地震、盛岡「てくり」池袋「鬼子母神」わめぞ古本市。厠。
きょうの「岩手・宮城内陸地震地震」。震源に近い一関には、4月に取材で行った。世嬉の一酒造の蔵造りのレストランや地ビール工場、みな大正から昭和初期の酒蔵を利用している。建物は大丈夫だとしても、食器類や瓶詰めされた酒類など被害は小さくはないだろう。
先週の金曜日、立ち話でナンダロウさんに「15日、木村さんが盛岡で古本市やるの行きます?」といわれた。そういえば木村嬢が週の半ばから盛岡へ行くといっていたが、それかと思いながら、「えっそうなの、行きたいなあ」といった。古本市は、たいして興味ないが、いまごろの盛岡は、よいにちがいないし、雑誌「てくり」の人たちにも会ってみたい、かなり行く気になった。いろいろあって断念。
盛岡と震源地は距離があるから心配はないだろうし、電話も混むだろと思って、電話はしない。きっと、盛岡のサキさんは忙しいことになっているにちがいない。仙台のナベさんも、心配ないだろう。
「わめぞ」古書現世のセドローくんのはてなを見たら、すぐさま木村嬢に電話して、古本市の開催を確認している。さすがだ。盛岡「てくり」の古本市は、きょうあす。
そのセドローくんのきょうのはてなは、2008-06-14「明日はメトロにのって鬼子母神へ」と、「東京メトロ副都心線雑司ヶ谷駅開業記念祝賀会協賛イベント〈わめぞ〉の鬼子母神古本まつり」の告知。
なにやら、そういうことで、わめぞも鬼子母神も好きだから、あすは行くとしよう。鬼子母神の空気を吸ったことがないひとは、この機会にぜひ。
2006/11/07「池袋辺境徘徊のち西川口いづみや」に書いたが、鬼子母神門前の江戸期の茶屋跡は、10数年前、発掘のときに見た。
わずか1~2メートルの地下に江戸期が埋まっていることも不思議だった。江戸期のトックリ、青絵の皿などが、すばらしかった。発掘されたのをみて、どんな女や客が、これを手にしたのか想像するのは楽しかった。国立博物館なんぞで見るのとちがって、生活の生々しさを感じた。江戸期のニンゲンが、すぐそこで呼吸をしているような。でも、イチバン感動したのは、厠のあとだった。
そこは、いま小さな公園になって、便所がある。ひとは無にかえるが、飲食の道具と便所は残る。くうことウンコすることは続く。どこまでも続くよ、飲食と排泄。ひとはめしをくいクソをしながら、天災人災理不尽不条理を生き抜いて無にかえる。そんなことは知ってるよ、そんなことは知らねえよ。
ああ、酔った。ちかごろ、酒に弱くなったか。それとも、単なる飲みすぎか。世嬉の一酒造の、いちばん古い蔵の画像を掲載しておこう。正面。大正年間の建築で、土蔵造りとしては東北一の大きさだとか。
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