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2007/05/31

「ささやかだけれど、役に立つこと」

今夜の意地酒酔いどれ深夜便のタイトルは、2007/05/28「二日酔いの朝にアル中小説を読み」に書いた、村上春樹訳の『CARVER'S DOZENカーヴァーズ・ダズン レイモンド・カーヴァー傑作選』(中公文庫)に収められた短編のタイトルだ。

おれは、酔っているからではなく、この小説の、あまりの素晴しさを、うまく書くことができない。とにかく、これから何度も読むことになるだろう。

村上春樹さんの解説によると、原題は『小さな、良きもの』つまり「A Small, Good Thing」。
これは、直接的には、食べること、焼きたてのパンのことを、さしている。

疲れきって、深い苦悩の中にいる夫妻に、パン屋は、こう言う。
"「何か召し上がらなくちゃいけませんよ」"

"「よかったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べてください。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなきゃならんのだから。こんなときには、ものを食べることです。それはささやかなことですが、助けになります」"

"「何かを食べるって、いいことなんです」"

この「何かを食べるって、いいことなんです」って、うまい訳だなあ。ほんと、村上春樹は、訳はうまい。

なぜ二人がパン屋にいるかは、読んでもらったほうがよい。「ささやかだけれど、役に立つこと」は、それ単独で存在するわけではない。「生きる」である。生きること食べることの根本が、そこにある。

生きることには、突然の不幸や、不安、不信、憎しみ、争い、さまざまなことがつきまとう。この小説の大部分は、どこにでも転がっているような、そんな話ですぎていき、最後のほうで、二人は疲れと深い苦悩を抱えて、パン屋にいる。だからこそ、「ささやかだけれど、役に立つこと」が生きてくる。このへんは、ストーリーテリングのうまさもあるだろう。

村上春樹さんの解説から……。"カーヴァーの小説には何かを食べる情景がよく出てくる。『でぶ』もそう、『大聖堂』もそうだ。そこでは人々は決しておいしそうなもの、上等なものを食べているわけではないのだが、それでも読んでいると自分も同じものを食べてみたいなという気持ちになってくるから不思議だ。僕は想像するのだけれど、カーヴァー自身食べることが大好きだったのではないか? それもたぶん日々の普通の食事を、普通に食べることが大好きだったのだろう。彼の小説はそのようないくつかの「スモール、グッド・シングズ」に励まされて成立しているように、僕には見える。"

おれなど、カーヴァーさんや村上春樹さんの足元の下の下の下の下の下…、はるかにおよばない谷底ドン底の男だが、当ブログやザ大衆食のサイトをごらんのかたはご存知と思う、ありふれたものをおいしく食べる、"日々の普通の食事を、普通に食べること"を大切にしたいと思ってきた。それを損なう、グルメ騒動や栄養健康食育騒動や下町昭和レトロ騒動に悪態をついてきた。

そして、今年のコンセプトは「好食」なのだ。おれも「スモール、グッド・シングズ」に励まされ、このブログやザ大衆食を続けよう。酔いどれは、やめられないが。カーヴァーさんは、アル中に陥りながらアルコールを断って再起した。ま、おれは、"日々の普通の食事を、普通に食べること"を損なうほどアルコールにやられてはいない。ちゃんと、日々「何かを食べるって、いいことなんです」を味わっている。つもり。

この話は、妻がパン屋に行って、息子の誕生日を祝うケーキを注文するところから始まる。ところがある事件から、それどころではなくなってしまう。ケーキは放っておかれる。パン屋は頭にきて、電話をする。ケーキのことは忘れられている。パン屋の電話はエスカレートし夜中の悪戯電話になる。夫妻は怒り心頭、パン屋へ出向く。パン屋は言う「あたしは奥さんが電話で言われたような邪悪な人間じゃありません」。パンを食べる、ささやかなことは、和解にも役に立つ。食べることが好きであれば、お互いの誤解をとき理解を深める助けにもなる。食べることって、そのようにいいことだ。とも読める。もっとも、会ってテーブルを共にできればのことで、電話で邪悪な人間と嫌われたままでは、どうにもならない。が、そんなこともあるなあ。

当ブログ関連。

2006/12/29「本気で考える「好食」」…クリック地獄

2007/01/12「飲食の楽しさの格別な意味」…クリック地獄

2007/01/14「ファンダメンタルな好食」…クリック地獄

2007/05/22「おれは生きている! お前も生きている!」…クリック地獄

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