「ぷあん」と「阿部食堂」のち経堂4軒はしご泥酔。
きのうは「マイコメ」の「エンテツの大衆食道」の撮影。西荻窪駅14時集合。逆井智紀さんとおれ。「ぷあん」にこんにちは。もしかすると06年11月19日以来か、ひさしぶりだ。
例によって打ち合わせ台本ナシのぶっつけ本番。「ぷあん」は「アジアのごはんとカレー」の店。これまで、ここのメニューは食べつくすほど食べているが、いつも酒のつまみに食べ、なぜかすごく酔うタイのウイスキー「メコン」を呑んでは泥酔し、まっとうにメシを食べたことがない。なので日替わり2種のカレーを食べる。カウンターから離れたテーブル席、食べながら一人でしゃべらなくてはいけないから苦労する。でも、なんとか、やれた。ここの「アジアのごはん」は、ほとんどが汁かけめしだから、そのウンチクをたれながら食べた。いつものことだが、うまい。つい、あとのことも考えずに完食してしまった。腹いっぱい。ごちそうさま。
「ぷあん」は、あっこさんに誘われ2003年の開業早々から行っている。今年で5周年。めでたし、めでたし。
3時ごろ終了。つぎ、祖師谷大蔵の阿部食堂。西荻窪駅で、近くで打ち合わせをしていた須田さんが合流。阿部食堂は、ぷあん開業の年に『散歩の達人』の取材で訪ねて以来。その路地も、ときどき行ったバー古代楼やスナックも、そのままある。阿部食堂のオヤジさんも美人の奥さんも、変わらず5年の歳月を感じさせない若さのままだった。
腹いっぱいでメシはくえないから、豚汁を食べながらビール中びんを2本呑む。75歳の常連さんがいて、一緒にしゃべりながら撮影。大いに盛り上がる。
5時ごろ終了。打ち上げ呑みをやる予定だった蕎麦屋が休みなので、須田さんの地元、経堂へ移動。一軒目、40年ぶりに入る「鳥八」。二軒目、「きはち」。三軒目、「大田尻家」。泥酔状態。帰ろうと3人ですずらん通りを駅へ向かう。と、店のドアをあけて須田さんに声をかけるひとあり、そこでもう一軒、店名覚えてない。ここで、たしか自家製の生ハムを食べたと思うのだが、それは薄切りではなく、クサヤのようにさいたカタチで出てきて、ニンニクやトウガラシのスライスしたやつと一緒に食べる。一口食べると、身もだえするほど激しく辛くて、少し酔いが醒める。帰らなくてはならない時間になり、なんとかいうミュージシャンと話し込んでいる須田さんと逆井さんを残し、お先に失礼。経堂で電車に乗ったあたりから記憶喪失。
逆井さんから、「エンテツの大衆食道」4回分を焼いたCDを受けとる。
須田さんから、明日発売の、須田さんが監修(書いてもいる)の『笑論』(バジリコ。サブタイトルは「ニッポンお笑い進化論」)をもらう。
http://www.basilico.co.jp/book/books/9784862380913.html
5月21日(水)新宿ロフトプラスワンにて開催される(19時半から23時くらいの予定)「モンティ・パイソン・ナイト」。詳細が決まってないので、ああでもないこうでもない、やっぱりケラサンを呼ばなくてはとか話すうち、「エンテツの大衆食道」の映像がたまったら阿佐ヶ谷のロフトでやろうなんていう話にまでなる。
元CJのMさんのこんどの移籍先は吉本で、「自分の雑誌」を出す準備で忙しい、などなどアレコレの話。逆井さんが亡き池波正太郎宅を撮影したときのことは印象的。
とにかく、いま12時過ぎだが、近年まれな身もだえするほど激しい二日酔い。いったい何をどれだけ呑んだのだろう。鳥八ではホッピー、きはちでは芋焼酎をロックで、太田尻家では池田候を呑んだのをおぼえている。最後の店は、なにを呑んだか、まったく記憶がない。とりあえず、これだけ書くのがやっと。
あとで「正常化」したら書き足すかもしれない。
書き足した。けっきょく、きょうは一日中、腹が周期的に痛くなり、苦しかった。ああ。
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