2016/02/27

『栄養と料理』で栄養と料理を考えてみる。

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『栄養と料理』3月号(女子栄養大学出版部)をいただいてから2週間以上がすぎてしまった。はあ、どうしていつも、なんだかんだ、いろいろ重なるのだろう。とはいえ、いろいろ重なると、重なったからこそ見えてくることもある。今回は、とくに、以前読んだことのある、味覚がらみの資料を集中的に読めたのが、よかった。

味覚や料理に関する本ばかり読んだが、栄養の話は、ほとんど出てこない。というのも、たとえば丸元淑生の『いま、家庭料理をとりもどすには』や『悪い食事とよい食事』などは、味覚や料理の話としてはツマラナイから、最初からはずしてあるからだ。ツマラナイというのはいいすぎで、一度読めば、二度と読む必要がないというほうが正確か。

とにかく、栄養と料理は、けっこう矛盾している関係なのだ。栄養は、料理の片面だけ、あるいは一部だけでしかない。食文化からみれば、料理は食文化のことだけど、栄養そのものは生理であって、食文化ではない。

ただ、栄養に、どういう態度や考えでのぞむかは、文化のことで、これは食文化だけではなく、健康に関する文化や、人生哲学のようなものまで関係する。それは栄養は生理のことだから、生命のことでもあるからだ。つまり、自分の生命=肉体とどう向き合うかは、それぞれの生き方のことが深く関係する。

ところが、いわゆる栄養の専門家のような人たちは、簡単にいえば、人間はみな健康のために生きている、健康のために生きなくてはならない、と、考えているようなのだ。

その態度が、じつに「説教臭く」て、あまりよい印象がない。それに、栄養にからんで、「癌にならないための食事」とか、エセ科学っぽいアヤシイ話も多く、ウサンクサイ印象が蓄積している。おれのなかに蓄積しているだけかもしれないが。

そのイメージが『栄養と料理』にまでかぶって、この雑誌は、昔のクセで、ときたま本屋でパラパラ立ち読みをすることはあっても、買ったことはない。

昔のクセというのは、1970年代は、仕事柄、会社のカネで毎号見ていた。商品開発やメニュー開発や販売促進では、イチオウ目を通しておかなくてはならない雑誌だった。

あのころは『三訂日本食品標準成分表』の時代で、これは仕事で必須だったから、一部は丸暗記するぐらい覚えていた。

ところが、『三訂日本食品標準成分表』は、1963年の改訂版だが、つぎの四訂版が出たのは1982年で、その間、三訂を信じているほうもオカシイのだが、でも、みんなこれを基準に仕事をしていたのだ。で、四訂が出て見たら、三訂とくらべ、100g当たりの成分が大幅にちがっている食品が、けっこうあったのだ。

そりゃまあ20年近くも改訂されてないのだから、とうぜんのことなのだが、おれは、それでアタマにきて、それから、一切、この成分表は見なくなった。こんなアテにならないものを根拠に、ああでもない、こうでもないやってきた自分がバカバカしく、ついでに栄養の専門家たちにも、興味を失った。

そもそも、食物の成分などは、たとえば野菜などは、とれたてとスーパーに売っているようなものとは、ちがう。おなじ魚でも、とれた海によってちがう。

ま、そういう話は、よい。

『栄養と料理』だけど、この雑誌は、健康オタクの一般(女性)誌と栄養業界誌と女子栄養大学PR誌がまざりあったような内容と作りで、この3月号は、おもっていたより、おもしろく読んでしまった。

もくじのつぎの見開き、久間昌史さんの写真と文がよかった。「食を魅せる くまの眼」ってことだけど、写真家の文章というのは、なかなかよいものが多いね。ニンゲンやモノを観察する態度のちがいだろうか。

「「台所遺産」を見に行こう」が、おれもアチコチの遺跡を見に行っているので、興味深かった。

特集「やっぱり気になる!?女のコレステロール」は、更年期を迎える女性に対象をしぼっているので、単なる善悪論でなく、話が具体的で説得力があった。

おれの周辺には、更年期を迎えるか突入しているひとが多いので、おもわずマジメに読んでしまった。説教臭くもなく、押しつけがましくもなく、ようするに「自分の体と向かい合っていくことがとてもたいせつなんですね」ってことで、おわる。では、どう向かい合うかは、栄養学のことではないからだろう。だけど、そのへんがまあ、どうなのか、難しいところを避けて、けっきょく「自己責任」か、という感じでもある。

体の悪いひとは、栄養は切実な問題であるように、日々の仕事や暮らしも健康なひとにはない切実なことを抱えている。コレステロール対策に「運動」があるけど、もともとそれだけ運動できるヒマがあるなら体を悪くしない、というひとも少なくないだろう。

どう自分の体と向かい合っていくか、あるいは、うまいものが食べたいという欲求と、どう向かい合って行くかがないと、やっぱり栄養オタクや健康オタクための話になってしまうような気がする。ってことで、内澤旬子さんの『身体のいいなり』を思い出した。

それはともかく、詳しくは知らないが『栄養と料理』にとって、栄養オタクとか健康オタクは、コアの読者かもしれないが、なんの雑誌でも、課題はコアの読者の外側をどう開拓できるかだろう。

この雑誌をいただいたころは、『ku:nel』のリニューアルをめぐって、一部の人たちがナンダカンダ騒いでいた。どちらかといえばコアな読者だった人たちばかりのような感じだったが。ファンの深情けという感じもあった。

だけど、この『栄養と料理』は、そういう、ギョーカイ人が注目するような、カルチャー誌とかライフスタイル誌とはちがう。そういえば「食はエンターテイメント」の『dancyu』とは対極にある雑誌だ。いまどきの、オシャレな「上質」といわれるデザインの雑誌ではないし、そういう系統のファンなど見向きもしない雑誌だろう。

だけどおれは、もう「本好き」とかいう人たちが好む、ある種のテイストに食傷気味だから、この雑誌の、ちょっとダサイぐらいの大味のデザインに、なぜかホッとするものがある。メイン・ターゲットが50代女性ということだが、おれもトシのせいか、本文の文字がデカイのもよい。ヤボでノビノビした感じは、よいものだ。

それはともかく。栄養と料理という矛盾あるテーマを一緒に謳うなら、やはり、サヴァラン様の『美味礼讃』に立ちかえるのがよいとおもう。この本は、たいがい、文学的な箴言ばかりもてはやされているが、もとのタイトルは『味覚の生理学』であり、生理と栄養と料理と美味の関係などを語っているのだし。「精力」のつく料理の話もあるしね。

なのに、栄養の専門家たちときたら、栄養があるものはうまい、和食は栄養学の理にかなっているとか、食は生命なり、などなど、そういうことをいっていればコトがすむとおもっているのか、なんだか論理は乱暴だし深みがない、だいたいツマラナイ。いったい、サヴァラン様の『美味礼讃』を、どのように読んでいるのだろうかとおもう。

テナことを考えたのだった。

とにかく、健康に関心があるからとか、体が悪いからとかだけではなく、健康な人間でも老化するわけで、つまり肉体の生理は変化するわけで、それと共に味覚も変わるわけで、日々の味覚の愉しみが、どう生理や栄養と関係するかぐらいは、普通に知っておいてよいことが、もっとあるとおもう。十年一日のごとく「体によいから」「体に悪いから」栄養学じゃダメだろう。

とりあえず、本屋で『栄養と料理』を手に取ってみよう。たばこは吸わない方がよい、酒はほどほどに、といったステレオタイプで非文化的な文言を無視して見れば、それなりにナルホドとおもうことがある。でも、栄養学者ってのは……。

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2010/09/03

いい加減にしてほしい。コレステロールだの栄養学だの…。

そもそも、コレステロール値の問題については、ああでもないこうでもないが続いているわけだが、まただよ。これまでと、真っ向正反対の「指針」。けっきょく、どっちにせよ根拠が明確ではないから、こういうことになる。そもそも、個体の問題を一般論や一つの基準で統率してしまおうという「野望」を問題にしなくてはならない。

「食育」などは、こういう、いい加減な栄養学が根拠になっている。これ、以前に何度も書いているが、利権をめぐる争いがからんでいるにちがいない。ある種の「覇権主義」の結果ですな。大衆の身体と食事をネタに覇権を争っている連中がいる。それは、誰もが必要で大事にしたい、生命と食事だもの、大変なカネが動く。この記事を読むと、利権争いの役人や、それと似たような学者たちの顔がチラチラする。そんなふうに、想像しちゃうね。

ま、こと、栄養においても、このように根拠薄弱なものが、まかり通っている。味覚や味覚のうまいマズイなどは、もっと根拠がない。であるから、「料理の科学的根拠」として、栄養学がでしゃばってくる。そして、一方では、ラーメンやモツに行列をつくる。いつまで続くのか、味覚と栄養の騒動。根っこは、おなじ。

いったい、大衆は、どうしたらいいのか。『みんなの大衆めし』にかえることである。流行や権威や情報にふりまわされず、「「体にいいから」食べるんじゃなくて、「食べたいから」食べるごはん。これを食べると、なぜかほっとする、また頑張れそうな気持ちになるごはん。あったかくてくつろげるごはん。」の日常を確立することだろう。それぞれの味、それぞれの味覚、それぞれの身体。ほんとうに自ら欲する必要なものを判断する個の力にかえるしかない。と、なるわけだ。


(見出し)
高コレステロール=長寿、脂質栄養学会が指針
 コレステロール値は高い方が長生きで良いとする指針を、医師や栄養学者らで作る日本脂質栄養学会がまとめた。

(記事本文)
 3日から愛知県で開かれる同学会で発表する。高コレステロールは心臓病や脳卒中の危険要因であり下げるべきだとする現在の医療は「不適切」としており、論議を呼びそうだ。

 現在の基準は、LDL(悪玉コレステロール)が140(ミリ・グラム/デシ・リットル)以上かHDL(善玉コレステロール)が40(同)未満、もしくは中性脂肪が150(同)以上だと高脂血症と診断される。

 日本動脈硬化学会が作成した。メタボ健診の基準もこれを基にしている。

 日本脂質栄養学会が今回まとめた「長寿のためのコレステロールガイドライン」は、「現在の基準値は基になる具体的なデータが示されていない」と主張。

 コレステロールが高いほど死亡率が低かったとの大規模研究や、コレステロールを下げる薬を服用しても心臓病の予防効果は見られないとする海外の近年の研究から、指針をまとめた。

(2010年9月3日05時04分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20100903-OYT1T00010.htm

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2006/10/22

「現代用語の基礎知識2007」は11月2日発売

現代用語の基礎知識の綴じ込み付録「生活スタイル事典」で、「さまざまな食育カタログ」ってのを書いた。それが、11月2日発売だそうだ。

これは知り合いの季節労働者、柳瀬徹さんが編集を担当されているのだが、このブログで書きなぐっている、右サイドバー「カテゴリー」の「食育・健康・栄養グダグダ」にあるような「食育」に関するアレコレをご覧いただき、おもしろそう~と興味を持っていただいたのがキッカケだった。

すでに食育基本法は施行されているし、用語の解説をしながらなので、あたまから「食育はんた~い」というわけにもいかない。2ページにおさまる字数の制限のなかで、食育基本法や食育推進基本計画による「食育」がどういうものか、その歴史的背景までを知りうるという、欲張った前提で用語を選んで書く作業は、なかなかめんどうだったけどおもしろかった。

掲載の用語は、以下のとおり。

感謝の念
食育推進会議
食育推進基本計画
食育月間と食育の日
食育推進担当ホームページ
栄養教諭
食事バランスガイド
内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)
食育推進の目標
食育推進の主体
食育マーケティング
モスの食育プログラム
食育学会
食の乱れ
「子供がキレるのは食生活が原因」
食糧自給率
日本型食生活
フライパン運動
食に関する指導
村井弦斎「食道楽」
食育の背景と経緯―「食育基本法案」に関連して
砂田登志子
江原恵

以上。

うふふふ、最後を江原恵で締めるところが、おれの「芸」ですね。
時間がなくて、しかもおれはザル目なのに、最後は直しが多いなか責了になってしまったので単純ミスがないかシンパイ。

でも、まあ、ごらんください。きっと、おもしろく役に立ちまする。よろしく~。

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2006/10/05

食育と栄養モンダイのリンク集

「現代用語の基礎知識2007」の校正を終って、ウチのFAXはアルコール切れバカになって送信できないから、同封されていた速達用の封筒をつかって発送した。でも、それで気がついたが、このへんの郵便ポストは午前11時ごろと午後2時ごろの2回しか収集にまわってこないのだ。ということは、今日夕方に急いで出さなくても明朝でも同じことだったのだなあ。ここはイチオウさいたま市の浦和区なのに、郵便はそういう状態で、1日に1回の山間僻地より1回多いだけなのだ。ああ僻地化がすすむ都会。

それはともかく、今回の「現代用語の基礎知識2007」では、食育とくに食育基本法に関して書いたのだけど、用語解説というセンを押さえながらなので、それに2ページにおさまるようにトータルの字数は決まっているので、最終的に23項目になった。しかしレイアウトしたら15行も超過で、その分を削りながらと、もとの食育基本法や食育推進基本計画を間違って理解したり引用したりではいけないから、もう一度念を入れてチェックで、まあけっこう時間をくったわい。

しかし、それで、基本法と基本計画というやつを、何度も読むことになったが、これはもう読めば読むほど、ヒドイものだね。とくにもう基本計画などは、「計画」のカタチをなしてないよ。内容以前の、計画作成の技術的なレベルとして、とても計画になっていない。おれが上司だったら、こんなもの「計画」といえるか!と一喝却下だね。それを小泉元総理、安倍元官房長官以下大臣のみなさんや民間からの、あの服部栄養センセイなど「代表者」が顔をそろえた「食育推進会議」なるもので決めたのだからなあ。

そもそも言い訳のような留意事項がおおすぎるし、全体像は描けてないし、整合性に欠けるところがたくさんある。計画とは、政策的にシンプルでなければいけないはずだろ。ま、興味あるかたは、基本計画のヒドさ加減をごらんください。……クリック地獄

日本は、こんな計画や政策しかつくれない国なのだよなあ。だいたい総理だって「人気」であって「政治」じゃないし、官僚は「政策」じゃなくて「利権」だし、そもそも重要政策はアメリカに従っていればよいのだし、国民は? ああ、それでなんとかなって趣味に生きられる(ミギやヒダリやマンナカの政治談議だって政策ぬきの趣味や嗜好の飲食のようなものだ)日本っていいなあ~の気分か。

ま、とにかく、それで、過去このブログで書きなぐっていた、食育や栄養について、チトふりかえって見たいなあと思ったが、これがずいぶんあるのだなあ、1度に見るの大変だから、ここにひろえるだけ拾ってリンク集をつくって、ぼちぼち見直していくことにした。

「現代用語」のほうは、あくまでも「正しい用語解説」を基本に心がけて書いているので、ここに書いているような、クタバレコノヤロウ調ではないよ。

060919「食育」言葉のルーツ、誤解あるいは奇怪

060910さらにまたドクターペッパーと食育のこと

060908いやはや、消せばすむ問題なのか

060908「食育利権集団ができつつあるようだ」とな

060907「はすみふぁーむ」を応援するのは「地産地消」の精神に反するか?

060905食育上どうなのか「その他の醸造酒(発泡性)①」

060904食育と産業、とくに食系企業の動向

060904食育基本法成立までの民主×民主の論点

060903食文化ぬきの食育、栄養教諭制度に関する資料

060830水道水を、どうするのだ

060826ロハスはチョイ気になる

060716食料自給率「40%」は危機か

060524根拠のないことだらけの食生活と栄養と健康

060518野菜炒めからスローフードとロハス

060406あけすけゼニ儲けの服部食育に感動す

060325頭の中は、潰し合い

060222「栄養学批判序説」の序の幕下の前座のふれ太鼓

060128食育基本法が隠蔽する農業破壊

060126地産地消の「地」とは、なにさ

060113「食品商業 2月号」 必然か おせっかいか 食育基本法

051227嗜好と食育と「健康教」「栄養教」

051208愛、歌、食

050815ろくでもない戦争と栄養学

050718食育基本法が施行

050622「スローフード」や「食育」のまやかし

050316悩ましい「食育」

050201社会を考えられなくなった末の栄養、グルメ談義

040715栄養学なんて「食」とは縁もゆかりもございません

040630いいかげんな「栄養タレント」

040621栄養学の不健全

040516栄養教諭と食育問題

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2006/05/23

なぜ世界一の長寿国で「健康ブーム」なのか

20日の「「健康ブーム」って、品がないね」の続きだが。「日本が世界一の長寿なのは「日本型食生活」という日本独特の食形態のためと言われている」ってことがよく言われている。これは、根拠があることなのか。

たとえば、「社会実情データ図録」の「世界の平均寿命ランキング(149カ国比較)」では、「図を見れば、高所得ほど平均寿命が長く、低所得国ほど平均寿命が短いという一般傾向が認められる」「平均寿命と経済発展度(所得水準)の相関をみることができるが、経済発展度が低い割に平均寿命の長い国と高い割に平均寿命の短い国があるという点も明確に分かる」「すなわちキューバ、ニカラグア、エリトリア、エチオピアといった国は、経済発展度が低い割には平均寿命は長い。社会主義的政策をとる国がここに含まれる。平均寿命が1位の日本も所得水準では12位であり、また所得水準が79位の中国では平均寿命は57位であり、同様の特徴がある」

そもそも、1位の日本と10位のオーストリアでは約2歳半のちがい。2002年のデータだけど、1位の日本が81.9歳、6位のフランスは79.7歳、イタリアも同じ。アメリカは77.3歳で10位だが、日本との差は、約4歳半。

この小差に、どうやって食生活との相関関係をみたのか、みればよいのか、その根拠は、はっきりしない。

日本は「社会主義国」なみの社会保障制度や医療制度が充実し「悪平等」であったので、「小泉改革」はこれを破壊し続けた。その結果、いったん病気になると生活が破壊しかねない不安が絶えずつきまとうようになった。病気になると、仕事も失いかねない不安もある。この不安は、地方格差のなかで、地方へ行くほど大きい。

今回の「健康ブーム」の背景の一つには、そういう「健康不安」があるように思われる。ま、しかし、こういうことは、あまりマスコミでは報道されない。マスコミは厚生労働省の手先広報みたいなシゴトばかりしているのだな。栄養士の団体も、その厚生労働省の下請け団体。

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2006/05/20

「健康ブーム」って、品がないね

来月6月15日発売の「食品商業」7月号のお題は「健康ブーム」なのだ。いろいろたてこんでいるから、21日の締め切りだが、今日仕上げて送ってしまった。

だいたい「ブーム」というのは過剰で陳腐なものだけど、今回の「健康ブーム」は、さらに暗く不安と不信に満ち満ちていて陰鬱で、そして品がない。1970年代にも「健康志向」と「本物志向」が流行するのだが、まだ明るく希望に満ちて品があった。

おれが「品」を口にするなんて、柄じゃないが、品を気にする人たちのために、この言葉を使っている。ほんと、いまの「健康ブーム」は、品がない。そもそも、健康不安を煽るなんて品のないことだし、煽られて先を争って健康に群がる姿もあさましく品がない。

だいたい、楽しそうじゃない。日々楽しく生きられなくて、なんの健康だ。
説教くさい。
インチキくさい知識の押し売りだ。
おれは飲むのに忙しいのだ、健康の話をしているヒマはない。

しかし、世界一の長寿国日本で、なぜかくも品のない健康ブームが起きるのか、という点に注目すべきなのだ。という感じで書いた。

幻堂出版から、「最近の仕事です!」と二冊の本が送られてきた。あいかわらず猥雑のままの洗練で、いい仕事をしている。

一冊は先日5月16日に書いた、「今宵も十トリで乾杯! 十三トリスバー五〇周年記念誌」だ。
一冊は、「福満しげゆき・原点 10年たって彼らはまた何why故ここにいるのか…」だ。

詳しい紹介は、後日する。「10年たって彼らはまた何why故ここにいるのか…」って、おれもなあ、10年たって、まだここにいるのだが。

ほかに、漫画屋から「レモンクラブ」も届いているのだ。南陀楼綾繁さんの「活字でも読んでみっか?」は今回90回目で最後になる。取り上げている本は、阿奈井文彦さんの「名画座時代 消えた映画館を探して」。写真のキャプションに、塩山編集長は「90回もよく続いたヨ。本連載もその後の本誌も…」と書いている。ま、ようするに、エロ漫画で、このような書評紹介をやるアソビをする余裕もなくなって連載打ち切りということなのだな。

この「活字でも読んでみっか?」では、2000年1月号で拙著「ぶっかけめしの悦楽」を取り上げてもらった。南陀楼さんのブログ5月15日に「「活字本でも読んでみっか?」で取り上げた本」リストがあって、そこにも載っている。これを見ると、「活字本でも読んでみっか?」は、同じ漫画屋制作の『Mate』(一水社)で継続するらしい。

とにかく、あのころおれは「南陀楼綾繁」という名前を知らず、その「レモンクラブ」で初めて知ったのだった。南陀楼さんと初めて会ったのは、それから約2年後の2002年の秋、西日暮里の「遠太」で。

ま、チトいまは忙しいので、これぐらいで。阿奈井文彦さんの本は、これまでほとんど読んでいるから、この件は、また後日に書く。だろう。

マズイと思っても、それを個性だと思って味わうことが、なんに関しても必要だね。
本当のプロは、煽ったり脅したりや、知識の押し売りはしない。
プロぶった栄養学の先生がする知識の押し売りなどは、インチキが多いってこと。

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