「酒とつまみ」3号の販売
ちょっと連夜の還暦祝酒づかりで、へばっていますで。
またあらためて書きますですが、とりあえず告知。
「酒とつまみ」最新号3号を、古本じゃないですが、1日からの早稲田青空古本祭で「古書現世」が販売します。みなさま是非買ってくださいな。おもしろいよ~。
2003 18回 早稲田青空古本祭。
開催期間は10月1日~6日、10時~7時、雨天決行。
場所、早大文学部前の穴八幡宮境内。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
ちょっと連夜の還暦祝酒づかりで、へばっていますで。
またあらためて書きますですが、とりあえず告知。
「酒とつまみ」最新号3号を、古本じゃないですが、1日からの早稲田青空古本祭で「古書現世」が販売します。みなさま是非買ってくださいな。おもしろいよ~。
2003 18回 早稲田青空古本祭。
開催期間は10月1日~6日、10時~7時、雨天決行。
場所、早大文学部前の穴八幡宮境内。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
住んでいる北浦和駅西口ちかく、ホームから見えるところに、インド料理の「チャップ チャップ(chap chap ?)」がある。カウンターが主な小さな店で、大宮のほうの支店らしい。
ときどき食べに行くのだが、マネジャーはインド人で、食べ終わった器を下げたり勘定のときに、よく「味はどうでしたか」と聞く。そこで、こちらもイロイロ言う。値段も普通で、普通にうまいから、とくに文句はないのだが、聞かれれば言うことはある。ときには、ああでもないこうでもない、このあいだはカレーが二品セットになったものを食べたのだが、この二品のセットの仕方はおかしい、こうしたほうがよい、などと話す。
しかし、聞かれたときに、「うまかったよ」ですませた方が無難と思うこともある。なにしろこういうときは、味の表現を、ここのところはこうしたほうがよいと具体的にいわなくてはならないし、話し出してから言葉の選択に迷い詰ってしまうことがあるからだ。
相手のインド人は日本語はけっこうできるし、飲み込みもはやいが、日本人のようなわけにはいかない。こちらも味の表現については、それほど正確に上手ではないということを、そういう場面では自覚せざるを得ないことがあるし、本に書いてあるとくに文士の文学的表現やソムリエ流の表現などまったく役に立たない、なんだかときどきガイコクジン同士で話しているような気分になる。
で、とにかく思うのだが、そのような話ができる店は少ない。ま、たいがい日本人の店は、自分のとこのものは文句をいわずに食べろという姿勢だ。もっとこういう機会があってよいと思うね、そしたら味覚や味覚の表現は、もっと豊になると思う。フランスやイタリアから来たコックごときにシェフ面されて、「日本人は味に注文をつけないから楽でいい」などとなめられないですむかも知れない。
今夜のサンマの焼き加減はどうしましょうか? レアに焼いて皮だけパリパリに仕上げてね。塩は食塩にしてね、モンゴル産岩塩はダメよ。ナーンテ、大衆食堂でやれるはずないか……。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
昨夜、初めての読者の方から、六本木食堂へ行ったメールなどいただき、ちょっとよい話なのでサイトに掲載したいと思っています。
ので、いろいろあって、日記は休み。
六本木食堂は、すでに当サイトに掲載してあるのですが、営業時間が短いのと、六本木などへはめったに行かないもので、最近の様子はまるでわからなかったのですが、まだ細々とでも営業し、しかも以前のままのよい内容のようです。
とにかく細々でも続いていると、大衆食堂は存在するだけでありがたいものだと、つくづく思いましたです。
今日中にアップするつもりですので、ぜひ、ご覧ください。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
大雑把な言い方だが、1960年代に「食通の時代」は終り80年代に「グルメの時代」が始まったということができる。つまり70年代は転換期ということになるのだが。
その「食通の時代」と「グルメの時代」のいちばんの違いは「質の探求」より、何軒食い倒したという「量の凌駕」が不可欠のテーマになったことである。
世界を、全国を、食べ歩いた、何軒食い倒した……といったぐあいに。そして、そのような「量の凌駕の時代」をリードしたのが男である点にも特徴がある。整理すると、グルメの時代は男がする量の凌駕が特徴である、といえるだろう。
また食通は「食い倒れ」であったが、グルメは「食い倒し」であるともいえる。「男の食い倒し自慢」がグルメのきわだった特徴なのだ。もちろん、それは生活の必然としてアチコチで食べてしまうというのではない、レジャーあるいはホビーとしてワザワザ目標としての食い倒し量の追求である。
グルメを「食通の大衆化」と見る向きもあるし、そういう一面もあるが、けっして単なる大衆化ではないのは、こういうことだからだね。
食通の時代にしても、それが勃興する江戸後期と戦後では、その質は変わっている。しかし「通文化」という質は少なくとも継続された。であるがゆえに、「食い倒れ」があったのである。グルメが「食通の大衆化」なら、その継続が見られなくてはならないだろう、しかしそもそもグルメたちは食通の歴史など無関心である。グルメは食通ではない。
食通もグルメも、ゆがんだ人間の精神の露呈であり、不健康な嫌味な存在であるには違いないし、それはまた人間というおかしな存在につきまとうものだとは思うが。それにしても「食い倒し」とは質が低すぎはしないか。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
前の8月7日に、佐藤隆介氏の「そもそもコロッケはジャガイモで作るものと思うほうが、私にいわせれば間違いである。本来は安上がりの庶民のおかずどころではなく、非常に手の込んだ本式フランス料理の一品なのだ」を引用している。
ひとがつくる料理に対して、「あれは間違いだ」「あんなものは料理とは言えない」というふうなことをいう。なぜか、料理人や食関係のライターに多い。
「本格」「本家」「元祖」などをあがめたてまつる。かつて家父長制の時代に、家長や長男が「本家」や「先祖」を祭ることで、自分の威光をしらしめたようなアンバイだ。
手の込んだものほどよく、簡単なものは「あんなものは料理とは言えない」という。たしかに、じつにわかりやすい。見た目にわかりやすいからで、かつて「本家」や「先祖」を祭るものが、見栄をはり派手に飾り立て、細かい作法をさだめることで、自分の威光をしらしめたようなアンバイだ。
いずれにせよ、ウマイマズイとは関係のないことである。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
「すいとん」というと、戦後の食糧難の時代の代用食と覚えているひとが多いはずだ。たとえば、スイトンを語るときは、「戦時中の食糧不足を補う代用食としてごはん代わりに食べさせられた」といったりするのが普通なんだなあ。
スイトンを食べて戦後の苦しかった時代を思い出して、贅沢をつつしみましょう、ってな感じのイベントもあるし。
それが惰性になっている。ま、おれも、長いあいだ、スイトンなんてのは、どん底食糧難のときか、どん底貧乏人が食べるものだと思っていたわ。このことの意味は大きく重い。いつどうして、そのような認識が普通になったのか。
このことの意味を、一つあげると、いまの戦後の日本人のあいだには、贅沢か節約、美食か粗食という両極端の認識法しかなく、スタンダードつまり標準な認識がだね、ナイということなのだ。ウマイマズイをいうが、標準がない、普通のうまさがはっきりしてない、でもウマイマズイをいう。
それから、もう一つあげると、スタンダードつまり標準な普通の歴史認識が欠落しているってことだね。でも、自分たちの食の歴史については、あたかも自明のようなウンチクがはびこっている。
めんどうな言い回しは、やめよう。スイトンは、江戸後期には振り売りのスイトン売りがいたほど、普通の庶民の食べ物だった。もちろん、食糧難かどうかに関係なく、スイトンを食べ続けていた地域もある。それがいつどうして、「貧乏食」のようにいわれるようになったかは、じつに興味のあることだ。
とにかく、スイトンを貧乏食とみるような頭、たぶん偏見の一種だと思うが、そんな頭で日本食の歴史や味覚を語っても、根本のところで、おかしいってことさ。惰性ってのはいいものだけど、どうも惰性のままの知ったかぶりはいかんねえ。
ううううう、王子の大衆酒場・大久保のスイトンを思い出してしまった。くいてえ~。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
ま、それで軍鶏鍋屋は、長谷川平蔵が火付盗賊改方に就任する天明7年(1787)のころ、江戸後期には、「下賎」の者が多かった本所や深川あたりの街に見られたらしい。「下賎」の者とは肉体労働者ってことのわけだが。
だから、実在の長谷川平蔵をモデルにした池波正太郎さんの代表作『鬼平犯科帳』には、本所二ツ目、いまの両国のへんになるが、そこの軍鶏鍋屋「五鉄」が安い旨い酒と料理を食べさせる店として、ひんぱんに群を抜いて数多く登場し、それが土地や季節の情景になっている。
文春文庫版8巻の「明神の次郎吉」では。
つぎに、軍鶏の臓物の鍋が出た。
新鮮な臓物を、初夏のころから出まわる新牛蒡のササガキといっしょに、出汁で煮ながら食べる。熱いのを、ふうふういいながら汗をぬぐいぬぐい食べるのは、夏の快味であった。
という具合、で、これを盗賊の次郎吉が、「うう……こいつはどうも、たまらなく、もったいない」と言いながら大喜びで食べる。
とにかく、「夏の快味」という表現、いいねえ~。
この牛蒡のササガキに出汁を使う鍋の作り方は、たぶん池波さんの創作で、当時の料理の詳しいことはわからない。とにかく内臓まで食べていたらしい。池波さんの別の小説『剣客商売』では、料理屋ではないが、水炊きのようにして食べる場面がある。
いまの両国には、この鬼平の時代のころに創業の軍鶏鍋屋があって、そのうちの一軒は、「五鉄」のモデルとのウワサがあるようだが、池波さんは生前はっきり否定している。
いいじゃないか。よろこばれる「快味」でありさえすれば、いいのだし、本家だの元祖だのより、そのことが大事だと思うね。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
しかしあんだね、15日の日記に書いた江戸っ子食彩記のネタのうち、天ぷら、うなぎ、軍鶏、深川丼は、いずれも当初は下賎の食べ物といわれていて、蕎麦もすしもそうだった。
「下賎」という言葉自体シャラクセエが、いまじゃさすがに「下賎」なんて言葉を使わないが、「下品」とは平気でいうし、おれなんかよく「下品」といわれる。そのように食べ物を、それを食べるひとを下賎だの下品だのという根性は、なかなかなおらない。
白玉や豆腐が下賎、下品といわれなかったのは、江戸で生まれたり普及したものではなく、京都がからんでいること、それにもしかすると「白い」ことが関係しているかもね。だいたい京都・大阪は、色が濃いだけで下品とするスカのような貴人根性が根強い。
東京の田舎者も、それを競って真似することで貴人根性に近づこうとした歴史があるようだ。植民地の人間が宗主国の文化を真似することで、偉くなった気になるようなものだ。
ま、ともかく下賎のものから新しい活力ある食文化が生まれたのさ。であるから皆さん、下品を気にせずやりましょう。
ま、それで話は違うが、オニオンスライスというと立派にメニューとして通用していて、これを取り立てて貧乏臭いものだとはいわない。しかし、椎名誠さんが書いているような、キャベツの炒めたのにカツオブシと醤油をかけてめしのおかずにするというと、貧乏臭いというやつがいる。そりゃ、おまえ、おかしいだろう。
ま、人間だれしも自分はエライと思いたいものかも知れないが、他人を貶めて自分がエライと思ってもしょうがあんめえ。世の中、偏見だらけで、そんな根性じゃ、まっとうにモノゴトを考えられないのではないか。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
え~、そういうわけで、『酒とつまみ』の3号が発売中です。
400円。本文80ページ、広告ほとんどナシ!
買いましょう読みましょう飲みましょう。
当サイトの「リンクの花園」にありますが、URLは
http://www.saketsuma.com/index.html
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
東京商工会議所の月刊情報誌「ツインアーチ」の7月号から、江戸開府400年記念企画コラム「江戸っ子食彩記」を連載中で、12月号までの予定だったのが、「好評」とやらで来年3月号まで延長になった。
当初、6ヶ月の予定で題材を選び、「天ぷら」「うなぎ」「白玉」「豆腐」とやってきて、次は「軍鶏鍋」、そして「深川丼」で最後を飾るという流れだった。新たに三つ選ばなくてはならないのだが、難しいなあ。
江戸の食べ物というと、天ぷら、うなぎ、そば、すし、が「四天王」ってことになっている。このなかで、そば、すし、をやってないのだが、これはどうもねえ、もっとも「変質」し江戸文化らしさを失ったものだから、あんまりやりたくないし。
江戸文化らしいというと、そういう「四天王」より、白玉、豆腐、納豆、ところてん、どじょう、とかそういうものにむしろ残滓が見られると思うが、世間は必ずしもそうは見てないし……。
いずれにせよ、近年、近世考古学の活躍で江戸遺跡の調査研究がすすみ、江戸の飲食史は、どんどん書き換えられる情勢だから、うっかりしたことは書けないし、難しいなあ。
なにしろ、いままでがじつにいいかげん過ぎたからねえ。おれもそんなに「良心的」にオシゴトをしようという気はないが、でもひどすぎると思うね。恥ずかしくないのかとも思うね。
いま名高い江戸通らしい漫画家のSさんの書いていることなどに代表されるけど、裏づけのない推論や伝聞が、さもさも「江戸の事実」のように語りつがれていることはたくさんあって、それは無理もなく、江戸期の一割ていどを示すにすぎない文献だけで、それが全ての実態であるかのように知ったかぶりしてきたのだから。
どうして、はっきりしてないことは、はっきりしてないといえないのか。なぜそのように通ぶりたいのか、と思うね。でも、そうしないと世間のみなさまに喜んでもらえないからだろうねえ、悲しいねえ。ああ、おれも、もっと素直に知ったかぶりしなきゃなあ。正確な知識を求めているひとは少ないのだから。
とにかく、江戸の歴史は、とくに飲食のそれは、古代と比べたらすぐそこなのに、発掘調査は遅れていて、かなり文献だけにたよったアイマイな状態があって、それがさらに知ったかぶりによって二重にも三重にもゆがんでいるという具合なのだ。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
セドローさんから「2003 早稲田青空古本祭記念目録 古本共和国」が送られてきた。第18回早稲田青空古本祭のカタログである。
開催期間は10月1日~6日、10時~7時、雨天決行。場所、早大文学部前の穴八幡宮境内。
これを、酒飲みながらパラパラ見ていて思いついた。この古本祭と公洋軒ほか早稲田の大衆食堂をめぐる「大衆食の会」をやろうかなあ。やるとしたら、土曜日の4日だよねえ。どうしようかなあ、やろうかなあ、どうしようかなあ……という状態になっている。
ここで、「やりましょう」の声がかかると、「やるか」という気になるのだが……大衆食の会に参加したひとも参加したことないひとも、どうですか、この話しにのりますか? のらない、じゃ、やめた。
それはともかく、わたくし、今月まもなく誕生日を迎えます。60歳、還暦です。すでにお酒が2本届いてますが、さらにお志を受け付けたいと思いますので、ご遠慮なくお送りください。わたくしは「純米酒しか飲まない」なーんていう野暮は言いません。なにしろガキのころから三増酒のたぐいを飲んで育ってますから。デワ~。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
先月末、熱で寝込む前の夜、中野の45番街「松露」で飲んでいた。そのときすでに調子が悪く、ほかの連れは、あるていど飲んで食事をしていたが、おれは食欲がなく食べなかった。
でもうまそうに見えたのがあった。キャベツとミョウガを刻んだのに醤油とカツオブシをかけたやつ。これをめしにかけてワッシワッシくっていたのだ。
それを昨日思い出し、どうしてもやりたくなった。蒸し暑かったので、もっとサッパリと涼しげにしようと、キュウリとミョウガを刻んだのに醤油とカツオブシをかけることにした。めしの方は、土鍋でおかゆをつくり冷ました。
おかずは他にも納豆やサンマ焼きを用意したのだが、とにかく山盛りたっぷりにキュウリとミョウガを刻んだ。カツオブシもタップリかけた。これがよかったねえ。
ちょうど知人が旅先から清酒を二本送ってくれたのがあって、これを飲みながらそれをつつくとよいツマミになって、酒もうまく飲めた。もちろんめしもガツンとたっぷりくえたね。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
某コンビニのニギリメシを食べたら、あきらかに、以前とくらべて米の使用量が少なくなっていて、かじるとばらばらと崩れそうなぐらいニギリがよわく、くった気がしない。
JR駅の某立ち食いそばでカキアゲソバを食べたら、あきらかに、カキアゲの大きさが小さくなっていて、以前の半分ぐらいの感じ、くった気がしない。
セコイというか涙ぐましいというか。いずれも不景気だから、売値を上げずに、利益を確保しようという「努力」だろう。実質的な値上げ、品質劣化。こういうのは統計にでない。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
えと、私へのメールですが、いまスパンメールブロックをしているため、注意が必要です。
宛先が ed_meshi の場合は問題ありません。
ニフティのアドレスをご利用の場合は、
ブロックされ、私の目に触れることなく廃棄されます。
宛先に「遠藤哲夫」か「エンテツ」の文字を含んでいる場合は問題ありません。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)
きのう某所でスパンメールの話をして冗談いって笑っていたら、今日、猛烈なスパンメール攻撃を受けている。
一山270通ぐらいで、あいだを置いて4山届いたから、1000通以上。一山のなかの30通ぐらいはウィルスメールで、ウィルスの種類は4種。ニフティのアンチウィルスサービスを利用しているのにねえ。カネ返して欲しいよ。
ウィルスは隔離して飼って遊べるというから、そうしようと隔離してみたけど面白いものじゃないから捨てた。
ま、そういうわけで、ニフティ は使わないでください。最初は面白がっていたし、メール処理だけならたいしたことはないんだけど、ウィルスチェックが時間がかかるので仕事になんない。いやはや。
きのう一緒に冗談いっていたやつが仕組んだんじゃないだろうな。おい、ええかげんにせえよ。
ああ、それでメールは、ヤフーへお願いします。
| 固定リンク | 0
| コメント (0)
| トラックバック (0)