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2005/07/31

やややっ、味噌がない醤油がない

台所のものがなくなるときは一緒になくなる、と、よくいわれるが、ホントウだね。米と醤油と味噌と油が一緒になくなった。なにも一緒になくならなくてもいいだろうと思うのだが、なくなったのだから仕方ないね。このクソ暑いのに、いろいろモノとカネの事情があって、二ヵ所へ行って買わなくてはならない。やれやれ、買いだしですよ。重いものばかり。

ああ、しかしシカシしかし、いつも買っている味噌がないナイない。あの安物の普及品が、どうしてないのだ、おれはアレが気に入っているのに、なぜだナゼダなぜだ。いままで、こんなことはなかったぞナカッタゾなかったぞ、と繰り返し売場の棚を見ているうちにわかった。以前は置いてなかった、スーパーのプライベートブランドの味噌が、ドカンと並んでいるのだ。そして最低価格ラインは一層安くなっている。

このやろう、当ストアのブランドで、いいモノを安くお届けしますとかなんとか、もったいつけて、プライベートブランドでコストを低く抑えて利益を出すつもりだろう。おれの選択権を取り上げやがって、くそクソくそ、おれの味噌は、どうなるんだ。と、ただでさえ暑いのに頭に血がのぼり、かといって、もう一ヵ所のスーパーへ行けば、あるのはわかっているが、20分ぐらい歩かなくてはならない。おれのウチは、テレビ新聞がないだけじゃなく、クルマもちろん自転車もないのだ。くそクソくそ、味噌ぐらい、おれの好きなようにさせろ、それとも貧乏人には選ばせない気か、と、逆上しながら、ストアブランドの味噌は選ばずに、いつもの倍以上もする味噌を買い、逆上していたので、醤油を買うのを忘れて帰ってきてしまった。もう、二ヵ所で買物し重いもの下げてきたあとだから、また買いに行く気しない。「バカヤロウーーーーー」と、ここで怒鳴っておくか。

ふんと、家事は大変だぜ、なんでもよいというわけにいかんからな。カネの問題もあるし。おれはさ、酒飲んでいるだけじゃねえんだよ。って、誰に向かっていっているのかな。

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2005/07/30

わーお、わおわお『酒とつまみ』7号

もう発行しているかどうかも気にならなくなった、と、言いつつ、いつもHPをチェックするクセがついてしまった。
http://www.saketsuma.com/index.html
おれはHPにある、この文言が好きなのさ。ああ、イヤされる~。「酒飲み人生謳歌マガジン」

ああ、小生意気にブログもあるんだな。
http://blog.livedoor.jp/saketsuma/

「酒とつまみ」7号が、ホントウに発行になり、きょう届いた。なぜ、届いたかというと、おれが編集部のアンケートに答えた記事があるからだな。「第1回酒飲み高額納税者番付発表」だ。うーむ、おれは小結だぞ。もっと飲んでいるやつがいるはずだ。でも、おれは「還暦ライター」だからな。このトシにしては、よくやった。このあいだは、新宿で始発電車まで飲んで、完全徹夜飲酒に自信をつけたばかりだしな。しかし、このデータは、アノ一週間のデータだが、このあいだの7月中旬あたりだったら、もっとスゴイ金額だったにちがいない。って、見なきゃわかんねえよ。買ってくれ~。

酒飲みは、この記事読んで、自分がどんなに国税に貢献しているか、反省はいらないが、まあ、どうでもええ、気どるな!力強く飲め! というぐあいに、どうもおれはそういうぐあいに、食べるより飲むほうか? んなことはないぞ。れれれれれ、あれれれれ、また酔って書いているのかな~。なに書いているか、わか~んない。

しかし、以前は、酔うと、「酒とつまみ」のHPの掲示板に、すごいイイ企画を書き込んだりしていたが、いくら書いても酒代くれないし、やらなくなったね。なんか最近は、酔うとアイデアが噴出しないんだよね、もちろん精液も噴出しないのだけど。

だから、とにかく、「酒飲み人生謳歌」いいじゃないですか、自民党公明党と石原とオンナになめられまくっている諸君! この雑誌読んで決起したまえ、という雑誌じゃない、ただの「酒飲み人生謳歌」雑誌で、そうそう、おれはね、この「瀬尾幸子のつまみ塾」が好きなんだなあ。だははははは、今号の「酔客万来」は、なぎら健壱さんだよ。だがね、この巻頭特集「甲類焼酎で何かやってみた!」は、イヤハヤ、この酒飲みバカ雑誌じゃなければできない、いいバカな特集でサイコー。もちろん、フィリピンパブもね。PP、「フィリピンパブをなくさないで、お願いだから~!」 じつは、なにがモンダイなのか、酒飲みは、ちゃーんと知っているのだ。かな?

うわわわわわ、とにかく、買ってね~

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「がんこおやじ」の風俗

ウチの周辺を軽トラで売って歩く納豆は「がんこおやじ」という商品名だ。これをつくる会社は、数年前まで近所にあって、どこか郊外へ引っ越したのだが、会社の本社か工場らしい建物にも「がんこおやじ」という看板が出ていた。だから正式の社名は知らない、「がんこおやじ」としか覚えていないし、それを売る軽トラがくると、「ああ、がんこおやじが来た」と思う。しかし、この軽トラは、何台もあって、イマ風のちょいとシャレたつくり、アルバイトらしい兄ちゃんや姉ちゃんが、それを運転し売り歩くのだ。

よくよく考えると、「がんこおやじ」なら、自分で、むかしながらの重い鉄の自転車に乗って売り歩くべきじゃないか。いや、自転車だって近代のものだから、「がんこおやじ」としては、振り売りでなくてはスジが通らないのじゃないか。なーんて突っ込みをいれているうちに、どうやらチカゴロは食と「がんこおやじ」は深い関係がありそうだと思った。

以前よくテレビや雑誌のひとに、「大衆食堂にはがんこおやじがいるでしょう、どこかがんこおやじがいる大衆食堂教えてください」と聞かれたものだ。大衆食堂の「がんこおやじ」で全国区的有名人というと、大阪は堺の、「げこ亭」のおやじだろう。

ついでに、「がんこおやじ」をグーグル検索してみると。
1番目、やはり食品だった。「穂高観光食品(がんこ親父)」って、URLまでgankoだな。
http://www.hks-ganko.co.jp/
2番目も食品、楽天市場の「がんこ秘伝のおやじ味噌」
http://www.rakuten.co.jp/kairaku/405531/459147/
3番目が、おおっ、「がんこおやじ納豆」 これだ、ウチの周囲に売りに来る「がんこおやじ」と、ロゴが同じだ。
http://www.hapima.com/prd/01000026/01000026A-007-21/
次が、「八幡のがんこ親父・菊屋」って、酒屋だ。
http://www3.osk.3web.ne.jp/~yukikuya/
切りがないぞ、つぎは居酒屋だ。「がんこおやじの台所」
http://cep.jp/pc/shop/1107_1.html
おおっ、やっと、食以外が。と思ったら、マンション会社の「がんこおやじも納得」という広告キャッチフレーズだった。
つぎ、ゲームソフトの「がんこおやじのラーメン屋ゲーム」で、ま、食とまったく関係ないわけじゃない。
ややっ、「がんこおやじの会」なんてのもあるぞ。
http://www.geocities.jp/gankooyajinokai/ganko.html

なんか、みんな「がんこ」はイイコトのような感じだなあ。以前は「がんこおやじ」というとギャグのネタでからかわれることもあったような気がしたけど、いまじゃそういうことはないのだろうか。しかし、自分から「がんこおやじ」を名のりウリにしようというのは、どうも「がんこ」らしさに欠けはしないか。とも思うのだが。まあ、なんだね、ふむふむふむ。まあ、でも、コンニチの「がんこ」は文化じゃなく、ハヤリの風俗だから、とくに基準はないのだな。「がんこ」の文化が廃ったので、風俗として流行っている。こう考えればよいか。

しかし、とにかく、きわめつけは、これだ!
「忘月忘日」の04年7月21日、「がんこおやじのやりたい放題の食堂」
http://alphaecho.at.webry.info/200407/article_14.html
いや~、この写真で見る佇まい、文句なし! 「がんこおやじ」なら、こうでなくちゃあな。これこそ「がんこの文化」じゃ。

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2005/07/29

ほねせんべいの高度なアナログ技術

まあ、そういうわけでこういうわけで、夏だから暑いわけですが、「めざしの風景」に続き、天津で。これはめずらしい、みごとなアナログ技術の風景、「ほねせんべい」をザ大衆食に掲載した。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun05/amatsu_honesenbe.htm

ところで、「ほねせんべい」食べたことありますか?

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2005/07/28

倒産、そして出版とカネ

7月15日に書いたが、その前の日、以前『ぶっかけめしの悦楽』を担当したフリー編集者ホリウチさんと浅草で会い昼酒した。そのとき、『ぶっかけめしの悦楽』の発行元である倒産した四谷ラウンドの田中清行社長のことを、上原隆さんが取材して書いています、「お金」ということで、幻冬舎アウトロー文庫の『雨にぬれても』です、立ち読みでもいいから読んでみてください、といわれた。アハンウフンと返事をしていたおれは、めったに本屋へ行かないし、めったに本を買わない、それを見抜いているのだろうホリウチさんが、そこのところをコピーして送ってくれた。

ライターは倒産する心配はないが、おれを含めて雑魚のごとくいるライターの本を出している出版社は、いつも倒産のリスクを負ってやっている。出版社と編集者、印刷会社がなくては本は、できない。そして、一番リスクを負っているのは、この人たちだ。だからまあ、編集者に勝手に原稿を直されても仕方ないかと思うこともあるが。それは冗談として、リスクというのは、この人たちにとってはカネであり、弱小零細出版社においては、それは即生活だ。ライターも生活がかかってはいるが、倒産の心配はない。その違いは大きい。

そういうリスクを負ってまで、一人で負うには大きすぎる額の借金を抱えてまで、なぜ田中さんは出版というシゴトをやったのだろうか。そして「お金」について、どう考えているのだろうか。「社長は、驚くべきことに一円も稼ぐ気がない人なんですよ」という、かつての四谷ラウンドの社員の話から始まる、短いが、迫真のレポート。その田中さんを知っているおれなどは、涙なしでは読めない。涙ながしても涼しくはならないのになあ。涙よりビールほしい。

そして、田中さんは懲りずに、もう再起して出版社を興したのだ。なぜ、そこまでやるのか。しかも「市井文学株式会社」という、いかにも、あえて、儲け主義に挑戦するような、儲からなさそうな社名で。ま、幻冬舎アウトロー文庫の『雨にぬれても』の「お金」を、ごらんください。

「市井文学」のHPは http://www.shiseibungaku.com/

「よい本とは売れる本のことだ」と某出版社の社長がいったそうだが……。「民主主義は数だ」とかいった公党の幹事長もいるそうだし。田中さんのような人がいなくては、この世は、真っ暗闇でございます。

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暑い日は、チェコのマッチラベル

はあ、暑い。冷房のないきかない木造ボロアパート四畳半畳の上の汗みずくの官能。100ℓ以下の小さな冷蔵庫にはビールの買い置きもない。冷や飯も味噌汁もないから、味噌汁ぶっかけめしもできない。ああ、このタフな官能がひからびる~、この賢明な脳が乾燥しちゃうよ~。こういう日は、なにも考えずに掲載できる、人様のセンデンですね。

はい、前にも当ブログで紹介したけど、いつ紹介したか探すのもメンドウ。南陀楼綾繁・編著『チェコのマッチラベル』の目次内容の案内と、大阪と東京で開催される「チェコのマッチラベル」展のお知らせ。南陀楼綾繁さんは、最近の「ナンダロウアヤシゲな日々」で「ラクして儲けたい」だの「天からお金が降って来た!」とか、暑さのためとはいえないような妄想を書いている。はあ、暑いなあ。こういうときは「ラクして儲けたい」なんて暑苦しいこと考えずに、橋の下でゴロゴロ寝ていたよ。

書籍『チェコのマッチラベル』
南陀楼綾繁・編著 ピエ・ブックス刊(2200円十税)
チェコのマッチラベル800点弱を収録、コレクター雑誌の世界など読み物も充実。

目次
時代を超えた、嬉しい贈り物
マッチの街の歴史を開く
マッチの街スシツェ
マッチラベルの生れるところ
SOLO年表
コレクター雑誌の世界
コレクター同士の交流
忘れられた音楽家を探して
あるマッチ売りの話
コレクションのゆくえ
マッチラベルの蒐め方
チェコのマッチラベル・コレクターたち

「チェコのマッチラベル」展
1950~60年代に社会主義体制下のチェコスロヴァキアで製造されたマッチラベルを、書籍に収録されなかったものも含めて展示します。どのラベルも素朴でシンプルながら、魅力的なデザイン。知られざるチェコのマッチラベルの世界をお楽しみください。
ayasige_machi

■大阪篇
2005.8.16(火)~9.3(土)
Calo Bookshop and Cafe/CaloGallery
大阪市西区江戸堀1-8-24 若狭ビル5F
営業時間/12:00~20:00(土曜日~8:00)
定休日/日曜・月曜日TEL・FAX・06-6447-4777
http://www.calobookshop.com/

□東京篇
2005.9.8(木)~19(月・祝)
カフエNOMAD
東京都文京区根津2-19-5
営業時間/14:00~24:00 定休日/.水曜・第3火曜
TEL03-3822-2341

ご参考=はてなダイアリー チェコのマッチラベル
http://d.hatena.ne.jp/asin/489444447X

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2005/07/27

めざしの風景

あまり大きくない漁港が好きだ。どんどん観光地化する千葉県外房に残る、いい漁港、安房天津で見た「めざしの風景」。ザ大衆食に掲載しましたよ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun05/amatsu_mezasi.htm

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2005/07/26

やるなあBOOKMANの会、坊ちゃん

詳細書くのメンドウだから、「ナンダロウアヤシゲな日々」か「古書現世店番日記」で書くまで待ってリンクをはろうと思っていたが、どちらもなかなか書かない。もしかして、お互い同じことを考えて遅くなっているのでは。例によって飲んで遅かったしなあ。

きのうの夜はBOOKMANの会で東京サは茗荷谷サへ行っただサ。幹事は、右文書院から『脇役本』が発刊になったばかりの、濱田研吾さん。「次回例会は、「コルゲンコーワカエル物語」と題し、薬局のカエルの知られざるエピソードや変遷を、当時の販促グッズをまじえながらご紹介します。初夏の一夜を、愛に満ちあふれたカエルトークでお楽しみください。ゲストは、さえきあすかさんです」で、予定どおり。おもしろかった~。井上章一著『人形の誘惑』(三省堂)が欲しくなった。

しかし、BOOKMANの会のみなさん続々と本だねえ。この濱田さんの『脇役本』、南陀楼綾繁さん編著の『チェコのマッチラベル』素晴しい! この前6月23日に紹介した、「四季の味」の藤田さんは杉浦幸雄さんの漫画エッセイ『おいしいネ』、DANぼの田端さんは柳原良平『良平わが人生』と、最近刊行。えーと、それから、これからの予定は、野口さんの「青空文庫本」、向井さんも、あとはエート、思い出せない。いちおう、むかえ酒やったのだけど、記憶が回復しない。まあ、いいじゃないか、若いBOOKMANの会の諸君、どんどんやれよ。しかし、あんたら若いのに、どうしてこうも古モノばかりなんだろうかねえ。しかし、単なる古モノ好きの話で終わらないところが、いいんだよなあ、きのうの「コルゲンコーワカエル物語」もシャーマニズムまでさかのぼる、深い刺激的なものであった。

ってことで、本を出す予定のないおれは、古い食堂をザ大衆食に掲載した。とりあえず、なんだか今日は、台風のせいか? 文章書く気がしないから、写真だけ。この「坊ちゃん」を見よ! 
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/bocyan_ootuka.htm
古いなあ。古いものは古いままでいいのさ。そこに何かを探り発見する作業をしなくてはな。「現代の若者のニーズにあわせて古いものを生かす」とかいってイジリマワス小ざかしいことをするなっての。

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2005/07/25

神戸市 皆様食堂

遅くなったが、昨年12月に神戸へ行ったときに入った、皆様食堂を、ザ大衆食のサイトに掲載した。
「神戸 皆様食堂 大衆食堂は地域のイキモノだ」
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/koube_minasama.htm

これは、エンテツの「大衆食堂論」の一端ともいえる。よろしく~

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2005/07/24

読者からのメール ありがとう

読者からいただいたメールは、なるべくザ大衆食の「大衆食者の食卓」にのせるようにしていたのだが、なにしろ根が怠け者なもので、ちゃんとできてない。すみません、すみません。とりあえず、こちらにのさせていただき、あちらからリンクをはるようにしよう、と、思い立った。

去る7月19日に受信のメール。お名前は、リンコさんということにしておこう。 

初めまして。ホームページ読ませていただいています。

上野聚楽の西郷丼、いいですね。ぜひトライしたいです。恐いけど。
私は一人で入った浅草の聚楽で、
つい「ここでは、コレでしょう、ふむふむ」と
カツカレーと生ビール中を頼み、
もだえるほどお腹がパンパンになりました。

先日、立川に行った折り、
魅入られたように入ってしまった、くすんだたたずまいの
「本場中国料理 四ッ角飯店」。
まんま、四ッ角にあります。
入って思いがけず奥に深い店内に3歩ひきました。その割に妙に天井が低い。
餃子315円。でも、毎週水曜日は水餃子の日なので150円だそうです。
かなり大きな餃子が6つ入ってます。

箸袋の裏には朱文字で
「おいしさにニーハオ」。

くすんだ風情は外観だけで、店内にはひきもきらずお客さん。
新聞読みながら、食欲全開で、
ワシッワシッとむちゃ大盛りの定食をかっこんでるおっちゃん、などなど。
シビれました。

お口にあうかはわからないネタですが
ほんのファンレターとしてお読み捨て下さいませ。
また楽しみにページ拝見させていただきます。

以上。
どうもありがとうございます。じゅうぶん口にあうネタです。
西郷丼、ゼヒ試してみてください。って、おれは聚楽の回し者じゃないけど。めしを少なめにしてもらったらどうかなあ。
そういえば思い出したが、春に故郷の六日町で飲んだとき、新宿の聚楽に勤めていてUターンした方と一緒だったな。関係ないか、ま、その話しは、そのうち。

立川の、この「四つ角」って、どこだろうか。立川は、あまり詳しくない。けっこう行ってはいるのだが、いつも飲むところが決まっていて、ウロウロしたことがない。しかし、立川は、ドンドン変わったなあ。ああいうの「東京化」というのだろうか。
おれが立川へ行くと寄っていた飲み屋は、北口を出て、すぐ右の一角。2、3年前ぐらいまでは、ビル化の進んだその一角で唯一といっていいほど、古い木造の二階家で営業していた。堂々の「大衆酒場」の看板で。ビールは、サッポロのラガーのみ。
そして、ついにビルになってしまった。あの建物、だいぶボロだったからなあ。で、その地下で続けて営業している。雰囲気はトウゼンかなり変わったが、立川へ行けばここに寄るのがクセになっているから、入る。

ご参考=ザ大衆食の「聚楽台と西郷丼」

ついでに。きのうの東京ネタの続きだが、イマ東京については「下町原理主義」や「人情原理主義」みたいなものが人気だけど、おれの場合「田舎者原理主義」なのだな。日本の田舎者が疲弊し枯渇したいま、外国の田舎者が、これからの東京の原理になるかもなあ。それはそれで、オモシロイような。なにしろ新宿の思い出横丁だって、浅草の飲み屋だって、従業員も客も外国人ぬきには成り立たなくなっているし、彼らがまたイイ味だしているからなあ。ってことで。

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最終荒野へ向かう東京の光明?

6月30日の「とりあえず告知」の『city & life』no.76(第一住宅建設協会発行) 特集「路地・横丁空間からの都市再生」綴じ込みMAPに「私の下町路地のぞき事情」を書いた。について、「大衆食堂的!」に紹介した。
http://www.geocities.jp/ed_meshi/yokocyo/siryou_cl05.htm

『city & life』は、たびたび当ブログで紹介している、雑誌『談』編集長によるBlogの佐藤真さんが編集長だね。

おれは、東京は、イヨイヨ「最終荒野」へ向かっているという感じを強くしている。その感じは、すでに10年前の『大衆食堂の研究』を書くときに、「最終」というほどではなくあったのだが……。

「最終荒野」というのは、必ずしも悲観的なものではない。ま、おれにとっては、悲観も楽観もないのだが。
気どるな、力強くめしをくえ!

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2005/07/23

アジャンタの「ドライカレー」

トツゼン思い出したので、忘れないうちに、ここにメモ。「アジャンタ」といえば、むかしから有名なインド料理屋だが、おれが初めてココに入ったのは、1972年か3年ごろだ。場所は九段にあった。靖国神社の鳥居にむかって右すぐのところで、古い木造の2階建の店舗。

そのころ、いまでいう「キーマ」つまり別称「ひき肉カレー」は、「ドライ・カレー」と呼んでいた。メニューにも、そう書いてあった。ふつう、ドライカレーというと、カレー味の炒めライスのイメージだったから、おどろいた。どうやらスープのないカレーという意味で、ドライカレーだったらしい。その香辛もだが、汁気がほとんどないぐらいに仕上がっているのが特徴なのだ。それをライスかパン類と食べる。

その後、いつの間にか「キーマ」になっていた。アジャンタが麹町の日本テレビのそばのビルへ移ったころには、完全に「キーマ」だった。その間に、インド旅行とインド料理屋とインド料理は急速に普及し、「キーマ」という本場風の呼び方が定着したと思われる。

約10数年間、おれは麹町五番町にあった事務所でシゴトをしていたので、どちらの店にもよく行った。それは、最初は「ドライカレー」を食べたいためであり、のちに「キーマ」を食べたいからだった。アレは、クセになる味だ。

いま住んでいる北浦和に、かつてアジャンタで料理をしていた人がやっている、「沙羅樹」というインド料理屋がある。「アジャンタ」の「キーマ」を食べたくなると、そこへ行っていた。まずくはないが、ビミョウに味が違う。あまり行かなくなった。ようするに「ひき肉カレー」であるから、自分で、かなり満足のいくものを作れるのだ。それも安く簡単に。

と書いているうちに、今夜のめしは、ひき肉カレーが食べたくなってきた。そうしよう。

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島崎とみ子さんの「江戸料理百選」

4月3日に「ダックライスとチキンライスと鶏飯」を書いているね。ようするに、汁かけめしのことだが。
https://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/04/to.html

これを書くキッカケは、タカスさんとのメールのやりとり。で、おれのメールに対して、最近タカスさんから興味あるメールをいただいた。2人だけで楽しんでいてはモッタイナイ、ここに核心部分だけを紹介する。

おれが書き送った内容はこうだ。

> 日本の「鶏飯」は、江戸期からあって、この作り方は、タイのダックライスとほぼ同じ
> ようです。上にのせてある鶏は茹でたもので、その茹で汁でめしを炊いたものが普通の
> ようです。「海南チキンライス」のチキンライスは、のせてある鶏が揚げてあるので、
> もしかすると中国の影響があるかも知れません。東南アジア地域というより、ミャンマ
> ーあたりから日本までの東アジア地域は、ごちゃごちゃ混ざり合っているので、共通し
> ている部分とビミョウに違うところがあって、オモシロイですね。よくインチキ表記が
> 問題になったりしますが、表記と内容が違っても、いいじゃないのうまいなら、という
> ラフさが通用するのもこの地域のオモシロサでもあるような気がします。

これに対して、タカスさんから、このような返信が。以下引用。

以下のH.P.で「第2回 芳飯(ほうはん) ―汁かけ飯」と「第9回 砂糖」の項を
見てみますと海南チキンライスと鶏飯が繋がってきそうな感じがいたします。
スープ炊き/奄美/中国、と。
それではどこでスープかけ鶏飯になったのか、というのも興味あるのですが
簡単に答えを出てきやしません。
気長にネットサーフィンしてみます。

いや、早合点や決めつけは良くありませんが最近になって気になりネットで
検索してるのですがあまり関連づけてるところがなかったものでちょっと
面白くわくわくしている次第であります。
http://www.asahi-net.or.jp/~UK5T-SHR/simazaki.html

引用オワリ。いいねえ、「面白くわくわく」。食文化は、おもしろいよ~。自分自身を探検するようなものだからな。

タカスさんが見つけたHP、島崎とみ子さんの「江戸料理百選」。なかなか、オモシロイ。『汁かけめし快食學』を読まれた方は、島崎とみ子さんの著述からの引用がたくさんあるので、名前に記憶があるかも知れない。大塚の「なべ家」のご主人、福田浩さんと、江戸期料理の復元研究で活躍している方だね。

ま、とにかく、汁かけめしを探ると、まだまだオモシロイことがたくさんある。どこの国のひともそうかも知れないが、その「国」や「民族」の文化に強く影響されている面と、「国」や「民族」に関係なく「生きる現実」としての文化を選択している面を、ゴチャゴチャに自分のなかに持っているようだ。

前者の観念だけに偏ると、「国粋主義」と、反対の「国際主義」ということになるかな。「国粋主義」と「国際主義」は同根のものとして同居する。「カレーライス伝来説」は、その同居のなかで生れたような感じがする。一方、生きる現実としての食文化の歴史や伝統を考えるには、汁かけめしがよい手がかりになるようだ。ってこと。

とにかく、自分たちが生きている文化のことなのに、まだまだわからないことが多い。だいたいね、「食文化」ということが日本人のあいだで広く意識されだしてから、まだホンノ30年ぐらいのものだからなあ。力強くめしくいながら、力強くめしくう文化を、もっと探求しよう。

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2005/07/22

小諸 揚羽屋 あゆのせごしの食べごろ

ザ大衆食のサイト、小諸の古い一膳めし屋「揚羽屋」のページに、昨年行って食べた「あゆのせごし」について書いてある。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/agehaya0407.htm

それを見て、ゼヒ食べに行きたいというダメ人間がいるので、揚羽屋へ電話して、今年はいつごろまで食べられるか聞いてみた。すると、いま盛りで、8月中ごろまでだそうだ。よろしかったら、どうぞ。

定休日は毎週木曜日だけど、夏休み中は営業していることもある。行くときは、あゆのせごしが食べられるかどうかも確認してからにしましょう。

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2005/07/21

佐世保はバーガーだけじゃない! ナカ☆Gがいる!

佐世保から、うれしいメールが飛び込んできた。読んでもらった方が早い。無許可丸ごと転載。文句はないだろう。

さて私、今回縁あって佐世保市より50分の松浦市において、ささやかながらレストランバー風の店をオープンすることになりました。m(_ _)m 店の名前は、『ティファナグラス』、わたしが42年間敬愛するハーブ・アルパートが60年代から70年代始めまで結成していたバンド『ティファナブラス』をもじって命名しました。キャッチコピーは、「美味いもので旨い酒を聴きながら、いい音楽を食らう」で、楽しく飲食ができる店にしたいと思ってます。

ナカ☆G

ナカ☆Gさんとは、ナカ☆満寿夫さんのことであり、かつてザ大衆食に、このような記事を書いていただいている。

ナカ☆満寿夫さんのスペシャルレポート 久留米市・松尾食堂
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/matsuosyokudo.htm

ナカ☆満寿夫の特別寄稿 ぶっかけめし的音楽論または音楽論的ぶっかけめし論
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hon/nakag.htm

ある掲示板で知り合い、2回ほど上京のおりに、2人とも泥酔で記憶がなくなるほど、トコトン飲んだ。素晴しいニンゲンである。そして、とにかく、中年すぎてから長年勤めた会社を辞め、苦労された。それでも、好きなバカをやった。音楽、酒、料理、そしてオンナ、好きで詳しい、上手。並じゃできないバカ。褒めすぎては、イケナイ。単なる、バカ男である。この店の開店は、本当に、うれしい。

しかし、このひとは、相変わらずである。店の住所も電話番号も書いてない。ま、そういう男である。ゼヒ、訪ねてください。

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フツウと正常のあいだ

はあ、よく動き回った、よく呑んだ。

イチオウの各種スケジュールをこなし、といっても、ライターは失業状態なので、飲み食いウロウロ経済的には消費活動、生物的には摂取活動、文化的には堕落活動で、温泉まで入って、元気がついて、ヨシッまだまだ飲めるぞ!というかんじなのだが。

すみません、請求書や本の発送が遅れていたり、メールなどの返事、それから留守電をたびたびいただいている方、これからユルリ「正常化」いたします。すみません、すみません。もちろん、税金は払いません、NHKおことわり。

しかし、なんだね、こう、どうもイマイチ、何かマジメにパソコンにむかったり、いろいろな片づけをやったりする気がおきないね~。やはり、こう、朝から、ビールぐびっぐびっ、とやりたいですなあ。みなさん、カタイこといわず、そうしましょう。って。

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2005/07/19

新宿で始発電車 その後

17日の「新宿で始発電車」に、西郷輝彦さんのブログを検索したが見つからないと書いたら、ご覧になった方から、メールをいただいた。どうもありがとうございます。約、このような内容。

「西郷輝彦のつぶやきblog」は、http://saigo.exblog.jp/です。
とても、素敵ですよ!ぜひ、アクセスしてみてください!

さっそくアクセスしてみた。なるほど、始めたばかりのようだ。それに、西郷さんは、こういうかんじの人である、という文章。そして、ゴールデン街の「マチュカバー」について詳しいレポートがある。
http://saigo.exblog.jp/212628/
そうなのだ、この日開店の「マチュカバー」のママ、いや、「ママといわずに、マチコ様とお言い!」のマチコさんのご主人は、コメディーライターの須田泰成さん。当ブログ5月7日に掲載の「盗撮されていた酔態寝ながら電話」にある写真、電話ボックスで寝ているおれを撮影したひと。
https://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/05/post_f813.html

で、西郷さんが掲載の真ん中の写真。中央、背中を見せている方が、西郷さんの連れでおれの本の熱読者のRさん、その向かい側がおれ。もうこのときはだいぶ酔っている。店内で、お互いに顔を見つめあい手を握り合い話し合いのあと、まだ手を握り合ったり、顔を寄せ合い熱く話し合っているのだね。うへへへ~、ジジイーズラブというかんじだね。

一番下の写真は、もうすでに女王様なマチコ様。この店のことを詳しく書かなかったのは、このブログを見るビンボー人どもには経済的に敷居が高いだろうからだ。ここは、ゴールデン街でも、「せっちゃん」の系統であり、それは見る人が見れば、マチコ様の背後のカウンターに並ぶ酒でわかるはずだ。って、こういう話をするのも無駄かね。そう、ここは、だいたい5人しか入れないし、「マチコ様~」と言いながら惜しげもなくカネを使うひとのための酒場なのだ。ビンボー人マチコ女王様のお眼鏡にかなったひとだけが喜んでカネをつかうことができる装置なのである。って、ことで、アリマス。須田さん、マチコさん、成功を祈る!

ではでは、まだまだ難行苦行酒行は続く。しばらくのあいだ、更新のほうはやれるかなと思うけど、コメントやメールなどの対応が遅れがちになると思いますが、よろしく~。

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2005/07/18

食育基本法が施行

自民党と公明党が絶対多数にあぐらをかき、郵政をめぐり審議そっちのけの解散恫喝ごっこをしているが、税金無駄遣いの食育基本法が、自民公明共産の賛成多数で可決、施行された。最初は、反対はない見通しだったが、民主社民は反対したようだ。いろいろ問題点の多い法案で、反対がでるのは当然だろう。

これまでもイロイロ問題点を書いてきたし、朝日新聞社発行の本のPR誌『一冊の本』に書いた「食育ナンダロアヤシゲ」も紹介してきた。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun05/syokuiku_asahi.htm

検索したら、去年の秋に、農林環境課の森田倫子(もりた のりこ)さんが、「食育の背景と経緯」をまとめているのが見つかった。役人の立場から、まとめたものだが、言葉の歴史に始まって、関係者のご都合主義な勝手な解釈ぶりなどがよくわかる。その最後に、「食育基本法案に対する反響等」の項目があって、おれが「食育ナンダロアヤシゲ」に書いた意見が紹介されている。つまり「食の安全や食糧自給率の問題等の解決策として食育を当てるのは短絡的であり、個別の政策で解決を図るべきことが多くある」ってことだ。

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食べ歩き飲み歩きバカ騒ぎばかりやってないで、っておれのことか、こういうのも見て、ちったあマトモに飲み食いを考えたらどうか。だいたいね、いい飲食店を知っているぐらいの自慢や優越感だとしたら、お粗末すぎはしないか。

すでに各省庁で個別にやってきた無駄策の評価もしないで、一本化しただけ。こんな総花的な法律は、関係者が「国民運動」などと称して、税金に群がってうまい汁を吸うだけで、成果なんか上がりっこない。むしろ、一本化されたことで、より国民生活への「愛国的」干渉が強化されるだけだろう。公明と一緒に共産も賛成とは、いやはや、ようするに自分だけは正しい、国民にむかって説教したがりが多すぎるのだ。説教はいいから、自分のクソで肥やしでも作っていたらどうか。やけクソな泥酔朝でした。

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2005/07/16

新宿で始発電車

きのうは、前夜の酒が、なんとなく身体に残っている感覚があったが、新宿ゴールデン街をふりだしに、7時ごろから呑み始め、夜が明けるまで呑み、始発電車で帰ってきた。よく呑んだ、という以外、あと疲れた、という以外、あと楽しかった、という以外、なんの感想もない。まだ朝まで呑めるという自信がついた。いらん自信か。

途中で、おれの本を『大衆食堂の研究』から買って読んでいるという方がみえて、おれに会えてうれしいと、激しく感激されて、めったにないことなので、チョイト面喰った。ま、自分の本で、そんなによろこんでもらえるというのは、うれしいことだけどね。その方の連れに、西郷輝彦さんがいて、一緒に呑みながら、ねこまんまの話で盛り上がった。西郷さんは、鰹節派。最近ブログを始めたそうで、見てくれといわれたが、いま検索したけど見つからない。「けっきょく、みんな、ただのオヤジです」と、西郷さんがいうと名言に聞こえた。でも、おれなんかより、はるかに美系だけど。
jyuku_hujisoba
朝を迎えたのは池林房。タクシーで帰る経堂組と別れてから、一人、ションベン横丁へ行ったが、昔のようにやっている店はなく閉まっている。靖国通りと明治通りの交差点に昔からある「富士そば」へ。3時半ごろの写真。実際は、もっと明るく見えた、ように思う。10数年ぶりに新宿で迎える朝は、身体も脳もヨレヨレだが、なかなかよかった。

そういうわけで、とりあえず生存証明。そうそう、玉川信明さんが亡くなっていたの、きのう初めて聞いた。一時よく一緒に呑んだが、おれの不義理から気まずい別れ方をしたままだった。きわめて印象深いひと。ひとは死んで印象を残す。

さて、まだまだ難行苦行酒行は続く。きのうも書いたように、しばらくのあいだ、更新のほうはやれるかなと思うけど、コメントやメールなどの対応が遅れがちになると思いますが、よろしく~。

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2005/07/15

ねこまんまの真相

拙著『汁かけめし快食學』は、ネコまんまの話から始まる。これは、『ぶっかけめしの悦楽』のときに読売新聞の「記者が選ぶ」が指摘したように、「<熱く、かけめしを思いおこそう>で始まる奇書のテーマは、<インドを御本家とする疑惑にみちたカレーライス伝来説>を根底から覆すことにある」からで、そのごく基本の話として、ネコまんまの話から入っている。

カレーライスを語る以前に、われわれは、ようするに自分たちが慣れ親しんでいるハズの食事や料理について、自分たちの料理や料理体験、食文化は、どんな状態にあるかを知っておかなくてはならない。それを、じつにわかりやすい例で、かつ、汁かけめしである「ネコまんま」でやってみようとしたわけだ。

一つは、ワレワレは、ひとが、たとえば隣のひとが、何をどう食べているかについて、じつはあまりよく知らない例としてのネコまんま。

一つは、同じ名前であっても、ちがう料理のことがある例としてのネコまんま。こういう例は、いくらでもある。ワレワレは違う料理を、同じ名前で話し合っている場合があるのだ。もちろん、その反対もある。

一つは、それと関連して、料理とは、「何をどう食べるかの技術」である。その実態を知るには、何をどう食べているかを知ることであって、名前や印刷されたレシピだけでは、わからない。

一つは、さらにそれと関連して、何をどう食べるか、つまり何をどう料理するかで味覚は違ってくる。それはまた料理の違いである。

一つは、というわけで、「本格的」「本場の」「本物の」手のこんだものだけを料理として崇拝するクセがあるが、何をどう食べるかの料理(調理)と味覚があるかぎり、ネコまんまのような、どんな簡単なものでもリッパな料理である。

これらをカレーライス以前の話として知っておく必要があるし、ここんとこが理解できれば、インドを御本家とするカレーライス伝来説は、きわめてアヤシイ、根拠薄弱なものだということになる。

ま、そういうわけなのですね。簡単なものから料理を理解しよう!

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たつ! ヨレヨレ

きのう。浅草松屋の古本市、立石書店にカタログ注文していたのを受け取り、以前『ぶっかけめしの悦楽』を担当したフリー編集者ホリウチさんと会い、とにかく安い酒場「ニュー浅草」へ、3時過ぎから呑み始める。幻堂出版『ナンザツ7』をツマミに現在の大中商業出版をこきおろし、お互いの二十歳ころの「下宿生活」についてインタビュー突っ込みあいしているあいだに、ちょいと大きめのテーブルに座っていたのだが、いつのまにか周囲をラテン系大家族に囲まれている。そのラテン母が10歳ぐらいの息子にハシの正しい持ち方を教えている。こっちは昔からハシの持ち方はデタラメだから、ぐあいが悪い。ぼーや、ハシってのはね、ようするにモノをつまめれば、どんな持ち方をしてもいいの、と言いたいのをガマンガマン。

ほろ酔いで中野6時半。やどやプロジェクト、今回もオーストラリア人Aが参加。一軒目名前忘れた、比較的新しいそばと酒の店、二軒目、45番街「松露」は最近いつも閉まっているけどどうかなと思って行ったら、オオッ開いている。80過ぎ脳梗塞車椅子リハビリ中おばあさんもカウンターのとこに。どうせくたばるなら、一杯でも余計に飲んでからのほうがシアワセだろうと、ビールをついであげる。いやあよかったよかった。

三軒目!(浅草から四軒目!)。当ブログのコメント欄にときどき登場の、まだ会ったことがない「たつ!」さんが、演奏しているはずのブルースとジャズ酒場のBrightBrownへ。いたいたいた、9時半ごろか。ここがよかった。一時間ぐらい交代でバンドグループが登場する。みなシロウトだが、だいたい、ブルースだのジャズだのは、むかしからシロウトが仕事帰りに酒場に集まっては演奏するのがフツウにやられていた。いいねえ、お互いに楽しんで。たつ!さんもギター抱えてボーカル。なかなかでした、力強かった、たつ! だったよ。「BrightBrown」の雰囲気もヨシッ!また行くぞ。って、帰ってきたらヨレヨレヨレヨレ。

そしてまた今日も明日も、まだまだわが難行苦行酒行は続くのである。ああ。そういうわけで、きのうも書いたように、しばらくのあいだ、更新のほうはやれるかなと思うけど、コメントやメールなどの対応が遅れがちになると思いますが、よろしく~。

最近のトラックバックに、「今すぐ人妻GET」なんていうのがあって、こういうの嫌いじゃないから、しばらくこのままにしておくけど、コレ7月11日の「昭和人情古趣味をこえて」にTBなんだよな~、あははは。

たつ!さんのブログ「TOKYO BREAKDOWN」
http://downhome.exblog.jp/
中野のイイ酒場「BrightBrown」
http://www011.upp.so-net.ne.jp/nakano-BB/

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2005/07/14

「鳥獣戯食」を掲載の「ナンザツ7 何の雑誌七号」発売

ああ、ちょいとイロイロイロでバタバタバタのグビグビグビのヨロヨロヨロ。とりあえず、このお知らせ。おれエンテツが「鳥獣戯食」を約10枚ぐらい書いた。モグラを食べる話から始まって、小動物や獣を食べる行為に潜む、日本人の食文化な怪しいココロ模様、とかね。

しかし、この雑誌は、まさに雑誌の原点という感じで、きのうも称賛を紹介したが、幻堂出版の原点オシゴト。力強く妖しく面白い炎がめらめらの「ナンザツ7 何の雑誌七号」。なにせ限定300部の発売だから、早いもの勝ち!

【特集】犬・猫・衝動物、【小特集】ボーイズラヴ、などなど、それから、おれが推奨期待の「自棄酒マン」のいいざわたつやさんデビュー。こちらザ大衆食のサイトに写真と内容紹介、買える店や直販など紹介したから読んでね。のクリック地獄。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/siryo/nanzatsu0507.htm

ああ、それから、しばらくのあいだ、更新のほうはやれるかなと思うけど、コメントやメールなどの対応が遅れがちになると思いますが、よろしく~。

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2005/07/13

メルマガ「月刊白水社」は エライ!

ちょいと検索していたら、メルマガ「月刊白水社」の最新号、7月10日発行のVol.37、「本の十字路」に、このようなことが書かれていた。
http://blog.mag2.com/m/log/0000092894/106179392?page=1#106179392

以下、引用。

神保町の名店「書肆アクセス」では
日本全国の版元のユニークな本を買うことができるが、
実際にその土地で手にしたときの味わいもまた格別。

先日神戸で出会ったのが
『神戸ハレルヤ! グルめし屋』(オヤジ芝田著、幻堂出版)で、
副題に「勝ったのは大衆食堂だ」とある。

「解説、なようなもの」を書いているのが《大衆食堂の詩人》、遠藤哲夫で、
「大衆食でブンガクを気どるなんて、しゃらくさいのだ」と気勢をあげている。

その熱気にあおられたか、造本もしゃらくささをいっさい排除していて、
カラー口絵と本文中にたっぷり入った図版もこれぞレイアウトの原点なり、
といわんばかりの素朴さ・力強さで配置されている。

そして、『オヤジ芝田のおいしん坊将軍』という
豆漫画本(傑作!)の特別付録や、
最新情報を盛りこんだ改訂正誤表が付いているという心配りもにくい。

神戸に行けない人は「アクセス」に急げ。

引用、おわり。

いやあ、これは編集制作の幻堂出版称賛ではないか。あの「解説、なようなもの」を書かせたのは幻堂なのだし。それにさあ、「大衆食でブンガクを気どるなんて、しゃらくさいのだ」と書いたことは書いたが、こんなこと書くと出版社の人たちには嫌われるだろうなあ、ますますおれの本なんか出してくれないだろうなあ、と思っていたのだが。

単純なおれは、ヒジョーにうれしい。幻堂の編集制作も、あーんなの、とか言われることが、少なくないようなのだが、このような評価を得ている。わかるひとにはわかるのだ。わからんやつは、バカである。というわけで、早速このメルマガの購読を申し込んでしまった。がはははははは

がんばれ、幻堂出版。

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2005/07/12

げげげっ 駅前食堂考

退屈男さんのとこ覗いたら、「八月に出る本は?」で筑摩書房の近刊案内のことがあったので、そちらへジャンプ。そしたら近刊案内8月の文庫に『大衆食堂』って、著者は野沢一馬さん。げげげっ。ちくま文庫、やりますなあ。
http://www.chikumashobo.co.jp/top.html

こちらは細々と『大衆食堂の研究』発刊10周年の闇のなかで鼻歌うたいながら、このあいだからやっているように、ザ大衆食のサイトを見やすくする?作業の続きで、「駅前食堂考」をまとめ直しました。「駅」というのは、鉄道の駅以前があって、そのころから「駅」と大衆食堂の関係は深かったのだ。もちろん、むかしは「大衆食堂」という言葉はなかったが。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/ekimaesyokudo_kou.htm

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塩崎庄左衛門さんから、うれしいメール

昨日11日、しみじみうれしいメールをいただいた。公開の快諾をいただいたので、ここに紹介。

以下転載。

はじめまして、塩崎庄左衛門ともうします。昭和36年生まれです。八丁堀に住んでいます。
ザ大衆食を発見してうれしかったのでメールします。今日一日地獄リンクも含めて隅々までみました。
げろめしわたしもやってました。絹ごしにわかめ納豆紫蘇おかか。卵は入れたり入れなかったり。ときどきオクラ。ショウガを入れる時は揚げ玉があると入れてました。揚げ玉にそばつゆをちらっと掛けておくのが墓の下です。
冷や汁はうちの場合、ごま汁といって、出汁に味噌とすりごまを入れただけの簡単なものでした。このごま汁はそうめん、蕎麦、うどんのつけ汁にも夏場は活躍します。夏には必ず食べますね。
あと深川めしですが、深川宿のは違いますね。あれはかまめし、あさりごはんです。
よく祖母がつくるのを見ていました。せっかちなじいちゃんが「おい、めしだめしだ」と昼飯に帰ってくると、ばあちゃんがいそいでつくるんです。「ぶっかけでいいかい?」「おお!」
なべにあさりのむき身、絹ごし豆腐のつぶしたものをいれヤカンからお湯を入れて、味噌と砂糖を入れ、醤油も少し入れ、甘辛の濃いめのみそ汁にして、にたってくるとざく切りのネギをいれ火を通すとできあがり。どんぶりめしにかけて季節の野菜の漬け物でかっこんでまた商売に出てました。いまでもうちではよく食べています。夏は豆腐が生煮えにすると暑くなくていいのね。
ほかにもたくさんぶっかけめし、ぶっかけようの汁物が存在してました。それらの当時のレシピを再現して検証する試みを今夏、実施する予定です。母もだいぶもうろくしてきてますから、記録するのは今年しかないと思っております。
それから、ねこまんまはオカカゴハンのことでしょうゆはかけませんでした。ご飯にみそ汁はジョンのご飯といって犬のごはんでしたが、これには規則があって、あさのみそ汁の出汁に使ったにぼしが全部入ります。汁は少なめで、わかしざましをかけてやることになってました。ジョンが死んだ後も、ジョンのご飯といっていたな。
すいません、勝手にたくさん書いてしまいました。普通においしいものを共有できればいいなと思います。私の経験が中央区の街づくりにいかせたらいいなと、日々思っています。
定食屋で一番覚えているのは、世田谷区大蔵の千草という夫婦でやってるみせでした。仲の良かった先輩の家のそばで、サバ味噌、煮魚、生姜焼き、野菜炒め。どれもどっさりでした。大盛りの丼飯に具沢山のみそ汁。ゆず胡椒の味を知ったのはここでした。

転載おわり。

拙サイトをごらんいただき、このように自分の普段の生活や食生活をアレコレ考えたり、見直したり、発言したり、いただけるのはうれしいことだ。「普通においしいものを共有できればいいなと思います」って、まさにその通り。そのキッカケのために、このザ大衆食をやっているのであって、自己顕示や知ったかぶりのためではない。

ところで、昭和36年生まれなのに? 塩崎庄左衛門さん略して「塩庄」さんという江戸期風のお名前である。八丁堀に住んで、こういう名前だと、もしかして八丁堀同心の末裔かと思ってしまうが、こちらにサイトがある。
http://todaya.hp.infoseek.co.jp/

ここに角川文庫の『オラ!メヒコ』の紹介がある。これを見て、アッと思った。たしか『文学界』だったと思うが、読んでいるひとなら記憶にあるだろう。ちょっと前に、田口ランディさんが、メキシコを旅する話を書いていた。そこに「おかしなトラブルなカメラマン」が登場する。その印象があったので、塩崎さんに、もしかしてあの「おかしなトラブルなカメラマン」さんですかと、失礼ながらメールで訊ねたら、まさにそうだったのだ。いやあ、あははははは、Webは、こういう出会いがあるから楽しいねえ。

その後のメールで、まだまだ楽しい話があるのだが、それはまた後日ということで。

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2005/07/11

昭和人情懐古趣味をこえて

近々新宿ゴールデン街に開店する知人から、開店パーティーの案内が届いた。その文面には、これまでのイキサツを書いた最後に、こうある。

「いろんな方々の友情とご好意に支えられました。株価や遺産相続問題や学閥・各種ブランド信仰や異業種交流会や名刺ジャンケンには縁も興味もないドロップアウト系のわたしたちが大切にしているのは、 こういった縁や気持ちが育む数字には置き換えられないものだったりします。」

まったく涙が出そうなほど、同感なのだ。フツウだったら、ゴールデン街に店を持つなんて考えられない、一人目の子供ができたばかりの夫婦。そして、そうだそうだ、そういえば、おれたちは、「ドロップアウト系」だったのだなあ、と、しみじみ「ドロップアウト系」を自覚したのだった。

この開店パーティーの案内が届いた、そもそものキッカケは、もとをたどると10年前にさかのぼる『大衆食堂の研究』と大衆食の会なのだ。

10年間、得にも儲けにもなる関係じゃなく付き合っているうちに、なんだか縁の縁、気持のつながりのつながりというかんじで、コンニチ的成功の世間からはドロップアウト状態デレデレの輪が広がり、なにをやっていたのだろうねえ、酒飲んでオシャベリしていただけのように思うが……。ゆっくり人間関係が育ってきた、その二軒目の開店というわけだ。

『大衆食堂の研究』が発刊された十年前ぐらいは、レトロブームはあったが、「昭和懐古」はそれほど鮮明ではなかった。大正昭和初期モダニズム、アールヌーヴォーなどへの懐古、前にも書いたが1980年なかごろからの東京・江戸ブームの流れだった。昭和懐古は『大衆食堂の研究』後の比較的新しいブームといえるだろう。これは、プロジェクトXなど、昭和を偉大な時代とすることで、ナニゴトか仕組まれているニオイがする、単なる懐古趣味ブームとはちがう気配もあるが。

それはともかく、そのコアの一つに「人情」なるものがある。そして「昭和を懐かしがるワタクシ」はイコール「人情家」あるいは「人情を大切にしてきたひと」てなフンイキが近ごろあるね。「いやあ、むかしは人情がありましたよ、いまの連中はなんですか、カネカネカネとせかせかせかして、ものを大切にしないし感謝も知らなきゃ礼儀も知らない、人情もなにもあったもんじゃない」とか、いいながら、昭和な大衆酒場や大衆食堂で、自分は人情で生きているようなフリをする。そういうブームがあるようだ。

人様が好きでやっているブームにとやかく言うことはないのだが、しかしだよ、そういうひとは、それで自分を免罪しているのじゃないかとも思うのだ。「人情」を大事にしてきていたら、いまごろは「ドロップアウト系」で、しかも、ブームにとびつくように昭和懐古の舞台装置を利用せずとも、自分の場所で「こういった縁や気持ちが育む数字には置き換えられないもの」を大切に、なんとか生きているのさ。

ほんとうに、「人情」が大切ならば、ひとを出し抜くミミッチイ競争をやりながらの昭和懐古をこえ、ドロップアウト系になってはいかがかな。

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2005/07/10

夏をのりきる「卵かけごはん」リンク特集

暑くなるのはこれからだ。とにかく、めしを食べる。ってことで、6月27日の「夏をのりきる冷や汁リンク特集」に続いて、卵かけごはん!

まずはザ大衆食の「卵かけご飯のシアワセ」
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun05/tamagomeshi_nippo.htm

なんと『ウィキペディア(Wikipedia)』に

「日本たまごかけごはん楽会」なるものができていた。
http://www.tamagokake-gohan.com/

carpe dime: たまごかけごはん
http://stylog.jp/yajico/2005-06-24
「南米チリ原産の品種の鶏卵」だと

雅楽多blog:たまごかけごはんは美味しいよな
http://gutti.livedoor.biz/archives/22505192.html
ご存知「雅楽多」さんの

日刊?ごはん主義のすすめ: おいしい「冷めし」が食べた~い!」
http://blog.livedoor.jp/okomekuriya/archives/26420756.html
お米の「くりや」店長の米の話。コラム「大衆食堂へ行こう」もよろしく~

LOCO-LOCO鬼嫁: たまごかけごはん
http://blogs.dion.ne.jp/kalian_kahanan/archives/861976.html
卵かけごはんが好きな子供

茶々のてぃーるーむ: ああ、たまごかけごはん食いてえ~ 
http://chacharoom.seesaa.net/article/4802883.html
関東風味と関西風味?

BD-1でお散歩しよう: 卵かけごはん
http://blogs.dion.ne.jp/bd1log/archives/1124480.html
「卵かけごはんにも歴史ありです」

卵ごはんの作り方
http://plaza.rakuten.co.jp/comfortlife/diary/200506030001/
ラブラブ新婚生活に?

たまご
http://www.nekoita.com/maldives/food/tamago.html
モルディブで食べたかったベスト3のトップ

50男のブロブロ・ブログ
http://yoshy.exblog.jp/1318644/
醤油ではなくお茶漬昆布と食べる

シロップ大盛り: Love たまごかけごはん
http://blogs.dion.ne.jp/syrup/archives/287041.html
たまごかけごはんでふんばってるようだ

あざらしサラダ: おたまはん
http://blog.livedoor.jp/azarashi_salad/archives/3756965.html
たまごかけごはんの醤油の「おたまはん」は、だいぶ前に話題になっていたのだ

今日もまた螺旋上昇: たまごかけごはんモニターレポート
http://blog.goo.ne.jp/tamariya-akichan/e/5fb1860767997f8efe4e75c25221d46f
たまりや社長の食いしん坊blogでモニター募集したら……

関心空間: 玉子かけごはん
http://www.kanshin.com/?mode=keyword&id=39206

ほかにオススメなどありましたら、コメントによろしく~

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老人は、なにを知っているのか

いやあ、もう昨日になったけど、おもしろいことがあった。夕方、ちょいと歩く駅のほうのC級スーパーへ行った。ここは、けっこう大きなセルフサービス店だが、統一的なマネジメントではなくレジが一つなだけで、食料品八百屋と肉屋と魚屋がそれぞれ勝手なマーチャンダイズィングでやっているにちがいない店だ。

魚売場は、対面販売ではないが、売場に隣接したガラスごしのバックヤードで加工してはケースにならべているし、ちゃんと魚屋のオヤジみたいなのがいて、声をかければ注文どおりに加工してくれる。

で、だね。おれより年上にみえる60歳後半のばあさん、家持ち定年退職主人の奥様専業主婦一筋というかんじが、魚屋の20歳半ばぐらいのにいさんをつかまえて聞いた。「鯛のお刺身、どうしてないの、いまシュンでしょ」と。

すると魚屋のにいさんは、こう応えたのだ。「今日は目鯛だけです、これは鯛とちがいますが、いま鯛にはシュンなんかありませんよ、養殖だから一年中のものです」

いやあ、もうおれは思わず、にいさんとばあさんの顔をジッと見ました。ばあさんは当惑した顔で言いました。「このあいだ鯛のお刺身買っていったら主人がとてもおいしいとよろこんで、また買っていきたいのだけど、では、アレ、養殖だったの?」

魚屋のにいさん、「そうですよ、うちで買われたのなら、養殖です、シールにもそう印刷してありますよ。でもおいしかったでしょ、こんどあるときまた買ってください」。ばあさん、「そう、養殖なの……天然ものだと思っていたわ」 そういうばあさんにかまわず、にいさんは並べるものをならべると、さっさとバックヤードへもどっていった。

真実と認識のズレは、じゅうぶん体験しているはずの日常のことにおいても、このように大きい。闇ですなあ。

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2005/07/09

どううまく食べるかのコダワリしかない

江原恵さんと山本益博さんは、「料理とは食べる技術である」テナことを考えた点において共通している。が、その内容や方法は、かなり違うようだ。

山本益博さんは、けっきょく、言い古された月並みな、「素材の質が料理の質を決定する」テナことである。カネがたくさんあるほうが絶対的に有利な「美食」の追求だ。しかし、江原恵さんは、「ありふれたものを美味しく」テナことで、貧乏人でもできる「美味」の追求だ。

ちかごろは、頭が痛くなるほど、スーパーの店頭にならぶ素材の質が悪い。しかも、値段が高い。ほんの2、3年前と同じカネでも、かなり質の悪いものか、質が同じていどだとしたら量の少ないものしか買えない。もう暴動したいほど頭にきている。この世はドンドン闇だ。

てえ、ことで、昨日はアレコレやっていたので、6時ごろになってから、近所のC級スーパーへ買物に行った。たいしたことない野菜売場、たいしたことない肉魚売場……見ても買う気がおきない。ピーマン4個一袋にレモン2個一袋、ベーコンと豆腐、なぜそれを買ったかわからない。たいがいメニューを考えずに買物をする。

それぐらいしか買ってみようかと思うものがなかったのだろう。売り場を歩いているうちに気分が沈滞してくる、が、酒売場でトツゼン脳が活性化し、アレコレソレコレ迷った末に、ビール6缶ケースと500円弱のオーストラリア産ワイン「ハーディ」の赤を買ってしまった。ようするに酒を買いに行っただけというカタチでもどり、台所の残り物をながめ、ハテ、何をつくるか考えた。

冷や飯が残っている、タマネギ一つ、冷蔵庫には非産地ブランドの鶏肉ぶつ切り6個とトマト1個。つかえそうなのはそれだけ。そうそう、あと、たいしたことないベランダで、同居のツマが栽培している、たいしたことないハーブのなかのバジルを収穫しなくてはならないから、それを使った料理をするように厳命されていた。

山本益博さんのセンなら、お話にならない状況だ。しばし考える。ここで、「ありふれたものを美味しく」の貧乏人の美味学のココロザシがものを言う、ね。

ルクルーゼではない名もなき厚手のホーロー鍋に、薄切りタマネギ、鶏肉、ベーコン、塩コショウして、バターを少々おき、ふたをして中火で蒸す。蒸気が出て匂いがしてきたところで、冷や飯を入れ、ピーマン刻んだのとバジルのちぎったのをふりかけ、またふたをして少々蒸す。そしてふたをとると、なーんとイイ匂い、気分は高揚、レモン半分しぼった汁をまわしかけ、弱火で水分をとばしながらかき混ぜ、大皿に盛る。トマトを切ってそえる。安物赤ワインをあける。がははははははは。

やっぱ、料理は「ありふれたものを美味しく」だよなあ。
友よ、闇は続く。明けない夜はないが、社会の闇は明けるとはかぎらない。ココロザシだ。

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2005/07/08

この本は、ホント、すばらしいよ、デザインも南陀楼綾繁さんの語りも

南陀楼綾繁さん編著の『チェコのマッチラベル』が書店に並んだらしい。「書肆アクセスの半畳日記」に紹介がある。
http://plaza.rakuten.co.jp/accesshanjoe/diary/200507080001/

おれは、初校折帳で見たが、まさにこの通り。綾繁さんの初めてのプラハ訪問から生れた、この一冊、出会いのロマンとフシギ。まあ、綾繁さんの人柄と体型のなせる結果であるかもね。おれじゃあ、こうはいかんだろう。しかし、ほんとうにすばらしい本が、この値段、うーむ、明日は書肆アクセスまで買いに行くか。

あっ、よく見たら、発売予告で、14日の発売だった。ああ、しかし、コーフンの一冊だよな。

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あなたも評論家

おぼえている人もいると思うが、前にちょいとザ大衆食のサイトで「あなたも評論家」というページを始めた。しかし、どうも、やり方がイマイチでそのままになっている。

で、『キッチン レストランの文化誌』を読み返しているうちに、少し迂回になるが、これならよいかという方法を思いついたので、「『キッチン レストランの文化誌』で、「食力」「眼力」をつける」というのを始めた。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/hyouron/kitchens.htm

これはおもしろい。と、自分でおもしろがっている。自分がおもしろければよいのだ。

友よ、闇は続く、おもしろくやろう。ココロザシだ。あなたも評論家。

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群馬の「水呑」の芋がら事情byシオラシイ塩山親爺

「日刊漫画屋無駄話 其の1737」に、このように書いてあった。ので、転載する。
http://www.linkclub.or.jp/~mangaya/nikkann.html

“群馬県は、甘楽富岡地方でのいもがら事情。明治生まれの婆ちゃんの好物で、欄干で日干した後、煮物や五目飯の具に。けど噛み心地がガムみたいで、孫共には不人気。五目飯の場合だと、他のコンニャク、さつまあげ、あぶらあげとは異なり、ハシでつまみ出される始末。婆ちゃんも寂し気。次第に食卓にのぼらなくなった。東京オリンピックの頃だと”。以上はエンテツ爺ちゃんのHPに書き込んだのだが、名前が文字化け、送信出来なかったのでここに。

これは当ブログのいつの話とつながるのか調べたら、どうやら5月28日の「芋がらのオドロキとヨロコビ」のようだ。
https://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2005/05/post_5833.html

罵詈罵詈の塩山さんにしては、なかなかしめやかにしてシオラシイ表現だな。いやあ、そうだなあ、この「孫共」って、たぶん50ン歳の塩山さんの孫で、婆ちゃんからはひ孫になるのだろうが。たしかに、あの芋がらの独特の歯ざわりは、ガキには無理かも。中学高校すぎて大人になるにしたがい快感するものなのかも知れない。なんだか性成長と関係あるかもなあ。でも、おれは10歳前でも、芋がらの味噌汁をうまいうまいと食べていたような気もする。うふふふ、早熟だったからなあ。

あっ、ちがった、これは塩山さんが、中学生ころの話か。いやあ、晩生だったのだなあ。

いやいや、そういう下々の話はどうでもよい、今日からはココロザシでいくのだった。馬サシじゃないぞ。まだまだ闇は続く。

タイトルの「水呑」というのは「水呑百姓」という差別的用語の略です。民俗を正しく伝承するために使わせていただきました。

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2005/07/07

カレーライスの悩ましさ

拙著『汁かけめし快食學』を教材にした授業を受けている大学生から質問があった話は前に書いた。その学生の一人から、無事にレポートを書いて提出した報告がメールであった。レポートが添付されていて、興味深く読んだ。近々、感想を書いて返信しようと思っている。

それで思ったのだが、いままた夏になりカレーライスの話題が沸騰し、その歴史についてもウンチクが盛んだ。しかし、あいかわらず、「カレーライス伝来説」は根強い。まあ、『汁かけめし快食學』より伝来説の本が圧倒的に多く売れている状況なのだから仕方ないのだが。でも、もっともよく見かける小菅桂子さんの説などは、もともと伝来説のツジツマのあわないところを無理矢理あわせようとしているから、ますます混迷を深めている。

おれがいう「カレーライス伝来説」というのは、「国民食」といわれるようになった日本のカレーライスは、イギリスで完成された?カレーライスが日本に伝来し普及したものであるという説をさすのだが。とにかく、なにが伝来し普及したのかハッキリしない。

そもそも伝来とか普及の概念が、アイマイなのだ。おれは、それについては、料理は食べるとなくなるものだから、「料理の普及とは、台所での再生であり生成のくりかえしの連続でありひろがりである」と『汁かけめし快食學』に書いている。そこんとこは、缶詰などの製品の普及とはちがうのだ。

だから、イギリスの艦隊で食べていたとか、イギリスの宮廷のレセプションに登場したとか、明治何年の料理本に載っているとか、帝國海軍で食べていたとか、そういう話しだけでは、台所で、どういうものが実際に作られ普及していったかはわからないから、それは風俗の歴史であって料理の歴史ではないといってきた。

foodつまり「食べ物」とcookingつまり「料理」を別々に検討しなくてはならない。料理の歴史においてはcookingつまり「料理」、台所での再生や生成の料理技術が、伝来のものなのかどうかがモンダイなのだ。

しかし、そういうことはおいといたとしても。というか、そういうことをモンダイにしないままつくられてきた「カレーライス伝来説」は、まだ依然として、わけがわからないほど混乱している。イギリスで小麦粉をといたシチュー状のカレーライスが発明され、それが日本に伝来し普及したという説と、日本でカレーとライスがドッキングしたという説と、海軍から広がったという説、さらに最近は「「服部流割烹家元」13代服部茂一氏が、明治18年から服部式料理講習会にて、カレーを教えたのが始まり。」という説まであらわれている始末で、その状態そのものが、「カレーライス伝来説」の根拠のアイマイさをあらわしている。

ってことをいって、今日のところはオシマイ。しかし、どうして、かくも根拠がなく混乱しつつも強引に「伝来」に固執したいのか? そのへんはカレーライスの歴史に限らない、日本人の歴史認識の方法のフシギがあるように思う。

ザ大衆食の「断固カレーライス史考」はこちら。まだまだ続きます。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/bukkakemesi.htm

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友よ、渡辺勝と川下直広、明日も闇だ

友よ、夜明けだ、力強くめしをくおう……と、むかしは、ションベン横丁の食堂で朝をむかえたことも、よくあったが。

今夜の、いや、もう昨夜か、の、なってるハウスでの、渡辺勝と川下直広のデュオだが。やっぱ、どうも、なんだね、やはりトシくってくるとココロザシのあるナシが関係するのだろうか。おれのような、なーんもココロザシがない人間は、もうあらゆる意味で成長も成熟もない、堕ちていく一方のわけだ。しかーし、昨夜の、渡辺勝さんと川下直広さんは、ちがったぞ。

おれは、ここのところちょいと日時があわなくて、久しぶりのライブだったのだが、いやあ、えらくよいのだなあ。熱演は変わらないわけだけど、深み厚みが増しているというのかなあ、もうお二人とも、「成長」というには失礼なトシだから、「成熟」とか「円熟」へむかってということなのだろうなあ。

しかーし、ほんとに、すばらしかった。いつものように、始まったら、約1時間半ぶっとおしのエンジン全開。それが、力強くめしくって生きようぜというかんじで人生を謳いあげる(って、モチロンおれがそう感じただけだが)、昨夜はとくに、なんだか、心身のカタマリをもみほぐされ、素直に前向きの元気が湧いてくるような。いつも向きだけは前を向いているつもりのおれは、どこかへ飛んでいきそうだったが、南陀楼綾繁さんと同居のツマが一緒だったから無事に帰ってきた。

で、一人でコーフンして書いています。

で、最後から二番目ぐらいに、川下直広さんがソロ(サックス)で、岡林信康さんの「友よ」をやったのだよ。これが、ニクかったね。

じつは、この歌、おれはあまり好きじゃない。それは、あの歌詞がさ、いかにもいまは闇でも、そのむこうに輝く明日があるから闘う、というかんじで。軽いねえ、甘いねえ、嫌だねえ、というかんじで。そうじゃないだろ、輝く明日があろうがなかろうが、闇の中で鼻歌うたいながら生きるんじゃないのかい、というのがおれの考えで。まあ、とにかくリクツはいいや。その歌はナシでサックスのソロってのが、ニクかった。しかも川下さんの演奏が渋いんだなあ。んで、続けて最後に渡辺勝さんが歌ったの、あれ、曲名わすれたけど、その流れで、おれの前向きの前が全開、すっかり気分が前へいってしまって、おもわず、終わって川下さんに「グーでした」といい、渡辺さんにもお礼を述べたのだった。

先日の浪曲でも、若いひとの成長、80歳すぎての円熟などをみて、やはりココロザシの差なのであろうか……ああ、おれも、力強くめしくって酒のんでいるだけじゃなく、少しはココロザシを持たなくてはいけないかなあ……と、思ったのだが。はて。

帰りに電車の中で、同居のツマがいった。
「オジサンもがんばっている、というかんじで、よかったわ」

そして、明日も闇だ。闇が、どーした。力強くめしくって、鼻歌だ。

朝おきたら、書いたこと、ぜんぶ忘れているだろうな。約、午前1時50分。

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2005/07/05

ついに、写真が、「大衆食堂 峠茶屋」

まあ、このガツンな佇まいの写真を見てください。前から気になっていた「大衆食堂 峠茶屋」の写真だけ、手に入ったので掲載した。うれしいねえ、ああ、今日モ、うまい酒が飲めそうだ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s/kumagaya_touge.htm

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選挙とは、そういうものなのか

いま夜中の2時半だ、内澤旬子ばあさんのブログみたら、今回の都議選の選挙運動の訪問と思われる話がある。選挙が終わるまで書かないほうがよいかなと思って控えていたが、おれの知り合いにも、おなじようなことがあった。

それは、都内に住むおれの知人の奥さんの、故郷の小学だか中学だかの同級生の知り合いというひとが、奥さんの同級会の名簿を見てということで、まったく知らない人なのに、まあ遠い地方から夫婦で訪ねてきたのだそうだ。それがグウゼンらしいのだが、二組も、なのだそうだ。

その、おれの知り合いのご夫婦は、いったいどこまでアノ人たちに知られているのだろうかと、すごい気持悪くなって、選挙には行きたくないし関わりたくないと言っていたが、かなり内澤さんの話に似ているから組織的なんだろう。

おれは、その党というか支持団体関係者に知り合いがいて、そういう人ばかりじゃないのを知っているから、そういう話もしたのだが。たしかに、こちらは知らないし地域も何も関係ない人が、トツゼン選挙だからといって訪ねてきて、しかも一方的に自分たちの支持政党の話をし、かなり特定政党に対するいわゆる「ネガティブキャンペーン」のようなことを言い、去っていくのは、イジョーで怖く思うのは普通なのではないかと思った。

でも、その支持団体が支持する党は議席をふやしました。でも、投票率は下がりました。でも、いつも選挙が終わると、自分の党が勝った負けたの話ばかりで、投票率を下げた責任は誰も負わない。かくて、投票率が低いほど有利な組織基盤を持った政党が議席数をふやす。おれは知ったことじゃないが。

しかし、法にふれなければなにをやってもいいという宗教は、あまりにも寂しい。

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中野45番街 松露

日本文化の悪癖は「軽薄短小」を「針小棒大」に語ることである。NHKの解説やニュース、大河ドラマ、連ドラ、しかり。大テレビも大商業新聞も大新興宗教新聞も、大衆うけするためには、そういうものだ。「軽いネタ、薄っぺらい視野、短いセリフ、小さな感情」 コレつまり軽薄短小ね、これが視聴率を稼ぐのだ、と、説教してくれたり、そのくせテレビは視聴率しか追求してないと怒っていたやつが、なんのことはない、自分が現場を引退したら、おれにむかって、テメエのサイトはブログも文章が長すぎる、複雑すぎる、もっとわかりやすく軽薄短小にしろ! と言いやがる。

バカヤロウ、てめえ、メール打つのも老眼鏡かけながらやっとのくせに。おれはアクセス稼ぎやページビュー稼ぎでやっているんじゃねえよ。長くても読まれる文章、複雑でも面白くてハマってしまう内容で勝負しているんだ。いまどきの、ブログをそのまま本にしようなんていうバカ編集者やライターが喜ぶようなものとは違うんだよ。がははは、老眼鏡が、無理して読むことはない。

と、思ってはみたが、謙虚なおれだから、ながめてみると、おれ自身、コリャややこしくてわからんぞ、バカヤロウ、このサイト、誰がやっているんだなんとかしろ、と思うところもある。で、アレコレいじっている。おれって、ホントに、謙虚。

ってえわけで、まずは手直し改訂、ここにバラバラだった「松露」をまとめた。「中野45番街 松露」だ。ママ~、ママ~、ママ~、ママ、元気で。ほかに言うことナシ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/syoro.htm

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2005/07/04

スタミナかサッパリか、「なんばん」か「ピーマン」か

今日の「万盛庵通信」、いいねえ、笑った。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/38673?YEAR=2005&MONTH=7&DAY=4

「夏のスタミナ VS 夏はサッパリ」 悩ましいところだ。が、しかーし、スタミナもサッパリも、というテもあるのだ。そこでまたまたしつこく登場のぶっかけめし。ゲロめし、だあ~。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/geromesi.htm
スタミナ奴もあるでよ。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/sinbun04/sutaminayakko.htm

ところで「万盛庵通信」の夏のスタミナに登場する「かぐらなんばん(神楽南蛮)」は、同じ通信の今月2日に現物の写真が載っている。これは、夏が、まさにシュンのもので、夏以外は出回らないものだ。そして夏が進むにしたがい、赤味がまし、辛さもます。

おれがガキのころは、ピーマンなんかなくて「なんばん」だった。そのなんばんが、現在と同種の「かぐらなんばん」かどうかは知らないが、このように神楽の獅子のようなゴツゴツ顔だった。これがピリ辛で、味噌と油いためにして食べると、めしをたくさん食べられたのだなあ、遠い夏の思い出。しかし、このまんちゃんの肉詰め煮込み料理のようなもの、うまそうだなあ。これで生ビール、やりたいなあ。

ピーマンが最初でまわりだしたころは、この辛い「なんばん」に対して「あまなんばん」とも言っていたような気がする。高校山岳部の夏山合宿には「ピーマン」というものを持って行った記憶があるから、そのころには「ピーマン」が普及していたのだろう。

ついでに、「万盛庵通信」の「かぐらなんばん」の前の日、今月1日は、「12会」有志による魚野川土手の草刈の話がある。「12会」とは、(六中昭和12年卒)とあるが、オーイまんちゃん、昭和12年には、おれたちはまだ生れてねえぞ~。これは六日町中学校12回卒のまちがいで、おれはその12回卒なのだ。12回卒はクソマジメなのか愛郷心が強いのか、単なるモノズキか、このように川の土手の草刈をしたり、空き地にタンポポやブナだかナラの苗木を植えたり、花火大会に花火打ち上げたり、町内マラソン大会に参加したり、あと、よく集まっては飲んで地域経済に貢献したり。行動力もあるが、酒も強し、口も悪い。

国は滅びてもふるさとは滅びない。

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2005/07/03

『大衆食堂の研究』のころ その2「特殊」な

6月23日に「『大衆食堂の研究』のころ」を一度書いているので、「その2」ということにしよう。本書は、「近代日本食のふつう」つまり「近代日本食のスタンダード」に関心があってヒラメイタ企画だ。そして『汁かけめし快食學』もそうだが、自分の体験をもとに普遍化を試みるという方法で書いている。

だから全体のページ数の関係もあったが、なるべくスタンダードにしぼった。「特殊」と思われるケースは、載せてないか視野におくていどの扱いだ。

その「特殊」なケースの一つは、デパートの食堂、その大衆版だった〔聚楽〕〔渋谷食堂〕〔食堂三平〕などである。『大衆食堂の研究』では「思えば…編*田舎者の道  三、食堂でなければありえない」の最初で、視野におくていどにふれている。これらは、大衆的な食堂ではあったが、値段も風俗も、おれの体験としては非日常のものだった。その非日常的光景について書いているのだが、どちらかというと、のちのファミレス発生期のファミレスのように「特別」な存在だった。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_5_03.htm

もう一つ、これとは違って、日常生活的な食堂であるが、立地環境が特殊なので、まったくふれてない食堂がある。それは台東区の山谷つまり日本堤地域の食堂だ。しかし、ここには何度も行っているし、『大衆食堂の研究』にとりかかった1993年ごろから、激しい変化をしている。

たとえば、1992、3年ごろは、その地域の「主な産業」であった「ドヤ」といわれる賄いのついてない「木賃宿」は、どんどん一泊二千数百円の個室型に変わっていた。しかし、でもまだ、「カイコ棚」といわれる、一泊400円から700円で泊まれる宿が、何軒か残っていた。一つの階を上下に仕切って、ま、ようするに二段ベッドを並べ詰めたような構造で、しかし個人的な仕切りは一切ないスタイルである。そこに泊まれないものは、いわゆる「露天生活者」ということになり、玉姫神社境内やいろは商店会の通りで寝る。さらに、そこに寝れないで、周辺でテキトウに寝るものもいたが。

その「宿泊構造」は同時に、その人たちの「階級構造」でもあり、それは食堂にもあった。つまり大きくは、1000円前後からの定食を中心にした「高級店」が数軒、ほかは500円前後の定食を中心にした「普通店」、そして食堂を利用できないひとは、いろは商店会の店が店の前で売る、トレーの白めしにおかずをのせて300円以内であげる。

それらは、あるていど、日雇いの賃金構造がスライドして反映している面もあって、「高級店」は階級構造のトップにいた日当のよい鳶職などが利用するところだった。ちょいと忘れたが、鳶職は土建系職人の平均日当の倍ぐらいはあったはずだ。

とにかく、当時は、そのトップの鳶から下層のホームレスまで、じつにたくさんの人たちがいた。夕方のいろは商店会は銭湯あがりの男たちで祭りの夜店のように賑やかだった。そして夜8時ごろ、いろは商店会の店が閉まると、そのアーケード通りは、「ミゴト!」といいたいぐらい、真ん中の通路を残して両側に寝具が整然とひきつめられ、男たちが寝につくのだった。

それから、数年のあいだに、その一泊400円から700円で泊まれる宿は、少なくともおれの知っているところは全部なくなった。食堂もどんどん減り、いろは商店会の整然たる夜の寝床も歯が抜けたようになった。これは、直接的には都内の「公共工事」や「大型プロジェクト」の減少が関係しているようだが、それより、工事の「自動化」が急速に進んだことによって、職人仕事が減ったのが本質的な原因だろう。以前は、ゼネコン土建屋が繁昌すれば、そこにぶらさがっている職業もおこぼれあずかることができたが、もうそういう構造はなくなった。そういう結果なのだ。

それはともかく、その男たちがいなくなった地域は寂れつつ、その男たちにかわり外国人滞在客や旅行客が流入するところとなった。ドヤはどんどん安ホテルになった。

そうそう、あと、こんな地域に詳しくてもしかたないだろうと思うのだが、なんだか下層に通じているのが自慢であるらしい、下層文化散歩人たちや下層文化通人たちが徘徊するところとなった。ま、ニッチ情報で偉そうにしてみたいイジマシイ人間が、けっこういるということか。

泪橋交差点にあった立ち飲み屋「世界本店」などは、昼間から酔っぱらいの喧嘩が絶えなかった。店のひとにボコボコ蹴られる客を見るのはめずらしいことではなかったが、そういう殺伐とした空気は漂わない、なんだか下町風流情緒的あるいは猥雑アジアンテイスト的エエなあ気分の礼賛記事が、雑誌や本に載るようになった(おれもその案内人などをつとめたことがあった)ころから、力強い自堕落な偏屈な殺伐とした男たちが減っていった。焼酎なんか自虐的な気分で飲むものだったが……。そして、「世界本店」も美しいコンビニになった。

あと「特殊」ということでは、「学生街」の食堂も特殊だから、ほとんどふれてない。そのことはまたそのうちに書こうかな。

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2005/07/02

『大衆食堂の研究』html版 掲載完了

『大衆食堂の研究』html版の残っていた「編外編 これこそ食堂」と「あとがき」を掲載した。これで、なんとか発刊10周年の今月に間に合った。
http://entetsutana.gozaru.jp/kenkyu/kekyu_index.htm

期待されてやっていたことじゃないけど、自分としては一仕事おわった気分で、ヤレヤレだ。さて、一人で祝杯でもあげよう。

「あとがき」には、こんなことが書いてある。

「注文してから何分でできあがり盛りつけがどうで、味がどうで、雰囲気がどうでなどと外食を評価することは悪くはないが、めしくうということは、はたしてそれだけかということを、おれたちはもっと考えてみる必要があるのだ。」

「そもそも人間がめしをくうということは、あの立ちションベンのときの、充実感とか解放感という言葉であらわされる感覚の延長線上にある、「元気」のためじゃなかったのか。それが、どうしてこうまで美味だの本物だのにウンチクかたむけ、いじましいほど健康だの美容だのに気をつかい、情報に追い立てられるような食生活をしなくてはならないのか。もっとおれたちは逞しいはずだし、もっと元気がでるめしのくいかたができるはずではないのか。そこらへんから考え直してみなくてはならん。」

がははははは。10年たっても、なにも変わってないなあ。おれも世間も。

先日もザ大衆食のサイトに御徒町食堂の古い写真を掲載したが、ほかにも古い食堂の写真が出てきたし、資料も出てきたので順次掲載したい。

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2005/07/01

下層生活自慢、「大衆食堂的!」

ヤスlogさんをのぞいたら、いきなり当ブログ2005/06/22「「スローフード」や「食育」のまやかし」より引用があって、ビックリして、昼酒の酔いがさめた。
http://d.hatena.ne.jp/yasulog/20050630#p1

酔っぱらいの思いつきタワゴトを引用いただき、ただただ恐縮。こういうことがあると、いつも全文緊張して書かねばならない、と、思うこともなく、今日もまたむかえ酒をやりパソコンに向かう。「酔いどれブログ」と名前をあらためたほうがよいか。

昨日は、半年ぶりに会う編集者と3時半から6時半ごろまで昼酒ヨイヨイ。別れて一人でもう一軒。常連の、出版業界でも編集者とは対極の、「下層」印刷会社製本現場労務者と飲む。製本現場は、あいかわらず激しい人減らし合理化が続いている。厳しい話ばかり。クビにならずに生き残っても、以前の三倍の仕事をこなさなくてはならないからヨレヨレ、もちろん給料バカ安。まもなく出るボーナスは、むかしのままに現金支給だけど、「編集者のボーナスのように立つなんてことはありませんや」。

はあ、なんだか大新聞業界の正義の記者と、ホームレス寸前の勧誘員のあいだにあるギャップと似たものが出版界にもあるなあ。でもね、こちとら、そのまた下の食うや食わずの文筆労務者フリーライターですぜと、おたがいに下層生活を自慢しあいながら泥酔。そういえば途中から解体屋労務者もいたような気がするな。ま、どのみち下層労務者の宴だった。

二度ほど名前を変えたが、名前もコンセンプトもいまいちだと思っていた、もう一つのサイト「散歩の純情」を「大衆食堂的!」に変えた。これで変えることはないだろう。今後、このセンで、手を加え書き変え、さらに記事を追加するつもり。
http://www.geocities.jp/ed_meshi/

ザ大衆食のほうも、見にくい!というウルサイ年寄りがいるので、すこしづつ整理している。ツモリ。

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