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2007/10/31

ブログの読み方、虚と実。

小説やエッセイを読んで、作品だけではなく作者まで好きになることがある。また、作品を読んだだけで、作者まで嫌いになることがある。作者本人に会ったことがないにもかかわらず、よくあることだろう。

こういうブログもそうで、ここに書いたもので、嫌われたり好きになられたりする。書いたものを読んだ印象と実際に会ったときの印象がちがったばあい、どうするのだろうか。実際に会ったときのほうを選ぶのだろうか。どちらを実像と判断するか。それとも書いている事と実際に違いがあるから、とにかく信用ならない人と判断するとか、いろいろなことが考えられる。とにかく、こうやって書くかぎりは、どう判断されても仕方ないというカクゴはしていなくてはならない。

もし、よく見られたい、よく思われたいなら、楽しいことばかり書いていればよいという選択肢もある。そのばあいは、気分の悪いときや、こころに鬱屈を抱えているときは、なるべく書かないことだ。ブログを見ていると、そういうひともいる。おれのように、そんなことは考えずに思いついたまま、そのときの気分のままに書くことは、それなりのリスクを負うカクゴがいるのだな。

向田邦子さんの『女の人差し指』文春文庫に収録されている「ホームドラマの嘘」は、この人にしてはめずらしく、読者というか視聴者に対して、ピシッとものを申している。引用……

 ヘタをすると、脚本を書いている私よりも、演じている役者よりも、家庭については体験豊かな人たちが、ご覧になっているのです。
 おまけにホームドラマは、現実とそっくりな、「本当らしさ」の中で進行します。セットもお宅と変らない茶の間です。震えがくるほどの美男美女も出てきません。お豆腐は一丁六十五円だとか「おみおつけの実は何だい」だの、「東京の新聞は活字が違うね。あ、背中、掻いてくれよ」なんていう下世話なセリフのすぐとなりに、恋愛、夫婦、結婚――なんていう生きる死ぬの大問題とサンドイッチのようにはさんでお話しをすすめてゆかなくてはならないのです。小さな嘘もすぐ見破られてしまいます。
 この場合辛いのは、「省略」「誇張」「飛躍」「戯画化」と嘘をごちゃまぜにされてしまうことなのです。

……引用おわり。これはもちろん、彼女の書くホームドラマについてだが、読書や書評、あるいは食べ歩きなどのブログとちがって、おれのブログは、こういうホームドラマに似ているところがある。主な対象である、ふだんの食事のステージがホームドラマのようなものであるし、下世話のことを書きながら、生きる死ぬの大問題やらいろいろなんでもからめて書いている。そして実際に、「省略」「誇張」「飛躍」「戯画化」などは、つかっている。ま、それがヘタなのだから、またモンダイを生むのだろうけど。「省略」「誇張」「飛躍」「戯画化」は、ある真実を述べる、「本当らしさ」としてつかわれる。それは、「嘘」とはちがう表現上の「演出」なのだ。その細かいところに、いちいち目くじらをたてられてはかなわない。向田さんの言いたいことも、そういうことだろう。

さらに向田さんは、このようにも書いている。

 喜劇より悲劇が上等。
 ナンセンスな笑いより身の引きしまる感動のほうが高級ということになっているのでしょう。「真実一路」は「嘘も方便」より上等なんでしょう。
 マジメに語られるとすぐ、真実と信じてしまう。
 (略)
 マジメなドラマの中の嘘を見抜くことはヘタクソで、フマジメ・ドラマの中のちらっと横切る真実をみつけて下さることも、また、あまりお上手ではない、そんな気もしています。

…引用おわり。てなぐあいに、痛烈だ。

そして、「土方」や「女中」などの、いわゆる「放送禁止用語」にもふれ、「家庭中で、ごく普通に使っている言葉が使えなくて、突っ込んだやりとりも随分甘口になることがあります。」

「時には小さく傷つけても、ハッキリ現実を見たり言うほうが、本当のやさしさではないのかなあ。」

と、書いている。この最後の言葉、けっこう重いと思う。「ハッキリ現実を見たり言う」だけで、嫌われたり、「圧力」やもろもろある。

最近も、ある原稿で、ある表現を直された。それは、しかも「差別主義者」に対する批判的押さえとして、江戸期から生活の中でつかわれている例を示したのにもかかわらず、読者の中には「傷つくひとがいる」ということで、規制が機能する。とにかく、差別は歴史的にも現実的にも「ない」ということでないとイケナイらしい。

こんなことで、「ハッキリ現実を見たり言う」きちんとしたオトナのコミュニケーションが成長するのだろうか。ひとの文や言うことを理解する力が育つのだろうか。そんなに、あたりさわりのない気持ちのよい表現でチヤホヤ愛撫されたいのだろうか。

って、またなんだかタイトルとちがったようだけど、本日のヨツパライのタワゴトでした。

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タテめし、ヨコめし。須田泰成「兵庫のおじさん」。

最初に、お知らせ。
問い合わせのメールをいただいていますが、『雲のうえ』5号を都内の書店などで入手されたい方は、配本されるのは10日ごろになるらしいです。どの書店で扱っているか、おれが知っているのは神田神保町の書肆アクセス(でも11月17日で閉店!)、早稲田の古書現世、あと青山ブックセンター。ほかにも扱っているところがあるらしいけど、わかったら、このブログでお知らせします。

では、本日の、あれこれ。
ま、とにかく、それで、もう11月じゃないか。どんどん過ぎていくなあ。時は過ぎ、会うことになるのかどうか待つともなく待っているメールはなしのつぶて、このまま過ぎておわるのかとおもいながら、「タテめし、ヨコめし」をなんの脈絡もなく思い出す。いま、この言葉、ほとんど聞かないね。

ふりかえると、「外めし」だの「イタめし」だの「フラめし」だのという言い方、おれは今回『雲のうえ』では「力めし」「男めし」という表現をつかったけど、こういう言い方は、たぶん、80年代前半ごろの「タテめし、ヨコめし」あたりから広がったのではないかという気がフトしたので、忘れないうちに書いておく。「タテめし」は和食系、「ヨコめし」は洋食系。当時「ギョーカイ」とカタカナで表記された、テレビや広告などのカタカナ商売ギョーカイの人たちが使い出して広がった、と記憶している。

かと思えば、一年以上ご無沙汰しているひとから、「力強く奥の深いブログ、拝見しては元気をいただいております」と、一杯やりましょうメール。うれしいねえ。知らなかったが、「ヤフー検索数・第1位になったバカ・アニメ「兵庫のおじさん」を世に贈り、いろんな人たちに嫌われつつも、なんとかやっております」と。

コメディライター/プロデューサーの須田泰成さん。ご無沙汰しているあいだに大活躍じゃございませんか。いや、ほんと、これ、すごくおもしろいので、ここに紹介しよう。

たしかに、いろんな人たちに嫌われるだろうけど、ネットだからこういうことができるようになって、支持するひとも少なくないのだから。そういえば、おれもそうか、けっこう嫌われているし、本は絶版にされちゃうし、そういうおれから逃げるやつもいるし、でもネットというテがあるのですよ。ま、おれのばあいは、須田さんの作品ほどは、話題にはならないし、ネットじゃカネにならないけど。とにかく、嫌われても、いいじゃないの、わが道をゆく。

まずは須田さんがメールで紹介してくれた「兵庫のおじさん」。YouTubeだから、ここからほかのものも見られる。見だすと、おもしろくて、とまらない。おれのブログを好きで見ている方なら、おもしろいだろうし、嫌いなおれをチェックするためにおれのブログ見ているひとは嫌うだろうけどね。

単なる「毒舌」だの「辛口」なんて、もう古いし、センスが悪いし、おもしろくでもない。こういうセンスでいきたいよ。

おじさんの教育方針です。。。
http://jp.youtube.com/watch?v=dibtKe5p8Y0
ゴア元大統領にひとこと
http://jp.youtube.com/watch?v=SYDhjfycpDU
政見放送
http://jp.youtube.com/watch?v=sJACwH7auEE
インド洋の油についての、お政治メッセージ
http://jp.youtube.com/watch?v=6L0l1yLClu0

ということで。

須田さんの会社、大日本生ゲノムのホームページ
http://www.namagenome.com/

ほかにこんなこともやっている。
経堂系ドットコム
http://www.kyodo-kei.com/
日本スローコメディ協会
http://www.slowcomedy.tv/


このブログでは、2006/05/14「須田泰成コメディノロジー研究室から食と料理の喜劇性をへろへろ」とか…クリック地獄


新宿ゴールデン街のマチュカバーもよろしくね。

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2007/10/30

大衆食や大衆食堂から見た東京の町

おととい「コンビニ!の現在」ワークショップで、昨年のカルチュラル・タイフーン下北沢に参加の人たちと再会して、あのときのおれの報告はおもしろかったといわれた。社交辞令だろうが、とくに若い女に「好き」だの「素敵」だのといわれると、すぐ本気にしてしまうバカなおれは、このときも若い女から「あれはおもしろかったです」といわれ、うふうふ、ほったらかしになっていた報告書のことを、むかし女にほめられた古着をタンスの奥から引き出すように思い出した。

そのときも話したのだが、この報告は、ひごろなんとなく考え、そして目先のカネの忙しさに追われては忘れてしまう、大衆食堂と町の関係を整理するのに、よいチャンスになった。こういう機会でもなければ、なかなか、まとめられない。そして、これが、今回の北九州の食堂を書くについても、食堂と町を「読む」よい栄養素になっていたといえる。

ってえことで、CDの保存庫から探しだし、ザ大衆食のサイトに掲載しましたぜ。

2006年7月2日 下北沢成徳高校

カルチュラル・タイフーン2006下北沢「都市を紡ぐ」のセッション
闇市と昭和の記憶、大衆の痕跡

報告2 大衆食や大衆食堂から見た東京の町

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飲食店の表示モンダイ。泥酔窒息死に気をつけよう。

きのうは、けっきょく一日中、胃腸のぐあいが悪く苦しかった。どうも二日酔いではない。吐いたりしているから、前夜に食べた何かがあたったのかもしれない。飲んだときに食べたものは、なまものはない、ぜんぶ火が通っていた。10人ぐらいで飲んでいたから、ほかの誰かにも異常があったかどうか、でもみな30歳前後の健康そうな男たちばかりだったから、おれの体調もあった可能性も高い。

とにかく、そんなことをぶつぶつ考えているうちに、ちかごろの比内鶏モンダイを思い出した。まただよ。ここんとこ騒動が続いている「偽装表示」モンダイだが、死者が出ているわけでもなく、食中毒の話しも聞いてない。そして一方では、飲食店の食中毒は毎年あり、ときには死者も出ている。これは傾向としては、宿泊施設の食堂も含めて、中規模クラス以上での発生が多い。データ的に調べたわけではないが、それなりに、コスト管理と品質管理の関係が難しくなる規模のあたりで多く発生しやすいのではないかと思う。

おかしいというか、おもしろいことに、スーパーの店頭では消費期限切れのものを売っているとモンダイになる、あるいは最近もあったと思うが、どこかのメーカーが売れ残りを保存して製造年月日をつけかえて発売してモンダイになる。ところが、飲食店では、こういうことは許されている。というかチェックがあまい。チェックされない。そもそも消費期限切れなんていうものは「自主管理」だ。産地や成分の表示だって、義務ではない、店内メニューにウソを書いても、まずモンダイになることはない。だけど、全食品流通のうち、飲食店で消費される量は、そうとうあるはずだ。

いや、だから、消費期限や表示を厳しく管理せよということを言いたいわけじゃない。産地表示など、そうだが、「表示をしてはならない」という規制をしたほうが、合理的ではないかと思う。もともと管理などできないことを決め、安心安全が保障されているようなフリをしているやり方がおかしい。できないやる気のない約束は、しないほうがよい。

安全安心のためには、品質管理の徹底をまず優先すればよいのだ。飲食店のばあいは、抜き打ち立ち入り検査で、けっこう徹底できる。ただ、これを保健所の役人などがやっていてはダメだな。たとえば、地域の外部のひとなど、経験者が、それこそ団塊世代の退職者なんかよいかもな。おれだって、ときどき、ちょっと厨房を見せてみろといいたくなる飲食店がある。チョイあやしい店の料理を雑誌、しかも業界専門誌でほめていることもあるぞ。だいたい現場の経験者がみれば、そこの店の品質管理の状態は、わかる。とかとかね、いろいろ考えたことだった。

とにかく、寝ている最中に、ほとんどが胃液のような汁をドッともどして、それがなぜか鼻から出たのだが、泥酔して寝ている最中に吐くと、吐物で窒息死ということがあるらしい。

おれは、30歳ぐらいだったかな32、3歳ぐらいか、第一婚期のとき、3番目の子供を2歳で亡くした。その直接の死因は、寝ている最中に吐いて、吐物での窒素死だった。小さい子供のばあいは、自分で完全に吐き出す力がないこともあるし、ひきつけと同時に吐く場合もあって、とにかく就寝中のことで、わからない。おれは、その夜は会社で徹夜で仕事していて家にいなかった。このケースでは、「事故死」あつかいで、親は警察の取り調べを受ける。警察は、いろいろな可能性を考えるわけだ。朝、連絡を受けて家にもどったおれが、まずしなければならなかったことは、警察へ出頭することだった。そこで調書をとられ、問題なければ、埋葬許可証を発行してよい旨の書類をもらう。それがないと役所から埋葬許可証をもらえない。ま、そんなこともあった。そういえば、あの相撲部屋の「事故死」は、どうなったのだ。おれあたりだったら、酔っ払ってビール瓶で誰かを殴っただけで逮捕だろうに。

泥酔して寝て、吐き戻す力がないときに吐くと、窒息死することもありうる。気をつけましょうね。って、何に気をつけたらよいのだ。飲みだしたら、とまらない。きのう飲めなかったぶんも、今日は飲むぞ。

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2007/10/29

ブログの読み方、人の読み方、街の読み方

ああ、今日は、なんだか胃のあたりが苦しい感じ。二日酔いとはちがうような。ありゃりゃりゃ、いよいよガタがきたか。

朝方書いたのを読み返したら、これまたいとおかし。どうか、どなたさまも、うふふふふと笑っておすませくださいよ。ま、「コンビニ」ワークショップの話しのほうは、メモのようなものだから、いいけど。

きのうの、そのワークッショップのときにも、「リアル」と「バーチャル」ということが出てきた。だいたい、時間と空間に特定された、あるいは特定できるものが「リアル」というかんじだった。しかし、ではコンビニがリアルな存在かというと、なかなか難しいなあと思った。それは、いわゆるハードだけでコンビにが成り立っているわけじゃないからだな。そもそも運営している人がいる、客も人間だ。となると、その人間がバーチャルな情報に支配されているという可能性があるし、実際かなり支配されている。顧客ニーズだのというが、たいがいはそういうものである。人間は幻想なしでは生きられない。そこに広告や情報がつけこむ。ところが、そういうニーズは、きのうも話にでたが、POSといったシステムで組み込まれ、リアルな商品の存在になる、それをまたバーチャルなニーズが購買する。というような関係があるような気がするのだ。どこからどこまでがリアルで、どこからどこまでがバーチャルかの仕切りの「境」が難しい。世の中、そのように成り立っているのじゃなかろうか。バーチャルはゲームの世界だけじゃない、ゲーム化している社会がある。とか、考えていたわけだが。

こういう「日記」の文章を読むと、ますます、そういう感じがする。つまりは、なにもかも不確かな存在だから、そこに「読む」という作業がつきまとう。ああ、「読む」ことの難しさよ。

ってえ、ことで、タイトル通りに書くのは、まだ頭痛があるので、やめた。こんなこと考えていたら、よけい頭痛がひどくなる。

しかし、いま昼なのだが、たしか今夜は、「地酒と料理の夕べ」なるものがあって、行くつもりじゃなかったが、たまたま知り合いがそれに関係していて、行こうといってきている、のだが、はて、どうしたものか調子が悪い。どうしようかねえ、行けばなかなか会えないやつらにも会えそうだが。

そうそう、きのうのワークショップの発表者の1人は実家が北九州でコンビニをやっている東大の院生。スタフライヤーを利用するので『雲のうえ』のことは知っていましたよ。

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コンビニって、なんじゃらほい

いま朝の6時すぎなんだけど、昨夜はヨッパライやって帰ってきて寝てしまった。トツゼン、胃から胃液と思われるものが逆流し、それがどういうことか吐くのとちがって、鼻の穴からふきだして、目がさめて起きてしまった。こんなことって、はじめてだぞ。どういうことなのだ。鼻から出ないで、口から出て欲しい。鼻の穴の奥がヒリヒリしている。眠れないので、ブログでも書くことにした。

このブログ、おれが、「個人的なこと」を書くのがオモシロイというひとが、けっこういる。ときには感傷的に書くのがうける。それは、わからなくはない。最近のように、仕事のことばかり書いていると、しょもない飲兵衛で投げやりで倫理性の低いクソッタレなおれだって、仕事にむかうときだけは、二日酔いからさめたように、姿勢をピシっとさせ高いココロザシと緊張感と集中力を持ってのぞむから、そういう話は、ま、あまりおもしろくないといえばおもしろくない。だいたい仕事の話なんてのは、都合のよいうまくいっている話になるから、おもしろくでもない。

このあいだも昨夜も、その話になって、でも、おれが個人的なことを書くと誤解するひとがいて、それも1人や2人じゃない、思わぬ怒りのメールをもらったりで困ることもあるし、アアおれってやはり信頼されていないんだなあと落ち込むから、最近はあまり書かないようにしているといった。すると、それはそのひとが身に覚えがあるからでしょう、あなたが悪いわけじゃない、というようなことをいわれたのだが、やはり、どうも以前のように書く気がおきない。たしかに信頼されるようなニンゲンじゃないよなおれは、と思う。育ちが悪く紳士じゃない、口は悪く辛らつなことをいう、遠慮も加減もあったものではない。それに、愛されるより嫌われるほうがマシともおもえない、愛されたい。シクシクシク。でも、仕事のときだけは、ちゃんとしているんだよな。

そもそも、おれが長いあいだフリーが続くのは、酒飲みぐうだらで、あまり高い倫理性を持っていなくても、やれる分野をやっているからだ。

きのうは江古田の武蔵大学まで行って、五十嵐さんたちの「コンビニ!の現在」ワークショップに参加し、そのあとガンガン飲んできた。大阪から来ている原口さんにも会えたし、彼とは、昨年6月だったか7月だったかの下北沢カルチュラル・タイフーン以来だ。五十嵐さんとも、会うのはひさしぶりだ。ほかにも下北で会っているひとがいた。

けっきょく発言することになり、というのも、おれはコンビニについては、かなり詳しい。1970年代前半の黎明期というか啓蒙期から1980年代後半まで、この分野とは深く付き合っている。発言しながら、ずいぶん記憶がアイマイになってしまったなあと思ったが、でも話しているうちにドンドン記憶がよみがえって、まるであのころにかえったような気分もした。

おれは一つの分野を深くというより、たえず水平方向に移動しながらというかんじで、何でもテキトウに経験していて、その体験をあれこれ話し、それが体験した人でないとできない話をするから、五十嵐さんには、ナニをやっていたひとだかよくわからないといわれる。たしかに自分でもよくわからない。「プランナー」なんていう肩書でやってきたが、ようするに、いまも書いたように、あまり高い倫理性を持っていなくても、やれる分野を興味のままにやってきただけなのだな。んで、いまライターのようなものをやっている。「のようなもの」人生というわけだ。

自分がダメな人間だとは思わないが、嫌われたり敬遠されることがあると、ナルホドなとけっこう納得する。とくに日本の社会というのは、仕事さえちゃんとできていればいいでしょ、ってわけにはいかないところがある。ああ、めんどくせえ、どうだっていいや。

また寝よ。まだ酔っていらあ。

「コンビニ!の現在」は、「私」「個性」「均質」「システム」など、いろいろな角度から、けっこう議論になって、おもしろかった。歴史があるものは、始まりがあるからには終わりがある。いま「コンビニ」といわれているものが、どういう終焉をむかえつつあるかという興味を五十嵐さんがいっていたけど、たしかに、コンビニはいまデータで見ても一つの終焉にむかっている。歴史あるものは必ず終焉がある。人間も。

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2007/10/28

愚直に

Kumonoue5_anzen『雲のうえ』5号を手にして、アッと思った。なるほど、これが「アリヤママジック」なのか。いや、「アリヤママジック」という言い方は、チトなんだけど、そう思ったぐらい、色校とはちがう仕上がりだった。写真の表現の微妙なコントロールが、色校と比べるとハッキリわかった。このへんが、この雑誌の決め手にちがいない。ナルホド、なのだ。

「アリヤマ」とは、アートディレクションを担当している有山達也さんのことだ。今回初対面で初めて一緒に仕事をした。ほかの仕事は、ほとんど知らないのだが、『雲のうえ』と『クウネル』を見るかぎりでは、有山さんのアートディレクションは、いわゆる世間でいうところのシンプルなんだけど、写真の表現がものをいうし、牧野さんにきいたところでは、そのあたりで有山さんは一つのムーブを生んだものであるらしい。それが、アナログカメラで撮影した写真をもとにどう行われるかを、東京八重洲北口の「ふくべ」で燗酒を飲みながらきいたのだが、大半は酔って覚えていない。だけど、いくつかは覚えていて、ナルホド、だった。アナログ技術とデジタル技術の出合いのような話で、とても興味あるものだった。

とにかく、その写真は齋藤圭吾さんが撮影した。齋藤さんとも初対面で初めて一緒に仕事をした。彼のことは簡単だが、すでに書いた。詳しくないのでまちがっているかもしれないが、たしか使用したカメラは6×7のアサヒペンタックス、フィルムはエクタクロームではなかったかと思う。ライトは、いっさい使わない。しかも大部分がフリーハンドで、何気なげに撮影する。

じつは、7月のロケハンの段階では、カメラマンは決まっていなかった。おれは、トウゼン決まっているものと思っていたが、そうではない。そのへんにも、この雑誌のつくりかたの特徴がありそうだ。いっさい、実績や過去にしばられず、カタチにはまらず、カタチにはめず、というかんじの「自由」が、編集の信条なのだな。それは、表紙が毎号ちがっていることにも象徴的にあらわれている。また本文と写真の関係は、よくあるようなおなじページでの処理にしばられない、それはそれなりの意図があってやっているのだが。

6月27日水曜日が、この仕事の初めての打ち合わせだった。新宿の「らんぶる」で、編集の大谷道子さんと絵を担当しながら北九州出身者として編集に関わる牧野伊三夫さんと会った。大谷さんとは初対面だった。

牧野さんは、何度も当ブログに登場している。一緒に銭湯へ行ったり、『四月と十月』の古墳部で旅したりはあっても、なぜか気が合うだけの基本的に飲酒な関係。お互いに仕事のことなど、アウトラインだけで、ほとんどしらなかった。牧野さん宅に泊まって泥酔談話しても、だいたい、いくら酒飲んでも仕事の話などほとんどしたことがなかった。ときどき牧野さんから送られてくる作品を見て、ああこういうことをしているひとなのか、ていど。牧野さんにいたっては、おれを「独身」と思っていたらしく、おれのことをそう紹介したことがあるらしく、おかげでおれは女に言い寄られて大変だった、ってこたあねえが。ま、そういうことはどうだってよいという関係が、とてもよくて続いていたように思う。そんな調子だった。

で、その打ち合わせで、大谷さんがなんども言って、そのあとも、ことあるたびにいっていたのが、この雑誌はなんの決まりもカタチもないのです、毎号新しい雑誌をつくるつもりでやっています、だから……ということだった。

ロケハンをやってからカメラマンを決める、おれのようなライターがロケハンから参加するというやり方は初めてだそうだけど、だからこそありえた。

牧野さんは、一秒あとの行動や言動の予測もつかないぐらいのひとであることはしっていたが、有山さんは有山さんで、カタにはまることもはめることも嫌いなひとだ、なんていうのかな野生馬のようなところがある。既成概念クサイ言葉を口にすると、すかさず突っ込んでくる。しかし、編集の大谷さんは、けっこう大変なのだ。

と、人物評が目的なのではない。おもしろかったこと、もう長くなって書くのがイヤになってきているから、一つだけ書こう。

編集制作関係者というのは、「いいものつくりましょう」ということを口癖のようにいう。このあいだも、原稿を頼まれて打ち合わせしたあとに、「いい原稿書いてくださいね」といわれた。もう時候の挨拶のようにいう。むかしは、「いい仕事しましょう」とかいうやつがいると、「いい仕事とは、どういう仕事だ」とかちゃかして、よく喧嘩になったが、ちかごろは人間が丸くなったというより、なにもかもあきらめて期待していないから、そういうことをイチイチいわない。「いいものつくりましょう」なんて、本人たちは「妥協のない仕事」のつもりかもしれないが、なれあいの空気のなかでのそんな言葉は、ほとんど意味をもたない。朝の「おはようございます」の挨拶ほどの気休めにもならない。

ところが、この『雲のうえ』の関係者は、だれも最初から最後まで、そういう言葉は口にしなかった。「楽しみながら」とか「アソビゴコロ」とか、そういうクサイことは、もちんろ口にしない。ただひたすら、黙々と対象にむかい、そこに何かを感じ何かを読み、自分がなんのために何をしなくてはならないかを理解し、必要な短い会話をかわし必要なことをやり、あとは男と女のこと飲み食いのことバカ話も含め関係ない話、それもなかなか味な。

きのう「「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」からまちづくり」を書いたが、じつは「ふだんの顔」や「ふだんの生活の場」を見せたがらない習性が強い。であるから上手な見せ方も知らないし、見られ方も知らない。テレビをはじめ、あまりにも演出されたものごとにひたりすぎ、自分たち自身のふだんに魅力を発見できなくなっているようだ。

PRの雑誌の写真になる人物が、下着姿でめしをくっていてはイケナイと思われたり。高い実績のある人、話題の人、知識人や文化人、名やいわれのある建物、珍奇なモノやコト、スタイリストがいて見栄えのよいようにセットされているがゆえに「おいしそう」に見える料理、そういうモノやコトに頼った「表現」を要領よくやることが評価される。

ところが、今回は、「料理研究家」や「味覚評論家」や、そのエセのたぐいまで含めて、彼らならまちがいなくはずすだろう店を入れたり、食べ物の写真は、ふだんの営業のときに訪ね、店の人がつくって出したものを、そのまま撮影している。下着姿でめしくうひともいる。とくに店内は、取材があるというとキレイに片づけされちゃうことがあるので、そういうことがないよう念をいれた。

Kitakyusyu_aezenirihune_2そして、その「ふだんの現場」から、表現を考えるのだ。「「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」からまちづくり」をやろうと思ったら、ふまなくてはならないことを、そのままやっている。

大谷さんは「愚直に正直にやるだけです」といっていたけど、大谷さんのように才能のあるひとがそういうと、やけに重みを持つのだった。世間的には才能や能力や作品が高く評価されている有山さんや牧野さんも、じつに愚直そのものに対象にむかっていた。まあなんていうか謙虚そのもので、おれは、少なからずおどろいた。最初に述べた、「アリヤママジック」もそういうものであり、「マジック」なんていってはならないことなのだ。

おれも、少しは愚直のクスリをもらえたかな。

画像、上は、本誌に登場の門司港にある「安全入船食堂」。朝定食が300円。下は、おれがロケハンのときに撮影した、その外観。詳しくは本誌をごらんください。

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2007/10/27

「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」からまちづくり

Machi_zassi_001きのう『雲のうえ』5号が届いて、じっくり見た。いやまったく、素晴らしい。自分が関わっていながらいうのもおかしいが、このように食堂を表現できる場があったなんて。

それはともかく、おなじきのう北区まちづくり公社でもらった資料を見ている。その中に『街よ!元気になれ』という雑誌がある。これは、公社が年に1回発行するもので、1冊1テーマの全特集で編集されている。それと、もう1冊、年に1回地域特集のものを発行している。つまり、年に2冊だね。

その企画・編集に関する基本的な考えを述べた資料には、「「まちづくり=都市基盤づくり」という狭義にとらわれず、区民の視点からみた幅広い「まちづくり」を対象とするものであること。」という一項がある。というわけで「飲み歩き隊」なるものも組織され、大衆酒場の多い北区内を飲み歩いて記事にしたり、といったぐあいなのだ。北区にはJRの駅が多いのを生かした「駅弁コンテスト」なるものもおもしろい。

つまり、「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」を見直して、そこから「まちづくり」を考えていこうという取り組みと理解できる。

これは『雲のうえ』の方向性と共通するところがあるようだ。そこで思い出したのが、岩手県盛岡の『てくり』だ。今夏、盛岡へ行ったときにバックナンバーを買ってきてあって、ここで詳しく紹介するといいながら、まだやってない。すみません。

この雑誌の、表紙には、「伝えたい、残したい、盛岡の「ふだん」を綴る本」とある。有料のリトルマガジンだけど、「高級」という意味ではなしに、かなりクオリティの高い雑誌だ。

この3冊、それぞれちがう特徴を持っている。しかし、「ふだんの顔」「ふだんの生活の場」から見よう考えようという方向性は共通しているように思う。これは、なかなかおもしろい傾向ではないかな。少なくとも、「気どるな、力強くめしをくえ」「普通の食事を大切に」「ありふれたものを美味しく食べる」とかいい続けているおれとしては、とても興味ある動向なのだ。

そして、しかも、北区の雑誌のばあいもそうだし、『雲のうえ』もそうだが、テレビや商業雑誌が、それをもとに番組や記事をつくるといったアンバイで、けっこう宣伝波及効果がある。ま、人びとの関心も、身近な「ふだん」に向いてきたということでもあるようだ。そして、そういうことになると、テレビや商業雑誌は地域誌に頼らざるをえない。これは、おもしろいことだ。

それに、『雲のうえ』『てくり』『街よ!元気になれ』も、現在から未来を志向しているのであり、昔はよかったの「嘆き節」で終わらせるわけにはいかないというのところが、またおもしろいと思う。未来へむかう、自分たちの街の物語を発見し、創造しなくてはならない。『雲のうえ』の今回の特集「はたらく食堂」では、そういう視点で食堂を見て書いた。

岩手の「地元学」や北九州の雑誌『雲のうえ』は、「地域ブランドセミナー」のネタにまでなっている。アイアムペン「石垣島だけのブランド確立を-専門家招き「地域ブランドセミナー」」…クリック地獄

「てくり」のサイト…クリック地獄

北区まちづくり公社…クリック地獄

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2007/10/26

りんごの匂いがする北区東十条商店街

Higasijyujyo071026秋の雨は、おれを感傷的にする。酒とバラの日々とはいかず酒のみの日々。バラのあの子はどうしているのやら。雨はしとしと、心を濡らす。なんてね。

はて今日は16時からの打ち合わせ。と、朝方、手帳カレンダーを見たら、ぎゃあああ、ダブルブッキングじゃないか。きのう電話で、今日の16時からの打ち合わせを入れるとき、なにもないハズと思い込んでいて、手帳カレンダーを確認しなかった。予定は記憶に頼り確認を怠る、というか確認をする習性がない。なんのための予定カレンダーか。

とりあえず、片方は、資料だけつくって渡すことにして、大急ぎで資料づくり。うがうがヘトヘト。16時前、北区京浜東北線東十条駅北口低地側。腹へったので、駅出てすぐの立ち食い。かきあげ天そば300円。おっ、ここは水を飲むコップにカップ酒の空き瓶をつかっている。そういえば、北九州の食堂では、そういうところが多かった。そういえば、北区は、なんだか北九州に共通するところがあるな。工場も多いし、労働者の街というか。

で、行ったところは、北区まちづくり公社。途中、商店街を歩いていると、リンゴの匂いがただよってくる。八百屋の店先から。うわ~、いいねえ、市場みたいな商店街だ。こういう商店街のある街こそ人間の住む街だよ。

担当者に会って話しを聞く。なかなかおもしろそう。なのでイチオウ首をつっこんで見ることに。そもそも、おれは、北区のあちこち好きだもんね。

帰り赤羽駅ホームで資料を渡す。なんだか疲れたし、雨なので飲まずに帰る。
けっきょくイエ酒で酔う。
北九州から『雲のうえ』5号が届いた。すばらしい!そのことは、またあした。
と、とりあえず日記風に書いてみた。

チト、北区関係といっても、主に赤羽や王子あたりのことを書いた記事を拾い出してみた。ほんとうは、けっこうアチコチ歩いているのだけど、飲んだ話しばかり。やれやれ。
画像は東十条駅の階段からガラス越しに見た商店街。

2005/10/20
王子、柳小路とさくら新道

2005/12/03
王子のたぬき

2005/12/03
王子の大衆酒場、山田屋

2006/07/15
カレーライスの夏だけど

2006/10/21
よろよろと、きのうも王子で

2006/10/20
赤羽・竹山食堂のち王子・福助とリーベのち東十条・みとめ

2006/10/29
赤羽、王子で横丁路地街談義

2007/02/24
喜びや快楽をつくり出すことについての経験

2007/08/19
アブナイ女2人と泥酔、電車乗り過ごす

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2007/10/25

特集「はたらく食堂」の北九州市「雲のうえ」5号、発行です

2007/10/20
「北九州市「雲のうえ」5号校了、特集「はたらく食堂」、10月25日発行」

で案内したように、『雲のうえ』5号が発行になりました。市のサイトでは、「第5号の特徴」をこのように案内しています。有山達也さん+牧野伊三夫さんの表紙、すばらしい!…クリック地獄

「食欲の秋にお届けする「雲のうえ」第5号のテーマは「大衆食堂」。
 市街地のパワーを支える食堂、工場や学校の「門前食堂」など、それぞれの地域に根ざした大衆食堂を特集しています。
 市民の素顔、素朴でたくましい、働き者たちの街・北九州のエネルギーの源をご覧ください。」

ぜひ、ご覧ください。フリーペーパーですから、どなたでも無料で入手できます。上記のクリック地獄から「入手方法について」をどうぞ。「1冊送付希望の場合 返信用切手200円分」から受け付けています。既刊、1号はすでに在庫なし、2号3号も在庫わずかになっていますから、あわせてご覧いただくとよいでしょう。もちろん、この号をたくさん取り寄せていただき、まわりの方に配布いただくと、そりゃもう、うれしいです。

Kitakyusyu_yano画像は、この特集に登場する食堂「矢野」です。ここは元漁師のご夫婦が経営しています。しかも小倉駅の近く、東京でいえば東京駅の近くということになるけど、このように目の前は日本海につながる入り江、向こうには埋立工場群が見えます。この元漁師のご夫婦が経営している食堂の光景は、ひとつの北九州と北九州の食堂の物語を象徴し、そして東京や「東京化」した都市が失った生活を語っています。それは、工場があるかないかといった皮相的なことではないのですね。そこんとこは、不肖エンテツが本誌で書いています。

大都会で見失われてきた「市民の素顔、素朴でたくましい、働き者たちの街・北九州のエネルギー」を感じてみましょう。土地に根を張った労働的生活を見つめなおし、「グルメ」な浮ついた「わるのり」の「趣味的生活」に走った近年をチト振り返ってみるよい機会になるかも知れません。働き生きるということ、そのための食、その日常茶飯をよりよく楽しくする大切さ、ま、「快食」ということですが、もっと考えてみてもいいんじゃないだろうか。

北九州は、安くてうまいぞ楽しいぞ。それは働き者たちがいるからだ。

おれは以前にチト書いたけど、今回は、「うまい」という表現をなるべくつかわないで、食堂の魅力と味覚を表現しようと工夫をしました。はたして。

では、よろしく~

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2007/10/24

アジフライに関する無限的研究 その2

は~い、わたしアジフライよ。今日は、アジフライに関する無限的研究の2回目。1回目をごらんになってないかたは、こちらね。…クリック地獄

Ajihurai_idumiya_nippori上の画像は、10月20日に日暮里のいづみやで、くそったれなエンテツに撮られたわたし。下の画像は、その翌日21日にドばかなエンテツは大宮のいづみや本店で飲んで、そのときに撮られたの。どちらも、最初に皿にもられたときは、上のように尾のほうが重なっているの。そうね、ミニスカートの女が足を組んだときにみえる重なった太もものように、色っぽいでしょ。

Ajihurai_idumiya_oomiya下の画像は、助平のエンテツが、わたしの股を開こうと、こうなったのではなくて、もちろんエンテツは紳士ではないけど助平でもなく、好きな女がいてもジッと会えるのを待っているような純情で控えめな男ですが、この画像はね、ただ単にわたしのプロポーション、つまり物理学的形状の探求のため、こうして、もとの開いた状態のように並べて撮影したの。ほら、正三角形に近いでしょ。つまり、これが、前回あったように、貧乏人らしい伝統的なアジフライのカタチという主張があるのです。

で、もう気がついた方もいるでしょうけど、このどちらも、わたしは開いた一枚ではないのね。三枚おろしじゃないけど、二枚になっているわけ。総菜屋さんのは、たいがい一枚だし、大衆食堂でも一枚のところが多いでしょ。そのワケは、そのうち明らかにしましょう。

まずプロポーションの観察がすんだら、わたしの衣を見てちょうだい、うっすら素肌が見える大宮に対して、厚い衣の日暮里なのです。いやん、それだけで大宮が好きだなんていわないで。よく見てちょうだい、ほら、うっすら素肌の大宮の尾のところ、全体がうっすらのわりには尾までシッカリ衣を着ているでいるでしょ。日暮里は、ちょっとわかりにくいけど、身の衣は厚くても、尾のところはうすくて、パン粉がチラチラと飾りのようについているだけ。

では、尾のところに、ほとんど衣がついていない画像、あるのですよ。こちら「アジフライ レシピ料理 gooグルメ&料理」……クリック地獄

これはまた、ずいぶんシッカリ厚い衣を着ているけど、尾のところはツルンですね。

このチガイ、わかるでしょ。そう、尾のところにまったく衣が着いていないのが好きなひとは、ロリコン趣味ね。となれば、ちょっとだけついているのが好きなひとは、「青い麦」趣味、中学高校生趣味とか。そして、シッカリ衣がついているのが好きなひとは、もう「熟」が大好きという東陽片岡さんのようなひと、ってことになるかしら。とにかく、そういう細かいところにこだわり趣味を発揮するひとは、けっこうイヤらしいひとが多いってことね。これが、今日のアジフライのシッポ的結論です。

ってことで、今日の研究は、おわり。

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2007/10/23

メタボや食育の根底にあるアブナイこと

というタイトルは、考えつくのだが、書こうとすると、ぼうだいなものになり、ブログにそんなこと書いてなんかいらんねえよという気分になってしまう。でも、忘れないように、問題点だけを、テキトウに少しずつ書いておこう。まだ調べている最中だから、把握や理解が足りないところがあるかも知れない。よく調べないまま、よそで引用などしないでね。

とにかく、この問題は、調べていくと、とんでもないところにゆきつく。ようするに、明治初期、東京の中央政府は教育方針の根本について「脅迫的方法」を採用する。これが、学校教育だけではなく、「人を育てる」根本になってしまうのだな。

ときたま、「体罰」がモンダイになったりするけど、いつも体罰そのものが問題になるだけで、その議論に欠けているのは「体罰」を脅迫的に使うことだと思う。日本の「体罰」は、おれの戦後の体験でも、「恐怖」をあたえ服従させる「脅迫的」利用だったといえるし、それが問題なのだと思う。

食育については、何度も書いてきたように、推進論者は、じつに不安を煽り「脅迫的」にこれを推進してきた。

メタボにいたっては、かつては病気ではなかった「肥満」を病気に仕立て上げ、「ほおっておけば死ぬ」というようなイメージを脅迫的につくっているようにみえる。

「ほおっておけば困ったことになる」。このテの根拠のない想像や推察に過ぎない事実ほど人びとに不安や脅威をあたえるものはないし、そのことによって、人びとは強制や管理に従順に従うようになる。メタボや食育の根底にあるアブナイことは、これなのだ。「私」の喪失。その「私」の喪失に便利な、もう一つの「積極的な生き方」が、このあいだから書いている「趣味的生活」なのだが。

というぐあいに、列挙したあたりで、今日はオシマイ。

しかし「肥満学会」なるアヤシイ学会が、腹の太さでメタボかどうか決める基準をつくり、それで一挙に「メタボ健診義務化で医療界は「健診景気」」なんていわれる状態が生まれるなんて。…クリック地獄

そのことについて、なんにも問題にならない、反対の声もあまり聞かないなんて、それはもう「ほおっておけば困ったことになる」という脅迫と「趣味的生活」の前に「私」を失ったコンニチ的日本的風景そのものではないか。と、思ってしまう。

メタボの基準については、最近は見直しの記事も見られるが、そもそもがアイマイな基準で「メタボ健診義務化」なんて、ふざんけんじゃねーよと声を大きくしてよいのではないか。メタボといい食育といい、こんなものは健康を食いものにする「脅迫ビジネス」のなにものでもない。と、言い切りたいね。

肥満者たち、「私の肥満権」を主張しよう。
私の身体は私のもの。私の体型は私が決める。


女性80・男性87cm以上…東北大が“メタボ腹”見直し
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20071020it04.htm?from=top

 腹部の内臓周辺に脂肪がたまるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準について、東北大学チームは、腹囲は「男性87センチ以上、女性80センチ以上」が適当とする研究結果をまとめた。

 日本肥満学会が中心となって策定した「男性85センチ以上、女性90センチ以上」とする腹囲の国内基準に見直しを迫るもので、今後、論議を呼びそうだ。

 今井潤(ゆたか)・同大教授(臨床薬学)と浅山敬上級研究員らは、岩手県旧大迫町(現花巻市)で、1980年代から住民の健康を追跡している「大迫研究」の一環として、395人(男性118人、女性277人)のデータを分析した。

 その結果、男性は腹囲が87センチ以上、女性は80センチ以上の場合に、血圧が高かったり、血糖値が下がりにくかったりといった、健康問題が見つかる可能性の高いことが分かった。

 メタボリックシンドローム(メタボ)は、腹囲が基準を超えた上で、血圧、血糖値、血中脂質の値のうち2項目が基準を上回ることで判定される。メタボを放置すると糖尿病など生活習慣病になるリスクが高くなるため、来年度からメタボの国内基準に基づく健診と保健指導が始まる。

 しかし、現行の基準では、特に女性で腹囲が下回ったために、十分な生活改善指導を受けられない恐れがある。

 浅山研究員は「肥満学会の基準のもととなったデータは、分析対象者の3分の1が病院の肥満外来に来ていた人で、偏っている可能性がある。今回の研究は一般的な地域住民を対象に分析しており、少なくとも女性の腹囲基準は見直す必要があるのではないか」と話している。

 腹囲を巡っては、男性に厳しく、女性に甘いと言われてきた。これに対し、肥満学会は19日、「内臓脂肪の量から腹囲基準を決めた。基準を変える必要はない」との見解を示した。

(2007年10月20日12時41分 読売新聞)

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読者から、亀有・ときわ食堂

いやあ、ひさしぶりのハジメ男さんからのメール。ハジメ男さんを、ご存知か。ザ大衆食「大衆食者の食卓」に以前から登場する読者の方ですね。…クリック地獄

今日は画像と一緒に、こんなメールをいただいた。この方、ここに書いてあるように、3年ほど前に30年間ぐらい住み慣れた山の手を捨て、こちらへ移る大胆をした。まだお若いはずなのに、いつもこの文体には感心してしまう。


遠藤様

お久しぶりでございます。遠藤様ファン、ハジメ男でございます。
遠藤様におかれましては原稿執筆、酩酊徘徊、著作物絶版...,
と粉骨砕身の大活躍、敬服の至りでございます。

本日付遠藤様のブログを読んでおりまして、ふと当方手持ちの
画像をお送りしたくなりメールした次第です。勝手ながら添付いたします。

これは亀有・ときわ食堂でございます。
「常盤」といえば巣鴨が有名でしょうが、亀有のそれもご覧くださいませ。
なかなかよろしゅうございます。飯を食っても、酒をのんでもしっくりくる処で
す。

貧乏ゆえ自炊、家呑みが中心の私ですが、ここでやる昼酒はなんともよろしい。
ぬる湯につかって体をのばしているような気になります。

東京の人間でも亀有と亀戸の区別がつかない輩が多うございますが、
かくいう私もそうでした。そんな当地に住みだして3年が過ぎましてございま
す。

亀有に遠征することがございましたらご利用お勧め申し上げます。
平日夕方には、江戸っ子(立石にある店の暖簾分けということです。)のもつ焼
きもよろしいです。

―ハジメ男、自宅で酩酊中


おれの返信。
 
ハジメ様

まったく、お久しぶりです。
もう、おれはハジメ様にも見限られたかと秋の空を見上げてはタメイキをつき、酒は涙かタメイキかと過ごしていたのであります。

亀有・ときわ食堂の画像、ありがとうございます。知りませんでした。なかなか落ち着いて過ごせそうな、よい雰囲気で。うむ、昼酒、よさそうです。昼から夜まで飲んでも、よさそう。ぜひ行ってみたい食堂リストに加えさせてもらいます。

それに、このメールの文章、いいですね。ブログに掲載させてもらいます。

ということで、とり急ぎ、お礼まで。

今夜はオウチで酩酊のエンテツ

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2007/10/22

きのうは大宮いづみやで飲み疲れ

Oomiya_izumiya003まだ前夜の酒がふわふわ残っていた夕方、18時半ごろ、大宮いづみや。サッポロラガーをとって飲み始める。まもなく吸うさんあらわれる。どんどん飲む。2人でホッピー2、中ハイ350円を12ぐらい。若い吸うさんとおなじペースで飲んだので、もうヨレヨレ。今朝は、頭のほうはなんともないが、全肉体が酒で疲労しているかんじ。

画像は、本店の内部。正面、生ビールの手書きポスターには「違いのわかる器の大きさ」と書いてある。「中」600円だけど、居酒屋チェーンの「大」サイズぐらいある。サッポロラガーは500円、もつ煮込み160円。これで切り上げれば、660円ですむわけだ。二級酒!ならコップ一杯210円。

ラガー、日暮里いづみやは、470円か480円のはず。日暮里は、西口山側の近頃は「下町」を僭称するが実際は「山の手」に対して、いづみやがある東口低地側は昔から「低層」の中国人や朝鮮人もおおく、ビール大瓶は500円以下の勝負になっている。

Oomiya_izumiya005大宮いづみやは建物が昔のつくりで天井は高いし、こういう酒場が、もっとあちこちにあるといいねえと話ながら飲む。なんで、値段の高いところで、よろこんで飲む人がおおいのだろうねえ、とか話す。もっと生活の実質を大事にしなくてはな。ポップメニューの「白菜朝鮮漬」を吸うさんが指差し、いまはみなキムチというけど、昔は朝鮮漬だったですよね、という。そういえばそうだ。

いつものことだが、南千住にあった大利根の思い出話。
飲み仲間の事実婚していた2人がついに別れた話しなど。

ご参考…ザ大衆食「居酒屋食堂考 いづみや」…クリック地獄

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2007/10/21

日暮里いづみや、鶯谷呑兵衛、泥酔

きのう、人生残り貴重な時間を、どうでもよいやつら、しかも男だけ8人で飲む。6時、日暮里いづみや。日暮里駅に少し早く着いたので、話題のテープ文字「修悦体」を見て、風俗街方面の視察へ。くらがりで立ちんぼに声をかけられる。中国系。日暮里の街は、中国人が増えたようだ。いづみや、どうせガラガラだろうと思っていたら、意外に混んでいた。ちかごろ混むのだろうか。悪酒「梅割り」をガンガン飲む。のち、1人がほかの飲み会へ抜け、7人で鶯谷へ。

吸うさんから「店舗拡張の工事中だった鶯谷「信濃路」が今日から再開してますよ。良かったら見てきて下さい」とメールがあったので行ったのだが、たしかに、店舗を拡張して、となりの店と中はつながったものの、まだそちらは営業していなかった。かつ混雑のため7人収容は困難。ならば、いっそ大きな店へとラブホの林のなかをぬけ「呑兵衛」へ。ここもすごい混雑だが、ちょうど出て行く団体があって、うまく座れる。途中から、やはり日本酒を飲もうということになり、一升瓶をとる。野暮ったい男だけのテーブル、おれたちだけ。一升瓶をデンとおいて飲む気分は、いいねえ。まわりは、近くのダンスホール帰りらしい中高年カップルだらけで、イジョーな雰囲気。

ということで、何時ごろまで飲んだのか、きのうはとくに寝不足だったので、途中で酔いがまわりわからなくなった。

まもなく午前9時。二日酔いであるが、気分は悪くない。

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2007/10/20

北九州市「雲のうえ」5号校了、特集「はたらく食堂」、10月25日発行

Kitakyusyu_moji_irihuneオオタニさんから連絡があって、

無事に5号を校了しました。25日には見本アップ、遠藤さんのお手元には、26日もしくは27日にお届けすることができそうです。飛行機に乗せられるのは11/1から、都内書店では11月10日前後からの配布になります。

とのこと。「飛行機に乗せられる」とあるのは、この雑誌は、機内誌として北九州空港を使用するスターフライヤーでも配布するから。

このブログでは、これからしばらく、ときどき、このことについて書きたい。「取材裏話」とかね。

特集「はたらく食堂」の構成は、つぎのようになっている。
p2~17 「働く食堂、働く人々」
p18~21 「小腹食堂」
p24~35 「名物はないけれど……」
p38~39 全27取材店リスト

編集=大谷道子(小腹食堂の文も)、アートディレクション=有山達也、絵=牧野伊三夫、写真=齋藤圭吾、文=遠藤哲夫、という顔ぶれです。

大谷道子さん連載の「街のうた」は、食堂特集にあわせて「ちゃんどん恋歌」。これが、大谷さんいつものことだけど上手で、いいねえ。「ちゃんどん」という料理、ご存知かな。もう二度と食べらないかも知れない、ちゃんどんの話しです。

掲載店などは、発行になってから、ここで紹介します。

自分で撮影した画像のなかに、たまたま日めくりカレンダーが写っているものがあった。こういう大きな日めくりは、いかにも食堂らしい光景だが、日付が、ちょうど三か月前の7月20日。ロケハンで訪ねた門司港の早朝営業の食堂。この食堂のことは、しっかり書いた。

ロケハンでは正味5日で50店ぐらい試食した。いちばん多い日は、14店ぐらい。食欲が減退する蒸し暑い夏だから、「難行苦行」。ふつうの取材では、ありえない「無謀」だろう。自分の住んでいるところではない、土地勘のないところだから、それなりの難しさはあったが、こういうときのやりかたには、またそれなりの「ノウハウ」があるんだな。いちおう「プロ」だからね。時間と空間とカネの制限のなかで、それなりの結果を出すのが「プロ」としたら。でも、これは、どういう「プロ」なのだろうか。やりながら考えた。おれは、なんの「プロ」なのだ。「味覚評論家」ではないし……。でも、ちゃんと、味覚の判断はしている。このブログでは、味覚についてウルサイことは書かないけど、必要なときは必要な判断をしているのだ。

もともと事前に手元に届いた資料には100店近くの候補があって、それから、どうやって27店にしぼったか、8月の本番の取材はどう行われたか、そのへんのことも、いずれ書こう。と、思う。しかし、ほんと、よく身体と緊張感がもった。

ロケハンから原稿アップまでの、あの暑い夏がウソのよう。ああ、こうして時はすぎていくのだなあ。財布のなかは、いつも秋風だけど。ああ、おれの人生も秋のタソガレかあ。もう二度と出会えないかも知れないことが、ふえていくのだなあ。ああ、はあ、一瞬一瞬が、これで最後かも知れないのだ。ああ、秋は、切ないなあ。ああ、はあ、それにしては、うふふふ、どうでもいいやつらと酒を飲みながら時間をつぶしているなあ。って。

どうか、みなさんご覧なってください。こういう仕事は、もうおれトシだから、二度とできないかもしれない、「記念碑的事業」ですね。もちろん、写真、絵、デザインは、もう素晴らしいに決まっています。

「雲のうえ」はフリーペーパーです。問い合わせ、入手希望の方は、こちら、北九州市企画政策室 にぎわいづくり企画課…クリック地獄

これまで当ブログに掲載の「雲のうえ」に関する主な記事。

2006/11/16
北九州市「雲のうえ」の素晴しさ

2006/11/18
情報を蹴散らして詩人の感性を取り戻せ

2007/09/04
「北九州市情報誌『雲のうえ』が本当に素晴らしい」は素晴らしい

2007/02/03
北九州市の「雲のうえ」2号 特集は「おーい、市場!」

2007/04/30
北九州市の『雲のうえ』3号が、またいいんだな

2007/05/01
仕事が好きか。生きているか。…『雲のうえ』おとなの社会科見学

2007/08/11
九州も島だけど北九州には島がある 「雲のうえ」4号

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2007/10/19

アジフライに関する無限的研究、中間発表

無限的アジフライ研究をやろうという話しになった。

ザ大衆食のサイトに掲載の入谷の「大衆食堂 清月」のアジフライは、アジフライらしくないという意見がある。身が厚くて、大きくて、中あじをフライにしたようなものはアジフライらしくないというのだ。

そもそもアジフライなのに、かじってかんでいるとき、衣に対して身の存在感がありすぎて、アジフライという「一体感」に欠けるというのだ。

ああいう立派なアジフライを食べことがない普通の貧乏人は、そう思うかも知れない。

では、普通の貧乏人が食べなれた、アジフライらしいアジフライとはどういうものかという議論になった。

まず、かぎりなく正三角形に近い。小アジをつかえば、必然的にそうなる。
シッポを切り落としてはいけない。
シッポのところの衣は、どうだ。ここが難しい。ほとんど衣はなく、から揚げ状態。うすく衣がかかっている。などが好ましい。シッポまで衣が厚いのは、よろしくない。

好ましいアジフライを食べさせる食堂、二か所の名前があがったが、シッポの部分まで厳密に思い出せなかった。つまりふだんは、たいして気にしてないということだ。

食べ方は、ソースより醤油がよいという意見もあった。

いまのところ、こんなところか。
おれは、何がよろしい、よろしくないより、そのアジフライ、たとえば、中あじのアジフライは何をねらったものであり、シッポまで厚い衣のアジフライは何を語っているかを考えるべきだろうと思う。と、いった。

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2007/10/18

コンビニと、どう向き合うか、どう付き合うか

ひさしぶりにyas-igarashiさんにコメントをいただいて、めったに更新のない彼のブログ「まだまだこんな風に生きてみた」をのぞいたら、興味あるワークショップの告知があった。チト内容紹介が学者的堅苦しさではあるけど、これはなかなかおもしろいし大事なことだと思う。だいたい五十嵐さんたちの活動は、若いからもあるだろう、対象や視点がいいね。それに話も学術的に気どることなく、普通の会話のようで、いいね。でも、文章にすると、なぜか難しいんだな、これが。論文調の弊害というか。

October 16, 2007CSF10月例会「『コンビニ』の現在」のお知らせ

コンビニを頭ごなしに非難するひとがいるけど、そんなことで片づく存在じゃない。すでに経済的生活的にだけではなく、社会的に地理的に、また文学的言語的に、コンビニは地域と密接である。日本の風土や文化と、じつに根深い関係にある。だいたいね、たとえば日本の伝統的な夏の風物詩といわれる花火をやろうと思ったら、コンビニへ買いに行くのですよ。冬のおでんだってね。もっと、コンビニとどう向き合うか、どう付き合うか、考えなくてはならないのだなあ。これだけ身近でありながら、利用するだけ、非難するだけで、何も考えないというのは、おかしい。選挙なみに大事なことだと思う。

当ブログでも、けっこうコンビニについて書いていたと思ったが、意外に少なかったな。あるいは、もっとあるかも知れないけど。とりあえず、「コンビニ」で当ブログ内を検索して見つかった記事。

2006/11/21
わたしの文房具で小沢昭一的

2006/08/07
冷し中華、冷しラーメン、サラダラーメンの日本て、いい国だなあ

2006/08/06
コンビニの棚化するカテゴリーの生活の行方

2006/07/28
「自分の言葉」ってなんじゃらほい、コンビニで考えた

2004/09/16
弁当とレトルトごはん

2004/09/15
「夜霧のハウスマヌカン」と「ほか弁」

2004/09/10
コンビニ激戦のあと


五十嵐さんたちとは昨年、「カルチュラル・タイフーン 2006 下北沢」の「都市を紡ぐ」のセッションに参加したのでした。

2006/07/03
「若者文化」を商品化した「若者の街」の後の祭り

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トシはとっても人間は退化するとはかぎらない、か?

短い期日で予定外だった難しい仕事をやり終えた。いや、ほんと難しかったなあ。調べるのも大変だったし。苦労したよ。脳みそ絞りつくしたかんじ。あははは、たいした脳じゃなかったってことか。でも、なんだか脳が鍛えられた感じがするな。こういう達成感と充実感は、チトめずらしいね。このあいだの北九州の長丁場が片づいたときと、またチトちがうかんじだ。メンドウを避けちゃいけないってことか。トシとるとメンドウはしたくないものだが。いい経験が続いている。

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2007/10/17

「普通」の一瞬の輝き。1977年キャンディーズ「普通の女の子に戻りたい」。

チト仕事のために資料を見ていたら、どういうわけか。わきみちからわきみちへとそれ、キャンディーズにたどりついてしまった。

1978年4月4日後楽園球場で行われた、キャンディーズのさよならコンサートのカセットテープは、何度も聴いた。どちらかといえば、このときに歌った、洋モノのカバーが印象的で、あらためてキャンディーズをみなおしたのだった。とくに、「朝日のあたる家」は、ずっと記憶に残っている。

彼女たちは、いまから30年前、1977年7月17日、日比谷野外音楽堂のコンサートで「普通の女の子に戻りたい」と、トツゼン引退を宣言した。多くの人びとのあこがれである普通ではない「芸能人」になったのちのことだ。

その「普通」という言葉を、当時の普通の人間だったおれは、どう思ったか。ああ、普通が大事だよ。

でも、80年代は、ますます普通であってはイケナイ時代になった。ワンランク上、「個性」的、自己実現、自己表現、仕掛け人……普通ではなく突出していなくてはならない、目立たなくてはならない、「凡」ではいけない「奇」でなければ。あるいは「究極」とかね。

ひとを殺してもいい有名になりたい。自己を「商品化」し付加価値を高める時代。みなメディアへの露出を競った。みな「芸能人」のようになりたがった。必要以上に自慢し、必要以上に知ったかぶりをし、必要以上に自分を演出する。過剰化する自意識。そのまま、コンニチなのだな。

キャンディーズのさよならコンサート、最後の曲は「つばさ」。いまYouTubeで見たら…クリック地獄、舞台のラストには「FOR FREEDOM」という言葉が輝いている。「普通」と「自由」、深い関係にあるのだな。普通ではない人間をめざして、より自由を失う時代が続いている。ということか。

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2007/10/16

痛飲泥酔二日酔い心は晴れ、書評のメルマガ発行

きのうは、御徒町で打ち合わせ。出かける前に郵便受けを見たら、ポルトガルからはがき。まりりんから。知り合いのところに着いた。美しい海岸のそば、やつがおれの来るのを心待ちにしていると。悪い話じゃないなあ、本は絶版になるしいろいろ失意の日々、しばし離れてみるのもよいか、ニューヨーク経由が安いのか北回りが安いのか、とかボンヤリ考えながら向かう。

上野駅からアメ横を通り、前日の暴力団射殺事件の名残り少しはあるかと思ったけど、まるで無し。卸のエフのシャッターが閉まっていた。どうしたのかな。おれの知り合いをクビにしたから閉店か。まさかね。

御徒町駅南口19時の待ち合わせにチト早かったので、周辺を歩く。ジュエリー問屋の前で、ヤーさま風の男が、ねえちゃんの尻をなでながら、このナントカを買ってやるからナントカと別れろ、それとも若いものをさしむけようか、なーんてくどいている。こんなやつ、ヤーさまじゃねえか。

初対面男37歳と駅近くの安くてまずい居酒屋へ。ここならいくら飲んでも、会社の経費で落としやすい。この男、日本酒好き、燗酒をガンガン飲む、アレコレ盛り上がる。しかし、給料安いのに、よく働き、ほんと大変。

上野駅で別れたところまでは覚えているが、あと記憶喪失。目が覚めたら激しい頭痛、身体の中じゅうがただれている感じ。でも起きてメールをチェックすると、ポルトガルのやつからメール。魅力的な誘い。ますますポルトガルへ心が傾くが、行くか行かざるか決める前にメールを一本。その返事でポルトガルはやめた。まりりんの土産話を聞くだけにしよう。

いま15時、まだ胸がやけている。いったいどんな飲み方をしたのか、どれだけ飲んだのか。明後日まで仕上げなくてはならない仕事があるので、二日酔いなんかやってらんないのに。

書評のメルマガvol.332が発行になった。先日来予告のとおり、「スピード感とリズム感のある料理」というタイトルで、瀬尾幸子『簡単!旨いつまみ』学習研究社を紹介しています。ごらんなってください。……クリック地獄

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2007/10/15

「料理研究家」とは、その芯と輪郭

「料理研究家」について考えている。直接的には、まもなく発行になるだろうと思われる「書評のメルマガ」で、「料理研究家」の肩書を持つ瀬尾幸子さんの本を取り上げたのがキッカケだ。

で、たまたま古本屋で見かけて買ったが、まったくツマラナイからほっておいた『「料理研究家」たち』(宮葉子著、NHK出版)をパラパラ見ていた。

この本がツマラナイのは、まさに著者が「「料理研究家」とは」、ということを考えないまま、「料理研究家」にインタビューしているからだろう。とくにおれのばあい、文章のうまいへたなど、あまり興味はなく、よくこのブログで使う言い方だが、対象への向かいかたや、視線の持ち方から伝わるものを大事にしている。どんなに文章がうまくても、それがなかったら、読み取り継ぐべきものが一つもないにおなじ、中身はからっぽというやつだ。

これは、べつの言い方をすると、モノゴトを「芯」でとらえるか「輪郭」でとらえるかに関係すると思う。どちらでとらえるかというより、芯がなくてはお話にならないと、おれは思っている。この本の著者の宮葉子さんには、芯でとらえようとする考えというか姿勢がない。

本書は、5人の「料理研究家」にインタビューしてまとめている。登場するのは、藤野真紀子さん、有元葉子さん、上野万梨子さん、北村光世さん、枝元なほみさん。この人選そのものからも、「「料理研究家」とは」を追求する考えのなさをうかがわせるものがある。

ま、それはとにかく、このなかで、やはり異彩をはなっているのは、有元葉子さんなのだ。

「書評のメルマガ」で「料理研究家」の著書を取り上げるのは、瀬尾さんで2回目。これまで連載8回目の04年10月7日発行vol.183で『有元葉子の料理の基本』(幻冬舎) を扱っただけだ。…クリック地獄

有元葉子さんには共感するところが多い。というのも、このひとの料理の「芯」には、日常茶飯つまり「ふだんを大切にする」という考えや姿勢があるからだ。それは、有元さんの著書である『わたしの日常茶飯事』(ちくま文庫)のタイトルになっている通りだ。

で、今回、このインタビューを読んで気がついたのだが、有元さんは、あまり「輪郭」の話はしない。そこが際だっている。料理を芯でとらえようとしているか、芯でとらえている。輪郭は、とにかくボンヤリしている。芯を深める、肉付けした結果なのだ。

こういうの、おれは好きだな。たとえば、絵でも、牧野伊三夫さんの絵は、輪郭がはっきりしていない絵が多い。何度も一緒に飲んでいるから、本人についても知っているが、本人もそういうひとだ。輪郭のはっきりした空間の飲み屋は嫌う。絵ということでは、なかだえりさんも輪郭のアイマイな絵が多いし、そもそも著書に『とらえどころのない曖昧な輪郭』があるぐらいだ。

絵のばあい、輪郭がアイマイというのは、必ずしも輪郭線は使わないということではない。芯でとらえて、輪郭は自由である、という感じかな、あるいは柔らかいとか。腹から出ている声のような。輪郭がないとかあるとかではなく、とにかく、対象を芯でとらえる。

一見、輪郭がアイマイのようでいて、はっきりしているものもある、好きな人が多い、印象派の絵など、そうだろう。

なんでも輪郭がはっきりしているほうが好まれる傾向がある。カプセル入りの粉薬のように、きちんと輪郭のはっきりしたコンパクトにまとまった話が、「わかりやすい」と好まれるようだ。芯などなくてもよい。大方のグルメ談義とは、そういうものだ。もちろん、輪郭がはっきりしているからといって、芯がないとは限らない。芯に向かう姿勢や視線のモンダイなのだ。

最近、『雲のうえ』の仕事で、おれは初めて、文章の「起承転結」を芯から説明するひとに出会った。編集のオオタニさんだが、そのことは、今月末『雲のうえ』5号ができあがったら、すでに予告してあるように、「オオタニ讃歌」をここに書きたいと思っているので、そのときにしよう。

で、「料理研究家」とはについて考えたことは、例によって書くのがめんどうになったので、またそのうち。

話はちがうが、今日は、御徒町で打ち合わせがある。きのう、アメ横で暴力団の元幹部?が射殺されたらしい。その現場を見て行きたいと思っている。

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2007/10/14

浪曲乙女組、浅草泥酔

Sensouji00412日は、ひさしぶりに浅草の木馬亭へ行った。夜、7時からの「浪曲乙女組」の公演。たぶん、これが初公演のはずだ。「組長」関東節の玉川奈々福、そして関西の春野恵子、菊地まどか。

木馬亭へ行く前に、チト散歩をしようと、早めに出て、JR山手線鶯谷駅から下谷とかっぱ橋あたりをウロウロして浅草へ。下谷のときわ食堂、かっぱ橋商店街のときわ食堂、浅草ふれあい通りの五十嵐食堂の前を通った。下谷のときわ食堂と五十嵐食堂は、まだ5時前ということもあってか、開いていなかった。浅草で閉店のウワサのあった阿つみ食堂の前へ行くと、たしかに、そこは喫茶店になっていた。

ついでにそばのニュー浅草本店に入る。一人客用の大テーブルにすわって、暑かったのでビールを飲む。おなじテーブルに見たことがあるひとがいる。風体からして木馬亭の客らしいと思っていたら、やはりあとで木馬亭にいた。

乙女組は、すばらしかった。身体がゆさぶられるような演技だった。奈々福さんがお姉さんということは、ほかの2人はもっと若いということだ。まどかさんは、まだ20歳代か。関西の2人の声の太さと声量にはおどろいた。これは、もう、こんな若手が3人もいるのだから、すごい。ほんと、まだ芸が若いのはやむをえないけれど、それをこえる可能性を感じた。

聞くところによると、近頃は若い女性の入門が続いているとか。浪曲界も、なんとなく若やいだ活気が出てきたような感じがした。一年前には、考えられなかったことだ。

まどかさんは、新作の「嫁ぐ日」。同年代の女性にもよろこんでもらえる浪曲を、ということで作ったものらしい。なるほどと納得。奈々福さんは、小沢信男さんの原作による新作「悲願千人斬の女」、もう余裕の演技だった。こういう新作が生まれるのも、活気の反映だろうが、恵子さんの「齋藤蔵之助堅田落ち」は、古典ながら古臭さを感じさせない声と節で、現代をとらえていくセンスのよさを感じた。古典の洗練再生ということになるか。とにかく、ぞれぞれの個性が、現代に生きる浪曲を生んでいるようで、うれしかったねえ。

曲師(三味線)は、沢村豊子さん。ほんと、いつも、うまいねえ。この乙女組は、じつは今日、国本武春と組んで、新宿歴史博物館でやる。これが、曲師は、豊子さんのほかに、おれが好きな佐藤貴美江さんなのだ。あのニヒルでアナーキーな、やさぐれな感じがいい貴美江さん。応援しているよ~

奈々福さんの師匠の福太郎さんが、おもわぬ事故で急逝したのは、去る5月23日だった。おれは、たまたまネットニュースを見ていて、その午前1時過ぎの一報で知り、すぐブログに書いた。2007/05/24「玉川奈々福さんの師匠、福太郎さん亡くなる」。師匠は、おれより2つぐらい若い。奈々福さんは、この師匠に導かれて浪曲をやりはじめた。その突然の死だった。

奈々福さんの心中を察すると痛々しくて、なかなか木馬亭に足がむかなかった。先日、今回の予約のこともあって、メールのやりとりしたが、奈々福さんは、こんなふうに胸中を書いていた。「師匠が死んで、希望の星を失って、私は二度と浪花節を楽しい気持ちで演じることができなくなっちゃったと思いました。ひとの浪花節を聞くのも含めて、イヤで、アレルギーみたいになりましたが、人は希望をつながずには生きていけないもんですねえ。」

もともと先の見えない逆境どん底の浪曲界に身を投じて、ここまで来たのだ。まずは、祝「乙女組」。

Sensouji005画像は、その夜の浅草寺。ライトアップされ、昼間とはちがった姿を見せている。しかし、人影もまばらで、もったいない。

そうそう、この日は、シンさんとタノさんという若い男たちと一緒で、おわってから、もうすでに有名店の「正ちゃん」でホッピー、中3をやって、そのあと前から気になっていた小さなもつ焼屋に初めて入ったのだが、ここがよかった。ホルモンつまみ充実。〆張り鶴が安く飲めるので感動。燗のつけかたもよかった。また行きたい。帰りは、泥酔、終電。

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2007/10/12

昭和の労働的生活を語る広告

Koukoku_kesyouhin昨今の「昔はよかった」の「昭和ブーム」だが、これもある種の貴族趣味といえよう。大衆酒場や大衆食堂や立ち飲みなどで、繰り広げられるそれは、徒然草や方丈記のような隠遁隠居の貴族趣味的でもあるし、昔から貴族趣味として盛んだった「下層趣味」にも似ている。ただホンモノの貴族ではないぶん、かえって卑しく出るようだ。

それらを舞台に通ぶり、「手づくり讃歌」だの「人情讃歌」ともすると「近代文明批判」のごたくを並べ、自分が何か生活や食に関して正しい眼力や審美眼の持ち主であるがごとき言辞を弄し、その守り手、旗手のごとく大見得を切る。これは、ある種の虎の威を借るキツネに似た行為だろう。

大衆酒場や大衆食堂や立ち飲みなを支えてきたのは、そのような「通人」たちではない。それらは、とりわけ昭和の労働的生活が育てた。

それはともかく、昭和の労働的生活、その風俗は、どのようなものであったか。画像は、『週刊文春』昭和35年12月26日号に載った、説明するまでもない有名化粧品会社の男性用化粧品の広告。右肩にシリーズタイトルがあるのだが、それは、こうだ。

「男性を訪ねる」

見てわかるとおり、これは溶接工。溶接工が、こういう広告にのる、それが昭和の労働的生活だった。

はて、しかし、そこから何を考えればよいのだろうか。いまチョイトした「遺産ブーム」で、「工場遺産」は注目されるようになったが、そこにあった暮らしのほうは、あまり話題にならない。

いまだって、たしかに年金暮らしや金融生活者はいくらか増えたかもしれないし、そして労働のスタイルの変化は大きいが、たいがいは労働的生活を生きているのではないか。

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貴族趣味と「おかず」のゆくえ

「おかず」という言葉は「御数」であり、もとは「お菜」だった。「お菜」が「おかず」になるには、貴族社会の宴会の膳の様式の変化が関係する。はやい話が、チトいつごろ変わったかすぐ思い出せないが、酒の杯がめいめいの膳に置かれるようになったころだ。その前は、大杯のまわし飲み。

大杯のまわし飲みのときは、一献目は、この料理、二献目は、この料理といった決まりごとがあった。この場合の料理は、肴であるけど、また「献立」という言葉もそこから生まれた。そのように「伝統的な日本料理」が成り立っていた。

で、杯がめいめいの膳におかれるようになると、献ごとの肴のしばりはなくなる。というわけで、「肴のほうは、お膳の上へむやみに物を並べなければ承知できなくなってきた。そうしてお菜がおかずという言葉に代わってきたわけです」ということになる。

「おかずとか数の物という言葉は宮廷で使われていた言葉でありました。やがてみなさん方がみな貴族になってきたという感じを深くするのですが、もう一ぺんわれわれの食生活というものを反省してみていい時代にきているのではなかろうか。」

これは1980年講談社から発行の『食の文化』に書かれていることだ。ところが、先日書いた07/10/07「「趣味的生活」と「労働的生活」のゆくえ」に関係するが、80年代にますます貴族趣味がはびこり、汗水ながして働くことは疎んじられ、危険な仕事についているひとを尊敬するどころか「3K」と揶揄する、それまでの「労働的生活」は「貧乏くさい」ものとして葬られた。みなさん方は、ますますみな貴族になって、コギジャレた文化的な「趣味的生活」へ向かう。金持ちも貧乏人も。

ま、いまだって、おれが大衆食だ大衆食堂だと騒いでいると、「貧乏くさい」と眉をしかめる人たちがいる。

いやさ、あんたら、ほんとうに貴族ならいいのだけどね。

大衆食堂や大衆食堂の食事が「貧乏くさい」とみなされるのは、根拠がない。そのものが「貧しい」というより、「貴族趣味」からの視線がたぶんにある。

なにか価値基準が、実態から遊離しているのだ。ま、そのおかげで、政府も経済も、なんとなく泥舟のまま保っているという感じでもあるのだが。

「もう一ぺんわれわれの食生活というものを反省してみていい時代にきているのではなかろうか」という主張は、たしかにそうなのだけど、とても無理だろう。もう、この主張から20年以上すぎているなかで、しみじみ思う。

それは貴族でもない大衆なのに、貴族趣味に陥った自らをどうにかしなくてはならない、そのうえ大勢の傾向としては実態を直視した反省が苦手であるから、これはもうまた敗戦なみの混乱に直面しないかぎりムリというものである。いまや趣味的生活のためなら独裁政権だろうと容認しそうだ。ま、そんな状態が続いている。

しかし、食品の値上がりが続き、消費税も上がり、また北京オリンピック後に予想される金融市場の激動など、はてさて、いつまで貴族気どりでいられるのだろうか。

市民的生活の向上と、貴族趣味の幻想、そのちがいを自ら判断できるかどうか、それなくして、とても「反省」など望めない。また反省らしいことをすると、たちまち「粗食」だの「倹約」だのということになってしまう。反省が市民的生活の後退であっては、なんの意味もない。急激な環境変化は、そうなる可能性もはらんでいる。

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2007/10/11

謙太郎の一言

カネもないのに女を追いかけてイギリスまで行ったことがある謙太郎は、人生を、いつもサラッと上手に表現する。たとえば、こんなぐあいに。

「現実の世界ではどいつもこいつも、必死にいきているのです。」

そのとおりだ。

「エンテツのくそ親父はいきてるかな?まじ死んでいたりして。今度電話してみよっと。」

ああ、たまには、電話をくれ。おれは、いつくたばるかわからないからな。

ザ大衆食の「崖っぷちの男達が足しげく通う故郷、竹屋食堂」吉田謙太郎、をご覧になったことがない方は、ぜひどうぞ。…クリック地獄

謙太郎のへたくそな、だけど悪くない詩。

「故郷たちよ」

東京の街には人の心がないだなんて
愛でないものがあるはずない
今居る場所が運命だと時に泣いても
いくつかの雨がいきすぎれば
笑顔がそっと温かさがグット心に沁みる
愛しき故郷たちよ
いつまでも俺たちを待っていておくれ

昨日争そって砕けたこの心の祈りが
世界の後ろに落ちていこうとも
今はここで休めばいい明日のために
燃ゆる思いがまだ残っているなら
大切なものを大事にしつつ激しく語れ
愛しき故郷たちよ
愛でないものがあるはずがない

愛しき故郷たちよ
大切なのはこの街の人々の魂
愛でないものがあるはずがない

……計算高いだけのやつは、つまらない。人生や愛を語れないやつは、つまらない。いつも冷静で、激しく語れないやつは、つまらない。が、この男は、損得勘定をきちんとできる、それでいて感傷的な詩を書く、女にワレを忘れることもある? 惚れた女に何度も捨てられたことがある、でも、しつこく愛し続ける、一匹小ネズミなのだ。ようするに、バカである。

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2007/10/10

「風味」をさがす

風味というのは、口腔から鼻にぬける味わい、というようなかんじで覚えていた。そういうふうに教えてくれたのは、江原恵さんで、ま、実践のなかで教えてくれたのだった。口の中を満たした、このばあいは「ニオイ」といってよいのか、それが鼻にぬける、そのかんじを「風味」だと。

ワサビのばあいは、わかりやすい。酒のばあいは、これが酒の質のかなりを左右しているのではないか。また、たとえば、そばやうどん、あるいはダシの風味といえば、それのことだろう。鼻で吸って嗅いだニオイとはちがう。

このあいだ、ひさしぶりに昔風の、小麦粉がネバネバのカレーライスを食べたとき、その口腔から鼻にぬける、小麦粉の甘い香りを感じて、おおそういえば、確かに昔のカレーライスというのは、これだったなと思った。

近頃は、うどんというと「のどごし」の讃岐が人気で、考えたら、それは「のどごし」という味覚に話が傾斜していることがほとんどで、小麦粉の風味が話題になる場面というのはあまりないような気がした。

埼玉の熊谷から秩父あたりのうどんは讃岐とちがって、まるでねった小麦粉をかじるようにうどんを食べるから、小麦粉の風味が大事だ。

そんなことを考えながら念のために広辞苑で「風味」を引いたら、こう解説していて、その口腔から鼻にぬけることについてはふれてない。

「あじ。特に、上品なあじわい。趣致。」

これだけだ。すると、おれが覚えていた「風味」はどうなるのだろうか、あの鼻にぬける味わいをなんというのか、トツゼン気になったのだった。なんだか、おかしい。そもそも「特に、上品のあじわい」を風味だなんて、おかしいんじゃないの。

ついでに書けば、たしかに味覚はそれぞれのものだから、自分がうまいと思ったものをうまいでよいのだけど、そういう言い方のなかに、ちゃんと味や味覚を理解することをごまかしているようなところがある。それはインチキというものだろう。これは、こういう味だ、こういう味覚だ、そのこと自体は判断が必要なのだ。

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手こずる日々の、一匹小ネズミ、ゴマメの歯軋り

書評のメルマガの原稿、9日締め切りは、無事というか、やはりチト難渋したが、なんとか書き上げて送った。

某誌から連載の打診があったので引き受けた。ま、続くかどうかは、原稿のできしだいだけど。おれは業界とのツキアイというか営業をあまりマジメにやってないから、声のかかった仕事は、できそうかどうか(能力的に)考えて、できそうだったら、安くても引き受けちゃう(もっとも相場も知らないのだが)。あとはやってみなくてはわからない。とくに今回は食がテーマではないし。

よくフリーライターで自分は「一匹オオカミ」だと気どるやつがいるけど、けっこう編集者とよく付き合っている、おれから見たら、どうみてもドップリ業界に染まっている。社員よりフリーのほうが忠実ということもある。いまのような外注制度下では、いかによい外注を子飼いにしておくかで、社員は出世できるかどうか決まるという関係もあるし。

とにかく、オオカミというのは、自分でそうやって、エサを獲得してこそオオカミだから、それでよい。おれなどは、一匹小ネズミで、オオカミにくわれてしまう立場だ。

その強い一匹オオカミを気取るやつが、おれよりたくさんの本を出しているし、版を重ねて売れている本もあるのに、そして紳士であるのに、けっこうおれのような人間を「利用」といっては怒られるかもしれないが、でも、自分が用のあるときだけ電話をかけてきて、おれが時間がないといっても押し切ってずうずうしくいろいろ頼み、ま、おれはお人好しだから、どーせ利用されるだけだろうとわかっていても、何か教えたり資料をあげたり、ことによったらひとを紹介するぐらいはやってあげちゃう。すると、やはりそれっきりで、つぎ何か用があるまで連絡がない。

それはまあよいのである。酒飲んだときに、おれはあなたの味方だ、誰がなんといっても味方する、なーんていいながら、別のところでは、エンテツってのはしょうがねえやろうだ、なーんてことを言っている。今回は、『汁かけめし快食學』の絶版を心からよろこんでいるそうで、そういうことも耳に入ってくる。おまへは、バカか。紳士面して。

ま、でも、それも「ビジネス戦争」のなかを生き抜くには、仕方ないだろう。フリーの世間は、なかなか厳しいからな。おべっかをつかったり、誰かを蹴落とさなくてはならないことが、けっこうある。

それは、わかる、よいのだが、そういうことなら、おれとの酒を飲んだときの約束ぐらいは、ちゃんと守れよな。と、言ってみたくなるわけだ。何も期待していないが。それから、おれが用があって電話したりメールしたりするときぐらいは、ちゃんと応じろ。「忙しい」なんて、たわけをいいおって。

と、こんなことをこのあいだから書いているけど、ゴマメの歯軋りで、さっぱりだ。そういう何を言っても通用しない鉄面皮がいて、だけど、これがなかなか憎めないやつということがあるのだな。

もっとも、このあいだから書いていることは、本人は自分のことだと思っていないフシがある。だから、もう一度、こうやって、少しはわかるように書いている。逃げるんじゃないよ。後ろめたいことがあって逃げていても、自分が用があるときは出てくるくせに。

後ろ盾のないフリーなどは、オオカミだろうと小ネズミだろうと、こずるく傷をなめあいながら生きる、みっともない生き物なのさ。

ほんと、このあいだから、もめごとを、そんなことでブログを汚すのもつまらんから「文学的な表現」におりこんで書いても、さっぱり届かない。まるで関係ない方面から、あらぬ反応があって、それもまたブログのおもしろいところというか、主語をアイマイに書くと、自分のことかと思っちゃうひとがいるのだな。たしかに、読み返してみると、そう思われても仕方のない文章が、いろいろ織り交ざっているわけだ。無理からぬことだが、ややこしいことになって、誤解するほうも悪いが、誤解されるような文章を書くのも悪い。自らそう言い聞かせながら、ますます、おれの電話やメールから「忙しい」と逃げているやつが、アタマにくる昨日今日なのだった。

さて、どうしてくれようか。といっても、むこうのほうが売れていて信用と力があるから、どうせ、これもゴマメの歯軋りなのさ。しかし、売れっ子で要領のよい紳士には、かなわない。と、愚痴ぐらい書かせてちょうだい。

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2007/10/08

和食と洋食と西洋料理 味噌汁の境目

以前にも、スパゲティに味噌汁がつくフシギについて書いたと思うが、トンカツやカツ丼に汁といえば、味噌汁がつくのは、アタリマエだろう。つまりスープがつくことはないし、すまし汁ということもない。

そもそもトンカツなどは、いまや「洋食」ではなく「和食」に分類されている例も少なくない。しかし、トンカツの歴史をさかのぼると、たいがいは「洋食」に分類されている。トンカツは、いつから「和食」になったのか。いや、そもそも「洋食」は、「和食」なのだ。「和食」のなかの「洋風」、それが「洋食」というものである。

Yousyoku「洋食」と「西洋料理」は、ちがう。どこがちがうか。それは、一つは、様式のちがいがある、つまり味噌汁がつくかつかないか。これは、「料理技術」のちがいのことではなく「様式」のちがいのことね。

では、ハンバーグやエビフライは、どうか。これは「洋食」なのか「西洋料理」なのか。いま急に思い出したが、おれだって過去には、かなり高級な西洋料理店を食べ歩いている、が、そこでハンバーグとエビフライの盛り合わせなんか、見たことも食べたこともないぞ。

ああ、もう酔って書くのがめんどうだ。だから、どうした、ようするに「様式」としては、味噌汁がモンダイなのだ。日本料理、和食というものは、味噌汁がつけば、素材が肉だろうと、日本料理であり和食なのだよ。スパゲティだって、「和食」なのだよ。だけど、さすがに、カルボナーラに味噌汁がつくことはないわけ。ナポリタンとか、そういうものね。ナポリタンは和食なの。

だけど、こういうことが通用するのは大衆食の分野だけね。格式ある伝統的日本料理の分野では、そんなことはありえない。だから、そちらからみれば、トンカツもハンバーグも、おなじ「洋食」で「西洋料理」なのである。チト、どこかおかしいか?

とにかく「和食ブーム」というなかにはトンカツも入っているということ。大衆食の分野で肉をはずそうなんて、土台むりなのだ。ま、菜食主義はイケナイということではなくてね。「和」から肉を排除することはできない。それが「和」の歴史なのだよ。

ただ、ここで、そうなると、モンダイはファミレスのハンバーグだ。いまはどうかしらないが、ファミレスの当初は、ハンバーグを売りにしていたわけだけど、それは「洋食」のイメージではなかった。スープとサラダがセットであり、「欧米風」つまり「西洋料理」のイメージだった。そうだよな。

モンダイは、味噌汁だ。それにしても、いったい「洋」と「和」は、どれほどの意味があるのだ。「洋風」と「和風」また「洋食」と「和食」。単なるイメージか。

ま、そういうことを考えているということで、これが結論のわけではない。酔った。画像は、ハンバーグとトンカツとエビフライのセットに、ナイフとフォークと味噌汁がついている「洋食屋」のランチ。

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2007/10/07

「趣味的生活」と「労働的生活」のゆくえ

昨深夜と今朝で、「雲のうえ」5号の校正、細かい部分の修正もおわった。特集のタイトルは「はたらく食堂」。2ページから39ページまで、27店登場。

北九州の食堂の取材をしながら、頭の中に気になる言葉が浮かんだ。「趣味的生活」という言葉である。それが「良い」「善い」「望ましい」生活のモデルとして広く普及しだしたのは、いつごろからか気になりだした。アレコレふりかえってみると80年代ぐらいからのような気がした。

いまや誰も否定しない憧憬であり理想である「趣味的生活」によって、否定、あるいは捨てられ、あるいは忘れられた生活があるのではないか。そのことも気になった。それをなんと呼べばよいか考えていたのだが、どうやら「労働的生活」がイチバンぴったりするなと思ったのは、ごく最近のことだ。それは「はたらく食堂」の校正で自分の文章を読んでいて気がついたのだった。

そのことは、また追い追い書くとして、今朝から資料を片付けたり整理したりしていたら、まずその「趣味的生活」がいつごろ憧憬的理想的地位を獲得したか、その時代的背景に関係しそうな記述が一つみつかった。やはり80年代のことだった。

『コンセプトノート'84』(博報堂トレンド研究会、PHP出版)、このサブタイトルは「新時代を透視する9つのポイント」だ。

これは、それまで続いていたメインカルチャーの「挫折」と「崩壊」を論じ、「個人を主役として生活をグランドデザインする時代」を指摘している。

その挫折と崩壊のメインカルチャーについて、「これまで人間は日本を西欧近代化社会に近づけるための推進機関の歯車の一コマであった。高度経済成長社会を創り出すベルトコンベアーの一部であった」と断じる。そのような言い方で否定されたなかに、それまでの「労働的生活」が含まれているようだ。

そして「サブ・カルチャーの開花、浮上、肥大化」の新時代が訪れた。「ふと気がついたら数多くのサブ・カルチャーの花畑のまっただ中」。日本人は「働きすぎ」と、おなじ日本人が批判し、「アソビゴコロ」と「人並みをこえる」生活のイメージが広がる。そのサブカルチャー畑の広い裾野に登場したのが「B級グルメ」だった。

この本には「趣味的生活」という言葉は使われていないが、いまブログ上をにぎわす「趣味的生活」讃歌謳歌のコンセプトのほとんどは登場する。

いまでも「趣味的生活」を、生活の普遍的理想やモデルと考えているひとが多いようだ。しかし、これは、80年代以後の生産過剰、円高インパクトそしてバブルといった経済構造の変化が生んだ、見通しのないときの間に合わせともいえる。はたして、これから、さらに沈没していく日本経済のなかで、「趣味的生活」は、どうなっていくのだろうか。あるいはまた「労働的生活」の、昔のような「復活」はありえないにしても再評価はあるのだろうか。もとの「趣味」は、労働的生活を豊かにするものとして生まれ成長したように思うが、その歴史は、どうなるのだろう。もしかすると、生産のベルトコンベアの一部だった人間を、趣味(という消費やマーケット)のベルトコンベアの一部に導く姿が「趣味的生活」だったのかもしれない。

てなことを、とりあえず考えている。

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2007/10/06

「徳」に、テレビ取材が入っているらしいですよ

アイさん、ご覧になってますか。リンクをたどってわかったのですが、「徳」にテレビ局の取材が入っているようです。

こちら、「ハロー!パソコン教室 新小岩校の人々」に、その記事があります。それによると、テレビは、おれのブログを見て、と言っているようです。テレビというのは、たいがいそんなことはいわずに、さもさも自分たちで「発見」したふりして取材にいくのですが、このテレビのスタッフは正直ですね。それはともかく、この記事は、もとはといえばアイさんがキッカケですからね。

そういえば、アイさんと会うキッカケになった辺境の旅人は、東京に戻っているはずではないかな。また連絡をとりあって飲みますか。

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台東区入谷の「大衆食堂 清月」

少しは落ち着いたのか、でも、まだまだやらなくてはいけないことが、たまっているし。

ここのところ、ほったらかしだったザ大衆食のサイト。今日は、台東区入谷の「大衆食堂 清月」を掲載し、前回掲載の青森の「おさない食堂」に画像を追加した。

大衆食堂については、たくさんストックがあるので、これから掲載を続けたい。

大衆食堂 清月…クリック地獄

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終わった。

いま、午前2時半すぎだけど、「雲のうえ」5号の校正が終わった。あと若干のやりとりがあるかもしれないが、イチオウこれが最後で、あとは刷り上りを見るだけ。

これで、やっと、おれの今年の暑い熱い夏が終わったことになる。

今日は朝から、一日中ウチにこもり、パソコンに向かったり、いろいろやりながら、校正を念入りに続けた。短い表現なのだが、ちょっと難しい問題をクリアしなくてはならないことが一か所あって、けっこう悩んだ。けっきょく、事実とはちがうけど、なんてのかなあ、歴史的事実のなかの言葉を言い換えるというのは、どれも正確でないようで苦労する。でも、この世は、すべて言葉で作られた虚構なのだと思えば、あまり矛盾を感じないですむが。

あいだで気分転換にブログも書いたりしたのだが、その反応もいろいろあって、まったく思いがけないこともあった。「それゆけ30~50点人生」のおれが書く、こんなブログの文章でも、自分に重ね合わせて読んでくれる人がいるので、それでいろいろメールをいただいたりするし、それはうれしいことではあるけど、なかにはチト自分と重ね合わせすぎて、書いた文章そのものを理解されてないなあ、べつのことを自分のことのようにカンチガイしているんじゃないか、なーんてこともあって当惑したり。何がどうなっているのか、考えるのもめんどう。ま、いろいろ、あるってことだ。

そして、とにかく、終わった。

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2007/10/05

書評のメルマガは瀬尾幸子『簡単!旨いつまみ』で

南陀楼綾繁さんから、10月発行の「書評のメルマガ」の締切日の連絡があった。前回、8月は、ついに時間がなく書けなかった。もう2年以上たつのか、隔月の25回目で、初めて落としてしまった。今回は、大丈夫だ。瀬尾幸子さんの『簡単!旨いつまみ』でいく。これは、おれにとっては、チョイトした挑戦だ。またまた実りがないかも知れない挑戦をする、懲りないおれ。

この連載で、いわゆる「料理本」を取り上げたのは、08回( 04.10.07 vol.183)の『有元葉子の料理の基本』(有元葉子著、幻冬舎)だけだ。でも、これは実用書とはいえ、普通のハウツーものとは、デザインや装丁からしてちがう。グラフ誌的な要素も強く、エッセイ的な文をちりばめ、「実践料理教養書」といった感じである。

だけど、今回の瀬尾さんのは、モロ実用書だ。こういうものを紹介書評するって、どうすればいいんだろうと考えているが、いまのところ、まったく手がかりがない。ま、やってみるのだけど、はたしてどんなぐあいになるか。いずれにせよ、しばらくは、こういう実践実用書のたぐいを、雑誌も含め、やりたいと思っている。料理から飲食店経営の分野まで。挑戦して、くたばり、疲れ果てるだけかも知れないけど。酒を飲めば回復するだろう。

書評のメルマガ、過去の掲載リストは、ザ大衆食のサイト、こちら。……クリック地獄

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ウソとホント、ヨミは難しい。叙述と構造と料理の関係または無関係。

原稿を書いて編集者のチェックを受ける。すると編集者は、必ず、その原稿をほめる。最初はね。「いいですね」というようなことをいう、そのあと、直しや注文をつける。ようするに持ち上げながら、直させるのだ。そういうことを知らないうちは、最初のホメ言葉を信じ、気分よく直す作業をする。だけど、おれのようなズボラでも学習するから、その「構造」はすぐ読めるようになる。つまり「叙述」と、その叙述が持つ「構造」を読む。

それで、原稿を送ったあと、さっそく編集者から電話があり、例によって最初のホメ言葉が始まると、「ほめといて直させるのでしょう」と先手を打っていってみる。ここからは、それぞれの編集者の反応がちがって、オモシロイ。ま、それを楽しんで、溜飲をさげるわけだ。

「おいしかった、もうおなか一杯で食べられません」といわれたときは、ほんとうは「こんなマズイもの食えるか」という意味のばあいがある。これは、アンガイ読むのが難しい。

それは「おいしい」「好きです」といわれたばあいでも、ホントウにおいしくて好きで、そういっているのか、じつは何かの下心があっていっているのか、なかなか判断がつかないことがある。そこには当座の逃げや、つぎの逃げの手が潜んでいるばあいもある。

メールなどで、「いま忙しいのです」と離れているひとからいわれたばあいは、わりと、わかりやすい。これは、忙しい状態を説明されたわけではなく、「いまは、あなたとは会いたくない」ということだ。ほかのひとなら会う時間をつくるけど、あなたとなら「いま忙しいのです」という、含みもなきにしもあらず。あなたとはモウ会いたくないのですという意味が含まれているばあいもあるが、かりに、そこまでじゃないとしても、とりあえず、そういうことですよね。

そういうふうに「叙述」と「構造」のあいだにはギャップがある。それを意識的に利用するばあいもあれば、無意識のうちに利用するばあいもある。その「構造」を読まないと、いつまでも開くと思っていた扉の前で待ち続ける、なんていう、お人好しのおバカさんなんでしょう状態に置かれることもある。第三者からみたら、虚仮にされていると思われることもあるだろう。しかし、バカを承知でやるということもまたある。「いま忙しい」といわれて、一か月でも数か月でも待つこともある。ずっと待つばあいもあるのだから、そのばあいは、もうお人好しだのなんだのというレベルではなくなる。悲劇というか喜劇というか、たいがいそういうものであるらしい。

フィクションだのノンフィクションだのというけど、ようするに、「叙述」と「構造」のあいだのギャップを利用していることにおいては同じなのだ。

メールは、フィクションなのかノンフィクションなのか。「日記」にしてもだ。「この「日記」には事実しか書いていません」と、たいがいの著者はいう。だけど、事実のすべてを書いているわけではないし、そうはいってない。書くこと書かないことを選択することで、そこに「虚構」がつくられる。ま、「この「日記」には事実しか書いていません」とあるのを読んで真に受けるひとはいないと思うが、メールについていえば、いちいちそのような断り書きはない。

というわけで、いったい何を信じたらよいのだろうかという状態におかれることもあるだろう。ま、遠隔恋愛なんていうのは、それでダメになったり、それだから幻想としてうまくいくばあいもある。

信じる信じないのレベルになったら、何も信じないのがいいかもしれない。信じられることだけを選択するのは容易ではないからな。ただ、何も信じないというのも、けっこう切ないことではある。お人好しをつらぬく選択もあるが、それも切ないことではある。だから、何も期待しない、というていどがアンガイよいのだ。けっきょく、そこに落ち着く。

人間関係においては、「叙述」と「構造」のあいだのギャップが少なくてすむよう、お互いの努力がないかぎり、どんどん広がるものであるようだ。たいがい、それは破綻につながるらしい。それほど単純ではないような気もする。そもそも、ありのまま叙述されたら、みもふたもないことになりかねない。だからウソも方便という言葉があるのか。またウソと知りつつ信じるということもある。もともとみな赤の他人なのだからなあ。切ないことである。

ま、これがカフカの『城』を読んでの感想である。って書いて、どうして、『城』から、こういう感想になるのかと思われるかもしれないが、読む状況によっても、感想は異なるものなのだ。とくにこの小説のばあい、そうであってもよいらしい。

ちかごろ「叙述」と「構造」の関係に興味を持っている。じつは、これは、料理の素材と味覚の関係に似ている。上手なプロは、その関係を利用しながら、儲ける。

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2007/10/04

「アルコール度の高い多難かつ仕合せな人生」のために

まだ夏バテは残っているようだが、少しずつ、回復に向かっているような感じがする。そろそろ低迷から底を打ち、飲む気力が上向きになりそうだ。

「雲のうえ」5号の色校が届いた。これが最後の校正になるから、念入りに見ていたのだが、どう考えても考えなくても、今日は久しぶりの生ビール日和だ、飲まずにいられようか。ってことで、飲みに行ってしまった。イチオウ北浦和の地元で。校正は大丈夫、日限までには、ちゃんとやりますから。(編集者は、このブログを見ながら、チェックしているんだよね)。「雲のうえ」5号、すばらしい! ああ、もう、これが出たら、死んでもいい。でも、最後の校正をシッカリやらなくては。と、殊勝な姿勢を示す。

そりゃそうと、低迷といえば、某雑誌の編集者から、「迷走中」とメールがあった。本人のことではなく、雑誌のことだが。本人も「今年30、そろそろ思う方向を模索したい気持ちにも、なってきました」ともある。そうねえ、一度、出版業界を離れて迷走するのもよいかもね。

迷走、いいことだ。日本も迷走し、メディアも迷走。あん、おれの人生? 迷走のしっぱなし。人生は、迷走だよ。

タイトルのセリフは、2006/09/02「遠藤哲夫を礼賛しよう」に書いたものだ。なぜこれが出てきたかというと、なぜか、きのうときょう、このエントリーに対するアクセスが多いのだ。ま、ふだんは、あまりないということなんだけど。それで、読み返してみたら、こんなことを書いていた。なかなか自分でも気に入っているセリフなのに、すぐ忘れてしまうんだな。

「関心空間」の「遠藤哲夫」にも引用されている。「皆で遠藤哲夫を礼賛しよう!ええ私、アルコール度の高い多難かつ仕合せな人生をささやかに送っておりますですよ。そんで多分地獄に堕ちるわよ。見てろ~」ってなぐあいに。……クリック地獄

これ、一年前ぐらいのことだよなあ、この縞子さん、いまでもそんなぐあいに思っているのだろうか。ぐふふふふふ、いまごろは、こんなこと書いたことを後悔していたりして。それとも忘れているか。ま、どうでもいいさ。

ぐへ~、酔ったときは、こういうネタで、簡単に終わろう。それに、酔っているばあいじゃないのだ。と、酔ってから書き。

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2007/10/03

『汁かけめし快食學』絶版によせて。おれが愛した大衆食。

『ぶっかけめしの悦楽』の出版社は倒産、『汁かけめし快食學』は絶版処分。これで、汁かけめしに関する本は、本屋市場から消える。

この結果は、とりあえず、こう見てよいだろうと思う。つまり、出版社のがわからも、市場あるいは読者のがわからも、汁かけめしの文化や歴史は、とるにたらぬものと、ひとまずお払い箱になった。

『ぶっかけめしの悦楽』『汁かけめし快食學』は、いくつものテーマをからみあわせて成り立っている。やや錯綜しているし、錯綜のままに書いているが、カレーライスの歴史をどうみるかというのが、一つの大きなテーマである。それはまた、日本の食文化の歴史、とりわけ生活の中の料理の歴史をどうみるかに密接に関わっている。

その内容について、ここでは繰り返さないが、では「カレーライスの現状」は、どうか。これは広く流通している(つまり売れている)出版物のカレーライスの話からの、寄せ集めとしてみるに都合がよいので、『ウィキペディア(Wikipedia)』にある「カレーライス」を例にする。ここで採用されているような話を書いている本が売れている本だといえる。そして、ここには、「汁かけめし」という言葉すら登場しない。

で、結論を急げば、その話のほとんどは、生活の実態とまったく無関係なのだ。たとえば、それは「日本のカレーライス」について、「カレーソース」の項目から始まっている。ここから始めることが、あとの「軍隊とカレーライス」とのつなぎのうえでも意味を持つのだけど、そもそもなぜ「カレーソース」から始めるのか、なぜ「ソース」なのか、その説明はないし判断つくだけの内容がない。ましてやそれと生活の実態の関係は、いっさい説明がない。

「カレーライスは日本にはヨーロッパを経由して紹介された。最も有力なのはインドを植民地にしていたイギリス人が日本に持ち込んだ説である。」という前提で話は始まり、「カレーソースはジャガイモ、玉葱、人参などの具を煮込んだものにカレー粉を入れ、小麦粉を加えてとろみを出したソースである。」と決めつけられている。その根拠もあげられてないし、それが最初からの生活の実態なのか、それともいつごろナゼそのようになったのかの検討もない。そもそも「カレーライス」というのに、「ライス」料理への視線は、まったくない。

海軍や陸軍で、カレーライスを食べていた。だから、カレーライスは普及した。この単純なリクツも、ここで繰り返されている。しかし、そこにも生活の実態はない。軍隊で食べていたものが、すべて家庭に普及したというのなら、軍隊以前と以後と、食生活や料理に大きな変化があってよいはずだ。そうではなくカレーライスだけが、そうだったというのなら、そこになにか「生活の理由」があるはずだろう。

そもそも、おれがガキのころには、チマタには兵隊さん帰りがたくさんいて、そんな話ならいくらでも聞けたはずなのに、聞いたこともない。だいたい、カレーライスの本をめくりかえしても、「軍隊から説」は、きわめて新しく創作されたことだ。生活の中での証言など、採取は少なく、その少なさは、たとえば江原恵さんが『カレーライスの話』で行っている北海道での聞き取りや調査の数にも及ばない。

おかしいとこを上げれば切りがない、ほとんど根拠薄弱なことだらけ。はやい話が、カレーライスのエピソード集なのだ。たいがいの「売れてる本の」、食べ物や料理の「歴史」というのは、そういうものだ。だから、ここで、そんなマジメに、食文化史や料理史から批判されても困る、というあたりだろうと思う。

しかし、考えてもみよう、いま、そのようにカレーライスに関するエピーソードを開陳できる楽しみは、どうつくられたのか。それは、カレーライスが「国民食」といわれるほど、広く普及したからではないのか。「広く普及した」というのは、大衆の生活の中でつくられ食べられるようになった、ということではないのか。

生活の中では、料理はどうつくられ、どう普及するものなのか、ぐらい考えてみてもよいのではないかと思う。本に載っていることが、生活の実態であるかどうか。あるいは本に書いてあることは、どういう風俗の反映なのか。いま、書店の料理本のコーナーに行ってみよう、あそこにある本は、すべて家庭でつくられているのか、生活の実態の反映なのか、これからすべて作られていくのか。もしそうでないとしたら、その取捨選択の基準は、どのへんにあるのか。

でも、そのように考えることは、あまり求められていない。つまりは、そういうことなのだ。

この問題は、食や料理にかぎらない。ほかの歴史や文化のことにも関係する。近年、各地に歴史的文化的遺産を守ろうとか、そういうことがあって、それはゼニ儲けの観光政策が多分にからんでいるのだけど、アチコチで歴史的文化的建造物などを「復元」している。そのなかには、山城の砦や櫓ぐらいにすぎなかったものを天守閣だのなんだのと、当時の技術とは無関係に復元する例もあるという。これはもうお話にならないにしても、似たようなことは、いくらでもある。それと、このカレーライスのエピソード集は、おなじようなことをしているのだ。生活の技術としての料理の実態について、歴史的文化的検討などせず、自分の都合のよいようにカレーライスの天守閣を構築している。

そして、農林水産省が実施している、「農山漁村の郷土料理百選」の中間結果の2位は、神奈川県の「横須賀海軍カレー」である。これはもういくらなんでもヒドイから、某巨大掲示板でも批判の声があり、もしかすると「自衛隊の組織票が動いているのか」といった声もあるぐらいだ。

ま、つまりは、歴史だの文化だのといっても、そういうアンバイなのだ。いいのか、それで。もっと考えるべきじゃないだろうか。と、おれは思う。

出版社にとって、本は数字である、フリーライターも数字でしかない。絶版という結果が出ても、べつにおどろかない。いま述べたようなことは、これまでの多くの「売れる」出版物の結果なのだから。

しかし、二つばかり疑問が残る。

たとえば食品メーカーならば、ひき肉にダンボールを混ぜることはしていけないことになっている。もしやっていることが見つかれば、社会的な指弾を受け、会社も倒産しかねない。こういうことは最近、よくあった。営利の追求はトウゼンなのだけど、表示と中身がちがうようなものを売ることはできない。だから、それなりに正しい物を売りながら経営が成り立つよう努力する。だけど、出版社は、表示は「歴史」や「文化」でも、中身がまるでちがうエピソードにすぎない粗悪品を売ることをする。それが許される。「言論の自由」「表現の自由」を隠れ蓑に。あるいは、タイトルに「物語」とつけて逃げをうったりして、消費者をごまかす。

売れるから売る、買う消費者がいるのだから、ということなら、表示と違う内容のものを売って「買う消費者が悪い」と言った、どこぞのくさった会社の社長とおなじだろう。そのようにして、カレーライスの歴史にしても、消費者の誤解を導くことをやってきた。その状態を、あまり問題と思っていないらしいのだ。

もう一つは、それと関連するが、計数管理で商品の販売を打ち切る例は、どこの企業でもあることだ。ただ、そこに、数字のさばきかた、成り立たせ方がある。それによって各社、商品の扱いがちがってくる。今回のおれの絶版の例にかぎらないが、ほかの例を聞いても、そこのところの基準がハッキリしない。フツウの企業なら、そこに経営や営業の姿勢があり、戦略があり戦術がある。それが、見えてこない。ま、たぶん、展望のないことをやっているのだろう。そのトバッチリを受けたほうは、いい迷惑ではあるが、そのキチンとやっているようでいて、方針の内容のないズサンな計数管理こそが、出版の命とりになっているような気もする。数字は文化である、ということを知ってか知らずか。

あれまあ、「おれが愛した大衆食」と、かっこういいタイトルを思いついたので、それについて書こうと思ったのに、チトちがったな。いつものことだ。では、今日は、この言葉で終わろう。

愛しているよ~、汁かけめし。


関連……2007/05/26「カレーライスの歴史 もうちょっと責任ある発言がほしい」……クリック地獄

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世間遺産も世界遺産も、遺産なのか

Itukusima_1ボチボチやっていた部屋のゴミの整理。送ってくれたひとには申し訳ないが、郵便や宅急便で届いた封書など、6月ごろからたまっていたものを、今日はキレイに片付けた。なかには、暑中見舞いをもらったまま、返事もしてないものがあったり、チョットした問い合わせがあったり。そういうコボレはないように、やってきたつもりだったが、やはり根がズボラなのか、いくつかあった。なにしろ、この夏ほどの忙しさは、ひさしぶりで、もう二度とないだろうから、そんなこともあった。

で、その山の中から、漫画屋から送られてきた、『コミックMate』8月号。ようするに18禁のエロ漫画。これには、南陀楼綾繁さんの、「活字本でも読んでみっか?」の連載がある。このことについて、ここでふれるのはズイブンひさしぶりだと思うが、この号は97回で、『世間遺産放浪記』(藤田洋二、石風社)を取り上げている。なかなか興味津々で読んだ。

いったい、「遺産」というのは、世界遺産あたりからハヤリだしたと思うのだが、よくわからないものだ。よくわからないから、それぞれが勝手に遺産をみつけ、これは「遺産だ」と宣言する。それではあまりにもアンバイが悪いし、どうせならゼニ儲けにしようと、世界遺産の登録制だか認可制だかへんなのが、オリンピック開催地を決めるがごとくウサンクサイ状態ですすめられる。一方で、街角の、南陀楼さんの表現によれば、「気がつけば何のテコ入れもせずに二十年……」という風情の靴屋のなんとすがすがしいコトか。」というものも、「遺産」といえるわけだ。

で、「世間遺産」とは、南陀楼さんの紹介によれば、「無名の庶民がさまざまな目的でつくった建造物だ。タマネギ小屋、トタンの納屋、イモ貯蔵庫など」。

こういうものは、チマタにごろごろある。ただし、あっても、それが「遺産」といえるものなのかどうなのか、誰にも判断つかない。言ってしまったほうが勝ち、というか、そういうふうに、ま、「遺産」という一つの「論」を置いて、世間を見てやろうということなのではないのかな、と、おれは理解した。すると、まあ、そこにはおどろくべき庶民のアレコレがある。

それは、大衆食堂にもあるし、だいたいフツウの大衆食には、ある。ただ、やはり、それは「遺産」と言った瞬間に、なにか生活から離れていく感触がある。そこなんだなあ、モンダイは。

おれは、北九州の食堂を取材した帰り、すでに書いた下関に泊まったあと8月29日、じつは、広島の厳島神社へ寄った。世界遺産になった厳島神社を見るためだが、なぜ、そこへ行ったかを、いま書くと長くなるので、またの機会にする。

ようするに「世界遺産」そのものには罪はない。それを商売にするやり方がモンダイなのであり、その意味では、よく「立ち飲み」や「大衆酒場」など庶民の「遺産」を商売にしているひとたちのなかにも同じモンダイがある。「世界遺産」だから悪くて、「世間遺産」だから良いというものではないだろう。ある意味「世界遺産」も、庶民の立場からみて、自分たちの「遺産」であるといえるところがある。

Itukusima_honyaようは、自分が、どのようなテーマ(「論」)を持って臨むかなのではないか。

そういうことで、本日は、厳島神社。宮島は、全島が厳島神社と思い込んでいたが、町があり、厳島神社へ向かう通りにはフツウの本屋まであった。ここだけ見たら、フツウの町だ。

Itukusima_syokudou例によって、商売っ気ムンムンの気どった飲食店が並ぶなかで、宮島のフェリー乗り場の真ん前にある地味な食堂、おれが目にしたかぎりでは、このように「食堂」を名のる大衆食堂風情は、この「加福食堂」一軒だった。ここは、他の飲食店より2割ぐらいは安い、ビールも安い、チキンライスだってある。おれは、ここに気がつかず素通りし、ほかの店で、さんざん待たされたうえにどうってことないカレーライスを800円もとられ、この食堂でならビール大瓶の料金なのに中瓶だったので、たいへん悔やまれた。

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2007/10/02

祝、『汁かけめし快食學』絶版

筑摩書房から連絡があって、拙著『汁かけめし快食學』を絶版にするそうです。発行部数9千部。3年間でオシマイ。お買い上げいただいた方には感謝いたします。まだの方は、残部を急いで買わないと、入手不可能になります。10月2日記。

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2007/10/01

あだち銭湯めぐり(10~11月)

千住の酒好き女、舟橋さんからお知らせ。先日、なかだえりさんの銭湯展のお知らせを掲載したけど、関連ですね。よろしく~。

そういえば、舟橋さんとは、03年2月28日北千住駅で待ち合わせたことがあるのだが、たまたまその日が「大はし」建て替え閉店の日だった。それならばと外観を撮影し飲んだ。2人でボトルを1本とって、それから、どうしたんだっけなあ。途中で彼女はガキを迎えに保育園へ行ったような気がするが。忘れたなあ。「ザ大衆食」のサイトに、その日に撮影した、かつての「大はし」の姿が掲載してある。ああ、懐かしいねえ。いまの「大はし」の客には、このころを知らないひとが、たくさんいることだろう。このころのインターネット、まだ電話ダイヤル接続がほとんどで、アップするにもダウンするにも容量が大きいと時間がかかるから、できるだけ画像を小さく軽くしている。こんど大きくして掲載し直そう。しかし、03年のことが、ずいぶん遠くに感じられる。ま、おヒマの方は、ごらんください。……クリック地獄


こんにちは。舟橋です。
今日は、わたしも関わっている秋のイベント企画のお知らせです。(転送歓迎!)

この秋、足立区の浴場組合主催で、スタンプラリー「あだち銭湯めぐり」が行われます。
区内で5軒の銭湯に入ると、もれなく、イラストレーターなかだえりさんの銭湯イラストが満載の、あだち銭湯カレンダー2008年版(卓上版)がもらえるという、なかなかオトクなイベントです。
2ヶ月あるので、お誘いあわせの上、ぜひ、遊びに来てください!

★期間:10月1日~11月30日
★場所:足立区内の全銭湯
★内容:期間中に、銭湯めぐりマップを持って、足立区内の銭湯に5軒入るともれなく、
オリジナル「なかだえり2008足立銭湯カレンダー」をプレゼント(先着600名。以降は景品が変わります)。
さらに抽選で5組の方に「ペアで東武ワールドスクウェアにご招待」のダブルプレゼント。
★マップの入手できる場所:区内全銭湯、区内全東武鉄道の駅、区内全図書館ほか
★主催:東京都公衆浴場業生活衛生同業組合足立支部
★共催:足立区教育委員会

同時期にほかにもイベントあります。

★なかだえりさんの「大銭湯展」
会期:10月6日(土)〜14日(日)※12日(金)は休業
会場:・第一会場「タカラ湯」  足立区千住元町27-1 13時〜24時
   ・第二会場「なかだえり蔵アトリエ」  足立区千住5-6-11 13時〜18時
   ・第三会場「梅の湯」  足立区千住5-5-10 15時半〜23時
   http://www.nakadaeri.com/
★「町田忍と巡る千住の銭湯~2007~」
14軒の魅力的な銭湯がある千住の町を、銭湯研究家の町田忍さんと歩きます。町歩き終了後、希望者で銭湯に入ります。
日程:10月14日(日) 参加費:1000円(銭湯入浴料別)
応募:HPお申し込みフォームから、または往復ハガキに氏名、性別、年齢、住所、電話番号記入の上お申し込みください。
(定員に達ししだい応募終了)
◎問い合せ:千住・町・元気探検隊 http://1010tankentai.fc2web.com/
〒120-0042 足立区千住龍田町8-2

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そして必死にも見える食堂の看板

Syokudou_simonoseki下関の路地の奥に、派手な看板の食堂があった。近づいて見た。「食堂」の看板ではあるが、「喫茶」「居酒屋」でもあると強調している。ほかにも、「お気軽にどうぞ」「おでん」「やきとり」「串あげ」「湯豆腐」「すきやき」「5時より営業します」「女子従業員募集」「オムライス 焼そば チャンハン」などの看板が。

建物の様子からすると、もとはスナックか喫茶だったようだ。19時ちょっと前、あたりは景気とは無縁の雰囲気で、人通りも少ない。

見ているうちに、この看板のにぎわい、むしろ必死のヤケクソ気味であるようにも思えた。

この夏、あちこちウロウロして、強く印象に残ったのは、やはり、地方経済の衰退はチトただならぬ感じだなあということだ。あまりにも急激な落ち込みかただ。だいたいニンゲンが、どんどんいなくなってしまう。残ったニンゲンは、この3年間ぐらいに賃金がどんどん下がるのに耐えて生き残っている。食堂の客の、そういう変化は、過去10年のうちで、最近の3年ぐらいがもっとも顕著だ。

一方に、東京の繁栄、ミニバブル。東京の「1人勝ち」なんていうが、東京の実力でもなんでもない。一極集中の構造が、より強く機能したにすぎない。ま、「改革」といわれるやつだ。最近も総務省かなんかのデータにあったと思うが、東京、愛知、大阪と他の地方の「格差」は広がる一方だ。

この構造は地方に行くと、道府県都一極集中という構造になる。さらにまた、東京、名古屋、京都、大阪、神戸、広島、福岡、仙台、札幌あたりは、同質の経済圏としてつながっている。だから、この地域で成功しても、他地域で成功するとは限らないし、たとえば出版などもそうだが、この地域を押さえる大流通に頼った企画が先行するようになる。

「改革」も「自由競争」もいいが、東京だけが得をする一極集中の構造がそのままでは、不公平改革、不公平競争だ。と、こんなこと書いても無力なんだなあ。

強化される東京中央集権の真ん中で、浮かれている連中には、こんな話は通用しないさ。しかし、地方を、このままにしておいて、なんとかなると思っているのだろうか。ま、そんなことは何も考えず、東京での微々たる成功を自慢に満足しているだけなのだ。

すでに始まっている、食料品の値上げは、まだまだ続き、消費税アップと抱き合わせで値上げになる公算が強い。だけど、競争力の弱い食堂は、原価アップ分の値上げそのものが存続を脅かしかねない。つまり、そういうラインの生活者が、けっこういるということだ。

数日前に書いたが、いまの食料品値上げの根本には、大きな流れとして円高経済が終わって円安経済へシフトしていることがある。小麦粉、コーンなどの個別の問題もあるが、それだけではない。輸入を「善」としてきた経済そのものがモンダイなのだ。そして、すでに、その政策下で、地方経済の基本は壊滅的な状態にある。かつての円安時代には、もどれない。では、どうするか……なーんてことを書いても、仕方ないのですね。

浮かれる東京、沈没する地方。

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