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2005/09/17

悩ましい「毒婦高橋お伝」とカレーライス

「高橋お伝」という名前を記憶にのこしたときから、名前のアタマに「毒婦」が脱げない帽子のようについていた。高橋お伝は毒婦であり、毒婦でない高橋お伝は知らなかった。いつだったか、ほかにも毒婦がいるようだが、どんな悪行をした男でも「毒夫」とか「毒」がつくことはないようだ、女を「毒」とするのは品行方正を偽装する男の考えそうなことだなあ、と思ったことはあるが、毒婦高橋お伝は毒婦のままだった。

なぜ毒婦なのかというと、ようするに生まれつきスゴイ性器をもっていて、自分も男とヤルのが好きでやりまくり、一度お伝とやった男はお伝に狂ってしまう、お伝は男に狂って悪行を重ね、男もお伝に狂って悪行を重ね、ついに、と、ここからどうも愛人のチンポ切り殺人の阿部定の話とダブってしまい、どっちがどっちかわからなくなった末に、とにかくお伝は、男を殺し金を奪って逃げ捕まり小塚原で斬首、モンダイはそのあとで、お伝を毒婦にしたスゴイ性器を東大の解剖の先生が切りとってホルマリン漬で保管してあるということで、この毒婦の話しは、一挙に「一度はそれを見てみたいなあ」という性的興味、猟奇的興奮に導かれ、かつ「科学的」な真実味をもつのだが、よく考えると、そのていどのことしか知らないのだった。

あまり興味のある話じゃないから、記憶の底に沈殿し、たまに「お伝」の名と共に、その記憶が浮上し、東大のホルマリン漬を思い出してオワリというありさまだった。

で、『イケイケ・どんどん 小沢昭一的こころ』(小沢昭一/宮腰太郎、新潮文庫)の「高橋お伝鎮魂旅」である。「とにかく、高橋お伝は、スケベで狡猾な古着屋の後藤吉蔵を、色仕掛けで殺害したということになっております。おりますが、これは状況証拠だけで、今でも多くの謎、疑いが残っているんですね」と。ようするにこれは、「毒婦高橋お伝」から「毒婦」をとり、高橋お伝を「高橋お伝」として鎮魂する話なのだ。

殺意のある殺人行為があったかどうかもはっきりしないのだが、高橋お伝を「毒婦」にしたてたのは、当時のジャーナリズムで、と、ここでこの話がカレーライスの歴史につながる。

「お伝さんが御用になった時も「いや、彼女は稀に見る貞女だ」という声もあったそうです。しかし、当時の売れっ子戯作者・仮名垣魯文が『高橋阿伝夜叉譚』を出版するに及んで講談になり芝居になり、ドドッと毒婦説が決定付けられたのですね」と小沢さん。この魯文の『高橋阿伝夜叉譚(たかはしおでんやしゃものがたり)』ですでにお伝さんは「夜叉」にされているのだが、1879(明治12)年、高橋お伝が処刑された年というタイミングで刊行された。

魯文について、小沢さんは、「明治初期の戯作者であり、また、ジャーナリストでもあったようですが……。」と冷やかに、そして、お伝の三回忌に建てられた墓石の裏にある建立世話人に仮名垣魯文の名前を見つけ、「魯文センセイとしても気がとがめたから世話人になったに違いありません」。さらに新聞社などの名前があるが「いずれも高橋お伝毒婦説をネタにしてもうけたというか、いい目に会った面々ですネ」

この仮名垣魯文こそ、既成のカレーライスの歴史で必ず、カレーライスを日本に初めて紹介した本として登場する『西洋料理通』の著者だ。『西洋料理通』は、1872(明治5)年刊行。高橋お伝の事件の発生は、明治9年。翌明治10年に、魯文は『鳥追お松の伝』を書いている。お松も「明治の毒婦」といわれた女の一人。小沢さんは、「なんども力説しますが、彼女たちは当時のマスコミのアワレナ犠牲者であります。カワイソーなんだ……はっきり言おう、毒婦は毒ガスの百分の一も悪くない!」

そういえば、正式な事件名は知らないが、和歌山のカレーライス毒殺事件についても、裁判中の被告に対して「毒婦」という言い方をする「ジャーナリズム」があると記憶する。これは「毒」を使った事件だからということかも知れないが、それだけじゃない印象もある。明治から「ジャーナリズム」の本質は、そんなにかわっていないのかも知れない。いや変わっていないから、魯文の『西洋料理通』が、あいかわらずカレーライス伝来説の根拠になっているのかも知れない。

その『西洋料理通』についても、小沢さんのように魯文に疑問を持ったひとはいる。それは荻昌弘さん。この話、つづく。

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