「雲のうえ」ロケハン。人間としての弱みや正しさを抱えながら。
きのうも書いた「雲のうえ」5号に関する「お声」。おれは「いい仕事」「よくできている」というような声だけを取り上げてきた。それは、いわゆる作品的な評価であるが、「雲のうえ」は、PR誌なのだ。
たしかに作品的なイメージのよしあしが好感度には関係する。でも、読んでもらったら、「よい雑誌だね」だけではなく、「一度は北九州へ行ってみたいな」ぐらいの気分を持ってもらえるかどうか、PR誌としてはカギになる。
それについはあまり紹介してないが、そういう声はけっこうある。「次の旅行はスターフライヤーで北九州に行こうと思わせるのだから、やはり優秀なPR誌である」(楽々雑記 雲のうえ 2007-12-03)というお声などは、その両方の関係を評価されたものだろう。
おれは、2007/11/06「『雲のうえ』5号 みなさまのお声 その2」で紹介した、「恵文社一乗店 店長日記 2007-11-05 雲のうえ」に「別にここに載っているところに行かなくっても、自分の町とは違う空気を確実に感じるし、ふらりとその風にあたりたくもなる」と書かれてあったことが、とくにうれしかった。
おれは取材執筆だけではなく、ロケハンから掲載する食堂の選択にまで関わっているので、その選択のときから、まさにこの店長さんの言葉のように「ここに載っているところに行かなくっても……」という感じを、選ばれた店について語りながら伝えたい、登場する店は登場しない店をも語れるものでなくてはいけないという考えがあった。それは、はずされた店を好んで利用しているひとが、この特集を見ても、なんだか自分が好きな店のことを書いていると思えるようにしたいということでもあった。今回の食堂の選択には、そういう思いも関係している。
とにかく、7月17日の朝から始まったロケハンの前に、おれの手元には、北九州市の担当課が行ったアンケートの回答用紙のコピーが送られてきた。この段階で、すでに特集の土台になる大枠が決まっていたといえる。そこには、市の担当の方の思いや編集委員の思いが反映していたといえるだろう。
特集本文にも書いたが、おれが最初に見せてもらった企画書には、「名物はなくても、有名店でなくても、いつか訪れてみたい食の場所」とあった。そして、アンケートの前文(依頼文)には、「北九州の尽きない活力。それを支えるのが、たくましい「食」の現場です。観光名所やいわゆる「名店」だけではない」…「一般的な情報誌にはなかなか載らない、実感のこもった情報を求めています」とあった。
そのアンケートの回答は50数通に、食堂は百数十店ほどあった。そこから、ロケハンの対象リストに残ったのは約50店。ここまでの選択に、おれは直接は関係してないが、メールで送られてきたロケハンスケジュールにある店とアンケートの回答を見比べて、この特集に求められるおおよその大枠の見当はついた。
おれが気になるので加えてもらった店、ロケハンの途中で見かけて入った店、リストにあったが入れなかった店もあって、結果的に約50店が残った。そこから取材する27店を選んだ。
このばあい大事なことは、いま書いたように、「選ぶが、捨てない」ということだったと思う。そこは、点数で人間をふりわければよい学校や、星の数で店をふるいにかければよいミシュランとは違うのだ。みな街に生きる人たち、みな街に生きる食堂だ。
生身の人間は、学校やミシュランのように都合よくはいかない。弱みや正しさを抱えながら生きている。多くのひとは、それぞれ正しく生きたいと思いながら、屈託や苦悩を抱えて、日々めしを食べ生きる。学校のテストや、法律や倫理という枠組みは、必ずしも屈託や苦悩を解決しない、むしろそれを拡大しかねない。でも「食」と「性」は、「愛」だもんね。生身の人間につきまとうものであって、法律や倫理といったもので律することはできない。「愛」だよ「愛」。食堂だって、おれだって、そういう生身の人間なのだ。だから、ほんとうは、一店でも捨てられない。ま、そんな思いだ。
それで、と、上の画像は、アンケート回答用紙とロケハンスケジュール表。いずれも、北九州市の担当課のお二人の職員の方の尽力の結果だ。お二人は、職務とはいえ、これが「役所の人間」かと思われるほど、なんてのかな、やはり「愚直」ということだろうか、すばらしい「雲のうえ」の土台なのだ。ま、そういう「無名性」の「日常」が、見えないところを左右しているのであって、「表現」なんてのは、いちばん最後のオイシイところを、その土台が無にならないように仕上げるにすぎない。ということを、また、これらの資料を見ながらシミジミ思った。
人間としての弱みや正しさを抱えながら、ガツンと生きる。それがまあ、「気どるな力強くめしをくえ」ってことであるかも知れんな。
左の画像は、小倉駅7,8番線ホームの立ち食い。アンケートでは、ここをオススメのひとが何人かいたが、最終的に掲載にならなかった。7月16日の夕刻東京発の寝台特急で、小倉に朝着いたおれと牧野さんの、ロケハン第一歩は、まずこの立ち食いだった。このあとすぐ、改札で待つ市の担当の方と食堂へ向かい、「愛」どころか、怒涛の食い地獄の苦しみのロケハンになるのだった。人を愛する喜びと苦しみ、食べる喜びと苦しみ、酒を飲む喜びと二日酔いの苦しみ、ああ、それが人生なのだ。
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