岩手県釜石 呑べえ横丁
話は、南と北をゴチャゴチャに行き交う。ま、そのような夏だった。まだまったくふれてないが、広島にも短時間だが途中下車で行っている。
それはともかく7月25日は、朝9時42分大宮発の東北新幹線に乗り、新花巻経由で釜石へ行き、泊まった。釜石といえば、「孤独のグルメ」を読んだひとは、その巻末にある久住昌之さんの「釜石の石割り桜」を思うかも知れない。ワレワレ一行5人は、その居酒屋を訪ねることはしなかった。
夕方、宿泊するホテルにチェックインすると、すぐそばの「呑べえ横丁」という名の一角へ行った。ありふれた名前だが、ズラズラズラと長屋式に並んだ飲み屋街の佇まいは、いまやありふれた景色とはいえない。その入り口には、「呑べえ横丁」の看板が名所の碑のようにあった。
さて、どこに入るか。もちろん、誰もガイドブックなどの情報は持ち合わせていない。たいがいそうなのだ。現場に立って、五感を働かせ判断する。ワレワレが選んだのは「鬼灯」という店だった。その名前、その看板に、ビビッと反応するものがあった。これが、素晴らしいアタリだった。ワレワレは料理が出てくるたびに歓声をあげ、大いに飲み、そして最後は安くておどろいた。
この夜は、ここから楽しい展開が始まり、最後は、この店で聞いた「タウンホール」という、なかなかよいジャズバーで締めとなった。途中で、呑べえ横丁の一軒から出てきた、酔っ払った愉快な赤の他人の若い男2人を拾い一緒に、これも「鬼灯」で聞いた、「新華園本店」という中華料理屋に入った。たしかになかなかうまい店で、ワレワレは、そこでも大いに食べ飲み、おれは酔っ払った愉快な赤の他人の若い男2人と、おれが即席に思いついた歌、「ぼくらはみんな理解不能」を、「ぼくらはみんな生きている」のメロディで何回も歌ったりした。それから彼らと別れて、「タウンホール」へ行ったのだった。
と、書いていると長くなるな。こうしちゃいられないから、いまはここまで。あとで書き足すだろう。たぶん。
画像、一番上は、その夜はデジカメを持っていなかったので、翌朝ホテルを6時に発つ前に撮影した「呑べえ横丁」。この下は、川なのだが、暗渠ではない。この長屋の部分だけが、川にふたをするように建っている。上部に写っているのは同じ建物ではなく背後の工場だ。「鬼灯」の女将に、おれが飲食店の下が「下水」では悪いかなと気をつかって「川」というと、女将は「下水ですよ」といって笑った。ここだけじゃないが、釜石は河口の町なのに、きれいな水が流れていた。
つぎのこの画像は、一番目の画像を撮影した位置、「呑べえ横丁」の看板の前から、宿泊したホテルの方向を撮った。右の高い建物がホテル。一階がコンビニで、中心商店街との交差点に建っている。そこを左へ行った右手に「新華園本店」があった。まっすぐ山のほうへ向かって行くと、「タウンホール」があった。
最後の画像はオマケ。釜石に着いた日、釜石港から遊覧船に乗って外へ出た。新しい型の双胴船の遊覧船の乗客は、ワレワレ5人だけだった。
かつてラグビーで名をはせた新日鐵釜石は、とくに北九州の新日鐵を見たあとでは、あっけないほど小さく見えた。
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コメント
エンテツさま、どうもありがとうございます!
おととい新華園本店で忘年会でした。
自宅も職場も近いのでほぼ毎日、近くを通っています。
タウンホールも、いいですね。
今度は魚河岸食堂にもいらしてみてください(*^ ^*)
投稿: SHIRONEKO | 2007/12/20 19:03
おお、釜石在住ですか。
呑べえ横丁、よかった。また行きたいです。
新華園本店もタウンホールも、また行きたいです。
リンク、ご自由にどうぞ、ありがとうございます。
投稿: エンテツ | 2007/12/20 08:29
はじめまして、エンテツさま
釜石在住のSHIRONEKOです。
のんべぇ横丁で検索して、参りました!
記事内にこの記事ページのリンクをさせていただきました。
不都合なときは取り消しますので、お知らせくださいませ。
投稿: SHIRONEKO | 2007/12/19 23:33