「人の考えつくこと」
ユキに「あまり仕事が好きじゃないの?」と言われた「僕」は、こう言う。
「駄目だね。好きになんかなれない、とても。何の意味もないことだよ。美味い店をみつける。雑誌に出してみんなに紹介する。ここに行きなさい。こういうものを食べなさい。でもどうしてわざわざそんなことしなくちゃいけないんだろう? みんな勝手に自分の好きなものを食べていればいいじゃないか。そうだろう? どうして他人に食い物屋のことまでいちいち教えてもらわなくちゃならないんだ? どうしてメニューの選び方まで教えてもらわなくちゃならないんだ? そしてね、そういうところで紹介される店って、有名になるに従って味もサービスもどんどん落ちていくんだ。十中八、九はね。需要と供給のバランスが崩れるからだよ。それが僕らのやっていることだよ。何かをみつけては、それをひとつひとつ丁寧におとしめていくんだ。真っ白なものをみつけては、垢だらけにしていくんだ。それを人々は情報と呼ぶ。生活空間の隅から隅まで隙を残さずに底網ですくっていくことを情報の洗練化と呼ぶ。そういうことにとことんうんざりする。自分でやっていて」
バブルでグルメな真っ最中1988年に発行の村上春樹さんの『ダンス・ダンス・ダンス』から。当時、グルメをリードするイケイケ情報誌というと、『Hanako』(マガジンハウス)だった。男たちの多くは、ハナコさんたちのグルメなバカ騒ぎを冷ややかに、あるいは揶揄しながら眺めていた。この一文あたりに、そういう背景を垣間見ることができるような気がする。
もちろん、いつの時代にも女の歓心をかいモテたいとおもう男たちはいるわけで、『Hanako』を買う男たちもいた。「おやじギャル」なるものが生まれ、ギャルはおやじの領域にイケイケと入り込み、おやじは、ようするに女と近づけるならよいのだ。おやじたちもハナコさんになっていった。ゆきついたところが、2009/02/13「そういう「大人の男」の時代なのか。」ということなのだな。「男もいい年になったら行きつけの居酒屋をもちたい。「時間が空いた、ちょっと飲むか」という時に、どこへ行こうかと迷うようではちと淋しい」なんて書かれて、大きなお世話だとおもう「大人の男」たちは、いまや少ないのだろう。さみしいことだ。ああ、さみしい。
ところで、『ダンス・ダンス・ダンス』のあとのこと。『RackAceラックエース』という東京出版販売(現トーハン)のPR誌の1990年1月号に、「話題誌編集長10人の予言 90年代雑誌はどう変るか!?」の特集がある。そこで、当時の『Hanako』の編集長、椎根和さんは、こんなことを言っている。10人のなかで、この人の発言が、いちばんおもしろいのだが。
「企業は、いま税金対策に困っていて、それを広告に、回したがる。そんな企業の好況感が続いている間は、次々に雑誌が生まれるでしょう。その代わり模倣は当たり前になる。雑誌の個性はどんどん消えていく。なぜなら若い編集者は個性化など望んでいないからです。」
「だから、コンピュータグラフィックスや音楽には新しいものが生まれるかもしれませんが、活字文化の中ではまず無理でしょう。またほとんどの文化領域で、60年代後半から70年代前半に登場した人々が実権を握り続けると思います。90年代は、そうした意味で、面白い雑誌が生まれる可能性は非常に狭まっていくと思いますね。」
「若い男性は、10年前まではまだ行動力がありました。われわれもそれに見合った雑誌作りを行っていた。しかしいまは、いかにして女にモテるかという雑誌ばかりです。ほとんど頭打ちになっていると言っていい。」
椎根さんは、おれより1年上の1942年生まれ。なかなか卓見ではないか。ぐふふふふ、45年の敗戦前の、日本がやばくなってきた42、3年ごろ生まれというのは、シャープな頭を持っているのさ。
しかし、いまでも、とくに男の編集者は、「個性化など望んでいない」「いかにして女にモテるか」ばかり考えているようだ。そんな連中を、女を連れていくとモテるらしい酒場で、ときどき見かける。編集者の周辺の、フリーらしい美人スタッフや、あるいは芸術家文化人らしい人たちと、浮かれた退嬰のニオイをまきちらして。まわりがどう見ているか気にならないらしい。不況の時代でも、そうなのだ。
日本の底引き漁船が一網打尽に獲りつくすように、「真っ白なものをみつけては、垢だらけにしていく」ことに、いまや誰も疑問を持たなくなったようだ。
あっ、タイトルだけど、村上春樹翻訳ライブラリー『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』(レイモンド・カーヴァー、中央公論新社)に収録の短編のタイトルです。原題は、「The Idea」。もっと考えなくてはならないことや楽しみがあるような気がするのだが。ま、一つの崩壊というのは、こんなものなのか。こうして何か大切なことが失われゆく。消えてゆくのだ。呆然として見るほかない。
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それゆけ30~50点人生。

コメント
>恥ずかしい過去ですが、確実に言えるのは、Hanakoを買ってるうちはモテないということです(笑)
ってことは、おくさんは、Hanakoを買わなくなってからですね。
ま、モテるかどうかは、情報より、こまめにおごるカネと時間があるかどうかだという説もありますから。女はクセモノということです。
Hanakoの低落ぐあいは知りませんが、情報を丸裸で載せても売れない時代になっているようですね。それに情報誌を買う主な顧客が、若者からサライな中高年になっていることも関係しているような。
「何気ない会話にホッとする」てなことも含めて、相田ナントカとかの「人間だもの」とかあたりから、なんだか「ホスピタリティ」な会話と笑顔の包装が受けているようです。近頃のチェーン居酒屋の店長や店員の対応も変わってきてますね。ま、そのうちあきられるとおもうけど。
そりゃそうと、先日の西口やきとんでの打ち合わせ、ほんとにあまり覚えていないんですよ。箇条メモかキーワードていどのヒントをいただけると少しは思い出せるとおもっていますんで、忙しいところすみませんが、よろしくお願いします。
投稿: エンテツ | 2009/02/17 18:26
先日はおつかれさまでした!
僕もずいぶん前にHanakoとか買ってたことありますよ(笑)
恥ずかしい過去ですが、確実に言えるのは、Hanakoを買ってるうちはモテないということです(笑)
それはともかく、Hanakoはだいぶ売り上げ落ちてるんじゃないですか?
最近ほかのわりと好調な大手情報誌の編集の人に聞いたんですが、この手の情報誌でいまウケるのは、とにかく人の顔を出すことらしいですね。
店主とか常連とか。で、「何気ない会話にホッとする」みたいな。
Hanakoはそういうのなく、バブル時代のカタログ情報の生き残りという感じの紙面を貫いているので、ダメなんでしょうが、ある意味こっちのほうが潔くてすがすがしいくらいですね。
投稿: yas-igarashi | 2009/02/16 19:23