「わるのりの七〇年代」
「グルメ」について。かつての「食通文化」の大衆化とみることができるし、どこかでそのように書いた気もする。だけど、本質的にちがうところがある。それが気になって考えていたが、やはり、これなんだな、つまり「わるのり」なのだ。
ご本人たちは、メディアから「グルメ」なる呼称を与えられてうれしいらしく、堂々と自ら「グルメ」を名のったりしているが、本当のグルメはわずか、たいがいは「わるのり」にすぎない。
一部のメディアは、「ゲーム感覚のグルメ」という言い方をしたことがあるが、それは「わるのり」のイメージにつながるものだろう。
80年代の中ごろに赤塚行雄著『戦後欲望史』(講談社文庫)が刊行された。これは、「混乱の40・50年代篇」「黄金の六〇年代篇」「転換の七、八〇年代篇」の三部作。
人間の欲望は、他の動物の欲望とちがって、そのままストレートに行動に結びつくのではない。ある種の「文化装置」のなかで置き換えられて行動化される。だから、たとえばメディアなる文化装置が有効に機能するわけだけど、欲望は、心理的精神的な影響を受けて表出する。本書は、欲望が、どんな心理的精神的状況を生んだか、あるいは、時代のどんな心理的精神的影響を受けてきたかの戦後史、といえるだろう。
「転換の七、八〇年代篇」で赤塚行雄さんは、「「わるのりの七〇年代」へ」について書いている。これを読むと、1970年代にはじまった「わるのり」ぐあいは、コンニチまで、様々な混乱と増幅のうちに続いていることがわかる。卓見というほかない。
「七〇年代は、六〇年代ほどドラマティックではなかった。ドラマティックではなかったが、七〇年代には、却って六〇年代よりもドラスティックな変化が無言のうちに進行してきていたのである。」
それを、赤塚行雄さんは「会社経済」から「個人経済」への移行だという。「わるのり」の根底には、そういうドラスティックな変化がある。
「わるのり」とは、いうまでもなく「調子にのりすぎ」ということだ。
一緒に騒ぐ。あるいは、そうなのだ、いまでも紳助などがやっている、そしてその紳助も、この時代に登場するのだが、「ブス、ババア、アホ、貧乏人、田舎っぺなどが徹底的に差別され、パロディ化される」。つまりは「弱者いびり」が大うけする。これは、辛口評論や毒舌の「流行」にも関係しているだろう。
頼まれもしないのに、店や料理を採点して歩き偉そうにし、ときには「辛口」の評価が自慢げにしている。だいたいね、グルメ本書いたぐらいで「先生」と呼ばれ文化人気取りなんて「わるのり」以外のなにものでもない。それも、高級な難しいほうへ向かって辛口するなら、まだわかる、組しやすい大衆店を食べ歩いて「グルメ」だなんて、「わるのり」以外のなにものでもないだろう。へたすりゃ、それこそ「弱者いびり」だ。
おっとっと、そういうことじゃない。「キモめし(キモイめし)」だが、これは、その1970年代から始まった、やめられないとまらない「わるのり」に対して、毒をもって毒を制しようという洒落でもあるのだ。そういえば「キモい」という言葉も、この「わるのりの時代」が用意したのかも知れないな。「ストップ・ザ・わるのり」が「キモめし」のココロでもある。グルメやるなら、「わるのり」ではなく、ちゃんとグルメをやれ、ということでもある。
ああ、赤ワインの「わるのり」か、午前2時だよ。
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