神棚の下で好食「たらし焼き」に感動す
年末年始は近年の習慣にしたがい秩父の山奥、山間僻地日照4時間谷底のイノシシクマネズミら勝手放題の野生の天国で、外へは一歩も出ず過ごした。
画像クリック地獄で拡大は、その家、没落林業家の神棚。飾り供物は、右からマス、昆布、スルメ、ミカン、栗。ミカンではなく干し柿のこともあった。この栗は、「天津甘栗」をつかっているが、むかしはカチグリをつかうのが普通だったように記憶している。いまカチグリをつくる家はあるのだろうか?
たしか10年前ぐらいは、飾りをつるす縄をなって左右一杯に張り、マスなどは縄でしばり、イカやミカンあるいは干し柿などはタコ糸を通して、つるしていたはずだが、今回気がついたら、太いなげしに釘を打って、ビニールのひもでごく簡単にしばってつるしていた。この飾りをやる老人は、70の半ばを過ぎたし、腰を痛めているから、無理はできない。
一枚板の神棚には、4つに分類されて神様が祀ってある。イチバン右は、約20戸ばかりの地元の集落の「守り神」である「お天狗さま」(お札は発行してないので祠の写真)と、その集落をふくめ、この谷沿いの200戸ばかりの氏子が守る倉尾神社のお札、つまり地元レベルの守護神だな。そのつぎ、中央右は、伊勢神宮と出雲大社のお札が同じ祠ケースにおさまっているのがオモシロイが、つまり国家レベルの大神様。そのつぎ中央左は、台所や火の神様など、近在にある家内安全系のさまざまな神様のお札、そして左端は恵比寿大黒七福神というぐあいになっている。
31日の夕方、いわゆる「年とり」の祝い食事を始める前に、老いた戸主は、4つの盃に清酒をつぎ、その神棚に献じ、祈る。そして食事の最中に、それを下げて、みなで飲んじゃうのだ。「神人共食」の名残りの形式か? とにかく、それが、ま、「年とり」の儀式だ。
この神棚がある部屋は、メインの大きな座敷だが、家全体が昔のつくりだから暖房が効かない。山小屋なみの寒さだ。日中でも5度、石油ファンヒーターをつけていても12度ぐらいが限界だ。
神棚の下でコタツにもぐって、埼玉県秩父市のちちぶ農業協同組合が発行する「やまなみ」という広報誌の11月号を見ていた。この家と同じ集落のひとの投書が載っていた。これが、すばらしい。以下引用……
私の家では、夕飯を食べる前にお茶を飲みますが、その時にたらし焼きを作って食べます。たらし焼きはうどん粉と重曹と砂糖を入れてフライパンで焼きます。とてもおいしいですよ。
……引用おわり。これだけの短い文章。
家人に聞くと、この投書の婦人は50歳ぐらいとのこと。なんとまあ、このいとも単純な「たらし焼き」とお茶で、とてもうれしそうに、おいしそうに、夕飯に入る様子が目に浮かぶ。これはまさに、今年のコンセプト「好食」の風景ではないかと思った。
そのように、年をこし、新しい年が明けたのだった。
たらし焼きのことは、忘れなかったら、また後日書きまする。
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