軍鶏鍋
ま、それで軍鶏鍋屋は、長谷川平蔵が火付盗賊改方に就任する天明7年(1787)のころ、江戸後期には、「下賎」の者が多かった本所や深川あたりの街に見られたらしい。「下賎」の者とは肉体労働者ってことのわけだが。
だから、実在の長谷川平蔵をモデルにした池波正太郎さんの代表作『鬼平犯科帳』には、本所二ツ目、いまの両国のへんになるが、そこの軍鶏鍋屋「五鉄」が安い旨い酒と料理を食べさせる店として、ひんぱんに群を抜いて数多く登場し、それが土地や季節の情景になっている。
文春文庫版8巻の「明神の次郎吉」では。
つぎに、軍鶏の臓物の鍋が出た。
新鮮な臓物を、初夏のころから出まわる新牛蒡のササガキといっしょに、出汁で煮ながら食べる。熱いのを、ふうふういいながら汗をぬぐいぬぐい食べるのは、夏の快味であった。
という具合、で、これを盗賊の次郎吉が、「うう……こいつはどうも、たまらなく、もったいない」と言いながら大喜びで食べる。
とにかく、「夏の快味」という表現、いいねえ~。
この牛蒡のササガキに出汁を使う鍋の作り方は、たぶん池波さんの創作で、当時の料理の詳しいことはわからない。とにかく内臓まで食べていたらしい。池波さんの別の小説『剣客商売』では、料理屋ではないが、水炊きのようにして食べる場面がある。
いまの両国には、この鬼平の時代のころに創業の軍鶏鍋屋があって、そのうちの一軒は、「五鉄」のモデルとのウワサがあるようだが、池波さんは生前はっきり否定している。
いいじゃないか。よろこばれる「快味」でありさえすれば、いいのだし、本家だの元祖だのより、そのことが大事だと思うね。
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