菜の花や、貧乏爪。
桜咲く放課後は、昔のこと。その昔、爪が変形した。貧乏だったからだ。貧乏で自分の足にあった登山靴が買えなかった。登山靴を買うカネもなかったが、買ってしまったら山へ行くカネがなくなる。もともと安物のために革が変形した登山靴を、そのまま履いて山行を重ねた。
高校3年生の夏。インターハイ、もどってきて山岳部合宿、もどってきて山小屋アルバイト、7月20日すぎから8月いっぱいぐらい、ほとんど家にいなかった。その間、その登山靴を履き続けた。歩いているあいだ、変形した靴のなかで、足の先に無理がかかる。いちばん負担の重い両足の親指の爪が、徐々にはがれていく。爪が、肉からはなれていくのだ。それはもう、頭の芯までスキズキ痛む。でも歩く。爪がパカパカ浮くようになる。根っこは、まだ肉の中だ。歩くたびに、頭の芯までズキズキ痛む。
右足の親指の爪は、きれいにとれて生え変わった。左足の親指の爪は、なぜか往生際が悪く、きれいにとれないで、新しい爪が重なって続いてしまった。その新しい爪が生えている最中に、また変形した登山靴を履いて山へ行く。そういうことを重ねているうちに、爪は曲がり変色し、やけに硬く厚くなった。一度こうなった爪は、もとにもどらない。その爪が、つぎつぎと靴下を破る。
気をつけて、なるべくヤスリで「磨きをかける」ようにはしているのだが、うっかりして、かつ歩き回ると、たちまち靴下を突き破る。
駅へ行く途中の畑で菜の花が咲いていた。菜の花が咲こうが、桜が咲こうが、ヤスリで磨きをかけなかったら、左足の親指の爪は靴下を突き破る。
もう昔のことは、忘れてしまったことが多いが、この爪が、いろいろなことを思いださせてくれる。貧乏の記憶まで。
貧乏は、いまもだが、昔の貧乏は痛かった。耐えたところで我慢強くなるより、性格のどこかが、この爪のように硬く曲がるだけだったかも知れない。貧乏は性格を悪くする。かな。
この足の親指に、セクシュアリティを、感じませんか?
感じない?
あっ、そう。
昔は、激しい労働で、手足の爪が変形変色しているひとはいくらでもいた。
『dankaiパンチ』、いま発売の4月号で休刊なんだって? だとしてもおどろかないが、モツ煮さんは、どうなるの。
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