2008/11/17

日常にかえる。

2008/11/05「知識はあれど想像力は、ナシ。」から2008/11/07「安直で惰性な「こだわり」の舞台あるいは舞台裏。」2008/11/11「「ゆるゆる大陸」「脱星印脱印籠語」とか。」2008/11/12「真摯な姿。」2008/11/13「「公正を期する」こと。表現と、それ以前の判断や思考。」2008/11/15「虚実皮膜の間で「行きつけの店のある生活」。」2008/11/16「虚実皮膜の間、表現以前、神様になりたいのか人間でいたいのか。」とグダグダ転がってきた話だが、もとはといえば、伊丹十三さんの『ヨーロッパ退屈日記』の「想像力」から始まった。

2008/11/05のその引用をふりかえると、伊丹十三さんは、「これ以上安易で、投げやりな想像があるのでしょうか」という例をあげたのち、こう書いた。
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 現在の映画が、撮影所製のだんどり芝居の域を抜け出て「実在性」を取り戻そうとするなら、わたくしの場合、その推進の軸となるものは「日常性」においてないと思います。
 そしてまた、作家の想像力が一番あらわな形で出る場、というのも日常性の創造をおいてないと思うのです。

…………………………………………………………………………

もちろん「作家」は「表現者」そして「人間」と置き換えてもよいだろう。日常性を豊かにできるかどうかは想像力のモンダイなのだ。だけど、いわゆる「うまいもの好き」「酒好き」の食べ歩き飲み歩きのたぐいを読んでも、たいがいはそこに豊かな日常を想像することが難しい。「うまいものを求めて」歩きまわる著者の姿に、その書くことに、望ましい生活の姿を想像するのは困難であることが少なくないのではないだろか。俺は、アサマシイ、イジマシイと思うこともある。

ともあれ、大言壮語印籠語紋切り型の「うまいもの好き」より、想像力を磨く日常にかえろう。

で、2003年7月発行、河出書房新社の『文藝別冊 山口瞳』に木村衣有子さんが書いた「行きつけの店のある生活」だ。そこで冒頭、木村さんが引用するのは、山口瞳さんのこの文章。

「寿司屋とソバ屋と、酒場(私の場合は赤提灯だが)と喫茶店、これを一軒ずつ知っていれば、あとはもういらない。駅のそばに、気楽に無駄話ができる喫茶店があるというのは、とても嬉しいことだ。いや、もし、そういうものがなかったとするならば、その町に住んでいるとは言えない。私はそんなふうに考えている」(『行きつけの店』「国立 ロージナ茶房の日替わりコーヒー」より)

こうした「行きつけ」は、人によりさまざまだろう。もしかすると、いまでは、洒落たイタリア料理店やスタバやドトールであるひとがいるかも知れない。あるいは、魚屋や豆腐屋だったりとか。

俺が、大衆食堂を書くスタンスも、「名店を厳選」というものではなく、それがそこにあるかぎり、そこに必ず、その食堂を「行きつけ」にしているひとがいる、その存在の豊かさ、そこにある飲食の姿や生活の姿やまちの姿を知り、そしてできたら伝えたいからだ。それは生活を豊かにする想像力の源泉になるだろう。自分は「うまいもの好き」だから「うまいもの好き」が行く「名店」にはいかなくてはならないと、情報にふりまわされ強迫観念に追われるように食べ歩き飲み歩きするのは、想像力の貧困以外のなにものでもない。

それはともかく、木村さんは自著デビュー作『京都カフェ案内』と山口瞳さんの『行きつけの店』や『居酒屋兆治』との「関係」を語ったのち、こう書く。


 山口瞳が「店」について書いた文章に私は惹きつけられる。『居酒屋兆治』では、モツ焼き屋の観察記を、熱もあり冷たさもある物語に昇華している。『行きつけの店』は、単に食べもの屋を羅列したガイドブックではない。どうしてそう書くのか、書けるのか。
 生活、という言葉を山口瞳はよく使う(四、五〇年くらい前までは「生活」という言葉がいまよりも衿を正して使われていたのだと思われるが)。彼はたびたび、「行きつけの店のある生活」について書いている。それは、タイトルにも「生活」がついているはじめての小説『江分利満氏の優雅な生活』から、ずっと続いている。


で、最後のほうで、木村さんは、こう書く。前にも引用したが、大事なところだと思う。


 10軒の店について知っていることよりも、好きな店が1軒あって、そこにいつでも行ける生活があることの方が贅沢だ。山口瞳は、小説家である以前に、まっとうな生活者なのだ。生活について、日常について、彼は匂わしたりはぐらかしたりせず、そのままを書く。私はその文章をとても信用して、慕っている。


このあたりのことは、現在の木村さんが『ミーツ・リージョナル』に連載の「大阪のぞき」を読むと、なるほど、と思うが、そこに至るには「障壁」もあり単純ではなかったようだ。そのことは、また後日の話として、『文藝別冊 山口瞳』の中野朗さんによる「作家になるまでの山口瞳」によれば、『江分利満氏の優雅な生活』の題字は、当時は伊丹一三だった伊丹十三さんであり、またなにかに書いてあったと思うが、山口瞳さんは伊丹十三さんの仲人かなにかでもあり親交が深かった。

食べ歩き飲み歩きするにしても、日常を豊かにする視点を持ちたい。

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2008/11/16

虚実皮膜の間、表現以前、神様になりたいのか人間でいたいのか。

下北沢「スローコメディファクトリー」をオープンしたばかりの須田泰成さんからのメール「スロコメ通信」に、「虚実皮膜系のビジネス・サバイバル本。中丸謙一朗さんとの「大物講座」(講談社)も、よろしくお願いいたします」とあって、笑った。この「大物講座」は、まだ買ってないのだが、「虚実皮膜系のビジネス・サバイバル本」ってのが気に入った。

「虚実皮膜」って言葉は、近頃このブログでもよく使う。国語的権威である『広辞苑』第五版は、その語について、こう説明している。

まず「虚実」について。
「①無いことと有ること。空虚と充実。②うそとまこと。③防備の有無。種々の策略を用いること。」
そして「虚実皮膜」について。
「(近松門左衛門の語。「難波土産」に見える。「皮膜」はヒニクとも読む)芸は実と虚との皮膜の間にあるということ。事実と虚構との中間に芸術の真実があるとする論。」

とくに情報社会といわれる近年は、「芸」や「芸術」は、まだ旧来のように床の間に飾っておがむように鑑賞する「特別」のものと思っているひとも少なくないが、日々のウンコのようなコミュニケーション活動のあらゆる場面に見られる「表現」だとみてよい。と、俺は思っている。なにしろ、嫌でも、誰かが「表現」したものが目に入るし、またそれが無くては、たとえばテレビやパソコンゲームや本などが無くては、すぐ死んでしまいそうな人たちも少なくないようだ。

須田さんのように「コメディライター&プロデューサー」という肩書、俺も近頃は「ライター」かつては「プランナー」という肩書、中原蒼二さんも「プロデューサー」という肩書、そういやこのあいだ逮捕された「大物」音楽プロデューサーのジケンは、まさに「虚実皮膜の間」を思わせるものがあるが、もっともアヤシイ虚実皮膜系なのだ。

うまくいってアタリマエ、成功しても誰かがあとでシャシャリ出てきて、そいつが自分の手柄にするためにこちらは悪者役にされたり、失敗すればペテン師サギ師よばわり。そんなことを気にしちゃやってらんない、虚実皮膜の間をジッと見据え、「種々の策略を用い」「人生は冗談死ぬのはジョーク」ってな感じで生きている。ま、須田さんや中原さんは、どう思っているかわからんが。生きているかぎりは人間みな嘘をついているのさ、ってなことをいったのは、太宰治だったか坂口安吾だったか、それともほかの誰かか、あるいは俺が思いついたのか。

きのうのエントリーがらみ。山口瞳さんは「ここで公正を期するために、また、嘘(うそ)を書くのが厭(いや)なので言っておく」と書いている。その「嘘を書くのが厭」ってのは、もちろん書くレベルのことだろう。だけど「嘘」にも、「事実」レベルのこともあれば「真実」レベルのこともある。さまざまなレベルを考え出すと、「生活」レベルもあれば「国家」レベルもある。そもそも「国家」なんてのは存在自体が「嘘」じゃないかという話もある。大きな嘘ほど、人びとは騙されやすい、ともいわれるな。

山口瞳さんは、『酒食生活』の「金沢 つる幸(こう)の鰯(いわし)の摘入(つみ)れ」、これは『行きつけの店』に収録されていたものだが、そこで「それから、食べさせてくれるものに親切味があった。これも曖昧な言い方だが、そうとしか言いようがない。絶大の安心感があった」と、その味覚を語っている。なるほど「親切味」という言い方は「味」の表現としては曖昧だが、でも読むと、著者が何を伝えたかったのかは、わかる。

山口瞳さんが「曖昧な言い方」を避けようとしているのは、「嘘を書くのが厭」に通じるところがあるようだが、書く表現以前に、対象に迫ろう、実態や物事から出発して表現を構成しようという姿勢もうかがえる。

「こだわり」や「珠玉」「厳選」「絶品」「名店」などの曖昧な言い方である「印籠語」も、実態や物事から出発して表現を構成しようと対象に迫った苦労なり思考があれば、それなりに自ずと文章に内容がともなうと思う。

だけど、たいがいそういう言葉を無造作につかうひとは、自分が裁きを下す「味覚の神様」とカンチガイしているからか、対象に迫ることもしてなければ、よく考えていない。根拠が曖昧なまま「印籠語」を用い、内容のなさを文章の技巧や、「うまいもの好き」「全国何か所食べ歩いた」といった「権威づけ」のハッタリ言語で、自分の「正しさ」を主張し逃げようとしているようにみえる。

俺は、「嘘を書くのが厭」とか「嘘も方便」とか、そういうレベルのことは、あまり真剣に考えたことがない。強いていえば、この世は、虚虚実実なのだ。だけど、だから、2008/04/15「そこに、なにが、どのようにあるか。なぜ、それが、そこにそのようにあるのか」のように、たびたび書いているが、「そこに、なにが、どのようにあるか。なぜ、それが、そこにそのようにあるのか」見て考え、自分の伝えたいことを文章にしているだけなのだな。

食べればなくなる料理。それでいて人間の生命にかかわる。これほど虚実皮膜の間にあるモノはない。それをまた虚実のカタマリのような人間の味覚が判断する。なんとまあデタラメのことだろう。そこが、おもしろい。そのことに気づいていない、「うまいもの好き」食べ歩き飲み歩きなんて、飲食や料理のオイシイところを知らないにひとしい。

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2008/11/15

虚実皮膜の間で「行きつけの店のある生活」。

2008/11/13「「公正を期する」こと。表現と、それ以前の判断や思考。」で山口瞳さんの文章を引用した。すると、それを見た木村衣有子さんからファックスが入った。「私が今の仕事をはじめる前に『行きつけの店』なる本を熱心に読んだものでした。という話を5年前に書いたのを思い出し、よろしければ読んでいただきたく……」と。それは2003年7月発行、河出書房新社の『文藝別冊 山口瞳』に木村さんが寄稿したエッセイ「行きつけの店のある生活」だった。

俺は、おどろいた。というのも、引用した山口瞳さんの文章から、木村さんが『ミーツ・リージョナル』に連載の「大阪のぞき」を思い浮かべ、そのことを続けて後日書こうを思っていたからだ。

きのう。電話で木村さんと話しているうちに、木村さんが『文藝別冊 山口瞳』を貸してくれるとことになり、ま、それは飲む口実でもあるのだが、18時に、京浜東北線の北浦和駅で待ち合わせた。「志げる」へ行くためだ。

「志げる」は、オヤジたちで混んでいたが、二人がけのテーブルが一台だけ空いていた。湯豆腐、オッパイ炒め、レバ刺しなどを頼み飲みだす。生ビールのち燗酒。二合とっくりをたしか3本あけたあたりで21時過ぎ、出て、並びのバー「ワン・ステップ」へ。また生ビールを一杯やってから、ウイスキー。モルトウイスキーのメニューを「村上春樹的だね」とのたまいながら、別々の銘柄を二杯ずつ、水割りとソーダ割り。23時30分ごろか、それに近い時間に出て北浦和駅ホームで都内に帰る木村さんと別れる。文藝別冊を受けとり、それをネタにああだこうだ、某出版社のPR誌のツマラナイこと某氏がヘンにツマラナイ人間になったことなどネタにああだこうだオシャベリ。

てなことだったが、木村さんのその文章には、木村さんのデビュー作『京都カフェ案内』は山口瞳さんの『行きつけの店』を「参考文献」にしたとある。で、「10軒の店について知っていることよりも、好きな店が1軒あって、そこにいつでも行ける生活があることの方が贅沢だ。山口瞳は、小説家である以前に、まっとうな生活者なのだ」と書いた木村さんは、まだ20歳代だった。いま、いいトシこいた男が、あちこち食べ歩き飲み歩きして、その店の数を誇り、あの店へ行ったことがないようじゃホンモノの味を知らない、どこそこは名店だ、どこそこのなんとかは「絶品」だ、あの料理人は「名人」だなんて得意になっているのと大ちがいだ。ま、木村さんの「行きつけの店のある生活」については後日くわしくふれる。

じつは、2008/11/13の山口瞳さんの文章からの引用は、ちょうどよいところで終わらせたが、まだ続くのだ。もう一度、引用の最初のところだが、こうある。

 初孫が冷してあった。二級酒の小瓶(こびん)というのは、市販されていない酒であることを意味している。暑いので上衣(うわぎ)を脱いだ。
「上衣を脱いで、腕まくりをして、手掴(てづか)みで食べるのがうちのフランス料理です」
 佐藤さんが言った。彼は、こうも言った。
「料理というのは男が生命(いのち)をかけてもいいようなものです」
 その言葉は、おそらく、私が紀行文を書くことを知っていて、そのためのサービスだったのだろう。


この話は、ここで終わらない。山口瞳さんは、佐藤さんが、なぜそのようなことを言ったのかを考えている。あまり好きではない初孫を飲み、出てくるフランス料理を食べながら。そして、こう結ぶのだ。


「こんなところにこんなフランス料理の店があるのは不思議でしょう。私も不思議に思っているんです」
 と佐藤常務が言ったのは、これもサービス用か。たしかに、本当に不思議だ。生命をかけてもいいというのは、この土地に、この店にという意味だったと気づかされる。相当に頑固(がんこ)な人だ。


山口瞳さんは、「料理というのは男が生命(いのち)をかけてもいいようなものです」という佐藤さんの言葉を、「私が紀行文を書くことを知っていて、そのためのサービスだったのだろう」と思いながらも、その意味をこう考えた。

取材のときだけではなく、料理人は料理のほかに言葉や表情や態度で店の雰囲気や食べる雰囲気をサービスする。たとえば、「今朝、築地で仕入れてきました」といえば、客はよろこぶ。それはそれでよいのだが、「あの店は、毎日築地で仕入れるから」「うまい」「よい店だ」「名店」だ、てなことになると話は、ちがってくる。それに、これまであげた「印籠語」などは、雰囲気づくりとしては陳腐であり、すでに書いたように、そういう言葉を無造作につかう食品販売や飲食サービスあるいは食の話は、安直で惰性な腐敗の味わいがする。

ようするに、自分の頭の中にある「印籠語」の観念から出発するのではなく、そこにある物事や言葉から出発することじゃないかと思うのだが、なかなかそうはいかない。自分は何軒も食べ歩いている、うまい味を知っている、といった意識が先にたったりしがちだ。「まっとうな生活者」の感覚というのは、とくにメディアに関わる人間にとっては、簡単なことではないようだし、だからまた山口瞳さんはベンキョウになる。

チトきょうは忙しいので、大雑把にこれぐらいで。

関連
2008/11/11
「ゆるゆる大陸」「脱星印脱印籠語」とか。

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2008/11/13

「公正を期する」こと。表現と、それ以前の判断や思考。

ときたま居酒屋などで隣に座った男の客から、東京の居酒屋のランキング、たとえば「名店の上位5店は…」「3指に入る名店はどこそこ」といった話や、あるいは東北地方のどこそこのなになにのナントカという居酒屋は名店でありどうのこうの、といった話などを聞かされる。そういうときは、まずは相手のいうことに逆らうことなく俺はテキトウに聞いている。たいがい、そういう話には、正確さも深みもなく、その人が「敬愛」しているらしい著名な居酒屋めぐりの著書の受け売りやそのバリエーションあたりが、せいぜいなのだ。「ファン心理」の「思い込み」に本気になって逆らうほどバカバカしいことはない。だけど、テキトウに聞いていると、相手はこちらも同好の仲間と思ってかエスカレートする。で、うっとうしくなると、俺はそういう話を聞きにココに来ているわけじゃないとピシャッと言ってしまう。

たまーに、食べ歩き飲み歩きといった分野で、俺よりはるかに活躍している売れているライターさんと飲むこともある。彼らが、いい店があるからと連れて行ってくれて、どうですここはいいでしょう、どうですここの刺身は、とか言われると、それほどじゃないナと思っても、やはり逆らわない。ま、そういう話をしたくて飲んでいるわけじゃないから、相手をいい気分にさせておいても、自分はソンはない。それに、俺が付き合うひとには、自分の考えを押し付けて来る人はほとんどいない。だから、いいのだ。

「人気店」「繁盛店」というのは、「名店」より実態がわかりやすい。モンダイは、そういう店の味の話になったとき、有名なライターのAさんとBさんと、たとえば、どこそこのラーメンの話になったとき「コッテリ」とか「アッサリ」や「サッパリ」とかの基準が、かなりちがうなと思うことがある。しょっちゅう会って、そういう話をしていると、そこにあるていど共通の認識はできそうだが、たまにで、しかも地域がとんでいる店の話になると、お互いにそのへんがうまく噛み合っていないなと意識しながら話している感じもある。んで、とにかくあそこは「名店だよ」あれは「絶品だよ」「そうだ」「そうだ」ってなところで、一杯機嫌で盛り上がっておわる。この場合、「名店」だの「絶品」だの印籠語は、酒の景気づけ酒のつまみで、本気でそう思っているかどうかは別だ。お互いにそのていどのことはわかっている。

「人気店」「繁盛店」あるいは「名店」といわれる店には、「何度いっても、うまい」といわれる店がある。「あそこは、いついってもうまいよね」「あきないよね」、多数がそういう。それは、もしかすると「無難な味」という可能性がある。…って言おうものなら、ツバをとばして反論をくらいそうな気配もある。しかし、そうかも知れないと考えてみる余裕は欲しい。「うまい」といわれる味には、無難な味もあれば、一年に何度かなら「うまい」と思って食べられるかもしれないが、しょっちゅう食べたいとは思わない「うまさ」や、あきがきそうだけどいまは「うまい」という「うまさ」などさまざまだ。自分が、どんなとき、どんな味を好むかを知っていることは大事だなと思うことがある。

そして、書くとなると、さまざまな判断のうえに、どう書くかというモンダイがある。

以前から、山口瞳さんの文章は、とてもベンキョウになると思っている。このあいだ読んだ、この文章などは、まさに。文章以前の人間性や判断の仕方も、ベンキョウになる。『酒食生活』(角川春樹事務所、グルメ文庫)の「庄内のフランス料理」から。


 初孫が冷してあった。二級酒の小瓶(こびん)というのは、市販されていない酒であることを意味している。暑いので上衣(うわぎ)を脱いだ。
「上衣を脱いで、腕まくりをして、手掴(てづか)みで食べるのがうちのフランス料理です」
 佐藤さんが言った。彼は、こうも言った。
「料理というのは男が生命(いのち)をかけてもいいようなものです」
 その言葉は、おそらく、私が紀行文を書くことを知っていて、そのためのサービスだったのだろう。
 ここで公正を期するために、また、嘘(うそ)を書くのが厭(いや)なので言っておく。
 初孫は私の口に合わない。ノド越しのときの味が、私の好(す)かない味である。総じて庄内の酒は私には合わない。葡萄(ぶどう)には葡萄酒用の葡萄と生食(せいしょく)用の葡萄とがあるが、日本酒も同じであって庄内米(まい)はコメとしてはうまいが酒用としてはどうだろうかというのが私の率直な感想である。後でお目にかかることになった杜氏(とうじ)も、庄内米では酸味が出ないと言っておられた。
 さらに公正を期するために『四季の味』編集長の森須滋郎(もりすじろう)さんの文章を紹介しておこう。
「一(ひ)と口、舌の上で転がしてみると、昨夜の"越乃寒梅(こしのかんばい)"よりも、さらに淡泊だ。冷たいのが快くて、一と息にグーッと飲むと、まるで谷清水(たにしみず)でも飲んだような清冽(せいれつ)さだった。食前酒らしくない飲み方だが、食欲は大いにそそられる」(新潮社刊『食べてびっくり』のうち「感激!庄内のフランス料理」より)
 これは間違いなく私の飲んだのと同じ酒であり、秋もそう思うのだけれど、問題はノド越しのあたりのことになる。
 そうは言っても、私は、かなり早いピッチで初孫を飲んだようだ。

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2008/11/12

真摯な姿。

こんなニュースがあった。
asahi.comニュース国際ヨーロッパ記事
http://www.asahi.com/international/update/1108/TKY200811080150.html

「体がついていかない」と三つ星返上 仏レストラン2008年11月9日8時25分

 【パリ=国末憲人】ミシュランガイドで最高の三つ星に格付けされ、日本の雑誌でもしばしば紹介されるフランス北西部カンカルのレストラン「メゾン・ド・ブリクール」のシェフが突然「肉体的にやっていけない」と三つ星を返上し、近く閉店する方針を明らかにした。関係者に衝撃を与えている。

 オリビエ・ロランジェ氏(53)。8日付フィガロ紙によると、5日にミシュラン社を訪れ、同ガイドのナレ編集長に星返上を告げた。「もはや毎日昼と夜、調理台に立てない。肉体的についていけない」と説明。編集長は驚きながらも受け入れたという。

 店は12月15日に閉店。今後は、近くの村に開いてきた気軽なビストロ(定食屋)の経営に力を入れるが、ミシュランの評価は望まないという。

 テレビに出たり世界に支店を展開したりする他の有名シェフと異なり、ロランジェ氏は一貫して故郷にとどまって地道に料理に打ち込んだ。その真摯(しんし)な姿がかえって共感を呼び、近年は世界中から食通が来訪。日本のガイドや雑誌でも取り上げられ、日本人にも人気の店となっていた。


オリビエ・ロランジェさんは真摯な姿勢を貫いている、ということなのだろう。そして彼が真摯だとしたら、いったいそこに押しかけた人たち、あるいはミシュランやミシュランの真似事をして食べ歩き、星印をつけたり印籠語を言い放っていい気になっている人たちは、どういうことになるのだろうか。ましてや、自分の自己顕示のために「食」や「料理」を利用するような人たちは……ワルってこと?

飲食店を評価して歩くことは、やってはいけない悪いこととは思わない。だけど、やり方があると思う。自分は、こういう考えや基準で店を評価するということを明確にし、評価して欲しい飲食店を募集し、エントリーした飲食店だけを評価して歩く。それなら、ある種の競技であり、お互いの切磋琢磨につながるということもあるだろう。B1グランプリなどは、形態はちがうが、エントリーを前提としていて、そういう効果を上げている。それに、エントリーする飲食店の数や性質により、評価する側も人気度などが評価されることになり、現状の、一方的にメディア側の人たち、ライターなどによって「裁かれる」状態より公平だと思う。

オリビエ・ロランジェさんが力を入れようというビストロ(定食屋)は、たまさか来る食べ歩きの人たちではなく、地域とのつながりで成り立つ、まちの食堂だ。そういう飲食店は、もちろん日本にも、大衆食堂や酒場などたくさんあって、日本一になりたいとか、有名店有名料理人になりたいとかといったことではなく、ちがう考えでやっているところが少なくない。そこへ頼まれもしないのに押しかけて、たくさん食べ歩いている俺は料理を知っているのだ天下のうまいもの好きだ味覚の大家だ厳選された正しい人間だ、ってな顔して評価を下すようなことは、まったく筋違いのカンチガイ傲慢だろう。オリビエ・ロランジェさんのように真摯になりたい。

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言水制作室、美篶堂、食堂アンチヘブリンガン、天狗、アートな酒の日。

きのうのこと。

水道橋から歩き、神田神保町の言水制作室に17時過ぎ。言水ヘリオさんとひさしぶりに会う。最近知ったというか気がついたというか、言水さんが発行していた展覧会情報誌『etc.』は今年一年休刊していたのだった。でもトウゼンながら言水さんは忙しくアレコレの美術イベントに関わっていたらしい。そしていま、神保町や神田エリアを舞台に「美術+雑貨×古本≒リトルエキスポ」の事務局役で、言水制作室は作家グッズ売場になっている。

神保町界隈には、ちかごろ、オシャレかわいい系の雑貨店や飲食店が増えて、野暮ったい「古本のまち」が変化しているのだとか。その旧新変化の流れを、そのまま流れにまかせて大げさな「企画」というほどのこともなく開催となったのが、「美術+雑貨×古本≒リトルエキスポ」らしい。書店やギャラリーや雑貨店や飲食店を会場にして、作家の作品の展示販売。水道橋駅周辺から御茶ノ水駅周辺まで、会場になった20か所ほどをまわって歩くうちに(一日では、まわり切れないだろうが)、ふだんは通らない小路に入ったり、神保町周辺の古い理解フノーの店を発見したり、といった楽しみもあるという仕組みのようだ。

帰りがけ、福田尚代さんの『初期回文集』をいただく。福田さんの「回文」については、このブログにも書いたとおもうが、何号か前の『四月と十月』の「仕事場訪問」だったかな?で読んで、興味を持っていたので、すごく得した気分で、言水制作室をあとにする。

んで、そのリトルエキスポの会場の一つである、御茶ノ水の堀沿いにある美篶堂(みすずどう)へ向かう。ここでは、得地直美さんの第4回個展『レンガの喫茶バー』が開催中なのだ。得地さんは、木村衣有子さんの『わたしの文房具』(KKベストセラーズ)に登場する。木村さんが京都時代からの友人のイラストレーター。ってことで、18時半に、木村さんと待ち合わせた。

「対象をじっと見て描いているのだろうと思わせる絵だ。浮ついていない。なのに勢いがあるという、珍しい画風である」「たいていは色鉛筆で描いている。色づかいがとても上手」と『わたしの文房具』で木村さんが書いた得地さんの絵をみる。なるほど。「レンガの喫茶バー」には、欲しいイイイッと思った作品が何点かあったが、一点25,000円なので買えない。木村さんに紹介された得地さんは、いまは東京で、印刷会社に勤めながら描いているのだとか。

16日(日)までだから日にちはないけど、おすすめ。こちらに、案内があります。…クリック地獄

美篶堂の店主、上島明子さんにもチョイと話を聞く。もとは製本屋さん?ということだけど、その技術を生かしたユニークな展開をしているようだ。おもしろい。

さてそれで、ここで木村さんと待ち合わせたのは、やはりリトルエキスポに参加の「四月と十月展」会場の「食堂アンチヘブリンガン」へ行くためなのだ。堀沿いにお茶の水駅へ出て橋を渡り、線路沿いに水道橋に近いところまで歩く。途中、木村さんに、きのうのエントリーのなかで、石黒謙吾さんと石黒由紀子さんの「石黒」が「黒岩」と間違っているといわれる。いけねえ(帰ってきて、すぐ直した。石黒さん、すみません)。木村さんは京都時代に石黒さんに会ったことがあるのだそうだ。てな話をしながらアンチヘブリンガン。

なるほど、なかなか感じのよい店だ。そんなにこった造りではないが、落ち着いて楽しく飲食できる雰囲気がある。そのなかに、自然に以前からそこにあったという感じで「四月と十月」のみなさんの作品がある。

とにかく生ビール。料理の注文は木村さんにまかせる。生ビールが、うまいっ。開店して2年と聞いたような気がするが、もう何十年もここでやっているような感じだ、料理の味も落ち着いている。くつろぐ。

と、「わめぞ」といっていいのか、NEGIさんがあらわれる。職場のひとが一緒、あとから職場の近所の紅茶専門の喫茶のマスターも。なんとなく一緒になりつつ、なんとなく別々になりつつ、酒と会話がすすむ。生ビールのあと、赤ワインを飲んでいたが、どうしても清酒が飲みたい。とゼイタクをいったら、マスターがコレならあると、大吟醸を。大吟醸よりフツウの酒がよいなどとゼイタクをいいながら、それを飲む。いい気分。

でも、やはり、ちょいともう1軒行こうかと、木村さんと出る。10時を過ぎているから、あまり時間がない。水道橋駅近くの「天狗」に入って、新政の燗。ふ~っ。

23時ちょうどごろ出る。二人とも、いい酒だったが、なんとなく飲み足りないなあという気分で、水道橋駅で別れ、上野駅で終電一本前の23時27分発の電車で帰った。お行儀のよいアートな酒の夜だった。

言水制作室…クリック地獄
リトルエキスポは、17日まで。

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2008/11/11

「ゆるゆる大陸」「脱星印脱印籠語」とか。

テレビがないから見たことはないのだが、「情熱大陸」という人気番組があるらしい。左サイドバーにあるイラスト「アステア・エンテツ犬」を描いた内澤旬子さんも出演し、一気に有名になったようだ。

その番組の内容はしらないのだけど、俺は、あまり情熱ほとばしる、コレに情熱を燃やしているんだぜ、てな感じのものは、どうも性に合わない。それは、なんとなく「こだわり」や「私はうまいもの好きよ」「俺は酒好きだぜ」とかにも通じるところがあって、かっこ悪い。

「情熱」は、うっとうしい。「情熱」は身体の芯のあたりに包み込んでおくものだ。と、先夜、須田泰成さんや石黒謙吾さんと会って、あらためておもった。須田さんのコメディに対する情熱、石黒さんの駄洒落に対する情熱は、かなりの高温だとおもうが、それをけっしてあらわにしない。なんとなく「ゆる~い」感じが、それを包み込んでいる。

ま、とにかく「情熱大陸」ってのがあるなら、「ゆるゆる大陸」ってのがあってもよいじゃないかとおもったわけだ。世間では「ゆるキャラ」なんてのがもてはやされているようだが、もしかするとあらわな「情熱」はシンドイという気分が一方にはあるのかもしれない。とにかく、さしあたり、俺が「ゆるゆる大陸」という番組をつくるとなったら、まずは須田さんと石黒さんに出演をお願いするだろうとおもった。

話は少しずれる。きのうのエントリーにリンクがある須田さんの「スロコメ日記」だが、11月7日のタイトルは「衝撃のセゾン・デュポン」。そこで、須田さんは、こう書く。


ベルギービールは生きている。
そのことをズシーンと思い知らせてくれるのが、
この セゾン・デュポン。

注いでみると、まず、泡の力強さにビックリ。
じわっと、ふくらみのある泡が、むくむくと立ち上がります。
飲んでみると、
ホップの爽やかさに一日の疲れを癒され、
次に、その奥に感じられるコクに魅了され、
さらに、鼻孔の奥に充満する乳酸のような香りを感じながら、
「人生って、案外いいもんだ・・・」と、思わずにはいられない。


なんて豊かな表現だろう。須田さんは、「絶品」「逸品」「名品」「至高」「究極」「こだわり」……といった言葉(俺はこれからそれを「印籠語」と呼びたいのだが)をつかってない。そして、セゾン・デュポンの素晴らしさを伝えていて、飲んでみたくなる。また、読んだひとの想像力を掘り起こしてくれる。

印籠語は、「この逸品、この名店が目に入らぬか」と印籠をかざす感じである。その背後には、星印何個のランキングがある感じでもある。ニンゲンが何人か集まると、誰がイチバン頭がよいかとか、エライかとか、優劣をつけたがる頭がある感じである。仮に、星印ランキングはよいとしても、星印ランキングするやつの頭がモンダイだ。たいがい、その頭は「観念」で成り立っている。なので、そこになにがどのようにあるか、なぜそれがそこにあるのか、といったことについて頭を働かせることなく、ある「印籠語」の観念で仕切られてしまう。そこからは、この須田さんのような豊かな文章は生まれないだろう。それはたま、「食」に対する態度のモンダイでもある。

ワレワレは、ニンゲンの実在を、体重で星印ランキングするようなまちがいをおかしやすい。実際、学校教育過程では、そのように育てられている。ニンゲンの価値や文化は体重で決められるようなものではない、ということは誰しもわかっていることなのに、とくに「食」については、それ似たアヤマチをおかしやすい。

おとといのスロコメで、たしか石黒由紀子さんにだったとおもうが、『雲のうえ』5号の食堂の掲載店はどうやって選んだのか聞かれた。たしか「説明がむずかしい」とこたえたら「企業秘密ですか」と聞かれ「いや、そうじゃなくて」と、そのリンカクだけでも説明しようとしたが、酔っていることもあって、うまく説明できなかったとおもう。

簡単にいってしまえば、俺は、星印ランキングではなく、KJ法的グルーピングをやって選んでいる。そのとき、トウゼン、『雲のうえ』の性格や、特集のねらい、それから発行部数などが考慮されているのは、いうまでもない。ま、そのことは、追々くわしくしていくことにしよう。

とにかく、食べ物や飲食店に対する新鮮な感性や想像力を腐らせるものとして、「星印ランキング」や「印籠語」や、うまいものに対するあらわな「情熱」などがありやしないかとおもう。

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2008/11/10

須田泰成さん、下北沢「スロー コメディ ファクトリー」オープン。

Suda009きのう。

須田さんが、大日本生ゲノムの事務所を下北沢に移し、事務所にカフェを併設、カフェあんどオフィスの「スロー コメディ ファクトリー」をオープンした。そのパーティー。須田さんと中山ゆーじんさんが翻訳し2001年博報堂から発行の『ファンキービジネス』を元ネタに、ン百万稼いだらしい中原蒼二さんを紹介したいとおもいお誘いした。大田尻家の家長と、「プロデューサー」という肩書のニンゲンは、信用ならないウサンクサイひとが多いが、この二人はちがうと話していた二人を引き合わせておけば、きっとそのうち何かおもしろいことになるだろうというハラもある。

まだ大勢さんが来ないうちに須田さんとゆっくり話をとおもって、中原さんとは17時に現地で待ち合わせた。下北沢駅で素直に南口に出て踏み切りを渡るコースを行けばよかったのだが、踏み切りを渡るのはメンドウと北口に出たのがいけなかった。近いところまで行ったのだが、どうしてもスロコメがみつからない。電話をして聞きたいが、携帯は持ってないし、公衆電話もない。けっきょく公衆電話を求めて駅のほうまでもどる。公衆電話がないのまで須田さんのせいにしたいとおもいながら、小雨が降ってきたなかを歩いて、スロコメの近くまで行ったとき、むこうから世をはかなむ風情の紳士が、ややうなだれながらトボトボ来る。見れば、中原さんだ。中原さんも見つけられないで、うろうろしたらしい。しかも、見えているスロコメの前を素通りしている。ま、とにかく、なんとか無事に着いて、地図も場所もわかりにくいと、メチャクチャ須田さんのせいにする。 

そのように遅れているうちに先客がカウンター席を占めてしまった。渋谷道玄坂「清香園」の社長、李康則さんと春風亭柳好さんら。昨年の忘年会以来か。

中原さんとソファーに座る。冷えたVEDETTの生が、なんとなく前夜の飲み疲れが残っている身体にうまい。須田さんはカウンターのなかの厨房で忙しそうに料理をつくっているので、中原さんと「前夜の反省」などしながら、ボチボチ飲む。須田さんの料理がうまい。スパン料理?

7時ごろか、中原さんは先に退席。しばらくして、ドドドといろいろな人たちがあらわれる。えーと、経堂はすずらん通りのバーのマダム、田中さん。先日はゆっくり話をできなかったが、聞けば、今年の2月に脱OLでバーを始めた。「なぜ」と聞くと「お酒が好きだから」。えーと、それから、くわじまゆきおさん。やはり須田さんの忘年会などで会っているはずだが、初対面のように名刺交換。世田谷方面のひとが多い中で、このひとは成増で、もっとも俺の埼玉に近い、なんてこともあってか、アレコレ話がはずむ。

李さんも加わって、なんだか盛り上がる。李さんがバッグのなかに持っていた、東海林さだお『東海林さだおの大宴会』(朝日文庫)をいただく、かわりに俺はバッグのなかにあった『四月と十月』最新号をさしあげる物々交換も成立。李さんとゆっくり話すのも久しぶりだった。なにしろ商売柄もあって交友関係の広い方なので話がオモシロイ。なんと、北九州のビッグな会社の社長とも懇意で、招かれて工場見学もしているのだ。

李さん退場のあと、ダジャレスト石黒謙吾さん夫妻がすわる。奥さんの石黒由紀子さんとは初対面。あれこれ。と、やっているうちに、いつのまにか来たのかマチコ女王様が、厨房で動いている。俺は生ビールから焼酎に変えグビグビ。

えーと、あとNHKエデュケーショナルの「からだであそぼ」の方や、アンカフェ制作委員会の方、放送作家の小林哲也さん、それから帰るころ、逆井さんと親しい大里学さんなど、ご挨拶。

ま、たぶん、そうはたくさん飲まなかったが、ワイワイやっているうちに、けっこう酔った。いつものことだが、これから盛り上がるってころ、埼玉の空の下にもどらなくてはならない、10時すぎ退場。

画像。2008/10/25「太田尻民芸展。」に掲載した、太田尻智子さん作の造形品は、須田さんが買って、ここのウインドーを飾っているのだ。「スロコメちゃん」?

俺が関係する、中野の「ゲストハウスやどや」も、今年、事務所にカフェを併設したカフェやどやを開業した。この種の形態は、これから「まちのプラットホーム」としておもしろいとおもう。カフェやどやは、世界中からお客さんが来る「まちのプラットホーム」だ。

街角コミュニケーションを担ってきた大衆食堂など個人商店が減り、大衆酒場は単なる飲み歩き道楽の消費のステージとなって、「まちのプラットホーム」が失せていくなかで、スローな生のコミュニケーションができる、こういう場が増えるにちがいないし、そのことでまちに新たなつながりができ、まちの可能性が開けるような気がする。もしかすると、小田原方面に、「角打ちオフィス」ができるか? 

「スロー コメディ ファクトリー」のことは須田さんが書く「スロコメ日記」に…クリック地獄

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三茶・味とめ、角文研東京支部公開飲み会。

Ajitome003(追記)下記の記事を書いたのは朝だが、いま12時半過ぎ、デジカメを見たら「味とめ」の画像があった。撮影した記憶がない。上は、2階の窓を開けて撮ったものらしいが、昨夜は寒かったのに、なんでそんなことをしたのだろう。下の画像は、「味とめ」の前だから、閉会して出たところらしい。撮影時間が9時50分すぎ。ウへ~、味とめで6時間も飲んでいたってことか。そして10時頃三軒茶屋から地下鉄に乗って渋谷へ出て帰ったのだな。(追記、おわり)

えーと、まずは、おととい。

世田谷区三軒茶屋「味とめ」に16時チョイ前に着く。店に入るとオバサンが「おや5時からじゃなかったの」「正式には5時からだけどね」。まもなく中原蒼二さん、そして木村衣有子さん。

17時ごろ森田康史さん夫妻があらわれたところで2階大広間へ移動。2階は初めて、1階よりは片づいていてマットウのほう。参加者が続々登場。初対面のひと、順不同。古池祥さん、栗原弓枝さん、田平衛史さん、常盤喜三郎さん、田中皇彦さん、近藤ちはるさん。再会のひと、順不動。大野浩介さん、サノタローさん、オオクラテツヒロさん、松尾智子さん。15名か。

「角文研東京支部公開飲み会」と称する。「角文研」とは「北九州角打ち文化研究会」のこと。東京支部長は中原さん、副支部長は森田さん、部員は古池さんだけ。半数以上が北九州と地縁やら、なんやら縁が。半数以上が、なにやら、いわゆる青山とか恵比寿あたりの、いわゆるクリエイター系。が、主な傾向。

右サイドバーの2008/09/27「「糠漬文化人」あるいは「糠漬アーチスト」そして「おかん文化人」など。」にコメントの大野さんは、9月に北九州でお会いしたので、北九州からの参加と思っていたが、なんと1週間ほど前に、東京に転勤になったのだった。鎚絵の東京営業所長。おおっ。

おおっ、といえば、某大手洋酒メーカーの「グルメ開発チーム」のスーパーバイザーにしてワインアドバイザーのひと。サノさんと湘南方面で新会社設立に蠢動す。この会社の設立は楽しみだ。

オオクラテツヒロさんの「グリンの冒険」と「ハコシキ」は、ますます上昇中。

いわしコースをメインに、とにかくガンガン飲む。生ビールのち、中原さんが、キンミヤ一升瓶を横において、チュウハイづくり。俺は、翌日もあるので、ゆっくり飲むといっていたのだが、急ピッチ。にぎやかに飲んで、話のなかみはほとんど覚えていないが、楽しかった。

近藤さんと木村さんは、途中退席。

あとで聞いたところ3合ほど残っていた中原さんの一升瓶をあけたのち、4本もあけたのだそうだ。9時すぎごろには、もう飲めない状態。三軒茶屋で、みなと別れたあたりから記憶がアイマイ。渋谷駅のホームで「エンテツさん」と声をかけられ、見たら栗原さんと田平さんがいて握手して別れたのは覚えている。
Ajitome004

もう書くのがメンドウなので、とりあえずこれぐらいで。
というのも、昨晩も下北沢で飲んで、チトまだ頭がドヨヨヨ~ン状態。
下北沢で、須田泰成さんの新展開は、またのちほど報告。


オオクラさんの「ハコシキ」と「グリンの冒険」は、こちらで見られますよ。
ハコシキ…クリック地獄
グリンの冒険…クリック地獄

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2008/11/07

安直で惰性な「こだわり」の舞台あるいは舞台裏。

2008/11/05「知識はあれど想像力は、ナシ。」の関連。

知人が俺に、コレを読んで欲しくてと渡した「ベルク通信」、当ブログでも何度か書いた、あの新宿駅でJR大家に追い出しをくらっているベルクの通信、その記事は「こだわりブルース」のタイトル。ベルクの例の本の店長さんが書いている。

一部を略しながら紹介すると、こんなぐあい。……

 ベルク本への反応の一つとして、「こだわり」という言葉がますます氾濫したことがあげられます。これまで以上に店の形容語句になり、おホメの言葉になり、挨拶にすらなった。…… それがこそばゆいんですね。「こだわり」って本来あまりいい意味ではない。…… 度を越してとらわれるのがこだわるということ。…… いいこととは言い難い。少なくとも自慢するようなことじゃないでしょう。食への「こだわり」だってそうです。要はおいしけりゃいい。お客様のお口に合えばラッキーなんです。その時はじめて苦労(こだわり)も報われる。でもその苦労をお見せしないのがプロ、というか粋ってもんじゃないですか!

……と書く店長さんだが。……

ところで本って、自費出版でない限り著者のものでなく、執筆も編集部と著者の共同作業になります。私は著者として初心者でありながら優秀な編集者に恵まれ、彼の敷いたレールにのっかって何とか書き上げることができましたが、彼は食への「こだわり」の当事者ではないだけに(うちのお客様ではありますが)何の照れもない。「こだわり」は素晴らしいことだという前提でレールを敷いてくれたりするのです。すると、私にはそのレール自体をひっくり返す勇気はありませんので、その前提に辛うじて抵抗するような書き方をする訳です。「なるべくこだわりたくはないのだが」といった風に。

……チト編集者に気をつかいながら書いている感じだが、つまりは、よくあること。出版社の編集者が「こだわり」路線を敷いている。

ついでに。誰かさんに聞いた話だけどね。なるべく物事を正確に書くために、「名店」だの「逸品」だの「究極」だのといった、中身がアイマイな形容語句を使わないようにして飲食店や食べ物のことなど書こうものなら、たちまち編集者に「名店」だの「逸品」だのに直されることは、よくある。よくあるから、ちゃんと、そのへんの「編集意図」をあらかじめ「理解」して、「聖地」だの「至玉」だの「絶品」だの「厳選」だのという言葉をキラキラちりばめながら書くライターが、「よい文章を書く頭のよいライター」として重宝される。とか。

もちろん、これは、編集者やライターだけのモンダイではなく、そういう中身がアイマイなハッタリのような紋切り型表現をよろこぶ、粋でもなんでもない読者が、少なからずいるのであり、ウリを考えた「よい本」は、それを意識している。ということの反映、なのかも知れない。でも、安直な惰性であることには、ちがいない。ような気がする。

とにかく店長さんは続ける。……

それがあの本を多少まどろっこしくしていますが、ある意味それは編集者と私とのバトルの跡であって、読みようによってはスリリングかも知れないし、当事者の感覚だけで閉じられていないところでもあるのです。著者としては必ずしもスッキリしてないのですが、一読の価値ある本になったと思います。

……ま、そういうわけで、売れればヨシというのは、なんの商売でも仕方のないことなのだ。

ただし、「少なくとも自慢するようなことじゃないでしょう」「苦労をお見せしないのがプロ、というか粋ってもんじゃないですか!」という精神が失われ、これみよがしに「こだわり」を使い、自ら「こだわり」を自慢したりウリにする傾向が大勢となると、その背後にある、想像力の貧困を考えざるをえない。と思うのだな。

Kodawari_711画像。たったこれだけの量の文章なのに、2か所も「こだわり」を使っている。「こだわり」なんてのは、大量生産のセブンイレブンの食パンの言葉ですよ。ま、セブンイレブンの食パンだから悪いということはないのだけど、安直簡単便利生活の象徴のごとく揶揄されるセブンイレンブンの、大量生産の言葉ってことです。たしかに、そのように、安直簡単便利に、大量の出版物に使われている。その状況に対して、無自覚すぎるように思う。そこからどう脱却するかという課題があるんじゃあんまいか。

とにかく、俺は、そういう中身がアイマイで大げさな形容語句のたぐいは、なるべく使いたくない。たいがい恥知らずの俺だが、そういう言葉を使うことは恥ずかしいと思うていどの恥は知っている。そして、そういう言葉を無造作に使う人は、オリコウとは思えない。


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