2008/07/31

お知らせ

■コメディ専門携帯動画サイト「マイコメ」で「エンテツの大衆食道」、第2回「鶯谷 信濃路」公開中。…クリック地獄
■東京都北区まちづくり公社発行『街よ!元気になれ』2008年春号「観光」特集、無料配布中。巻頭文「ごく私的な手づくり観光への誘い」を寄稿しています。…クリック地獄
■ザ大衆食「北九州市『雲のうえ』5号特集「はたらく食堂」のすべて」…クリック地獄
■祝、『汁かけめし快食學』絶版のニュース。おれが愛した大衆食。…クリック地獄

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2008/05/14

日々の生活こそ価値や信念を生み出す源泉である

場所というメディアに特有の性質は、共に在ることを可能にし、また共に在るという地点から出発するしかない、というところにある。そこで人々は、土地を共有することで、そして土地の物語を媒介とすることで、隣人とも、まだ見知らぬ他者とも、何度でも出会いなおすことができる。そこには、唯一不変の信念や、絶対的な価値観といった類のものはいっさい存在しない。土地に刻み込まれた数々の日常生活から成る物語は、翻って私たちの日々の生活こそ価値や信念を生み出す源泉であることを、絶えず想起させるのである。

『こころのたねとして』に収録されている「過程としての、場所の力」原口剛より

原口さん、すばらしい!
拙いおれの頭で考えるに。この場合の「土地」とは、坪単価いくら、というような物理的な「土地」ではなく、地理的な土地のことだろうとおもう。であるから、狭い地域におきかえることも、地球規模におきかえることも可能なのではないかとおもう。地球の表面は、川や海で物理的には分離されているようでも、地理的には川や海を含めて地続きなのだ。海や川に国境や県境などがあることで、それはわかるだろう。そして人びとの生活は、そういう境のなかに在ると同時、そういう境をこえても、在る。「地産地消」の「地」も、そのように在る想像力がはたらけばよいのだが。

2008/05/08ぜひ読んで欲しい本です『こころのたねとして』。

Hatinohe_gyokou_2
画像は4月13日8時チョイすぎ、八戸漁港の朝市で撮影。タマネギやニンジンを売っているカッコイイおやじの後ろの岸壁には、イカ漁の船が何隻も着岸していた。どれも数百トン(300トンクラスといったかな?)の、あまり大きくないほうの漁船だ(勝海舟が渡米した咸臨丸は、600トンクラスだったとおもう)。この小さな漁船が船団を組んで、赤道をこえ、南半球のオーストラリアの東沖から南米沖のあいだの太平洋を、数か月かけて操業する。その間に獲れたイカは、船団についていく輸送船で、「日本」にピストン輸送される。のだそうだ。そこまでやって、そんなにしてまで、なのに、だけど、なぜか、どうしてか、日本人の「魚ばなれ」が嘆かれ、魚を食べると頭がよくなる。のだそうだ。んじゃ、日本人が「魚ばなれ」していなかったら、どういうことになっていたのか。どこがどうなってるのやら、なにがなんやら。

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2008/05/13

どうしても、もう一度食べたい、豆しとぎ。

Hatinohe_mamesitogiきのうに続き「どうしても、もう一度たべたい、シリーズ」っていうほどのことじゃないが。

きのうから佳境に入っている仕事がある。一度モチベーションが上がるような話があって、それはなくなったのだが、いったんハイになった頭は、そのままハイをたもっている。よい傾向である。このまま一気に突っ走ろう。

けどね、やはりチョイと息抜きぐらいしたくなる。そこでまあ、YouTubeでモンティパイソンなんぞを見ていると、おもしろくて、仕事を忘れそうになる。それはマズイ。では、ブログでも書くか。というわけだ。

でも軽く息抜きていどにしたい。そこで、これだ。4月12日の6時半ごろ、八戸の片町朝市で買って食べた「豆しとぎ」。これが、もうビックリのうまさだった。気どった都会人なら、「おお、これは鄙まれな美味、上品な味でありますな。田舎者がこんなにうまいものを作って食べているとは、いや信じられん」とでも書くところだ。書いているじゃねえかって。

いやさ、おれは、一口食べた瞬間、たしかに「上品な味」という言葉が口から出そうになったが、こらえた。ほんのりやさしい甘さで、さっぱりした食感。ほとんど雑味を感じられなかった。

これを買うときがおかしかった。

おれが買ったのは画像左上に一個だけある、青豆のしとぎだ。これは、コメの粉に青大豆のすったのを混ぜたものだと、売っているおばさんが説明した。おれは、なぜか、前夜の酒のせいなのかどうか、豆をすると聞いて、大根おろしのようにするものとイメージしてしまった。

あの小さな豆を、そのようにすったら、指まですってしまうのではないか。それにどれだけ時間がかかることか。青豆を一つ一つ、すりおろすなんて、そんなことありうるのか、納得できない。

そこで、おばさんに、それを確認したくて、「どうやってするの」と聞いた。するとおばさんは、「するのよ」と答えた。それでは答えになっていないと思うおれは、また「だから、どうやってするの」と聞く。だけどおばさんは、また「そう、するのよ」というのだ。そのような問答をしていると、ナニゴトかとそばにきた、八戸せんべい汁研究所の木村さんまで、「するんですよ」というのだ。おーマイがっ、おれは、どうにも不審のまま、時間もないことだし、豆しとぎを持って、そこを離れた。

聞き方も悪かった。「どうやってするの」ではなく「なにをつかってするの」と聞けば、たぶん、「すり鉢でするの」とかなんとか答えてもらえたのだ。だけどそのときは、思いつかなかった。

作り方は、すりかたも、いろいろ微妙なちがいがあるようだが、砂糖と塩をまぜて練り上げる。その砂糖と塩加減も、これはよかったのだろう。ほとんど砂糖の甘さも塩も感じない、うまい作りだった。

13日の八戸漁港の朝市でも売っていたが、食べ比べてないから、ちがいがわからない。生ものだから、時間がたったら、あぶって食べると、それはまた香ばしくてうまいらしい。

とにかく、どうしても、もう一度食べたい。ま、これは、自分で作ろうと思えばつくれるのだが。

いじょ。

そうそう、北九州市の『雲のうえ』7号が届いているのだけど、まだ見てない。好きな特集テーマなので、近々に読んで感想でも書きたい。といいながら、前号も、けっきょくまだ書いてない。

北九州には、4大公営ギャンブル競技場のうち、三つまである。その特集だ。昨年夏、北九州の取材のとき、これはゼヒやりたいと大谷さんがいっていたが、実現したのだな。ところで、4大公営ギャンブルをいえますか。そのうち北九州にあるのは、なんでしょう。おれは昔、中央競馬会の競馬のイメージアップの仕事をして、ついでに公営ギャンブルのおべんきょうを少しやったので覚えている。あのころから、競馬は、女も競技場に来られる健全なエンターテイメントとしてのイメージが広がった。ほかのギャンブルも、おなじように。

おれは、いま競技ギャンブルはやらない。酒と女と仕事に賭けているから、馬や自転車やボートやオートに賭ける余裕はない。でも、世間には、この全部をやっているひとがいる。

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2008/05/12

どうしても、もう一度食べたい、シャムロックそば。

Hatinohe_syamuroku4月13日8時半ごろ、八戸漁港の朝市で、シャムロックそばというのを食べた。これは、どうしても、もう一度食べたい。眠気と前夜の酒でドンヨリした頭で食べたのがいけなかった。その頭が醒めるほどうまかったが、それでもキッチリ覚醒していなかった。

まず、かなり薄く切って平べったいそばが、煮込んであるのに、ツルツルなのだ。しかも、そばの味がキッチリ出ている。つなぎに何をつかっているかも気になったし、あとで考えると、盛岡冷麺のそばの食感にも似ていたような気もする。それに、画像左にかくれてしまったが、そば打っているオヤジが、なんだか漁師風の頑丈そうな身体つきで、どことなくアソビニン風の空気をただよっていたようにおもうが、全身を躍動させリズミカルに身体を動かして打っていた、その姿も顔も気になる。シャムロックのスープも、もう一度、シカと確かめたい。気になる、気になる、気になる。

そもそもそも、ボンヤリしていて、おれも自分で一杯買えばよかったものを、サキさんが買って、おれにまず渡し、おれはそのうまさにガツガツ食べる途中で、そうそうまだサキさんと木村嬢が食べるのだと気づき、途中でまわしてしまった。それが悔やまれる。もう一度食べたいよう。シャムロックそば一人前、配達してくれ、たったいま。

うーむ、こうなったら、なんとか明日中に片付けたいものだ。が。いや、八戸へ行くんじゃなくてね。

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2008/05/10

コメ価格モンダイ、どうなってんだ、日本の農政。

ほんと、じつはヒッパクしている。なにがって、仕事の進行だ、原稿の進みぐあい、予定より遅れ気味。でも、まあ大丈夫、締め切りを遅れることはないとおもう。

いやいやちがう、そのことじゃない、なにがって、コメがヒッパクしてんだよ。どうなってんだ、コメは過剰じゃなかったのか。だから、米価が下がるといわれていたのではないか。あまっているから粉にしてパンや麺に混ぜようという話じゃなかったのか。そして、食料自給率改善のため、もっとコメを食べようってことじゃなかったのか。

しかし、米価は、コメの需給関係を正しく反映しているのか。といえば、そうではない。そもそも需給関係自体が、農水省やJA全農の「計画」下管理下にあるのではないか。さっき、田舎のひとから電話があって、コメ価格モンダイを話していた。逆上した。電話のむこうとこっちで野暮ったい男が二人で逆上して、どうするんだ、どうなるんだ。どうもならんよ、おれたちは世界を変えられない。しかし、どうなってるんだ、おかしすぎるぞ、やはり1月23日に書いたように「農水省がなくなればよくなる。」のだ。

電話を切っても、逆上したアタマが冷めない。おかげで原稿を書けない。つまり、原稿が遅れるのも、農水省、JA全農のおかげだ。農水省がなくなれば、原稿は遅れることがなくなる。

ところで、このモンダイについて、気になる一貫先生は、どう言っているのだろうか。気になるからブログを見た。おおっ、ズバリ、一貫先生、さすが。これはもう一貫先生のブログをご覧いただいたほうがよい。ゼヒ、ご覧くださいよ、こういうときにこそ、農水省やJA全農の本性が見られるのだ。もちろん、その提灯持ちしかしてない連中のタワゴトの本質もあからさまになる。あっ、おれ、先日はJA全農がスポンサーのラジオ番組に出たけど。

5月10日 今日の一貫
「コメ価格高騰 だらしないコメ流通業者、政府は見て見ぬ振り、、新たなコメ流通作るチャンスなのだが、」…クリック地獄

このあいだ「美しき厚顔無恥な脅し広告」に書いたように、東京の出版社のオシャレな雑誌に載る、農水省の根拠のない脅し広告なんぞを信じちゃいけない。オシャレな雑誌を読んでる知的な消費者たち、国産の農作物は安すぎたから、アンゼンのために高値はトウゼンと、マジでおもっているのだろうか。もっとシッカリしてよ、こんなにバカにされてよいのか、オシャレな知的な「いのちをいただく」消費者たち。ふん、知的でもオシャレでもねえや、チョロイだけだ。

ま、これで少しはスッキリした、とにかく仕事にもどろう。いや、酒でも呑むか、いやいや…。いや、やっぱり呑もうか、いやいや……仕事、しごと。

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マイコメ公式サイト「Everyday Comedy!! マイコメ」が更新されています。

「エンテツの大衆食道」の第2回「信濃路 鶯谷店」や、「空飛ぶモンティ・パイソン」日本語吹替復活DVDBOXプレゼント(6月15日まで)の告知があります。

また、マイコメのプロデューサーにしてコメディー・ライター&プロデューサー、モンティ・パイソン研究家である須田泰成さんが、ダジャレ道ン十年の「ダジャリエ 石黒謙吾」さんと対談している動画が見られます。男40歳の須田さんの素顔をごらんになってください、実物より聡明そうなイイ男に見える。ま、「兵庫のおじさん」のように、シュールでブラックなコメディを書くひとってのは、けっこう聡明ではあるのだな。ふだんは、このひと大丈夫か?とおもうほど、まったくデレッと「ゆるい」かんじだけど。それはともかく、石黒さんの「ダジャレ理論」を楽しんでください。もちろん、「エンテツの大衆食道」も、よろしく~。

なお、「エンテツの大衆食道」は、このあと、3回と4回も「信濃路 鶯谷店」です。撮影したビデオが、あまりにおもしろくて捨てるのがもったいないから、あと2回続けるのだそうです。先日、編集されたものを見たけど、自分で見ても、オモシロイというかオカシイ。おれって、ほんとにバカなんだなあ。いまさらわかってどうする、というかんじだ。おれはよく「おもしろいひと」といわれるのだけど、あれは、やはり、「バカなひと」という意味だったのだな。やはり、存在自体がコメディなのだ。そいえば、このブログもバカなことばかり書いている。

そうそう、それから、先日、わめぞ「月の湯」における、「酒とつまみ」大竹聡編集長とのトークショーも編集されて、そのうち見られるそうです。これはもう100パーセント、バカ話。

ま、公式サイトを、ごらんください。…クリック地獄

須田泰成さんが監修と一部執筆の最新作、『笑論─ニッポンお笑い進化論』がバジリコから発売。「日本の《笑い》の栄枯盛衰をこの一冊に!!」という本で、おもしろーい。これ読みながら、YouTubeで映像を検索して見ていると、なるほどナルホド、で、なかなか仕事ができなくてこまる。本の内容紹介は、こちら、バジリコのサイトで…クリック地獄

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2008/05/09

神々しく演出された「こだわり」「厳選」「良質」そして厨房の密室性。

Hatinohe_gyokouasaiti2008/04/07「「食料自給率わずか40%」にひそむ虚虚実実。」に、こんなふうに書いた。

「カロリーベースで40%、生産額ベースで70%という、この数字のひらきは、なんなのか。そして、東京都だけを見れば、カロリーベースでは、わずか1%。生産額ベースでも、わずか5%。東京都民は、「食料自給率わずか40%」より、この数字、そこにあるゆがんだ構造と精神を記憶したほうがよいように思う。」

このあと、たしか20年ぶりぐらいに、東京都の人口の占める割合が1割、つまり日本の全人口の10人に1人が東京都民であるという数字が発表になったと記憶している。

この数字を、もう一度ならべてみよう。
食料自給率 カロリーベース  1%
         生産額ベース  5%
東京都民の割合 全人口の  10%

なにも、かんじない。あっ、そう。

東京の常識は日本の非常識、お笑い、ってことじゃないだろうか。対中対米関係だけじゃなくて、東京から発信されるメディアを信用していては、とんでもないことになる。非常識ニッポン、ばんざーい、だ。ま、地方にだって、東京以上に東京のようになりたいという常識がなきにしもあらずだから、簡単には線はひけないが。それに、常識ってやつもツマランから、東京の非常識をながめながら暮らすのも、タイクツしのぎになる。そもそも、ブログのネタに苦労しない。

東京の出版社から発行される、オシャレでスローでバタフライじゃないハロウインじゃないロハスか、どのみち古い言葉になってしまったが、地球にも身体にもやさしいとかいわれる天然な自然な、そうそうオーガニックな食と農の生活を満喫しているような、オシャレな雑誌がある。あれを見て、それじゃあ、いったい、どれぐらいのオーガニックな農産品が流通しているかと、たまには考えてみよう。

このデータが、なかなかない。ないけど、ある。JASに適合の有機農産物の流通量は、国内総生産量のたった0.17%だ。これは政府規格の統計に拾われた数字だけだから、実際は、もっとあるはずだが、でも、この倍はないだろう。自家消費用を加えても、たいした数字にならない。

これを、上の数字にならべてみよう。そして、なんの雑誌とはいわないが、おしゃれなオーガニックな雑誌におどる言葉を思い浮かべみよう。……あまりにもバカバカしくて思い浮かばない。いや、ボケがひどいだけだが。バカバカしい現象がおおいと、それを忘れようと、ますますボケがひどくなる。でも、この数字だからこその、東京の「近代食」批判や「自然食」崇拝であり、それは常識つまりバランスを欠いている。

ようするに、いつも「こだわり」「厳選」「良質」のオーガニックが話題だが、ほかの90%以上を占める、それは、こだわってもいなければ、厳選もされてない、質の悪い、そういうものでたいがいのひとは生活していることになるようだが、それはイッタイどうなっているのだ。中国ギョーザに悪態ついて、アメリカのジャンクフードを軽蔑して、ああニッポンって、「こだわり」「厳選」「良質」なんだわシアワセ。これが、東京の常識で、日本の常識なのか。

おれは、とにかく、そういう話は、まったく信用してない。

そもそも、ウチあたりに投げ込まれる、宅配弁当などのチェーン店のチラシだが、そこにだって、「こだわり」「厳選」「良質」って言葉が、安っぽく偉そうにしている。まるで「毒」でなければ、みなそうであるかのように。

そうそう、そういう話をしたいのじゃない。そういう安っぽい言葉が、神々しく通用するようになったのは、ナゼかということなのだ。そこには、プロの料理人の存在があるだろう。彼らを神々しく持ち上げた東京のメディアの存在があるだろう。とくに、そのメディアにむらがって、おいしい話をしていた物書きなひとたち、グルメなひとたちの存在があるだろう。

一つの神話、あるいは都市伝説…東京には、世界中のうまいものがある。ほんとうか。

ほんとうかもしれないが、それは一割も満たないことだろう。ほかは、もしかすると世界中でイチバンまずいものをくわされているかも知れない。上の数字は、その可能性を示している。

でも、アンシンしたまえ、人間は舌ではない大脳で食べているのだ。みな「こだわり」のプロの料理人がつくっているのだと思えば、使いまわしのものだって、うまいと思うはずだ。著名なグルメや料理評論家だってね。ナントカさんという有名人がオススメといえば、もうそれだけでおいしいのよ。オシャレな雑誌を見て、オシャレな店で食べれば、それだけでうまいと思う。自然崇拝な話をありがたくおもえれば、それだけでおいしい。そういう神々しさが、朝どりのホウレンソウなんか見たことも、生のままかじったこともない人が圧倒的におおい東京では、通用する。

そうなのだ、船場吉兆の使いまわしが問題になっている。

神々しく演出された厨房の密室性。船場吉兆の騒動の背景には、そういう裾野があるにちがいない、と確信する。そこに、上の東京の数字をかけあわせてみよう。神々しい。

ま、使いまわしは悪い。そのうえでのことだが、船場吉兆なんか、一生のうちに一度も行けない連中が、そんなこと騒いでどうする、どうせ船場吉兆の使いまわしのものですら口にできないのだ。東京の飲食店の心配をしたほうがよい。東京の飲食店の、何割か、やはり、おそらく全流通量の9割ぐらいになるだろうなあ、業務用卸流通のはずだ。そこでは安い輸入品が幅をきかしている。もっとも、それだって、「こだわり」「厳選」「良質」だ。これ、東京の常識ね。

ふつうは、とってから一日以上たった野菜しか手に入らないと、カクゴの料理を楽しんだほうがよい。生サラダより温サラダを楽しむとか。たいがいの野菜は、熱を加えたほうが旨みが出るんだし。オーガニック信仰より、こっちのほうが現実的だろう。

「こだわり」「厳選」「良質」あと「シュン」か、東京じゃ、そんな言葉にはツバをし、ありふれたものをおいしく食べることだ。そのことに、もっとこころをくだくことだ。安飲食店のアジフライに、ひからびたパセリなんかいらない、それがあるのがアタリマエという惰性をあらためたほうがよい。盛りの飾りにすぎないなら、刺身のツマだっていらない。でも、キャベツの千切りは、ひからびていても、あったほうがうれしいな。そういうことを考えたほうがよい。

常識と非常識がこんがらがって、迷走日本のようになったので、書くのがめんどうになった。やめる。画像は、八戸漁港の朝市で、ホウレンソウ。

原稿、書いているから、ご安心を。

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2008/05/08

ぜひ読んで欲しい本です『こころのたねとして』。

Hon_kokoronotaneこのところ当ブログによく登場する一ノ関と八戸の取材は、「美味しいまちづくり」がテーマだ。

「「都市と暮らしを考える」をテーマに、都市の諸相に迫る。都市計画から社会政策まで、都市に関わる問題、課題を独自の視点から掘り下げる」という雑誌『city & life』(発行=財団法人第一住宅建設協会、編集協力=アルシーヴ社)の特集。

いうまでもなく、食と地域の関わりは深い。んなわけで、食で地域の真相と深層を掘り起こし、地域の未来へつなぐ「たね」をみつけることは、これからの地域を考えるうえで、それなりに意味を持ってきた。

いま泥酔デレデレしていた連休もおわり、気がつけば原稿の締切りが、すぐ目の前にせまっているなか、おれの頭のなかに酒と共に宿る「食とまち」を考えるうえで、かっこうな本『こころのたねとして』が届いた。

何日か前、五十嵐泰正さんと電話で話したとき、まもなくできあがるという話をきいた。先日、大阪の原口剛さんから、できあがったので送るというメールをいただき楽しみしていた。

大阪市のNPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)発行の「ココルーム文庫」。つまり文庫サイズの本だ。本文、283ページ、本体667円+税。発行者、こたね制作委員会。編著者、岩淵拓郎(メディアピクニック)、原口剛、上田假奈代(ココルーム)。

サブタイトルに「記憶と社会をつなぐアートプロジェクト」とある。

おおっ、「アート」がっ、おれが大嫌いな言葉じゃねえか。じつは、「こころ」という言葉も好きじゃないし、「まちづくり」という言葉も、あまり好きでない。しかし、この本は、そのようにおれが嫌いになった「アート」や「こころ」や「まちづくり」とまるでちがうのだな。

ま、「アート」というのは「表現」ということだろう。「まちづくり」というが、地域や社会をどうするか、どうしたいか、ということだろう。そして、「地域や社会」というのは、自分が生きる「場所」、自分の居場所のハズだ。その「自分」つまり「こころ」なのだ。

ところが、いま、自分の居場所となると、「市場」を意識する日常が大勢である。会社という組織を通じてであれ、市場に位置づくことが、「生きる」大きなテーマになっている。学校も、そのためにある。だけど、「市場」は、ほんとうに自分の居場所になるだろうか。市場は「こころ」の居場所になるか。そういうモンダイなのだな。

「まち」は、居場所になれないのか、居場所ではないのか。いま「まちづくり」といわれている表層を探っていくと、「市場」としての「まち」ではなく、「こころ」の居場所としての「まち」がもとめられていることがわかる。それが、近年「食とまち」にふれてきた、おれの実感なのだ。

しかし、「まちづくり」の「専門家」は、じつに都市工学的であったり、マーケティング的であったり、あるいは権威主義的なアートを押しつけたり。いっぽうチマタの「アート」な人たちは、同好の趣味の仲間うちに閉塞し、そのなかに「こころ」の居場所をもとめ、「まち」というアカの他人が交わる場所に「こころ」をつなげようとしない。「まち」に出てくるときは、アートをカネにしたいときである。つまりは、やはり、アートという市場に生息しているだけなのだ。結果的に「生活志向」と「アート志向」は、ほんらい矛盾するものではないはずなのに相容れず、溝が深まる。それもまた、おれの実感だった。

おっと、そういう話をしていると長くなる、いま自分の「美味しいまちづくり」の原稿書きが佳境に入りつつあるなか、この本を読んでいる間もなければ、詳しく紹介していられない。とはいえ、手にしたら、一章「アートから社会へ アートプロジェクト「こころのたねとして」とはなにか?」で、上田假奈代さんの「こころにたねもつこと アートと社会の関わりの可能性をさぐる」をスラスラと読み、さらにまずは知っているひとの文からと、原口剛さんの「築港 労働の記憶」「過程としての、場所の力」をスラスラ読み、最後の五十嵐泰正さんの「「場所の力」とどうつきあうか」を、うーむナルホド、筑波大学の先生らしい、じつに現実をよくおさえた理論的なまとめになっている、べんきょうになること参考になること多し、と読んだ。

ある種、息をのむドキュメンタリーでもある。

五十嵐さんと原口さんとは、「カルチュラル・タイフーン2006下北沢「都市を紡ぐ」のセッション 闇市と昭和の記憶、大衆の痕跡」を一緒にやった。おれは、そこで「大衆食や大衆食堂から見た東京の町」という報告をした…クリック地獄

これもまた「記憶と社会をつなぐ」試みだった。「まち」は新しいか古いかではなく、どう記憶がつながっていくかなのだ。

この本は、机上のものではない。「二〇〇七年、大阪・新世界を舞台に実施されたアートプロジェクト「こころのたねとして」」の実践の記録とまとめだ。

「詩人、劇作家、ラッパーなど異なる分野の表現者たちが、この街で暮らす人々の記憶を聞き取り、そこから紡いだ物語を朗読によって再び伝達することを試みた。今、表現は社会に何ができるのか。アートNPOの現場から生まれた実験的取り組みを検証し、その可能性を探る。果たしてこころのたねは芽を出すか?」ということなのですね。

おれは、「わめぞ」をおもった。そして、「芽を出す」だろうとおもった。イベントやマーケティングやゾーニングなどにとどまらない「まちづくり」のためにも、読んでおくとよいだろとおもった。とりわけ、アートな人たち(表現を仕事にしているひとや、表現が好きなひと)には、ぜひ読んで欲しいとおもった。

この本の内容については、これからじっくり読んで、たびたびふれることになるとおもう。

著者一覧。五十嵐泰正(筑波大学・都市社会学)、岩淵拓郎(美術家、「こたね」ディレクター)、上田假奈代(詩人、NPOココルーム代表)、小暮宣雄(京都橘大学・アーツマネジメント)、櫻田和也(大阪市立大学・失業と芸術の社会学的研究)、佐相憲一(詩人)、佐々木義之(日本橋・朝日山洋服店)、SHINGO☆西成(ラッパー)、瀬名秀明(作家、東北大学・SF機械工学)、妻木進吾(花園大学非常勤講師・都市社会学)、永橋為介(立命館大学・コミュニティデザイン論)、橋本敬(北陸先端科学技術大学院大学・複雑系)、原口剛(日本学術振興会・都市社会地理学)、樋口美友喜(脚本家、俳優)、冨士本大哲(北陸先端科学技術大学院大学・複雑系)、Hex(アクティヴィスト)、松井美耶子(小説家、音楽家)、maisie、森洋久(大阪市立大学・地理情報学)


NPO法人「こえとことばとこころの部屋」COCOROOM…クリック地獄

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2008/05/07

5月7日はコナモンの日というわけで、せんべい汁、はっと、やせうま。

きょうは「コナモンの日」。コナモンなんぞは毎日のように食べているから特別のことはなく、しかも、いまやどちらかといえばコナモンのほうが「B級グルメ」や「ご当地グルメ」で話題になるから、むしろ「コメモンの日」があってもよいぐらいだ。だけど、正確には「コナモン」と「コメモン」が対抗関係のわけではなく、コメのコナモンだってある。

伝統とか歴史からすれば、白米原理主義のおかげで、コナモンは冷や飯ぐいをさせられてきた。たいがいは白米食の「代用食」といわれ、一段も二段も低くみられてきたし、いわゆるナントカ流の板前がふんぞりかえってきた伝統的な日本料理からは蔑視され相手にされず、食べるほうも「そんなもん」「へんなもん」はビンボー人が食べるものと卑下してきた。そういう意味では、「下品」とみられ、まっとうに語られることがなかった汁かけめしとおなじような境遇と運命にある。だから、「コナモンの日」は、騒ぐだけじゃなく、そういうことを考えてみるのもよいかな。

食べものは食べて「うまいかまずいか」あるいは「どううまいか」「どうまずいか」だけであり、そこに「優劣観」を持ち込むなんざ、最低のことだ。しかし、飲食のことでひとの上に立ちたい連中は、あとをたたず、グルメぶった通人ぶった権威主義は、あいかわらずだ。

「このへんで、料理を通人ごっこの話題にまかせっぱなしにしておく態度を改めて、われわれはもう少しまじめに問題をとりあげてもいいのではないかと提言したい。」と江原さんが『庖丁文化論』に書いたのは1974年のことだった。

そして、「あれから30年たとうとしている。すでにカレーライスまでがラーメンまでが、「通人ごっこ」の、いまふうには「グルメごっこ」ということになるだろうがその、餌食になってしまった。「グルメ」とは、食や料理を「まじめ」に考えないひとのことだったのか?」と、おれが、いまでは当ブログの「「日本料理は敗北した」か?」に書いたのは2002年12月13日のことだった。いまや、さらに、大衆食堂、定食屋、大衆酒場、立ち飲み屋、あらゆる「ジャンル」に、そういうビョーキがはびこっている。

コナモンの日を前に、たまたま東北取材があって、いろいろなコナモンに出会った。とくに何度でも書くが、八戸のせんべい料理には、ビックリだった。さらに、つい先日4月30日には、世田谷区経堂の太田尻家で、家長考案の九州地方の「やせうま」を「刺身」で食べるというビックリなコナモンにまで出会った。

Kona_sebeisiru_hatinoheここに掲載する画像は、上から順に八戸市の居酒屋「おかげさん」の「せんべい汁」(4月11日撮影)、一ノ関市の「蔵元レストランせきのいち」の「はっと膳」についた「はっと」(4月11日撮影)、そして太田尻家の「やせうま」の「刺身」(4月30日撮影)。

せんべい汁は、きのうの画像を見てもらえばわかるが、「汁」というが「鍋」料理だ。しかし、いまではどうか知らないが、八戸で乗ったタクシーの、おれと同世代のドライバーの話では、むかしは単なる汁の具だったということだ。家庭ではせんべいを切らしたことがなく(中学生のころまで自分チの囲炉裏で焼いていた)、おやつでも食べたが、汁のなかに入れるか、器にせんべいを割って入れ、汁をかけて食べたりもしたそうだ。だんだん進化して、いまでは、たいがい「せんべい汁」といえば、鍋料理らしい。

Kona_hattosiru_sekinoiti「「はっと」は、日本海側では体験したことがないから知らないが、宮城県、岩手県、青森県、この地域で日常の料理だった。地域によって、名前は異なるところがあるようだが、小麦粉をこねてのばしたものだ。詳しく把握できていないが、小麦粉をこねて、ちぎってのばすのか、のばして切るのか、両方ありそうだ。そのものは、埼玉県北部や群馬県の「おきりこみ」と似た印象を受ける。これを、ゆでずに、そのまま汁にいれて煮込む方法が一般的らしい。となると、すいとんやほうとうにも似ている。が、うどんのように、ゆでてから汁とあわせる方法もあるらしい。ま、こういう大衆の日常の料理は、それぞれのやりようなのだな。

せんべい汁もはっとも、だしのきいた汁と小麦粉の味や食感のからみが決め手のようだ。

Kona_yaseuma_ootajiri「やせうま」は、大田尻家の家長にきいたところでは、大分の「郷土料理」といわれているけど、彼の郷里である熊本でも食べていたし、九州の広範囲で食べられているらしい。そのものは「はっと」に似ている。ふつう地元では、ゆであげて、砂糖と黄な粉をまぶして食べる。それを家長が工夫して、ゆであげたそれで薬味をくるみ、ごま油をたらした醤油や酢醤油につけて食べる「刺身」にした。このうまさには、おどろいた。

とりあえず、コナモンの日のきょうは、こんなところで。

いやあ、ほんと、生きている人たちの呼吸が伝わってきそうな、それゆえジャンクでアナーキーでソウルフルな生活のなかの料理は、奥が深くおもしろいですね。

連休あけのきょうは、メールや電話のやりとりだけでも忙しく、連休中の連続泥酔ヘタリのタタリもあって、とにかくいろいろ片づけなくてはならない。

最後の画像は、八戸の片町朝市で売っていた白せんべい(「白せんべい」は、せんべい汁につかうせんべい)と生のはっと(4月12日撮影)。
Kona_hatto_nama_hatinohe


八戸せんべい汁研究所…クリック地獄
日本コナモン協会…クリック地獄

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2008/05/06

「B級」とは、ジャンクでアナーキーでソウルフルな大衆食のこと。

Hatinohe_senbeisiru_okagesan2008/04/22「八戸の片町朝市は、小粒だけど、素晴らしかった。追記。」に、片町朝市には「なんとも、ジャンクでアナーキーでソウルフルなうまい食べ物がそろっていた」と書いた。

そこに、「B-1グランプリ事務局長の今野晴夫さん。この方に会うために八戸へ行ったのです。今野さんとB-1グランプリのことも近日中に書きます。タブン」とも書いた。

「B級ご当地グルメの祭典! B-1グランプリ」は、もとをたどると八戸の「八戸せんべい汁研究所」にいたり、そのまたもとには八戸せんべい汁研究所の事務局長の木村聡さんがいる。すべては木村さんから始まった、といっても過言ではない。

今年の「B-1グランプリ」は3回目で、11月1日2日福岡県久留米市で開催される。たった3回目なのに、1回2回と連続グランプリに輝いた静岡県富士宮市の「富士宮やきそば」と共に、全国区に知れわたることになったのだが、事務局は八戸にある。

B-1グランプリ、八戸、せんべい汁、富士宮やきそば、どれをとっても「B級」で、大都会的(東京的中央的)な神々しさ(ハッタリや大言壮語)はない。そもそも、せんべい汁だのやきそばだのといっても、これまで「B級」といわれてきたようなものと、かなりちがう。たとえば、ただ価格や経済がB級なだけで、なにやらA級並のしかめっつらして能書きをたれる職人芸やグルメのイメージではない。ご気軽お気楽お笑い気分なのだ。

そこが、このB-1グランプリを支える食文化の特徴であり可能性であり、だからこそまちづくりのエナジーになるのだと、おれは今野さんや木村さんの話をきき、さまざまなせんべい料理を食べ、さまざまなせんべいシーンをみて、そうおもった。その詳しいことは、原稿に書いて、雑誌が発行になるまで、ご覧いただけない。

Hatinohe_sennbeitenpuraとにかく、お二人に案内されて、いろいろなせんべい料理を食べたのだが、せんべいの天ぷら(小麦粉のせんべいを小麦粉の衣で揚げる!近親相姦か。これが、イケル。)で、ガーンと頭を殴られ、最後に八食センター(八戸卸売り市場、八戸食品センターの略称が正式名称になったもの)で、ヤケクソのように大量陳列されたせんべいの山を見たあたりで、おれは働く日常のなかにあった「そんなもの」「へんなもの」こそ「B級」なのであり、それはジャンクでアナーキーでソウルフルな大衆食のことだとひらめいた。

そして、たとえば「B級映画」などとくらべ、なぜか偉そうな印象だった「B級グルメ」の、「B級」のモンダイについて、自分なりの把握ができた。

とにかく、小麦粉が原料の「南部せんべい」といわれるが、盛岡とはまるでちがう、八戸のせんべいの食べ方は、ジャンクでアナーキーでソウルフルこのうえない、つまり一言でいえば激しくパンクしている。そのことについて書きたいのだが、きょうは、ここまで。

そういう「B級」が、まだ各地にいろいろあるはずだ。

Hatinohe_senbei_hassyoku第3回の久留米は、いまや「やきとり」で有名だ。おれはまだ久留米へ行ったことがないが、今野さんに話を聞いて、エッ、久留米のやきとりって、そんなにふだんの生活なのかとおどろいた。やきとりでパンクしているのだ。しばらくB-1グランプリから目が離せない。

画像上 八戸市鷹匠小路、ロー丁れんさ街「おかげさん」のせんべい汁。「おかげさん」と各種せんべい料理は、あらためて紹介したい。ほかの料理もなかなかよい。
画像中 八戸漁港の朝市で売っていたせんべいの天ぷら。むかしから、このように天ぷらでも食べていたのだという。
画像下 八食センターのせんべい売場。

当ブログ関連
せんべいで赤飯をサンドした画像がのっている2008/04/19「雨のなか底を打ったか不調のテレビ収録、見よ八戸せんべい生活。」

関連サイト
第3回B-1グランプリ久留米 公式サイト…クリック地獄
『ウィキペディア(Wikipedia)』B-1グランプリ…クリック地獄

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2008/05/05

「伝統料理」とは。日本料理のおべんきょう。

おれは、ふつう「グルメ情報」というたぐいでくくられる原稿を頼まれるとき、「おべんきょうはいいですからね、おべんきょうのことは書かないようにしてください」というようなことを編集者に念を押されることがあった。

わかってる、わかってる、エンターテイメントに書けばいいんだろ、食べ歩き飲み歩きの「グルメ」なんていう連中は、イチバンべんきょうぎらいのバカだものな、とおれはニンマリうなずき、相手もキザに片目などをチカチカさせてうなずく。それがプロの編集者でありプロのライターの正しい姿というものです。

このブログにしても、ザ大衆食のサイトにしても、おべんきょうが少なくないらしい。それを見た、エンターテイメントな編集者は、とても警戒するのだな。もっともオリコウな編集者は、こんなおれには原稿を頼まない。

いっぽう、毎日のように、このブログを見るひとは、おべんきょうが好きなのではなく、これこそエンターテイメントとおもっているにちがいない。のではないかとおもう。おべんきょうは、エンターテイメントなのだ。バカは、お笑い芸人になれないように、エンターテイメントこそ、おべんきょうなのだ。おべんきょうをしてこそ、エンターテイメントをきわめることができる。上手な芸人は、一生懸命べんきょうしているよなあ。そしてそのまわりには、よくべんきょうしている、よいファンがいる。

そこで、またもやおべんきょうする。

2008/05/02
江原恵さんの「煎り酒」そして「醤油とのあいだ」。

このエントリーでは、「Art de Faire」さんからの引用をしている。それをご覧になった、中原蒼二さんが、「吹ク風ト、流ルル水ト。」で、「「Art de Faire」さんの書かれていることを読んで、フト、思いついたのは網野善彦さんの存在です。」と二日にわたって、「伝統的料理」というタイトルで書かれている。

5月3日伝統的料理-1
http://ho-bo.jugem.jp/?eid=580
5月4日伝統的料理-2
http://ho-bo.jugem.jp/?eid=581

そして、きょう5月5日の「Art de Faire」さんのエントリーは、「煎り酒雑感」。
http://www.okonomi-pasania.com/blog/?p=1306

遠藤さんのブログをいつものように見に行ったらなんか覚えのある文章があって、
ン?と思ってよく読んでみると・・・。

2008/05/02 江原恵さんの「煎り酒」そして「醤油とのあいだ」
(ザ大衆食つまみぐい)

僕の書いた雑文がご本人の目に留まったようで、
一つの記事にまでしていただき、お恥ずかしい限りなんですが、
先日書いた、煎り酒を久しぶりにつくってみました。

……と、煎り酒をつくっているのだ。ヨダレ。

なんだか、オモシロイ展開だ。

そこでおれは、思い出した。ザ大衆食のサイトに「日本料理のおべんきょう」というページをつくって、このブログから関係しそうなエントリーを選んだリンク集をつくったまま、ほったらかしにしていた。きょうは、その更新をしリンクを充実させた。…クリック地獄

おれは、べんきょうはきらいだ。「それゆけ30~50点人生」だもんね。
「日本料理のおべんきょう」というタイトルだが、このていどは「おべんきょう」のうちに入らない。30点ぐらいのことだ。

いじょ。

そうそう、山崎監督が、2008/04/27「春の夜なのに野暮たちと呑んで泥酔記憶喪失。」のコメントに、「江原さんの話題、いつ読んでもイイですね。読み継いでいる方々があることに感銘を受けます」と書かれている。ほんと、感銘だ。

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2008/05/04

太田尻家運動会泥酔。

Ootajiri_kinutaきのう毎年恒例になった、世田谷区は経堂のバー大田尻家の運動会。昼になっても雨があがらないから家長に電話をすると、すでに砧緑地にいて、雨はやんでいる、ひとがいないからとてもよいという。体調は万全ではないが、とにかく呑みながら回復するため、出かける。途中で本屋によったり、ただでさえ2時間ぐらいかかるのに、ついたら17時ちかく。みなは、いまや佳境という状態。食べものと酒はたんまりある。とびぬけ最年長のおれは呑みながら眺めるだけ。なるほどひとが少ないうえ、雨上がりの緑が気持よい。日が沈んで暗闇がせまるころ、蹴鞠10回をクリアしたところで、運動会はおわる。

さあ呑み会だ。今回は太田尻家でやるという。ほとんどのひとは自転車だが、おれは歩き。ほかに、わめぞ月の湯の大竹さんとのトークにいたというO嬢が一緒に歩くという。彼女がいうには、月の湯でおれに声をかけようとしたが、とりまきが囲んでいてできなかったという。しかも、とりまきがみんな若くておどろいたという。うふふふ、おれには若い熱烈なおっかけファンがたくさんいるのだ。

O嬢は『酒とつまみ』の大ファン、オモシロイかなり呑兵衛。『酒とつまみ』のナベさんが、太田尻家で若い女につかまり一緒に写真を撮られたといっていたが、この女らしい。おれは歩いて千歳船橋に出て、小田急線に一駅のって経堂へ出るつもりだったが、彼女は、太田尻家へは経堂駅からまた歩かなくてはならないから、電車はつかわないでぜんぶ歩きのほうが、ゼッタイはやい、自分は千歳船橋に住んでいるから道は知っていると、自信満々にいう。おとなしく従う。が、小田急線をこえ右斜めに入るかとおもったら、そうしないで、ひたすら環八を北上する、このままいったら京王線に出ちゃうぞ大丈夫かといっても、大丈夫だという。しばらくして、やっと右へまがる。身体が汗ばむ。赤堤通りの商店街に出て、とにかく、かなり歩いて、太田尻家の近所のロバロバの前。のぞくと太田尻さんがなかにいる。古本市をやっているというので、チラと見てから太田尻家。この徒歩コースで最短だったかどうかはわからないが、運動会の日にふさわしい、よい運動になった。

あとはひたすら呑むだけ。「病み上がり」状態だから用心していたが、そんなことは長続きしない。運動会は20名弱ぐらいだったとおもうが、帰ったひともいるし、呑み会にだけ来たひともいて、にぎやかに呑む。いつもはあまり酔わない家長も、運動のあとの酒のせいか、ごきげんのようだった。N夫妻にひさしぶりに会った。Wちゃんが結婚した男とは初めて。ほか、いつもの顔ぶれや、初めてのひと。生ビールで乾杯、清酒を3種類ぐらい、焼酎、赤ワインあたりを呑んだ。

酔ってもO嬢が泊めてくれるといっていたが、愛人のために操を守らなくてはならないから、そうはいかない。23時ごろ、もうヨレヨレ泥酔状態で、太田尻家を出る。O嬢は、酔いつぶれて床に寝ていた。ウチに着いたら、午前1時近く。

今朝、ぼんやり酒が残っている。

洗濯機の底に、洗濯されヨレヨレになったポチ袋のようなものがあった。表に、「遠藤さんに返す 1000円」と女の文字。あけると1000円入っていた。きのうのことではないにちがいないが、いつ、だれから受けとったのか、なんのカネか思い出せない。文字を見ても、心当たりがない。はて。

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2008/05/03

すみれ洋裁店と松本「工芸の五月」。

Origami下諏訪の松崎緑さんの「すみれ洋裁店」から封書が届いた。あけたら、中から、小鳥の折り紙が出てきた。イイカゲンなおれは、「小鳥」とおもうだけで、鶴ではないのはわかるが(わかってアタリマエ)、なんの鳥かはわからない。以前に、ひょうたんの丸裸に宛先を書いた暑中見舞いをもらったことがあるので、なんだろうとおもって眺めたが、たんに折り紙を送ってくれたわけではないだろうとおもい、密書を調べるように、そっと広げてみた。恋文だった。ではなかった。

こういう文があった。


2008/5/8(木)から5/11(日)の
10時から17時まで

松本市はかり資料館ウラのお蔵に居ります。
(入り口もウラ手にあります)
秘密の庭を探しに
どうぞ遊びにお出かけください

すみれ洋裁店

※期間中、下諏訪のお店はお休みとさせていただきますので宜しくおねがいします。

「すみれ洋裁店」のブログは、ほぼ毎日更新される。おれが毎日見る数少ないブログの一つだ。その3月15日には「5月8日(木)から11日(日)までの移動すみれ洋裁店に向けて、しばらくブログ「すみれ手帖」での作品公開を控えさせていただきます。温存して来たる松本の工芸の五月で最新作の発表をしたいと思いますので、どうぞおたのしみに。」と書いてある。そして、「あと○日!」と書かれるようになった。なんとなく、松崎さんの気合が伝わってきた。おとといになったが、5月1日には「あと6日!」とある。松崎さんの作業は、いよいよ追い込みらしい。

いまでは松本の「工芸の五月」は、かつて「クラフトフェアまつもと」といった。けっこう有名だから、知っているひとも多いだろう。おれの知り合いにも関係しているひとが何人かいたのだが、まだ行ってみたことがない。

Simosuwa_yu先日来、知人の何人かと会うと行くといっていたので、すみれ洋裁店のことはセンデンしておいた。しかし、いつも酔っているので、日にちなどはテキトウだったようだ。連休中は、松本へ行っても、すみれ洋裁店の出品はないのだな。まちがえていた、すまん。だったら、下諏訪へ行けばいいじゃないか。

「すみれ洋裁店」は、木村衣有子さんも書いている『天然生活』の最新号にも登場しているとのこと。画像下は、すみれ洋裁店から近い古い温泉街。06年、この中の一軒に泊まった。右端「旦過の湯」は温泉銭湯、牛乳だけ買ってのんだ。ほかにも歩いていける範囲に温泉銭湯がある。おれは「菅野温泉」に3回ばかり入ったことがある。

すみれ洋裁店の「続続・すみれ日記」…クリック地獄
「工芸の五月」…クリック地獄


絶不調だった体調は回復した。用心して呑んでいなかった、というか、呑む気もしなかった酒を呑んだら、ウソみたいによくなった。やはり酒は、なによりも良薬なのだな。

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2008/05/02

『四月と十月』が届いた。まだまだ呑み方が足りないと反省する、『嗜好品文化を学ぶ人のために』。

きょうになっても、腹痛が治らない。どんな腹痛でも、正露丸を一回三粒のめば治るのが、今回は、すでに三回のんでいる。それもヒドイ痛み方だ。痛み出すと、イテテテテ、ウガガガガガ、クソウウウウウ、ラララララ、フヘフヘフヘと息も絶え絶えである。腹が痛いから腸かと思っていたが、もしかすると肝臓かもしれない。

もだえ苦しみながら、先日とある呑み屋でかわされていた会話を思い出す。店の主人の娘と、同級生と思われる、その娘に惚れて通っていると思われる近所の男の常連だ。三十歳前半ぐらいらしい。娘、「●●ちゃんのお父さん近頃見かけないけど、元気なの?」「うーん、元気だけど、もう70だからね、いつくたばってもおかしくないよ」「そうねえ、うちも68で、かなり老け込んだから、もうあっというまね」なーんて、話している。「おいおい、おれは65だぜ」といいたくなったのだが、誰からもキットそんなふうに見られているのだろうなあ、ああ、もう死ぬだけの人間としてしか見られないのだ、シクシクシク、くそうそうはいかねえぞ、立ち上がれチンポ! おれがそんな世界を変えてやる、と深酔いしたのだった。そして、チンポは立つことなく、なかなか治らない腹痛をかかえて、うつらうつらしていると、そうかやはりそうなのかとおもうのだった。

アレコレあって紹介する間も、よく読んでいる間もなかったのだが、ちょっと前に、TASCたばこ総合研究センターから、高田公理さんと嗜好品文化研究会編の『嗜好品を学ぶ人のために』(世界思想社)を贈呈いただいた。高田公理さんとはお会いしたことはないが、TASC発行の『談別冊 shikohin world 酒』の共著者という関係だからだろう。パラパラ見ていると、いろいろな著名な学者さんたちが書いているのだが、とてもオモシロイ。

「人類文明史は、すべてを「遊び」に変えてきた」「人類史が、じつは人間の営みをすべて「遊びと楽しみに変えるプロセス」であった」というわけで「嗜好品は、「遊びと楽しみの要素をはらむ飲食物」だともいえよう」。そして、現代日本の嗜好品事情は、ケータイやミネラルウォーターまで嗜好品にしてまった。

第1章「多様なる嗜好品の世界」は、ようするに古典的な嗜好品の世界だ。コーヒー、茶・紅茶、酒・アルコール飲料、たばこ、清涼飲料水、カカオ・チョコレート、菓子、香辛料、ビンロウ、コーラ、カヴァ、カート。

第2章「広がりゆく嗜好品の世界」は、このとおり、ハチミツ、砂糖、香水、お香、油脂、水、塩、音楽、ケータイ、だ。メタボの素として白眼視される、油脂は、もはや、遊びであり楽しみなのだ。塩や水やケータイまで。

第3章「嗜好品文化へのアプローチ」は、歴史学、文化人類学、経済学・経営学、法学・政治学、社会学、宗教学、文学、心理学、生理学、植物学からのアプロイーチ。

第4章「嗜好品文化研究の古典」ということで、研究のための古典的著書が紹介されている。

パラパラみていると澤田昌人さんが書いている「ハチミツ」が目にとまった。「筆者はアフリカ熱帯雨林に住むピグミーと呼ばれる人びとのハチミツ採取を観察したことがある」これが、スゴイ。

ピグミーは、峯田くんのようにパンツ一つの格好で、ミツバチの巣がある木に登り、素手でハチミツをとっちゃうのだ。登れないほど高い木だと、切り倒してしまう。とうぜん、全身をミツバチに刺されるが、そんなの平気だね。そして「採取したその場で文字通りむさぼり食う」「食べきれないものはとっておき、ふだんの食事の代わりとして、大きな食器に何杯も食べるのである」

筆者も「どんぶり大の食器にハチミツを注ぎ入れ平らげてみた。甘いのを通り越して苦みのような味を感じる。たしかに腹は満ちてくるが、しばらくすると下腹部がしくしく痛くなりうめきながら何度も下痢をしてしまった。ハチミチを大量に食べると必ずこういう目にあった」

このあとがオモシロイ。筆者は、ピグミーの人たちに尋ねた。「君たちは大丈夫なの?」

「驚いたことに「私たちも下痢をする」という返事であった」そこで筆者は、こう結ぶ。

「老若男女のすべてが、下痢をし、腹痛を抱えながら、大量のハチミツを口に流し込んでいる姿は、甘味にとらわれた人間の業の深ささえ感じさせる。甘味による恍惚感は、この程度の痛苦をものともしないようである」

ここを深酒のあとの腹痛を抱えながら読んだおれは、激しくピグミーに親しみをかんじ、かつ、このていどの腹痛でへこたれてなるものか、あすも大田尻家の運動会で泥酔するぞ、ミツバチでも女でもなんでもかかってこい、と決意を固めるのだった。いや、ミツバチも女もかかってこないから、酒に襲いかかるのだ。ああ、業の深い男である、ああ、業が深いっていいなあ。けっきょく、「文化」だなんて気どっているけど、もとをただせば「業」なのだ。「業」に、わが身をこがせ。

「業」にもえる男、牧野伊三夫さんから『四月と十月』の最新号が届いたのだけど、ここまで書いたら腹痛がヒドイので、紹介はまたにします。

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江原恵さんの「煎り酒」そして「醤油とのあいだ」。

検索で見つけ、まだよく目を通してないのでまちがっているかも知れないが、おそらく料理のプロと思われる方の、なかなかおしゃれなブログ「Art de Faire」の08年4月15日は、「醤油と煎り酒のあいだ」というタイトル。

醤油と煎り酒のあいだ
http://www.okonomi-pasania.com/blog/?p=1263

こんなふうに書き出している。

「異色の(いやある意味こちらの方が正統なのかも)痛快無比な食文化についての「汁かけめし快食學」(ちくま文庫:惜しくも絶版中)のエンテツさんこと遠藤哲夫さんのこれまた楽しいブログ「ザ大衆食つまみぐい」に再三にわたり登場する江原恵さんの「料理物語・考 江戸の味今昔」の大変示唆に富む序文のなかに「煎り酒」から「醤油」への変遷についてさらりと触れている箇所があります。」

この江原恵さんがつくる煎り酒を、おれは二回ほど食べたことがある。二回とも、鯛と平目の刺身だったと記憶するが、鯛は腸を出したあとに塩をすりこみ寝かしたのち外側の皮を軽くあぶったタタキのようなつくりのものもあったと記憶する。たしか、このタタキのようなものは、氷などがなかった江戸期には、運搬や保存と防虫や殺虫のために、そのような処理があったのではないかという話だったように思う。

その煎り酒で食べる刺身のうまさにおどろいたのだが、それは江戸期に醤油が普及する前の「伝統的」な高級料理の方法だったらしく、江原さんは、何度かその「復元」を試みていた。復元を試みることで、食べればなくなってしまってカタチを残さない料理の歴史の真実にせまろうというのだった。

つまり、「Art de Faire」さんも、「伝統的なとか昔ながらの料理といってる方々の言説もよく読むと、実際には物流網の発達と冷蔵・冷凍技術の進歩や衛生面や微生物に関する知識の獲得などをベースにした近代化の恩恵をうけて初めて可能になるものが多く、違和感を覚えます。」と書いているだのが、たとえば、いま「和食の伝統」のようにいわれている醤油と山葵で食べる刺身は、とくに庶民レベルでみれば、かなり新しいことなのだ。江原さんが何度も指摘している、「一番ダシ、二番ダシ」といったようなことも新しい、カツオ節のダシについても、そうだ。

「醤油と煎り酒のあいだ」にあるもの、そこを探ると、「伝統的なとか昔ながらの料理といってる方々の言説」のあやしさが浮かびあがる。というわけだ。

「Art de Faire」さんは、こう結ぶ。

………………………………………………………………
「風土」概念自体根本的に再検討されるべきだと思います。そもそも料理をなんらかの国籍や流派に帰属させる考え方に紛れ込むフィクションについてもっと疑問をもってもいいのではと。

食を歴史として重層的に眺める視点は大切だと思う。
………………………………………………………………

まったく、その通りだと思う。「汁かけめし快食學」を読みましょうね。

しかし、先日は、中原蒼二さんのブログで、今回は「Art de Faire」さんで、江原恵さんの著書について言及があったのは、とてもうれしい。

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2008/05/01

「ぷあん」と「阿部食堂」のち経堂4軒はしご泥酔。

Nisiogi_puanきのうは「マイコメ」の「エンテツの大衆食道」の撮影。西荻窪駅14時集合。逆井智紀さんとおれ。「ぷあん」にこんにちは。もしかすると06年11月19日以来か、ひさしぶりだ。

例によって打ち合わせ台本ナシのぶっつけ本番。「ぷあん」は「アジアのごはんとカレー」の店。これまで、ここのメニューは食べつくすほど食べているが、いつも酒のつまみに食べ、なぜかすごく酔うタイのウイスキー「メコン」を呑んでは泥酔し、まっとうにメシを食べたことがない。なので日替わり2種のカレーを食べる。カウンターから離れたテーブル席、食べながら一人でしゃべらなくてはいけないから苦労する。でも、なんとか、やれた。ここの「アジアのごはん」は、ほとんどが汁かけめしだから、そのウンチクをたれながら食べた。いつものことだが、うまい。つい、あとのことも考えずに完食してしまった。腹いっぱい。ごちそうさま。

「ぷあん」は、あっこさんに誘われ2003年の開業早々から行っている。今年で5周年。めでたし、めでたし。

Sosigaya3時ごろ終了。つぎ、祖師谷大蔵の阿部食堂。西荻窪駅で、近くで打ち合わせをしていた須田さんが合流。阿部食堂は、ぷあん開業の年に『散歩の達人』の取材で訪ねて以来。その路地も、ときどき行ったバー古代楼やスナックも、そのままある。阿部食堂のオヤジさんも美人の奥さんも、変わらず5年の歳月を感じさせない若さのままだった。

Soigaya_abesyokudo_naka腹いっぱいでメシはくえないから、豚汁を食べながらビール中びんを2本呑む。75歳の常連さんがいて、一緒にしゃべりながら撮影。大いに盛り上がる。

5時ごろ終了。打ち上げ呑みをやる予定だった蕎麦屋が休みなので、須田さんの地元、経堂へ移動。一軒目、40年ぶりに入る「鳥八」。二軒目、「きはち」。三軒目、「大田尻家」。泥酔状態。帰ろうと3人ですずらん通りを駅へ向かう。と、店のドアをあけて須田さんに声をかけるひとあり、そこでもう一軒、店名覚えてない。ここで、たしか自家製の生ハムを食べたと思うのだが、それは薄切りではなく、クサヤのようにさいたカタチで出てきて、ニンニクやトウガラシのスライスしたやつと一緒に食べる。一口食べると、身もだえするほど激しく辛くて、少し酔いが醒める。帰らなくてはならない時間になり、なんとかいうミュージシャンと話し込んでいる須田さんと逆井さんを残し、お先に失礼。経堂で電車に乗ったあたりから記憶喪失。

逆井さんから、「エンテツの大衆食道」4回分を焼いたCDを受けとる。
須田さんから、明日発売の、須田さんが監修(書いてもいる)の『笑論』(バジリコ。サブタイトルは「ニッポンお笑い進化論」)をもらう。
http://www.basilico.co.jp/book/books/9784862380913.html
5月21日(水)新宿ロフトプラスワンにて開催される(19時半から23時くらいの予定)「モンティ・パイソン・ナイト」。詳細が決まってないので、ああでもないこうでもない、やっぱりケラサンを呼ばなくてはとか話すうち、「エンテツの大衆食道」の映像がたまったら阿佐ヶ谷のロフトでやろうなんていう話にまでなる。
元CJのMさんのこんどの移籍先は吉本で、「自分の雑誌」を出す準備で忙しい、などなどアレコレの話。逆井さんが亡き池波正太郎宅を撮影したときのことは印象的。

とにかく、いま12時過ぎだが、近年まれな身もだえするほど激しい二日酔い。いったい何をどれだけ呑んだのだろう。鳥八ではホッピー、きはちでは芋焼酎をロックで、太田尻家では池田候を呑んだのをおぼえている。最後の店は、なにを呑んだか、まったく記憶がない。とりあえず、これだけ書くのがやっと。

あとで「正常化」したら書き足すかもしれない。

書き足した。けっきょく、きょうは一日中、腹が周期的に痛くなり、苦しかった。ああ。

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2008/04/29

バカだけどバカに群れたくないバカな男もいる。

こんなにもそんなにも愛しているのに、じゃねえや、そんなにもこんなにもやっているのに、片づかない。手順の悪いやつがいるのだなあ。一生懸命やってます愛していますだけじゃダメなんだよな、シゴトというのは。なーんてね。なんだかなぜだか「もくようにきて」という言葉を思い出した。

「もくようにきて」、年号を語呂あわせで覚えるとなかなか忘れないように(それでも、ほとんど忘れたが)、この語呂を覚えていた。70年代の前半、「システム工学」的手法がハヤリはじめたころだ。「木曜に来て」、そしたら、あなたとラブします、じゃねえんだよ。「もく」は目的、「よう」は要素、「き」は機能、「て」は手順や手段。プランは、これで決まるというわけ。じつは、料理もおなじようなものだ。なかでも手順、優先順位も関係する、これをまちがうと台無し。料理の分野には、「さしすせそ」なんていう調味料をつかう手順の語呂あわせがあるが、とにかく、手順が悪かったりまちがったりすると、とんでもないことになる。

ま、そういうわけで、そういうやつがいると、こいつバカだなあ、一生懸命やってます愛していますだけじゃダメなんだよといいたくなることもある。

しかし、おれだってバカなのだ。しかも「バカに群れたくないバカ」なのだ。じつは、バカに群れたほうが、おれのばあい、まちがいなく、儲けられる。なんせ、いまハヤリの「B級」「下町」「昭和」「大衆」「庶民」…たいがいからんでいる。でも、近頃そこに群がるバカたちをみると、おれもバカだけど、そういうバカに群れたくはないなあとおもうのだ。そして稼げるチャンスを失う、これほどのバカはない。しかも、手順の悪いバカとつきあわなくてはならない。

おおマイがっ、泣きがはいりそうだ。こんなにもそんなにも愛しているのに、あの女は、追っかけ、どこへ行ってしまった。

近年は「大衆食堂」だ「大衆酒場」だ「立ち呑み」だ「下町」だ「昭和」だとかいっていれば、それだけで正しい「庶民文化」を生きているような風潮がある。しかし、それは、バカをさらしているだけということが、少なくない。「文化」だ「研究」だといいながら、ハヤリに群がるバカをさらしている連中もいる。こういう風潮は、いまや「モツ」だの「ホッピー」だのという下世話にまでおよんでいる。

80年代、それもバブルのころの「大衆食堂」「大衆酒場」「立ち呑み」「下町」「モツ」「ホッピー」などは、どうだったか。そこだけが、はしゃぐ消費のバカに取り残されていた。まさに、1995年の拙著『大衆食堂の研究』に書いたように、「ジャンク」な佇まいだった。ハヤリを追うオシャレなバカどもは寄りつかなかったし、そして、バカをやりながらもバカの仲間になりたくないものたちが、静かに「自分の生」を、めしをくったり酒を呑んだりしながらかみしめていた。

そのバカの仲間になりたくないバカの居場所が荒され、失われている。かつてのはしゃぐ消費のバカは「hanako」さんといった若い女、オヤジギャルが中心だったが、いまやいいトシこいたオヤジ、団塊世代までが、かつての「hanako」さん以上に、バカ恥さらしに懸命なのだ。しかも、コリコウそうに「庶民文化」をウンチクする。

きょうはバカのおかげで、ごたくをならべているヒマはない。こういうときは、ひとさまのブログにリンクだ。

そういうバカと酒場で出会ったひとがいる。笑ってしまった。こういうサイテーの連中が、「下町」や「下町風」のアチコチに出没し荒野に変えている。たぶん、この中原さんも、「バカに群れたくないバカな男」のようだ。あの暴走族とおなじようなバカどもにむかって、「街的に自らを律せよ!」なんていっている。

「吹ク風ト、流ルル水ト」の4月29日「黄金週間?」…クリック地獄

いったい、ほんとうのバカは、誰だ。もちろん、おれだ。


当ブログ関連
2006/11/30
「男」という場合の「男」は、男なのか?
2008/03/20
10年前の『町雑誌 千住』のオコトバ。
↑これには「消費主義者」を名のるひとから「「大人でもなければ誠意も節度もない」客って、同じ店に貴方の目線からして気分が悪い客がいると、そう思うだけなんでしょう?」などと、自分さえ快感できればよい暴走族も顔負けのコメントがつき、それに対しては、下記に書いた。
2008/03/22
消費主義の特徴。

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2008/04/28

優雅なエンテツのおしゃべりを掲載。

去る3月30日の文化放送、「浜美枝のいつかあなたと「浜さん家のリビングルーム」」に出演した放送を、呑み人の会のタノさんが録音し、それをオッタチトウフさんが書き起こすという、めんどうをしてくれた。なので、その一部を略してまとめ、ザ大衆食のサイトに掲載した。うーむ、なかなかよい内容ではないか。…クリック地獄

Umineko01画像は12日午前8時ごろ撮影、八戸のウミネコ名所の蕪島。なんとまあ、すごいウミネコで、おどろいた。空にゴミがちらかっているようで、とても優雅な風景とはおもえない。画像の右端、島の上には神社があって、そこへ昇る階段の下には、安傘が置いてある。うみねこのフンを避けるために、それをさすのだ。あたりにはそよそよフンの薫りもただよっていた。そして、これだけのネコが一斉に鳴いたとおもってほしい。

優雅なおれは、12日の朝と13日の朝、二日も続けて行ったにもかかわらず、クルマの中から一歩も外には出なかった。13日に一緒だった木村衣有子さんは、「エンテツさんはウミネコにはそんなに興味はなさそうだった。「妙なやつらだよなあ」と、少し引いて評していた。」とブログに書いている。もともと、鳥も猫も犬も、それほど親愛の情を感じない。親愛の情は、すべて人間とくに酒と女にむけられるので、そんなに余裕はないのだ。木村嬢は、以前から蕪島のウミネコはかわいいニャアニャアいっていたが、この日も嬉々として、傘をさして階段を昇り、おれに参拝記念の手ぬぐいを買ってきてくれた。手ぬぐいは、うれしかった。ウミネコは、くえるのだろうか、うまいのだろうか。うまそうには見えなかった。うまそうに見えたら、興味を持ったかもしれない。とにかく固体は群れると別の生き物になるようだ。ニンゲンもおなじなのだろうなあ。

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2008/04/27

春の夜なのに野暮たちと呑んで泥酔記憶喪失。

春の夜の酒は華やかなほうがよい。なのに、またもや野暮しか芸のない男たち、タノさんヤマさんシノさんクマさんコンさんと、大宮いづみや第二支店。ほんと、この顔ぶれだと、女たちの後姿が遠ざかる。ついに愛人8号にまで、デイトだと逃げられてしまった。ああ、春の夜の、もてない男たちのタメイキ。いや、タメイキをつくぐらいなら、まだ見込みがあるが、まったく平気で楽しんでいる。

昨夜の大宮いづみや第二支店は混んでいた。雨も降っていたのに、17時半の集合時間には、一階は一杯で席が確保できなかった。二階へ。ようするに、呑んだ、食べた、しゃべった。つぎ、いつものように、北浦和の志げる。なんと、ここも、一階は一杯。この10年間のうち、初めて二階へあがる。一階では想像できない、明るさきれいさ。とにかく、呑む、食べる、しゃべる。そして、22時すぎ、もう呑めない、疲れた、帰ろう。ここで、ややトシの差が出たか。いちばん若手の30そこそこのクマさんとコンさんは席を立とうとしない。二人を置いて先に帰る。もちろん泥酔記憶喪失。

昼12時すぎても、やや胃が焼けるかんじの二日酔いが残る。野暮な男たちと呑んだから悪酔いがヒドイのか。

ほんとうは、きのうは山崎監督も招いて呑みたいとおもっていたのだが、監督は親御さんの看病で大変そうだし、グズグズ連絡とらないうちに時間がすぎ不発におわった。また機会をあらためてやりたい。で、しばらく更新がなかった山崎さんの「影への隠遁ブログ」が、きのう更新されていて、「OP映画祭りで拙作ピンク上映+会津若松の朝火事」のタイトル。

「5月のGWに上野オークラ劇場で「OP映画祭り2008」というイベントが行われ、3日(土)にわたしのピンク映画の上映と舞台挨拶が行われる。」とのことだ。おわったあとに打ち上げ呑み会もあるという。うーむ、残念だなあ、この日は先約があって、昼から夜まで呑んで、必ずや泥酔になるから、行けない。残念。

みなさん、先日、聚楽台が閉店したばかりの上野のオークラ劇場にゼヒ足をおはこびください。山崎監督とは佐々木基子さんが舞台挨拶に立つそうです。ただし、今回は女性専用席はありません。詳しくは山崎さんのブログ……クリック地獄

しかし、おれのブログは、泥酔日記になりそうだなあ。

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2008/04/26

なぜ、バカは風邪をひかないのか。八戸五番街ブルース。

Hatinohe_5bangaiここのところ調子がイマイチだった。なんだか、もうおれは、やはりトシだなあ、決定的にトシをとって、肉体が衰えているのだなあ。これじゃあ、若い愛人に逃げられるのも無理ないなあ、シクシクシク、と、日々、ブルーな気分で悲観していた。なにしろ酔いどれ深夜便も書けない状態だったのだ。

しかーし、きのうあたりから調子が上向きなのだ。今夜は、ホラ、いま午前1時すぎ、ほぼもとのにように、酔って書いています。

ふりかえってみると、風邪だったのだ。鼻水が、しまりの悪い水道の蛇口から絶え間なくしたたり落ちるように流れ出て。その状態は、ちょうど東北へ行くころに始まった。ここ10数年は症状が出なかった、ダストアレルギーが関係しているのかなあとも思っていた。岩手の一ノ関に着いた日も翌日も、冷たい雨と風だったから、それで鼻水が出るのだろうとも思ってみたりした。

今週になってからは、ふとんに入って横になっても、鼻水が流れ落ち続けるので、鼻の穴に鼻紙を突っ込み、口をあけて寝たりした。そのとき風邪だと気づくべきだったが、まさか風邪だとは思っていない。そもそも、毎晩のように遅くまで酒を呑んでいるから、頭が重く身体がだるくても、疲れなのか二日酔いのなのか、わけがわからんのだな。とにかく、ああ、おれもヤキがまわったと思いつつ、また呑む。そういう日々でした。

なんのことはない、風邪だったのだ。もっと早く気がついて、クスリでものんでチョイと寝れば、もっと早く治ったのだ。でも、まあ、不調とはいえ、一つだけ仕事がからまない約束をキャンセルしたが、酒は休むことなく、無事に回復した。ズーンと重かった頭も、スッキリ。

というわけで、きょうのタイトル「なぜ、バカは風邪をひかないのか。」なのですね。わかったのですよ。ようするに、バカは風邪をひいても風邪をひいたことに気づかないのです。そのうちに直るからです。

さあ、それでは、元気になったから、呑み屋の横丁だ。おとといの三軒茶屋で、横丁の呑み屋街がよかった。酔っていて覚えてないけど、画像を見て、しみじみそう思った。やっぱり、横丁、路地裏だよ。って、ことで、八戸の横丁だ。

Hatinohe_girlここは、先日も書いたが、入り口の角に「ガールハント」なる60年代風サロンがある五番街。スナックだらけの狭い路地。このあたりは、なんとなく元ハイカラ風のニオイがただよう。八戸は遠洋の漁港の街だから、そういうことが関係しているのだろうか。

Hatinohe_kanban_bonkura五番街の入り口、「ガールハント」と反対側の建物。「わたし、ついに京都に来ちゃいました」というかんじの女が立っている後ろの建物は、木造の洋風がちで、細部の飾りのつくりまで、凝ったものだ。それから、薄暗い路地の看板も。元ハイカラの心意気をかんじる。ほかの看板も、オッと思わせるものがけっこうあった。「景気がよかったころ」は、このあたり、にぎやかだったにちがいない。ああ、札びらが舞ったかげに、沈むものと浮かぼうとするものが交差するところ、男と女の欲望がムレムレ漂っては一夜の幻をむすぶ、八戸五番街ブルースなかんじでした。

先日掲載したように、酔って、またここを通って帰ったのだが、「ガールハント」は、ちゃんと営業していた。50年配の、普段着のジャンパーをひっかけた、人のよさそうなオヤジが客引きをしていた。一瞬、もしかして経営者? まさかね、と思った。

トウトツですが、はたして、せんべい汁は、請う御期待。

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2008/04/24

記憶喪失中の諸行無常。追記。

さきほど中原さんのブログ「吹ク風ト、流ルル水ト。」を見たら、下記の記事を読んでのエントリーがあった。「路地の諸行無常」のタイトルで、「すぐにデジカメを確かめると、あった。写真を撮ったことなど忘却の彼方 というか全く覚えていない。」と、その画像が掲載してある。やはり中原さんも覚えていなかったのだ。路地の名前は「ふくべ小路」というのだそうだ。呑んで記憶を失った男が写真を撮るにふさわさしい名前と光景だ、といえる。愉快なり。(26日追記)

おどろいた。ちかごろ、こういうことはめずらしくないのだが、デジカメのなかを見たら、撮影した記憶がない、昨夜の三軒茶屋の横丁の画像が4枚あった。これは、「味とめ」から出て、つぎへ行く途中なのか、それとも、すでに二軒目を出て、駅へむかう途中なのか、それすらも思い出せない。かなり酔っていたはずの中原さんも、しっかりカメラをかまえて撮影している。なにかやらかしたい、なにかやらかさずにはいられない、そんな人生を歩んできた、まもなく60になろうという男と60半ばの男が二人、欲望の大都会の谷間で、酔ってなにをやらかしているのか、なにをやらかそうというのか。とりあえず、掲載。いちばん下の画像の正面の店は「だし汁屋」とある。うーむ、気になる。

Santya01
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Santya03
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三軒茶屋で早々に泥酔。

きのうは16時に、三軒茶屋の「味とめ」でプロデューサーの中原蒼二さんと会い、呑み始める。最初は生ビール。あたたかい陽気のうえ明るいうちからのイッパイはうまい。そのあとキンミヤ一升瓶をデンとおいて、炭酸割りで、グイグイグイ。

中原さんとおれが話していると、「味とめ」のおばさんが、「大竹聡さんて有名なひとなの」と大きな声できいてくる。話を中断して「そりゃもう、たいへんな有名人ですよ」と口々にいうと、またしばらくして、おなじことをきかれる。3度ばかり、それを繰り返したかな。

中原さんは『雲のうえ』をプロデュースした方だ。『雲のうえ』だけじゃなく、黒い飛行機やらいろいろ。昨年の北九州取材のときも含め、なんどかあって酒も一緒に呑んでいるが、ゆっくり2人だけで呑むのは初めて。あまり酔ってない最初のうちは、そもそもの『雲のうえ』の始まりあたりから、現在までをアレコレ。

しだいに話しはとっちらかる。酔いがまわるうちに、ユーピーユーの話になる。ユーピーユー華やかなりしころ、というと、1980年ごろか、中原さんはそこにいたのだそうだ。なんとなんと、おれは、そのころユーピーユーの某氏らと、あれこれ画策をしていた。もっともおれは、そのころから出版系活字編集系とか苦手で、ユーピーユーのなかでも中心のそれ系ではなく、ベンチャー的な付随ゼニ儲け事業系の人たちとの付き合いだったから、中原さんとはあう機会がなかったようだ。でも、ユーピーユーのことなどスッカリ忘れていたが、いろいろ思い出した。中原さんの口から、GSのオギハラさんの名前が出て、ビックリ。彼とは、ついこのあいだ呑んだような気がしていたが、数えてみたら、90年ごろ井の頭公園で花見をやって、彼の自宅マンションで呑んだあと、会ってはないのだ。江原恵