小沢信男「池袋今昔物語」と白っぽい再開発
小沢信男さんの著書に『いまむかし・東京逍遥』(晶文社1983年)がある。白っぽい装丁、本文のデザインも余白をとって白っぽい。だけど、内容は、白っぽいわけじゃない。ただ、むかしから、晶文社のような文化っぽい出版社の本は、白っぽかったのだなあと思った……そのことじゃない。
この本に収録されている「池袋今昔物語」という小作品だ。83年3月雑誌『現代の眼』が初出。そのころ、著者の小沢さんは、東池袋の一角に住んでいた。「東池袋の現住所に、私が世帯を持ったのが二十年前で、当時は町名を西巣鴨と言った」。同じ町内に、サンシャイン60に化けた巣鴨プリズンがあった。狭い路地が入り組み、ボロな家屋が密集する一角だ。
この小作品の最後は、こうだ。
引用……
ところが、あちらには、おのずから別な見方があるようで、家屋密集地帯を見おろすと取り払って再開発がしたくなるらしいのだ。往昔の西口マーケット街とほとんど同様に、嘆かわしい、遅れた地域と見えるのだろう。はたせるかなつい先頃もまた、東京都が、東池袋四、五丁目を再開発地域に指定したが。彼らはそれを恩恵のように思っているから世話はないのだ。そのうち池袋がもっと接近してきて、拙宅あたりも”文化的”にされてしまうのだろう。やれやれ。
……引用おわり
「あちら」とは行政やサンシャイン60をおっ建てたものたち。「池袋」とは再開発された”文化的”な街のことだ。
すでに新聞などで何度も報道されていると思うが、いま、この東池袋四、五丁目は、再開発の真っ最中だ。都電東池袋4丁目駅周辺の景色は、まったく変わった。まさに、あの黒っぽい密集した家屋は姿を消し、白っぽい街が生まれつつある。
東京都が再開発地域に指定して、約20年。その間、なにがあったのだろうか。
少なくとも再開発にからんでいえば、借地借家法など、ほか地権者に有利な法改正が行なわれ、実際に住んでいる人や利用者より地主が有利であるようになった。つまり、そこに住んでいなくても土地の権利を持っている地権者さえまとまれば、再開発は、ほとんど行政と地権者の意のままに進められる状態になった。また従来とは比べものにならない、ずっと大きな容積の、つまり収入の多いビルを建てられるようになった。法律的にいえば、そういうことで、これによって最後は、よほどの抵抗でもないかぎり、押し切られてしまう。どんなに借りたり住んだりで、利用している人が多くても、無力におわる。
が、しかし、一方で風俗的文化的な面では、レトロブームなどが盛り上がったわけだ。その東池袋四、五丁目の、すぐそばには、レトロ趣味を象徴するようなナンジャタウンまでできた。じつは、それは再開発されたビルの中にできたものであり、グリコのおまけのレプリカを買って喜ぶような消費的なアソビ文化にすぎない。
家や街を、自分たちの手でトコトン使いつなぐという文化とは無関係だし、消費的なアソビ文化は、けっきょく現実に対して無関心か傍観者でしかない。
グリコのおまけのレプリカを買ってよろこぶようなレトロブームが、多少でもいいから、再開発問題への関心や、家や街を自分たちの手でトコトン使いつなぐ文化などに、むかえば、少しは事態は変わったかもしれないなあと思うことが、あったねえ。
しかし、そういうことに無関心か傍観者でしかないレトロブームは、かえって再開発推進の外堀としての役割を、いまも果たしているように思う。
と、もうすでにアキラメているのに、またミニバブル到来で白っぽい再開発の黒い腹が、大口開けて喜んでいるのをみて、性懲りもなく書いてしまった。やれやれ。
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