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2003/02/07

食事文化の崩壊

このところ1970年代の「グルメ前夜」あたりで話がころがっている。「転換点」なのか「変革期」なのか、有史以来の「日本料理」がガタガタ大騒ぎになる時代で、その源をたどると、西暦700年ごろまでさかのぼることができて、とても面白い。でも、その話は先のことにして、まずは「食事」のことである。

昨日の最後に『庖丁文化論』からの引用として「家庭料理を料理屋料理に隷属させる食事文化の形態を打ちこわして」とあって「食事文化」なる言葉が登場するが、江原さんは料理人だったからだろうか、実際は「食事文化」というよりは「料理文化」を中心に語ることが多かった。

しかし食事文化の崩壊が、もっとも深刻で、食事について考えることがなくなり、食事がどうでもよくなってしまえば、料理なんてどうでもよくなる、という構造のなかで「グルメ」が誕生したともいえる。

そのもっとも特徴的な現象として「単品グルメ」をあげることができる。フラメシ、イタメシ、エスニック、あるいはラーメン、カレー・ライス、さぬきうどん、そば、おでん……というぐあいで、そのグルメをいくらほじくりまわしても、その分野のグルメ・リーダーらしきひとの発言を見てもわかると思うが、ご当人たちの「食事観」らしきものが、まるで見えてこないところに特徴がある。そのかわり、「わたしは○○好き」で「週に○○回は食べる」とか「○○軒食べて歩いた」という声がきこえるだけなのだ。

本当は、食事ぬきのグルメなど、あろうはずはないのだが。別の言い方をすれば、いま比較的まっとうな食事時間というと、おそらく昼食ぐらいだろう、朝飯も夕飯も成り行き次第。そういう事態のなかでグルメは進行してきた。

グルメの時代の入口の80年ごろ。世田谷区の馬事公苑の入口近くに「ロイヤルホスト」という24時間営業のファミレスができた。朝食の時間になると、子供を私立学校に通わせているような中流市民的家庭の奥様が、登校前の子供を連れて一緒に朝食をし、そこのサンドイッチなどを子供の弁当に持たせるということがファッションになり話題になった。近所の私立学校では校長先生が父母会で「どうか、そういうことはやめてください」と頭を下げる場面もあった。だが、そんなことに耳を傾ける奥様の時代ではなくなりつつあった。それは「家庭料理を料理屋料理に隷属させる食事文化の形態」の結果でもあるといえるのだ。

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