バー「リーベ」のマスターが死んでいたんだよ~。
どうしてくれるんだ!おれとおなじトシだぞ。トシは、どうでもいいが、かなしいよ~。かなしいだろ、かなしいよな。
横浜生まれ、「浜っこ」の話、聞いた。そして大学、そして「リーベ」のカウンターのなかに入るまで。おもしろかったけど、ほとんど忘れた。いや、ほんとは、覚えていることも少なくない。かれの酒の燗は、それこそ「絶妙」というものだ。
いまさら書いても、しょうがない。
このあいだ行ったときは、生きていたのに。
バー「リーベ」は健在です。ママも。
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コメント
遠藤様 返信ありがとうございました。リーベのマスターの生き様を、東陽片岡さんのイラストを交えて書いてくださればと、期待しています。
東京へ行くときは、ご連絡させていただきます。その際、ご都合がよろしかったら、ぜひ一献。
〒387-0024 長野県千曲市桑原1563 並木眞人
投稿: 並木 眞人 | 2010/08/18 18:26
並木さま、コメントありがとうございました。今日も暑いですね。リーベのマスターとは、いつもバカ話しばかりで、プライベートなことはあまり聞いてないのですが、近いうちに書いてみましょうか。
昭和17年横浜生まれで、独協大学卒業後、当時王子にあった大蔵省の醸造試験所の職員になった。それで、リーベに入り浸るようになり、ついに、いまからだと40年ぐらい前でしょうか、リーベのカウンターの中のひとになってしまった。というのがざっとの流れで、それ以上詳しいことは、あまり知らないのですが。
リーベは、いわゆるオーセンティックなバーとは違いますから、マスターはカクテルをたいしてつくれるわけでもなく、亡くなる少し前、近頃は女の客が増えてカクテルを注文されるので困ると、カクテルの本を読んでいました。だけど、清酒の燗は、じつに絶妙。
ま、こうやって書いていると、けっこう書けますね。そのうち。
東陽片岡さんをご存知とは、うれしいかぎりです。機会がありましたら、是非一献。
投稿: エンテツ | 2010/08/17 16:01
はじめまして、並木と申します。残暑お見舞い申し上げます。早速で恐縮ですが、亡くなられたマスターの横顔つまり、カゥンターの中に立った経緯とか、人柄etc.
いまさら書いても、しょうがないーーーの、あたりを教えていただければと、願っております。ちなみに、私は新宿ゴールデン街の世津子、浅草初音小路、銀座ルパン、神戸アカデミーなどへ行ったことがあります。余談ですが、汁かけめし快食学のイラストを描いている、東陽片岡さんとも交流があります。また、以前にホテル・オークラのバーテンダーをしていたこともあります。
いつの日か、ご一緒に飲んだくれたいと思っています。
投稿: 並木 眞人 | 2010/08/17 11:25