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2007/11/30

アジフライに関する無限的研究 その5

おれはニフティのメールサービスも利用している。ここしばらくのあいだ、届いてないメールがあって、それがニフティの迷惑メールふりわけ処理の誤りから、そちらのフォルダーに入っていることがわかった。きのうのことで、その中を調べ、救出されたメールに、この貴重な画像があった。あぶないところだった。

すごいたくさんの迷惑メールから見つけの救出なので、完全に全部を拾い出したかどうかの自信はないが、災難にあったメールは、ほかにも数通あった。どうやら、発信人の性格が悪いものが、ハネられたらしい。ああ、ははは、いやいや、携帯メールが主に被害にあったようだ。

Ajihurai_oohasi_senjyusuuこの画像は、吸うさんが11月22日に送っていてくれたものだ。「別に喰いたくなかったけど先生様に画像送ろうと思って注文した」とある。すみませんねえ吸うさん、そういう事情で、遅くなって。

千住の大はしのアジフライ。じつに堂々たる、外形は「正三角形」に近いが、チト腹の部分が開いて、股が切れ上がったふうになっている。吸うさんは「画像では一部切れてるんすけど、ご覧の通り面白い形でしょ。おいらは今まで見た事無い形でしたね。衣がしっかり着いて厚みがありましたよ」と。たしかに、これはめずらしいだろう。

いまのところ、カタチが正三角形に近いかどうか、全体の衣の状態と尾の部分の衣の状態、などを中心に見てきているが、はて、この「研究」は、なにをやろうというのだろうか。うふふふふ、まだ、その意図と全貌をあきらかにしてないのだが、そんなものがあるのかどうか。

「ミシュラン東京2008」にアジフライが載ったことで、一部で議論になっているようだ。また、味噌カツの愛知県民はアジフライにも味噌、ということでアレコレ話題になっているらしい。そういうことも含め、これはなかなか「おれ的」にオモシロイことになるかも知れない。

ついでに最近のブログに載ったアジフライで、比較的「正三角形」に近い、そのカタチがわかりやすい画像が、こちらにある。
11月28日「アジフライ定食 [お昼ごはん日記]  


2007/11/21
アジフライに関する無限的研究 その4…クリック地獄

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2007/11/29

いい連中だ、いい歌だ。

ちかごろ、大衆食堂だの大衆酒場だのとやっていると、うんざりすることがある。もう何度も書いているが、そこは、なんでも悟ったようなしたり顔しったかぶりで、「懐古」だの「レトロ」だの「昔はよかった」「古きよき昭和のニオイ」だのと、「優しさ」や「癒し」そして「詠嘆」や、ひとりよがりの気どった「正しさ」にひたるところ。いまを生き未来へむかうエナジーの抜け殻、うすら寒い気分の溜まり場になってきた。

おれの体験にある大衆食堂や大衆酒場は、そういうものではない。生きるエネルギーに満ちあふれ、荒々しく猥雑で、だからこその、生々しいあたたかさや力強さがある。

ま、そんなことも考えさせてくれた、今年イチバンのうた。このバンドをスイセンした、あんたは、サイコ~。

銀杏BOYZ


純情可憐なきみをぐちゃぐちゃにしたい
純情可憐なきみをイかせてあげたい
純情可憐なきみと杏仁豆腐をたべたい
純情可憐なきみと焼肉をたべたい

抱きしめたい 壊れるほど

って感じの

「あいどんわなだい」
http://www.youtube.com/watch?v=iG5bMLgN7j4&feature=related


ぼくらはいずれいなくなる
ひとりひとり星になる
知ってるよそんなこと
知らねえよそんなこと

ぼくはなにかやらかしてみたい
きみと会えてほんとによかった
そんなひとときを青春時代と呼ぶのだろう

って感じの

「青春時代」
http://www.youtube.com/watch?v=Rr-tfxqs8Xg&feature=related


小林信彦だの川本三郎だの……あとなんだ、坪内ナントカ、池波ナンヤラ……そういう連中の東京なんか、アルコールが抜けた酒みたいなものだ。

なんでもない景色が
なんでもない毎日が
ぼくにとっては歌になるのさ

無駄な過去は一つもない

って感じの

「東京」
http://www.youtube.com/watch?v=QhpzJw95Jno&feature=related

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ようするに飲んだ。

きのう。13時から、高円寺にて。昼酒しつつ「大悪魔作戦」と命名す。のち、18時から、中野にて。WGやどや、ボスのちまりりん合流。22時過ぎ、飲みつかれ解散。埼京線池袋で座れたので座ったら寝過ごし武蔵浦和から南浦和に出て帰る。本日、多忙につき、とりあえず、これだけ。

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2007/11/27

通俗性と反俗性

あと今年も一月、年が変ろうが変わるまいが関係ないヨと思っていても、「年内進行」「年内決着」なんて言葉が飛び交うと知らん顔はしていられない。実質には20日以内ぐらいに片付けなくてはならないスケジュールをあれこれ調整しながら、かつメールで企画案を交信しながら、相手のあることであるから、いくつかのメールを待機しつつ夕方になる。

メールしても反応がない明日の件が一つ、また忙しいことがあるのだろう。ほかは進行中のいくつか全て、ドタキャンもウラギリもなく、うむっ、これはイイゾという感じで、大筋の段取りが見えてきた。ってことで、酒を飲もう。

そうそうタイトルを「通俗性と反俗性」にしたのだっけ。大衆酒場や大衆食堂というのは、その両側面を持っていて型にはまりにくいところが生命力の根源でありオモシロイのだということを考えていた。これがこれから進行する企画の有力な視点あるいは切り口になりそうだし、ま、おれはどちらかといえば「反俗性」が強いわけで、このセンは得意でもあるし。なーんて、いろいろ考えていた。ので、このタイトルになってしまったのだ。とりあえずはやく酒を飲みたいから、こんなところで。

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いろいろ寒々しいねえ……あたたかいコトバと酒が身にしみる。

このバーは、牧野さんと入ったことがあるような気がする。ブログに『雲のうえ』5号の紹介があった。

LENNON the bar(バー・レノン)
北九州、小倉の、ジャズが流れる、小さなバーの、blogです。

続・雲のうえ
2007.11.23 Friday
情とか、粋とかいうコトバが、急激に減ってきました。
街なかの、金の為でなく、人の為に生きている人たちに、これからも、
光を当てて欲しい。知性の欠片を散りばめて・・・。

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大笑い。「業界ゴロとは」

またまた「ミシュラン東京2008」と「日本ラーメン協会」の話題関連だが。「業界ゴロ」という言葉を思い出した。ちかごろおれの周辺では聞かないので、グーグル検索してみたら、トップが「はてな」の「業界ゴロとは」だった。

そこには簡潔にこう書かれている。

「批評家の大半。」

みごとな説明に大笑い。

考えたら、おれは1990年ごろまで、どちらかというと「取材される」側だった。で、おれたちのあいだでは、取材に来る連中のほとんどを「業界ゴロ」と呼んでいた。もちろん、にこやかに対応しながらだけど。

むかしの話なので、関係者がこれを読んでも気分悪くしないでほしい、あの「日経新聞」の記者でも、そういわれた。業界紙誌の記者もちろん、まだ少なかったがタウン情報誌のライターも。

今回の「ミシュラン東京2008」と「日本ラーメン協会」騒動で、まだまだそういう連中が食べていける余地が十分あるのだなあと感じ入った。

もう一度、2007/11/20「今日の話題は「ミシュラン東京2008」と「ラーメン協会」。」に書いた大事なことを整理し直しておこう。

飲食業の成長は、雑草のような強さとオタクのような個人のこだわりや研究心、それに地域の顧客が支えたのであって、業界ゴロや権威や何らかの組織や団体のおかげではない。業界ゴロはメディアにすり寄りながら、メディアの意向にしたがうことで、その威を利用し、他人のふんどしで相撲をとっていたにすぎない。

ま、かくいうおれも、いまでは「取材する側」であり「業界ゴロ側」だけど、メディアの意向に従ったり大勢にしたがうことが足りないためか、苦労が多いのに「幸せ」は逃げていく。しかしまあ、「政界ゴロ」や「読書界ゴロ」はむかしからいるのだが、「グルメ界ゴロ」「昭和懐古界ゴロ」「下町界ゴロ」「立ち飲み界ゴロ」やら、ずいぶん増えたことだ。なにしろ、いまやブログのおかげもあって、「一億総評論家」の時代だからね。

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2007/11/26

苦しんだ分の幸せはある。か。

細かい作業に忙殺された一日だった。

おれが利用する最寄の駅のホームに立つと、おれが好むようなみすぼらしいビルに、この言葉が見える。ある進学塾だ。

「苦しんだ分の幸せはある」。

そのみすぼらしいビルにこの言葉は説得力に欠けるような気がしたり、つましい「幸せ」を感じたりするのだが、似たことを言われ続けた高校生のころを思い出す。

「四当五落」なんていう言葉が、急速に広がっていた。ようするに、ガマンして4時間の睡眠でがんばって、いい大学に入れば、美人もカネも思うままの「幸せ」が手にできる。担任で、進学担当の教師は、そのようなことを何度も言った。その担任は、おれが2年からの担任で、そんなことをいう彼のことを信用も尊敬もしてないおれとは、かなり険悪な関係だった。

なるほど、確かに、小さくてもよい「長」がつくような権力を手に入れたら、あるいはそれに匹敵するような権威になれたら、そのていどによって「美人もカネも思うままの「幸せ」が手にできるんだなあ」と思わなくはない。それは、彼らなりのそういうものであるらしいが。そうそう、そういえば、その担任は美人な教え子と結婚したのだった。その後、県の教育の中央部で出世もしたらしい。

どうも、おれは、そういう大勢にノリが悪い。つまらないことで抵抗、このトシに似合わない反抗をしてしまう。今朝のラジオの出演でも、やった。10分ぐらいの出演だから、放送作家が原稿をまとめるということはないし、相手が何を言って欲しいか、だいたい想像がついている。でも、それに素直に応じることができない。

大衆食堂というと、ま、「地域密着」であり、土地のものが食べられるというステレオタイプのイメージがある。それが大衆食堂の魅力ですよねと話をふってくる。でも、おれは、カツ丼でも地域ごとに味がちがう話をしてしまう。むこうは、土地でとれる素材の話をしてほしいのがわかっているのに。

でも、たいがいの大衆食堂は、その土地ならではの素材をそんなに使っているとは限らないし、むしろ同じ料理なのに、味覚の傾向がかなり違うところに地域的な特徴が出る。という「正論」を「正攻法」で、おれは話す。でも、むこうは、そういう答えは期待してない。さらに、どんなものがと突っ込んでくる。そこで、北九州だから海のものでもあげればよいのだろうが、おれは山菜だのキノコだのといった話をした。ぐふふふ、でも、しまいには、「ぬか漬け」をあげて、まあまあのところにおさめたのだが。

たいがい、そのように、これは「やらせ」とはちがうが、「できレース」なのだ。だから素直にしたがって、司会者の言ったことを大げさに裏付けるようなことを言えば、たぶん司会者も聴いているひともよろこぶ。そういう「あ・うん」の呼吸が、業界や業界的市場で要領よく生き成功するためには必要なのであって、「正論」はいらないのだ。

でも、なんてのかな、長年のクセなのか肉体が、そのように反応しない。パッパッと素早く、べつのことを言ってしまう。司会者は、大衆食堂に、たいへん好意的ではあるので、失礼になる。

そして、あとで、激しい自己嫌悪に陥る、……ことはない。あははは、期待に応えなくてすまなかったなあというぐらいは思うが。おれは、むかしからこうだし、大衆文化に教条的なステレオタイプは通用しない。かくて、カネも女も自由にならない「幸せ」のないイバラの道を、好んで歩んでいる。ある意味では大衆食堂に似つかわしく、かっこいい。

いまだに「苦しんだ分の幸せはある」なんていう根拠のない話で、子供たちをだますことが許されているのだから、どんなウソも許されるのだ。わずかな権力や権威のために大きなウソをつく。どうせなら、より権力や権威のあるものに、ウソをつきたいものだ。ほかのひとは裏切ってもいいから、おれだけは裏切らないでね。

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2007/11/25

月を仰ぎドタキャンなしを願い、ある種のニオイが気になる。

071125_002東武東上線と京成線をウロウロし、食堂三軒で食べる。もちろんついでに飲みながら。腹いっぱい、苦しい思い。それなのに帰りに、鶯谷の信濃路に寄って、苦しいのにホッピー1中3やってしまう。苦しい苦しいと思いながら帰る。こんなに飲食で苦しい思いをするのは北九州以来。

画像、京成線のとある駅のホームで月が、満月か? はあ、都会の月だねえ。はてしない虚無だねえ。孤独だねえ。しばし見上げ、脈絡なく、ドタキャンのないことを祈る。月に祈ったところで、ああ、おぼろにゆらゆらマボロシ、じゃなくて、単なる手ぶれか。ヨロヨロ電車に接触しちゃダメよ。

そうそう、明日朝は、2007/11/20「アタマは新企画。RKB毎日放送ラジオ「おもしろ人間列伝」に出演。」に書いた電話でラジオ出演があるのだった。以前にも、2回ぐらいだったかな、電話で生出演というのがあったけど、スタジオと違って相手の顔が見えないからやりにくいんだよな。でも10分ぐらいだから、アッというまだ。

ああ、そうそう、ニオイね。今日、ひさしぶりに入った食堂、そこはスープがうまいんで、行くと必ずスープを頼む。カキフライライスにスープ、というぐあい。ところが、今日のスープは、チトその「獣」の「臭み」が残っているのだなあ。それが嫌に感じた。これ、こういうときは判断が難しい。以前食べたときから大分たっているから、もしかするとおれがトシをとって、そのニオイが気になるようになったのか、それとも作っているほうもトシをとっているからヤキがまわったか、ハテどちらだろうか、両方だろうか、それがズッと気になって、そして信濃路に入ったら、すぐそれと同じニオイがかすかにしたので、これは今日のおれの体調なのかと思ったり。ニオイは微妙だから、判断に迷う。トシによって、かなり好悪が変化すると思う。おれって、じつは、わりと繊細で敏感なんだよね。うふふふふ。

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2007/11/24

業界団体がなかったからこその「ラーメン界」の層の厚さか。

二日酔いをねじふせるように仕事をし、今日のノルマは、ひとつだけ明日に送って、やれやれ終わった。夜、まだ毛細血管の先端あたりにそれが残っているような感覚のなかで飲んだ。くたびれても、懲りない。

2007/11/20「今日の話題は「ミシュラン東京2008」と「ラーメン協会」。」の関連だが、2007/07/15「ああラーメン 時の流れ」でリンクをはらせてもらった、「渡辺樹庵のここだけの話 ラーメンコンサルタント・渡辺樹庵の独り言。」がおもしろい。

2007年11月23日
ミシュランはどこで買えるの?

2007年11月20日
日本ラーメン協会ってなに?

コメントを含めて、とてもおもしろい。こういう発言があること、こういう発言をしながらやっていける「ラーメン界」は、それなりに層が厚いというか深いものがあるのだなあと思った。衰退しつつある「出版活字読書界」に巣くう「評論家」や、ソレ風な、ナニモノかになったつもりでいる連中がはびこりやすい業界とはちがうと思った。やはり「業界団体」がないことによる「自由な競争」の結果だろうか。事大主義や権威主義を蹴散らす「精神」が、まだ健在なのだなあ。業界団体は、なにがなんでもいけないということではないが、とかく「業界的むすびつき」は身内主義や権威主義に流れやすい。それは「業」の成長のためにマイナスだろう。「業」の成長のないところに「文化」の成長もない。

渡辺さんには大言壮語がない。「珠玉」だの「究極」だの「厳選」だのといった、わけのわからん言葉は見かけない。そして、とくに「普通に美味しかったです」と「宿題」という表現が、とても気になる。そういうふうに言われた店や料理を食べてみたくなる。このブログを読んでいると、ラーメン界に限らない、インチキくさい「評論家」の言動が、とてもおかしく思える。おれは、評論家ではないが、大丈夫か?と思う。衰退しつつある「出版活字読書界」の退化頽廃の風潮に流されないようにしなくてはと思う。酔ってはいるがね。

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寒風の中で飲むガマン比べのような泥酔

0711kinutaなんとまあ酔狂な、世田谷は経堂の大田尻家から、この寒いのに砧緑地で酒を飲むから集合と声がかかった。きのうのこと。パッチをはき完全防寒で、酒とつまみを買い、出向く。遠いなあ、ウチから2時間少々かかる。1時からだったが、おれは2時ちょうどぐらいに到着。

しかし、バカはたくさんいるもので、20人近くは集まった。ガキも3人ぐらいいた。そうそうおれの3歳になった隠し子も愛人に連れられて登場。画像は、その子が元気に駆け回るのを、追いかけて撮影するゴールデン街の女王様。

おれが飲んだ酒は、ビール、清酒3種類、赤ワイン2種、ウイスキーの余市。沢なんたらという宮城は古川の酒、よかったよ。焼酎にお湯や氷まで用意され、そのうち燗酒をポットに入れて持ってくるひともあらわれ、大宴会になった。

冷たい風が吹きまくり、ガマン比べのよう、4時過ぎ暗くなるまで飲んで、さあ今度は祖師谷の飲み屋へ。みなは自転車だけど、おれは歩く。酔ってまちがえないように遠回りになるが環八を行き、小田急が見えたところで左へ。無事に合流。もう、このあたりから、ほとんど記憶にない。飲み屋の名前も覚えていないが、タカハシ家の近くだったぞ。たしか10時ごろ解散だったと思う。もうよれよれでタカハシ家にご挨拶することもせず帰還。

本日は、激しい二日酔い。世間は連休のようだが、今日と明日は仕事でけっこう忙しい。

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2007/11/22

おれは存在そのものがコメディなのだと気づく。

どういうことか、新企画のほかに、ペンディングになっていた企画まで動き出し、もうなるべく年内はあまり仕事などしないで飲んでいようと思っていたのに、そうはいきそうにない。今日も、一日中アレコレ慌しくやっているうちにすぎた。ま、でも飲むことは、どんなことがあっても睡眠時間を減らしても飲むし、声がかかればホイホイ出かけていくのだが、疲れが残るのが困る。トシだなあ。でも、それをものともせず……ほんと、バカだなあ。

そのバカと関係するようだが、今日は、大変なことに気がついた。おれの存在そのものがコメディだといわれ、考えてみたら、前にもそのようなことを言われたことがあるし、確かにそうなのだ。だいたい「それゆけ30~50点人生」の男だからなあ。

いま進行中の企画の中で、これはもうゼッタイおもしろいと、頭が熱中没入しつつあるものは、前に書いた「兵庫のおじさん」のコメディ・プロデューサーあんどライターの須田泰成さんとの、近年ハヤリの言葉を使えばコラボレーションだな。つまり、これは、大衆食のエンテツとコメディの須田さんという、ある意味「異色」の組み合わせ。のようであるが、おれの存在そのものがコメディであるならば、おれに目を着けた須田さんは、やはりいい才能を持っている、ということになるか。

そういえば、須田さんは、初対面の日に、酔って電話ボックスで寝てしまったおれを携帯で撮影したのだった。なにか初対面からして喜劇的因縁があるな。その画像などは、こちら2005/05/07「盗撮されていた酔態寝ながら電話」…クリック地獄

とにかく、そのコラボレーションから生まれるものは、いま日々アイデアが湧いては詰め、そして具体的な作業と、あまり時間もないから走りながら考え、考えながら走る状態だが……がははは、もうおもしろくておもしろくて、これ全部実現したら、ほんとおもしろいよ、すごいよ。と、ひとりでおもしろがりながら、あれこれ準備に熱中没入している。あと一か月のうちには、かなり具体的な姿をあらわすだろう。

必要があって、以前に生出演でしゃべったラジオ番組、文化放送「吉田照美のやる気まんまん」のテープを聴きながらダビングしていたのだが、自分でも、おれはこんなおかしなことをいう人間か、ほんと、おれは存在そのものがコメディなのだなあとあらためて思った。

「吉田照美のやる気まんまん」の「興味津々」のコーナーには2回出演している。『大衆食堂の研究』のあとの95年9月26日と『ぶっかけめしの悦楽』のあとの99年11月23日。どちらも、テープに採っておきながら聴いたことがなかったが、これ、ほんとおもしろい。「いかがわし度」なるものを持ち出した『大衆食堂の研究』はもちろん、『ぶっかけめしの悦楽』も、ある意味、コメディなのだな。だから、洒落のわからないクソマジメな紳士淑女な「読書家」たちは、読んで怒り本を送り返したり、「下品だ」「俗悪だ」とミソクソにけなしたわけだ。ぐふふふふふ、洒落のわからないものは、大衆文化を理解できないよ。

もっとも、まだ大勢は、キレイゴトをいいながら崩壊していくバブリーな紳士淑女中流意識にすがっているのであり、大衆文化などは市場でしかないのだけど。

関連
2007/10/31
タテめし、ヨコめし。須田泰成「兵庫のおじさん」。

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2007/11/21

アジフライに関する無限的研究 その4

0711izumiya_oomiya_ajihuraiきのう、チト久しぶりの人たちと電話で話していたあおりか、今日中にやらなくてはいけないことに追われてしまった。

とりあえず、大宮いづみや第二支店のアジフライの画像を掲載しておく。去る11月17日に撮影した。文は、あとで書き足すツモリ。

この、いづみやにおけるアジフライ的不思議をまずあげるなら、第二支店の隣、壁がふっついて並んでいる本店のアジフライと、まったくちがうということだ。2007/10/24「アジフライに関する無限的研究 その2」に本店のものが載っているので比べてみてほしい。一目瞭然。…クリック地獄

ま、厨房が別々なのだからトウゼンだと言ってしまえばそれまでだが、でも、あまりにもちがう。まるで関係ない別の店のものといってもよいほどちがう。これはアジフライそのものがはらむ問題というよりは、いづみや独自の事情によるものだろうとは思うが、こうもちがうというのは、やはりアジフライもいづみやもオモシロイということではないだろうか。「みんなちがって みんないい」って、こういうとき使うコトバかな。

忘れないうちに。きのう電話で聞いたところでは、「ミシュラン東京2008」にアジフライだったかアジフライを食べさせる店だったか、載っているそうだ。ほんとうなのか? もしそうなら、それはそれでオモシロイ。載ってなくても、それはそれでオモシロイ。

2007/11/05
アジフライに関する無限的研究 その3…クリック地獄

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2007/11/20

今日の話題は「ミシュラン東京2008」と「ラーメン協会」。

大衆食だの大衆食堂だのといっているが、飲食業界というか外食産業の業界関係者とのツキアイは、もう15年ぐらい希薄だった。チト仕事の都合があって、むかしの、そのスジの知り合いと連絡をとったら、やあやあ久しぶりと、つぎつぎまた電話やらメールがあって、なんだか慌しい日になった。

とくに喧嘩わかれしたわけでも、気まずいことがあったわけでもなく、単におれがそっちのほうから、例によって横へずれて業界的な付き合いから離れただけだから、「懐かしいねえ」となる。みなおれより一回り以上年下で、ご活躍だ。けっこう、けっこう。

それで、あれこれ話していると、いろいろな名前が出る、へえ、ほう、えっ、そのひと知っているよ、あの人が……、業界というのは、ほんと狭い。そういう狭さが、イヤというか飽きて、おれはすぐ横へズレてしまうのだが。

で、メモしておこうと思ったのは、意外な男と女が、意外な店にあらわれていたという話ではなくて、今日の話題は、やっぱり、「ミシュラン東京2008」と「ラーメン協会」だった。業界的には、手詰まり行き詰まり感のある状況で、どちらもなんらかの「活性化」にはなるだろうという見方が大勢のようだ。だけど、それは広告販促的な効果で、経営的にどれだけプラスになるかはわからない。いまの状況は、広告販促的な効果が、どれだけ経営につながるか、慎重に見きわめなくてはならない。長い目でみたら、マイナスのほうが大きいだろう。権威主義が広がることは、雑草のような強さとオタクのような個人のこだわりや研究心でやってきた飲食業のためにはよくない。テナことで、なかなかおもしろい意見を聞けた。くわしくは、そのうちってことで、とりあえず酒飲んで忘れないようにメモ。

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アタマは新企画。RKB毎日放送ラジオ「おもしろ人間列伝」に出演。

きのう打ち合わせの新企画は、初めてのメディアってこともあるし、関係者がおもしろい人たちだし、やりたいほうだいおもしろくできそうだし、酒も飲めることだし、考えれば考えるほどおもしろく、アタマがそっちのほうへキューンといってしまい、明日までに返事をしなくてはならない原稿チェックが、なかなかすすまない。気になる女にメール。忙しいのだろう、反応なし。と、某女から電話。そして、お世話になった男から電話。さらに、初めての男から電話。アタマのなかは、きのう打ち合わせの新企画。それとは関係なく、ラジオでしゃべることになる。『雲のうえ』5号のからみ。

RKB毎日放送ラジオ、11月26日、月曜日、朝7時40分から50分ごろまで電話生出演。「今週のメインテーマ あっぱれ!おもしろ人間列伝」だそうな。おれ、おもしろ人間か。ただの酔っ払い。

福岡県、佐賀県、北部九州のみなさん、よろしくね。もしかすると二日酔いで出演するかも知れません。

という、とりあえず。お知らせでした。

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オモシロイ企画、意外に早い進行。

もう今日になってしまった。いつだって今日だけど。約午前1時。

きのうは東中野で打ち合わせ。19時、新宿寄り改札口。ムーンロードの「みや」へ。行くたびに、まだあるだろうかと思うけど、あった。いいねえ、この大衆酒場。この戦後闇市派横丁の「東中野食堂」は閉店したが、「みや」があるのだ。

年内には具体的な動きはないだろうと思っていた新企画、12月から制作に入ることに。大衆食堂や大衆酒場の、ほんとうに深いオモシロイところを、しかもおもしろく表現できそうだ。飲みながら、アイデアをだし、つめる。カネを仕切る人間と、制作を仕切る人間がいると、話がはやい。10時過ぎ、酔った。おばさんに「よく飲みましたね」といわれる。そういや、けっこうはやいペースで飲んでいた。

大衆食堂や大衆酒場で、「オススメは?」と聞くのは、やめましょうね。自分が、飲みたいものを飲み、食べたいものを食べる。このごくアタリマエのことから、はじめよう。いつだって、まず、自分が、どうしたいかなのだ。

ああ、眠い。

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2007/11/19

泥舟泥縄「観光ニッポン」は、もしかするとオモシロイか?

0711kankou_nihon1小泉というと、「郵政民営化」だけじゃない。たしか「IT戦略」なるものを華々しくかかげ、そして末期には「観光立国」を打ち上げた。その小泉の後継者として「美しい日本」をうたい首相になった安倍のもとで、昨年12月、観光基本法(昭和三十八年)の全部を改正し、観光立国推進基本法が制定された。

『週刊ダイヤモンド』2007年7月28日号の特集「激変 ニッポンの観光」を読むと、そのことがあらためて思い出される。

「観光産業は"21世紀のリーディング産業"になると予測されているが、日本はこれまで、観光を軽んじてきた。しかし、2003年以降、観光政策を転換し、新たな法律、観光立国推進基本法が施行された今年は、観光立国元年といわれている。大きく変貌する"ニッポンの観光"の最新事情と、間違いのない観光地選びのノウハウ、"日本の歩き方"をお届けする。」とリードにあるこの特集は、なかなかの力作だ。であるから、その結果、なにがはっきり見えるかというと、どうにもならなくなったお寒い日本の姿、沈みゆく泥舟泥縄の日本の姿なのだ。

そういえば、むかし「技術立国」という旗がありました。「IT戦略」のころには「情報立国」だった。いずれも「立国」ならず破綻。破綻しても、誰も気にしない。ほんと、日本の政治家と官僚は楽だ。

でも、お先真っ暗なことに、かわりはない。そこで、この「観光立国」という路線が浮上した。もちろん経団連の肝いりだ。もう、自分の身体を見せてストリップでもやるほか、成り立つ道がない。楽しみながら遊びながら衰退する国にふさわしい。いや、もう衰退したから、この政策しかない。

「激変 ニッポンの観光」で観光の取り組みをみると、これはまあ戦後の焼け野原じゃないかと思う。もちろん爆弾落とされた敗戦とはちがうから、キレイなおべべを着て楽しそうにやっているけど。しかし、戦後の焼け野原ならば、そこに大いに可能性もあるというわけだ。裸一貫徒手空拳から出直すぐらいの腹があればだが。

これを買ったのは、7月末に駅の売店で見て。イチオウおれは関係ありそうな経営にも関わっているし、それに「ご当地グルメ」など飲食業と密接だ。この特集でも、かなりの誌面を飲食系に割いている。

0711kankou_nihon2笑っちゃうのは、これが出て、まもなく、「本邦初公開!全国土産物売れ行きランキング」の記事でトップだった「白い恋人」が、あの騒ぎ。そして1ページ丸々使って登場の「伊勢 身代を賭けて門前町を復興 銘菓「赤福」会長の心意気」の見出しが、これまたあの騒ぎ。

なんとまあ、「IT戦略」「情報立国」とやった小泉の鼻先で、ライブドアがあり、金融の情報システムトラブルが続いたのに似てないか。そんなことも、もう忘れているか。

「観光大国」をうたうが、「昭和ブーム」だの古物過去にたかり、現実も直視できなくなった、未来を志向も思考もできない「若ボケ老化大国」だよ。

そういや、「ミシュラン東京2008」は、まもなく発売だな。掲載店が、ニセ表示やなんかで問題にならないことを祈ろう。でも、日本の業界お仲間は、どこも同じで、お互い既得権益を守るので必死、なあなあまあまあでアマイからね。っていうか、もう既存業界の退廃。マスコミだって、調子のよいときのデータは大きく載せるが、いまの日本の国際経済指標の低落の有様など知らん顔。成功話ばかりで失敗を取り繕っているようなやつらがのさばっている。

「むかしはよかった」なんて、いつまで昭和や懐古にひたっているのだ。そんなのは死にそうな年寄りにまかせておけ。

ってことで以前に書いたことを思い出しておこう。

2005/04/03
「観光」で東京はナントカなるのか?

2007/06/09
「ミシュラン東京2008」便乗商法アイデア

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2007/11/18

はやいのか、おそいのか

でははは、身体が酒のためもあるだろう、力が入らない。まぶたまで重い。3晩続けて飲んで遅い夜の帰りだと疲れもなかなかぬけないトシだ。でも、深夜から朝まで飲もうとなったら付き合う気はあるけど、そういう誘いはナシ。とりあえず今日は身体がデレッとして、でれでれでれと時がすぎた。

メールを見たら、けっこう来ている。急ぎの用もあるじゃないか。でも、今日は、やる気なし。しばし返信は、お待ちを。11月も後半、「もう」11月後半でもあり、「やっと」11月後半でもあり。時がすぎるのが、はやくもあり、待ち遠しいことがあれば遅くもあり。はて、さて、どうなるか。誘いのない今夜は、寒いひざ小僧を抱えて、ウチ酒としよう。なあ、さみしい男たち。あははは、酒だけは、朝からチビチビ飲んでいる。飲みながら直す二日酔い。

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大宮いづみやにおける「ハム」と「ロースハム」の100円の差。

とりあえず、画像のみ。左、ロースハム 380円。右、ハム、280円。
0711izumiya_oomiya_ham

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大宮いづみやで「ルサンチマンの味」を知る

きのうも、また泥酔。午後になっても前夜の酒が残っているうえ、風呂からあがってビールを飲んだら、また酔いがもどったかんじだった。そのまま出かける。18時、大宮いづみや第二支店に着くと、すでに野暮ったい男3人が飲んでいる。あとから、同じく野暮ったい男が2人。計6人で、いやあ、飲んだ飲んだ、食べた食べた。こんなにいづみやで飲んだり食ったりする客はそうはいないだろう。そうだ、われわれはいづみやにおけるブルジョワなのだ。店員に「みなさん、よく飲みますねえ」といわれる。閉店の22時まで、4時間。おれはサッポロラガーから始まって、酎ハイ、梅割り、悪酔い必至の黒糖焼酎。

途中で、店長がサービスで、2品ばかり出してくれる。いよっ、店長、ありがとうカッコイイといいながら、これでまた飲める。これは店長がツマミをサービスしてたくさん飲ませようという作戦か、とかいいながら、とにかくガンガンやる。なにしろ30歳そこそこの大食い大酒の熊さんがいる。彼は全料理の半分は食べているにちがいない。もうあきれるというより、見ていて実に気持がいい、いいなあ若いってと羨望のまなざし。

店長が持ってきた、いづみやが載った雑誌のコピー。おおっ、見れば、知るひとぞ知る福岡は博多の「中洲通信」ではないか。よくこんなところまで取材に来た、北野謙さん。「気がつけば僕は いつもコの字」のタイトルで「コの字型カウンター居酒屋を巡る」ってやつだ。1ページ、まるまる。どうやら、今日あたり発売の号らしい。

そして、つぎに店長が持ってきたのは、「ナイタイ」。この女の裸だらけの風俗情報誌のメジャーに、ついに「いづみや」が登場したのだ。しかも、この文章、われわれは声をあげて読んで、笑った。

ライター氏がたばこをくゆらせ焼酎を飲んでいると、上司の理不尽を大きな声でなじりながら飲んでいる客がいた。その様子を書いたあと、このように文章は終わる。

「嗚呼、なぜ人は酒を飲むのだろ。なぜ男は女を求めるのか。いづみやの煮込みは、ルサンチマンの味がする。」

がはははははは。われわれは、しばし、「ルサンチマンの味」について、こういう表現をするライター氏について、酒のつまみにしながら飲んだのだった。

しかし、おれをのぞいて30ちょいから40ちょいの男たち、みな独身。どうして結婚しないのか、できないのか、話題になる。すでに3LDKのマンションを買って住んでいるものもいる。だいたい、この飲み会に女が1人も来ない。そうなればおれも同じだが、いかに女に相手にされない野暮な男たちであるか。いやいや、男だけの酒というのが、またいいのですよ。日本の女は、めんどう。でも、やっぱり女がいたほうがいいですね。と、さみしそうに笑ってみたり。そのように時はすぎ泥酔にいたる。

22時閉店で出たが、誰も帰ろうとするものがいない、では、おれの地元の「志げる」へ行くかと電車に乗り、志げるの前に行ってみると、なんだか今夜はもう閉店。浦和レッズ優勝騒ぎの余波らしい。それで、やっとあきらめがつき解散。もう、みなよれよれよろよろ。

今日はまだ調子が出ないので、とりあえずこれぐらいで。

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2007/11/17

dankaiパンチ12月号 新旧モノくらべ トースター

0711panciきのう届いたのだが、これは明日の18日発売だと思う。前回の10月号では「そして、いま本当に行きたい旅とは?「極私的・旅の愉しみ」」にコラムを書かせてもらったが、今回はグラビアページの「新旧モノくらべ」に声がかかり、書かせてもらった。

お題は「トースター」。写真は、1960年発売のトースターと1999年のトースター、いずれもナショナル製品。60年のものは定価2400円程度、当時の大卒初任給1万2190円。99年は、定価7000円前後、大卒初任給19万6600円。

いまではオーブントースターが全盛のトースターについて、思い出をまじえながらウンチクを傾けている。書店で手にとってごらんください。

「dankaiパンチ」は、前号までは、「試行錯誤」というより「迷走」といったほうがよいほど、わけのわからん雑誌だったが、ようやっとまとまりが出てきたかんじだ。

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中野で淫売小屋をもらいカネに案でず泥酔

0711tsきのう、ひさしぶりに(たぶん6月以来)WG YADOYAの飲みーてぃんぐ。中野駅18時半、まりりん、コスタリカとし。けっきょく駒八に。あとからボス。

ニューヨークとポルトガルへ行ってきたまりりんに土産をもらう。出発前に、土産は何がいいかというので、派手で大胆なTシャツと注文しておいた。おおっ、望みどおり。画像、ピンクのI LOVE NYの半そでシャツに、ポルトガルで買ったという長袖シャツ。胸の文字、スペイン語堪能のコスタリカとしによれば「淫売小屋」だそうだ。シックスナインのタグの説明、英語堪能のまりりんによれば、シャツの原案は作者が獄中で作ったものだとか。なんにせよ、大いに気に入った。ポルトガル行きは、まぼろしの愛人が「おねがい、行かないで、私がいるでしょ」というから断念したし、このシャツを着て気分になっていよう。

それはともかく、飲みーてぃんぐは、けっこう重要な酔っていられないお題だった。でも、けっきょく泥酔したのだけど。分散していたゲストハウスを一か所にまとめ拡充する計画。よくここまできたと感慨深いものがあるが、約2千万円ほど調達しなくてはならない。こういう数字の話をするのは、ひさしぶりのせいか、イマイチいい案が浮かばない。気になる数字を質問すると、まりりんは、サッと数字の並んだ表を出す。完璧な経営者だが、その数字を見ても、なかなかいい案が浮かばない。しばらく原稿書きなんていう無駄なことをしていたバツか。どうにも結論が出ないまま、酒はガンガン飲み、酔いがまわる。たしか最後のほうじゃ、村上春樹モンダイになっていたんじゃないかな。

駒八を出て、アボチョイの前をながめるが、もう一軒という元気もなく、新宿で乗り換えたあたりから記憶喪失。

どなたか、たった2千万円、ポンと出してください。いいことありますよ。

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2007/11/16

からすのおっちゃんの『雲のうえ』にコメント

たまーにコメントをいただく、神戸のからすのおっちゃんが自分のサイトの掲示板に『雲のうえ』のことを書いている。

からすのおっちゃんのサイト…クリック地獄

この投稿。
『雲のうえ』投稿日:2007/11/14 18:19

「いや実に……
 こんなにエネルギッシュな「広報誌」てモノは、初めて見た」
という書き出し。
最後のほうで「しかし、エンテツさん、えー仕事してはります。」と言ってくださっている。

そこで、お礼方々コメントを書いたのだが、チト大事なことを書いたような気がするので、忘れないように、ここに転載しておく。以下の通り。

どーも。わざわざ取り寄せていただき、その上、このように紹介いただきありがとうございます。本来なら進呈しなくてはならないものを、私の手元にはあまり余裕がなかったもので、失礼しちゃいました。すみません。

北九州は、ヤマと港湾が深い関係で発達してきたところに、一つの特徴がありますね。おなじ北九州でも、門司の方へ行くと、商取引中心の貿易港の色彩が強く、やや神戸に近いかという感じもしました。どのみち、とにかく町全体が「働く現場」という感じが色濃い。その雰囲気は「雲のうえ」の誌面にも出ていると思いますが。

それは、これまでの「産業」の見方からすると「遅れている」印象につながるだろうし、これまでの「観光」の見方からすると魅力的な観光の目玉がないという印象につながるだろうし、あるいは近年の身体を使い汗水流して働く姿なんてダサイという見方からすればカッコワルイ姿の町という印象につながるのだろうけど、ほんとうにそうなのか?それでいいのか?と思わせるものがありました。おかげで、私は、近年もてはやされてきた「趣味的生活」というやつに深い疑問を抱いて、この取材を終わったのですが。

なるほど、たしかにアタマを使う仕事が増えたかも知れない、キレイな服を着て仕事をするようになったかもしれない。でもやっていることは、港湾労働者や工場労働者や土方や沖仲師やヤクザと、たいしてかわらんように思うのですよ。働かなくてはくっていけないのだし、タテマエだけじゃ世の中はおさまらないからヤクザが存在する余地はあるし、だいたいマスコミや出版や広告や情報なんか、ほとんど脅迫とペテンや詐欺で成り立っている。そんなことを、北九州の食堂で、格闘技のようにまんまを食べながら考えました。

65キロの体重が70になるまで食べましたが、また65キロにもどりました。役所の担当者は、これが役人かと思うほど熱心で、また理解ある編集委員のおかげで、飲んだくれの私にしてはよい仕事ができたかなと思っています。でも、あとで、いまになって、力量以上の無謀をやったことに気づき、ゾッとしています。遭難しなくて、よかったです。ホッ。

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街づくりやら観光やら

きのう。夕方から都内某区の街づくりのための冊子の編集会議に招かれ出席。テーマは「観光」。「観光」=「街歩き」。のち数人と23時半ごろまで飲み。泥酔することなく帰宅。いくつか宿題。

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2007/11/15

『雲のうえ』5号 みなさまのお声 その3

最近、少しずつ「お声」が増えているようだ。今日は、北九州出身者のお声を二つ紹介しよう。北九州のひとには、『雲のうえ』編集委員の牧野さんにしてもそうだが、やや屈折した、であるがゆえに熱い「郷土愛」を感じる。

博多と比べられることが多いし、北九州のひとも、けっこう博多を意識している。すると、どうしても、北九州の「きたない」ところが気になるようだ。博多のほうが、イマ風でイメージがよい。北九州は、ダサイ、ダメな町だ。たとえば、神戸のひとのように、「私は神戸出身です」と明るく屈託なく言うことができない。だけど、なぜか、とても愛着がわく。やはり、いいところなのだ。人びとの濃い活気。ともすると、あの工場の煙やスモッグも懐かしく思うことがある。そのように、じつに愛憎の葛藤が深い。

みせかけの白っぽい整ったキレイを疑いつつ憧れる気持を抱え、そしてやっぱり黒っぽい整っていないがゆえに人間くさい北九州が好きだ。そういう「愛」は、人間を深めるように思う。地方出身者が失ってはならないものは、故郷に対する好悪の感情を抱えたままの「愛」ではないだろうか。今回の取材で、そう思うことがあった。

ってえことで、まずは、いただいたメールから。30歳の女。いまごろは、慌しく出かけたコペンハーゲンの空の下で、北九州を思っているかも知れない。

写真もレイアウトも、そして文章も、とても素敵でした。
ためつすがめつ、慌ただしいのを忘れて眺めてしまいました。
北九州はわたしは本籍地なのですが、実際より数倍よく見えました。。。
これからもう少し、じっくり読みます。


つぎは、ブログから一部を転載させていただく。


読んだ 聴いた 観た
2007年11月6日
http://d.hatena.ne.jp/mozu555/20071106

食堂リポート、遠藤哲夫さんで豪華!え そんな(辺鄙な)とこまで行ったの?ってびっくりしてしまう。小倉くらいしか自分の足では回れなさそうだけれど、あちこちに魅力的な普通ーの食堂があるんだなあ。ほんと、言われなきゃあ、気付かないよ。どの写真も故郷的(静かに朽ちてる感じ、でも妙な活気がある、特に女に)で、鳥町食堂街の写真なんて見なれた風景なはずなのに、こうして語られるととっても素敵に見える(とってもちいさーーーい区画だけれどひっそり怪しくてなんとなく元気で好きな場所だ)(戦後闇市派かあ・・納得)

遠藤さんのリポートと素敵な写真見てると、目前の京都行に弾む心も、早々と 次は実家だ!!って感じになっている。そうよそうよ北九州は汚くて怪しくていいとこなさそうだけれどやっぱりいいとこないとこなんてないんだ、なんて言っていいかわからないけれど、私とっても好きな町だ。住むには、不便ですが。博多より断然好きだ!って改めて思った。そんな風に、みんなにこの町の静かでがちゃがちゃした魅力が伝わったらいいなあ、みんなきっとこの最新号を読んだら、好きになってくれるんじゃないかなあ。いい冊子。


●関連
2007/11/06
『雲のうえ』5号 みなさまのお声 その2

2007/11/01
『雲のうえ』5号 みなさまのお声

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2007/11/14

カネとコトバ

思い立つと身体が動く、という自然の法則により、六日町まで酒を飲みに行ったりした。どうも今日は忙しいなあと考えたら、先日は一泊二日で森林再生機構の活動もやっている。新しい企画が二つばかり目の前にあるのに、ナントカナルダロウと、ほったらかしていたのに気がついた。

お楽しみのあとのツケ。でも、先に楽しんでから、あとでツケを払うほうがゼッタイよいね。ま、ツケといっても、自分の身体をつかって払う範囲のことだけど。でも、そうやって今日まで生きてきたが、実際のところ、それがよい人生だったかどうかなんか、わからんな。だいたい、おれの人生の目的に「よい人生」なんてコトバは、ない。

よくおれぐらいのトシになるといるし、もっと若いひとにもいて驚くが、自分はよい生活や人生を送ってきたから、そのよさを知らない若いひとたちにも伝えたいなんていう、おれから見ると自信にあふれたオセッカイな仲人のようなことを熱心にするひともいる。ま、そうやってカネを上手に稼ぐひともいるのだけど。たいがい、自分は「成功」した「よい人生を得た」と思っている人たちだ。そのように自分の生活や人生に自惚れするぐらいのズウズウしさがないと、崩れゆく日本の「情報社会」で「成功」することは難しいかもしれない。でも、「成功」しなくてもね、ウフフフとすごしていける人生があるんだなあ。ただ、気どらず力強くめしをくわなくてはいけないけどね。条件といえば、それだけ。

ああ、そうだ、そのことには、まったく関係ないようだが、タイトルを「カネとコトバ」にしたのだった。

高橋源一郎さんが『文學界』に「ニッポンの小説」を連載している。7月号に、こんなことが書いてあった。ここんとこだけ、ひっぱりだすのはイケナイけど、ここんとこだけは、共感できた。……

 ぼくたちは、この世界と「直接」関係を結ぶことはできない。言葉を通して、関係を結ぶのである。
 それは、ちょうど、ぼくたちが、「貨幣」を通じて、物質的世界を手に入れるのに似ている。言葉と「貨幣」は、世界を手に入れるために、人間が作り出した最高の武器なのだ。

……引用、おわり。

そのわりには、日本の言葉をつかうところの日本文化の担い手であるところの(こういうときだけ、このように持ち上げるのだが)日本の文学は、貨幣や経済に関する理解が浅いと思った。それはもう、アメリカあたりと比べたら雲泥の差で、いささかプラグマチックすぎるかんじがしないでもないけど、アメリカのビジネスマンや「アメリカ流仕込み」といわれる日本人ビジネスマンには、けっこう魅力的な文化の持ち主がいる。

知り合いに40歳そこそこのオフィス用機器の営業マンがいるが、もちろん幹部社員だけど、彼なんかそうだ。言葉や人間に関する造詣は深く、スポーツも近頃は衰えたがラグビー、このひとの指導下にある人たちは、生き生きと働いている。もしかすると、カネが欲しいくせに金銭や経済から学ぼうとしない、「高尚」「道楽」な文化や文学は、それを「奴隷のような姿」とみるかも知れないが、だとしたら、そこがそもそもオカシイのだ。いま、生きるためカネを得るために働く姿を「美しい」と思えなくなった文学や文化は、退廃というものだろう。

きのう書いた、アメリカのビッグなレストランチェーンの副社長をしているカツトシにしてもそうだ。彼は優秀なビジネスマンであり、「文化人」なのだ。あらためて、そう思った。このばあいの「文化」は、日本の「文化の日」というような、あるいは「出版は文化である」というような、それとは、かなりちがうだろう。一つには、いまアメリカ社会は200種ぐらいの人種がいるらしいけど、カネを稼ぐビジネスの現場は、つねに異なる人たち異なる文化、異なる言葉が日常だということに関係しているようだ。そして、最近のマネジメントは、もうそのレベルを超えて、人間は一人ひとり異なる存在だということから始まる。そこが出発点なのだ。「みんなちがって みんないい」なんていう悟りのような結論に沈殿しているのとはちがう。

そういえば、やどやプロジェクトのWGなども、ボスは日本人だがアメリカビジネス界で生きてきた男だし、核になっているマネジメント手法はアメリカ生まれだな。そこに、「ワレワレ流」をからめている、というか。やはり、なんてのか、ふだんの会話でも、ちがうね。できるだけ状況や考えていることを、ていねいに伝えようとするなど。自律的な「個」の尊重が基本になっている。そういうことなのだ。そもそも「アメリカ型」だの「日本型」だのといったパターン化は、日本人が好きなだけだ。

日本は、あいかわらず、お仲間なかよしなれあいご都合主義のコトバ関係。難しい人間関係や厳しい現実やカネがからめば、たちまち崩壊。異なる人間が集まると生まれる不合理や理不尽にヨワイ。したがって小さく気心の知れたもの同士でまとまろうとする。派閥だらけ。安倍内閣の「官邸崩壊」も、そのような「自分に都合のいい人間だけを周囲に侍らせた」結果ともいわれるが、実際の経営の現場でも、取り巻きや仲間ファンに囲まれた「長」のつくひとが、かえって倒産や閉店をはやめるという例も少なくない。このとき、こういうことはよくあるのだけど、当の取り巻きや仲間ファンは、自分の責任など考えない。彼らがいるために、そのやりかたによって、どれだけの離反者が出たかは、考えない。自分は、つねに「よい子」。倒産閉店があっても、感傷で片付けて、オシマイ。時代か社会か、他者の責任にして、オシマイ。そして、また同じことが繰りかえされる。ま、そういうことは、もう改めようというひとも増えてはいるようだが……。

日本の労働の現場は、とくに飲食業はそうだけど、確実に外国人労働者がふえている。そこで、労働の現場に無関心を増大させてきた、日本のコトバと、とくにその活字文化がつくってきた尊大な文化が、どれほど有効であるか。

なんだか話が、わからなくなったので、これでおわり。

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2007/11/13

六日町万盛庵で酒盛り。初めて見るミョウガの赤い花。

0711manseiきのう、天気がよいので、ヨシッ、いっちょう六日町の万盛庵へ行って、中学同期の連中と飲むか、という気分になり、大急ぎで仕事を片付ける。出かける前、シュンスケに電話すると、「そっちが天気がよいときは、こっちは悪いよ」と言われる。そういや冬になると、そうなのだと思ったが、もう天気なんかどうでもよい、飲む気になっているのでウチを出る。

大宮から15時10何分かの新幹線、16時半ごろ越後湯沢に着いた。このまま行ってもチト早すぎるので、前から気になっていた、駅ビル内の、酒入りという温泉に入ることを思い立ち、800円、酒入りにしてもちょっと高いと思いながら払う。なんだかフツウの温泉とかわりなかった。まあ、でも気持よかった。これから酒を飲むには絶好というかんじに心身が整う。

上越線に乗り、六日町駅で降りたら、土砂降り。万盛庵まで走る、息切れ。おれの姿を見て、えっちゃんが、すぐ「ひとりで来たの、あの女のひと、つれてこないが」という。このあいだも、そういわれたが、一昨年の高千代取材のときの女が酒好きで楽しく、よほど気にいったらしい、また来るのを楽しみにしている。いやはや。だけど東京にいたって忙しくてめったに会えない女だからねえ。うふふふ、かわりに別の女をつれて行くか。

まず、ビール、つぎ八海山。この時期、野沢菜の浅漬かりがうまい。三日目だそうだ。これさえあれば、めしを何杯も食べられるが、清酒にピッタリだ。もう、うまくて、たまんない。えっちゃん、亭主、息子のまんちゃんとオシャベリしながら飲んでいると、シュンスケがあらわれる。酒を高千代のぬる燗にする。

つぎ、カツトシ登場。そういえば、彼は、いつもこの時期アメリカから帰っていて、万盛庵で会える。日本人のあいだでも、けっこう知られている、アメリカのビッグなレストランチェーンの、日本でいえば副社長。いまごろが一年中で一番ヒマだから休暇がとりやすいのだそうだ。彼の話は、いつもベンキョウになる。その彼が、実家のまわりに咲いているという、めずらしいミョウガの花を持ってきた。ミョウガの花といえば、白に黄色が混じったようなものは、ときどき見るが、これは真っ赤だ。35年に一度ぐらい、この色のものが咲くといわれているらしいが、カツトシのところでは、毎年これなのだそうだ。画像、真ん中に外側が白い粒が見える。これが、タネ。アケビのタネに似ている。

0711mansei_myougaってえことで、エチロウ、モリオ、最後にツートン。飲んだ酒は、銘柄忘れたどこかの濁り酒、マンチャンの秘蔵ビール2種、これうまかった、それから地元の鶴齢、えーと、こんなところかな。ま、主力は高千代のぬる燗と八海山の冷や、ガンガン飲んで、楽しいオシャベリ。エチロウは、いまパンづくりにこっている。とにかくみな現役、ツートンは市議だし、それぞれ仕事がちがうからおもしろい。この連中と飲んでも、むかしはよかったの懐古話や年寄りの自慢話やウラミ節にならず、いつもイマそして前向きなのがいい。かといってガツガツしているわけでもなく、自分がいまやっていることや考えていることをしゃべりながら、ガンガン飲む。なかなか、よい酒なのですねえ。

21時すぎて、締め。ホテル宮又には泊まらずに、21時51分六日町発で帰る。前回、4月15日には、同じ列車で、酔って眠って越後湯沢を乗り過ごし、暗闇の岩原スキー場前のホームで目覚める失敗をしている。緊張し眠らないよう努力。新幹線も眠らないよう努力。つまり、泥酔しないていどのよい酒だったということだ。今朝は気分のよい目覚め。よかった、よかった。

関連
2007/04/16「二日酔いの頭で原稿を書きます」……クリック地獄

まんちゃんのブログ「万盛庵通信」…クリック地獄

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2007/11/11

千葉県産大羽いわしの丸干198円。を「読む」。

0711_iwasi地元のC級スーパーで買った、「千葉県産大羽いわしの丸干」は3尾で198円。「解凍」という表示。つまり、冷凍品だ。

昔はよかった三丁目の夕日の昭和懐古礼賛や、冷凍品工業製品ダメ手づくり礼賛、あるいは自然のまま旬ナマモノ礼賛の人たちは、たぶん解凍の刺身を食べたり工業製品の紙でケツを拭きながら、こういう「解凍品」を批判あるいは軽蔑するだろう。

三丁目の夕日は、崩壊した「中流意識」幻想の「ふるさと」なのだと思う。大衆食や大衆食堂を、そういう類の具にするなど、ある種の野菜をオトナのオモチャにするも同じこと。

おれはスーパーやコンビニに対する批判はあるが、スーパーや、もちろんそこに働く人びとや買い物する人びとを否定するがごとき主張、自分が正義の「反スーパー反コンビニ反ファストフード」の人であるがごとき口先の演出をするほど常識しらずでも恥知らずでも野暮でもない。

「だしの素」をつかうのは、それほどマチガイだとは思っていない。スーパーに大量に陳列されている「だしの素」を見て、日本人は便利に流され堕落したと嘆くこともない。もちろん解凍品=冷凍品においておや。おやおや。

とにかくスーパーでは、干物は、必ずチェックする。干物、大好きだ。そして買ってきた、コレ。ああ、しかし、この3尾の口を結ぶ、コレ。画像を見よ。いまでは、白い石油製品を使うことが多くなったが、コレ、ちがうのだ。しかも、一尾100円にも満たないものに、この手作業。千葉県産、えらい。

千葉県産えらいが、かなしいのは、おれだ。コレ、この口を結ぶ素材が、なんであるか、わからない。稲の藁かと思って、よく見たが、そうではないようだ。では、麦の藁か。うーむ、そうでもあるようだが、確信がもてない。三丁目の夕日を礼賛する人たちは、きっと知っているのだろうなあ。

とにかく、こんなものが気になるようになったのだから、三丁目の夕日の礼賛も、わからなくはない。もちろん、映画を見ないで言う。でも、それはきっと、未来を考えられなくなった時代が、ゆきついたところだろう。「昭和ブーム」そして小さなタコツボの底を突きまわすようなマニアックな?オシャベリに群がる。コンニチほど未来を読み語ることが難しい時代はなかった。おれの人生でだが。しかし時代は、そうであっても、未来を考えたい。おれが大衆食や大衆食堂に関心を持つのは、そこに未来へつながる何か、真実=本質というか、可能性を「読む」ことができると考えるからさ。たいがい大事なことは、普通の人びとの普通の生活にあるのだ。

コレ、千葉県産大羽いわしの丸干198円の口をむすぶ藁が、またもや、そう思わせた。活字や漫画や映画より、偉大である、この藁。たぶん、何かの茎を乾燥させた、藁にはちがいない。


当ブログ関連
2007/06/16「あたりまえフツウのことを当たり前ふつうに位置づける」…クリック地獄

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2007/11/10

『四月と十月』バイヤー気質パイル手芸社十三湖不真面目礼賛ザ大衆食便器集英社文庫古墳部マイヤマ

0711_4and1011月2日に『四月と十月』が届いた。『雲のうえ』5号と同じ10月の発行だから、おれが北九州7月の末のロケハンと8月のホンバン取材のあいだに参加した古墳部の北東北縄文の旅は、この号のためだった。夏は『四月と十月』10月号『雲のうえ』5号ですぎたのだなあ。ああ、そしてもう今年も第4楽章最終節燗酒グイグイといったところだ。

「表紙の作品について」。表紙は、大熊健郎さんのコラージュ作品を内藤昇さんがデザイン。画像でわかるだろうか。拡大鏡をあてた『四月と十月』のタイトルは、そのコラージュ作品に組み込まれた前号のものなのだ。

その顛末を大熊さんが書いている。読んで笑った。大熊さんはギックリ腰で自宅療養。気がつくとネットサーフィン、やらないように注意していたヤクオクに手をつけてしまった。元来の買い物大好きのバイヤー気質が勃然と。しかもガラクタに目がない。はずみで『四月と十月』を落札。届いたのを見たら、まだ手元に7冊も残っている最新号だった。

内藤さんは書く。この内藤さんの文が、いい。「ご自分の趣味で集めた様々なものを、現物でコラージュする。それを写真に納めたものが、大熊さんの作品。だったらその中に「四月と十月」を入れてもらおう。 / 大熊さんの生活の風景の中にある「四月と十月」。 / 大熊さんの趣味の中にある「四月と十月」。 / みなさんの「四月と十月」は、どんな風景にありますか?」。

いろいろなものを生活の風景の中に見てみたい。

さらに大熊さんは本文では、そのヤクオクで落札したらしい動物のぬいぐるみの写真に、タイトルは「パイル手芸社のぬいぐるみ」。おれがガキのころのぬいぐるみは、たしかに大熊さんが書くように、おがくずのつまったカタイぬいぐるみだった。「ああ、諸行無常」。パイル手芸社の創業者である三田村工社長が、動物の骨格から研究して世に送り出した、桐のおがくずのつまったカタイ優れた品質のぬいぐるみの数々。しかし、パンダブームを境に、「アクリル綿をつめたフワフワしたぬいぐるみばかり。この影響で次第にパイル手芸社の業績は低下し、平成四年五月、三田村社長の他界とともについに終止符を打つことになる」

平成軟弱フワフワ社会が葬り去ったものは、こんなところにもあったのか。

久家靖秀さんは、古墳部の旅行で立ち寄った、十三湖の海の写真。そういえば、あのとき、堤防の突端まで行って荒れる海の様子を見た久家さんは、カメラをとりにクルマまでもどったのだった。おれも、おなじ場所から撮った画像を、このブログに載せているがクリック地獄、やはりちがうねえ。ちがって、アタリマエ、くらべるのが、マチガイ。

古墳部部長の須曽明子さんは「不真面目礼賛」。いいねえ、フマジメ大好き。と、読めば、そこに「尊敬するEさんも」とあるが、この話、おれのことのようだ。いやあ、おれはマジメですよ。うふふふふ。ボクラハミンナリカイフノウ。

そして、ななんと、田口順二さんは「アトリエのかたづけ」で、ザ大衆食のことを。「よく本誌についても取り上げてくださっているし、なにより、エンテツさんの文章がおもしろい」と。いやあ、うれしいけど、照れちゃいますねえ。てれてれ。今回も『四月と十月』をネタにさせてもらっています。

編集長の牧野伊三夫さん、「便器との対話」って……。いや、マジな芸術活動に参加した話。北九州市の芸術祭だもの。だけど、便器なのだ。ちょうど、その作品ができあがったのは、『雲のうえ』5号のホンバン取材の最中だった。TOTO、ご存知ですよね。あの会社の本社、工場は北九州にある。その便器の素地を使って、しかも、まだ「やわらかい便器に手を加えて立体作品をつくるつもりだった」。いやははは、おもしろい。写真も載っている。なんじゃ、これは。「さて、しかし自分が一体何をつくったのかわからない」。おれにはもっとわからないよ。でも、これは「便器との対話」なのだ。

連載の有山達也さんは、集英社文庫の外回りのデザインの「競合プレゼン」に「気合を入れて参加してみた」話。無事にしとめ、いまそれが本屋の店頭にならんでいる。へえ、こんなふうに決まったのか。

「古墳部活動記 第8回 北東北の縄文を訪ねて」須曽明子さん。ああ、夏を思い出す。須曽さんは参加してない「前日出発隊」のことも詳しくあって、すっかり忘れていたが、釜石駅前の市場で食べた「たらの刺身」を思い出した。これ、撮影して画像があるのだけど、なんの刺身か見てもわからなくて困っていた。なにしろ食べ物が出ると、まず食べてしまって、メモするのも忘れちゃうもので。といったぐあいに、几帳面で真面目な須曽さんの文章のおかげで、いろいろ細かいところまで思い出した。

前号からだが、山部ができて「山部山行記」がある。今回は、箱根の鷹巣山と浅間山。おれも歩いたことがあるぞ。若菜晃子さんが書いている、そこに「マイヤマ」という言葉が。有名でもなくても、高くなくても。「たとえば、同じ山に何度も登るのも案外よいもの」。いや、まさに。いまのおれのマイヤマといえば、秩父あたりの山々だろうか。いや、まてよ、「八海山」とか「巻機」とか。でははは、これは、山の名前だけど酒の銘柄。マイ酒の山に登っているのですね。

ってことで、今号も充実の『四月と十月』でした。

『四月と十月』のサイト……クリック地獄

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2007/11/09

三峰神社で、都心と山林の深いつながりの跡を見つけ興奮する。

0711mitumine_okunoinきのうの最後の画像は、三峰神社の山門のそばにある狛犬の囲いだ。続きを書こう。

おれと大将は、三峰神社の拝殿で礼拝したあと、奥の院を拝む場所へ行った。三峰神社の本殿は、標高約千百数十メートルと思われるが、そこからさらに登った妙法ガ岳(1330m)に奥の院がある。往復2時間ぐらいのコースだが、そこまで行かなくても、山頂を仰いで拝める遥拝所があるのだ。最初の画像がそれ。そこから階段をおりると山門。つぎの画像。ほんらいは、こちらから入って登って遥拝所か本殿へむかうのだろうが、おれたちは逆から来たので、ここを降りて駐車場へ行くことになった。
0711mitumine_sanmon

そして、まさに山門を出ようとする手前で、狛犬の囲いにある赤い文字をなんとなく見た。そこには、クッキリ、「神田市場青果卸売組合」「講元 一清」とあった。「あれっ、大将、これ見てよ」。

よく見れば、一対の狛犬の台にも、「神田市場講」の文字がクッキリ。いちばん下の画像。そしてそして、山門の仁王のところには、「東京 木場 竪川 講社」の文字が。大将が叫んだ、「これみんな東京の下町の講の寄進なんだよ」「ほら、これは立石だ」「おっ、これは八州だ」

0711mitumine_sanmon2_2山門の見事な細工の灯篭には、「深川 巽 講」の文字が、かっこいい。

おれたちは、イマイチ何か欠けているような気がして探していたものを、その大事な手がかりを、ついにみつけたのだった。またもや、大将は夢中で写真を撮りはじめた。彼は、どんな本や教科書より、自身の歴史を語る何かを発見したにちがいなかった。

大将は、八丁堀で隅田川に親しんで育ち、いまも親しんでいる。隅田川は荒川につながり、荒川をさかのぼると秩父の源流地帯にいたる。東京の水源地帯でもある。三峰神社を抱く三峰山塊は、その大きな一角を占める。

前夜、大将は宿の古老に聞いた。荒川を通して、上流と下流は交流があったと思うけど、材木や産物の売り買いだけではない、もっと何かつながりあったのじゃないか。この問いに古老は、うまく答えられなかった。どうもイマイチ胸にストンとこないもやもやが残った。

そのもやもやが晴れた。「三峰山」の扁額を掲げた山門で見つけた講社の痕跡は、東京の生活と三峰神社、三峰神社がある三峰山塊、その山林や土地の暮らしと深いつながりを物語るものだった。これだけの山門、これだけの灯篭など、その金額は相当なものだろうけど、それを東京の町々の人びとの集まりである講が寄進している。これは、何を意味するのだろうか。おれたちの、思いは、ぶっとんだ。「これだよ、これ」。森林再生への道筋が、すこし見えてきた、ような、気がした。か。絶望のなかの針の穴ていどの光明か。いや簾から差し込む光ぐらいにはなるか。

0711mitumine_komainu三峰山塊を登りつめると、東京都の最高峰、雲取山(2017m)にいたる。雲取山のピークは3都県境になる。北が埼玉県で荒川の源流地帯である三峰山塊、南は山梨県、そして東は東京都で多摩川の源流地帯だ。荒川と多摩川、東京の生活と深い関わりのある二つの川は同じ山に源を発している。だけど、三峰神社に見られる講社の活動があった当時ほどは、都心の人間は、この山岳や山林に関心を持っていないだろう。山林地域と都心の生活のあいだにあったつながりは、どこかで切れてしまったのだ、ろうか。秋葉原駅そばの神田市場の跡に最近再開発されて建つ大きなビルは、そこにあった三峰山とつながる生活のすべてを、都市の記憶から消してしまったのだろうか。

人間は、食物連鎖の頂点にたつという見方がある。そのイメージは、いかにも人間がピラミッドの頂点にいるようだ。しかし、べつの見方をしてみれば、人間の食は川の流れの中流域であるともイメージできる。つまり、口に入るまでが上流、口から肛門までの身体のなかの管が中流である人間、肛門からあとが下流だ。そういう一つの川筋に生きている。その最上流に位置するのが森林、もちろん水の源でもある。そして下流域は糞尿下水処理。都会の生活でも、糞尿とは毎日接している。自分の身体から出るものだしね。上流も農業ぐらいまでは、メディアの力を借りてイメージできるだろうか。だけど森林は遠い。これほどメディアが発達し本はあふれているのに、遠い距離を補う想像力は不足している。山の紅葉を見ても、他者の景色であって、そこに自分が生きること食べることを「読む」ことはない。

今日は、ここまで。

今日はメールのやりとりで、なんだか、おもしろい企画が持ち上がっている。実現すると、おもしろいそう。

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2007/11/08

大量の電磁波の効能あるか、森林再生。

0711chichibu_tetouさてそれで、6日12時15分前ごろ秩父鉄道秩父駅で落ち合った大将とおれが、まず向かったところは、きのう書いたように温泉だった。マジメなエコロジストではないおれたちにとっては、温泉に入るのも、酒を飲みながらやる重要な玉簾型森林再生作戦なのだ。そりゃっ、大将が運転するクルマで、秩父駅前からブーンと一直線、荒川の橋を渡り山をこえ、約20分ほどで着いたのが「小鹿野クアパレス」。

露天風呂に入ると、大将は周囲の木々を指差し、名前をいう。なにしろ大将は東京の江戸、八丁堀の人間なのに、某大学の林業科卒だ。そしていまは、山林を借りて営林している。

おれが知っていたのは、藤の木だけ。蔓だし、花がドライフラワー状でぶらさがっていたから、おれにもわかる。だいたいおれは、高校山岳部のときから、植物の名前を覚えるのは苦手だった。

あがって体重をはかると、65キロ。おおっ、北九州の取材で70キロになった体重が、高校卒業以来何十年と変らない数値にもどっている。おれって、素直にできているんだなあ。貧乏だから太れないだけだよ。

今夜の宿になる山奥の元林業家の古老の家へ。2時半ごろ着いた。すでに部屋にはコタツが用意されている。あったまりながら、ただちに飲みだす。そのまま、とにかく飲む飲む、食べる食べる。が、しかし、ただ泊まるのではない、ここで古老から、むかしのこのあたりの林業について聞かなくてはならない。最初は気むずかしげにしていた古老も、飲むうちにだんだん口もなめらかになった。ひさしぶりに林業の話ができるのがうれしいようだった。なにしろ、このあたりでも林業なんかやりたがるものはいないよ、と何度もいっていた。彼に林業の話を聞きに来るものなどいないのだ。

大将が、かねての疑問をぶつける。戦後の短期間に、なぜ急激に杉檜林がふえたのか。むかしから日本の国土の70パーセントぐらいが山林については大きな変化はないけど、その70パーセントのなかの植生が、なぜこうも簡単に変ってしまったのか。背景に戦後復興の木材需要があったにしても、ほかになにかあるのではないか。

すると古老がいった。それは、このあたりでは、桑やコウゾを、ぜんぶ杉や檜にかえたからだよ。

おおっ、なるほど~。おれたちは、スッと疑問が解けた。そうか、ふつうなら山林を伐採しながら植林するから、そうは一気に植生は変らないが、もともと林業家は養蚕のための桑、和紙のためのコウゾを栽培していたのだ。これは畑のように栽培するから、そこに杉や檜の苗を植えればよいだけだった。というわけで、畑のような、ほかに何も植わってない杉檜林が、一気に広がったのだ。もちろん、ほかの山林にも植林するのだけど、急激に短期間に杉檜林が拡大したのは、それがあったからだ。

これは、いろいろなことを考えるうえで重要なヒントになる。古老からは、たくさん話を聞いたし、醤油まで自給自足だった話は、とてもおもしろかったが、とにかく、このことがいちばんの収穫だった。

そして、おれたちは、腹も脳みそも満足し、明日もあるからと9時半ごろには、かけぶとんを二枚もかけ、眠りについたのだった。

翌7日朝は、9時半ごろ出発した。まず行ったところが、「新秩父開閉所」だった。

前日、大将がクルマを運転しながら、あの山のうえのカブトのツノみたいなのはなんだ、といった。木ではない、怪物のような。山の上に、このへんならではの巨大な送電線の塔が立っているのだ。その鉄塔の周辺は、山のてっぺんまで杉林。紅葉する落葉樹は少ない。上の画像。これが昭和の植生破壊の姿だ。エコロジーなんぞは、まさに「古きよき」で装飾された昭和の尻拭いなのさ。では、鉄塔で、森林再生ということか。

おれは、以前に群馬県上野村、例の日航機墜落で有名になった村、そこの知人を訪ねての帰り、志賀坂峠をこええ小鹿野町に入るとき、その鉄塔の下を通った。そこには、じつに奇怪な景色があって印象に残った。その話を大将にした。で、大将が行ってみたいというのだ。

0711chichibu_kaiheiそこは、各地からの送電線つまり送電を、一度ここに集め、また分配しなおす、というかんじの施設だ。地方から東京への送電経路は、こういう開閉所をいくつか経由する。そのため、どこかで事故があって送電がとまっても、開閉所で切換し、ほかの送電経路を利用して送電するから、東京の利用者には、なんら支障をきたさない。東京の人間は、ノホホホーンと永久に停電などない「美しい日本」はいいなあ、と思って暮らしていける。

0711chichibu_kaihei_gaisiあちこちから送電線が集まってくるから、その重みに耐えられる巨大な鉄塔が、あたりの山のテッペンに立っている。巨大なロボット生物のようだ。鉄柵で囲われた、開閉所のなかは、大人の倍以上の高さはありそうな、巨大な碍子。すべて、むき出しのまま。不気味。以前来たときは、ビチバチ音を立てていたが、この日は天候の加減もあるのか、静かな中にブーンというかんじの音だった。

おおっ、すごい電磁波だ、これを浴びれば、効能絶大。血液は、ただちにサラサラになる。ガンも、ただちに治る。インポもハゲもなおる。いくらでも酒を飲める身体になる。頭だってよくなるぞ。商売繁盛するぞ。森林再生だって、簡単だ。サッカーもラグビーも世界一になれる。すべての温泉、すべての神社、すべての詐欺師やペテン師が唱える効能が、これで簡単に実現するのだあああああ。もう政治家はいらない。みな、小鹿野クアパレスで風呂を浴びたあとは、新秩父開閉所で電磁波を浴びて拝め。どんな大願も成就するだろう。

と、われわれは、そこでタップリ電磁波あび、写真を撮りまくった。興奮し撮影に熱中している大将の画像。じつは、彼はカメラマンでもある。いや、それが「本業」か。おれは、以前に当ブログに書いたが、そもそも彼を知るまえに、雑誌の名前忘れたが、田口ランディさんがメキシコ紀行を連載していて読んでいたが(あとで『オラ!メヒコ』角川文庫)、そこに登場する同行のトラブルマンのような奇怪なカメラマンがいる、それが大将だったのだ。彼には、まだ別の職業の顔もあるのだが、ま、いいや。

0711chichibu_mitumineそして最終目的地である元大滝村へ、元両神村を経由してむかったのだった。きのう書いたようにたずねながら、息を切らしながら、ついに、かえで植林地にたどりついた。そのあと、それでは帰ろうと、ついでに三峰神社におまいりをし、山門を出ようとする。そこで、「おっ、これを見て」とおれが見つけたのは……さらに周囲を見ると。おおっ、さっそく大量の電磁波様をあびた効果があらわれたのか。それとも三峰神社が信仰深いマジメなおれたちを導いてくれたのか(おれは、このときにかぎって、賽銭を100円も投げていた)。たぶんその両方だろう。これがまた森林再生のために大収穫だった。最後の、この画像。

この続きは、また後日。

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2007/11/07

メープルシロップのかえで植林地を探しに。

0711_sinrin_mitumineきのう。クルマの大将と鉄道のおれは、秩父鉄道秩父駅12時に待ち合わせ。2人とも少し早めに着く。

「腹へったね」「めしくいますか」「じゃあさ、温泉に入ってそばかなんか食べよう」「いいっすね」というぐあいに、男2人の気ままな、たぶん第三回の日本森林再生機構の活動が始まった。そして、おもわぬ収穫があって、2人とも大満足だった。やはり、なんだね、計画的にクソマジメにやるだけじゃなく、テキトウにフマジメにやると、思わぬ収穫があるものだ。

とにかく、今回の最大目的は、秩父の元大滝村あたりで行われているらしい、かえでの植林地を訪ねることだった。それは、かえでの植林をし育て、かえでからメープルシロップを得て、菓子づくりにいかそうということで始まった、らしい。秩父のそのあたりには、日本にあるかえでの全種類があって、むかし、山がいまのような杉と檜の林にかえられる前までは、山はかえでだらけだったとのことだ。

つまり、このかえでの植林は、むかしの山の植生に少しでも近づける活動であり、同時にメープルシロップで、山の林と人びとの生活を結ぶ活動でもある。そのように、おれたち2人だけの日本森林機構は考え、とにかく現場をみようということになったのだった。

戦後、日本は、世界に例を見ないぐらい短期に、杉や檜の植林で山の植生を大きく変えてしまった。人類の歴史にも、たぶんあまりないだろう環境の激変を、自分たちの手でやったのだ。それで、とにかく杉と檜だらけの山ができた。この影響は「花粉症」だけではなく、近海沿岸の漁業にまで影響をおよぼすことになったのだけど、ひとの手で短期のうちに変えてしまった植生を、どうしたら少しでももとの植生にもどすことができるか、それが「森林再生」の一つの課題なのだ。

しかし、今日は、けっこう汗流しながらきつかった。なにしろ、テキトウな2人であるから、よく下調べなどせず、訪ねていけばなんとかなるだろうと、聞きながら行った。最後は標高1100メートルあたりで、山歩きするはめに。しかもヤブというほどじゃないが、道のないところをあがったりさがったりウロウロ。大将は、抽選にはずれて出場できなくなったけど、東京マラソンに出るため走りこんでいた足で、さっさと歩く。この老人を、いたわる気持は、さっぱりない。おれは、あえぎあえぎ、必死で大将の背中を見ながらついてゆく。とにかく、夢中で歩きまわり、「あっ、これだ」と大将がみつけたそこには、杉の木のあいだに、ていねいに獣のよけのネットをまいて植林されたばかりのかえでが、思っていた以上に広範囲にあった。

0711_sinrin_mitumine_taisyo「しかし、これでメープルシロップがつくれるようになるのは、いつだろうか」と、おれが前途懐疑的につぶやくと、大将は力強く遠い未来を確信するように目を輝かせ「でも、誰かがやっておかなくては、なにもかわらないのだから」といったのだった。おお、なんと頼もしい姿。そうなのだ、われわれも、そのように、酒を飲みながらでもいい森林再生をはかろうと始めたのだった。

ってことで画像は、かえでの植林をみつけ、夢中で写真を撮る大将。
今日は疲れたから、このへんで。森林再生活動のための思わぬ収穫の話は、また後日。
やはり森林再生のためには、酒が強いだけじゃなく、足腰が強くなきゃだめだ。本日の教訓。今日は、朝食のときも、そのあとも、大将は運転しているし、マジメに一滴も飲まずに帰ってきた。

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2007/11/06

『雲のうえ』5号 みなさまのお声 その2

天気はよくないようだが、酒を飲みながら日本の森林の再生をはかる、「日本森林再生機構」の活動を林業雑業家の大将とやらねばならぬ。森林の再生は、ほんと、大変。肝臓がもつかしら。アレコレ忙しいときは、人様のブログから一部を転載させていただきリンクをはる。今回は、『雲のうえ』5号を置いてくださっているお店のブログから。京都と地元の浦和。

京都の「恵文社一乗店 店長日記」は、『雲のうえ』の編集委員たちが活躍する「クウネル」もからめ、ま、ある種の「クウネル現象」も考察されている。浦和のこのレコード屋さんは知らなかった、こんど行ってみよう。どちらも、『雲のうえ』が自分の町のありかたを考えることになっているのも、おもしろい。

酒を飲みながら町のコアであり歴史である商店文化の普及をはかる、日本商店文化振興協会でも立ち上げたいものだ。


恵文社一乗店 店長日記
2007-11-05 雲のうえ
http://d.hatena.ne.jp/keibunsha/20071105

今号の特集は「はたらく食堂」。ちくま文庫から美味しそうな庶民食考を出版されていた遠藤哲夫さんが、北九州の大衆食堂をルポタージュされています。湾岸の埋め立て工業地帯に隣する、24時間営業の大衆食堂、20数年間同じ食堂に通い続ける常連さんを拝みにカウンターだけの定食屋で酒を飲み、おでん100円の店のメニューにステーキを見つける。

『雲のうえ』にはレジャー・パークも、市がスポンサーとなった大規模なコンサートの情報なんかも掲載されていませんが、確かに福岡まで足を運んでどこかの酒屋で「角打ち」したくなっていまう魅力はあります。別にここに載っているところに行かなくっても、自分の町とは違う空気を確実に感じるし、ふらりとその風にあたりたくもなる。

京都だって寺社仏閣と現代アートのフュージョン、みたいなバブリーなことやってるとごく当たり前の商店文化の大切さを見過ごしてしまうのではないでしょうか。どなたか一乗寺のルポをやる際には是非私を起用してください。

現在店頭にて配布中ですが、無料配布物なのであるときはあるし、ないときはありません。偶然見つけたら手に取ってみてください。


アスカタスナ レコード&カンパニー
さいたま市浦和区東仲町9-11にあるレコード屋
アスカタスナのブログ。
11月2日 "雲のうえ 5号" 入荷しました
http://askatasuna.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/5_5b52.html

好評の"雲のうえ"の5号が届きました、特集「はたらく食堂。」タイトル通り北九州市の味わい深い大衆食堂を今回は「ぶっかけめしの悦楽」「汁かけめし快食學」の著作で知られる遠藤哲夫さんが巡ります。

生活保護問題やら何かと騒がれる事も多い北九州市ですがこういった地道な努力をなさってたりもするんですから頑張っていただきたいと思うワケです。報道されるのが「悪い事」ばっかりじゃいかんよね。あ、いかんのは報道してる側の問題ですね。それにしてもわが街、浦和/さいたまの広報誌の味気ないコトといったら…市政というか権力者とべったりの連中だけで何事も決定されてますもんね、この街。

*店頭でも鋭意配布中ですのでお立ち寄りくださいませ。

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2007/11/05

アジフライに関する無限的研究 その3

Ajihurai_ikebukuro071104きのう池袋のリブロ前あたりで新規開拓した大衆酒場のアジフライ。
本日は多忙につき、文章はあとで。

思いつくまま備忘メモ。
一人前、アジフライ2つで500円のところ、3人だったから一枚加えてもらった。
その2に画像があるいづみやのものより一回り小さい。そして、いづみやのほうが正三角形に近い。アジが小さすぎても大きすぎても、正三角形から遠ざかるようだ。正三角形に近いほど「よいアジフライ」という学説は正しいのだろうか。

あきらかに冷凍アジフライを揚げたもの。油ぎれはよかったが、やや揚げすぎで、アジの味が少し殺された。冷凍ものをバカにしてはならない。揚げ方しだいだし、むしろ微妙なコントロールがいる。
そえものキャベツが、シーズンのためかタップリあって、うまく、ソースかけながら食べるとよいつまみになった。
画像、右端のポテトサラダが、400円で量も多くうまかった。
自家製のさつまあげが、げんこつ状のもので、うまかった。
サッポロラガーがあって、安い。

2007/10/24
アジフライに関する無限的研究 その2

2007/10/19
アジフライに関する無限的研究、中間発表

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池袋で泥酔

きのう。午後、千駄ヶ谷でナンタラアンタラドメインヘロヘロなる打ち合わせ会議。半分ぐらいおれの知らない横文字言葉をつかうやつらばかりだったが、それでも話のなかみはわかる。ってえことは、その横文字言葉、ほとんど意味ない。かっこうつけ。ビジネスマンが、そんなことでいいのか。ねえ、ナンタラアンタラ。

おわって、池袋で、古書現世あんどわめぞ外市あんどワメトーク帰りの、愛人8号あんどシノさんと落ち合って飲む。シノさんに酒(登龍)をもらう。一軒目、東口の飲み屋、ナンダカ記念とやらでクジをやっていて、ひいたらワイシャツが当る。塩山芳明×内澤旬子を踏みつけながら飲む。トーク会場で売っていた塩山本は買わなかったと。さすが、おれの「教え子」だ。でも、ワメトークがらみの連中が飲んでいたら一緒に飲もうと思って古書現世のセドローくんに電話。セドローくんは、まだシゴト中。声がでかくて聞きとりにくい。身体だけじゃなく声もでかい。なんとか、警察署のそばのナントカに行ったらしいとわかり、行くが帰ったあと。近くの飲み屋で飲む。ようするに泥酔。今朝は、二日酔いだが、ふわふわ気分がよい。

早稲田の古書現世に『雲のうえ』5号あります。

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2007/11/04

魑魅魍魎業界というべき「活字文化」業界。

きのうは、たしか「文化の日」ではなかったかと思う。よく考えたら、いつごろナゼこのような日が決まったのか知らない。かといって調べてみる気も起きない。いまや排便の仕方まで文化になりそうなほど、文化といえばイイこと、という感じである。それこそ文化はつる国の現象だろうが、本数冊書いたぐらいで、オピニオンリーダー顔している、「作家」だの「ライター」だのはざらだ。

本の内容は問われない、本が文化であり、活字が文化であり、読書が文化なのだ。全国のソープランドをペログリやって歩いても「文化活動」とはみられないし公序良俗文化のマスコミの話題にはならないが、古本屋めぐりなら「文化活動」とみなされ公序良俗文化のマスコミの話題になる。ある種の偏執した蒐集であることでは同じゆがんだ文化なのに、ソープランドめぐりをやる連中より、古本屋めぐりのほうが趣味がよい、人間として上等だと思っている連中が多いようだ。「読書ブログ」というのか「古本ブログ」というのか、そういうことをやっている人たち、今日買った女、今日やった女、という感じと変らないことを、買った本だの読んだ本だのをブログに公開して得意顔だ。それなら、小林一茶のように、女房とやったセックスの回数も日記に書いておけと言いたい。もちろん大衆食堂めぐりや大衆酒場めぐりの連中もおなじ。

もっとも、たとえば「エロ漫画編集者」の肩書の塩山芳明大キンタマ先生のようなひともいる。エロ漫画も純文学もおなじだ。単に教養がなく性格がゆがんでいるしコンプレックスのかたまりにすぎないのだが、そうなのだ。今日の午後は、その塩山さんが登場するワメトークがある。このブログでも何度か「わめぞ」の活動については紹介し応援している。んで、今日のそのワメートークだが、塩山さんの相方は肉を切り刻み血をみるの大好き女←左サイドバーの「アステア・エンテツ犬」を描いてくださった内澤画伯なのだが、おれが月一ペースでやっている飲み人の会に参加のやつが2人も、聞きに行くのだそうだ。まったく、おまえら、バカか。自虐加虐の集団SMプレーに参加するようなものだ。塩山の精液と内澤のツバを飲み込んで溜飲さげて……ううううう、気持わるううううう。塩山本新刊『東京の暴れん坊 俺が踏みつけた映画・古本・エロ漫画』(右文書院・定価2100円)11月12日発売!!! こんな口先だけ強がりの腰抜け犬の遠吠え本を買うより、送料200円だけで『雲のうえ』5号を取り寄せたほうがよい。でも、ま、ご祝儀代わりに塩山総指揮のサイトにリンク…クリック地獄

ということを今日は書きたいのではない。今朝は、じつに気分がいい。というのも、右サイドのコメント欄、2007/10/03「『汁かけめし快食學』絶版によせて。おれが愛した大衆食。」のコメントだ。「大」さんという方からだが、ここに記念に転載しておこう。このような読者の方が1人でもふえるということが、この本の存在意義なのだな。とにかく、素直にうれしい。塩山×内澤トークなんて聞いてよろこんでいるやつら、少しは、この方をみならいなさい。………


はじめまして。

 先日図書館で偶然貴兄の書籍を拝見し、カレーライスと
汁かけめし、のご洞察よみ、とても感動しました。
 目からうろこ、といった感じでした。

 こんな素晴らしい本が、もう手に入らなくなるのは
とても悲しいことだと思います。


 お怒り、ごもっとも、と思います。

…………

おもえば、あれは9月末から始まった。出版業界の某紳士とのケンカ。そしたら、2日に筑摩書房から連絡があって、『汁かけめし快食學』を絶版にすると。ま、いろいろなウワサからすると、絶版になるだろうとはカクゴしていたから、編集者にも「カクゴ」していたと返信した。が、いかにも、タイミングが悪い。その某紳士とのケンカは、この絶版とは直接関係はないとは思うが、その根っこにあるものは共通しているとおもった。「IQが高くて、要領のいい人たちの、良い就職先」(by守屋淳「書評のメルマガ」vol.335)であるマスコミや出版業界じゃだめなのだな。「狎れ合って自分たちの利益を守る集団にそりゃ堕しちゃうんでしょうね……」(同)。暗躍する紳士な「作家」?「評論家」?「出版プロデューサー」?「フィクサー」?…実業のスーパーマーケットや飲食店の現場の人たちのほうが、はるかにマットウだ。

ま、いいさ、もう終わったことなのだ。チト、この自分の騒動は、ひさしぶりに本気に腹を立てた。「こういう人間は許せない」というふうに感情的になることはないほうなのだが、今回は、そのようになりかかった。で、ブログにその腹を少しだけ出した。ま、婉曲で、おだやかな書き方のほうだ。それがまたいろんな人にカンチガイされて、ややこしいことになったのだが、もうそれもいまとなっては、どうでもよい。こんなことはあまりないだろうから、自分のメモとして、その関係のエントリーをまとめておく。みなさんには関係ない。

とにかく、今朝は、気分がよい。9月末から続いていた、イマイチすっきりしない気分が晴れた。大さん、どうもありがとうございます。

2007/09/30
酒のツキアイ

2007/10/02
祝、『汁かけめし快食學』絶版

2007/10/03
『汁かけめし快食學』絶版によせて。おれが愛した大衆食。

2007/10/05
ウソとホント、ヨミは難しい。叙述と構造と料理の関係または無関係

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2007/11/03

新宿で打ち合わせ飲み、やや二日酔い。

きのう。10月31日に書いた「兵庫のおじさん」の須田さんと、お互い時間の都合がついたので新宿で飲んだ。須田さんから「何か一緒にできないか」という話の企画書を見せてもらいながら、あれこれ盛り上がる。

考えたら、須田さんとは何度か飲んでいるが、2人だけでしかも仕事の話をするのは初めてだ。コメディーライターだけど、『モンティー・バイソン大全』の著者でもあるから、ただのドタバタコメディーのひとではないと知っていたが、なるほどなかなかおもしろい。けっこう共通の問題意識を持っていることもわかった。

メディアの動向、亀田モンダイの「底」にあるもの。そうか。いや、とにかく、この企画はおもしろい、あれこれアイデアを話しているうちに、どんどんズレて、須田さんの口をついて出てきた名前が、おれの知っているMさん。なんとまあ、世間は狭いというか類は友をよぶというか。しかも須田さんのほうが付き合いが深い。おれは人の年齢などあまり気にしないからMさんは40歳近くかと思っていたが、まだ30歳そこそこだという、それにしてはすごい才能だ。ってえと、こんど共通の知人であるMさんとナベさん女王様と彼女とただならぬ関係の漫画家Tさんと一緒に飲むと、とんでもなくおもしろいことになりそうだ、ぜひやろう。

10月31日のところに紹介したように須田さんは経堂の住人で「経堂系ドットコム」もやっている。おれは60年代後半というか70年前後、経堂に職場があって、毎日のように経堂で飲んでいた。そのころおれがよく行っていた飲み屋2軒とも、まだあるのだ。むかしの経堂の話と、いまの経堂の話でこれまた盛り上がり。

ところで、「兵庫のおじさん」は、どうして「兵庫」なの。須田さんは、そっち方面の出身だと思っていたら、大阪の河内もんだった。「兵庫」にしたのは、「大阪のおばさん」「大阪のおじさん」はよくあるから、わざとズラして「兵庫」にしたのだそうだ。講談社の『KING』に「兵庫のおじさんの人生相談」という連載もやっていて、それをもらってきたから、さきほど二日酔いの頭で見た。なんとまあ、あやしいおもしろい。一緒に何かできたら、おもしろいことになりそう。

とかとか。須田さんは日本酒を飲むので、ガンガンやって、ウゲッ、やはりこうやってパソコンの画面を見ていると気持わるくなるから、書くのやめた。

そうそう、あるチョイ有名人は、『汁かけめし快食學』を仕事場と自宅の両方において愛読しているのだそうだ。この話しも、うれしおもしろかった。

そして閉店で追い出されるまで飲んで、北浦和について、また飲んだのでした。うげげげげ、きもちわるううううう。

きのうは、あと『四月と十月』の最新号が届いた。そのことは、またのちほど。

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2007/11/01

『雲のうえ』5号 みなさまのお声

今日は、なんだか午後から急に忙しくなった。メールのやりとりが多く、まだ対応し切れてないうちに疲れた。カンチガイした内容の返信をしたものもあるような気がする。すみません。やはり、せかせかやるのは、よくないね。とはいえね、ファックスと電話とメールを併用してやりとりとなると、まためんどうだし。

知人の会社の営業は、携帯メールに上役やら管理部門からのメールが多く、読むだけでも大変で、顧客へのメール対応が遅れたり雑になりがちだそうだ。上役だの管理部門は、現場の営業の立場など考えずに、ムチを打つように、がんがんメールをぶちこんで成績を上げようと煽るのが仕事だと思っているからな。人間は競走馬じゃないんだよ。

それはそうと、『雲のうえ』5号に関する反応を教えてくださったかたもいて、どうもありがとうございます。配布がゆきわたるのは、これからだけど、2件、うれしい、そして心配な声。一部を引用させてもらいます。直接ご覧ください。

とりあえず、今日は、こんなところで。


社長ブログ 新北九州空港へ「あいのりタクシー北空便」
10月27日 雲のうえ 5号
http://www.ainoritaxi.com/news/2007/10/5.html

北九州広報誌「雲のうえ」5号が10月25日に発行されました。
 テーマは、「はたらく食堂」。とても味のある写真とともに、昔ながらの食堂が紹介されています。工業地帯の街らしい食堂が、北九州らしさを上手に表現しています。

この広報誌は、「自分たちの北九州市のいいところを見せたい」という市の職員の熱意でもって生まれたものだと思います。しかし、これも財務だけしか見れない人から反対の意見が出るという噂を耳にしました。北九州市に今必要なのは「心」ではないでしょうか?この雑誌は、それをよく表現しています。絶対に続けて欲しいと願っています。


b.r.b.r.
11月1日 『雲のうえ 5』北九州市
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今回は表紙に「めし大盛りにしとって!」とあるように、北九州市の食堂特集です。いつも写真と文章がとても良いという話をしていますが、5はコピーもかなりグッときました。

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