2021/01/11

野良の芸術2021「天空と大地」。

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昨日朝パソコンに向かったら、猪瀬さんからメッセージが届いていた。

8日から今日まで開催の、野良の芸術2021「天空と大地」というイベントを知らせるものだった。

猪瀬さんは、9日にすでに終えている「見沼田んぼの土壌と地下に眠る土層について各分野の専門家が語り合う」という企画に登壇したという。プログラムによると、「世界小屋会議」といわれるもので、登壇者は、猪瀬浩平(明治学院大学教授)、安孫子昭二(考古学)、森山哲和(考古造形研究所)のみなさん。

これは聴きたかったなあ。残念。

タイトルからして惹かれるイベントではないか。「野良」も「天空」も「大地」も、いいじゃないか。

さらに、会場が見沼たんぼの「加田屋田んぼ」ってのも、いい。ただちに、行くことにした。

大宮からのバスを調べ、会場に着く時間を猪瀬さんに連絡。しばらくお会いしてないから、会場で会えるとうれしい。

昨日のプログラムは、9時から「燻炭焼き」「凧づくりワークショップ」、13時から「100mの凧揚げ」と「演奏パフォーマンス」、15時から映像作品「土の亀裂」、17時から「煙スクリーンで見るアート展」だ。

会場に近いバス停「締切橋」にバスが着く前、展望が開けた見沼たんぼに、連凧が2連、ゆらゆら揚がっているのが見えた。それだけで、わくわくした。

12時少し前に着いた。そうそう、大宮でバスに乗る前、コンビニでにぎりめしとパンと缶ビールを買った。昨日は、よく晴れていたからね、ビールは必需だ。

田んぼの中に、野良の芸術2021「天空と大地」の看板。かっこいい。

そのあたりは、埼玉県の「見沼田圃体験水田」になっているらしく看板が立っていた。

田んぼは水をぬいて乾いている。そこが会場で、田んぼの土の上を動き回るまわる格好だ。

テントのステージや、丸太や板をわたしたベンチがあったり、竹で作った大きなオブジェが2つ。いくつものもみの山の煙突から煙が吹いている。これが「燻炭焼き」というやつだ。

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100mの凧揚げは、2人の方がひとつずつ揚げている。そちらへ歩く。聞くと、100mに100個の凧が連なっているのだそうだ。ひとつはすでに全部揚がっていて、もうひとつは6枚ほどの残りが糸に連なって送り出されているところだった。

風が強く、2つの連なる凧は、離れているのに交差しそうになる、それをうまく操る。

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「糸を持ってみなさい、強く引っ張られますよ」といわれたので、糸を持つ。引っ張られて、糸が指にくいこみそうになる。大気の手ごたえ。凧は、見えない大気を見える化するのだな。痛いからすぐもどす。揚げる人は軍手をしているわけだ。

連凧を見ていると飽きない。天空に持っていかれるようだ。

オブジェのそばに移動する。オブジェと連凧と大地と天空が絵になっている。なんだか力が湧く。

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燻炭焼きのもみをスコップで返している人がいた。おれより少し若いぐらいか。その姿が絵になっている。写真を撮ろうしていると、若い人が近づいてきて「燻炭おじさん」と声をかけた。

かっこいい、絵になる「見沼の燻炭おいじさん」。知る人ぞ知る人らしい。

長年の労働が、その絵になる姿をつくったのだろうか。

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もみがらは燃やして土に混ぜると、中和作用があるし、土の中の水や空気の調整機能になる、といった話を燻炭おじさんに聞く。

テントの前に行くと、近くでは凧づくりのワークショップをやっていて、親子連れや連れだった若い人たちが凧をつくっていた。作り方を教えているのは、やはりおれぐらいの齢の人だ。

燻炭おじさんも凧づくりおじさんも、地元の農家(をいまはやっているかどうか知らないが)の方らしい。

テントの前の丸太に座って、にぎりめしを食べビールを飲む。風下なので、強い北風に煽られた煙が昇ることができず地を這って漂う。おれは燻製、なんだかいい匂いだ。

あらためて、燻炭焼きやオブジェや連凧が大地や天空と交わる絵を眺める。かっこいい。

ビールを飲んだせいもあるが、気がつくと、すごく寒い。面白そうと急いで家を出たので、防寒のことをよく考えずに来てしまった。

猪瀬さんが来るはずだから待っていようと思うが、いったん寒いと思ったら、どんどん寒くてたまらなくなる。

寒くてたまらん。立ち上がってまたウロウロする。

テントの後ろに、大きな土のかたまりがあった。「土層」の展示品らしい。説明のパネルによると、見沼田んぼや大宮台地の遺跡発掘現場から「接状剥離法」という保存技術で採取されたものだ。

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てっぺんに巻尺があったので、天地を測ってみたら、120センチほど。

土層に付けられた説明タグを見ると、下から40センチぐらいが、旧石器時代の関東ローム層だ。

その上から現在の表土まで、黒っぽい土が約80センチ。くっきり色が違う。

一番上の表土層約10センチ、その下の耕土層が約22センチ。ここまでが、農耕の層ということになるのかな。

その下に黒ぼく土層、その下に縄文文化層というぐあいだった。

旧石器時代の終わりが1万6千年ほど前ぐらいらしいから、このおれたちの食生活を支える80センチほどの土壌は、1万6千年かかって出来上がったという計算になる。1センチできるのに何年だ。200年?

自然にできたものではなく、人間の手が入っている。人間の手が入っているから続いてきた土壌。

現代は、どんどん手抜き状態になっている。

少し前、このブログで紹介した、『スペクテイター』最新号「土のがっこう」に書いてあったことを思い出した。
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2020/12/post-c65d23.html

身体は、冷える一方で、もう限界だった。老人は、がまんできない。かっこわるい。

演奏が始まっていた会場を離れ、13時半頃のバスに乗り、大宮へ。

大宮に着いてガラケーを見たら、猪瀬さんから電話が入っていた。電話をして、ごめんなさい、寒くて。

だけど、とにかく、すっごく元気が出た。いいイベントだった。

そのままいづみやへ入っちゃいそうだったが、グッとこらえて、夕飯の買い物をして帰宅。

しかし、どうして、「天」のあとに「国」をつけて「天国」にし、「地」には「獄」を与え「地獄」にしたのだ。とんでもないことだ。どうも「上」ばかりをありがたがるのは、大きな間違いのもとだ。

今日もまた、歩き回った田んぼの土の感触を忘れないように、噛みしめている。

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2020/12/21

想像以上にデカイ広い、また何度も行きたい渡良瀬遊水地。

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先週の15日火曜日、初めて渡良瀬遊水地へ行った。いいぐあいに、想像を裏切られた。

ほんとうのことをいうと舐めていた。

だいたい、渡良瀬遊水地といえば、足尾銅山鉱毒事件と田中正造と谷中村というあたりの知識が断片的にあるていどだった。この件については、自民党の指導的立場の連中の新型コロナやパンデミックに対する態度や知識を笑えないぐらい、お粗末だった。だからといって、首相だから会食OKよ、議員だから忘年会OKよ、とか、マスクも正しくできない麻生のように、あからさまに舐めた態度はとらんけどな。やつらは無知なのに学ぼうともしてない。

そんなに期待していなかった。

15日の朝になって、行ったことがなく、人混みを避けて行けるところと考えて、浮上したのが渡良瀬遊水地だった。

検索したら、うちから1時間ちょっとで行ける。なんだ、チョイと行ってみようか、と気軽に出かけた。コンビニで、食べ物と飲み物を調達。

宇都宮線の人混みの東京方面と反対、下りで栗橋。東武日光線に乗り換え二つ目の柳生駅で降りた。

ただでさえ、広く平らな関東平野。ガランとした駅、駅前、「密」とは無縁な「疎」。肉屋があるだけ。一軒あるだけの店が肉屋、というのが面白い。惣菜も売っている。ほかは、かつては何かの店だったスペースを駐輪場にしている建物が3軒ほど。

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畑地の中に家がある。道路がある。歩くこと10数分。遊水地の土手が見えた。

日本海を渡り押し寄せる今季初の寒気の波の先端が、上越国境を越え、吹きまくっていた。遮るものがない、吹き放題だ。

土手の葦が、「風にそよぐ葦」なんてもんじゃなく、北風に叩きつけられ、耐えている。

土手を上る。見えた。

「え~っ、こんなにデカイのか」

すまん、渡良瀬遊水地、ただデカイだけじゃなかった。

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2019/08/29

根府川、早川-小田原漁港。

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東海道線根府川駅は、近頃「ホームから海が見える」ということで売り出しているようだ。熱海や伊豆方面に行くとき、車窓から見える景色が印象に残っているから、じゃあ行ってみるかと出かけた。

ここ東大宮からは熱海行の直通があるので、乗り換えなしで行ける。10時16分発の電車に乗り、約2時間、飲み食いしているうちに着いた。

出かける前から、根府川からの帰りは、一つ手前の早川で降りて小田原漁港へも行ってみるつもりだった。小田原漁港へは、以前に行ったことがあり、早川駅から漁港までの途中にあった食堂や魚屋も健在かどうか気になる。

あいにくの曇天で、海は曇り空に溶け込んでしまったような、少し残念な眺めだった。めったに海を見ない埼玉県人としては、単純に「青い海」を期待しているのだ。

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根府川駅のある場所は、平地がなく、駅舎は崖の中腹にある。周辺には、休憩できる飲食店もない。そこから海岸線まで降りてみようかと思ったが、地図で確かめると、かなり遠回りしなくてはならない。この天気では、そこまでやることはないだろう、早川へ行けば海岸線を歩ける。1時間も滞在しないで、上り電車で一駅引き返した。

この前早川駅に降り立ったのは、2006年4月25日だった。と、このブログを調べてわかった。前日に牧野伊三夫さんに誘われ、横須賀での「風呂会」に参加し(そこで初めて瀬尾幸子さんに紹介された)、銭湯のちよく飲み泥酔し、おれだけ当時北鎌倉にあった牧野さん宅に泊まり、翌朝まっすぐ帰宅するつもりが、途中で気分が変わり、早川の小田原漁港のあと熱海まで行って温泉に入り帰宅するということをやった。
2006/04/26
横須賀風呂会泥酔鎌倉泊熱海よれよれ中野の夜
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2006/04/post_546b.html

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早川駅は、そのときとまったく同じ佇まいだった。食堂、名前を忘れていたが「青木食堂」も、10年以上の歳月を感じさせな佇まいで、健在だった。その筋向いの魚屋「うおよし」も、そのまま、あった。

うおよしの店頭のアジが、前回は午前中だったから、全身の鱗が金色に光っている状態でたくさんあったが、今回は午後のせいかその量は少なく、それでもゼイゴにそって金色の光が残っていた。それだけでも、東大宮の近所のスーパーのアジでは見られない輝きだ。

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青木食堂に入った。今回気がついたが、ここは洋食中心で、魚料理が食べたいと思っても刺身定食しかないのだった。すじ向かいのうおよしには、焼魚で食べたらうまそうな魚が並んでいるのに、たぶん食堂の客は近隣や漁港関係の人たちばかりで、となれば、魚より洋食なのだろう。

あまり腹も空いていないから、2人で刺身定食2人前はいらない、刺身定食一人前に刺身単品一人前にし、ビールを頼んだ。

刺身は、定食も単品も同じものだった。アジとマグロで、さすがに、アジは新鮮すぎるほど新鮮だった。

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腹ごなしに、漁港と周辺を歩いた。朝早く出かけたであろう、釣り客を乗せた船が帰港する時間のようで、けっこうにぎわっていた。

漁港の周辺には、蒲鉾づくりの店や、ひものづくりの店があり販売もしている。アジやイワシなどを店頭で干している店もある。

ここ埼玉にはない漁港の空気をたっぷり吸って帰って来た。

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2018/08/18

ぶらっと通俗的な温泉散歩。

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きのうのこと。朝8時半ごろ、思い立って、どこかへ行こうということになった。といっても、いつものように、手軽に楽しめる大衆食堂のような日帰り小旅だ。スペシャルでなくていい、ベストでなくていい、緑が多く涼しく爽やかで、温泉に入って何か食べられる食堂があれば、いい気分になれる。とても普通で通俗的な願いだし、通俗がいいのですね。

そういうときはたいがいここから行きやすい、日光の戦場ヶ原から湯元のあたりへ行くのだが、まだ混雑にちがいない。ネットで調べて、同じ方面だが少し違う、湯西川温泉へ行くことにした。

その駅は何度か通ったことがあるが、トンネルの中にホームがあって、トンネルの先はすぐ五十里ダム湖の鉄橋になっていることを知っていた。忘れていたが、一度は降りてみたい駅だった。

湯西川温泉は、そこからバスに乗って奥へ行くのだが、いまから出かけてそこまで日帰りは余裕がない。ところが、湯西川温泉駅のそばに日帰り温泉浴場があるとわかった、道の駅もあるから、温泉に入って何か食べることもできる。

電車を調べたら、10時18分東大宮発の下りに乗るのが都合がよいとわかった。栗橋で東武線に乗り換え、さらに下今市で乗り換え東武線から野岩鉄道を経由して、12時44分に湯西川温泉駅に着くのだ。

10時18分より10分ほど前の電車に乗った。これがよかった。栗橋の乗り換えで20分ほど余裕があったので、早速駅の売店でにぎりめしと缶ビールを買って、ベンチに腰掛けプシュッとやる。まあ、これが通俗的な楽しみの一つのわけで。

電車は、まだ混んでいたが、うまいぐあいに座れた。車窓の眺めは、関東平野。実りが一杯の田畑のあいだに、太陽光発電のパネルが、ずいぶん設置されている。

途中はとばそう。湯西川温泉駅のホームに降り立ったら、「寒い!」。ここは標高600メートル弱。それにきのうは、連日の真夏日が途切れ、下界でもいくらか涼しかったからか。

地上に出るには、エレベーターがあったが、散歩に来たのだから歩いて階段をのぼる。トンネルのホームから階段をのぼって地上に出る駅は、以前に上越線土合駅を何度か利用した。東京から谷川岳に登るために土合駅を利用すると、この階段がキツイ。たしか何百段かあるのだ。10年ちょっと前にも行ったが、もうあそこは登れないと思いながら、あの階段の何分の一しかないのに、息を切らして地上に出る。

出ると、なんと、駅舎に接続して道の駅があるのだ。二階が温泉浴場になっている。これはいい。地上は、さすがに寒い感じはないが、肌が冷たいぐらいの涼しさ。

少し歩いて汗をかいて風呂に入ろう。いい空気の中を歩きたい、前はダム湖が広がっているし、遊歩道があるだろう。と思ったがない。それどころか道の駅の前の道路は、どちらに向かってもすぐトンネルになっている。

ここは、もぐらが狭い空き地に頭を出したようなぐあいなのだ。

それでもと思って、クルマの通りが多い道路を横断し、ダムに近づいてみようとするが、無理だった。見えているダムを渡る橋の途中まで行けたらいいのになあと思いながら、湯西川温泉駅ホームのトンネルを出るとすぐある鉄橋を上から写真に撮る。まあ、これでもいいいではないか。芸術にはベストがなく、いつだってベターであるように、風景にもベストはない、ベターを楽しむのさ。味覚もそうだね、ベストは幻想。なーんて。ダム湖は、上流で雨が降ったようで、濁った水が流れ込んでいた。

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クルマやバイクが途切れない歩道のない道路は、通俗的ではないから歩く気はしない。じゃ、風呂に入ろう。道の駅の売店を通俗的に冷やかして、2階の温泉へ。入湯料510円。ダムが見える側に広い畳の休憩室があり、若者たちがゴロゴロしている。いいねえ、畳でゴロゴロなんて、通俗的で素晴らしいが、なかなかやれなくなったな。

室内に大きな湯船、外の湯船は半分ぐらい。白濁は少々で硫黄のにおいも少々。いい湯だ。これがいいんだな、あとのビールが楽しみだ。畳で少しだけゴロゴロ。ゴロゴロしているのは若者ばかり。ここは飲食禁止なのだ。

下におりて、食堂へ。カレーライス以外は、うどんそばメニュー。ま、高めですね、仕方ないか、これ通俗というものだ。冷したぬきそば700円とビール。ビールが缶ビールのレギュラーしかない、300円。ちょっと通俗的すぎやしないかと思ったが、もちろん飲んだ。風呂上がりの一杯の通俗的なよろこびを、300円で捨てるわけにはいかない。うまいねえ。

冷したぬきそばのツユが、あまじょっぱく濃くて、栃木の山奥に来たなあと、通俗的に実感しながら、残りツユに浮かぶ天玉をもったいないからすすろうとするが、ツユが濃くてすすりきれず、通俗的に未練を残した。

食べ終わったら、1時間に一本の電車が10分後に出る、電車に乗ってどこかで途中下車しようと思ったが、行きたいところが咄嗟に浮かばない、とりあえず下今市まで買って乗った。乗ってからすぐ龍王峡についた、そうだ龍王峡はまだ行ったことがない、ここで途中下車と思ったが、下今市まで切符を買ってしまった、通俗的にもったいない。しかも、乗った電車が東武日光行きなのだ、下今市から上りにならないで日光へ下る、ほとんどの客は上りの人たちで降りてしまった。おれたちは、成り行きまかせで、通俗の観光地日光へ。

東武日光駅に着いたら、駅の売店やらがオシャレに、通俗度が高くなっている。大勢の外国人観光客がうろうろ。なんのあてもない、何度も歩いたことがある、日光の街を歩いて見るか。駅前広場から通りに出たら、景色が変わっている。なんだ、なんだ、この映画のセットのような景色は、すごい通俗的だぞ。

道路は両側の歩道が拡張され、セットバックして建て替えられたらしい建物は、みんなピッカピカの江戸風というのかな、軽いあれです。電線などは埋設してあるから、眺めのよいこと、正面には男体山がデーンと。ほんと、映画のセットのような通俗的な景色。

その道を、金谷ホテルがある方へ向かって、ぶらぶら歩く。夕方だから駅へ向かって向こうから来る人のほうが多い。いろいろな人種がいる。おれたちは、変わる街並と人並みの中を歩きながら、以前に入ったことがある、まったく江戸風化してない餃子とラーメンの店を見つけ、よろこぶ。

金谷ホテルまで半分以上は歩いたあたりで、とくにそこへ行きたいわけじゃないから、引き返す。連れが通俗的な土産物屋で通俗的な土産物を買うというので、上の食堂で生ビールでも飲んで待とうと思ったが、中生700円の値段を見てやめて、通りのベンチに腰掛け、行き交う人たちを眺める。このあたり、東武日光駅の売店以外、缶ビールを普通の値段で売っているところがない。おれは普通の通俗がいいのに。

帰りは、来る時と同じ東武線ではツマラナイ、通俗的なJRに乗って宇都宮へ出て宇都宮線で帰るのだ。JR日光駅は、昔のままの建物だ。始発だから空いていると思って座った座席は、発車近くにドカドカドカと入ってきた外国人客で埋まった。イタリア語、ポルトガル語ほかがとびかう。

宇都宮線に乗ると、普通の通勤客の景色になった。普通乗車券のみでデレデレダラダラ、湯西川温泉駅でもぐらがちょこっと地上に顔を出したようにして遊んで帰ってきたのだが、大衆食堂でめしを食べたあとのように気分がよいのだった。

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