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2003/03/26

どんどこどんどこ四條流

続き。ま、というわけで、「四條流」は必ずしも日本料理の主流というわけではないし、「四條流」だから「四條家」だか「四條司家」が特別な位置を占めていたという根拠はない。煩雑になるので詳しい説明はしないが「四條流の総本家は高橋家」という説もあったし、近年は石井家が四條流継承者として活躍した。そしていまや、四條流、進士流、生間(いかま)流、大草流、四條園部流、四條園流、四條真流、生心流……、どれだけあるのだろうか。かつて江原恵さんは『庖丁文化論』で「こころみに、そういう人たちに向かって、あなたの流派に何か独特の料理でもあるのか、……問うてみよう。しかし答えは何も返ってこない」と述べた。

が、これら料理流派は、原田信男さんの指摘に立ち返れば、「儀式料理」である。「権力者集団の食事」に関わることなのだ。で、そこで「本膳料理という優れた料理様式を成立せしめ」たし、それは「懐石料理のような単に楽しみを目的とした飲食とは異なり、基本的には大なり小なり儀礼のためのもので、伝統や吉凶を重視することから、実に細かな約束事が多いが、そこには逆に日本料理が、長い年月をかけて積み上げてきた知識や技術および価値観が、如実に反映されている。いわば歴史的格式が高いところから、懐石料理が発達した江戸時代においても、幕府や諸大名レベルでは、こうした作法にこだわる必要があった」

それが、武家屋敷や江戸城の奥だけのことで、近代に時代の変化に応じた発展をとげたのなら、それはフツウのことだからよい。しかし、アサヒグラフのように、そうではない。

ホテルの料理人の肩書に「ナントカ流師範」とついているとありがたがるひともいる。それよりなにより、それら流派が国家レベルのものであったがゆえに、その機構を通して、あるいは権威をもって普及し、知らずしらずのうちに人びとに滲みこんだ「食事観」や「味覚観」がある。そのワザワイが問題なのだ。

たとえば、先の原田さんは「懐石料理のような単に楽しみを目的とした飲食とは異なり」とサラリ言っているが、食事を楽しむ文化が育たなかったのは、それと関係するだろう。つい近年まで食事といえばお父さんは上座に座って、みんなで黙って食べるものだとシツケられた。また味覚における「素材主義」あるいはドコドコ産だからウマイとする「観念的味覚」など、いろいろなところにワル影響を残している。ドハッ文字制限

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