2019/08/08

「カレーを混ぜる、文化を混ぜる」

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かつてのフットワークのよさがすっかり失せてしまったおれは、近年の「スパイスカレー」や南インドやスリランカの料理あるいはカレーのブームを、遠くから眺めているばかりだった。

すると、どうしても「食べる」ときの「混ぜる」が料理として欠かせない「汁かけめし」の視点になるのだが、そういう視点からの話題は、ほとんど目にすることがないと思っていた。

ところが、やっぱり、あったのだ。

先日、2回ほど顔を合わせたことがあるferment booksのワダヨシさんが、「カレーを混ぜる、文化を混ぜる」と題した短いコラムに、拙著『ぶっかけめしの悦楽』から一文を引用したということで、『IN/SECTS(インセクツ)』という雑誌を送ってくれた。

ワダさんは、話題の『味の形 迫川尚子インタビュー』『サンダーキャッツの発酵教室』を発行しているferment booksの編集者で、身体的な視点からも「食」や味覚を考えたりする面白い方だ。

早速、そのコラムを読んでみた。

「カレーライスはかけめしが進化したものだ」という『ぶっかけめしの悦楽』からの文を引用しながら、現在の南インド料理やスパイスカレーのブームも、ぶっかけめしたるカレーライスの延長に存在するものという話をしているのだが、単にカレーだけのことにとどまらず、インド音楽の「混ぜる」文化にまで言及している。

そこでは、「食べ物を混ぜない日本人に、インド人側からカルチャーショックを受けた」というM・K・シャルマの『インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」 喪失の国、日本』 (文春文庫) からの引用もあったりする。

そしてワダさんは、「カレーを混ぜることと、文化を混ぜることにはさらなる深い関係がありそうだ、とカレーを混ぜつつ思った」のだった。

いやあ、これは、なかなか面白い。

とりあえず、おれは、「日本の「伝統文化」にも、村田珠光の「和漢のさかいをまぎらわすこと肝要」という言葉のように、「混ざる/混ぜる」の文化」がありましてねウンヌンという話と、『ぶっかけめしの悦楽』の帯に「いま時代が動くとき、かけめし再発見」と書いたのだけど、ますますそのことを強く感じていると、御礼のメールに書いた。

するとワダさんから、「混ざる/混ぜる」と人間の肉体や料理の物理性とのかかわりにふれるメールがあって、おれはすっかりコーフンして、脳内は汁かけめし状態になっている。

一昨年の『スペクテテイター』40号「カレー・カルチャー」特集号のときは、「カレーショップは現代の大衆食堂である」というお題をいただいて書いたので、あえて汁かけめしにはふれないように書いたのだが、チョイと正直すぎたかという反省もあって、発酵しきらないモヤモヤが残っていた。

ワダさんには、よくぞ『ぶっかけめしの悦楽』のことを思い出していただき、感謝だ。

どこが「原産」のカレーだろうと、きのうの「ぶたやまライス」だろうと、混ぜまくる日本の食文化、とくに混ぜまくる大衆食文化に息づいているのだ。

最近のミーツもダンチューもカレー特集だが、当然ながら、カレーをめぐる「新しい動き」を知るにはよいが、毎年恒例の消費活動で終わっている。

それはそうと、『IN/SECTS』という雑誌、初めて見たが面白い。小粒ながら文化創造に意欲的な記事が多く、読ませる。こちら。
https://www.insec2.com/

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2019/08/07

『暮しの手帖』に、ぶたやまかあさんとぶたやまライスが登場。

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暑いからね、ということで、ほったらかしのブログだが、まずは、このことを書いておかなくてはならない。

先月末発売の『暮しの手帖』8-9月号、第5世紀記念特大号に、ぶたやまかあさん家族とぶたやまライスが登場した。

その見出しからして、こんなアンバイだ。

ハードルを下げれば
楽しく続けられる。
今日も一日のごはんを
「やり過ごす」ために。

ぶたやまかあさん。会社員、やり過ごしごはん研究家、40代。

この記事は、第5世紀1号記念企画「第1特集 ちゃんと食べてゆくために」の最初のテーマ「わたしが台所に立つ理由」の一つだ。

ぶたやまさん家族、勤め人の夫と子供3人の全員が登場、そして、「ぶたやまライス」をつくって食べる。

「ぶたやまライス」とは、ツイッターでも人気のぶたやまさんのやり過ごしごはんの代表作。いわゆる「汁かけめし」の亜種であるワンプレートクッキングであり、一つのプレートにごはんとおかずを盛合わせるのだが、ぶたやまライスらしい法則性がある。

「油っぽいお肉とさっぱりした酢漬けの野菜さえあれば、あとは何をのせても良し」というもの。これ、じつは、米のめし料理の基本を押さえているし、汁かけめしと大いに関係あることなのだ。そのことについてふれていると長くなるから、またの機会に書くツモリとして。

ぶたやまさんの、「大事なのは、毎日のごはんをやり過ごすことだから」という言葉と、「豚こま肉をゆでて、ポン酢をかける。人参はラペにし、ピーマンはグリルで焼く。私は決して器用ではありませんが、シンプルな作業ならムリなく同時進行できます。人参を切っていて時間がなくなったら、明日のスープに使えばいい」という考え方と方法は、かなり面白いと思うし、いろいろな可能性を秘めていると思う。

おれも最初の頃は、「やり過ごし」ということについては、よくわかっていないところがあったが、日々の暮らしにとっては、すごく大事なことで、ここで間違うと「呪い」にかかることになる。

料理に限らず、さまざまな「呪い」にとらわれやすい環境がある。自分は能力のない人間だ、自分の仕事も人生もツマラナイものだ、自分の住んでいるところはツマラナイまちだ、などなど「呪い」にかかりやすい。そういうことにまで、「やり過ごし」は効きそうだ。人によって程度のちがいはあるだだろうが、「呪い」からの脱走も可能ではないか。「まちづくり」とか「少子高齢化」とか、そういう社会的課題にまで、使えそうな「哲学」というか「思想」というか。

「シンプルな作業ならムリなく同時進行できます」については、野菜炒めなどを対比させ、具体的に述べているのだけど、なかなか深い。詳しくは、本誌を読んでもらうとして、とくに料理につきまとう「共時性」と「経時性」のさばきかたは、これまた、いろいろな作業につきまとうことで、とても面白い。

ところで、「わたしが台所に立つ理由」には、ぶたやまさん家族のほかに、二つの家庭が登場する。新聞社写真部に勤めるおとうさんと妻と子供一人、もう一人は、画家の牧野伊三夫さんで、おれが「理解フノー」の連載をしている美術同人誌「四月と十月」の発行人だ。

「台所に立つ理由」というと、チョイと堅苦しいが、日々のことには、それぞれが「個」の「事情」というものを抱えながら、あたっているはずだ。食事についていえば、その日その日によって異なる「個」の「事情」を抱えながらつくるひとはつくり、食べるひとは食べるのだ。

企業的組織的になるほど管理がつきまとい抑圧は強まり、「個」の「事情」は薄められ平均化や標準化されるし、「家庭料理」については相変わらず戦前からの「良妻賢母」モデルに組み込まれた抑圧が機能しているが、家庭では、家庭によりけりだが、「個」が比較的自由に表出しやすい。ぶたやまかあさんのように「私はいつも、自分が好きな味を貫いています」といったことが可能だ。

しかし、その「個」の「事情」が、さまざまにメディアにあふれるようになったのは、新しい。「とくにSNSの普及で、台所の料理の担い手が直接発信できるようになって、状況は大きく変わりつつある」と、おれは『現代思想』7月号に寄稿した「おれの「食の考現学」」に書いたが、従来の紙メディアでは、牧野伊三夫さんのような画家や文化的(クリエイティブ?)な職業の人たち、著名な方々など、あるいは飲食がらみの各種業の人たちなど、その仕事や肩書で耳目をひく人たちが登場し、チョイ「上」な「美しい」「上質な生活」を語ることが多かった。そういうところでは、「やり過ごしごはん」といった、生活の地声のようなものは、なかなか聞こえてこなかった。

それから、これだけいろいろなメディアがあるのに、住み分けがすすんでいて、それぞれが小さな水たまりに棲息し、越境やまじわることが少ない。例えば、牧野伊三夫さんと、共働き勤め人のぶたやまかあさん家族が同じテーマで並んで登場するなんてことは、「珍事」のたぐいだったと思う。交わることのない編集や制作、交わることのない読者、交わることのない生活が、割と広く存在した。

これからどうなっていくかわからないが、『暮しの手帖』の第5世紀の1号目にぶたやまかあさんが登場したことは、生活的に、希望がもてるような気がしている。

ぶたやまかあさんの記事に関して、ツイッターに、こんな感想があった。

からすねこ
@karasuneko_cat
ぶたやまかあさんの暮しの手帖入手。ゴハン作り大変だけど、ぼちぼちでいいよってユルさで良かった。暮しの手帖ってすごくストイックなイメージで、キチンと頑張らなくちゃって感じだけど。
午後10:25 · 2019年7月27日·Twitter for iPad
https://twitter.com/karasuneko_cat/status/1155107047072919554

当ブログ関連
2019/06/08
『暮しの手帖』100号、「家庭料理ってどういうもの?」。

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2019/08/04

このままでは終わらない。

このままでは終わらない。何が?って、いろいろあるが、とりあえず、このブログは、こうやって書いているし、このままでは終わらないってことさ。

だけど、終わりになりそうだった。とにかく、書く気がおきない、その気にならない。やはり性欲がなくなってしまったからだろう。イロケがなくなったら、書く気なんかおきないものだ。

そうそう、とにかく、長い梅雨でバテバテだった肉体に、一気に暑い暑いが襲いかかり、もうのたうちまわる力もない。隣の年老いた猫が、うちのウッドデッキの木陰でデレ~っとしているのだが、そんなかんじなのだ。

それでも、仕事があるから、一昨日は都内へ行ってきた。帰りの電車で今夜は何を食べようかなあ~、ソーメンにしよう。駅近くのスーパーで、ソーメンとストレートのつゆと、しょうがと、みょうがとおおばは家にあるからよいが、ごまが欲しいな、そうだ、豚肉の冷しゃぶサラダもつくろう、などと食欲をふるいたたせ、東大宮に着いた。

暑い、暑い。遠雷もきこえる。暑い、暑い。頭はボーとしている。

駅近くのスーパーへ行って、まず何を買ったのか、忘れたが、カンジンなソーメンとつゆを買い忘れた。スーパーを出てから気がついた。何をボーっとしているのだ。ま、途中の安売りドラッグストアかコンビニにあるだろう思って、まずドラッグストアに寄ったら、いつも使っているソーメンとつゆが置いてないのだ。うちは、そんなに高級なものを食べているわけじゃないが、置いてない。ストレートのつゆがないのだ。濃縮だけ。しょうがねえなあと、その近くのコンビニに寄ったが、やはり濃縮のつゆしか置いてない。こうなると、ボーとした頭は、それでもいいじゃないかという柔軟性を欠き、惰性的思考停止的にいつものやつにしか考えがまわらない。

で、家に一度寄って、買ったものを置き、よく利用している駅と反対方面にある近くのスーパーへ、ボーっと歩いて行った。そこへ行けば、必ずあるのだ。

よーし、これで万全だ。と思っていたのだが、いよいよつくるだんになると、しょうがを買い忘れているのに気がついた。うわ~、しょうがのないソーメンなんか、しょうがねえなあ、と、帰宅途中のツマに電話をするとうちに一番近いコンビニのそばだという。それなら、チューブ入りのしょうがでいいや、買ってきて。

ということで、なんとか、ソーメンをうまく食べた。

とにかく、ただでさえやる気が出ないでいるのに、暑くて暑くて、もう衰弱気味だ。

そうして、ブログもこのまま終わるのかなあ、終わってもいいかなあ、こんなふうにおれの人生も終わるのかなあ、と、ボーっとしていると、なにもかもどうでもよくなる。どうだっていいじゃないかの気分が肉体になる。

そんなふうに日々すぎているのだが、けっこういろいろなことがあって、じつは面白いことがあるのだ。

それを書くと長くなるから、めんどうだし、今日はこれぐらいでやめておこう。

しかし、なんだか、構成を考えなくてはならない本の企画が二つあって、その前にもう一つあって、だけどそちらはあまり気が進まないからほってあるのだが、新しい話の二つは、けっこう面白そうでやる気になっている。だけど、この暑さを蹴散らす性欲が足りなくて、どうにも構成が考えられない。

おれより6歳も若い中原さんは死んじゃうし、おれもいつまでも生きていられるわけじゃないから、さっさと企画をまとめて書き出さなくてはならないのだが、どうもイロケが足らんのだなあ。文章はイロケで書くのだからなあ。このままで終わらないといったって、性欲は、とっくの昔に終わってらあ。食欲は細くなるし、残るはネムケだけだ。永遠の眠りにつくには、イロケもクイケも邪魔、ネムケさえあればよいというわけだ。

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2019/07/18

スリリングな読書と分解脳。

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最近、スリリングな読書を楽しんでいる。

始まりは4月18日だった。見沼たんぼ福祉農園ほかで、主には飲みながら何かとお付き合いさせてもらっている猪瀬浩平さんの新著『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』(写真=森田友希、生活書院)を、大宮ジュンク堂で買い、近くのいづみや本店でビールを飲みながら読みだしたら止まらなくなり、とはいえ読み続けるわけにもいかず、家に帰ってパソコンに向かいメールを開けたら、『現代思想』の編集さんから初めてのメールで、「食の考現学」について原稿の依頼があった。

んで、何日かしたころ、以前から何かとおれのことを気にかけてくださっているようだが諸般の事情で仕事にはなっていない編集さんから、『フードスタディーズ・ガイドブック』(ナカニシヤ出版)という本に『大衆食堂の研究』が載っていますよ、というメールがあったので、早速またもや大宮ジュンク堂へ行って買い、またもやいづみや本店でビールを飲みながら『大衆食堂の研究』の評のところだけ読んだ。

その後、まずは『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』を一回読み切った。以前に、このブログにも書いたし四月と十月文庫『理解フノー』にも登場する「ダンゴムシ論」の根っこになることが書かれている。「理解フノー」の段階では「分解者=ダンゴムシ」について十分に理解してなかったところが見えて、興味深いのだけど、なかなか重い内容が含まれているから、おれのような雑な人間には十分受け止めきれた自信がない。とりあえず5月2日に、概要だけ、ツイッターで紹介した。

『フードスタディーズ・ガイドブック』のほうは、パラパラ見たら、いま読むと、これから書かなくてはならない「食の考現学」の原稿が影響を受けそうだから、原稿を書き終えてから読むことにした。原稿の締め切りは6月5日だった。それから読んだ。

『大衆食堂の研究』の評者は、藤原辰史さんだ。この方のことは、昨年夏ごろだったかな、『[決定版]ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国)で知った。なんだか、すごいパワーの人があらわれたなあ、「食」に関する著者にこんな人はいなかったよ、と、ビックリボーゼンとした。いったい何者ゾと思ったのだが、そのままだった。そのうち、『トラクターの世界史』(中公新書)や『給食の歴史』など、気になるタイトルの本が並んだが、おれにはナチスのキッチンで十分だと思っていた。

しかし、『大衆食堂の研究』の評が、すごくおもしろい。とにかく、「食の話」というと「食べ物」に偏りがちだけど、藤原さんは、そうではない。

全体を見渡し、視野が広いし学識が厚いだけでなく、この人の専門は何かというぐらい、縦横無尽に越境する視線がおもしろいのだ。京都大学の教員で専門は「歴史学」のようだが、かなりジャンル横断的かつ上下縦断的に、四方八方目配りも学知も豊富で、軽やかに越境しながら真実に迫っていく。そう、そこが、スリリングなのね。越境は、スリリングだ。ハエを追いかけていたら蚊になり蚊を追いかけていたら鷲になり鷲を追いかけていたらワニになりワニを追いかけていたらバラになり…てなぐあいに世界や人間どもが見えてくる、という感じかな。

『大衆食堂の研究』について、最初の方で、こんなふうに書いている。「文章のなかに散りばめられている罵詈雑言も強烈であり、著者自身もジャンクな本でよいと考えている節があるが、そう読むだけではもったいない。そう読んでも十分に楽しめる本なのだけれども、本書の到達した食の理論から目をそらすことになる」

こうして、大衆食堂の研究に書かれた「生簀文化論」や「「ロクデナシ」の食い方」や「大衆食堂は家庭的ではない」「食の自立性」「味覚の民主化」などが料理される。

で、藤原さんの新著の『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』(農文協2019年3月)が、気になった。「食べるとはどういうことか」と、真正面からの切り込みだ。ナチスのキッチンのタイトルにも、「食べること」とある。

おれは、このブログでも何度か「食べ物」と「食べること」の話の混乱についてふれてきたが、ようするに、「食べ物」の話ばかりに偏っていて、「食べること」については、あまり考えられていないのだ。

「食の話」というと、おいしい楽しい食べ物の話が好まれる風潮、それをまた押す風潮(なぜなら、食べる飲むの商売と直結する人が多いからね)。「食べること」が好きな人は「食べること」を考えるより、話題になる食べ物に群がる、という風潮が、あれやこれやのメディアと周辺にマンエンし続けている。

その兆候は、すでに『大衆食堂の研究』を書いていた1993年頃にあった。おれは、「あとがき」でこう書いている。「この本でくそまじめに食生活を考えてほしい、といったら笑われるだろうか。/でもおれはくそまじめにくうことを考えていた」

考えることはスリリングだけど、そんなスリルより、誰かさんが押す食べ物や「みんな」が話題にする食べ物を期待している人たちが大勢だ。ワタシ押す人、ボク群がる人。その立場は入れ替わりながら、消費のコンテンツは花盛りだが、「考える種」は育たない。

しかし、真正面から「食べるとはどういうことか」だから、この本は買った。

京大のフジワラ先生と12歳から18歳の8名の中高生による「ゼミ」をまとめたものだ。ほかの厚くて細かい字のアカデミックな言葉の本と比べると、この本はおれのようなジジイにとっては文字も大きくなんと読みやすくわかりやすいことか。ってのは、どうでもよいことで、フジワラ先生は、生徒たちに三つの質問を発し討議する。

1、いままで食べたなかで一番おいしかったものは?
2、「食べる」とはどこまで「食べる」なのか?
3、「食べること」はこれからどうなるか?

1番目は、うまいってなんだ、ってことに関わる質問ともいえる。

あいだにフジワラ先生の解説やコラムが入ったりするのだが、「対話 『食の哲学』という本をみんなで書くとしたら?」なーんてのもあって、みんなで『食の哲学』の目次までつくっちゃうのだ。

これまで、食に関心を持ったらまず読む本のオススメの決定打がなかったが、これからはこれだ。

討議のあと、フジワラ先生は、今日の議論には答えはない、「答えを探すことが目的ではなくて、みんなに「考える種をまく」というのが今日の目的だった」という。そして、「あたりまえのことを問い続けるスリリングさ」ということで、哲学ってのは無味乾燥でメンドウなものでなく、「スリリングな知的エンターテイメントなんだ」という。

なるほどね~、おれももっと見習おう。あと「身体感覚を伴う問いの大切さ」についてふれているが、おれはもともと大学で学知なるものを身につけていないこともあって、体験や体感をもとに考えるのだが、近頃は、SNSの普及もあって、とくに「身体感覚を伴う問いの大切さ」について痛感している。

『分解者たち 見沼たんぼのほとりを生きる』と『フードスタディーズ・ガイドブック』と『食べるとはどういうことか 世界の見方が変わる三つの質問』については、もっとよく読みこなしてから、このブログに紹介するツモリだ。

ところが、まだあった。

『現代思想』7月号が出来あがって、発売日は6月28日だったのだが、その前夜、編集さんが届けてくれるというので大宮で会った。ま、もちろん、いづみやへも行ったのだけどね。そのとき、フジワラ先生の新著も持って来てくださったのだ。そのタイトルが、『分解の哲学 腐敗と発酵をめぐる思考』だ。

これは『現代思想』に連載のものに加筆してまとめたものだ。いただいて、パラパラ見て、おお、またもや超越境の書ではないか、それに「生産者・消費者・分解者」など、猪瀬さんの『分解者たち』と深くリンクする内容のようだ。どうやら、「分解」は、近代の桎梏を超える(分解する)何かのようで気になる、と思ったまま、トシのせいもあるだろう、越境するスリルが続くとくたびれるから、少し休もうとほってあるのだ。

いやいや、しかし、近頃めったにないオベンキョウをしている。そして、おれの脳は、ゆるやかに分解している、か。

『現代思想』の件については、すでに雑誌も出来あがり、このブログで紹介済みだ。
2019/07/02
『現代思想』7月号に「おれの「食の考現学」」を書いた。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/07/post-624cb2.html

『フードスタディーズ・ガイドブック』の件についても、すでにこのブログに書いている。
2019/05/13
自分の本が載っているからではない、食の「知」のための一歩、『フードスタディーズ・ガイドブック』。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/05/post-0aa567.html

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2019/07/14

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」81回目、綾瀬・味安。

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先月21日に掲載のものだ。すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019062102000188.html

味安へは、2017年4月に野暮な人に連れられて行った。なかなかよかったので、いつかこの連載で紹介したいと思っていた。綾瀬には、ときわ食堂もある。ここもなかなかよいわけで、こういうときは、どちらを先にするか迷うが、まずは駅から遠い方からというリクツをつけて、こちらが先になった。

 綾瀬駅から10分少々歩く距離だ。2車線だがクルマの通りの多い街道沿いにあって駐車場も備えているから、「ロードサイド型」といえなくはないが、間口はとくに広くはない。

しかし、なかに入ると、外からはうかがいしれない、入れ込みの座敷の広い店内で、たくましく飲み食いする人びとの熱気があふれているし、その人たちがお目当てにしているらしいとり唐揚げが、たくましい食欲にこたえるようにデカイ、うまい。

本文にも書いたが、これだけ広い入れ込みの座敷の食堂は、いまでは珍しい。座敷に腰をおろしあぐらを組んだり膝を崩したりすると、なんだかチマチマした抑圧から解放されたくつろいだ気分になるのだろう、周囲の目など気にすることなく、みんな素のままのエネルギーを発散させている。ああ、いいねえ、これだよコレ。

と、一人だからカウンターに座って、とり唐揚げ定食食べたいけど、近頃トシのせいか食が細っているから食べられるかなあと思案したのは一瞬で、空間にあふれる食欲に押されるように注文してしまっていた。

となりにおれより少し若い70歳ぐらいの男性が座った。お店の方の対応からすると常連さんのようだった。かれも、とり唐揚げ定食を頼んだ。かれは、定食が出てくると、まず、小鉢のひじき煮を丼めしにかけて、軽くまぜながら食べ始めた。手慣れたものだった。

なるほど~。そういえば、家じゃ、めしに納豆とひじきやきんぴらをのっけているのにと、思い出した。とり唐揚げに限らず、刺身や焼魚なども盛りがよいし、それに付いてくる、このひじき煮と漬物の小鉢が、けっこう量がある。おれは食べあぐね、しまいには丼めしが空になったあとも残ってしまい、これだけをせっせと食べていたのだ。バランスの悪いこと。70年以上も生きて、まだまだおれはダメだなあ。

それはともかく、綾瀬は、なかなかザラッとした猥雑味があって興味深い街だと、あらためて思った。以前は、たまに飲みに行ったのだが、よく感じとっていなかったようだ。綾瀬は足立区の南の端で、葛飾区と隣接しているわけだけど、足立の独自性が色濃いように思う。とにかく、おもしろい。だけど、もう足しげく通う元気がない。

そうそう味安さんに確認したいことがあって店へ電話をしたら、「本部へ」といわれ電話番号を教えてくれた。「本部」があるとは意外だったが、小さいながらもほかの飲食店や中古車センターなども手掛ける、地場の企業グループなのだ。地場の味わいが出ている。

当ブログ関連
2017/04/16
30年前のままの駅前酒場@綾瀬の短冊メニュー。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2017/04/30-2672.html

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2019/07/02

『現代思想』7月号に「おれの「食の考現学」」を書いた。

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去る6月28日発売の『現代思想』7月号は、「考現学とはなにか」という特集だ。

『現代思想』なんて、学者や研究者が、なんだか小難しそうなことを書いているぐらいのイメージしかなく、10年に1冊ぐらいしか買ったことも読んだこともない雑誌だった。

そういう雑誌の編集さんから、突然メールで原稿の依頼があったのは、4月の中頃だった。考現学特集をやるから、「食の考現学」ということで書いてもらえないかということだった。

え~、おれ、考現学なんか関係ないよ、だいたい「学」なんか縁がないし~と思ったが、編集さんは、おれの仕事を一ファンとして読んでいるというし(社交辞令だったかもしれないが)、大衆食を食べ歩き、採集し、歴史とも関連させていく試みは考現学を思想としてとらえていく方向性ともリンクしているかと考えているとかおっしゃるし、必ずしも今和次郎に言及する必要もなく「遠藤さま流の考現学的なるものを」というし、締め切りまでは一か月以上あるし、じゃあやってみるかという気になってしまった。

最初は、よーし、どうせやるなら「食の考現学」を真正面から論考してみようじゃないかと書きだしたが、たちまち自分の知識の無さに死にそうになり降参、エッセイに切り替え、おれ流の「おれの「食の考現学」」にしたら、割とスラスラ書けた。

これで考現学とリンクしているのかどうか判断がつかないほど、考現学については知識もなく、編集さんに原稿を送ったら、よろこんでもらえた。

まるで暗闇で鼻をつままれた感じだったが、掲載誌をいただいて見たら、諸先生方にまじって、それなりにうまいこと収まっているし、諸先生方が書いたものがすごくおもしろい。そうか、考現学とは、いま、こういうものかと、ガゼン興味がわいたのだった。

何度かこのブログでもふれてきたが、「食」をめっぐては、その言説も含め、ここ十年間ぐらい大きな変化の中にあると感じている。自分の仕事をふりかえりながら、自分の仕事と「食」の「いま」を考える、いい機会になった。

おれの文章は、「はじまり」「「食」と「考現学」の出あい」「料理は生活だ」「大衆食堂のメニューを集める、考える」「主張する個と生活」になっている。

実際のところ、とくにSNSの普及で、「主張する個と生活」は、すごいおもしろいことになっているが、いつものことで計画的に割り振って書いていないから、最後に簡単にまとめ的に書いただけになってしまった。さらに最後は、アジテーションみたいになっている。

とりあえず、そういうことです。

この特集のサブタイトルは、「今和次郎から路上観察学、そして<暮らし>の時代へ」になっている。そう、<暮らし>をめぐって、これからもっといろいろあると思う。目が離せない。

詳しい目次は、こちら青土社のサイトで。
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3308

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2019/07/01

中原蒼二さんが亡くなった。

今日から今年の後半だ。ま、毎日が一年の終わりであり始まりではあるのだが。

ブログをサボっているあいだに、いろいろなことがあった。まず、鎌倉のヒグラシ文庫の主宰者、中原蒼二さんが亡くなったことを書いておこう。

26日朝、メールを開くと、中原さんが20日に亡くなり、誰にも知らせるなという本人の遺志で、すでに葬儀も終わった旨の連絡があった。あとでわかったのだが、荼毘に付されたのは25日のことで、そのあと身近な関係者に知らされたようだ。

おれは、4月13日のヒグラシ文庫8周年記念トークで司会をやることになり、事前にヒグラシ文庫の方と打ち合わせのとき、中原さんは当日欠席になる可能性もあるといわれていた。中原さんは、フェイスブックで、これが人前で話す最後になるだろうと言っていた。

短期の治療のための入退院を繰り返し、だいぶ具合は悪いようだったが、一年も前から「死ぬ、死ぬ」と言っていて、まわりのものには「死ぬ死ぬ詐欺だ」なーんて冗談をいわれていたから、実際のところはどうだろうと思いながら、4月13日は鎌倉の会場へ行った。

中原さんは、やつれた感じはなく、元気そうな姿をあらわした。おれと二人だけになると、「医者に言われた余命が、あと80日になった。もう通院もだめで往診ということになった」と言った。近くで見ると、やつれてはいないが、皮膚は血色はなく蝋色をおびていた。「いよいよか」と思った。

トークの司会は、けっこううまくいって、中原さんにも満足してもらった。打ち上げでは隣に座って、禁止されている酒を飲み、いつものように怪気炎をあげ、とても死ぬ人には見えなかった。

だけど、これでお別れだなというつもりで、飲み、別れた。

中原さんと初めてあったのは、北九州市のPR誌『雲のうえ』5号食堂特集のロケハンのときだった。2007年7月17日から北九州を訪ねたのだが、18日だったと思う。中原さんは北九州市の参与であり、雲のうえの創刊プロデューサーで当時はまだ編集委員をしていた。「雲のうえの創刊プロデューサー」と書いたが、それは北九州市における中原さんプロデュースの一つの業務にすぎなかった。なんといったらよいか北九州市の「都市デザイン」に関わるようなものというか、そういう大きなプロジェクトに参与していたのだ。

それから何かと一緒に飲む機会がふえた。2008年には、彼は住まいを逗子に移し、北九州へは仕事のときだけ出かけるようになっていた。9月の始めに、おれは彼が北九州市で講師をつとめる「まちづくりプロデューサー養成講座」のゲストに招かれ、9月28日には逗子の自宅で中原さんの手料理で、おれの65歳の「高齢者入り」を祝ってもらった。

このブロクから中原さんと一緒だった日をピックアップしリンクを貼ろうとしたが、たくさんありすぎて無理だ。水族館劇場(中原さんはプロデューサー)の公演、北九州角打ち文化研究会関東支部(中原さんが支部長)などの飲み会、三軒茶屋や経堂、とにかく、いろいろなところでよく飲んだ。

しかし、かれのことを書くのは非常に難しい。全貌がつかみにくいこともある。

深夜食堂のオープニング曲は、鈴木常吉さんの「思ひで」であり、そのタイトルのアルバムには、中原さん作詞の「さびしい時には」が収まっている。

この曲と詞の出あいは劇的だった。あのころ、常さんと中原さんとおれは、お互いのブログを覗き歩いていた。おれが中原さんのブログを見ているとき、中原さんが「さびしい時には」の詞をブログにあげた。するとそれを見ていたらしい常さんが、すぐに「曲があります」とか「曲ができました」とか、そのようなコメントをしたのだ。おれが見ている前で、一瞬、という感じだった。

あとで、常さんに、あれは中原さんの詞に、あとで曲をつけたという感じではなくできたように見えたけど、どういうことなのだときいた。すると、あのとき、詞は見ないうちに曲ができあがっていたのだと常さんはいうのだった。常さんの頭の中には、言葉だけじゃなく曲がすんでいるらしい、さすがミュージシャンだとおれは思ったのだった。

中原さんが残した一冊だけの著書、『わが日常茶飯 立ち飲み屋「ヒグラシ文庫」店主の馳走帳』は、去年の6月の発行だった。ほんとうは、ほかのテーマでも、たくさん書けるものを持っていた人だったし、いくつか出版の話があったようだが、実現しなかった。そして、たった一冊だけ残した。それだけに、この本には、中原さんの忸怩と矜持が、たっぷりつまっている。

こうしてデレデレ書いていると切りがない。終わりにしよう。

中原さんは、4月13日のトークのチラシに載っているプロフィールに、このように書いていた。

「ごく若い頃、酒場のカウンターで、隣りあわせになった老人から、名刺を頂戴したことがあった。ずらりと並ぶ誇らしげな肩書には、すべて「元」が付いていた。それで貴方は、と言いかけると、老人の姿は忽然と消えていた」

牧野伊三夫さんが発行人の美術同人誌「四月と十月」に、中原さんは「包丁論」という連載を持っていた。昨年の10月号から始まった連載で、今年の4月号が2回目だった、そのプロフィールにも同じ文があった。

あ~、中原さんらしい、別れの挨拶というか、モノローグというか、これもまた忸怩と矜持のあらわれともいえる。子供のように単純で、複雑な人だった。享年69。

当ブロク関連
ヒグラシ文庫8周年トーク・イベント
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2019/04/index.html

 

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2019/06/22

昨日は間違っていた。

昨夜は寝床に入ってから、掛け算では間違っていると気がついた。割り算でなくては、剰余がでないのだ。

そこが気になって、うつらうつらしながら考えるものだから、よく眠れなかった。

うつらうつらしながら考えたことは、まず、元の方程式「事件÷推理=解決+剰余」に素直に従ってみると、「事件を推理によって解く」となる。これを料理と味覚に置き換えれば、「料理を味覚によって解く」になるから、ひとまず「料理÷味覚=解決+剰余」となる。しかし「解決」に替わる言葉が思いつかない。

とりあえず、「解決」を「味」にしてみると、「料理÷味覚=味+剰余」になる。「生活的」には、これでもよいかな、という感じではあるから、いまは、こうしておこうと思った。

生活度よりグルメ度(趣味度)が高くなるほど、管理や抑圧が強く働き、「剰余」が無くなり、「料理÷味覚=味」の世界になっていく。

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2019/06/21

料理と味覚の楽しみにおける「剰余価値説」を考えてみた。

植草甚一の『こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた』(ちくま文庫」を読んでいると、ついつい料理や味覚のことに関連させて考えてしまうことが多い。

本を味わうには学習をつんで読解力がいるように、料理を味わうにも学習をつんで「味読力」のようなものが必要だ。植草甚一の読解力の核には「論理」があって、これが「味読力」にも応用ができそうな気がして、ついつい考え込んでしまうのだ。

って、この文章の調子も、植草甚一に似てきちゃいそうだが、いま気になっているのは、「事件÷推理=解決+剰余」という方程式だ。

この方程式は、「ラウトリーという偉い牧師も推理小説を読みながら、悪の問題と直面している」という長い見出しで、エリック・ラウトリー『探偵小説のピュリタン的な楽しみ』と権田萬治『宿命の美学』を評しているなかにある。植草甚一の考案ではなく、権田萬治の考案なのだ。

『宿命の美学』は十三年間にわたる評論の集大成であり、その間に権田萬治が「推理小説を楽しむための個人的鉄則として、一つの方程式つくった」、それが、これなのだ。

「この方程式にある<剰余>が問題になってくるのであるが」と植草甚一は、<剰余>が作品の魅力になっている長編推理小説を12編あげている。権田萬治が選べば、その方程式に従って、たんぶこうなるだろうということなのだ。この試みも楽しく面白い。

「ところで」と植草甚一は、「<剰余>がなくなって(事件÷推理=解決)という方程式をつくったのは土屋隆夫なのであるが、よく出来上がった本格派の推理小説を規定したものとして、なまじっかな定義により遙かに明確なので気持ちがいい」と。

そして、「エリック・ラウトリーはどうかというと、<剰余>なしの本格物がすきな人である。すぐれた本格物は読み終わったときカタルシス作用を起こさせるものだ。そのためにまたカタルシス作用を起こさせるような作品が読みたくなってくる」

カンジンなのは、ここからだ。

「ところが<剰余>がある推理小説の場合はカタルシス作用をおこさせないことが多い。割り切った結末がないからだ」

と、このまま引用を終わっては、植草甚一にも権田萬治にも失礼だ。

とにかく権田萬治は、日本の作家と翻訳された推理小説は全部読んでしまった、「一か月に五十冊も読まないとカタがつかないことがあったそうだが、そんなとき推理小説の<剰余>的要素がどんなに面白いものかを繰り返し感じとったにちがいないのだ」

で、おれは、大衆食堂や家庭の料理というのは、割り切った結末がない。特定の管理や抑圧から比較的自由であり、台所を担当する者の意思や気分が働きやすい、きのうの続きであり明日に続く日々の繰り返しだ、そこに<剰余>があるのか生まれるのか、その<剰余>を楽しむものではないかと思った。

「本格的」な専門料理ほど、<剰余>はなく、事件÷推理=解決の方程式にはまる。完結する方程式のうえに成り立っている料理だ。興奮または大興奮するほどのカタルシス作用がある。でなければ、高いカネを払って食べに行かない。

マニュアル化されたチェーン店の場合は、管理と抑圧に従っているから<余剰>は生まれない。想像通りのものを想像通りに食べて終わる。

とまでは考えてみたのだが、事件÷推理=解決の、「事件」や「推理」や「解決」に相当するものは料理の場合どうなるだろうというあたりが解決しない。

「事件」は、「素材」あるいは「食材」でよさそうだ。「推理」を「調理」にした場合、「÷」が、どうもしっくりこない、「×」ならよいかもしれない。「解決」は「料理」では、単純すぎる、「食卓」のほうが「解決」に近いのではないか。

とかとか考えてみると、なかなか面白くて、とまらない。

これを料理と味覚の「剰余価値説」として追求してみよう。「剰余価値説」といえばマルクス経済学だが。「いづみやの煮込みのルサンチマン的な楽しみ」についても、また考えてみたくなった。ああ<剰余>。

当ブログ関連
2007/11/18
大宮いづみやで「ルサンチマンの味」を知る
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2007/11/post_0bf4.html
2016/02/01
開高健『鯨の舌』から、味の言葉。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2016/02/post-3fda.html

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2019/06/19

東京新聞連載「エンテツさんの大衆食堂ランチ」80回目、高円寺・富士川食堂。

20190517

先月5月17日に掲載のものだ。すでに東京新聞のサイトでご覧いただける。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyoguide/gourmet/lunch/CK2019051702000180.html

高円寺は安い大衆的な飲食店が多い街だ。飲食店に限らず、小さな店が共存共栄としのぎの削りあいを生きているようで、いろいろ安く、若い人が暮しやすいとも言われている。だけど、この連載で高円寺の大衆食堂を紹介するのは初めてだ。

昨年、座・高円寺が発行するフリーマガジン「座・高円寺」19号の特集「高円寺定食物語」で文を担当した。取材する食堂の選択やロケハンから関わった。そのときは、富士川食堂は、候補に入っていながら、最終的にはほかの7店が選ばれた。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2018/03/19-cf7a.html

そのあたりはメディアの公共性と個性の打ち出し方のかねあいがある。

Dscn0379 この連載の視点である、「食生活の視点」からすれば、富士川食堂は、はずせない。高円寺駅周辺には、ほかにもはずせない食堂があるが、まずは、ここかなという感じだ。すでにメディア露出も多い。

高円寺へ行ったときには、中休みがないという利便性もあって、けっこう利用している。

今回、初めて「盛合わせ天ぷら定食」を食べた。皿に盛られた天ぷらの、上からは見えないが、一番下にサツマイモの天ぷらがあった。偶然一番下になったのかもしれないが、これが、ポテトチップのように薄い、見事な薄さで、しかも、もちろん、ちゃんとサツマイモの味がするわけで、これがあるかないかで「盛合わせの印象」は、ずいぶん変わるような気がした。

それと、ふた切れのキュウリの糠漬けが、いい味だった。

どちらも「小さい」が定食の中に占める役割は、小さくはないと思い、「けっこう薄い小さい「小役」も力を発揮するものだ」と書いた。ところが、新聞社のほうとしては、「小役」は表記にはなく「子役」になるということで、「子役」に変えられた。「子役」じゃなくて「小役」であるところに意味があるのになあと、担当デスクの方とも話したのだが、ま、おれはナニゴトにもこだわらないほうなので、「子役」でヨシとした。

とにかく、とかく、盛合わせ天ぷらのエビやキスあるいはカボチャやナスのような「大物」が耳目を集めやすいが、「盛合わせ」の豊かさは、それだけで語られるものではない。なんだか「社会」や「コミュニティ」と似ている。小さな商店が集まった高円寺の魅力も、似たようなことがいえる。社会は盛合わせなのだ。  

この日は、暑くて、食堂のおやじは今日は天ぷらがよく出ると言っていた。おれの隣では、若い、髪の毛のスタイルをなんて呼ぶのか、細かく分けて編んでピンでとめた若者が、ビシッと背筋をのばして食事をしていた。その向こうでは、高齢のおやじがカウンターに両肘をついてだらしなく食っていた。しばらくして若い夫妻が入ってきた。みな馴染み客のようで、食堂のおやじの愛想がよかった。おやじは、腰を痛めていて(この商売の職業病みたいなものだが)、それをかばうように動いていた。

Dscn0376

 

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