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2007/05/03

街に生きる大衆食堂と大衆食堂に生きる街

ようするに、なんだね、『雲のうえ』おとなの社会見学の続きというか。

「写真や映像で断片的に知る以外の知識を持つことはなかった。ほとんどの人にとってそうだろう」…、牧野さんは「工場」について述べている。じつは、たいがいのことについて、そうなのだ。ようするに、たいがいのことは、書物やメディアからの断片的な知識で間に合わせている。おれもそうだが、安直かつ横着な考え方や過ごし方だ。

2005/11/27「東京に働く人々」では、

「東京本」「東京人」という言葉が踊るとき、そのワクからいつも抜け落ちている東京をかんじる。今回も、また、なのだが、ま、文学的虚構の東京も、コンニチの東京の一面なのかも知れない。

しかし、浅草を語るとき、そこに憧れ慰めを求めた南部労働者や葛飾労働者、また荒川をこえた埼玉になるが川口周辺の労働者をヌキに語られること自体、おれとしてはフシギだ。とても偏った「東京観」をかんじるし、「東京に働く人々」への無関心をかんじる。

……てな、ことを書いているわけだけど、そこにあらわれている現実は、たくさん本を読んでいるにも関わらず、あるいは、もしかすると本を読めば読むほど、「東京に働く人々」への無関心が増大する可能性、ではないだろうか。

ほんらい、東京の街を歩いて、なぜそれがそこにあるのかということに興味を持って調べれば、それは一件の大衆食堂の存在ですら、工場や労働者の存在をぬきには語れない東京の街があるはずなのだ。なのに、である。

そんな調子で、おれも含め、どうやって生きてきたか、ナゼしたり顔でものをいえるかというと、業界的な知識や情報、それにテレビや新聞の「風説」ていどの「社会常識」があれば、それで食べていける世間があったからだろう。

とくに大都会ほどそうであり、何度か書いたように、生活もちろん趣味まで、「業界的」に成り立っている。街まで業界的なるものにのみこまれている。そのことが、「街的」な視点を失わせる、一つの原因ではなかったかと、ぼんやり考えている。もちろん、そこには事大主義な活字文化が聳えているのだけど。

というわけで、街は、どんどんイラナイ存在になりつつある。いまでは、街についても、工場のように、路上から外側を眺めたていどの知識でものを言っている状態が広がりつつあるようにみえる。

たとえば、おれのウチは町内会ってやつに入っている。でも、会合には出たことはない。それでも、生きていけるのだ。たしかに街灯や公園の電球が切れたら町内会へ連絡すればよいとか、ゴミの収集では役員の人たちが苦労しているのは知っているから、会えば挨拶ぐらいはする。だけど、そもそもその町内会のシゴトは、役所を通してのどこかの業界の「社会貢献」「社会奉仕」をタテマエにした下請け下働きだ。それで街の日常の大切なところが維持されているにしても、街は業界の下請けに「吸収」されつつあると、みることもできる。

コンニチの、とくに大都会の生活は、そのように、業界ジャンルにぶらさがって成り立っている。しかもそれを「街の暮らし」と錯覚しているフシもあるようだ。そこから将来の望ましい街のビジョンが生まれるだろうか。

ビジョンも考えずに、安直かつ横着に自分の都合で街を語るのではなく(それはほとんど、これまでの「業界的」に帰結することになるだろう)、まずそこで何がおこなわれてきたのか、なにがあるかを「学ぶ」ことだろう。「読み解く」だの「貢献」だのなんてのは、横柄すぎる。つまり、「おとなの社会科見学」として、工場を見学するように街を見学するのだ。ま、工場だって、街の一部だが。そこには、工場とおなじように、変わらないこと変わっていくことがある。

このブログでは、「街的」というコトバや概念に共感してきた。なぜ共感するかというと、そうだ、きょうのタイトルは、この話だ。

ある種の編集者からみると拙著『大衆食堂の研究』は、「空間論」であるということになるらしい。そのことを否定するつもりはない。まさにそうだといえる。できたら、「地理学的」でもあるとか、いってほしいぐらいだ。

ただ「空間論」であって「食」ではないということになると、それはチョイとおかしいんではないかナとおもっている。

「空間論」であって「食」ではないという見方は、学術業界がつくりだし活字となって流布された見方であり、これは「業界的」と同じ軸か一体のものだろう。つまりタテ型のジャンルわけであり、それぞれのジャンルには権威なるものがいる。

たとえば、大学の学部や学科、あるいは学校の教科や図書館の分類法などのようなものに、街や生活をはめこんでいく「思想」の反映のようにおもう。

そういう見方は、大衆食堂にはなじまないし、街にだって、なじまないはずだ。そこから将来の望ましい街や食堂のビジョンは生まれないだろう。

銭湯を例にすると、わかりやすい。2007/04/14「生活と趣味のあいだ」に書いたように、銭湯に詳しいひとの話によると、減り続ける銭湯だが、銭湯を「趣味」としている人たちが毎日銭湯へ行けば経営が成り立つほど、「ファン」というか「同好の士」はいるとのことだ。ところが現実の銭湯は、街をこえた銭湯業界と銭湯ファンという業界的ジャンルで成り立っているのではない。街に生きているのであり、銭湯ファンもいるかもしれないが、日常的に街に生きる人たちが担っている。大衆食堂も、そういうことなのだ。街的存在なのだ。

「業界的」な下請けで成り立つのではなく、街で自立的に成り立たなくてはならない存在。そこには、かろうじて街と街の生活が残っている。

しかし、この街というのはメンドウな存在だ。まず、嫌なカネにならない人間関係を逃げるわけにはいかない。であるから、横着者がおおい大都会から、街が失われてきた。その失われた街を、文学的な記憶でうめていく。それでまた街の幻想が拡大する。ノスタルジー、レトロ……。そのあいだに街は、どんどん業界的に変貌する。

ちかごろ、ビジネスマンたちと飲む機会がおおいが、必ずミニバブルの話になる。懲りたはずのバブルだが、またぞろナゼこうも簡単に東京の街は、バブルで失われていくのか、といったことが話題になる。外からのカネの圧力も大きいが、こうも簡単にやられるのは、やはり内つまり街の人間のモンダイも大きいだろう。

横着ができる業界的生活になれてしまった。一度横着の味をしると、横着そのものがバブルを期待する。東京はいきつくところまでいくしかないだろう。自ら変わり横着をやめ、苦労しても自分たちの街を、なんてことに、いまさらなるはずないじゃないか。だいたい、そんなことをいったら、政治家なら落選、物書きなら売れないに決まっている。たいがい、そんな話で、顔を見合わせ、ためいきをつく。

おれのばあいは、そこでまたもや「東京最終荒野論」を語り、もう「危機感」の段階は通りこしている、絶望感のなかで絶望し希望を持つしかないだろうと酔いを深める。

ありゃ、はて、なんの話だったのか、長くなったので、とつじょ、オワリ。

忘れないうちに書いておこう、街を「体験」するには、東京にかぎらず、選挙運動をやってみるのがてっとりばやいとおもう。街は10人10色の人びとが、諍いながら生きている。その現実が、もっとも短期に鋭く露呈するのが、選挙なのだ。点と線の路上からみているだけでは窺い知ることのできない、街の生々しい姿が、そこにはある。地方で暮していれば、それは日常のことだが、東京のような大都会では、街の諍いには関わらないで生活できる。いまも述べたように業界的に生きているからなのだ。ま、おれは、東京では、シゴトで2回ぐらいしか選挙に関わったことがないが。あと、ちかごろは、やどやPTの関係で、やどやの一軒がある地域が再開発地上げ真っ最中で、こういう坩堝のなかでは、おなじように「街的」なるものを体験できる。いずれも街の日常ではないが、日常が集中的に露呈する。とにかく、点と線から、なかへ面へ箱へ入り、そこになにがあるか。

街は「その時の自分にとって都合よく構築された物語の蓄積」ではなく存在する。だから街は、メンドウなのだ。業界には業界のメンドウもあるが。

外側からにせよ、おなじ大衆食堂へ通い続ければ、それはかんじることができる。なにしろ、嫌なやつとも、おなじテーブルでめしをたべなくてはならないことがある。そのとき、ああコレが街的ということだなとおもう。

関連……2006/07/19「「地下鉄のザジ」の街的飛躍そしてパーソナルヒストリー」

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コメント

実態としては、たぶん市場の細分化が事態を誘発しているのかもしれませんが、専門分野の細分化や、趣味の細分化が進行し、飲食の分野も細かくジャンル分けカテゴライズされ、それぞれに「専門家」や「権威」がいるようなアンバイですが。

はて、どうなるか。とくに東京ですが、ここまで地域や生活が「分解」されるとはおもっていなかったので、「ためいき」つきながら眺めています。

投稿: エンテツ | 2007/05/06 13:37

文中、思いついたことがありまして・・
大学では既存の学問体系を縦割りではなく、学部間の資料を共有連携することによって問題解決を図ろうとする試みが形式的には7年程前から始まってますが、"食"に関しても必要とされ自然発生的に形を変えつつも継続営業してきた・ジャンル分けできない店に自身興味があることに気づきました。
長く営業されてる店舗には、昔から地元の方々に支持され相乗効果で良い「空気」が生きている気がします。

投稿: pon-pie | 2007/05/06 09:02

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