2020/02/17

「惣菜料理」×「宴会料理」

チョイと日にちがあいたが、前のエントリー「浅草・まえ田食堂」のところで、「料理と味覚の世界は、「おふくろの味」や「家庭料理」という言い方を使うのは、とても難しい事態になっていると思った。それは、いわゆる「多様化」以前の、きわめて大雑把なくくりが通用した頃の観念なのだ」「実際のところ、いまでは、多様化と同時に多層化・多重化もすすんでいて、人間の思考も味覚も、ずいぶん複雑になっているのだな」と書いた件。

その後調べるともなく読んでいた獅子文六の『私の食べ歩き』(中公文庫)に、「惣菜料理」と「宴会料理」を対義の関係で述べているところがあって、これはつかえそうだと思った。

たとえば、「日本の洋食は、野菜を肉料理の添え物、または飾り物と考える傾向が、あまりにも強い。料理を装飾するのは、宴会料理であって、日常の惣菜料理には、まったく不必要である」「日本の洋食は、宴会料理が輸入され、その形がいろいろに崩れて、普及されているのである」といったぐあいだ。

「日常の惣菜料理」というと「生活料理」と重なり、おれも「生活料理」という言い方を使うが、これは「生活」という概念が抽象的であるという難点がある。「生活」の中には、日常と非日常が混在するし、いわゆる「時と場所と場合」がからむ。

「生活料理」を造語した江原恵のばあい、「料理屋料理」である「日本料理」に対して、その支配から「料理」を解放する意図を持っていた。この場合の「料理屋料理」は、獅子文六が指摘した「宴会料理」と同じだ。江原恵は、日常一般の料理を「料理」とよべばよいのであって、それに対して「料理屋料理」があるのが本来だという趣旨を述べている。

これは一理あるが、文化の実態からすると適応が難しい。そこで「生活料理」という言葉が浮上した、という関係がある。

近年は、とくに「中食」といわれる「惣菜市場」が拡大し、それと「家庭料理」の区別がつきにくい。「惣菜市場」の拡大は、「家事労働」の外部化の一環として「家庭料理」が外部化した歴史がある。

大衆食堂は市場規模からすると大きなものではなくなっているが、空間的には「家庭」ではない「家庭料理」が広く存在した。これは料理論的な市場から見れば「惣菜市場」に近い。歴史的にも家庭の食事の「代替」と考えられていた。それは、食事は「家庭団欒」「家庭に属するもの」という思想が強固であった事情によるだろう。

これは、主に「食事文化」のことだ。つまり「家庭料理」という言い方は、「料理」の思想というより「家庭」という思想が背景にあって成り立っていた。

料理文化から見れば、料理がつくられる場所やつくる人によって分類されていては不都合が多い。家庭にも家庭の「外」にも存在する「惣菜料理」は、そのことを浮き彫りにする。

それから、もう一つ、とくに1980年代以後の「惣菜料理」の多様化と重層化だ。一般的には、あまり使われていた言葉ではないが、70年代ぐらいまで「中級レストラン」「中級料理店」「中級料理」といった言い方にくくられていた料理がある。これは高度経済成長と、それを背景にした「中流意識」によって成長したもので、当時の、まだ非日常だったファミレスが象徴的存在だった。それとは別に、洋食や中華、その他の専門店などが含まれた。

この分野については業態変化と料理文化が入り組んでいて、動向の把握が難しいのだが、80年代以後の成長がめざましく、料理文化をリードしてきた、といえるだろう。

たとえば80年代の「イタリアン」や「エスニック」などから、拡張し細分化しながら、国境を溶かし込み、「外食店」「惣菜店」「家庭」などの境界を溶かし込み、広がった。いたるところで「惣菜文化」が成長(多様化・重層化)した、と見ることができそうだ。もともと料理は、さまざまな「境界」を溶かす文化力があるのであり、それがいまや「家庭」まで溶かしている。と見るとおもしろい。

こうして「家庭」が溶かされて、「食べること」における「個」の存在があきらかになっているとき、その「個」が関わる料理は、「惣菜料理」か「宴会料理」か、ではないかと考えることができそうだ。この場合の「宴会料理」とは、宴会の形態で提供されなくても、元来が宴会の目的と様式にしたがった料理ということになるだろう。

すると、ますます「惣菜料理」の幅の広さや楽しみが見えてくる。レンジでチンしただけのものから、いまや類別すら難しそうな「スパイスカレー」や「スパイスカレー風」だの「ミールス」や「ミールス風」だの、絶えず変化しながら、そしてあまり変わらない大衆食堂の料理まで、なかなかおもしろいことになっている。

それを「日本料理」だの「家庭料理」だのという観念で見ていては、ツマラナイ。

あるのは、自分「個」と料理の関係だけであり、それは自分「個」と「世界」の関係であるということだ。

おれは習性からして、自分で「つくる」ほうだが、「つくる」「つくらない」は根本のことではないと思っているから、どうでもよい。カンジンなことは、「食べる」ということで、そこに「個」と「世界」が存在している。「つくる」にしても「つくらない」にしても、「食べる」過程のことであり、楽しむことが大事なのだ。

ついでだが、いわゆる「自炊」については、社会や歴史の実態を無視した、思い込みの話が多すぎる。現在の日本の「自炊」は、現在の日本のインフラに対応しているだけで、これが普遍のわけではない。どの国でも、インフラしだいのことであり、インフラの維持が困難になる事態だってありうるし、お粗末なインフラの中での「自炊」を強いられる事態だってあるのだから。そういう意味では、日本の現状は、これを使わないのは社会的損失ではないかと思われるほど「自炊」環境が整っているといえるだろう。

楽しむことについての議論が、いちばん欠けているんじゃないかな。惣菜料理は「生きること」に深い関係のある料理だから、これを楽しめるかどうか、どう楽しむかは、楽しい人生の少なくない部分を占めているだろう。惣菜料理の目的といったらソコだろう。宴会料理とは目的から違う。

そうそう、話はズレるが、『私の食べ歩き』に収録の「わが食いしん坊」には、「料理は、極めて日常的な、落ちついたキモチで食うべきであって、旅先の慌ただしさや、過度の好奇心なぞは、いずれも、味到を妨げる。」にというオコトバがあった。飲食店の食事での過度なコーフンについても同じことがいえると思う。

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2020/02/09

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」87回目、浅草・まえ田食堂。

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昨年、という書き方をするが、12月20日に掲載のものだ。すでに東京新聞のサイトでもご覧いただける。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019122002000166.html

じつは、この掲載紙を手にしたとき、「「年季」が入った味わい」の見出しに、考え込んでしまったのだ。

見出しは、いつもデスクの方がつけてくれるのだが、これは、おれが本文中に書いた「いまでは珍しくなった黄色いカレーライスに近く、やはり「年季」としか言いようのない味わい深さが」というところから引っぱったものだろうけど、この見出しだけ見ると「断定的」で、ギクッとする。

それでしばし考え込んでしまい、あれこれ調べたり読んだりしているうちに、ズルズル時が過ぎゆくままに。

「黄色いカレーライス」というと、いわゆる「おふくろの味」という気分でごまかすことができるし、むしろその方が安直にウケがよいともいえる。だけど、このカレーは、「黄色いカレーライス」から何層にも層をなし、というか、それをベースにさまざまな位相が溶け込んでいる。それが、それなりにうまくまとまっていて、これはこれなりの普通のうまさで、もはや「おふくろの味」というには抵抗がある、かといって、近頃のスパイスカレーや南インド風?カレーなど「専門料理」の味でもなく、あるいは「家庭料理」の味ともいえるが、そう言い切るにはやはり抵抗がある、ってわけで、「年季」と「味わい深さ」で書いてしまった。悩ましい。

とにかく、この見出しにギクッとして、オベンキョウをしたおかげで、表現の技術のほうはともかく、料理と味覚の世界は、「おふくろの味」や「家庭料理」という言い方を使うのは、とても難しい事態になっていると思った。それは、いわゆる「多様化」以前の、きわめて大雑把なくくりが通用した頃の観念なのだ。

実際のところ、いまでは、多様化と同時に多層化・多重化もすすんでいて、人間の思考も味覚も、ずいぶん複雑になっているのだな。

「家庭」も「家庭料理」も死語にはなってはいないが、かつての惰性で使っていると現実と噛み合わない点が多々生じる。

ということを書いていると一冊の本が書けそうだから、やめよう。

まえ田食堂へは、以前に木馬亭の浪曲へ行っていた頃から何度も入っているが、今回は12月10日に行った。

国際観光都市浅草は相変わらずの大にぎわいで、まえ田食堂に入ると、2人連れの着物姿の若い女がいた。浅草で人気のレンタル着物の外国人だった。浅草寺境内には、そういう外国人がたくさんいた。

伝聞によれば、最近は浅草の外国人観光客は「新型肺炎」の影響があってのことらしい「激減」とも聞く。あの頃は、そんな気配もなかった。で、いつごろから騒動になったのか、ネットで検索してみたら、12月8日に中国武漢市での新型コロナウイルスによる肺炎の発生がニュースになっていた。おれはまったく知らなかったね。

まえ田食堂がある「奥山おまいりまち」の通りは、近年の浅草国際観光都市化政策でエセ江戸風にリニューアルされ、人通りも増えたが、おれが木馬座へ行っていた頃は、浪曲の定席がある木馬亭と大衆演劇の木馬館の客のほかは、といっても、木馬亭はいつもスカスカだったけど(最近は浪曲が人気でにぎわっているらしい)、とにかく人通りはさみしかった。

でも、まえ田食堂には、地元や浅草寺参り(月あるいは週に決まって参拝の人がいる)や芸人の常連さんたちがついていた。そこのところは、いまも変わらないようで、今回も地元の若い男性が小さな子供を連れてビールを飲んでいたし、浅草寺参りの常連さんの姿もあった。

まさに、明治末期開業の「年季」の入った食堂の強さか。そこへいくと「観光」も「観光客」も、人間の気分のようにあてにならない。そして、まえ田食堂は、どこかの観光地のように観光客相手のスレッカラシのボッタクリではなく、日常に根をおろして続いてきた大衆食堂らしい商売なのだ。

まえ田食堂の並びには「君塚食堂」もあり、以前、登場いただいている。

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2020/01/26

理解フノー二十二回「二十年」に関連して。

昨年10月発行の美術同人誌『四月と十月』で、連載中の「理解フノー」に「20年」と題して、このようなことを書いた。以下、そっくり転載する。

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 最近、青土社の『現代思想』七月号、特集「考現学とはなにか」に、「おれの「食の考現学」」を寄稿した。過去三冊ぐらいしか読んだことがない雑誌で、学知ゼロの下世話なおれとは縁がないと思っていた。なのに、突然「食の考現学」というテーマで書いてみないかといわれたのだ。
 書くうちに、一九七〇年代中頃から自分が大いに関心を持ってやってきたこと、その理論や論理や方法などを振り返るいい機会になった。ま、脳内オーバーホールといった感じだ。やはり、九五年のおれの初めての著作『大衆食堂の研究 東京ジャンクライフ』(三一書房)と九九年の『ぶっかけめしの悦楽』(四谷ラウンド)のあたりで、一度脳内オーバーホールがあったのだが、それ以来、約二十年ぶりだ。
 偶然が重なった。考現学の原稿に着手した頃、ある編集さんから、新刊の『フードスタディーズ・ガイドブック』(安井大輔編著、ナカニシヤ出版)に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあった。今頃?と思いながら買ってみたら、「食研究」を志す人たちのための本邦初のブックガイドで、先行する研究者たちによって四十九冊が選ばれ評が載っている。WEBの「CⅰNⅰⅰ」などの検索でも、二十年前には考えられなかったぐらい「食研究」が充実している。そういう背景もあって編まれたのだろう。それにしても、拙著の「研究」は名だけで、コキタナイ表現を駆使し、路上廃棄物のような一冊だ。
 その拙著の評者に驚いた、京都大学教員の藤原辰史氏なのだ。『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国、二〇一六)が注目され、『トラクターの世界史』(中公新書、二〇一七)や『給食の歴史』(岩波新書、二〇一八)などを連打している。近著の『食べるとはどういうことか』(農文協)は、食を考える入門書として画期的。この方の評なら、おれはムチ打ち刑にされても、うれしい。
 『大衆食堂の研究』について、こんなふうに書かれている。「文章のなかに散りばめられている罵詈雑言も強烈であり、著者自身もジャンクな本でよいと考えている節があるが、そう読むだけではもったいない。そう読んでも十分に楽しめる本なのだけれども、本書の到達した食の理論から目をそらすことになる」。そして、本書に出てくる「生簀文化論」「「ロクデナシ」の食い方」「大衆食堂は家庭的ではない」「食の自立性」「味覚の民主化」などが、学術な見方と理論を引き合いに読み解かれる。罵詈雑言に負けない読解力の面白く楽しいこと、自分の本のことではないみたいだ。
 発行から二〇年以上。著作は評者の見識しだいで生を吹き込まれることがあっても、肉体の老化は不可逆的に進行する。これから先、後期高齢者のおれはどうなるかわからないけど、食をめぐる言説空間は、かなり様変わりするにちがいない。

…………………………

「20年」というタイトルは、『大衆食堂の研究』が発売になった1995年を意識しているのだが、実際には24年であり、企画から数えれば30年という歳月がすぎている。

その前、「一九七〇年代中頃から自分が大いに関心を持ってやってきたこと」については説明がついていないが、「生活料理」をテーマにしたあれやこれやだ。そこから数えれば44年になる。

この間、2,3年前から、食をめぐる言説空間が大きく変わりそうな気配を感じていた。

2015年に千代田区神田一橋に開業した「未来食堂」の小林せかいさんの、「個」を尊重する食事を追求した考え方と方法(システム)の影響。2018年に発行の『Spectator』42号「新しい食堂」に登場した食堂のなかでも、「なぎ食堂」の小田晶房さんと「按田食堂」の按田優子さんの、「生きる」と「食べる」と「食べ物(料理)」が無理なく生活の場でつながっている考え方と方法、その影響。などが、最も気になっていた。

『四月と十月』の原稿の締め切りは、8月の何日かだった。その少し前、きのうのブログでふれた「やり過ごしごはん研究家」のぶたやまかあさんとぶたやまライスが、「やり過ごし」なんてトンデモナイ、繊細でキチンとした暮らしのモデルのような『暮しの手帖』に登場した。このことは、ブログ「2019/08/07『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場」に書いたように、「これからどうなっていくかわからないが、『暮しの手帖』の第5世紀の1号目にぶたやまかあさんが登場したことは、生活的に、希望がもてるような気がしている」といえるものだった。

藤原辰史さんの『分解の哲学』は、発行元の青土社の編集さんからいただいて読んでいる最中だったので、この「理解フノー」では、ふれてないが、「分解の哲学」は、これから食の言説空間にヒタヒタ影響が広がっていくような気がしているし、いまあげた人たちの考え方に通底しているところがあるような気がして、おれの頭の中でゴチャゴチャに混ざって発酵している。

毎月いただいている『TASC MONTELY』の昨年の分をまとめて読んでいたら、7月号の巻頭エッセイに藤原辰史さんが「給食の未来」を書いていた。「実は給食は大きな知的資源だ」

11月号には、「TASCサロン」のコーナーに、湯澤規子さんの「胃袋からみる食と人びとの日常」という寄稿がある。「「胃袋」は「食べる」という行為、さらには「生きる」感覚に直結している」

きのう書いた、「おかしな記事「夕飯つくらないとダメですか?」」にしても、おかしな記事ではあるが、家事や生活を支配してきた大きな思想や文化がゆらいでいる現象ではある。

2000年代中ごろ、食育基本法が議論になり制定されるころでも、「生きる」と「食べる」と「食べ物」の関係はほとんど話題にもならず、ナショナリズムを背骨に、あいかわらずの「日本型」の「正しい食生活」の観念ばかりが踊っていた。

つぎの本の原稿に取り掛かりながら、てなことを考えていると、なんだかおもしろくなってきたなと思う。

どうなるのだろう。

ま、中央の「権威ある」メディアにたかっている人たちは、そうは簡単に変わらないだろうし、自らの権威と特権のためにも崩れつつある文化の中央集権を維持しようと必死になるだろうけどさ。その右往左往を見るのも、おもしろい。

高尚そうな観念的な言説より自分の生活と胃袋を大切に、あたふた流行の言説にふりまわされることなく、ゆうゆうと食文化を楽しみましょう。ってこと。

そうそう、理解フノーには、毎回1点、自分で撮った写真にキャプションをつけて載せている。この回は、この写真で、「台所、身体の内と外の森羅万象が交差するところ」というキャプションをつけた。台所は、i自分の体内の宇宙と体外の宇宙の結節点であり、宇宙を見たり手に触ったり感じたりするところでもあるのさ。となれば、料理は、宇宙を料理することになるか。小さな空間は、じつに壮大だ。生活とは、そういうものなのだ。

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2020/01/25

おかしな記事「夕飯つくらないとダメですか?」

NHK NEWS WEB に「夕飯つくらないとダメですか?」という記事があった。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200124/k10012257431000.html?fbclid=IwAR0_YZ5B0rKwicjhClKyEJWBk75IcRkkfmFSwOsaU33bbwTJ926aoXBjyqY

「先日、幼い子どもを育てている夫婦が「平日の夕飯はすべてテイクアウト」と書いたネット上の記事が話題になりました。確かに、働きながら毎日のごはんをすべて手作りするのは簡単ではありません。そして今は空前の「テイクアウトブーム」。ごはんをすべて手作りしなくてもいい環境が整ってきているようです。」

というものだが、この記事、いまどきの「結論ありき」というメディアの傾向が露骨に出ている。

冒頭で、このように書いている。

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平日の夕飯を自分たちで作らず、すべて外注してしまう。ネット上に投稿されたこの記事を書いたのは、20代の共働きの夫婦でした。子どもはまだ2歳。近くに日替わり定食をテイクアウトできる店があったことから、思い切って平日は毎日このサービスを利用することにしたそうです。

1食850円を2人前で1日1700円。
1か月で3万円ちょっと。(さらに割り引きもあり)
その結果「可処分時間」つまり、自由に使える時間が増えたそうです。
なぜこのサービスを利用し始めたのか、本人たちに取材しました。
2人は、もともと「家事の効率化」に興味があったそうです。

そして家事の中に占める「料理の負荷」が特に大きいと感じていたそうです。近くにある店のメニューが栄養バランスの取れたものだったこともあり「平日はすべてテイクアウト」を試してみたそうです。そして自分たちの記事がネット上で話題になっていることについても聞いてみると「予想どおり」だったそうです。

記事を投稿した女性
「同じ世代の人たちは家事の効率化に興味を持っていると思っていたので、反響があったのはやっぱりな、という感じでした。これからも『家事の効率化』をいろいろ試してみたいと思っています」

………………………………

で、いきなり、「テイクアウトは空前の人気」「“家事に対抗!”」「夕食ニーズにも注目」という見出しの記事が並び、産業側を取材した記事になるのだ。

「ごはんをすべて手作りしなくてもいい環境が整ってきている」正体が明かされる。

アレレだよ。もっと事例はないの。もっと家事について突っ込んだ取材はしてないの。家事は人や家庭によって様々だし、様々が当然だろ。まるで、この事例は産業側のPRのダシに使われているようではないか。

そして、最後は、「“手づくり神話”の呪縛から解放を」の見出しで、「家事研究家の佐光紀子さん」という方の、「「ちゃんと家事をしてしっかり家族の面倒を見るのがよい母、よい妻だという思い込みから、そろそろ解放されてもいいのではないでしょうか」と話しています。」っていう、権威ありそうなまとめでオシマイ。

なんだろう、このイイカゲンさ、内容の無さ。

どうして、「確かに、働きながら毎日のごはんをすべて手作りするのは簡単ではありません。」が「そして今は空前の「テイクアウトブーム」」ってことに直接つながるの。

「ちゃんと家事をしてしっかり家族の面倒を見るのがよい母、よい妻だという思い込みから、そろそろ解放されてもいいのではないでしょうか」ってのはいいし、それは必要なことと思うけど、それがどうしてテイクアウトとつなげて語られなくてはならないのか。

ここでの、「家事の効率化」や「テイクアウトブーム」は、余裕のない生活、つまり生活がよくならない経済と無関係ではないように思われるし、経済がよくならないシワヨセが人びとの生活におよんでいるとも読めるのだが、そういう実態や分析については、まったくふれてない。

「家事研究家」の考える「家事」についても、気になるのだが、記者たちは気にならなかったのだろうか。

「家事」は「時間」と「金」だけのことなのか。「家事の効率化」や「家事からの解放」とは、なんなのか。

おれは近年よく目にする「時短料理」という言い方も気になっていたのだが、「家事労働」や「料理」が、「労働」でもなく「作業」「行為」のレベルことになってしまっているからだ。だから「時間」だけが問題になるのだ。「家事」を「生活」としてとらえることもなければ、もちろん「文化」としてとらえることもない。

「ちゃんと家事をしてしっかり家族の面倒を見るのがよい母、よい妻だという思い込み」は、日本社会に根強くはびこっていた思想や文化であるけど、それを産業におんぶする「消費」で克服できるのだろうか。家事研究家は、どう考えているのだろう。

なーんてことが、気になるのだが、この記事からは何も見えてこない。

ただ、はっきりしていることは、こうして、生活は時間と金に解体され、すみずみまで産業にのみこまれ、人びとは労働で搾り取られ、消費で搾り取られる状態が、ますます拡大しているということだ。

とはいえ。

もしかすると、こういう打算的な生活や産業は、これまでの強固に見えた「保守的な家族像」まで、ブチこわしてくれるかもしれない。それはそれで、なかなか興味深いことではある。

だけど、生活の主体は、どうなるのだろう。賢い時間と金の使い方だけになるのだろうか。悩ましい。

とにかく、こんな内容のない記事にふりまわされないようにしたい。

そこへいくと、ぶたやまかあさんの「やり過ごしごはん」などは、生活から生まれた主体的な文化として、クリエイティブだし、あらためてすばらしいと思うのだった。

当ブログ関連
2019/08/07
『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/08/post-00ec92.html

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2020/01/24

「大衆」と「普通」について、ちょっとだけ。

断るまでもなく、おれは「大衆」と離れがたい関係にあるし、そのことに関係して2004年頃から「普通」という言葉もよく使っている。

だけど、「大衆」や「普通」について定義なんぞやったことがない。これが「大衆」であり、これが「普通」であるなんて、断言したことはないし、決めつけるほうがおかしいと思っている。

「大衆」も「普通」も一人ひとり違うのだ。それでいいじゃないか。一人ひとりに光をあてよう。

といって書いていられるのが、フリーライターのよさだと思っている。

学術業界もとより、ある種の分野の「専門家」のごとき立場をとろうとすると、そうはいかない。これはこうと定義し、体系にしたがい、枠組みを決め、そのために苦労もする。その根拠を説明するために、こんだけの本を読み、こんだけのフィールドワークをし、こんなに食べ歩いたぞ、こんな新聞や雑誌にこんなに書いているぞ、とか、やらなくてはならない。それなりに偉業である。

フリーライターであるおれは、そーんな面倒なことは関係ないのだ。偉業をやる気もない。

むしろ、「大衆」や「普通」をパターン化する傾向に抗うのだ。

「普通の日本人」とか、プッ、なんじゃそれ。かつては「大衆はカタマリである」なんてことをいった、民主主義の思想的リーダーのような立場の有名な学者さんもいたが、なんじゃそれ、てなもんである。

フリーライターは、いかなる定義や体系や枠組み、それらしきモデル化やパターン化や教条化などにもしばられない。だから、しがない「フリー」でいられるのだ。

ただ、生活の実態から出発し、書く時々の、テーマ、視点、論理は、しっかりしていなくてはならない。

というのがおれの考えなのだな。

四月と十月文庫『理解フノー』には「フリーライター」の項があるが、その補足をしてみた。

当ブログ関連
2016/12/15
「大衆」は葬り去られなかった。日本経済新聞の記事を読む。

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2020/01/22

元旦、西日本新聞、北九州食堂物語のスタート。

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2019/12/02
5年ぶりの北九州。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/12/post-6d6cf4.html

に書いた、昨年11月28日29日の北九州は、このためだった。

元旦の西日本新聞に、カラー見開きで「北九州食堂物語」が載っている。これは、3日から始まる連載「北九州食堂物語」の一回目。その左端に「遠藤哲夫さんと食べ歩き」の記事があり、おれが登場しているというわけなのだ。

「西日本新聞北九州本社です。北九州市の食堂にまつわる記事を発信したく考えております。その取材過程で、遠藤哲夫様の著書を読み大変感動しました」という連絡をいただいたのは、11月13日のことだった。

北九州市のPR誌『雲のうえ』5号「食堂特集」は、もう10年以上前のこと、2007年10月の発行で、おれは文を担当しているのだが、それをご覧になった記者さんから。

連載のスタートにあたっておれに登場してほしい、ついては北九州に来て、一緒に食堂をまわってもらえないかと。

最終的に、『雲のうえ』に掲載の食堂の中から、北九州の食堂の特徴を語りやすい「まんなおし食堂」と「赤ちゃん食堂」選び、それに、気になっていた若い人が始めた新しい「水玉食堂」を訪ねることにして出かけたのだった。

おれは食べ飲み、しゃべるだけ。記事は、担当の27歳の記者の方が書いてくれた。

まんなおし食堂も赤ちゃん食堂も、まったく変わることなく健在だ。水玉食堂には、若い力の可能性を感じた。変わらない力、変わる力、どちらも必要なのだ。

カンジンの「食堂物語」は、黒崎の「エビス屋昼夜食堂」が大きく載っている。かつて労働者の街として繁栄した黒崎、24時間営業の背景には三交代勤務が普通だった街の歴史がある。いまでは、寂しすぎるほど衰退しているが、街が終わっているわけではない。そこには働き生きる人びとがいるし、24時間営業の食堂も続いている。

24時間のルポ。テレビなら「密着ルポ」とか大げさに打ち出すだろう。時間帯によって、お客さんが変わる。お客さんが語る言葉から、この街や人びとの暮らしと歴史が浮かび上がる。

ひとや何かを指して「おわった」「おわっている」などと簡単に決めつけて、何者かになったつもりらしい評論家的な傾向があるが、たいがい光のあてかたが間違っているのだ。モノゴトを見えなくするだけだ。

むしろ、そこに一人でも生きている人がいるかぎり、何もおわってはいないという視点が必要なのではないか。そのことで、見方や考え方が磨かれ、可能性が開ける。

ネタになりにくい、「とるに足らない」とされた存在。いつもは新聞や雑誌などで話題にされることがない「地味な存在」。話題になるときはエンターテイメントな消費か負の語りにしかならない、そういうふうにパターンにはめられ色付けされてしまった。しかしそれですましてはいけない街や人びとの生きる姿が、ここにはある。

「食べること」から見える真実。

若い記者の取り組みに、大いに期待。

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2020/01/19

守り。

一昨日17日の金曜日は、今年初めて東京へ行った。石田千さんと牧野伊三夫さんのトークのために、10年に一度行くか行かないかの神田の東京堂書店へ行ったのだ。

『窓辺のこと』(港の人)の出版記念トークで、石田千さんが著者で牧野伊三夫さんが表紙の絵と挿画を担当している。会場には来ていなかったが、有山達也さんが装幀で、港の人の上野さんが最後のあいさつで言っていったように、3人の友情が詰まった本ということだ。本は会場で買った。

都内へ行くのは億劫になっているし、おれは文学だの文芸だのという場に馴染みがないし(東京堂書店も敷居が高くて近寄りがたい)、パスしようかなと思っていたのだが、昨年末のHBギャラリーでの牧野さんの個展のとき、上野さんが(参加者が集まるかどうか不安らしく)心細そうに何度も「来てね、来てね」というもので、ま、数のうちと思って参加した。

19時からだったが、どうせ東京へ行くのだからと、アメ横で立ち飲みを二軒はしご。冷え込んでいたので、二軒目で熱燗コップで二杯も飲んでしまって、すっかりいい気分で会場に着いた。

トークのあとは、アンチヘブリガンで打ち上げ。千さん差し入れの「菊姫」がうまく飲みすぎ、かなりひさしぶりで終電にギリギリ間に合って帰って来た。

そーいうことをしてしまったので、昨日はグッタリ。はあ、トシだねえ。今日は、今年一回目のわめぞみちくさ市で、行くつもりでいたのだが、疲れがとれず、パスしてしまった。情けねえ~。そういう「守り」の日々が多くなるのだろう。

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2020/01/17

この世にいるついでに、メシを食っている。

拙著『ぶっかけめしの悦楽』と『汁かけめし快食學』の表紙と本文扉のイラストを描いていただいている、東陽片岡さんの漫画は、おれの愛読書であり数少ない教養書だ。ときどき書棚からテキトーに取り出して読んでいる。

繰り返し読んでいると、以前は読み過ごしていた、なかなか含蓄のあるフレーズに気が付き、そこから想像が広がることがある。

たとえば、これだ。

「この世にいるついでに、メシを食っているような奴だからな」

これは、お東陽片岡先生6年ぶりの新刊『ワシらにも愛をくだせぇ~っ!!』(青林堂工藝舎2018年9月)の、「お茶漬けメイトのブルース」にある。

万年アルバイトの山下則夫の勤め先、しがない零細企業の小口製本の面々が、社長のおごりで生まれて初めてかもしれない一生に一度かもしれない特上カルビを食っている。(おれはまだ特上カルビというものを食べたことがないのだが。誰か、おごってくれ~)

その場に山下はいない。一人の男が「俺たち社員だけが、こうして特上カルビにありつけてだ。/さすらいのアルバイターの山下さんは、家でお茶漬けって訳ですよ」という。社長は「いやいや、彼も誘うと思ったんだけど、もう帰っちゃった後だったんだ」と。

女がいう「山下さん、料金滞納で電気止められてるらしいわよ。/毎日暗い部屋に一人で、かわいそうね」。社長「彼は酒もバクチもやらないし、経済的な人間なんだけどねぇ」男「まったくソープぐせさえなけりゃ、家の一軒も買えてるよ」と、あれやこれやの山下や貧乏をめぐる話の後、女が「山下さん、今頃暗い部屋でお茶漬けすすってるのかしらね?」というと、男が、こういうのだ。

「大丈夫だよあいつは。この世にいるついでに、メシを食ってるような奴だから」

月に一度のソープランド以外はお茶漬けとオナニーの毎日で、その「ブレのなさは、政治家も見習うべきだよな」というものだが、社長は「結局山下君はさ、山下君なりに幸せなんだね、きっと」

幸福感は相対的なものだという真理に到達する。「食べる」から得られる幸福感も、そういうものなのだ。「この世にいるついでに、めしを食っている」というのは、なかなか深い。

この世に生まれたついでに生き、生きているついでにメシを食う、というのは人生の基層をなすのではないか。

そして、そこにとどまる人もいれば、どうせ食うなら、自分で好きなものをつくろうとか、自分なりに楽しい何か工夫をしてみようとか、いろいろな展開につながる人もいるだろう。

だけど、あくまでも、どうせ生まれたついで、「この世にいるついで」なのだ。それぐらいがよい。しかし、それが、さまざまな教育や知識によって、ゆがむ現実がある。

ほかの人よりうまいもの、とか、ほかの人よりいいもの、とか、究極だのなんだのかんだの序列をつけ上に立とうとしたり、たかが飲食のことでえらそうにしたり、バカにしたり、人間や人種に優劣をつけたり、おかしくなる。

いまや飲食の話があふれているけど、たかが食べ物のことです、この世にいるついでです、自分なりに楽しめばよい、という思想になかなか立てない人も少なくないようだ。

それはまあ、「競争社会」に飼いならされた結果であるのだろうけど、東陽片岡さんの漫画は、そういうことに対する批評でもあり、教養になるのだな。

おれは「ザ大衆食」のホームページに、「気取るな、力強くめしを食え!」と共に、「あたふた流行の言説にふりまわされることなく、ゆうゆうと食文化を楽しみたい」というオコトバを掲げているのだが、「この世にいるついでに、メシを食っている」という思想に通じるものがあると思ったのだった。


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2018/10/09
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2020/01/15

小正月。出足不調?

15日、昔なら「小正月」。いまでも「小正月」というが、都会では小正月の気分はない。

昔なら、というのは、おれがガキの頃だが、元旦から小正月を経て旧正月まで一か月ほどのあいだ「正月気分」だった。そのことは、四月と十月文庫『理解フノー』にちょっとだけ書いている。わが家の「正月気分」は、大人たちが集まってやる「かるたとり」つまり「百人一首」だった。

何か特別のことがあるわけではないし、特別のものを食べるわけではない。雪に閉じ込められた生活で食品は限られ動きはままならず、ひたすら餅を食べ続ける。子供たちは「かまくら」を掘り、その中で、やっぱり餅を焼いて食べる。

大きな行事といえば、「篝火」とよんでいたが、いわゆる「どんど焼き」で、これは小正月か旧正月の日で、神社によってやる日が違っていた。おれの町内の神社は小正月の日だった。

明治の終わり近くに同じ町内で生まれた父によれば、小正月の篝火は「左義長」ともいわれ、子供たちが左義長の唄をうたいながら町内をねり歩き神社に集まったという。という話をしながら、その唄を口ずさんでいたが、どんな唄だったか思いせない。

おれが子供の頃には、そういう左義長の風習はなくなっていたし、「左義長」という言葉も父以外から聞くことはなかった。一晩中火を絶やさない「篝火」だけが続いていた。

「かまくら」もおれ自身は10歳ぐらいからやらなくなったし、中学に入る頃には、町内ではほとんど見かけなくなった。そして、おれが高校を卒業する年、つまり1962年の旧正月に「雪まつり」をやるようになり、近年その会場で大人が主体で「かまくら」をやるようになったらしい。

それはそうと、今年は4日から3日間ほど風邪で寝ていた。風邪がごときで苦しくて床についたなんて、いつ以来か記憶にない。ここ20年ぐらいは、「風邪気味?」はあっても、それですんでいた。

なんとなく、ヨタヨタ離陸するオンボロ飛行機という感じか。コツコツ本の原稿を書く準備はすすんでいるが、まだエンジンがかかった感じはない。

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2020/01/01

あけましておめでとうございます。

気力体力とも低下しながら、今年もテキトーにブログと付き合っていくつもりであります。よろしくお願いします。

77歳になり、「喜寿」なんていわれるが、政府に70歳まで働け(搾り取られろ)なんてエラそうにされる時代の喜寿なんて「寿」でもなければめずらしくもないし、ただのやっかいものだ。やっかいものらしく、生きてやるさ。

昨年読んだ刺激的でホットな三冊から、これからの自分の指針になるキーワードを選んでみた。

「とるに足らない」とされたものたち(猪瀬浩平『分解者たち』)、
修理の美学(藤原辰史『分解の哲学』)、
いい加減を鍛える(五十嵐泰正『上野新論』)。

修理は「メンテナンス」や「再生」の概念も含んでいる。1970年代中ごろ江原恵と出会ってから、「生活料理」をテーマにいろいろやってきたわけだけど、そもそも「生活とは何か」ということは、それほど明快ではなかった。

とくに80年代以降の「内需拡大策」のもとで、生活、その中心であった「家事」は、「外部化」が急速にすすみ、多くは産業と資本の支配下の市場に依存するようになり、複雑化した。

それまでの「生活」は、ほとんど「消費」におきかえられるほどになった。

「消費に役立つ」情報や知識や煽りをシャワーのように浴びながらの日常が普通になり、街は暮らしの場から産業に貢献する消費のための施設に変貌し、生活は、そこに埋没していった。

『分解の哲学』を読みながら、「生活とは分解」だったことが思い出された。「分解」つまり「修理」や「メンテナンス」や「再生」であり、「家事労働」のほとんどはこれだったし、いまでは「手作り」「手作業」などと懐かしがられたり珍重されたりする。

こういう変貌をもたらした産業は、片方で、機械的に、「「とるに足らない」とされたものたち」をたくさん生んできた。「いい加減」を排除する「不寛容」の思想と環境の広がりでもあった。

テナことをグルグル考えながら、本を書く準備をしている年明けなのだ。

これから、ますます状況は複雑化の度合いを深めるだろう。そういう中では、これまで以上にシッカリした視座や視点を持って書くことが大切と考えている。この三つのキーワードは、そのためのものだ。

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