切ない下層共食い
けっきょく、一連の食肉問題にしてもそうだが、問題になる食品は下層の民の胃袋を満たす安いものであり、それをつくる現場の会社も経済産業界からすれば下層であり、その現場を支える労働者も下層の、そういう安い食品がないと日々の生活に支障をきたす名もなき大衆なんだよなあ。
だけど、それが「大衆」という市場を形づくるわけで、そこにメディアやメディアの周辺にいるひとたち、はたまた大衆課税で食べているひとたちが寄ってたかって、それをネタに稼ぐ。また弱小の会社など潰れてくれたほうが自社の市場が広がってありがたいという、より勢力のある会社もあり、その意向を読んで稼ぐ「クリエイター」「知識人」「文化人」もいる。このひとたちは、そういう問題になりそうな安い食品などなくても暮らしていけるひとたちだし、より優雅な環境で質のよいものを食べながら誰かを悪者にし「真相究明」「正義」「改革」で騒いでいればカネになるひとたちなのだ。
「格差」を問題にしても、下層の生活を代弁するものはいない。
かくて、下層のものたちは、いつまでも同じことでお互いを傷つけあい共食い状態になりながら生きていかなくてはならない。
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