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2003/02/20

漢字とひらがなとカタカナ

きのうの日記の永山さんは「アイデンティティ」という言葉を使っている。これは一般的に使われるようになったのは比較的新しい。おそらく「CI」つまり「コーポレート・アイデンティティ」の流行の影響だと思われるから、1980年代以後だろう。

1970年代前半は、企画屋の世界でも一般的ではなかった。71年に『DECOMAS(デコマス)―経営戦略としてのデザイン統合』という本がでて、この「デコマス」がのちにCIといわれるようになるのだが、その本で「アイデンティティ」という言葉を知ったような記憶がある。70年代後半は、マーケティングや広告の専門誌ではよく話題になっていたが、一般のビジネス雑誌で話題になるのは80年代になってからだ。

まえにこの日記のどこかで書いたと思うが、70年代は「イメージの時代」のはじまりだった。日本経済新聞社が「企業イメージ」を言いだしたのも70年代前半である。そして「企業イメージ戦略」と「デコマス」は同義につかわれ、またCIにおいても同様な傾向で流行した。その結果「見てくれのアイデンティティ」がアイデンティティであると誤解された理解が普及することになった。

「アイデンティティ」は言葉としても概念としても、日本人になじみのうすい言葉で、いまでも正確に使われているとはいえない。その言葉を永山さんは使って「魚の骨を箸で上手にとって食べるのは、日本人ならではの食文化で、日本人のアイデンティティーともなっている」と言ったのである。

漢字とひらがなとカタカナ、最近は横文字日本語も使って、日本人は自らを語る。そこにまさに、日本人のアイデンティティがあるのではないだろうか。なんの気なしに「和洋中料理」という、そして「和」が伝統であると思う。しかし、かくも「和洋中」が簡単に普及する背景の一つの、一つだが、かなり根本的なところで、おれたちは漢字もひらがなもカタカナも、そして必要とあらば横文字日本語まで使って考え行動し、自分自身を説明する「民族」であるということが関係しているのではないか、と考えてみてもよいのではないかと思う。「和」が伝統なのではなく、「和洋中」という概念と実態をつくってしまうことこそ伝統なのだと考えてみてもいい。

とにかく、70年代中ごろには、「カタカナ」か「横文字」じゃないと売れないという、信じられないイメージの時代になっていた。

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