2014/06/03

「和食」…ユネスコの無形文化遺産に登録されたけれど。こんな「和食」に誰がした。

2014/06/01「5月のハンセイ。」に書いた四谷の飲み会では、最後に、やはり「和食」の件になった。ま、文化遺産に登録されたけど、意気があがらないね~、かえってめんどうなことになっているような、てなことで簡単に片づけられたていどだったのだが。

おれも食育基本法批判をやったときほど、この件については意気があがらない。もう、ほとんど無視、という感じだ。

というのも、「和食」そのものが迷走していて、墓穴を掘っているからだ。「和食」を「日本人の伝統的な食文化」と唱えるほど、矛盾が露呈し泥沼が生まれているからだ。放っておいても、迷走泥沼状態。それは、チト悲しいことではあるが。

それに、食育「国民運動」のように、「和食」のカネや権威にたかって、テキトウなことをいって稼いでいるひとたちがいるのも、セツナイ。

とにかく、当初から「和食」の「範囲」がハッキリしていないのだ。たとえば、昨年12月2日の読売新聞は、3ページにわたって(農水省と「和食」文化の保護・継承に取り組むキッコーマンと伊藤園の広告が半分を占めているから実質1ページ半だが)、11月24日に開催された「和食文化の保護と継承について考えるイベント」を伝えている。その「専門家によるシンポジウム」を見ても、何が「和食」かについてはバラバラだ。

無形文化遺産に登録が決まり、「日本食文化のユネスコ無形文化遺産化推進会議」から「「和食」文化の保護・継承国民会議」に衣替えした組織の会長である、熊倉功夫さんの基調講演では、「和食で大事なのは、まずご飯です。ご飯だけでは食べられないんで日本人は汁を非常に大事にします。それからおかず」といっている。

ところが、その「和食の範囲」について、パネラーの伏木享さんは、「日本でできて日本人しか食べない洋食は、外国人から見ると和食になる。ラーメンやお好み焼き、カキフライといった料理も含めて、和食の裾野は広い方がいいと思う」といっている。

そもそも、あらかじめ「和食」の範囲を決めて登録しているのではなく、アイマイのままだし、「和食」なるものは、このひとたちが、こんな話しをして決めるものなのかと思うが、とにかく、「和食」の範囲などは、はっきりしてない。

だから、『AERA』 2014年3月31日号でも「カレー、ラーメンは「和食」なのか? 専門家の意見は」といったことが記事になり、これがインターネットにも載って、話題になったりした。
http://dot.asahi.com/aera/2014033100064.html

この記事の「専門家」は、原田信男さんと江原絢子さんで、お二人は日本の食文化について真摯に研究を重ねていて、ひとやカネの顔色を見ながらものをいったりしない、見識のあるひとだと思うが、意見がわかれている。

こういうことになってしまうワケは、2014/02/02「明日3日は、朝10時から文化放送「くにまるジャパン」で、生活料理の白熱トーク!」で、少しふれている。……

「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録され、「文化遺産」けっこうなことだけど、インターネット上にも「「和食」の無形文化遺産登録を手放しで喜べない理由」といった記事があるように(http://diamond.jp/articles/-/44360)、「和食」と「日本料理」と「家庭料理」のあいだが、あらためて見直されたり論議になっている。

これは、『大衆めし 激動の戦後史』にも書いている「日本料理」の歴史と「二重構造」が関係することで、そうは簡単にスッキリ解決はしない。だけど、まあ、働き生きるための「大衆めし=生活料理」は、日々行われているのである。その生活料理について、もうちょっと考えてみようってことだね。

……と書いているのだが、『大衆めし 激動の戦後史』を読んでもらえば、混乱の原因も、そもそも、和食は、なぜ「保護」だの「継承」だのといわなけれならない事態になったのか、わかるはずだ。

今日、ツイッターで、このようにツイートした。
https://twitter.com/entetsu_yabo/status/473668385645932544

「何度もいうけど。汁かけめしや大衆めしに関する俺の著述は、生活を基本に料理を「機能論」的に述べているが、世間で圧倒的に通用しているのは「発生論」や「系譜論」であり、素材や庖丁を原理としている。以前書いたブログから http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2010/07/post-6484.html

RTやお気に入りが、けっこうあったが、‏@allman3369さんから、「@entetsu_yabo さんの、料理が機能ではなく発生論として語られる、というのはつまり「必要性の充足」ではなくて「正統性のゲーム」になってしまっている、ということなんだろうと思う。」と返信ツイートがあり、

おれは「@allman3369 なるほど、「正統性のゲーム」って表現、いいですなあ。料理にかぎらず、発生論や系譜論の「正統性」が、古事記や日本書紀、でなければガイコクになってしまうってのが、サミシイですが。」と返したりした。

これまでもそうだったが、「和食」は、その「正統性のゲーム」の泥沼に陥っている。

先のおれのツイートのリンク先は、当ブログの2010/07/23「梅棹忠夫『文明の生態史観』と『汁かけめし快食學』。」だが、そこでは、瀬尾幸子さんがいった「結局、大衆めしってみんな和食なのね。スパゲティナポリタンだって」も引用している。この「大衆めし」は『大衆めし 激動の戦後史』に書いたように「生活料理」とイコールだ。

ようするに、料理を「発生論」と「系譜論」で見ているうちは、「和食問題」の解決の糸口はつかめない。

まずは、発生論や系譜論のほかにも、機能論の見方ができるし、そうすべきだということを、料理や味覚に関心のある方には、ぜひ知ってほしい。料理は生活、に、立ち返ることだ。

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2007/02/12

「そして切ない「愛情料理」」に讃辞が

チトきょうは、ベロベロ泥酔デーなので、あわただしい朝。ブログはパスと思っていたのだが、メールをチェックすると、すごい、02/08の「そして切ない「愛情料理」」をご覧いただいての讃辞が届いていた。

コメント欄に書こうとしたが、マック機種のばあい、文字化けすることがあり、それだったようで、メールになったとのこと。

届くメールの多くは、おれのことを、面とむかってなら口にできないような言葉で、ミソカスボロクソにいうもので、讃辞はめったにない。だから、こういう讃辞をいただくと、恐縮しつつ、単純によろこんで舞い上がり、すぐ人に見せびらかしたくなる。

もともとコメント欄に書こうとしものだから転載は差し支えないだろう。

ときどきコメントをいただいているヤマザキクニノリさんからのメール。ヤマザキさんは、この正月公開の映画「こほろぎ嬢」の脚本を担当し称賛をあび、めったに人を褒めない口うるさい連中からも「日本のタルコフスキー」だの「福島のタルコフスキー」(ヤマザキさんは福島県出身)だのといわれているようだ。すみません、おれ、タルコフスキーを知りません。でも、「こほろぎ嬢」は、ほんと、見る価値ありますよ。

ってことで、とり急ぎ、ヤマザキさんからのメールを、ここに転載します。おれからの返信は、すでにヤマザキさんにはしてあるけど、ここに書くのは、ベロベロ泥酔が醒めてから。明日とか明後日とか。

エンテツさま

「そして切ない『愛情料理』」を拝読し、稀に見る名文だと心を打たれました。これは中学や高校の教科書に載せるべきではないか、人生の何であるかを、ガキどもに読ませたいものだと考えました。その旨コメントしようとしたら、目下ウィンドウズのノートパソコンを修理に出しており、これがすべてのデータが消えるという遣る瀬ないものなのですが、残った初期のiMacで書き込んだところ、どうやっても文字化けしてしまいます。一度は断念したのですが、読めば読むほど味わい深く、こうしてメールでお送りした次第です。
 確かにこの文には「コク」がありますが、押し付けがましさのない、いつでもこんな人生から消えてやるぞという、愉快な黄昏感が横溢しています。これは日本風の枯淡の境地とはまったく異なった、年喰った人間の真っ当な批評性を示しているのではないでしょうか。後続世代のわたしですが、一人の部屋で、ああでもない、こうでもないの堂々巡り。こんな風な、生活の真只中から立ち上がってきた見事な文章は書けません。わたしたち、いわゆる「団塊の世代」の男にも読ませたいものですが、まあ手遅れですね。おそらく「一緒に連れ戻しにいってくれ」と泣き言をいうような連中ばかりの気がします。
 とりあえず、敬服の念を表明したくメールしました。


ヤマザキ・クニノリ
http://www.7th-sense.gr.jp/
http://www.h3.dion.ne.jp/~tantan-s/

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2007/02/09

気になる「愛情料理」

きのうの「愛情料理」モンダイから、いろいろ考えてしまったが、「愛情弁当」という言い方もある。だけど、「愛情料理」だろうが「愛情弁当」だろうが、妻であり母である女がつくる料理だった。それは、2007/02/05「「社会科のための 食物文化誌」なんだが」に引用したように、「君子は厨房を遠ざく、という聖賢の言が、国民の生活倫理の根底理念となっていたのである」という歴史的事情が背景にある。

女は「子を産む機械」なだけじゃなく、愛情料理や愛情弁当をつくる機械でもあった。ま、なかば「義務」のように、愛情料理や愛情弁当をつくらされてきた、ともいえる。しかし、「義務」や「機械」では、身も蓋もなければ美しくもない。「愛」や「絆」なら。

男にとって女は「利用関係」であり、「人間関係」とはビミョウに違う。ということが可能だった。しかし、自分にとって都合のよいものに対して愛着や愛情がわくように、利用関係においても、つまり便利このうえない利用価値の高い妻に対して愛情は持てる。あるていど「家庭」のカタチができてしまえば、妻は、いろいろなことでなくてはならない存在になる。いなくなると困る。それを「愛」とか「絆」ということにして、男はすごす。女からすれば、そうではないかも知れないということについては、考えない。

そして、女だって、一緒に暮すうちに、よき妻よき母でやっていたほうが、ラクというか、いいじゃないの「子を産む機械」「料理をつくる機械」だって、これが女の幸せ平和というものよ。テナことに、なるようなかんじもある。かくして、男と女のあいだには、深くて暗い川があっても、家庭を軸に「利用関係」が成り立ち、「人間関係」などメンドウなことは二の次。ま、人間関係的「愛」「絆」など考えずに、利用関係的「愛」「絆」で、心地よくすごす。

「愛情料理」や「愛情弁当」は、その幻想のための、潤滑油というか装飾というか……。

知人だが。妻が、うつ病ひきこもりで、料理もしないし子供の弁当もつくらなくなり、夫である男が、それをするようになった。すると、男だって、料理に対する関心が高まる。このあいだ、あるところで一緒に飲み食いしたとき、うまい気になる料理があると、「これ、どうやってつくるの」とイチイチ聞く。ようするに、料理がうまくなるというのは、そういうことなのだ。愛情より好奇心だろう。では、その好奇心のモチベーションはなにか。妻や子に、うまいものを食べさせたいという愛情か? どうもそうではないようだ。よそで食べたうまいものを、自分もつくって食べてみたい、それだと思う。自分が、どうしたいか、なのだ。

ともあれ、料理というのは、男と女の関係まで考えさせるものなのだ。

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2007/02/08

そして切ない「愛情料理」

「熟年離婚」ってのは話には聞いていたが、「現物」にあったことがなかった。しかし、これが「熟年離婚」かというのが、ついに出現した。本人にはスマンが、なんだかウレシイ、よろこんでいる。

おれより1年上の男、たしかカミサンは10歳ぐらい年下だったと思うが、離婚届を書いて家を出たという。ま、それで、おれに相談というか、ようするに連れ戻したいから一緒に来てくれという長い電話。

おれは、たしかに2回離婚し3回結婚しているが、だから、離婚のしかたなら知っているけど、連れもどしかたなんか知らないよ、カンベンしてくれよ。もうあきらめろ、おれならよろこんで、若い女をみつけるぞ。というと、「いや、いまさら、そんなメンドウはしたくない」

はあ、なんてやつだろう、「いまさら、そんなメンドウはしたくない」って、そういう根性で夫婦をやってきたからカミサンは家を出たのだろうし、そんな根性じゃ、ゼッタイもどりっこないよ。

そこそこの会社の幹部にまでなったやつだが、話をしていると、こっちが情けなくなる。カミサンの「愛情料理」が自慢だったやつで、そもそも「愛情料理」なんていう言い草が、自己中心的というか自己愛まみれで。

うちのカミサンは、うまい料理をつくる、「愛情料理」なんだよ。なーんて、20年前ぐらいに、よくそんな話を聞かされるたびに、おれは、そんなもの、夫婦を長くやっていて毎日料理をつくっていれば、自分がうまいもの食べたくて、うまい料理つくるようになるんだよ、愛情なんか関係ないよ、というと、いや、おまえは平気で離婚をするようなやつだから、女や女房の気持なんかわからないのだ。とか、しゃらくせえこといっていたが。

うまい料理をつくったり、夫婦で子供を育てるなんてのは、結婚していればアタリマエのことで、そんなもので「愛」だの「絆」だのって、本気にそう思っていたのか。おれだって子供の保育園の送り迎えから、掃除洗濯炊事、1人の子供は小さいとき入院手術もしたし1人は死んで葬式まで出した、それでも離婚だよ。そういうことで夫婦協力は、美しい「愛」だの「絆」だのと思いたいかも知れないが、フクザツな人間のココロを単純にしてみせるホームドラマやメロドラマの見すぎというものだ。

あんたは、ほんとうは、自分の好きなこと以外はめんどうだから、「愛」や「絆」ってことですまし、いい気になっていたのだろう。

とか電話でガンガン言いながら、そういや、どうもこやつ誠実で要領はよく仕事もできたが、コクのない男だったなと、フト伏木亨さんの『コクと旨味の秘密』を思い出したり。

ま、なんだか知らんが、あまりの自己愛の強さにオドロキながら、これからどうなるか楽しみになった。なにしろ、熟年離婚の「見本」は、初めてだから。

しかし、「愛情料理」なんてヘドが出るような言葉、ずいぶん罪つくりだと思う。料理は、愛情なんかなくたって、おもしろく楽しく、うまくできるのだ。

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2006/04/28

「豊かな日本の中流意識」と、どう決別するか

最近のトラックバックにある「続々々々料理は愛情?」は、3月27日の「メディアのなかで自分を見失う料理」にトラックバックいただいたものだ。まだご覧になっていない方は、ゼヒご覧いただきたい。

この指摘は、オモシロイと思う。

「辰巳浜子の娘、カリスマ料理研究家辰巳芳子はそんな風潮を憂い、母から娘に受け継がれる伝統を大切にせよと主張する。だが、彼女の言う家庭料理は一部の特殊な家庭の伝統であって、決して日本の伝統的な家庭料理などではない。むしろオレンジページの読者が目指す手抜き料理の方向性こそが、本来の日本の家庭料理に回帰せんとする運動なのではなかろうか。」

おれとしては、こういう主張が、どんどん増えることを期待しているし、また増えるだろうと思っている。

26日に書いた、風呂会の会長、瀬尾幸子さんは、「酒とつまみ」に「瀬尾幸子のつまみ塾」を連載している。前から気になる存在だった。こんな「料理研究家」が、どんどん増えるといいなあと思って、その連載を見ていた。ある意味、瀬尾さんの料理は、辰巳芳子さんなどの「家庭料理」とは対極にある。

瀬尾さんの料理は、いろいろな身近の使えるものはドンドン使って、複合融合の料理で味をつくり出せるところに特徴があるように思う。加工食品やインスタント食品はイケマセンといった、ゴタクは述べない。ときと場合、必要とあらば、ドンドン積極的に使う。

なんでも程度しだい、それを判断する基準は、「生活」であり、「自分」である。

しかし、日本人は、とくに70年前後から「豊かな日本の中流意識」というアイマイな観念を持たされ、それを「消費」の判断基準としてきた流れもある。

そのことは、すでに何度か書いている。そして、これも何度か書いているが、「豊かな日本の中流意識」の「消費」は、一つは、「グルメ」つまり「外食」と「うまいもの」に傾斜した。

いま、「下流」だの「階層」だのと言っているが、貧しくても、「外食」と「うまいもの」の「豊かな日本の中流意識」だけは旺盛のようだ。いや、「外食」と「うまいもの」もよいのだが、それがガイドブックやサイト情報にたよっての右往左往。

そこに、どういう「生活」、どういう「自分」があるのか。どういう未来を想像しようというのか。探ってみると、「豊かな日本の中流意識」の残骸しか見えない。

「豊かな日本の中流意識」の「消費」に溺れて過ぎてゆく日々。そんな人間にワタシはなりたくない。と思ったら、「瀬尾幸子のつまみ塾」なんて、いいかもな。

……あっ、話が、ズレたか。な。しかし、「スローフード」も「食育」も、すでに汚れて色あせたなあ。そんなもんですよ、現実とチグハグな流行ってのは。

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2006/03/27

メディアのなかで自分を見失う料理

江原恵さんの著書に『辰巳浜子 家庭料理を究める』がある。リブロポート、シリーズ民間日本学者の28、1990年刊行。江原さんは、辰巳浜子の娘さんの芳子さんにも取材して、これを書いている。辰巳浜子さんは、かつて1960年前後からNHKの「きょうの料理」などで活躍した人だが、当時は料理学校やプロの料理人が「料理の先生」であったなかで、めずらしく主婦から「料理研究家」になった人だ。

この本の脇のおもしろさは、ただの一人の主婦がメディアに登場し本を出版するようになるにしたがい、変わっていくところだ。

辰巳浜子さんの出版デビュー作である1960年『手しおにかけた私の料理』と、それから10年以上過ぎた1973年『料理歳時記』を、江原さんらしく詳細に比較検討している。そして「しかし料理家として名を上げ、マスコミに知られてくると、時代の風潮にしだいに引きこまれて行く傾向が出てきた」と。

それは江原さん自身が体験し、そして引きこまれないようにしていただけに、なかなか克明にとらえている。

正確にいえば「時代の風潮」というより、取り巻きとなったメディアの人たちやファンに引きこまれて行くのだ。これは、ある一面、じつに気分のよいものであり、自分が、ただのそこらの主婦や大衆の一人ではなくなった錯覚を持つ。

自分の周囲には、自分を好み、自分も憎からず思う人たちが集まり、そのなかでおだてあったり褒めあったり冗談を言ったり、しているうちに、そこでの気分やコトバに自分が支配されるようになる。だけど、気分がいい。しかも有名なメディアという権力でもあり権威でもある人たちと交わっているうちに、自分もその仲間であると思う。それもまた気分のいいことだ。その仲間で通用する気分やコトバも覚える。そして、それが表現にあらわれる。

そういうものを江原さんは見逃さず指摘する。残念な気持をこめて。

このことを思い出したのは、きのう、いま佳境の野菜炒めの原稿の調べで図書館へ行き、娘の辰巳芳子さんの『手からこころへ』(海竜社、2004年)を借りてきて、パラパラ見ていたからだ。

その本を借りたのは、野菜炒めとは関係なく、「汁かけ飯」の項があったからで、まあタイトルからして、台所仕事は手仕事だと思うのだが、『手からこころへ』とは、時代の風潮が手に汗して働くより、心地よいこころの話のほうがよい具合になっているからだろうかと思いながら借りてきた。

辰巳芳子さんは1924年生まれだから、浜子さんが1960年56歳の『手しおにかけた私の料理』のときには、36歳ということになる。そのころから、浜子さんの周囲の有名メディアな空気を吸いながら生きてきたのだな。

日本人のなかでも自分は上質な人間であるというコトバに満ち満ちている。ま、上質の人間であろうことは認めるのにやぶさかではないが。「手から こころへ」に始まり、「伝える喜び」「心を耕す」「私のむだなし考」「心を奏でる」「春の恵」「愛あればこそ」……こういう類の本の常套句に満ち満ちている。それでいて、自分は地を這って「底の方を拾って」生きているようなことを言う。これも、常套だ。

「汁かけ飯」については、「表現さまざま」というタイトルで、このように書き出す。

”汁かけ飯”を作っていたら、簡単と簡素の違いがなんとなし気になってきた。 簡素の中にはやはり美があり、思索の裏づけ、または思い入れの跡が認められる。簡単は、どうも、それから先は無いもののようだ。

そして彼女は、「戦後、この食べ方はすっかり忘れていたが、この頃さんざん美食をなさった方のもてなしに窮し、はたと思い出した。しかし今の世にこの思惑を成功させるためには、質素が簡単ではなく、簡素に達するよう、ささやかな美意識でやりくりすることとなった」と書く。

なんとまあ、私は汁かけ飯をすすめるが、私が付き合っている方々は「さんざん美食をなさった方」たちで、つまり私は、そういう人のお仲間なのね、で、私は簡素な美意識を持った女なのですよ、ということをもったいつけて言っているだけなのだ。

かりに、心を耕す思索の裏づけのある簡素な美学の持主だということを認めてあげてもよいが、それなら、こういう類型的な表現はイッタイどこから出てきたのかと思う。

「鰹節を削るシュッシュッという音は日本の台所特有の世界に冠たる響きだと思います」

なんとまあ、陳腐な、ブッ、「世界に冠たる響き」? おれは思わず吹きだしたが、きっといい気分で書いているのでしょうなあ。こういう表現が、続々とある。

しかしそれが、彼女が生きてきた、そして生きている、有名メディアな環境の空気なのだろう。それはまた読者まで含めた、売れる有名になれるメディアの現実の姿なのだろう。

ま、おれは「簡単」な野菜炒めが、もうおもしろくてねえ、50枚ぐらいは書いてしまったかなあ。末日までに、100枚書けるか。がおおおおおお~

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2003/02/11

「家庭料理」

北大路魯山人さんといえば『美味礼賛』のサラヴァンさんとならんで、食の話や食通談義によく登場する。かれは高額会員制美食クラブ「星岡茶寮」をつくり、自ら料理や器をつくり提供し、世の名の知れた食通をうならしたらしいが、いわゆるクロウトではない。

魯山人さんは昭和10年に、こう書いている。「家庭料理は、謂わば本当の料理の基であって、料理屋の料理は之を形式化したものだ。之を喩えて言ふならば、家庭料理は、料理といふものに於ける真実の人生であり、料理屋の料理はその芝居である。之は芝居であるばかりでなく、芝居でなければならないのである」

いいこといっているねえ。

それから約40年後。江原恵さんはいう。「家庭料理という言葉自体が変則的なのであって、家庭料理と料理とはもともと同一なものであるはずなのだ。それに対して、料亭料理、レストラン料理は”売りもの”である。商品だから、実質以上の価格とそれだけの値打ちがあると思わせる何かが必要になる。その何かこそ外観の美であり、場所の雰囲気であり、食物の由来とか産地直送とかいう『嘘』なのである」

江原さんが、こう書いた最中1970年代に、すでに食事や料理は「プロの料理」がふりまく虚像つまりイメージの虜になっていた。プロの料理に「値打ちがあると思わせる何か」は、メディアが競って演出することになった。その状況は、今日まで続いているが、かつてなかったものである。

そこに、自らの料理を料理と自覚できずに、たかが「おかず」たかが「家庭料理」と思い込んでいる大衆がいた。自らのコロッケやカレーライスを卑下し、「本格的な」フランス料理や懐石料理やインド料理などを「元祖」「本物」と仰ぎ、マスメディアやグルメライターがふりまく能書きに「美食」を見出す「グルメ大衆」は、そこから生まれた。

そういうわけで、やがて、料理であり続けたのは大衆食堂の「おかず」しかないという状況になる。

ま、その大衆食堂のおかずには、魯山人の好物であり死の病原を運んだといわれる「タニシの煮付け」までは、さすがになかったが。タニシなんか、おれがガキのころは、ニワトリのえさだったよ。人間が食べるものとは思わなかった。芸術家として名を成してからも貧しいガキのころの「タニシ料理」を愛し続けた魯山人にとって、それは「真実の人生」だったのかもしれない。そういう料理を自らの逸品としたいものだ。

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