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2009/09/15

御前崎の御前崎の民宿と鰹節とナマリと熱いシルバーたち。

043今回は、鰹と鰹節の産地ということだったが、山の方には茶畑がある地域だ。鰹節とお茶とくれば、これはもう日本の「和」を象徴する。だけど、どちらもいま衰微の一途なのだ。それは、もちろん、農水業の衰微なのだが、消費そのものも減退している。その様子は、あらためて考えると、とてもヘンな日本の現象のように思われた。「日本人だから鰹節でお茶であるべきだ」と主張するつもりはないが、なぜ、このように、生活に根付いて続いていたかのようにみえた飲食の習慣が簡単に変ってしまったか、考えさせられた。じつに、現代日本は、不気味なものがある。もともと「和」は幻想だとしても、やはり、「江戸」を「東京」に改名した、歴史と地理に対する無神経な伝統が支配的だということなのだろうか。

11日は、御前崎の[民宿 御前崎]に泊まった。前に書いたが、ここのご主人は、NPO手火山の副理事長で、かつ手火山式で鰹節とナマリの製造販売をしている。その会社が、これまた[有限会社 御前崎]という名前。とことん、「御前崎」だが、この名前で、法人名がとれるのだなあ。

民宿御前崎は、駿河湾の御前崎港から南下してきた道が太平洋の遠州灘にぶつかって大きくカーブするコーナーにあった。最初の画像は、逆から民宿御前崎を撮影。右が遠州灘、正面が駿河湾方面で、道は左へカーブして御前崎港にいたる。道路沿いの新しい立派な和風の建物は、民宿御前崎の息子さんがやっている料理店「厨」だ。

056この2番目の画像は、カーブのへんから民宿御前崎を撮った。右の建物、海からの強い風を形に残している木の後の右、二階手前角の部屋に泊まった。かなり使い古いした、バブル以前、日本右肩上がり時代の民宿の特徴を残していた。

撮影している位置の背後には、砂浜があって、ウミガメの産卵と孵化の場所だという看板があった。

060部屋の中から見れば、やはり正面左に駿河湾、晴れていると、その向こうに富士山が見えるそうだ、残念ながら天気が悪かった。正面右は遠州灘。こちらの海岸は岩で、それが、かなり先まで続く岩礁をつくっている。昔は航路の難所で、遭難も多かった。その遭難が縁で、当地には早くからサツマイモがもたらされたりした。

066が、今回の目玉は、サツマイモではなく、鰹だ。鰹節とナマリだ。このナマリが、まさに手火山式だからだろう、おれがこれまで食べたスーパーで買っているナマリとは別物のように、燻した香りがよく、しっとりとした仕上がりで、ほんとにうまいのだ。帰ってから、これを薄く切って、清酒をちびちびやっているのだが、これはもうヤバイ、いくらでも食べて呑めちゃうのだな。

それはともかく、11日の夜は18時から、料理店「厨」で小宴会談笑となった。そのことについて書きたいのだが、とりあえず、ここまで。御前崎と鰹と鰹節、そして「カレーライスとねこまんま」の未来は? しかし、NPO手火山の理事長の川口博康さんは、青春時代から漁船に乗り込み世界の海をまたにかけ、インドネシアで鰹節製造の技術指導をしたりと、大活躍の70歳には見えない70歳なのだった。実際のところ、おれより年上のひとで、おれより若く思えたのは、この方が初めてだ。

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