2019/08/08

「カレーを混ぜる、文化を混ぜる」

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かつてのフットワークのよさがすっかり失せてしまったおれは、近年の「スパイスカレー」や南インドやスリランカの料理あるいはカレーのブームを、遠くから眺めているばかりだった。

すると、どうしても「食べる」ときの「混ぜる」が料理として欠かせない「汁かけめし」の視点になるのだが、そういう視点からの話題は、ほとんど目にすることがないと思っていた。

ところが、やっぱり、あったのだ。

先日、2回ほど顔を合わせたことがあるferment booksのワダヨシさんが、「カレーを混ぜる、文化を混ぜる」と題した短いコラムに、拙著『ぶっかけめしの悦楽』から一文を引用したということで、『IN/SECTS(インセクツ)』という雑誌を送ってくれた。

ワダさんは、話題の『味の形 迫川尚子インタビュー』『サンダーキャッツの発酵教室』を発行しているferment booksの編集者で、身体的な視点からも「食」や味覚を考えたりする面白い方だ。

早速、そのコラムを読んでみた。

「カレーライスはかけめしが進化したものだ」という『ぶっかけめしの悦楽』からの文を引用しながら、現在の南インド料理やスパイスカレーのブームも、ぶっかけめしたるカレーライスの延長に存在するものという話をしているのだが、単にカレーだけのことにとどまらず、インド音楽の「混ぜる」文化にまで言及している。

そこでは、「食べ物を混ぜない日本人に、インド人側からカルチャーショックを受けた」というM・K・シャルマの『インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」 喪失の国、日本』 (文春文庫) からの引用もあったりする。

そしてワダさんは、「カレーを混ぜることと、文化を混ぜることにはさらなる深い関係がありそうだ、とカレーを混ぜつつ思った」のだった。

いやあ、これは、なかなか面白い。

とりあえず、おれは、「日本の「伝統文化」にも、村田珠光の「和漢のさかいをまぎらわすこと肝要」という言葉のように、「混ざる/混ぜる」の文化」がありましてねウンヌンという話と、『ぶっかけめしの悦楽』の帯に「いま時代が動くとき、かけめし再発見」と書いたのだけど、ますますそのことを強く感じていると、御礼のメールに書いた。

するとワダさんから、「混ざる/混ぜる」と人間の肉体や料理の物理性とのかかわりにふれるメールがあって、おれはすっかりコーフンして、脳内は汁かけめし状態になっている。

一昨年の『スペクテテイター』40号「カレー・カルチャー」特集号のときは、「カレーショップは現代の大衆食堂である」というお題をいただいて書いたので、あえて汁かけめしにはふれないように書いたのだが、チョイと正直すぎたかという反省もあって、発酵しきらないモヤモヤが残っていた。

ワダさんには、よくぞ『ぶっかけめしの悦楽』のことを思い出していただき、感謝だ。

どこが「原産」のカレーだろうと、きのうの「ぶたやまライス」だろうと、混ぜまくる日本の食文化、とくに混ぜまくる大衆食文化に息づいているのだ。

最近のミーツもダンチューもカレー特集だが、当然ながら、カレーをめぐる「新しい動き」を知るにはよいが、毎年恒例の消費活動で終わっている。

それはそうと、『IN/SECTS』という雑誌、初めて見たが面白い。小粒ながら文化創造に意欲的な記事が多く、読ませる。こちら。
https://www.insec2.com/

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2019/08/07

『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場。

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暑いからね、ということで、ほったらかしのブログだが、まずは、このことを書いておかなくてはならない。

先月末発売の『暮しの手帖』8-9月号、第5世紀記念特大号に、ぶたやまかあさん家族とぶたやまライスが登場した。

その見出しからして、こんなアンバイだ。

ハードルを下げれば
楽しく続けられる。
今日も一日のごはんを
「やり過ごす」ために。

ぶたやまかあさん。会社員、やり過ごしごはん研究家、40代。

この記事は、第5世紀1号記念企画「第1特集 ちゃんと食べてゆくために」の最初のテーマ「わたしが台所に立つ理由」の一つだ。

ぶたやまさん家族、勤め人の夫と子供3人の全員が登場、そして、「ぶたやまライス」をつくって食べる。

「ぶたやまライス」とは、ツイッターでも人気のぶたやまさんのやり過ごしごはんの代表作。いわゆる「汁かけめし」の亜種であるワンプレートクッキングであり、一つのプレートにごはんとおかずを盛合わせるのだが、ぶたやまライスらしい法則性がある。

「油っぽいお肉とさっぱりした酢漬けの野菜さえあれば、あとは何をのせても良し」というもの。これ、じつは、米のめし料理の基本を押さえているし、汁かけめしと大いに関係あることなのだ。そのことについてふれていると長くなるから、またの機会に書くツモリとして。

ぶたやまさんの、「大事なのは、毎日のごはんをやり過ごすことだから」という言葉と、「豚こま肉をゆでて、ポン酢をかける。人参はラペにし、ピーマンはグリルで焼く。私は決して器用ではありませんが、シンプルな作業ならムリなく同時進行できます。人参を切っていて時間がなくなったら、明日のスープに使えばいい」という考え方と方法は、かなり面白いと思うし、いろいろな可能性を秘めていると思う。

おれも最初の頃は、「やり過ごし」ということについては、よくわかっていないところがあったが、日々の暮らしにとっては、すごく大事なことで、ここで間違うと「呪い」にかかることになる。

料理に限らず、さまざまな「呪い」にとらわれやすい環境がある。自分は能力のない人間だ、自分の仕事も人生もツマラナイものだ、自分の住んでいるところはツマラナイまちだ、などなど「呪い」にかかりやすい。そういうことにまで、「やり過ごし」は効きそうだ。人によって程度のちがいはあるだだろうが、「呪い」からの脱走も可能ではないか。「まちづくり」とか「少子高齢化」とか、そういう社会的課題にまで、使えそうな「哲学」というか「思想」というか。

「シンプルな作業ならムリなく同時進行できます」については、野菜炒めなどを対比させ、具体的に述べているのだけど、なかなか深い。詳しくは、本誌を読んでもらうとして、とくに料理につきまとう「共時性」と「経時性」のさばきかたは、これまた、いろいろな作業につきまとうことで、とても面白い。

ところで、「わたしが台所に立つ理由」には、ぶたやまさん家族のほかに、二つの家庭が登場する。新聞社写真部に勤めるおとうさんと妻と子供一人、もう一人は、画家の牧野伊三夫さんで、おれが「理解フノー」の連載をしている美術同人誌「四月と十月」の発行人だ。

「台所に立つ理由」というと、チョイと堅苦しいが、日々のことには、それぞれが「個」の「事情」というものを抱えながら、あたっているはずだ。食事についていえば、その日その日によって異なる「個」の「事情」を抱えながらつくるひとはつくり、食べるひとは食べるのだ。

企業的組織的になるほど管理がつきまとい抑圧は強まり、「個」の「事情」は薄められ平均化や標準化されるし、「家庭料理」については相変わらず戦前からの「良妻賢母」モデルに組み込まれた抑圧が機能しているが、家庭では、家庭によりけりだが、「個」が比較的自由に表出しやすい。ぶたやまかあさんのように「私はいつも、自分が好きな味を貫いています」といったことが可能だ。

しかし、その「個」の「事情」が、さまざまにメディアにあふれるようになったのは、新しい。「とくにSNSの普及で、台所の料理の担い手が直接発信できるようになって、状況は大きく変わりつつある」と、おれは『現代思想』7月号に寄稿した「おれの「食の考現学」」に書いたが、従来の紙メディアでは、牧野伊三夫さんのような画家や文化的(クリエイティブ?)な職業の人たち、著名な方々など、あるいは飲食がらみの各種業の人たちなど、その仕事や肩書で耳目をひく人たちが登場し、チョイ「上」な「美しい」「上質な生活」を語ることが多かった。そういうところでは、「やり過ごしごはん」といった、生活の地声のようなものは、なかなか聞こえてこなかった。

それから、これだけいろいろなメディアがあるのに、住み分けがすすんでいて、それぞれが小さな水たまりに棲息し、越境やまじわることが少ない。例えば、牧野伊三夫さんと、共働き勤め人のぶたやまかあさん家族が同じテーマで並んで登場するなんてことは、「珍事」のたぐいだったと思う。交わることのない編集や制作、交わることのない読者、交わることのない生活が、割と広く存在した。

これからどうなっていくかわからないが、『暮しの手帖』の第5世紀の1号目にぶたやまかあさんが登場したことは、生活的に、希望がもてるような気がしている。

ぶたやまかあさんの記事に関して、ツイッターに、こんな感想があった。

からすねこ
@karasuneko_cat
ぶたやまかあさんの暮しの手帖入手。ゴハン作り大変だけど、ぼちぼちでいいよってユルさで良かった。暮しの手帖ってすごくストイックなイメージで、キチンと頑張らなくちゃって感じだけど。
午後10:25 · 2019年7月27日·Twitter for iPad
https://twitter.com/karasuneko_cat/status/1155107047072919554

当ブログ関連
2019/06/08
『暮しの手帖』100号、「家庭料理ってどういうもの?」。

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2019/07/18

スリリングな読書と分解脳。

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最近、スリリングな読書を楽しんでいる。

始まりは4月18日だった。見沼たんぼ福祉農園ほかで、主には飲みながら何かとお付き合いさせてもらっている猪瀬浩平さんの新著『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』(写真=森田友希、生活書院)を、大宮ジュンク堂で買い、近くのいづみや本店でビールを飲みながら読みだしたら止まらなくなり、とはいえ読み続けるわけにもいかず、家に帰ってパソコンに向かいメールを開けたら、『現代思想』の編集さんから初めてのメールで、「食の考現学」について原稿の依頼があった。

んで、何日かしたころ、以前から何かとおれのことを気にかけてくださっているようだが諸般の事情で仕事にはなっていない編集さんから、『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版)という本に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあったので、早速またもや大宮ジュンク堂へ行って買い、またもやいづみや本店でビールを飲みながら『大衆食堂の研究』の評のところだけ読んだ。

その後、まずは『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』を一回読み切った。以前に、このブログにも書いたし四月と十月文庫『理解フノー』にも登場する「ダンゴムシ論」の根っこになることが書かれている。「理解フノー」の段階では「分解者=ダンゴムシ」について十分に理解してなかったところが見えて、興味深いのだけど、なかなか重い内容が含まれているから、おれのような雑な人間には十分受け止めきれた自信がない。とりあえず5月2日に、概要だけ、ツイッターで紹介した。

『フードスタディーズ・ガイドブック』のほうは、パラパラ見たら、いま読むと、これから書かなくてはならない「食の考現学」の原稿が影響を受けそうだから、原稿を書き終えてから読むことにした。原稿の締め切りは6月5日だった。それから読んだ。

『大衆食堂の研究』の評者は、藤原辰史さんだ。この方のことは、昨年夏ごろだったかな、『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国)で知った。なんだか、すごいパワーの人があらわれたなあ、「食」に関する著者にこんな人はいなかったよ、と、ビックリボーゼンとした。いったい何者ゾと思ったのだが、そのままだった。そのうち、『トラクターの世界史』(中公新書)や『給食の歴史』など、気になるタイトルの本が並んだが、おれにはナチスのキッチンで十分だと思っていた。

しかし、『大衆食堂の研究』の評が、すごくおもしろい。とにかく、「食の話」というと「食べ物」に偏りがちだけど、藤原さんは、そうではない。

全体を見渡し、視野が広いし学識が厚いだけでなく、この人の専門は何かというぐらい、縦横無尽に越境する視線がおもしろいのだ。京都大学の教員で専門は「歴史学」のようだが、かなりジャンル横断的かつ上下縦断的に、四方八方目配りも学知も豊富で、軽やかに越境しながら真実に迫っていく。そう、そこが、スリリングなのね。越境は、スリリングだ。ハエを追いかけていたら蚊になり蚊を追いかけていたら鷲になり鷲を追いかけていたらワニになりワニを追いかけていたらバラになり…てなぐあいに世界や人間どもが見えてくる、という感じかな。

『大衆食堂の研究』について、最初の方で、こんなふうに書いている。「文章のなかに散りばめられている罵詈雑言も強烈であり、著者自身もジャンクな本でよいと考えている節があるが、そう読むだけではもったいない。そう読んでも十分に楽しめる本なのだけれども、本書の到達した食の理論から目をそらすことになる」

こうして、大衆食堂の研究に書かれた「生簀文化論」や「「ロクデナシ」の食い方」や「大衆食堂は家庭的ではない」「食の自立性」「味覚の民主化」などが料理される。

で、藤原さんの新著の『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』(農文協2019年3月)が、気になった。「食べるとはどういうことか」と、真正面からの切り込みだ。ナチスのキッチンのタイトルにも、「食べること」とある。

おれは、このブログでも何度か「食べ物」と「食べること」の話の混乱についてふれてきたが、ようするに、「食べ物」の話ばかりに偏っていて、「食べること」については、あまり考えられていないのだ。

「食の話」というと、おいしい楽しい食べ物の話が好まれる風潮、それをまた押す風潮(なぜなら、食べる飲むの商売と直結する人が多いからね)。「食べること」が好きな人は「食べること」を考えるより、話題になる食べ物に群がる、という風潮が、あれやこれやのメディアと周辺にマンエンし続けている。

その兆候は、すでに『大衆食堂の研究』を書いていた1993年頃にあった。おれは、「あとがき」でこう書いている。「この本でくそまじめに食生活を考えてほしい、といったら笑われるだろうか。/でもおれはくそまじめにくうことを考えていた」

考えることはスリリングだけど、そんなスリルより、誰かさんが押す食べ物や「みんな」が話題にする食べ物を期待している人たちが大勢だ。ワタシ押す人、ボク群がる人。その立場は入れ替わりながら、消費のコンテンツは花盛りだが、「考える種」は育たない。

しかし、真正面から「食べるとはどういうことか」だから、この本は買った。

京大のフジワラ先生と12歳から18歳の8名の中高生による「ゼミ」をまとめたものだ。ほかの厚くて細かい字のアカデミックな言葉の本と比べると、この本はおれのようなジジイにとっては文字も大きくなんと読みやすくわかりやすいことか。ってのは、どうでもよいことで、フジワラ先生は、生徒たちに三つの質問を発し討議する。

1、いままで食べたなかで一番おいしかったものは?
2、「食べる」とはどこまで「食べる」なのか?
3、「食べること」はこれからどうなるか?

1番目は、うまいってなんだ、ってことに関わる質問ともいえる。

あいだにフジワラ先生の解説やコラムが入ったりするのだが、「対話 『食の哲学』という本をみんなで書くとしたら?」なーんてのもあって、みんなで『食の哲学』の目次までつくっちゃうのだ。

これまで、食に関心を持ったらまず読む本のオススメの決定打がなかったが、これからはこれだ。

討議のあと、フジワラ先生は、今日の議論には答えはない、「答えを探すことが目的ではなくて、みんなに「考える種をまく」というのが今日の目的だった」という。そして、「あたりまえのことを問い続けるスリリングさ」ということで、哲学ってのは無味乾燥でメンドウなものでなく、「スリリングな知的エンターテイメントなんだ」という。

なるほどね~、おれももっと見習おう。あと「身体感覚を伴う問いの大切さ」についてふれているが、おれはもともと大学で学知なるものを身につけていないこともあって、体験や体感をもとに考えるのだが、近頃は、SNSの普及もあって、とくに「身体感覚を伴う問いの大切さ」について痛感している。

『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』と『フードスタディーズ・ガイドブック』と『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』については、もっとよく読みこなしてから、このブログに紹介するツモリだ。

ところが、まだあった。

『現代思想』7月号が出来あがって、発売日は6月28日だったのだが、その前夜、編集さんが届けてくれるというので大宮で会った。ま、もちろん、いづみやへも行ったのだけどね。そのとき、フジワラ先生の新著も持って来てくださったのだ。そのタイトルが、『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』だ。

これは『現代思想』に連載のものに加筆してまとめたものだ。いただいて、パラパラ見て、おお、またもや超越境の書ではないか、それに「生産者・消費者・分解者」など、猪瀬さんの『分解者たち』と深くリンクする内容のようだ。どうやら、「分解」は、近代の桎梏を超える(分解する)何かのようで気になる、と思ったまま、トシのせいもあるだろう、越境するスリルが続くとくたびれるから、少し休もうとほってあるのだ。

いやいや、しかし、近頃めったにないオベンキョウをしている。そして、おれの脳は、ゆるやかに分解している、か。

『現代思想』の件については、すでに雑誌も出来あがり、このブログで紹介済みだ。
2019/07/02
『現代思想』7月号に「おれの「食の考現学」」を書いた。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/07/post-624cb2.html

『フードスタディーズ・ガイドブック』の件についても、すでにこのブログに書いている。
2019/05/13
自分の本が載っているからではない、食の「知」のための一歩、『フードスタディーズ・ガイドブック』。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/05/post-0aa567.html

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2019/05/13

自分の本が載っているからではない、食の「知」のための一歩、『フードスタディーズ・ガイドブック』。

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食の話は好みや趣味に偏りやすい。どう知識を身につけるか考えよう。その一歩。安井大輔編『フードスタディーズ・ガイドブック』ナカニシヤ出版 →「食と文化・社会、食の歴史、食の思想、食をめぐる現代の危機を知るための、初の総合的ブックガイド。食について考えるうえで欠かせない49冊を徹底紹介」。

ある編集さんから、『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版)という本に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあったので、なんだろうと思いながら、大宮ジュンク堂へ行ったら一冊だけあった。

買って、とりあえず近くのいづみやに入ってビールを飲み、パラパラ見た。驚いた、これは、まじ学術的な「フードスタディーズ」つまり「食研究」のための本のガイドブックなのだ。

だってさあ、第1章の最初に登場するのが、クロード・レヴィ=ストロース様の『神話論理Ⅰ 生のものと火を通したもの』なんですよ。

表紙の腰巻には「食をめぐるブックガイド」「食と文化・社会、食の歴史、食の思想、食をめぐる危機を知るための49冊」」とある。本文は4章にわかれ、『大衆食堂の研究』は3章の「食の思想」のところにあるのだ。

おお、あのジャンクな『大衆食堂の研究』が、「食の思想」だと。しかも、評者が、藤原辰史さんだ。

ビールを飲みながら、自分のところだけ読んだ。藤原辰史さんのレヴューが、すごくおもしろい。『大衆食堂の研究』本書を読まずに、これだけ読んどいたほうがよい、という感じ。「読みこなす」って、こういうことか。自分が資料を読み評価するときの反省にもなった。

以前、『汁かけめし快食學』が出たあと、玉川大学の学生から、リベラル・アーツの授業で『汁かけめし快食學』がテキストになっているのだが内容について質問があるというメールがあった。

なんでだ。おれの本を大学の授業のテキストにするなんて間違ってるだろと思ったが、著した本人が想像もしてなかったことが起きるんだなあ。そうそう、おれはそのとき「リベラル・アーツ」って言葉を知らなかったから、なんじゃそりゃ、と思ったものだ。

『大衆食堂の研究』は出版したばかりのころ、本屋で中身を見て買ったのだが読むうちに自分の書斎に置くのもけがらわしくなったと怒って送り返してきた人もいた。同封されていた手紙から、プライドの高いインテリさんのようだった。

本も味覚も、本人の好みや興味と学習しだいということもあるからねえ。

それにしても、おれの書き方は、自分で「ラーメン構造」と名付けているもので、怒らないまでも忌避する人が多いだろうことは承知して書いている。嫌いな人は怒りが増す作用がある。

それに、学術関係の洗練された「専門知」と違い、おれは野良猫や野良犬と同じ「野良知」+「野暮知」なのだ。街の雑菌が書いていることですよ。

「はじめに」では、「本書の切り口」が三つあげられているが、その一つに「食研究の範囲自体をひろげる  必ずしも研究だけに収まらないものも広く含んで読みこなしていく」とあるから、そのあたりで、街の雑菌が書いたものも読みこなしていただけたのだろう。

『大衆食堂の研究』は1995年の発行で、遠い昔のことになったが、20年以上が過ぎて、こんなにおもしろいレヴューをいただけるとは、書いてよかったと、へそ曲がりのおれだが素直にそう思った。

ところで、このブックガイド、まだ全部を読んでないのだが、安井大輔さん編著で、24名の方が執筆している。パラパラと見たところ、49冊の選書は大変だったろうと思われる。

このブログにも時々書いているが、近年はインターネットで大学の紀要などに載った論文や卒論などが見られるし、食についてはいろいろな分野で研究がすすんでいる様子がわかる。一方、とにかく、飲食については、飲み食いして文章を書ければ誰にでも書けることもあって、インターネットも含め供給過剰気味に多いし、野放図状態で玉石混交のカオスだ。

「食」と簡単にいうが、体外の宇宙と体内の宇宙の接点にあり、もちろんウンコまで食の一環であり、幅広い研究分野が関係する。

研究者でなくても、食に関わっている人たち、もっといろいろな「専門知」や「野良知」が入り混じりながら食について考えていかなければならない現実だ。なにしろ「生活」の根本に関わることなのだ。そして、近年は食の様々な場面で、課題・難題が多い。狭い「学術村」や「出版村」などで権威・権力争いや派閥争いをしている場合じゃなく、まさに「知のネットワーク」が必要なんだなあ。

こういうガイドブックが出ることで、さまざまな「知」が混ざりあい、これからの食に関する見識の基礎が積み重なっていくのだろう。そういう出発点のような気がする。「あとがき」によれば増改訂もあるようだ。

こちら、安井大輔さんの「日記」に目次などの案内があります。『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版、2019年3月)
https://daisukey.hatenadiary.jp/entry/2019/03/26/164525?fbclid=IwAR3qXnlcFzSs9ivJ-R2qKCD55E3NaIuW2o230-fpbnh9jiqA-CL11XPmmcY

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2019/03/23

スペクテイター43号「わび・さび」を見たあとは、地球の景色が違って見える。

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先日、スペクテイター編集部の赤田祐一さんから、最新2月発行の43号「わび・さび」をいただいた。

ちょうど、ある写真家と、いま最も刺激的で面白いのはスペクテイターだと盛り上がったあとだった。

いやあ、今回もまた、刺激的で面白い。というぐらいでは足りない。

巻頭の「Dear Readers」で、編集部の青野利光さんが「わび・さび――このたった四文字のことばの奥に広がる宇宙を巡る旅へと皆さんをお連れしたいと思います」「旅から戻る頃には月面旅行を終えた宇宙飛行士のように、これまで見てきた地球の景色がまるで違ってみえる。そんな不思議な気分が味わえるに違いありません」と書いているのだが、ほんとうに、その通りだった。

「わび・さび」については、とくに懐石料理以後の日本料理と大いに関係があるので、それなりに、その文献の類に目を通してきたつもりだが、またそれだけに、本書を読んだら興奮の連続で、読んでまた読んで、ウームと考え、気になる景色を見に行ってきたりして、また読んで、というぐあいで、なんともはやすごい読書体験をした。いや、まだ読書体験中なのだが。

何度も、その手があったか! と思った。

最初の、赤田祐一さんによる評論「〝わび・さび〟はどこからやってくるか?」にしてそうだが、「〝わび・さび〟といって自分が連想させられるのは、水木しげるの描く漫画である」と始まるのだ。そして、水木しげると水木作品を手掛かりに、〝わび・さび〟に接近してゆく。

「〝わび・さび〟は、「見つける」ものというより「見つかってしまう」ものであり、知識や理屈ではなく、むしろそこからはずれてしまうということのようだ」(「はずれてしまう」に傍点)

「天才もアホも、美人もブスも、金持ちも貧乏人も、人間であるかぎり不完全さから逃れることはできない。そのダメな部分を削って捨てようとするのではなく、ダメをどう快感に転じていくか、〝わび・さび〟とは自然の中でそのような回路を見つけ出す作業だと思う」

この「〝わび・さび〟はどこからやってくるか?」は見開きページなのだが、下の欄外に「わび・さびの直観的理解」として二つの図表がついている。

一つは「交点」であり、「わび」と「さび」の二つの輪があり、それが交わる中間が〝わび・さび〟であると。

もう一つは、BETH KEMPTON『WABI SABI』(2018・piatkus)からの「座標」だ。「複雑」と「簡素」のあいだに、「派手」「いき」「渋い」「わび・さび」「地味」がある。

これだけでも、〝わび・さび〟に関する、さまざまなインスピレーションがわき、日本料理や懐石料理、それに、おれが「生活料理」や「大衆めし」といっていることがらについて検討すべきことや、検討しなおさなくてはならないことが浮かんでくるのだった。

編集部は、さまざまな角度から、とくに「現在進行中の事象である」ものとして、〝わび・さび〟を探っていく。編集部の知る写真家、スタイリスト、イラストレーターに依頼し「わたしが感じた〝わび・さび〟」を撮り下ろしてもらった作品を、ページのあちこちに散りばめながら。あるいは、「いろいろな人が語る〝わび・さび〟」や「〝わび・さび〟を感じる瞬間」などを書物に探ったり。

〝わび・さび〟の歴史を漫画でまとめたり、「〝わび・さび〟を知る上で欠かせないキー・パーソンを十名に絞り込み」その略歴と東陽片岡さんによる肖像画。ここに東陽片岡さんのイラストが登場するのも、おれにとっては「その手があったか!」の一つだった。

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〝わび・さび〟といったら千利休ってわけで、漫画で「利休伝説」。

とにかく、サブカル的手法も縦横無尽に駆使して、楽しい、面白い。〝わび・さび〟は感覚のことだから、「とは何か」の理屈で正解を求めようとするより、漫画や写真なども使って、ああだこうだ、ああでもないこうでもないと探りながら、〝わび・さび〟の感覚に慣れていくのもよいのだな。

なんといっても焦眉は、二つのインタビューだ。

一つは、「サンフランシスコ郊外に‶わび・さび〟をさがして」ってことで、カリフォルニア在住の『わびさびを読み解く』の著者レナード・コレンの話を聞きに。

一つは、原研哉登場で「「人工」と「自然」の波打ち際にあるもの」。おれは、「シンプリシティ」と「エンプティネス」をめぐる話が、最も面白かったし参考になった。

「現代の〝わび・さび〟は、どこにある?」と中矢昌行は、「聖林公司の〝わび・さび〟」を撮っている。

続いて、まいど充実している「ブックガイド」は、桜井通開による10冊。ここに谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』があって、おどろいたが、読んで、なるほどなあ。

そして、最後は、つげ忠男の「懺悔の宿」。

以上が特集〝わび・さび〟で、これからまだしばらくは、この余韻というよりナマの刺激が続きそうだ。

こちらに案内があります。

http://www.spectatorweb.com/

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特集とは別に、「追悼 細川廣次」というページが付いている。 赤田祐一さんが「カウンターカルチャーの先行者 細川廣次氏をいたむ」という文を寄せ、細川廣次による「ビートニクたちが求めた悟り」と「八切止夫の裏返し日本史「原日本人」の許されざるルーツ探求」と「細川廣次インタビュー」が再録されている。この追悼が載るのもすごいが、これもたいした読み応えだ。

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2019/01/04

津村記久子とナンシー関の元旦。

新年おめでとうございます。正月早々いい日和が続いていますねえ。
今日から活動開始です。
仕事があるかなあ。仕事、くださいね。

うふふふふ、今年は「ていねい」にいくツモリです。
丁寧に、ていねいに、テイネイに、ね。
丁寧にいくには、やっぱり「です、ます」調ですね。
なんだか世間は「です、ます」で書いていれば「ていねい」ってことになるようなんですね。整形手術や化粧で見た目をごまかすように。
ちがうか。

さてそれで、きょねんの暮れの29日に、大宮のジュンク堂へ行き本を何冊か買いました。その中の一冊が、ミシマ社京都オフィスが発行する「コーヒーと一冊」シリーズの『大阪的 江弘毅 津村記久子』です。これ、前から気になっていたし、年末に飲んだHさんがおもしろいというもので、買っちゃいました。

そして元旦に読みました。

涙の1000円出費でしたが、おもしろかった。やっぱり津村記久子はカネを出したぶん以上の価値がある。

「1 大阪から来ました」を津村記久子、つぎ「2 どこで書くか、大阪弁を使うか問題」は江弘毅×津村記久子の対談、「3 大阪語に「正しさ」なんてない」を江弘毅、最後の「4 世の中の場所は全部ローカルだ」が江弘毅×津村記久子の対談、というぐあい。

ナルホド、そうきたか、と思うところあり。津村記久子のココがいいんだよねえ、と同意するところあり。いやいや、それはちょっと、という突っ込みどころもあり。とにかくおもしろい。

ところで、これまで津村記久子の何冊かを読んでも気が付かなかったのだが(エッセイはあまり読んでなかったからか)、「1 大阪から来ました」を読んでいて、あれっ、この目線、この言い回しなど、なんだかナンシー関に似ているなあと感じたのだ。

ナンシー関の文庫本は少しずつ揃え、おれのお気に入り枕元本になっている。その一冊を取り出して読んでみると、やはり似ている感じだ。

ナンシー関に脱線しながら江弘毅×津村記久子の対談「4 世の中の場所は全部ローカルだ」を読み進めたら、終わりのほうで、江さんが「津村さんね、また少年みたいな質問をしますよ。作家さんでうまいな、ええなーって思うのって誰かいますか」と聞いている。

そこで津村記久子が答えているのだけど、あれこれ言ったあと、「あと、一番えらい、というかほんま別格にあるのはナンシー関ですね」と言っているのだ。

ほほう、やっぱりねえ。ええじゃないか、ええじゃないか。

ってことで、ナンシー関の『何をいまさら』(角川文庫)も読んじゃって、そこにまたナンシー関が「慧眼」としか言いようのないことを書いている。コーフンした。

とにかく、ことしは元旦から、津村記久子とナンシー関で、グーンとパワーがついた感じなのだ。

もう「です、ます」なんか、どーでもいい。

「丁寧」といえば、
2018/12/29「「生活」の始まり。」に、「美しい暮し」や「丁寧な暮らし」にふれ、「近ごろは「丁寧」が印籠語のように使われるが」と書いた。

いつごろから「丁寧」がハヤリになったのか考えてみたら、おれの感じでは「暮らしの手帖」の編集長をしていたことがある松浦弥太郎が震源のような気がして調べてみた。

2008年に『今日もていねいに』をPHP研究所から出していて、2012年にはPHP文庫になっているのだ。

これでブームが決まり、ってことじゃないだろうが、一つの震源と見てよいのではないか。このあたりから、さらに東日本大震災をへて「丁寧」が流行していったと見てよさそうだ。

だいたい流行なんてのはウサンクサイものだが、「です、ます」のように「丁寧」な化粧をしたような言い回しは、とてもウサンクサイのですね。「です、ます」でハヤリにのろうとしている連中には、とくに気を付けましょう。

「生活」や「暮らし」の本質は「丁寧」にあるわけじゃない。津村記久子もナンシー関も、そのへんは、シッカリおさえている。だいたいさ、丁寧の基準て、なんなのさ。

丁寧だからいいってもんじゃないだろ。

おっと、こんなことを書いていると仕事がなくなるか。丁寧にいきましょう。丁寧に、です、ね。

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2018/04/19

土浦+水俣から高円寺、「食」と「開発」と「復興」。

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どんどん日にちがすぎていく。とりあえず、濃い内容の出会いがあった、先週の13日と14日のことを、ちょっとだけメモ。

13日は、土浦へ。18時20分に土浦駅で待ち合わせだったが、ついでに40年ぶりかの土浦をぶらぶらしてみようと早く出かけ、13時半に土浦に着いた。けっこう歩いて一杯やって、待ち合わせ時間に『原発事故と「食」』を出版したばかりの五十嵐泰正さんと合流、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)の著者で久松農園の代表、久松達央さん「主催」の飲み会に参加した。会場は、笹揶、もちろん初めての居酒屋だが、いい居酒屋だった。

おれはひょんなことから五十嵐さんに付いて行ったもので、少し前に久松さんが熊本の水俣を訪ね、そこで知り合った方が久松農園に来園し、この飲み会になったらしいということぐらいしか知らなかった。

水俣からは、水俣食べる通信の諸橋賢一さんと福田農場の福田浩樹さん。久松農園の方のほかに、茨城の有機栽培の農業者、酒蔵の杜氏、茨城の地酒の販売に力を入れている酒屋のサトウさん、都内からコンサルタントやフードコーディネーターの方、などなど13名ほどの多彩な顔ぶれ。

久松さんと五十嵐さんをのぞいて、初対面の方ばかり。いろいろなことを、たくさん話し合い、たくさん飲んだ。

水俣は、あの水俣病から、いまは3代目が中心の時代だとか。水俣病の事件の最中には、生まれてなかった世代だ。「まだ(自分としては)水俣をこえられてない、まず水俣をこえたい」という諸橋さんから、現在の水俣や水俣に移住した自分の生き方について聞きながら、考えることが多かった。原爆事故のあとの道のりは、水俣と比べても、まだ始まったばかりだ。

振り返ってみると、おれが有機栽培や「自然農法」などの方たちと関わりを持ったのは、1980年代の後半の熊本でだった。福田農場の福田さんと話しているうちに、当時のことが思い出された。当時は、かなり特殊な存在だった「有機」は、やがて「オーガニック」といわれ流行現象を担うようになった。言葉も変わったが、農業全体が変化の最中にある。ま、「多様化」といわれたりもするが。その変化についていけてないのが、アンガイ、情報の中心にいるとカンチガイしている都会の消費者であり中央の風をふかしているメディアと、その周辺の人間たちなのだなという感じがした。

久松さんのおかげで、楽しく有意義な時間をすごせた。久松さん、ありがとうございました。

帰りの電車のことがあるので、22時ごろ早退。こんどは久松さんの農園を訪ね、土浦に泊って、土浦の夜をたっぷり過ごしたい。昼間ぶらぶらしたが、土浦のような規模の旧い町は、なかなか面白い。それに、また熊本や水俣にも行きたくなった。

家に帰りついたのは24時過ぎで、翌日14日は、14時30分から高円寺だった。

「車座ディスカッション:震災からの復興とオリンピック後の東京のコミュニティづくりを考える-『復興に抗する』の執筆者と共に-」というトークイベント。

当ブログ2018/04/11「『原発事故と「食」』と『復興に抗する』。」に書いたように、『原発事故と「食」』と『復興に抗する』は、ほぼ同時期に発売になった。

このふたつの本については、車座ディスカッションで、『復興に抗する』の「第四章 「風評被害」の加害者たち」を執筆した原山浩介さんが、いま読んでいるところだがと『原発事故と「食」』を参加者に見せ、「著者の五十嵐さんとはスタンスは違うけど、結論は同じようで、ようするに、こういうことが(ふりかえって)書けるようになったということでしょう」というようなことを言っていたのが、すべてだろうと思う。

ふりかえり、もう一度、おきたことあったことの自分のことだけではなく全体を見直し、自分の考えや行いはどうだったか検討し、これからをどう生きるか、これからのコミュニティづくりを考える。

ディスカッション参加者(*印は『復興に抗する』執筆者)は、

中田英樹*(社会理論・動態研究所所員)/髙村竜平*(秋田大学准教授)/猪瀬浩平*(NPO法人のらんど代表理事)/友澤悠季*(長崎大学准教授)/原山浩介*(国立歴史民俗博物館准教授)

越川道夫(映画監督。震災後の福島を舞台にした「二十六夜待ち」などの作品がある)/冨原祐子(会社員。2012年4月から岩手県陸前高田市でのボランティア活動を開始。2014年9月には同地へ移住して一般社団法人で働くかたわら、「けんか七夕」の運営にも携わった)/柳島かなた(農文協東北支部職員。2014年から東北支部に所属、農村で農家や農協・役場の人々に書籍販売営業の立場で話を聞き、共感したり、反発したり、励まされたりしている)
狩野俊(「本が育てる街・高円寺」代表。「資本主義から知本主義へ」を合い言葉に、本で人々を繋ぐ新しいコミュニティづくりを高円寺で実践している)/永滝稔(『復興に抗する』の版元である有志舎の編集者)

トークが始まってからわかったのだが、この集まりは「本が育てる街・高円寺」も共催で、代表のコクテイルの狩野俊さんが、出席し発言していた。「本が育てる街・高円寺」のことは知らなかった。この活動は、いわゆる「本好き」の趣味のコミュニティとは違うようで、興味が湧いた。

『復興に抗する』は、カバー写真に、友澤悠季さん撮影の陸前高田の復興事業を象徴する、「かさ上げ工事のための土砂を運ぶベルトコンベア」を使用している。その写真を採用するにいたるトークは、生々しく、「第一章 ここはここのやり方しかない 陸前高田市「広田湾問題」をめぐる人びとの記憶」(執筆者、友澤悠季)や、災害と「復興」をめぐり起きていることにたいする理解を深めた。

記憶と記録。

トークは16時半ごろ終わり、コクテイルに移動して、懇親会になった。20人ぐらいの参加だったか。トークのときから、猪瀬浩平さん以外は初対面の方ばかりだった。前日と違うのは、ほとんど「学術系」の方たちだったこと。ただ、フィールドワークの経験が豊富で、本書もそうだが、そこに何があったか、そこに生きる人びとのことを掘り起こしている。というわけで、「コミュニティ」といわれたりする「地域」について、いろいろ考えることが多かった。

面白かったのは、水俣へ行っても、誰の紹介で歩くかによって地域の見え方は違ってくること、震災にしても原発災害にしても、そもそも地域は多様な文脈で成り立っているのだから、どこからどうアプローチするかによって、まったく違って見えることだ。

「反原発」も「原発推進」も地域では単純ではない。「左派」や「右派」といった中央の観念的な分類では、見えないこともある。『復興に抗する』には、そのへんの事情がよく描かれている。

地域に入っていく場合、言葉の使い方ひとつで、地域の人たちに判断され、対応が変わってしまう。といった話もあって、おれも経験していることで『理解フノー』の「「文芸的」問題」にも書いたりしたが、地域とは、なかなか一筋縄ではいかない。なのに、単純に短絡して考えるのが、「中央」なのだ。それで「知った」気になる。

と、大いに飲みながら、コクテイルでは、若い農村社会学者と、「食文化」と「料理文化」、「消費文化」と「生活文化」などについて、けっこう話し込み、前夜の疲れの残りもあり泥酔ヨロヨロ帰宅だった。

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2018/04/11

『原発事故と「食」』と『復興に抗する』。

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この2冊は少し前後し同じころに発売になった。『原発事故と「食」』(五十嵐泰正、中公文庫)は2月18日の発行、『復興に抗する』(中田英樹/高村竜平・編、有志舎)は2月10日の発行だ。

おれは両方一緒に買ったが、『復興に抗する』は編者も含め5人の方による共著で本文326ページのボリュームということもあって、厚さからしてとっつきやすい『原発事故と「食」』を先に読了し、このブログでああだこうだ書いていた。その間に、『復興に抗する』も読み進めていたのだが、この2冊を読んで、すいぶん展望が開けた気分になっている。

ま、「気分」だけで、十分理解してないかも知れないのだが、展望が開けた気分ってのは、いいもんだし大事だな。

ようするに、福島をめぐっては、『原発事故と「食」』の帯に「今なお問題をこじらせるものは何か」とある通り、遠くから眺めているだけでも辟易するありさまになっている。そのあたりが、この2冊によって、自分なりの整理がついてきた感じなのだ。

しかし、『復興に抗する』ってタイトル、ちょっと誤解されやすいんじゃないかな。おれはタイトルだけ見たとき、復興に抗う人たちの話しかと思ってしまったもの。

サブタイトルには「地域開発の経験と東日本大震災後の日本」とあるのだが、これ、帯にある「私たちは、どのように「開発」や「復興」を生きるのか?」のほうが、内容に沿っている。その帯には「「復興」の名のもとに、戦後日本のなかで繰り返しあらわれる開発主義と、それでもその場所で今日も明日も生き続けようとする人びとの姿を描き出す」という文もある。そういう本なのだ。

『原発事故と「食」』は、序章と終章を除く全4章のうち、3章のなかばまでは、主に「風評」被害と続く「悪い風化」のなかで福島の生産と販売のこれからが中心的な課題になっている。消費者がどうすべきかは、直接的にはふれられていない。

これは本書が「福島県産品のおかれた現状と打開策」を、原発事故がもたらした他の課題から切り離して追求しているからで、「消費者」としてどうすべきだろう?という思いが残るか、もっと積極的に、どうすればいいんだ、と思う読者もいるのではないかと思う。

一方、『復興に抗する』では、「福島県産品のおかれた現状と打開策」が課題ではない。

そして、第4章「「風評被害」の加害者たち」の「3 同調と「信仰」の共同体の克服へ」では、「汚染とそれによる健康被害をめぐって、とりわけ「消費者」の立場に身を置いたとき、最も汚染の深刻な現場に対して、どのような連帯の方法があるだろうか。これは、なにも原発事故に固有の問題ではない。過去の公害においても存在した、古くて新しい問いである」と述べている。

「環境をめぐってそこで仕事をする生産者と消費者が一体性をもって対応する可能性である」と、ホットスポットになった柏での五十嵐さんたちの「安全・安心の柏産柏消」円卓会議の例なども記されている。

消費者は、「風評被害」の加害者になりやすい。過去の公害や食品をめぐるさまざまなジケンでも、そうだった。福島と水俣の「共通点」をめぐっては、いろいろ議論があって、ここでも石のぶつけあいのようになっているが、カンジンなことは、水俣もそうだしカイワレや牛でも鶏でもあったが、消費社会における消費者は「風評被害」の加害者になりやすいということだ。

なぜそうなってしまうのか。これは「科学的知識」だけの問題ではないだろう。

『原発事故と「食」』では、五十嵐さんは柏の「円卓会議」の活動について、「しっかりと測定を行い、放射能問題に真摯に取り組む地元農業者の姿勢を示すことで、この機にこそ、都市農業地域の柏でかねてより重視されていた生産者と消費者の関係構築が進むのではないか」と話している。

この2冊を読んで思ったのは、「環境をめぐってそこで仕事をする生産者と消費者が一体性をもって対応する可能性」の追求は、まだいろいろあるのじゃないかということだ。

『原発事故と「食」』と『復興に抗する』には、具体例として福島の生産者たちが登場する。汚染された「その場所」で、「放射能問題に真摯に取り組む地元農業者」たちが登場するが、そのようすは、まだ、かなり不十分にしか知られていないし理解もされてない。もともと生産者と消費者の乖離が激しい状況が続いている中で。

そこだ、モンダイは。

と、思ったのだった。

当ブログ関連
2018/04/02
「食」をめぐる「不安」や「不信」の構図。
2018/04/01
「福島」から遠く離れて。
2018/03/16
共生。われわれはみな〈社会的〉に食べている。
2018/03/11
3月11日だから、五十嵐泰正著『原発事故と「食」』(中公新書)を読んで考えた。
2018/02/18
「右と左」。

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2017/11/25

エッセーというものは、

植草甚一『こんなコラムばかり新聞や雑誌で書いていた』(ちくま文庫)の「こんなしゃれた題名は中田耕治の頭にしか生まれてこないだろう」に書いてあるところによれば。

中田耕治の「「ソウルフル・サーカス」の「はじめに」という前書きでは、自分にむかって、つぎのようなパラドックスを飛ばしている」そうで、それは、このような文だ。

エッセーというものは、とても不思議なものです。それは自分の考えを述べるために書かれるだけではありません。自分の考えをうまく隠すためにも、それ以上ふかく考えないですむためにも書かれるのです。

あるいは、ちがった意味にとらえた低次元のことになるかもしれないが、おれもまったくそのとおりだと思うし、エッセイにかぎらず、「書く」ということが、たいがいそうだと思う。

テーマからして自分に都合のよいように選び、だいたい、ふかく考えたくないことは、はずしている。そのうえで、ふかく十分考えたと自分に言い聞かせながら、自信を持って書き上げる。

だから、ひとが書いたものを読むときは、書かれてないことについても、考えなくてはならない。

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2017/09/27

系譜論のオベンキョウ、「日本的」や「ほんとうの日本」。

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先日の「系譜論のオベンキョウ、『美味しんぼ』。」は、書いていたら長くなったので途中でやめてしまった。

「途中でやめる」は、山下陽光さんのブランドだけど、いいネーミングだ。なによりエラそうでなく、権威主義的なひびきがないのがいい。

『美味しんぼ』15巻には、「究極VS至高」のタイトルがついている。「究極」も「至高」も、はやりましたなあ。

「東西新聞文化部の記者である山岡士郎と栗田ゆう子は、同社創立100周年記念事業として「究極のメニュー」作りに取り組むことになった。しかし、ライバル紙の帝都新聞が、美食倶楽部を主宰する海原雄山の監修により「至高のメニュー」という企画を立ち上げたため、両者を比較する「究極」対「至高」の料理対決が始まる」

と、あまりあてにならないウィキペディアにはあるが、この巻がその対決の始まりなのだ。

1988年7月の発行で、究極VS至高(前編)(中編)(後編)のほかに、第4話「家族の食卓」、第5話「ふるさとの唄」、第6話「下町の温(ぬく)もり」があって、あと「不思議なからあげ」「大海老正月」「究極の裏メニュー」という構成だ。

「家族」「ふるさと」「下町」が、ここに揃って登場というのが、面白い。

1980年代中頃から、この3つは「失われたほんとうの日本」へのノスタルジーの受け皿として、三種の神器のようにセットになって機能するようになった。流行作家らしく、その動きを敏感に反映したものだろう。

同じ頃「江戸・東京論ブーム」が到来し、いまに続く「内向き」に拍車がかかった。この動きとB級グルメのつながりについては、だいぶ前に書いた。

2005/03/27
「「江戸東京論」ブームと「B級グルメ」ブーム」

「江戸・東京論ブーム」と「家族」「ふるさと」「下町」も、密接な関係がある。

この三点セットには、いろいろなことがからんでいる。たとえば「人情」「職人」「手仕事」、昔ながらの「折り目正しい暮らし」などなど。

そうして、「家族」「ふるさと」「下町」は、内向きのナショナルなイメージを引きうけてきた。

これは、日本的なものや本物の日本の系譜の「再発見」、つまりは70年代初頭からの「ディスカバー・ジャパン・キャンペーン」の到達点でもあり、新しい段階への突入、と、いまになると見えてくる。

深川育ちが紆余曲折の人生があってのち深川鍋を食べ、深川に生まれてよかった、ありがたく思う。その「深川」は「日本」と互換可能だ。

「本物がある日本」に連なる系譜だけが高く評価される。ようするに系譜論は一元論でもある。

日本にあったはずの本物が見つからなかったら、水でも何でも海外に「本物」を求め、それを日本で味わいながら、「本物の日本が失われた」ことを嘆く。そういう「ナショナリズム」でもある。

昨今のドメスティック志向の圧力は、1980年代中頃から、半端でなく複雑怪奇に積み重なっている。

ところで、『美味しんぼ』15巻の最後は、「究極の裏メニュー」だ。本物がさんざんエラそうにしたあと、本物の足元にもおよばない読者を哀れに思ったのか、「貧乏グルメ大会」が設定される。

参加者のそれぞれのメニューの試食が終わったあと、栗田ゆう子の言葉として、こんなふうなまとめがある。

「みすぼらしくて恥ずかしいようなメニューだけど、だからこそ一層、思い入れがあって大事なメニューなのね……」

そういう言い方はないだろう。

だけど、系譜論には、存在するものそれぞれのはたらきを評価し位置づける視点も方法もない。

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