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2009/12/14

嗜好品化する人間関係? 気色悪くもあるTwitter集団心理。

ちかごろ周辺でTwitterをやる人が増えている。ブログをやっていて、Twitterを始めた人は、ブログの更新が途絶えがちになっているケースが少なくない。きっとTwitterに夢中なのだろう。

これ、以前、おれもやってみようかなと思ったことがある。そのワケは、そのときここに書いた。
2008/06/06
「ブログという不完全なワタクシと文章のさらし。」

だけど、いま垣間見られる様子は、それとずいぶんイメージがちがう。

そのとき、結局やらなかったのは、自分で思いついたことを思いついたときに書いているぶんにはよいが、誰かの相手をしなくてはならないとなると、まるでチャットのようなことになり、ますますパソコンに縛り付けられることになりはしないかという躊躇があったからだ。

いまではケータイでTwitterをやる人が多いようだ。ということは、ケータイで、Twitterに、メールに、そして電話、ほかにもインターネットもろもろになるか。パソコンに向かわなくても、メディアに縛られ消費される時間がどれぐらいあるのだろう。ケータイの画面をにらんでいるあいだは、確実に、生のひとや景色とは向き合っていない。そこから何かを感じとったり考えたりはしてない。

『嗜好品文化を学ぶ人のために』(世界思想社)では、藤本憲一さんが、「「気分転換」の両義性という点で、若者にとってのケータイは、酒・茶・コーヒー・たばこの四大嗜好品と同等の機能を持つ」として、これを論じている。とても、興味深い。「気分転換」の両義性の一つは、「高揚感<ノリ>」であり、もう一つの面は「<キレ>」である。

ただでさえ、人付き合いは、好き嫌いに偏りがちだ。藤本さんは「趣縁」つまり「同好の士」をあげているが、趣味や話しが合うあわないで、対人関係が決まっていくことが、けっこうあると思う。そこにすでに「嗜好」が持ち込まれているが、さらにケータイによる「電縁」つまりバーチャル・ネットワークが重なる。さらにTwitterは、臨場感というか、高揚感が得られやすい。というか、ノリの悪いひとは、なかなかついていけない。ノリのよいひとが中心になる。Twitterを外から見ていると、そんな「特性」を感じる。

この人の言っていること、チョイと違うんじゃないかなあと思ってTwitter見ていても、「それ違うんじゃない」というひとがあらわれないことが、けっこうある。そもそも、みながTwitterすべてを見れるはずもなく、フォローの関係で成り立っているのだから、同好の士が集まる可能性は高いわけだ。

ま、リアルにおいても、閉塞感を感じないのだろうかと思うほど、「趣縁」が色濃い。おれは、前に何度かmixiをやらないワケのことで書いたように、そういうものに積極的に参加したいと思わない。ときたま見かける、「私たちわかっているもの同士ね」なんて、ニンマリ微笑みをかわして肯きあい、世界がわかったつもりになっているのは、薄気味悪くすらある。

ご本人たちが閉塞感を感じないのは、「同好」の高揚感に酔っているからだろうと思いたくなる。こういう人たちが、自分はよい趣味や感覚の持ち主と思っているらしい様子を見たりすることもあるが、そんな趣味や感覚は、理解フノーである。

どこの新聞社のサイトだったか、控えなかったが、裁判員法廷であるがために注目された、奈良の集団強姦致傷事件のニュースがあった。2009年11月26日付。裁判員と4人の被告とのあいだのやりとりのなかで、被告の誰かが、こんなふうに答えていたとあった。

「以前から4人の間で「レイプ」という言葉が出ていたが、「1人ならやる自信はなかった」「誰か1人でも『やめよう』と言ったらやっていない」と釈明」「雰囲気を崩せば、皆に嫌われると思った。だから合わせていた」。

もちろん、おれはTwitterなどのメディアそのものを問題にしたいわけではない。趣味は、生きていく上で大切なものだと思う。そこに、チョイとゆがんだものを感じているということなのだ。大切なものにふさわしい「趣縁」になっているのだろうか。

「違うんじゃないの」「やめよう」「はんたーい」と言えないような雰囲気をもたらす「趣縁」などは、不気味なものを含んでいる。ケータイが「酒・茶・コーヒー・たばこの四大嗜好品と同等の機能を持つ」なら、依存症もありうる。ってことを感じているってことなのだ。酒だって、依存症になったら、病気だ。

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コメント

どーも、レスが遅れまして、すみません。ま、飲んだくれたり、追い込みの仕事だったりで、ゆっくりしようと思っていた年末が思うようにゆかず。それもまた楽しいという感じで。

ケータイもインターネットも、庖丁みたいなもので、使いようでしょうか。自分が、どんな料理をつくりたいか、ってことなんでしょうかね。と、酔った頭で、わかったようなわからんようなことを書き。

投稿: エンテツ | 2009/12/18 00:19

すごい、昨日Twitterを勧められたんです。よく理解してから、見てみたいとおもいます。ケータイ見つかりました。あはは。この何日かで、思いましたが、いたって自分には、ケータイなんか必要で無い事を。まあ、40歳近くになって、はじめてケータイってやつを持ちましたから。でも、自分より、たくさんの人から、「どーしました?連絡がっ」て言われて、つくづくケータイ社会だなって。なかなか一人には、させてもらえないものですね。でもやっぱり、メールもブログも楽しいです。

投稿: giraud | 2009/12/16 17:54

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