まれたのだろう。それにしても、拙著の「研究」は名だけで、コキタナイ表現を駆使し、路上廃棄物のような一冊だ。
 その拙著の評者に驚いた、京都大学教員の藤原辰史氏なのだ。『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国、二〇一六)が注目され、『トラクターの世界史』(中公新書、二〇一七)や『給食の歴史』(岩波新書、二〇一八)などを連打している。近著の『食べるとはどういうことか』(農文協)は、食を考える入門書として画期的。この方の評なら、おれはムチ打ち刑にされても、うれしい。
 『大衆食堂の研究』について、こんなふうに書かれている。「文章のなかに散りばめられている罵詈雑言も強烈であり、著者自身もジャンクな本でよいと考えている節があるが、そう読むだけではもったいない。そう読んでも十分に楽しめる本なのだけれども、本書の到達した食の理論から目をそらすことになる」。そして、本書に出てくる「生簀文化論」「「ロクデナシ」の食い方」「大衆食堂は家庭的ではない」「食の自立性」「味覚の民主化」などが、学術な見方と理論を引き合いに読み解かれる。罵詈雑言に負けない読解力の面白く楽しいこと、自分の本のことではないみたいだ。
 発行から二〇年以上。著作は評者の見識しだいで生を吹き込まれることがあっても、肉体の老化は不可逆的に進行する。これから先、後期高齢者のおれはどうなるかわからないけど、食をめぐる言説空間は、かなり様変わりするにちがいない。

…………………………

「20年」というタイトルは、『大衆食堂の研究』が発売になった1995年を意識しているのだが、実際には24年であり、企画から数えれば30年という歳月がすぎている。

その前、「一九七〇年代中頃から自分が大いに関心を持ってやってきたこと」については説明がついていないが、「生活料理」をテーマにしたあれやこれやだ。そこから数えれば44年になる。

この間、2,3年前から、食をめぐる言説空間が大きく変わりそうな気配を感じていた。

2015年に千代田区神田一橋に開業した「未来食堂」の小林せかいさんの、「個」を尊重する食事を追求した考え方と方法(システム)の影響。2018年に発行の『Spectator』42号「新しい食堂」に登場した食堂のなかでも、「なぎ食堂」の小田晶房さんと「按田食堂」の按田優子さんの、「生きる」と「食べる」と「食べ物(料理)」が無理なく生活の場でつながっている考え方と方法、その影響。などが、最も気になっていた。

『四月と十月』の原稿の締め切りは、8月の何日かだった。その少し前、きのうのブログでふれた「やり過ごしごはん研究家」のぶたやまかあさんとぶたやまライスが、「やり過ごし」なんてトンデモナイ、繊細でキチンとした暮らしのモデルのような『暮しの手帖』に登場した。このことは、ブログ「2019/08/07『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場」に書いたように、「これからどうなっていくかわからないが、『暮しの手帖』の第5世紀の1号目にぶたやまかあさんが登場したことは、生活的に、希望がもてるような気がしている」といえるものだった。

藤原辰史さんの『分解の哲学』は、発行元の青土社の編集さんからいただいて読んでいる最中だったので、この「理解フノー」では、ふれてないが、「分解の哲学」は、これから食の言説空間にヒタヒタ影響が広がっていくような気がしているし、いまあげた人たちの考え方に通底しているところがあるような気がして、おれの頭の中でゴチャゴチャに混ざって発酵している。

毎月いただいている『TASC MONTELY』の昨年の分をまとめて読んでいたら、7月号の巻頭エッセイに藤原辰史さんが「給食の未来」を書いていた。「実は給食は大きな知的資源だ」

11月号には、「TASCサロン」のコーナーに、湯澤規子さんの「胃袋からみる食と人びとの日常」という寄稿がある。「「胃袋」は「食べる」という行為、さらには「生きる」感覚に直結している」

きのう書いた、「おかしな記事「夕飯つくらないとダメですか?」」にしても、おかしな記事ではあるが、家事や生活を支配してきた大きな思想や文化がゆらいでいる現象ではある。

2000年代中ごろ、食育基本法が議論になり制定されるころでも、「生きる」と「食べる」と「食べ物」の関係はほとんど話題にもならず、ナショナリズムを背骨に、あいかわらずの「日本型」の「正しい食生活」の観念ばかりが踊っていた。

つぎの本の原稿に取り掛かりながら、てなことを考えていると、なんだかおもしろくなってきたなと思う。

どうなるのだろう。

ま、中央の「権威ある」メディアにたかっている人たちは、そうは簡単に変わらないだろうし、自らの権威と特権のためにも崩れつつある文化の中央集権を維持しようと必死になるだろうけどさ。その右往左往を見るのも、おもしろい。

高尚そうな観念的な言説より自分の生活と胃袋を大切に、あたふた流行の言説にふりまわされることなく、ゆうゆうと食文化を楽しみましょう。ってこと。

そうそう、理解フノーには、毎回1点、自分で撮った写真にキャプションをつけて載せている。この回は、この写真で、「台所、身体の内と外の森羅万象が交差するところ」というキャプションをつけた。台所は、i自分の体内の宇宙と体外の宇宙の結節点であり、宇宙を見たり手に触ったり感じたりするところでもあるのさ。となれば、料理は、宇宙を料理することになるか。小さな空間は、じつに壮大だ。生活とは、そういうものなのだ。

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2020/01/25

おかしな記事「夕飯つくらないとダメですか?」

NHK NEWS WEB に「夕飯つくらないとダメですか?」という記事があった。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200124/k10012257431000.html?fbclid=IwAR0_YZ5B0rKwicjhClKyEJWBk75IcRkkfmFSwOsaU33bbwTJ926aoXBjyqY

「先日、幼い子どもを育てている夫婦が「平日の夕飯はすべてテイクアウト」と書いたネット上の記事が話題になりました。確かに、働きながら毎日のごはんをすべて手作りするのは簡単ではありません。そして今は空前の「テイクアウトブーム」。ごはんをすべて手作りしなくてもいい環境が整ってきているようです。」

というものだが、この記事、いまどきの「結論ありき」というメディアの傾向が露骨に出ている。

冒頭で、このように書いている。

………………………………

平日の夕飯を自分たちで作らず、すべて外注してしまう。ネット上に投稿されたこの記事を書いたのは、20代の共働きの夫婦でした。子どもはまだ2歳。近くに日替わり定食をテイクアウトできる店があったことから、思い切って平日は毎日このサービスを利用することにしたそうです。

1食850円を2人前で1日1700円。
1か月で3万円ちょっと。(さらに割り引きもあり)
その結果「可処分時間」つまり、自由に使える時間が増えたそうです。
なぜこのサービスを利用し始めたのか、本人たちに取材しました。
2人は、もともと「家事の効率化」に興味があったそうです。

そして家事の中に占める「料理の負荷」が特に大きいと感じていたそうです。近くにある店のメニューが栄養バランスの取れたものだったこともあり「平日はすべてテイクアウト」を試してみたそうです。そして自分たちの記事がネット上で話題になっていることについても聞いてみると「予想どおり」だったそうです。

記事を投稿した女性
「同じ世代の人たちは家事の効率化に興味を持っていると思っていたので、反響があったのはやっぱりな、という感じでした。これからも『家事の効率化』をいろいろ試してみたいと思っています」

………………………………

で、いきなり、「テイクアウトは空前の人気」「“家事に対抗!”」「夕食ニーズにも注目」という見出しの記事が並び、産業側を取材した記事になるのだ。

「ごはんをすべて手作りしなくてもいい環境が整ってきている」正体が明かされる。

アレレだよ。もっと事例はないの。もっと家事について突っ込んだ取材はしてないの。家事は人や家庭によって様々だし、様々が当然だろ。まるで、この事例は産業側のPRのダシに使われているようではないか。

そして、最後は、「“手づくり神話”の呪縛から解放を」の見出しで、「家事研究家の佐光紀子さん」という方の、「「ちゃんと家事をしてしっかり家族の面倒を見るのがよい母、よい妻だという思い込みから、そろそろ解放されてもいいのではないでしょうか」と話しています。」っていう、権威ありそうなまとめでオシマイ。

なんだろう、このイイカゲンさ、内容の無さ。

どうして、「確かに、働きながら毎日のごはんをすべて手作りするのは簡単ではありません。」が「そして今は空前の「テイクアウトブーム」」ってことに直接つながるの。

「ちゃんと家事をしてしっかり家族の面倒を見るのがよい母、よい妻だという思い込みから、そろそろ解放されてもいいのではないでしょうか」ってのはいいし、それは必要なことと思うけど、それがどうしてテイクアウトとつなげて語られなくてはならないのか。

ここでの、「家事の効率化」や「テイクアウトブーム」は、余裕のない生活、つまり生活がよくならない経済と無関係ではないように思われるし、経済がよくならないシワヨセが人びとの生活におよんでいるとも読めるのだが、そういう実態や分析については、まったくふれてない。

「家事研究家」の考える「家事」についても、気になるのだが、記者たちは気にならなかったのだろうか。

「家事」は「時間」と「金」だけのことなのか。「家事の効率化」や「家事からの解放」とは、なんなのか。

おれは近年よく目にする「時短料理」という言い方も気になっていたのだが、「家事労働」や「料理」が、「労働」でもなく「作業」「行為」のレベルことになってしまっているからだ。だから「時間」だけが問題になるのだ。「家事」を「生活」としてとらえることもなければ、もちろん「文化」としてとらえることもない。

「ちゃんと家事をしてしっかり家族の面倒を見るのがよい母、よい妻だという思い込み」は、日本社会に根強くはびこっていた思想や文化であるけど、それを産業におんぶする「消費」で克服できるのだろうか。家事研究家は、どう考えているのだろう。

なーんてことが、気になるのだが、この記事からは何も見えてこない。

ただ、はっきりしていることは、こうして、生活は時間と金に解体され、すみずみまで産業にのみこまれ、人びとは労働で搾り取られ、消費で搾り取られる状態が、ますます拡大しているということだ。

とはいえ。

もしかすると、こういう打算的な生活や産業は、これまでの強固に見えた「保守的な家族像」まで、ブチこわしてくれるかもしれない。それはそれで、なかなか興味深いことではある。

だけど、生活の主体は、どうなるのだろう。賢い時間と金の使い方だけになるのだろうか。悩ましい。

とにかく、こんな内容のない記事にふりまわされないようにしたい。

そこへいくと、ぶたやまかあさんの「やり過ごしごはん」などは、生活から生まれた主体的な文化として、クリエイティブだし、あらためてすばらしいと思うのだった。

当ブログ関連
2019/08/07
『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/08/post-00ec92.html

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2019/10/04

おれも見沼田んぼのほとりで考えている。

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猪瀬浩平さんの著書『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』(生活書院、2019年3月)には、以前このブログにも書いたし四月と十月文庫『理解フノー』にも登場する「ダンゴムシ論」の根っこになることが書かれている。

「理解フノー」に書いたころは「ダンゴムシ=分解者」について十分に理解してなかった。そこのところが見えてきて、興味深いのだけど、なかなか重い内容が含まれているから、おれのような雑な人間には十分受け止めきれた自信がない。とりあえず5月2日に、概要だけ、ツイッターで紹介した。…と、2019/07/18「スリリングな読書と分解脳。」に書いてから日にちが過ぎた。

まだ十分受け止めきれた自信はないのだけど、書くことによって理解がすすむということもあるから、書き始めることにした。

見沼たんぼは、埼玉県の川口市から、面積の大部分はさいたま市に広がる農的緑地空間で、「東京の豊島区とほぼ同面積である」。

おれは、さいたま市の北のはずれ東大宮、見沼たんぼの北限域のすぐ近くに10年前に引っ越してきた。よく利用するスーパーの行きかえりには、そのほとりを歩いている。毎日のように見沼たんぼのほとりで考えているのだ。

そこに見えている芝川や見沼代用水西縁に沿って見沼たんぼを歩いて下ると、実際に歩いたことがあるが、1時間半弱ぐらいで、猪瀬さんが事務局長をしている「見沼田んぼ福祉農園」に着く。おれが猪瀬さんと初めて会ったのは、2013年11月25日、この農園でだった。

猪瀬さんは、明治学院大学の教員をやりながら、福祉農園のほかにも、NPO法人のらんど代表理事、見沼・風の学校事務局長などをしている。

猪瀬さんが、そのように見沼たんぼと深い関りをもち、「見沼たんぼのほとりを生きる」ようになったのは、猪瀬さんの6歳上のお兄さんが自閉症だったことに関係する。

この本は、自閉症のお兄さんと家族のことが芯になっているけど、「障害者と家族の物語」と「見沼たんぼの物語」がからみあいながら、「これまで」と「これから」を分解し紡ぎ直しているところに特徴がある。

その紡ぎだされたものが、序章「東京の<果て>で」の見出しに、「「とるに足らない」とされたものたちの思想にむけて」とある「思想」なのだ。

「私たちが、如何に雑多な存在と共に生きていけるのか、そのための思想を素描するのが、この本の目的である」

「「首都圏の底<見沼田んぼ>」は、1960年代あたりを境に、膨張する「「東京」の侵略」(©アクロス選書1987)によって「「とるに足らない」とされたものたち」の吹き溜まりになっていく。

その「ものたち」とは、「障害者」のような「者」でもあり「在日」といわれるような「者」でもあったり、廃棄物のような「物」や微生物のような「物」でもあるのだけど、猪瀬さんは、その者/物たちが見沼たんぼのほとりを生きる姿を描き、そこに「分解」と「分解者」をみる。

この「分解」という言葉と概念が、一般的な生活の中では、あまりなじみがないもので、おれの脳ミソでは咀嚼と消化に時間がかかっている。その「咀嚼」と「消化」も、分解の過程ではあるのだが。

「生きる」いとなみである、生産―流通―消費―分解―生産…というつながりの中の「生産―流通―消費」については、よく語られてきた。その中心には、いつの間にか、産業の思想がはびこり、そのもとで暮らすことに違和感を感じなくなっている。産業の思想は、より優れた(豊かな?)生産―流通―消費を基準に、さまざまな「とるに足らない」ものを排出した。そうして、「分解」も「分解者」も語られることなく、忘れ去られてきた。

JR東大宮駅の開業は、オリンピックがあった1964年の3月なのだが、その頃から、おれがいま毎日見ている見沼たんぼは、農村共同体的な風景から「東京の<果て>」へと姿を変えていったことになる。

猪瀬さんは、「私が見沼たんぼに惹きつけられるのは、首都圏/東京という歪に肥大化した身体の肛門から排出されたものたち」の存在があるからだと書く。「排出されたものたちが、思わぬ形で出会い、ぶつかり、交わる、すれ違う。そこでものとものとが交わり、熱が生まれる」

猪瀬さんがこの本で語る「分解」と「分解者」というのは、このことなのだ。

障害者たちは、見沼たんぼに引きこもっているのではなく、どんどん出かける。猪瀬さんもお兄さんと出歩く。「共に生きる」ためだ。いや、「共に生きる」ことを拒否し排出するものたちに向かって、「共に生きる」ことを理解させるためでもある。そういうときに、まわりの、自分たちを見る目や自分たちを見て話す言葉によって、「障害者」の兄といることを感じる。障害者は歪に肥大化した東京が広がる過程で「障害者」にされたのだ。

排出する側は、「とるに足らない」ものたちを「邪魔」や「障害」とする、排除の思想を持っている。そこにトラブルが生まれる。近頃、とくに排出された存在ではないはずの、子供をバギーカーに乗せて電車に乗ると、「邪魔」や「障害」とする排除の思想が働きトラブルになるニュースを目にすることがある。

子育てが、トラブルを起こす「闘争」の側面を持つようになったのは、子育てする人たちの問題ではない。「マナーがー」という見当違いの叩き方をする人たちもいるが、とにかく、そこにトラブルつまり闘争が発生する。

いま「トラブル」「闘争」と書いたが、それは片側からだけの見方なのであり、本書の第二部の「地域と闘争」の「闘争」には「ふれあい」というルビがあり、その扉には、横田弘『障害者殺しの思想』から「障害者と健全者の関わり合い、それは、絶えることのない日常的な闘争によって、初めて前進することができるのではないだろうか」という言葉が引用されているが、その「闘争」に「ふれあい」というルビがふられている。

この「闘争」つまり「ふれあい」も、「分解」なのだ。

ちょっとのはみ出しも許さないカタイ構造や、カタイ被膜で分断された構造を、分解し、「共に生きる」関係をつくりあげていくのは、容易なことではない。難儀なことだ。それを引き受けられるか、どう引き受けたらよいのか。とくに身近に障害者がいない身としては、考え込まざるを得ない。

「共生」「共食」「共考」といい、多様性を寛容を持って受け入れる、なーんていうが、実際はとても難しい。そもそも、「共」に、障害者や「とるに足らぬとされたものたち」は含まれているか、その顔が見えているか。

第三部「どこか遠くへ 今ここで」では、テーマはつながっているが、場所は見沼たんぼから離れる。

「やまゆり園で起きた凄惨な殺傷事件に、私は当惑した」と猪瀬さんは書く。

「容疑者は饒舌に語った。事件を解説する人、解釈する人も、饒舌に語った。(略)様々な言葉が、待っていたかのように溢れ出した」「私が当惑するのは、殺された人が語らない人であることにされている点だ(エンテツ注=「であることにされている」に傍点)。当然、殺された人は語ることができない。問題はそこではない。彼ら、彼女らは、殺される以前から「語ることができない人にされていた」」

そして「重度障害者の彼らには語るに足る人生があったと考えない空気が世間に存在していた」と指摘する。

この指摘は、おれのように「ライター」なんぞの肩書で、メディアがらみの仕事をしているものは、少なからぬ責任を持っていると思う。語るに足る、キャッチーな人や場所やモノなどばかりを、ネタにすることが多いからだ。それが、片方では、語るに足る人生がないかのような存在を生んだり、語らない人であることにされている人たちを生む、強い抑圧になっていることが少なくない。

かつて宮本常一は『忘れられた日本人』で、自ら語ることができない無字社会の日本人を発掘したわけだけど、猪瀬さんは本書で、別の意味で自らを語ることが難しい立場に排出され、忘れ去られようとしている人びとを描いているといえそうだ。

それだけじゃなく、「如何に雑多な存在と共に生きていけるのか」の思想を問うているし、読む者は問われている。

「分解」や「分解者」は、「食べる」と深い関係にあるのだけど、そのレベルのことになると、本書のあと7月に青土社から発行の藤原辰史『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』を一緒に読んで、ますますおもしろくなっている。

藤原辰史さんは、3月に農文協から『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』という本を出していて、これが、食べることの入門書として画期的にすばらしい。分解と分解者の存在意義が一目でわかるイラストまであるのだ。それを見たとき、おお、そうか、分解の思想は、難しく考えずに、ここからスタートすればよいのだと思った。

三つの質問の中の一つが、「「食べる」とはどこまで「食べる」なのか?」だ。

イラストは、子供が食べ、糞尿をしている。子供のまわりを、糞尿が自然から生物へ、生物から食べ物になり、また食べ、という循環のイラストが囲んでいる。その、子供のお尻の下の糞尿のところに「スタート!!」の描き文字があるのだ。

食べるというと、例によって生産―流通―消費であり、排泄から先は「とるに足らない」あるいは見たくもない考える必要もないような生活をしているのだが、じつは、食べるのスタートは糞尿であり、その分解から食べるは始まる、という見方ができる。

肛門も膀胱もある人間として生きるなら、肛門や膀胱の「先」も考えるのは当然だろう。食べれば「出る」のだ。そして分解があるから、全体の「生きる」がまわっていく。もし分解がなかったら、糞尿に埋もれて死んでしまう。分解には、もちろん、分解者がいる。

おれたちは、「出す」ことを前提に、食べている。食べなければ死ぬように、出さなければ死ぬ。食べることが生きることなら、出すことも生きることなのだ。食べ物と糞尿は、等価。まさか、このことは、忘れてないよな。口が現在なら肛門は未来だ。排泄は、未来に連動している。その先に未来がある。未来は、遠くにあるわけじゃない。おれのケツの下にあるのだ。便所の便器の先。とるに足らないとされたものたちが存在するところ。

そんなことを、見沼たんぼのほとりで考えているのだが、「分解」と「分解者」の話は、まだまだ続く。今日は、ここまで。

当ブログ関連
2019/07/18
「スリリングな読書と分解脳。」

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2019/08/31

地味で話題になりにくい、燃料と台所のこと。

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前のエントリーの早川でのことだが、かつて燃料店だったのではないかと思われる建物があった。青木食堂やうおよしがある、もはや商店街らしいカタチは失われた通りにあった。前回2006年4月25日に行ったときには、気にもとめなかったのか、青木食堂とうおよしの写真はあったが、ここの写真は撮ってなかった。

だから、どういう状態だったか、記憶の手掛かりがないのだが、たしか、店は開いていて、ほそぼそと何かを売っていたような気がする。

とにかく、今回は、立ち止まって、しっかり見て写真を撮った。

コンクリートの壁の、ESSOのロゴと灯油の文字の看板は、かなり古い。このようなカタチで灯油が売られていたのは、家庭の台所の火が、薪や炭から灯油に替わるころで、かつまだガソリンスタンドが普及する前のはずだから、1950年前半頃のものだろうか。

塩の専売もしていたようで、それを示すホウロウの小さなサインも軒下にあった。1945年の敗戦後は、しばらく薪も炭も販売店は登録制だったはずで、塩の専売も含め、この地域の食生活の要の位置にあったにちがいない。

建物も、屋根のそりぐあいまで、なかなか凝った造りだ。

燃料と料理の関係は、生活と密接にも関わらず、一般的には関心が低い。『大衆めし 激動の戦後史』に収録の「生活料理と「野菜炒め」考」では、戦後のおれの生活体験も交えて、野菜炒めを例に燃料と料理の関係を書いた。もちろん、あまり興味を持たれてないようだ。

二つばかりのテレビ番組から、おれを「野菜炒め研究家」と誤認識したらしく、おいしい野菜炒めが食べられる店だのおいしいつくり方だのの問い合わせがあった。いかにも、いまどきの偏った関心の示し方で、エンターテイメントな面白いネタになる料理と味覚、それも外食店のことばかり、生活の中の家庭の台所や燃料など地味だから眼中にない。

と、考えてみると、おれもまあ、ふだん何気なく過ごしていると、同じような状態だということに気づく。そういうビョーキが、かなりマンエンしている。と、気づくだけでもヨシとしよう。

戦後の薪や炭を使っていた頃、おれのうちが利用していた燃料店が、町のどこにあったか、もう思い出せないのだ。炭は炭俵で配達された。「薪」は、柴木と、いわゆる薪であり、これは父がリヤカーを引いて買いに行っていた記憶がある。柴木は長いから鉈で切り、薪は太いから鉈やまさかりで割って、かまどの近くの軒下に積み重ねた。その手伝いをさせられたことは覚えている。柴木はうちから見える近くの山でも採れたが、炭は奥の山で焼いていた。

ということを思い出そうとしているうちに、燃料店の歴史を知りたくなってネットで調べたのだが、「燃料店」レベルで、ちゃんとまとまったものがない。ますます気になる。

検索していたら、「江戸時代の資源・エネルギー」というPDFがあった。
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/tyousakouhou/kyouikuhukyu/modeling/pdf_cshs/04.pdf

学習指導要綱らしきもので、中学2年を対象学年とした社会教科だ。

………………………………………………

消費社会から循環型社会への転換が求められる現在、具体的な循環型社会への転換方法を考え、互いに自分の意見をまとめ、他者へ伝え、相手を納得させていく事により問題意識を高めていく。

32単元における視点●展開例の趣旨鎖国状態であった江戸時代の庶民の生活を知ることで、当時の人々が循環型社会を形成し、資源・エネルギーを自給自足していた社会を確認する。衣食住全ての分野でリサイクルが基本となっていた当時の状況を確認し、現在と比較することでこれから先、我々が出来ることを考えていく。●単元における展開例の位置づけ歴史的視点を持ちながら、現在の社会への置き換えを行うことで、資源・エネルギー問題を自分のこととして考える力を養っていく。

………………………………………………

とかいうもので、江戸時代が、モデルになる「循環型社会」だったかのように書かれている。

へえ~。

そういう炭と薪の生活が、それは井戸水や汲み取り便所と共にあったのだが、都会地はともかく、当時は人口も多かった田舎町では普通だった。普通の家庭の台所では、江戸時代が続いていたのだ。

あのまま続いていたら、周辺の山はハゲ山になり、燃料のために木を伐りすぎて文明が滅びたともいわれるギリシャ文明の末路みたいになったかもしれない。

いまの消費社会は、かなり歪んでいるから何らかの転換が必要だとは思うが、それが江戸時代をモデルにした「循環型」とは、どうなんだろう。

それに、猪瀬浩平『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』(写真=森田友希、生活書院2019年3月)と藤原辰史『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』(青土社2019年7月)を読んだあとのおれは、そうは簡単に「循環型」になびかない。

早川で出あった、昔の燃料店らしい建物から、あれこれ考えるのだった。

身近な燃料と台所は、文明と密接な関係があるわけだ。というか、文明そのものだね。そのことを忘れさせる消費社会に生きている。

当ブログ関連
2018/11/12
大革命。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2018/11/post-743c.html

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2019/07/18

スリリングな読書と分解脳。

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最近、スリリングな読書を楽しんでいる。

始まりは4月18日だった。見沼たんぼ福祉農園ほかで、主には飲みながら何かとお付き合いさせてもらっている猪瀬浩平さんの新著『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』(写真=森田友希、生活書院)を、大宮ジュンク堂で買い、近くのいづみや本店でビールを飲みながら読みだしたら止まらなくなり、とはいえ読み続けるわけにもいかず、家に帰ってパソコンに向かいメールを開けたら、『現代思想』の編集さんから初めてのメールで、「食の考現学」について原稿の依頼があった。

んで、何日かしたころ、以前から何かとおれのことを気にかけてくださっているようだが諸般の事情で仕事にはなっていない編集さんから、『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版)という本に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあったので、早速またもや大宮ジュンク堂へ行って買い、またもやいづみや本店でビールを飲みながら『大衆食堂の研究』の評のところだけ読んだ。

その後、まずは『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』を一回読み切った。以前に、このブログにも書いたし四月と十月文庫『理解フノー』にも登場する「ダンゴムシ論」の根っこになることが書かれている。「理解フノー」の段階では「分解者=ダンゴムシ」について十分に理解してなかったところが見えて、興味深いのだけど、なかなか重い内容が含まれているから、おれのような雑な人間には十分受け止めきれた自信がない。とりあえず5月2日に、概要だけ、ツイッターで紹介した。

『フードスタディーズ・ガイドブック』のほうは、パラパラ見たら、いま読むと、これから書かなくてはならない「食の考現学」の原稿が影響を受けそうだから、原稿を書き終えてから読むことにした。原稿の締め切りは6月5日だった。それから読んだ。

『大衆食堂の研究』の評者は、藤原辰史さんだ。この方のことは、昨年夏ごろだったかな、『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国)で知った。なんだか、すごいパワーの人があらわれたなあ、「食」に関する著者にこんな人はいなかったよ、と、ビックリボーゼンとした。いったい何者ゾと思ったのだが、そのままだった。そのうち、『トラクターの世界史』(中公新書)や『給食の歴史』など、気になるタイトルの本が並んだが、おれにはナチスのキッチンで十分だと思っていた。

しかし、『大衆食堂の研究』の評が、すごくおもしろい。とにかく、「食の話」というと「食べ物」に偏りがちだけど、藤原さんは、そうではない。

全体を見渡し、視野が広いし学識が厚いだけでなく、この人の専門は何かというぐらい、縦横無尽に越境する視線がおもしろいのだ。京都大学の教員で専門は「歴史学」のようだが、かなりジャンル横断的かつ上下縦断的に、四方八方目配りも学知も豊富で、軽やかに越境しながら真実に迫っていく。そう、そこが、スリリングなのね。越境は、スリリングだ。ハエを追いかけていたら蚊になり蚊を追いかけていたら鷲になり鷲を追いかけていたらワニになりワニを追いかけていたらバラになり…てなぐあいに世界や人間どもが見えてくる、という感じかな。

『大衆食堂の研究』について、最初の方で、こんなふうに書いている。「文章のなかに散りばめられている罵詈雑言も強烈であり、著者自身もジャンクな本でよいと考えている節があるが、そう読むだけではもったいない。そう読んでも十分に楽しめる本なのだけれども、本書の到達した食の理論から目をそらすことになる」

こうして、大衆食堂の研究に書かれた「生簀文化論」や「「ロクデナシ」の食い方」や「大衆食堂は家庭的ではない」「食の自立性」「味覚の民主化」などが料理される。

で、藤原さんの新著の『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』(農文協2019年3月)が、気になった。「食べるとはどういうことか」と、真正面からの切り込みだ。ナチスのキッチンのタイトルにも、「食べること」とある。

おれは、このブログでも何度か「食べ物」と「食べること」の話の混乱についてふれてきたが、ようするに、「食べ物」の話ばかりに偏っていて、「食べること」については、あまり考えられていないのだ。

「食の話」というと、おいしい楽しい食べ物の話が好まれる風潮、それをまた押す風潮(なぜなら、食べる飲むの商売と直結する人が多いからね)。「食べること」が好きな人は「食べること」を考えるより、話題になる食べ物に群がる、という風潮が、あれやこれやのメディアと周辺にマンエンし続けている。

その兆候は、すでに『大衆食堂の研究』を書いていた1993年頃にあった。おれは、「あとがき」でこう書いている。「この本でくそまじめに食生活を考えてほしい、といったら笑われるだろうか。/でもおれはくそまじめにくうことを考えていた」

考えることはスリリングだけど、そんなスリルより、誰かさんが押す食べ物や「みんな」が話題にする食べ物を期待している人たちが大勢だ。ワタシ押す人、ボク群がる人。その立場は入れ替わりながら、消費のコンテンツは花盛りだが、「考える種」は育たない。

しかし、真正面から「食べるとはどういうことか」だから、この本は買った。

京大のフジワラ先生と12歳から18歳の8名の中高生による「ゼミ」をまとめたものだ。ほかの厚くて細かい字のアカデミックな言葉の本と比べると、この本はおれのようなジジイにとっては文字も大きくなんと読みやすくわかりやすいことか。ってのは、どうでもよいことで、フジワラ先生は、生徒たちに三つの質問を発し討議する。

1、いままで食べたなかで一番おいしかったものは?
2、「食べる」とはどこまで「食べる」なのか?
3、「食べること」はこれからどうなるか?

1番目は、うまいってなんだ、ってことに関わる質問ともいえる。

あいだにフジワラ先生の解説やコラムが入ったりするのだが、「対話 『食の哲学』という本をみんなで書くとしたら?」なーんてのもあって、みんなで『食の哲学』の目次までつくっちゃうのだ。

これまで、食に関心を持ったらまず読む本のオススメの決定打がなかったが、これからはこれだ。

討議のあと、フジワラ先生は、今日の議論には答えはない、「答えを探すことが目的ではなくて、みんなに「考える種をまく」というのが今日の目的だった」という。そして、「あたりまえのことを問い続けるスリリングさ」ということで、哲学ってのは無味乾燥でメンドウなものでなく、「スリリングな知的エンターテイメントなんだ」という。

なるほどね~、おれももっと見習おう。あと「身体感覚を伴う問いの大切さ」についてふれているが、おれはもともと大学で学知なるものを身につけていないこともあって、体験や体感をもとに考えるのだが、近頃は、SNSの普及もあって、とくに「身体感覚を伴う問いの大切さ」について痛感している。

『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』と『フードスタディーズ・ガイドブック』と『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』については、もっとよく読みこなしてから、このブログに紹介するツモリだ。

ところが、まだあった。

『現代思想』7月号が出来あがって、発売日は6月28日だったのだが、その前夜、編集さんが届けてくれるというので大宮で会った。ま、もちろん、いづみやへも行ったのだけどね。そのとき、フジワラ先生の新著も持って来てくださったのだ。そのタイトルが、『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』だ。

これは『現代思想』に連載のものに加筆してまとめたものだ。いただいて、パラパラ見て、おお、またもや超越境の書ではないか、それに「生産者・消費者・分解者」など、猪瀬さんの『分解者たち』と深くリンクする内容のようだ。どうやら、「分解」は、近代の桎梏を超える(分解する)何かのようで気になる、と思ったまま、トシのせいもあるだろう、越境するスリルが続くとくたびれるから、少し休もうとほってあるのだ。

いやいや、しかし、近頃めったにないオベンキョウをしている。そして、おれの脳は、ゆるやかに分解している、か。

『現代思想』の件については、すでに雑誌も出来あがり、このブログで紹介済みだ。
2019/07/02
『現代思想』7月号に「おれの「食の考現学」」を書いた。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/07/post-624cb2.html

『フードスタディーズ・ガイドブック』の件についても、すでにこのブログに書いている。
2019/05/13
自分の本が載っているからではない、食の「知」のための一歩、『フードスタディーズ・ガイドブック』。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/05/post-0aa567.html

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2019/05/14

仕事と家族と食の70年。

『スペクテイター』42号「新しい食堂」では、冒頭で、編集部の青野利光さんが「食事をする側とそれを提供する側の食に対する意識が、今まさに変容のときを迎えているのではないか」と述べている。これは、この文の前に、「皆さんの話を聞いて感じたのは」とある通り、この特集に登場する店主さんたちの話を聞いて、ということなのだが、飲食店のステージだけに限らず、食事と料理をめぐっては「意識」の変容が、その傾向も含め、よく見えるようになってきた。

『大衆めし 激動の戦後史』は、60年代後半からの、全国自動車道路交通網やコールドチェーンなどのインフラに属する基盤の拡充と食品工業の成長が食文化の変動に与えた影響を見ている。食をめぐる戦後の「下部構造」の激変が、このころにあった。

そのころはまだ、「上部構造」のほうは、家族中心の食事観と「和洋中」の概念が堅固のなかで、「コメ」か「パン」かの闘争があったり、従来の食事観や料理観が問われる「激動」が起きていた。

そのうえに、80年代以後から少しずつ目に見えて広がってきたのが、食をめぐる「意識」の変化だ。

その「意識」の変化には、「新しい食堂」でも少しふれられているが、「幸福観」の変化が関係していそうだとおれは思っていたのだが、さらにその「幸福観」には「仕事や家族の形」の変化が深く関係しているのではないかと気付いたのは最近だ。

『TASCマンスリー』5月号に載っている「仕事を家族の70年」を読んでのことだ。

立命館大学産業社会学部教授の筒井淳也さんが書いておられるのだが、「戦後の仕事と家族ということで言いますと、2015年の時点で戦後70年ですから、当然、その間に仕事や家族の形も大きく変わりました。戦後の歴史を見る場合、私は主に三つの段階で捉えています」と、その三つの段階について述べている。

幸福観や食事観のことについてはふれていないし、仕事や家族に関する「意識」の変化より、産業社会学的に見た「形」の変化や「仕組み」のことが中心であり、最後は「少子化」「未婚化」「介護」「子育て」などの政策の話になっている。

なかなか説得力のある内容なのだが、おれはそれに「食」をからませて考えてみた。

「仕事と家族の形」が、食事や幸福に関する「意識」と密接な関係にあることは、まちがいないだろう。

ってことで、この「仕事と家族と食の70年」というタイトルを思いついたわけなのだ。

おれが「新しい食堂」に寄稿した文章のなかで、「八〇年代、日常の大きな変化」と「“もう一つの場所”のために」の見出しのところは、まさに「仕事と家族の形」が関係している。

「八〇年代、日常の大きな変化」のところでは、「食堂が根をはった日常が大きく動いたのは、一九八〇年代だ。それまでは、たいがい収入差はあっても、成長する工業社会のもとで工場のサイレンに合わせるかのように同じリズム同じ方向を維持し、終身雇用年功序列の同じ出世双六ゲームを競っていた。日常もわりとわかりやすかった。「サザエさん」や「ちびまるこちゃん」の世界だ。」と書いている。

とくに「サザエさん」の家族は、国民的幸福モデルだったのであり、価値観レベルでは依然として「主流」といえるだろう。それだけに、現実とのギャップは激しくなっている。

筒井淳也さんは、第三段階を一九九〇年代以降としている。

とにかく、仕事と家族の形は、経済と政策に押され変わってきた、それが幸福と食をめぐる意識の変化に及んでいる。

現在の食にまつわる「活況」は、このあたりのことが底流にあると見ておかないといけないだろう。いま「食」に関する意識は、かつてなかった「個」と「仕事」と「家族」のもみあいのなかにある。

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2019/05/10

昨日の補足。『クレヨンで描いた おいしい魚図鑑』。

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加藤休ミさんの作品に『クレヨンで描いた おいしい魚図鑑』(晶文社2018年1月)がある。これが、なかなか面白い。食文化を考えるヒントにもなる。

「魚図鑑」というと、普通は生物学的な図鑑だが、これは、「おいしい」がついているところが大いにちがう。表紙の絵は、ツナ缶の中身であり、本文では「ビンナガマグロ」のところに、この絵が載っている。

そして「ビンナガマグロ」のところには、漢字表記や学名などのほかに、こんな説明がある。

「ビンナガマグロはスズキ目サバ科マグロ属に分類される魚の総称です(世界の熱帯・温帯海域に生息)。だけど日本では、ツナといえばマグロの油漬け缶詰。この、ちびっ子からお年寄りまで愛されるツナ、じつは魚図鑑の世界でもこれほど形の変わる魚はほかに見当たりません。(以下省略するが、コンビニのツナサンドなど朝昼夜の飲食の場のツナの活躍が紹介されている)」

本の後のほうには、普通の図鑑の絵のような魚も載っているが、この本はもう「魚食文化図鑑」とでもいえそうなものだ。そして、普段の普通の生活に即している。言い方を変えれば、生活感がある。

ここには、きのうの話にも出ている「さんまの塩焼き」の絵も載っている。きのうの話のさんま焼きは、『今日のごはん』(偕成社2012年9月)のもので、これは食事の膳にめしや味噌汁などと描かれている。そのさんまも、この絵のようなもので、ありふれた安い普通のさんまがモデルになっている。加藤さんは自分で焼いて描いている。

魚の姿を知らない人が増えているといわれるが、さんま、あじ、いわし、さば、たい、いか、えびなどなど、魚屋の店頭で見られるものある。だけど、それらは「食品」として流通しているもので、死骸であり、生きている状態のそれらを見たことがある人は、かなり少ないだろう。

おれも、そんなにたくさん見ているわけではないが、生きているときは鱗が輝き、食品の状態とはかなり見た目の印象がちがう。その「生物」を見て「うまそう」と思うとしたら、見る人の食文化が大いに関係しているといってよいのではないか。

四月と十月文庫『理解フノー』には、「ウマソ~」という掌編があり、おれが親しくしていた山奥の民宿の「熊獲り名人」のおやじが、山で熊に出あい、鉄砲は持っていなかったが、「ウマソ~」と追いかけ落ちていた木の枝で叩き殺してしまう話が載っている。その熊獲りの生活ぶりも少し書いたが、生きている熊を見て「ウマソ~」と追いかけるのは、その日頃の熊を獲り食べる生活をぬきには考えられない。

生きている魚の場合、どうだろうか。まだ話を聞いたことがないが、「ウマソ~」と海中の魚を追いかけることがあるのだろうか。水族館の魚を見て「ウマソ~」と思う人は、どれぐらいいるのだろう。鯨の場合など、どうなのだろう。どこでどう「ウマソ~」になるのだろうか。そのあたりは、それぞれの食文化と大いに関係がありそうだし、料理文化にも関係するだろう。どこかで「ウマソ~」になる/なった。

自分は、ある食品を、いつどうして「うまそう」と思うようになったか、なかなか面白いと思う。

料理で「うまそう」をふきこむように、絵にすることでまた「うまそう」をふきこむことができる。その素材が、ありふれたものであっても、普通の缶詰であっても、料理をする人しだい、絵を描く人しだいなのだ。この一冊、ほかにも、加藤さんの食べ物や食事(あるいは生活)を、ありふれたクレヨンで描くクレヨン画からは、「うまそう」に描かれているからこそ、そういう食文化も読み取れる。

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2018/11/11

「食べる」を「まじめに考え、もっと楽しむ」。

きのうのテキストにある「まじめに考え、もっと楽しむ」は、西江雅之著『食べる 増補新版』(青土社、2013年)の帯にあるオコトバだ。

とてもよい、すごくよい、と思った。

「まじめに考える」と「楽しむ」は、相いれないような扱いを受けていることがめずらしくない。そして、「食べる」となると、考えることを停止し、しかし脳ミソのなかにためんこんだ知識を総動員してウンチクを傾けたりしながら、テレビタレントのように、誰が見ても「楽しそう」な、大根役者のような教条的な表情とことばを放出する。「オイシイ~」

それもまあいいだろう、おれのしったことじゃない。だけど、もしそのとき「うまい」と思ったら、「うまい」ってなんだ、ワタシの生理か心理か文化かぐらいは、ヒマなときに考えてみるのも悪くない。「うまい」には、たぶんに食文化が関係している。

でも、「食文化とは」となると、なかなか複雑で説明しにくい。実際のところ、説明せよといわれると困ってしまう。生理や心理や社会など、雑多にいろいろな次元のことが関係し、『世界の食文化 16 フランス』(農山漁村文化協会、2008年)を著した北山晴一は「複雑性の罠」といったぐらい、ややこしいのが「食」の分野だ。

だからあまり考えずに、ワタシはうまいものや食べ物について詳しいのヨってな顔をして、これはサイコー、日本一だ、世界一だ、とでも、少しばかり文学的に気どりながら断言しちゃえば、あら不思議それを信じちゃう人も少なくない。世間とは、そういうもので、たいがいのグルメ本とか食べ物の話は、そうして成り立っている。

「食文化とは」についてふれている、適切な本は何冊かあって、先駆者といっていい石毛直道などは、詳しく述べている。彼の食談義はおもしろいのだけど、彼は文化人類学者であり、文化人類学は、「文化」×「人類」だから、その眺めは広大で、いざ学問的立場で食文化を語るとなると、すごく広大なのだ。おれのようなシロートは、もっと整理してくれるとありがたいんだがなあ~と、わが脳ナシ頭をうらむことがたびたび。

ところが、この『食べる 増補新版』は、食文化論の急所を、身近なことにブレイクダウンし「七つの要素」をあげて説明している。

本書の構成は、三つにわかれていて、その「Ⅰ」と「Ⅱ」の一部が「食文化とは」に直接関係する内容だと判断できる。

「Ⅰ」は、「「食べられるもの」と「食べ物」」 「「文化」としての「食べ物」」 「コミュニケーションとしての「食べ物」」 「「食べ物」と「伝統」」の四つにわかれている。

「Ⅱ」は、九つの話があるが、「「ことば」を食べる時代」が、とくに大事だと思った。

小見出しレベルをあげると、こんなぐあいだ。

「人間にとって大切なもの」 「「食べられるもの」と「食べ物」」 「「食べ物」と文化」 「文化とは何か」 「五つのポイント」 「「どのようにか」という文化」 「「どのようにか」食べる」 「七つの要素」 「「昔」ということの曖昧さ」 「「伝統」が意味するもの」 「伝統を「創る」」 「伝統は構成要素の束」 「伝統は「未来」である」 「「食べ物」の話題の変化」「「美味しい」とは何か」「亡食の時代」「「ことば」を食べる」「「ことば」先行型商品の問題」 「「実」にこだわる」

ってことで、「七つの要素」は、①ことば、②人物特徴 ③身体の動き ④環境 ⑤感情・情動 ⑥空間と時間 ⑦人物の社会背景 をあげ、一つひとつ説明している。

具体例では違和感のある記述もあるが、基本的なところは豊富な経験と学識をもとにまとめられているから、とてもありがたい。

せっかく毎日「食べる」のだし、人によっては大いに食べ歩いているだろう、その体験を体験でおわらせることなく、かつ自分本位の認識と理解におわらせることなく、あるていど「客観的な尺度」で考えてみたい。すると、ますます「食べる」が楽しくなるというわけだ。

それに、コイツ、ずいぶんひとりよがりのおかしなことをいっている、ということが自分のことも含めて見えてきて、大いにリテラシーに役立つのだな。

「ことば」を食べる時代」だからこそ、食べるを楽しむために、「まじめに考えて」が不可欠になっている。「食べる」世界は、広大だ。まだまだその広大さに気が付いていない。小さな世界に閉じこもり、食べることでエラそうにするのは、やめにしようぜww

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2018/10/27

2001年9月11日、戦争と平和と食。

安倍首相は、来年10月から消費税を10%に上げると宣言した。その消費税がスタートしたのは、平成元年の4月1日からだった。

世間はすっかり消費税に飼い馴らされたかんじだが、どうなのだろう。いまでは1万円の食費に800円の税が1000円になる。かりにそれだけ収入が増えるとしても、かりに消費税が全額福祉に還元されるとしても、「食べる」ということに税が課せられる異常を、異常とする人の声はあまり聞かれない。

平成13年、2001年9月11日、いわゆる「アメリカ同時多発テロ事件」が発生。その前日の10日、農水省が千葉県内で飼育されていた牛にBSE発症疑いがあることを発表した。後にBSE発症が確定。

どちらも、テレビで繰り返される映像から、多くの人たちが大きな衝撃を受けた。マスコミや言論は、例によって騒ぎたてるだけ。

いいもの食ってりゃ、しあわせか。

その年の暮、菅啓次郎さんの一文がある。これは、あまり一般の人の目にはふれない企業PR誌に載った短文だ。

「9月11日、世界が変わった。こうなると、食についての幸福なおしゃべりは、いかにも些細なことと思える。それよりも無用な殺戮を生み出す「世界」の構図を本質的に見抜き、行動に移したらどうなの? そんな声には、ぼくも賛成だ。だが、かといって食についての考察を放棄する必要はないだろう。爆弾とともにピーナッツバターを投下する巨大国家の姿に、狂気が潜んでいる。家庭の食卓には、そのまま、世界のすべてが響いている」

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