こんな飲食表現をしてみたい
どうにも身体がデレリンコンなので、寝転がって延ばした手の先にひっかかった本棚の本が、小沢信男さんの『いまむかし・東京逍遥』(晶文社)。何度も読んでいるが、パラパラめくると、植草甚一おじさん63歳のときの、1970年5月1日の日記からの引用が目にとまる。おれも今年63歳だもんな。
そのなかに、「三軒茶屋へ行くとヒサモトのコーヒーが飲みたくなるが、そういうときは、からだの調子がよく、気持がのんびりしている証拠だろう」という文章があった。
食べたり飲んだりしたことを、こういう風に書けるようになりたいものだなあ、と思う。こう書けるニンゲンになることが先決だけど。
と、忘れないうちに、ここに書いたのだが。忘れて、けっきょく、偉そうに飲食店や飲食物を裁くようなことを書くのだな。
しかしきのうの酒は、安くてまずくて気持のよい酒だった。きっと、からだの調子がよく、よい仲間と飲んでいたので、気持がのんびりしていた証拠だろう。って、これじゃ、ほぼ盗作か。やれやれ、酒の修行はずいぶんしてきたようだが、ニンゲンの修行が足りない。
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