ちょぼくれ
■昨日、浪曲のことを書いたら、トラックバックがあった。
「がんばれ! 福太郎さん」だ。こちらにチラシの画像があって、福太郎さんの顔も見られる。
http://chobo.jugem.cc/?eid=32
福太郎さん、シブイいい顔しているねえ、声もいいよ。おれは、この人の「明治モノ」が好きだ。築地警察署の探偵が活躍する。山田風太郎さんの『明治波濤歌』の情景を彷彿とさせる、語りがいいねえ。
ところで、このサイトは、「ちょぼくれ庵玄関先」であるね。玄関先だから「浪花節だよ~ちょぼくれ庵」というウチがある、そのURLはこちら。
http://members.jcom.home.ne.jp/nuspace7th/
「ちょぼくれ」というのは、あまり聞かないコトバだと思うが、浪花節のもとは「ちょぼくれ」から始まったといわれている。発生は九州のほうだったかな、ちょっと思い出せない、三味線にあわせて口上を述べるようなものだったと思う。とにかく大道芸だった。それが江戸期に、浪花節として大成長をとげるのだ。
というわけで、このサイト「浪花節だよ~ちょぼくれ庵」は、名前のとおり浪花節=浪曲に燃えている。「2003年12月某日、広沢虎造の第一声を聴いたとたん、私は浪花節に取り憑かれました。取り憑かれたもんはもうしょーがないので、浪花節で思い切り遊ぼうと思います。」
サイトの主宰者は、まだほかにもサイトを持っていて、イマゆっくり見ていられないからサッと見ただけ、ゼンボウをつかみきれないが、どうやらおれよりかなり若い女性であることは、たしかだ。そして、音楽に関わりがあるようだ。
とにかく、このように浪曲に関心の高いサイトができたとはうれしいね。浪曲と大衆食堂は、現代の風俗においては、いくつか共通するものがある。もっとも大衆文化らしい大衆文化が息づいていて、それゆえ、コンニチのコジャレた「市民社会」では、「ダサイ」「コキタナイ」という偏見や誤解を受けているという「立場」まで、似ている。あはははは、ダサイ、コキタナイは、偏見や誤解や立場じゃなくて、現実の姿か。だから、どうしたの~、いいものはいいのだ。
ま、ちょっとイマすぐやらなくてはいけないことがあって忙しいので、いまのところこれぐらいで、また。
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コメント
おじゃまします、ちょぼくれ庵の鰓です。
さっそくの拙宅ご訪問、ありがとうございました。
酒は飲むべし、トラックバックはするべし、でしょうか。
むやみやたらにサイトが増殖しているもんですから、ちょぼくれ庵はそのうち一本化するやもしれません。「玄関先」と「勝手口」しかなくなったりして…。
あのー、確かにエンテツさんよりは若いんですが、世間一般で言ったらば、若い部類には入りません。でもがっかりなさらずに、よろしくお見知りおきのほど。
投稿: 鰓 | 2004/05/23 11:03