味の話は楽しくやりたい
味の話はむずかしい。直接おなじものを食べながら話しているときは、まだよいが、こういうブログなどのように話しの対象となる現物が目の前にないばあいは、むずかしさが増す。
たとえば「甘い」にしても「辛い」にしても、さまざまな「甘さ」があり「辛さ」がある。その種類は、どれぐらいあるだろうか。清酒を例にすれば、小さな酒蔵でも数銘柄もっているが、その「甘さ」や「辛さ」のちがいは、銘柄の数だけある。料理の甘さにしても、砂糖だけではなく、野菜の甘さや、だしの旨みなど、さまざまな「甘さ」がある。「辛さ」にいたっては、清酒の「辛さ」と料理の「辛さ」は、まったく異質のことのようにちがう。
ある菓子について、「あれはおれにとっては甘すぎる」と書いたとする。それを読んだ読者は、それとおなじ甘さを想像しうるかというと、たぶん不可能だろう。この例では「おれにとっては」という表現があるから、まあよい。あのひとにとってはそういうことなのだと理解すればよいのだ。むしろそうすべきだろう。
「おれにとっては」という断りがなくても、だいたい自分の「感想」なり「感じ」を述べているわけで、そのひとの感情や感覚のことなのだ。それにたいして君はまちがっているわかっていないなんていう話は、無粋だし、必要ない。むしろ、その「甘すぎる」甘さとは、どんな甘さだろうか、おれのイメージとおなじなのだろうかと考えてみることが、味の話のためになるし食べる楽しさをひろげるはずだ。
しかし、これが、とくに男同士のばあい、めんどうなことになりやすいようだ。男同士のばあいは、直接おなじものを食べ飲みしながらでもむずかしい。男は、なんてのかな、すぐ自分が優位にたとうとする。自慢が先になるというか、相手の言わんとする意を理解するまえに、すぐ、自分が知っていることをひけらかしたがる。
それは、男は外で闘い女は内を守る、といった歴史が長かったせいなのか、男は料理の味の話でも争うように違いを言いたてる。こんなことをしっているぜ、あんたこのことはしらないだろう、といった話になりやすい。だいたい男は、なんの話でも趣味や道楽のことでも、自分をひけらかしたり優劣を争うネタにしてしまうクセがあるのではないか。
しかし、食糧は争いのもとだったが、料理は和のもとであり、いろいろな戦争も食糧が原因であったとしても、料理を食べながら飲んで和して手打ちなのだ。そのときに、違いを言いたてたら和も壊れるというものだ。おお、おれと戦った相手は、このようなものをうまいとおもってたべているのかと理解することが肝要であり寛容なのだ。
前にも、ある男と味の話から、ややこしいことになって、おれはあまり言い張らないほうなので、こいつはツマラン男だなとおもいながら聞き役になっていた。かれは、ある天ぷらやの天丼のツユというかタレというかについてウンチクをかたむけたのだが。後日、かれがあそこのは、あまり甘味がしつこくなくてよいというその店の前を通ったので、ついでに食べてみた。すると、それは、どう考えてもアジノモトの旨みによる甘味なのだ。考えようによっては、砂糖やだしをけちっているだけ。「グルメ」のあいだでは、そういう店が行列のできる店になったりする。それは、ヒマのおおいみなさんのヒマつぶしのアソビとしてならよいだろうが、「グルメ」とはちがうのではないかとおもう。
ま、そういうこともあるのだが、味の話は楽しくやりたい。では、楽しくやるには、どうするかということがあるが、それ以前のモンダイとして、相手が言わんとしていることを理解する想像力が必要だし、その想像力さえあれば楽しくやれるようになるとおもう。
そして、やはり女のほうが、といっても最近は料理をしない女もいるからなんともいえないが、やはり料理をつくるかどうかで、想像力の膨らみかたもちがうだろう。よくつくっている人のほうが、一般的には、料理の味の話をしていても楽しい。イメージに膨らみがちがうのだ。
女をほめるのは、好きな女だけにしたほうがよいので、女に難癖をつければ、よく料理をする女にも「教科書どおり」というタイプがすくなからずいる。おれは、「頭のよい」つまり「勉強のできる」女には、このタイプが多いのではないかという偏見を持っている。先生のいうとおりに答えれば点がとれ「頭がよい」ということになる。だけど応用や機転がきかないというのかな、それはひとえに知識より想像力のモンダイのようだ。そういうタイプがけっこういる。このばあい、料理はつくっていても、話にイメージの膨らみがなく、タイクツする。あまり女のことはしらないのだが。
「料理が上手な女は頭がよい」なんていうコトバがあったような気がする。誰が言いだしたのか、頭の悪いやつが考え出したとしかおもえないが、料理や味の話をしていて楽しい女というのは、たしかにいる。そういう女は料理もうまいだろうなとおもう。
とにかく、料理のことで、知っている知識をひけらかし競うのは、バカさかげんを露呈するようなものだ。あそこにこんな店があります、あんな店がありますなんていう話は、それがうまい店のことであったとしても、食の話でも料理の話でもない。情報の話なのだ。何軒か食べ歩けば、どこの店がどうだかぐらいの判断がつくのはアタリマエで、その数がふえたところで、データベースの拡張、情報の増大だろう。それはそれでよいのだが、それを、なにかいかにも食や料理や味について「客観的」に詳しくしっているがごとく、もったいをつけて話すからおかしいのだ。
女だろうと男だろうと、料理は知識ではない、想像力なのだ。それに、まず、食べることを好きにならなくてはな。
しかし、きょうの天気は、ひどい荒れ模様だな。
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コメント
なんか、いい雨宿りしていますねえ。
こっちは、いちおう止みましたが、
さきほども一度やんで晴れたのに、
また降りまして、
いずれも雷雨ですが、
まだ雲行きがあやしいので安心できません。
投稿: エンテツ | 2007/04/28 17:03
三時過ぎにいきなりの雷雨。最寄り駅の庄やで雨宿りがてらやっております。
スタミナ豆腐があって混ぜながらクイクイやってます。
なかなか雨やみませんね。
投稿: スコッチエッグ♂ | 2007/04/28 16:52